新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1259、2012/4/23 11:46

【民事・火災保険・火災の偶然性・免責事由・請求者の関与・請求者の故意又は重過失 最高裁平成18年9月14日判決】

質問:私の家が,火事で全焼してしまいました。警察に被害届を出し,保険会社にも連絡したのですが,保険会社から返答がきません。出火原因もはっきりとはわからないのですが,放火犯の目撃証人等は見つかっていないようです。はたして火災保険はおりるのでしょうか。

回答:
1.火災が被保険者の意思に基づくとされた場合には,保険金はおりません。もっとも,訴訟になった場合,「火災が被保険者の意思に基づくものであったこと」という事実については,保険会社の側で主張・立証をする必要があります。この点について保険会社側での調査に時間を要し,返答に時間がかかっているということが考えられます。
2.この「火災が被保険者の意思に基づくものであったこと」の認定については,まず,(1)災の原因が放火と認められるかどうかを判断し,次に,(2)放火であった場合,保険金請求者が関与したものかどうかを判断する,という順序で判断がされています。
このうち,(1)火災の原因が放火であると認められるかどうかを判断する際の考慮要素としては,@出火箇所及び出火態様,A出火日時,B放火以外の出火原因の可能性等が挙げられます。また,(2)放火と判断された場合に,保険金請求者が関与したものかどうかを判断する際の考慮要素としては,@事故の客観的状況,A保険金請求者の事故前後の行動,B請求者の属性・動機,C保険契約に関する事情等が挙げられます。
3.火災保険金の支払いに際しては,火災の偶然性の認定に関して様々な考慮要素が存在しますので,保険金請求者側としても,これらの考慮要素を吟味して,請求の正当性を訴えかける必要があります。今後の見通しや.保険会社との交渉,保険金請求等に際してご心配な点があるようでしたら,一度弁護士に相談されることが望ましいでしょう。
4.事例集論文1140番704番参照。

解説:
1(火災保険の主張立証責任)
  (1)保険契約とは,一定の偶然な事故(保険事故)が生じた場合に保険給付が行われるという契約です。ここにいう「偶然性」とは,@契約成立時における保険事故の不確定性(すなわち,契約成立時において,保険事故の発生と不発生とがいずれも可能であって,しかしそのいずれともいまだ確定していないといった意味での偶然性)と,A保険事故発生時において,当該保険事故が被保険者の意思に基づかないという意味での偶然性の2とおりの意味が考えられます。このうち,保険金支払の場面で主張立証責任の所在が問題となるのが,後者のA保険事故発生時において当該保険事故が被保険者の意思に基づかないという意味での偶然性の点です。

  この点について,最高裁は平成13年4月20日に,次のような2件の判決を言い渡しました(それぞれ,民集55巻3号682頁,判例タイムズ1061号68頁)。すなわち,保険約款上,保険事故が「不慮の事故」とされていた生命保険の災害割増特約と,保険約款上,保険事故が「急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った損害」とされていた普通傷害保険契約について,いずれも保険金請求者において事故の偶然性について主張立証する責任があるとしました。そして,その理由として,約款中の保険金支払い事由の文言からして発生した事故が偶発的であることが保険金請求権の成立要件であるというべきであること,また,そう解釈しなければ不正請求のおそれが増大し,保険制度の健全性や誠実な保険加入者の利益を害するおそれもあることを挙げています。これらの判例は保険事故に偶然性が取り込まれた傷害保険についての判例ですが,その他の保険の偶然性の主張立証責任について考える際にも,その射程の範囲について議論がありました。

  (2)もっとも,火災保険における偶然性の主張立証責任については,最高裁平成16年12月13日判決民集58巻9号2419頁で,保険約款に火災によって保険の目的について生じた損害に対して損害保険金を支払う旨が規定されているケースにおいて,火災が被保険者の意思に基づくものであるかどうか(故意又は重過失)という点については,保険者側が抗弁として主張立証する必要がある旨判示されました。さらに,最高裁平成18年9月14日判決判例時報1948号164頁では,火災が発生して損害が生じ,「すべての偶然な事故」によって生じた損害に対して保険金を支払うこと及び保険契約者等の故意又は重大な過失によって生じた損害に対しては保険金を支払わないことがそれぞれ定められているテナント総合保険普通保険約款が適用されるケースにおいて,保険金請求者は火災の発生を主張立証すれば足り,火災が被保険者の意思に基づくものであるかどうかという点については,保険者側が抗弁として主張立証する必要がある旨判示されました。同争点については下級審でも判断が分かれていますが,これらの最高裁判決の判断は,今後の実務上の取り扱いにも大きく影響してくるところでしょう。

  (3)なお,火災保険の偶然性の主張立証責任についての私見ですが,普通保険約款3条1項においては,保険事故は「火災」とされており,この火災とは社会通念上いわゆる火事と認められる性質と規模とを持った火力の燃焼作用を指すため,約款の文言上,保険事故発生時において当該事故が被保険者の意思に基づかないという意味での偶然性をも含むとは解釈しづらいこと,また,居宅が火災で焼失した中で偶然性の主張立証をすることは困難と考えられる一方で,保険会社の側の証拠収集能力が高いことからも,保険者に主張立証責任を認めることが公平上適切妥当であろうと思います。立証責任の問題はもともと,請求権を基礎づける事実が真偽不明の場合(ノンリケット)に,その不利益を当事者のどちらに負担させるのが公平かという問題です。@保険契約者側(又は,被保険者)に責任をおわせると「ないことの証明」になり過大な負担になるが,保険者側にはその負担はない。A経済力,情報力,組織力は圧倒的に保険者が有すること。A保険契約者側に負わせると,保険契約者が締結した保険の目的が事実上達成できないことから判例の見解が妥当と考えられます。
  以上のとおりですので,普通保険約款による場合など,原則として保険金請求者側においては火災の存在を主張・立証すればよく,火災が被保険者の意思に基づくものであるかどうかという点については,保険者が主張立証責任を負います。したがって,保険者が「火災が被保険者の意思に基づくものであったこと」について主張・立証する必要がありその証明ができない場合は保険金支払い義務があることになります。保険金請求者としては,保険者の立証を不十分とできるような反証をしていくことになります。

2 (「火災が被保険者の意思に基づくものであったかどうか」を判断する際の考慮要素)
  それでは,この「火災が被保険者の意思に基づくものであったこと」の認定は,どのように判断されるのでしょうか。この点について裁判例の多くは,まず,(1)火災の原因が放火と認められるかどうかを判断し,次に,(2)放火であった場合,保険金請求者が関与したものかどうかを判断する,という順序で判断をしています。そこで,以下,この順序に沿って判断の際の考慮要素を検討します。

3 (火災の原因が放火と認められるかどうかの判断)
  (1)火災の原因が放火であると認められるかどうかを判断する際の考慮要素としては,@出火箇所及び出火態様,A出火日時,B放火以外の出火原因の可能性等が挙げられます。

  (2)@出火箇所及び出火態様については,出火箇所の設備や物品の性質上,自然発火や失火の可能性があったかどうかや,自然発火や失火と整合的な出火態様だったかどうか,出火箇所への侵入が容易だったかどうかなどが,それぞれ考慮されます。
   たとえば,出火場所がパチンコ店店舗景品交換場所床面であったことから,電気発火やたばこの不始末による発火とは推認できず,また,外部者が侵入した形跡もないことから,外部者の放火と推論するのも不自然であるとした裁判例や(大阪地裁平成14年1月30日判決),燻焼を継続させる物品がないことからたばこの不始末を否定し,また,基ブレーカーが切られ,コンデンサーにも破裂した形跡がなく,焼毀状況からみても電気に起因する発熱発火は考えられないとした裁判例などがあります(大阪地裁平成14年3月12日判決)。

  (3)A出火日時については,放火するに合理的な日時かどうかや,機械設備稼働の有無(営業時間かどうか)などが,一事情として考慮されます。裁判例でも,出火時刻が深夜であることや人通りの少ない日にち・時間帯であることを,放火を推認させる一事情として評価するものは多く見受けられるところです。

  (4)B放火以外の出火原因の可能性については,電子機器のショートや電気・ガス漏れ等に起因する発火や,たばこの不始末,火気の放置等による発火の可能性があるかどうか,出火時及びその前後の状況をもとに,考慮されます。
   たとえば,ソファの焼毀状況が強い一方で,隣接するテレビの焼毀状況も激しかったものの,他の家具の焼毀状況はソファ側が強い一方でテレビ側はそれほど強くなく,テレビからの波及延焼状況も認められない事例で,テレビの焼毀状況が激しいのは材質によるもので,出火原因は自然発火ではなく放火であると推認した裁判例や(大阪地裁平成13年1月26日判決),油ものの調理後に火を止めきれておらずに出火に至った可能性を否定し,意図的な加熱による出火を認定した裁判例などがあります(大阪地裁平成13年7月16日判決)。

   なお,以下は重過失の有無に関する事例ですが,ストーブを消火しないまま外出し,そのストーブが出火原因であると判断された事例で,付近に積み重ねた段ボールがストーブの輻射熱で燃焼した可能性が高いと考えられるものの,段ボールが崩れることは想定し難い状況であったことや,外出が10分程度にとどまっていたことなどから,重過失とはいえない旨判示した裁判例や(大阪地裁平成15年10月3日判決判例タイムズ1153号254頁),たばこの火を消したと認識していた保険金請求者について,注意義務違反があるとしても,革製品の上にたばこの火がこぼれ落ち,3,4時間無炎燃焼を続けた末に出火するということは一般的には想定しにくい内容であり,僅かの注意さえすれば結果を予見することができたのにこれを見過ごしたとまでいうことは困難であるとして重過失を否定した裁判例もあります(東京地裁平成15年6月23日判決金融商事判例1175号2頁)。

4 (放火であった場合,保険金請求者が関与したものかどうかの判断)
  (1)3項において放火と判断された場合に,保険金請求者が関与したものかどうかを判断する際の考慮要素としては,@事故の客観的状況(建物出入口等の設置及び施錠状況・鍵の管理状況,その他の状況),A保険金請求者の事故前後の行動(火災前後の保険金請求者の行動の自然性・合理性,供述内容の自然性や変遷の有無,アリバイ等),B請求者の属性・動機(経済状態,保険金受領により請求者が受ける利益の大小,同種事故経験の有無・保険金取得歴等),C保険契約に関する事情(保険契約締結に至る経緯,保険契約締結時期等)等が挙げられます。

  (2)@事故の客観的状況については,外部者の侵入が可能な建物出入口等の設置状況及び施錠状況・鍵の管理状況だったかどうか,外部者侵入の形跡があるかどうかや,計画性・周到性を窺わせる事情があるかどうか,消火システムの稼働可能性・稼働状況などが考慮されます。
   たとえば,通行人が気づきにくい勝手口ドアを除くすべてのドアが施錠されていた事例で,鍵の所持者または同ドアの無施錠を知っている者による放火を推認した裁判例がある一方で(大阪地裁平成13年1月26日判決),施錠され,鍵も保険金請求者側が保管していたものの,第三者が何らかの解錠技術や鍵の複製等により侵入した可能性も否定できないとした裁判例もあります(大阪地裁平成14年11月29日判決)。
   また,出火場所・日時としては人目につきやすく発見されやすいものであり,被害拡大が見込まれない最上階からの出火であったことから,保険金請求者が関与したとまではいえないとした裁判例や(大阪地裁平成14年11月29日判決),周囲に燃えやすいものがなく,内部者による計画的・周到な放火と推認できるとまではいえないとした裁判例もあります(大阪地裁平成14年1月30日判決)。平日の白昼に,保険金請求者の実の娘が就寝中である居宅から出火した事案について,保険金請求者の関与を否定した裁判例もあります(大阪高裁平成16年3月4日判決民集58巻9号2438頁)。さらには,他に諸々の保険金請求者関与を窺わせるような事情があるものの,出火原因が不明であることを重視し,他の事情を総合しても保険金請求者等の放火の事実を推認するには足りないとした裁判例もあります(横浜地裁平成8年9月3日判決判例タイムズ1032号271頁)。

  (3)A保険金請求者の事故前後の行動については,放火への関与を窺わせるような不自然な行動や供述内容の不自然さ・変遷がないかどうか,出火時現場不在を示す事情があるかどうかなどが考慮されます。
   たとえば,出火時の事実関係の詳細に供述変遷があったり,他の者の供述との間に矛盾があったりしたことを指摘した裁判例や(大阪地裁平成13年1月26日判決),「保険に入っているから全部燃えた方がよい。」との保険金請求者の発言を指摘した裁判例(大阪地裁平成14年3月12日判決),放火犯(保険金請求者でない者)が,あぶない仕事をし,500万円の収入が見込まれる等と発言していた点を指摘した裁判例(札幌高裁平成19年3月16日判決自保ジャーナル1822号175頁),建物賃借の経緯や負債状況の説明が客観的証拠と矛盾する旨や保険金請求者関係者の供述の変遷を指摘した裁判例があります(旭川地裁平成14年9月29日判決・同地裁平成12年(ワ)329号・同平成12年(ワ)338号・同平成14年(ワ)70号)。
   他方,保険者への報告が事故日から5日後であったり,保険者に非協力的な態度をとるようになったりしていた事例でも,合理的な説明がつけば,保険金請求者の関与を裏付けるまでのものではないとした裁判例もあります(大阪地裁平成14年11月29日判決)。

  (4)B請求者の属性・動機については,経済的困窮による保険金詐取計画のインセンティブがあったかどうか,保険金額の多寡や経済状態が改善される程度,保険対象物件の使用・収益状況等を考え合わせたときに,保険金受領により実質的な利益をどの程度享受したといえるかどうか,過去に保険金を取得した回数やその取得保険金額の多寡,過去に保険金を取得した際の火災状況との類似性などが考慮されます。
   各裁判例では,経済状態が困窮していたことを,保険金請求者関与を推認させる一事情として考慮されていますが,逆に経済的困窮が認められず保険金請求者の関与が否定された裁判例や(東京高裁平成17年4月27日判決金融商事判例1221号25頁),債務者から強く支払いを迫られていた事実はない点を指摘した裁判例もあります(大阪地裁平成15年2月27日判決)。

   また,保険金取得によって巨額の負債の大半を賄うことができる点を指摘した裁判例がある一方で(大阪地裁平成14年3月12日判決),保険金全額を受領しても債務を完済するには至らない状況にあったことを指摘した裁判例もあります(大阪地裁平成15年2月27日)。保険対象物件が数回の競売でも買い手のつかなかった老朽化した山間部の建物で,同建物の取得者である保険金請求者の説明する競落目的も合理性に疑問があることを指摘した裁判例や(大阪地裁平成13年8月27日判決判例タイムズ1099号256頁),保険対象物件(賃借物件)について現実に居住していたか疑問があると指摘した裁判例(旭川地裁平成14年9月29日判決・同地裁平成12年(ワ)329号・同平成12年(ワ)338号・同平成14年(ワ)70号).転売予定の物件からの出火について,敢えて目的物の価値を毀損する行為に及ぶかは疑問とした裁判例(大阪地裁平成14年11月29日判決)もあります。
   さらには,経済的価値に乏しく有効な利用方法も見当たらない地方の物件を廉価で競落し,これに高額の火災保険をかけたのち,建物利用前に火災が発生して保険金を取得したという,ほぼ同様の経験があることを指摘した裁判例もあります(大阪地裁平成13年8月27日判決判例タイムズ1099号256頁)。

  (5)C保険契約に関する事情については,保険契約締結時の建物価額申告額と購入価額との隔たりの程度,保険契約締結の経緯に不自然な点がないかどうか,保険契約締結と火災発生との間の時間的近接性,保険対象物件取得と保険契約締結との間の時間的近接性などが考慮されます。
   たとえば,保険契約締結時に実際よりも相当高額の取得価額を申告して高額の保険をかけていることなどを指摘した裁判例や(大阪地裁平成13年8月27日判決判例タイムズ1099号256頁),既に保険契約を締結している物件を売りに出した際に,その保険金額を確認の上さらに新たな保険契約を締結した経緯が極めて不自然であると指摘した裁判例(福岡地裁小倉支部平成17年8月24日判例時報1933号122頁),火災が保険加入から約1か月後に生じたものの,加入の事情について疑問がなければ,火災の発生時期を問題とすべき余地がないはずである上,保険料も月額8000円程度の少額であるため,契約後短期間で火災が起きたことが,特に保険金請求者の故意等を疑わせるほどの事情とも思われないとした裁判例などがあります(東京高裁平成17年4月27日判決金融商事判例1221号25頁)。

5 (立証方法)
   なお,立証方法については,出火状況に関するものとして,消防署作成の火災調査書,火災原因判定書,火災出場時における見分調書,実況見分調書,現場写真書,火災損害状況調書,火災損害調書,火災損害明細書等や,火災調査等の専門家作成の鑑定書,燃焼実験報告書等が挙げられます。
   また,請求者や保険契約に関するものとしては,各関係者供述や会計帳簿・租税申告書類,売買契約・保険契約に関する各書類等が挙げられます。

4 (最後に)
   以上のとおり,火災保険金の支払いに際しては,火災の偶然性の認定に関して様々な考慮要素が存在しますので,保険金請求者側としても,これらの考慮要素を吟味して,請求の正当性を訴えかける必要があります。今後の見通しや.保険会社との交渉,保険金請求等に際してご心配な点があるようでしたら,一度弁護士に相談されることが望ましいでしょう。

≪参考文献≫

「判例タイムズ第1161号(臨時増刊) 保険金請求訴訟」大阪民事実務研究会編著

≪参考判例≫

最高裁平成13年4月20日判決民集55巻3号682頁より抜粋
「1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,被上告人との間で,昭和57年8月10日,下記内容の災害割増特約が付加された生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
            記
ア 保険の種類     利益配当付養老生命保険
イ 被保険者      A
ウ 保険金受取人    上告人
エ 災害割増特約保険金 5000万円
オ 保険期間      昭和57年8月10日から30年間
(2)本件保険契約に適用される保険約款(以下「本件約款」という。)によれば,主契約及び定期保険特約における死亡保険金の支払事由は被保険者が保険期間中に死亡したときであるとされているが,災害割増特約における災害死亡保険金の支払事由は不慮の事故を直接の原因として被保険者が保険期間中に死亡したときであるとされ,さらに不慮の事故とは,偶発的な外来の事故で,かつ昭和42年12月28日行政管理庁告示第152号に定められた分類項目のうち上記約款の別表2に掲げられたものをいうとされている。また,本件約款によれば,被保険者の故意により上記災害割増特約における災害死亡保険金の支払事由に該当したときは災害死亡保険金を支払わない場合に当たるとされている。
(3)本件保険契約の被保険者であるAは,平成7年10月31日午後2時30分ころ埼玉県北足立郡a町所在の5階建て建物の屋上から転落し,脊髄損傷等により死亡した(以下,これを「本件転落」という。)。
2 上告代理人山本隆夫,同根岸隆,同久利雅宣,同増田英男の上告理由第一について
 本件約款に基づき,保険者に対して災害割増特約における災害死亡保険金の支払を請求する者は,発生した事故が偶発的な事故であることについて主張,立証すべき責任を負うものと解するのが相当である。けだし,本件約款中の災害割増特約に基づく災害死亡保険金の支払事由は,不慮の事故とされているのであるから,発生した事故が偶発的な事故であることが保険金請求権の成立要件であるというべきであるのみならず,そのように解さなければ,保険金の不正請求が容易となるおそれが増大する結果,保険制度の健全性を阻害し,ひいては誠実な保険加入者の利益を損なうおそれがあるからである。本件約款のうち,被保険者の故意により災害死亡保険金の支払事由に該当したときは災害死亡保険金を支払わない旨の定めは,災害死亡保険金が支払われない場合を確認的注意的に規定したものにとどまり,被保険者の故意により災害死亡保険金の支払事由に該当したことの主張立証責任を保険者に負わせたものではないと解すべきである。
 以上によれば,本件転落が偶発的な事故であることについて,上告人に主張立証責任があるとした原審の判断は正当として是認することができる。上記判断は,所論引用の判例に抵触するものではない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用することができない。」

最高裁平成13年4月20日判決判例タイムズ1061号68頁より抜粋
「1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)上告人会社は,被上告人らとの間で,第1審判決別紙第一事件保険契約及び同第二事件保険契約記載のとおり被保険者をいずれもA,保険金受取人を同上告人あるいは被保険者の法定相続人(上告人B,同C,同D及び同E)とする普通傷害保険契約(以下「本件各保険契約」という。)をそれぞれ締結した。
(2)本件各保険契約に適用される各保険約款(以下「本件各約款」という。)には,いずれも被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害に対して約款に従い保険金(死亡保険金を含む。)を支払うこと及び被保険者の故意,自殺行為によって生じた傷害に対しては保険金を支払わないことがそれぞれ定められている。
(3)本件各保険契約の被保険者であるAは,平成7年10月31日午後2時30分ころ埼玉県北足立郡a町所在の5階建て建物の屋上から転落し,脊髄損傷等により死亡した(以下,これを「本件転落」という。)。
2 上記事実関係に基づいて検討する。
 本件各約款に基づき,保険者に対して死亡保険金の支払を請求する者は,発生した事故が偶然な事故であることについて主張,立証すべき責任を負うものと解するのが相当である。けだし,本件各約款中の死亡保険金の支払事由は,急激かつ偶然な外来の事故とされているのであるから,発生した事故が偶然な事故であることが保険金請求権の成立要件であるというべきであるのみならず,そのように解さなければ,保険金の不正請求が容易となるおそれが増大する結果,保険制度の健全性を阻害し,ひいては誠実な保険加入者の利益を損なうおそれがあるからである。本件各約款のうち,被保険者の故意等によって生じた傷害に対しては保険金を支払わない旨の定めは,保険金が支払われない場合を確認的注意的に規定したものにとどまり,被保険者の故意等によって生じた傷害であることの主張立証責任を保険者に負わせたものではないと解すべきである。」

最高裁平成16年12月13日判決民集58巻9号2419頁より抜粋
「1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人は,大阪市住吉区所在の自己所有地上に第1審判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し,本件建物において,長男及び長女と共に居住し,本件建物を店舗,倉庫等として使用していた。
(2)被上告人は,平成11年12月2日,上告人との間で,〔1〕保険の目的を本件建物,家財一式及び商品・製品等一式,〔2〕保険金額を建物2億円,家財一式7000万円,商品・製品等一式2億円,〔3〕保険料を48万6300円,〔4〕保険期間を同日午後4時から平成12年12月2日午後4時までとする店舗総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し,保険料48万6300円を支払った。
 本件保険契約に適用される保険約款(以下「本件約款」という。)1条1項には,保険金を支払う場合として,火災によって保険の目的について生じた損害に対して損害保険金を支払う旨が規定され,また,同2条1項(1)には,保険金を支払わない場合として,保険契約者,被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意若しくは重大な過失又は法令違反によって生じた損害に対しては保険金を支払わない旨が規定されている。
(3)平成11年12月7日午前11時ころ,本件建物内で火災が発生し,本件建物4階の居室20平方メートルを焼損し,他の階の各室にも消火活動による水損等の被害が生じたほか,本件建物内に保管されていた被上告人及びその家族の所有する家財,被上告人の経営する店舗の商品等についても,一部に焼損又は水損等の被害が発生した(以下,この火災を「本件火災」という。)。
2 本件は,被上告人が上告人に対し,本件火災により損害を被ったと主張して,本件保険契約に基づき,火災保険金及びその遅延損害金の支払を求めるものである。
3 商法は,火災によって生じた損害はその火災の原因いかんを問わず保険者がてん補する責任を負い,保険契約者又は被保険者の悪意又は重大な過失によって生じた損害は保険者がてん補責任を負わない旨を定めており(商法665条,641条),火災発生の偶然性いかんを問わず火災の発生によって損害が生じたことを火災保険金請求権の成立要件とするとともに,保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によって損害が生じたことを免責事由としたものと解される。火災保険契約は,火災によって被保険者の被る損害が甚大なものとなり,時に生活の基盤すら失われることがあるため,速やかに損害がてん補される必要があることから締結されるものである。さらに,一般に,火災によって保険の目的とされた財産を失った被保険者が火災の原因を証明することは困難でもある。商法は,これらの点にかんがみて,保険金の請求者(被保険者)が火災の発生によって損害を被ったことさえ立証すれば,火災発生が偶然のものであることを立証しなくても,保険金の支払を受けられることとする趣旨のものと解される。このような法の趣旨及び前記1(2)記載の本件約款の規定に照らせば,本件約款は,火災の発生により損害が生じたことを火災保険金請求権の成立要件とし,同損害が保険契約者,被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意又は重大な過失によるものであることを免責事由としたものと解するのが相当である。
 したがって,本件約款に基づき保険者に対して火災保険金の支払を請求する者は,火災発生が偶然のものであることを主張,立証すべき責任を負わないものと解すべきである。」

最高裁平成18年9月14日判決判例時報1948号164頁より抜粋
「1 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)上告人は,その代表取締役であるAの所有する宮城県牡鹿郡女川町所在の建物で居酒屋(以下「本件店舗」という。)を経営していた有限会社である。被上告人は,損害保険業等を目的とする株式会社である。
(2)Aの兄で上告人の取締役であるBは,平成11年7月28日,C(以下「C」という。)との間で,本件店舗内の什器備品等の損傷及び休業による損害を保険の目的とする加盟店総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
 本件保険契約に適用されるテナント総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)には,「すべての偶然な事故」によって生じた損害に対して保険金を支払うこと及び保険契約者,被保険者又はこれらの者の法定代理人,保険契約者又は被保険者が法人であるときは,その理事,取締役又は法人の業務を執行するその他の機関(以下,併せて「保険契約者等」という。)の故意又は重大な過失によって生じた損害に対しては保険金を支払わないことがそれぞれ定められている。
(3)B,上告人及びCは,平成12年2月ころ,本件保険契約の保険契約者をBから上告人に変更することを合意した。
(4)平成12年2月19日午前2時10分ころ,上記建物内で火災が発生し,上記建物が全焼した(以下,この火災を「本件火災」という。)。
(5)被上告人は,平成13年10月1日,Cを吸収合併した。
2 本件は,上告人が,本件火災により,本件店舗内の什器備品等が焼失し,また,休業を余儀なくされて損害を被ったと主張して,被上告人に対し,本件保険契約に基づき保険金の支払を求める事案である。
3 原審は,概要次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 保険事故を「火災」等と規定するいわゆる火災保険については,保険金請求者は,火災により損害を被ったことを立証すれば,火災発生が偶然のものであることを立証しなくても保険金の支払を受けられると解するのが相当である。しかし,本件約款は,保険金請求権の発生事由となる保険事故を「すべての偶然な事故」と規定し,保険事故の内容を火災に限っていないことからすれば,上告人は,発生した事故が偶然な事故であることについて主張立証責任を負うと解すべきであり,たまたま保険事故が火災であったとしても,偶然性の立証を免れるものではない。本件火災は,漏電等による偶発的な事故かAによる放火のいずれかであると認められるが,そのいずれであるかは不明であるから,本件火災が偶然な事故であったことの立証がないというべきである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 商法629条が損害保険契約の保険事故として規定する「偶然ナル一定ノ事故」とは,保険契約成立時において発生するかどうかが不確定な事故をいうものと解される。また,同法641条が,保険契約者又は被保険者の悪意又は重過失によって生じた損害について保険者はてん補責任を負わない旨規定しているのは,保険契約者又は被保険者が故意又は重過失によって保険事故を発生させたことを保険金請求権の発生を妨げる免責事由として規定したものと解される。
 本件約款は,保険事故として「すべての偶然な事故」と定める一方,保険契約者等の故意又は重大な過失によって生じた損害に対しては保険金を支払わないこととしているが,これらの定めを商法の上記各条文に照らしてみれば,本件約款は,保険契約成立時に発生するかどうかが不確定な事故をすべて保険事故とすることを明らかにしたものと解するのが相当であり,本件約款にいう「偶然な事故」を,商法629条にいう「偶然ナル」事故とは異なり,保険事故の発生時において保険契約者等の意思に基づかない事故であること(保険事故の偶発性)をいうものと解することはできない(最高裁平成17年(受)第1206号同18年6月1日第一小法廷判決・裁判所時報1413号4頁参照)。
 したがって,本件約款を契約内容とする本件保険契約に基づき火災による什器備品等の焼失及び休業が保険事故に該当するとして保険金を請求する者は,事故の発生が保険契約者等の意思に基づかないものであることについて主張,立証すべき責任を負わず,保険契約者等の故意又は重過失によって保険事故が発生したことは,保険者において,免責事由として主張,立証する責任を負うと解すべきである。
 原審は,以上と異なり,本件保険契約に基づき保険金の支払を請求する者は本件火災が偶発的なものであることにつき主張,立証責任を負うと解した上,その立証がないとして上告人の被上告人に対する請求を棄却したものである。しかし,原審が確定したところによれば,本件火災は漏電等による偶発的なものかAによる放火のいずれかであるが,そのいずれであるとも認定できないというのである。そして,記録に徴すれば,被上告人は,Aによる放火であると主張する以外には免責事由を主張していないことが明らかであるから,Aによる放火の事実が認められない以上,被上告人は,本件保険契約に基づき,本件火災により生じた損害につき保険金の支払義務を免れないというべきである。原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中被上告人に関する部分は破棄を免れない。そして,損害の額につき更に審理を尽くさせるため,同部分を原審に差し戻すこととする。」

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