新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1275、2012/5/25 13:08

【民事・ビル建設による風害・受忍限度論・村上基準・大阪高等裁判所平成15年10月28日判決】

相談:私は,一戸建ての住宅に居住していますが,最近,近隣に20階建てマンションが竣工したため,以後,そのビル風により,洗濯物を干せない,屋根瓦が飛散する等の被害を被っています。このような風環境の悪化のため,現在の住居に居住するのが困難で転居せざるを得ません。本件マンションを設計・施工・販売した各業者に対して,慰謝料請求及び上記家屋や敷地の価格下落等の損害についての賠償請求をしたいのですが,可能でしょうか。

回答:
1.風環境の悪化により,損害が発生している場合は,不法行為による損害賠償として,慰謝料や不動産の価格下落による損害について金銭による賠償請求が認められる可能性があります。風環境の悪化による損害が生じている場合,その悪化の程度が受忍限度を超えているか否かがまず問題となり,受忍限度を超えていると認められると損害の額の算定が問題となります。受忍限度を超えているか否か,については裁判例ではいわゆる村上基準という風環境についての判断基準を採用した例がありますので参考になるでしょう。
2.慰謝料については,50万から100万程度しか認められないようです。不動産の価値の下落についても立証が難しいという問題がありますが,鑑定等の制度を利用して,風環境の悪化の前後による価値の変動,下落を立証することにより,損害賠償が可能です。3.関連事務所事例集論文913番732番参照。

解説:
1 (問題の所在,受忍限度論)
  高層マンションの築造により,付近住民が,住環境を侵害されたとして損害賠償を請求する事例は多く見られますが,その多くは,日照阻害,眺望阻害を主たる理由とするものでしょう。しかし,近年,巨大・高層ビルの増加に伴い,ビル建築に伴う風害も深刻な問題となっています。
  そもそも環境権とはいかなるものであるかという前提の問題があります。一般に居住のために建物を所有する人は,その所有権(憲法29条,民法206条),人格権(憲法13条,人格権について事例集論文732番参照。)の一内容として,健康で快適な生活環境を確保し,平穏に居住する権利を有していると考えられます。709条も「法律上保護される利益」と明文を持って規定しています。一戸建てを所有しているのですから,あなたはその権利,利益を主張できますが,当然,あなたの近隣のビル建設業者も所有権等その権利を有することになります。すなわち,互いに認められる平穏,快適に生活する適法な権利の衝突,調整が社会生活に必然的に生じることになり個人の社会生活に内在する法的問題です。特に,個人の権利,利益が社会生活の発達により複雑化,多様化しており,財産権,その他の利益権,人格権の調整が必要となりその対応も詳細な検討が必要とされます。一般に生活妨害の問題ともいわれています。

  この点,近隣関係における環境の悪化についての損害賠償(慰謝料)請求は,実務上,社会共同生活を営む上で一般通常人ならば当然受忍すべき限度を超えた侵害を被ったときにはじめて侵害行為は違法性を帯び不法行為責任を負うという,いわゆる受忍限度論の考え方が一般的です。受忍限度論は互いの権利行使による衝突が起きた場合の違法性判断の基準です。違法性は,通常,権利,利益侵害と故意過失により判断されるのですが,違法性判断をより詳細に検討するために用いられる理論として考えられました。既に発生しまたは将来発生する蓋然性のある被害が受忍限度を超えていると認められる場合に,初めて加害行為に違法性があるとして,加害者は損害賠償の支払や差し止めを命じられることになります。受忍限度の判断は加害者,被害者のきめ細かな利益考量が必要であり,おもに,@被害の内容・程度A加害行為の態様B当事者間の交渉経過C規制基準との関係D地域性E先住性(土地利用の先後関係)F被害回避の可能性などを総合考慮して決せられます。
  判例を引用します。昭和56年12月16日最高裁判決(大阪国際空港夜間飛行禁止等請求事件)「行為が損害賠償責任の要件としての違法性を帯びるかどうかは,これによって被るとされる被害が社会生活を営む上において受忍すべきものと考えられる程度,すなわちいわゆる受忍限度を超えるものかどうかによって決せられるべく,これを決するについては,侵害行為の態様と程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の公共性の内容と程度,被害の防止又は軽減のため加害者が講じた措置の内容と程度についての全体的な総合考察を必要とするものである」

2 (判例の検討)
  本件と同様の事案で,判例は,以下のように判断し,一審判決では,周辺住民について,慰謝料請求のみ認容し,さらに,控訴審判決では,これに加えて,不動産価値の下落に伴う損害賠償請求についても認容しました。

(1)一審判決(大阪地方裁判所平成13年11月30日判決)
   一審判決は,原告ら(周辺住民)の受けている風害の程度(マンション建築前後の風環境の変化),原告らの住居周辺の地域性,原告らと被告(Y)ら(建設会社等)の交渉の経過,Yらの行った風対策の内容などを検討した結果,風環境の悪化が原告らの受忍限度を超えると判断して,Yら(建設会社等)に対し,原告1人当たり70万円(うち弁護士費用10万円)の慰謝料の支払いを命じたが,不動産の価値下落分については証拠不十分として認めなかった。そこで,原告らが,控訴した。 

(2)控訴審判決(大阪高等裁判所平成15年10月28日判決)
  @ 原告らは,当時居住していた居宅周辺の風環境が受忍限度を超えて悪化したことにより精神的苦痛を被ったことが認められる。そして,前記認定の各事実によると,(1)本件マンション建築後,村上基準(後述)にいうレベル2の日数が年間2日から26日に,住宅地としては許容されないレベル3の日数が年間0日から6日に増加しており,総合的には村上基準が想定しないレベル4に達するなど風環境が著しく悪化したこと,(2)原告らは,平成8年秋,遅くとも平成8年12月22日以降,強風が吹く度に相当な不安感を抱いて生活しており,そのような状態が転居した平成14年までの約6年間にわたり継続したこと,(3)実際に原告ら建物には強風による物理的被害が発生していること,(4)原告らは,結果的に,風環境の悪化から逃れるため長年住み慣れた居宅からの転居をせざるを得なかったこと,(5)Yらが,本件マンション建設前から竣工後までの間に,風害防止のために取った措置や対応が必ずしも十分なものではなかったことが認められる。
   前記各点および本件に表れた一切の事情を総合すれば,原告ら宅が,都市計画法上,第2種中高層住居専用地域,第2種高度地域に含まれていること,Yらにおいても,近隣住民の意向を聴取したり協議会を開催したり,専門家による風害に関する調査をする等風害防止に向けた一定の努力がみられること等,被告らに有利に斟酌(しんしゃく)すべき事情を十分考慮しても,原告らが本件マンション建設による風環境悪化によって被った精神的苦痛に対する慰謝料としては,原告ら各自につき100万円が相当というべきである。

  A 本件では原告ら宅が平成14年6月に売却されており,その価格は,甲野宅が1146万6500円,乙山宅が1071万円であること,鑑定の取引事例比較法による試算価格は,甲野宅が1146万6500円,乙山宅が1071万円であること,他方で,バブル経済崩壊後の土地価格の下落傾向が続く等(顕著),風環境の変化以外にも重要な価格下落要因が存在することがそれぞれ認められる。以上の点を踏まえ,本件で表れた一切の事情を総合すれば,本件マンションによって生じた風環境の変化により,平成14年6月時点における原告ら宅の不動産価格は,甲野宅について560万円,乙山宅について550万円下落したと認めるのが相当であり,上記各不動産を所有する控訴人ら(=原告ら)は,それぞれ上記下落額に相当する財産的損害を被ったというべきである。

【村上基準とは】
     村上基準は,地上1.5mにおける評価の指標として,日最大瞬間風速を採用する。日最大瞬間風速は,10m/秒,15m/秒,20m/秒が指標となる。日最大瞬間風速の各段階において予想される障害は,10〜15m/秒では,(1)干し物が飛んだ (2)物が飛散するので出入り口や窓を開け放しておけなかった (3)建具が揺れてガタガタ音をたてた (4)すきま風が多くなって暖房が利きにくかった (5)家の前に置いた立看板・ショーケースや自転車などが倒れた (6)歩行中,あるいは自転車に乗っているときバランスを崩された (7)風のために店を閉め,一時営業を中断した。 15〜20m/秒以下では,(1)家が揺れた (2)風が強く外に出られる状態ではなかった (3)歩行中吹き飛ばされそうになった (4)建物の一部が破損した である。
     なお,本判決は,7〜10m/秒をレベル1,10〜15m/秒をレベル2,15〜20m/秒をレベル3,20m/秒〜をレベル4と表記している。住宅街は「影響を受けやすい用途の場所」(ランク2)に該当する。

3 (判例の検討)
  本判決は,まず「個人がその居住する居宅の内外において良好な風環境等の利益を享受することは,安全かつ平穏な日常生活を送るために不可欠なものであり,法的に保護される人格的利益として十分に尊重されなければならない。」として,良好な風環境の利益を享受する権利が人格的利益として法的な保護に値するとしています。
  そして,次に「建設会社らによる本件マンション建築によって周辺住民の上記人格的利益が侵害された場合,それが,周辺住民との関係において違法な権利侵害と認められれば,建設会社らは不法行為責任を負うと解すべきところ,違法な権利侵害の有無については,風環境に関する人格的利益が侵害された程度や態様,被害防止に対する関係者の対応や具体的に取られた措置の有無および内容,効果,近隣地域環境等の諸般の事情を総合的に考慮して,風害の発生が一般社会生活上受忍すべき限度を超えるものかどうかにより決すべきである」として,風害における権利侵害の判断の基準を示しています。

  風環境の悪化が何らかの権利の侵害に該当するとしても,違法な権利侵害と言えるかという問題を判断する場合どのような点についてどのように検討すればよいかという問題についての基準です。判決では@風環境に関する人格的利益が侵害された程度や態様。A被害防止に対する関係者の対応や具体的に取られた措置の有無および内容,効果。B近隣地域環境等の諸般の事情という要素3点を挙げ,それらを総合的に判断して違法な権利侵害と言えるか検討が必要としています。
  A,Bの要素については具体的な事実に基づき検討する必要がありますが,ビル建築以前から環境の悪化が予測可能であったか否か,建築前の交渉状況等が重要な要素になると考えられます。
  また,@の風環境悪化の程度という問題については,村上基準をもとに判断しています。村上基準とは,元東京大学生産技術研究所教授の村上氏らによる風環境の評価方法で,強風の出現頻度に基づく風環境尺度により風環境を評価するものですが,従前から一般的に風環境の評価基準として採用されていたもので,裁判例も評価基準として認められたことになります。

  村上基準については判例でも説明されています,日最大瞬間風速10m/秒,15m/秒,20m/秒が指標となっています。ここでの風速は10分平均で測定することになっています。最大瞬間風速が出現する頻度が多いと許容は範囲外となり,受忍限度を超える環境悪化として違法と判断されることになりますが,住宅地の場合,日最大瞬間風速10m/秒が年間10%の37日を超えると許容範囲を超えることとなっています。,日最大瞬間風速10m/秒の場合,ごみが舞い上がり洗濯物が風で飛んで行ってしまう程度の風とされていますから,該当するような場合は専門家に測定してもらう方が良いでしょう。
4 (結論)
  あなたの場合も,上記の判例に照らすと,損害賠償請求が認められる可能性がありますので,弁護士に相談することをお勧めします。

【参照条文(民法)】

(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(財産以外の損害の賠償)
第七百十条  他人の身体,自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず,前条の規定により損害賠償の責任を負う者は,財産以外の損害に対しても,その賠償をしなければならない。

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