新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1222、2012/1/26 10:42

【刑事・他人を搭乗させる目的で搭乗券取得と詐欺罪・最高裁第一小法廷平成22年7月29日決定】 

質問:私の知り合いが,中国人の知り合いをカナダに不法入国させようと,空港のチェックインカウンターで,自分の名前でカナダ行の飛行機の搭乗券を受け取ったのですが,詐欺罪が成立するとして逮捕されました。確かに他人を飛行機に乗せようとしたことはよくないと思いますが,友人がお金を出して航空券を買い,搭乗券の交付を請求したのであって,航空券や搭乗券をだまし取ったわけではないのですが,それでも詐欺罪になるのですか。

回答:
1.あなたのご友人を心配するお気持ちはお察しいたしますが,飛行機(特に国際線)に搭乗するにあたっては厳格な本人審査が義務付けられていることを考えると,ご友人の名義で飛行機に搭乗することができるのはご友人本人であり,航空会社はそれ以外の方に対して搭乗券を交付することを予定していないといえます。したがって,航空券の名義人ではなく,他人が当該搭乗券を利用して飛行機に搭乗する意図で搭乗券を交付されたことは,「人を欺いて財物を交付させた」といえ,詐欺罪が成立すると考えられます。
2.同様の事件に関する最高裁決定(平成22年7月29日)も同旨です。後記第一審大阪地方裁判所岸和田支部平成19年11月20日判決(詐欺被告事件)参照。
3.本事件は,第三者に譲渡目的の銀行通帳の取得に類似しますので,当事務所事例集1143番276番参照。実質的違法性論に関連し1089番1079番1074番参照。

解説:
1 (詐欺罪について)
  刑法246条,詐欺罪(財産犯)の成立要件として@欺罔行為により,A相手方が錯誤に陥り,Bその錯誤に基づき,財物を交付したことの一連の連鎖が必要となります。詐欺罪が成立するには,まず「人を欺く」ことが必要です。今回のご相談の場合,搭乗券を発行して交付する航空会社の担当者が欺かれているか,という点が,詐欺罪の成立のポイントです。

2 (問題点の指摘)
  航空会社の負う義務と「人を欺く」行為について
  あなたは,自分の名前を名乗って,適正な料金を支払ってあなた名義の搭乗券を取得しているわけですから,人を欺いていないようにも見えます。しかし,その目的は友人にその搭乗券を渡して友人を飛行機に乗せることです。そのような目的で搭乗券を所得するのが違法ではないのか,また詐欺罪等刑罰値するほどの違法な行為かという問題です。この問題は違法性とは何かという問題と関連します。違法性とは,刑法の法規に形式的に当てはまるだけではなく,行為の実態を検討し,刑法の処罰に値することをいいます。これを実質的違法性論といいます。刑罰が,本来生まれながらに自由である個人の生命,身体の自由,財産を公正な社会秩序維持のため公的,強制的に剥奪するものである以上,刑法は形式のみならず(搭乗券を違法に取得した),実質的に判断し謙抑的,限定的に適用されなければならないからです。具体的には,権利等の利益侵害(結果,本件では搭乗券の実質価値)及び行為の主観(目的,本件では搭乗券の不正使用,密入国の幇助),客観(手段の相当性,法益の均衡,不法入国防止の国家的利益,航空機の安全運航,搭乗券取得の巧妙性等)の要素から総合的に考慮し,社会倫理,道徳の秩序全体に違反し,刑法の処罰に値する行為かどうかを判断することになります。従って,形式的財物的に見れば価値が低い搭乗券であっても第三者への譲渡目的の取得の違法性は大きいと判断される可能性があります。

  航空会社からみれば,航空券記載の乗客以外の方を飛行機に乗せることは飛行機の安全確保という観点から避けるべきですし,また,不法入国の防止という目的を果たすことにもなります。現に,出入国管理及び難民認定法第56条の2においても,「本邦に入る船舶等を運航する運送業者(運送業者がないときは,当該船舶等の長)は,外国人が不法に本邦に入ることを防止するため,当該船舶等に乗ろうとする外国人の旅券,乗員手帳又は再入国許可書を確認しなければならない。」と規定されており,航空会社に対して旅券などに関し相応の本人確認義務を課しています。

  そこで,航空会社は,航空券と旅券をもとに厳重な本人確認を行い,その確認を受けた対象者が搭乗することを予定して,搭乗券を交付しているわけです。具体的には,搭乗券の交付を請求する方に対して旅券と航空券の呈示を求め,旅券の氏名及び写真と航空券記載の乗客の氏名及び当該請求者の容ぼうとを対照して,当該請求者が当該乗客本人であることを確認した上で,搭乗券を交付することとされています。
  とするなら,航空会社が搭乗券を交付するにあたっては,本人確認をした対象者が搭乗するかどうか,という点が,判断の基礎となる重要な事項であるのは明らかです。したがって,搭乗者が別に存在する,と本件の場合,航空会社はその事情を知っていれば当然搭乗券の交付を拒絶したと考えられますので,「人を欺く」行為があったと評価されてもいたしかたないのでは,と思われます。以上,実質的違法論から搭乗券の不正取得は意外と違法性が大きいと評価が可能です。

3 (判例の検討)
  同種事犯における判例(最高裁第一小法廷平成22年7月29日決定)について
  本件と同様の事案につき,最高裁決定があります。ここでも,これまでにご説明してきたのと同様,「航空券に氏名が記載されている乗客以外の者の航空機への搭乗が航空機の運航の安全上重大な弊害をもたらす危険性を含むものである」こととともに,「本件航空会社がカナダ政府から同国への不法入国を防止するために搭乗券の発券を適切に行うことを義務付けられていたこと等の点において,当該乗客以外の者を航空機に搭乗させないことが本件航空会社の航空運送事業の経営上重要性を有していた」という事情の下,航空会社は,搭乗券の交付を受けた者がそれを他人に渡して搭乗させる意図があれば交付の請求に応じることはなかったと認定しています。

  そのうえで,結論として「搭乗券の交付を請求する者自身が航空機に搭乗するかどうかは,本件係員らにおいてその交付の判断の基礎となる重要な事項であるというべきであるから,自己に対する搭乗券を他の者に渡してその者を搭乗させる意図であるのにこれを秘して本件係員らに対してその搭乗券の交付を請求する行為は,詐欺罪にいう人を欺く行為にほかならず,これによりその交付を受けた行為が刑法246条1項の詐欺罪を構成することは明らかである」と示しています。航空会社が負っている運行上の安全確保の責任と不法入国の防止という目的を考えれば,妥当な判断と言えるのではないでしょうか。ちなみに,本事件被告人は,2件の併合罪で,懲役1年6月執行猶予3年となっています。実質的違法性論から妥当な判断と思われます。

(参照条文)

刑法
第二百四十六条  人を欺いて財物を交付させた者は,十年以下の懲役に処する。
2  前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする。
出入国管理及び難民認定法
第五十六条の二  本邦に入る船舶等を運航する運送業者(運送業者がないときは,当該船舶等の長)は,外国人が不法に本邦に入ることを防止するため,当該船舶等に乗ろうとする外国人の旅券,乗員手帳又は再入国許可書を確認しなければならない。

(判例参照)

大阪地方裁判所岸和田支部平成19年(わ)第348号,平成19年(わ)第403号
平成19年11月20日判決(詐欺被告事件)
 主   文

被告人を懲役1年6か月に処する。
未決勾留日数中30日を刑に算入する。
この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。
       理   由
(犯罪事実)
 被告人は,
第1  及び らと共謀の上,航空機によりカナダへの不法入国を企図している中国人のため,航空会社係員を欺いて,関西国際空港発バンクーバー行きの搭乗券を交付させようと企て,平成18年6月7日午後2時ころ,大阪府泉佐野市泉州空港北1番地所在の関西国際空港旅客ターミナルビル4階エア・カナダチェックインカウンターBにおいて, が,エア・カナダから業務委託を受けている株式会社エーエヌエースカイパル係員板垣志保に対し,真実は,バンクーバー行きエア・カナダ36便の搭乗券を同国に不法入国しようとして関西国際空港のトランジット・エリア内で待機している中国人に交付し,同人を搭乗者として登録されている として航空機に搭乗させてカナダに不法入国させる意図であるのにその情を秘し,あたかも が搭乗するかのように装い, に対する航空券及び日本国旅券を呈示して,前記エア・カナダ36便の搭乗券の交付を請求し,前記 をしてその旨誤信させ,よって,即時同所において,同人から に対する前記エア・カナダ36便の搭乗券1枚の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させた
第2  (省略)
(証拠の標目)《略》
(補足説明)
 弁護人は,航空会社は航空運賃を受領している上,搭乗券を得た中国人は実際には搭乗できなかったのであるから,財産上の損害が発生しておらず,したがってまた「欺く」行為もない上,損害があったとしてもその可罰的違法性がないなどとして,被告人は無罪である旨主張する。 
 しかしながら,関係各証拠によれば,本件における国際線の航空会社は,航空券上に記載されている者自身が搭乗することを前提として,搭乗券を発券しており,搭乗者が誰であるのか,その人格の同一性は,搭乗券を発券するかどうかを判断するにあたって重要な要素としていることが認められる。すなわち,同航空会社は,旅客機に搭乗しようとする者に対し,搭乗券を発券する際,旅券の呈示を求めて,その者が本人であることを確認し,その者自身が日本を出国して目的地に向けて当該旅客機に搭乗するものとして,搭乗券を発券し交付しており,搭乗者とされている本人以外の別人が,搭乗券を譲り受け,これを使用して,旅客機に搭乗するということが分かれば,搭乗券を発券しない。
 にもかかわらず,被告人は,密航を企図している者のため,共犯者をして,同人が搭乗する意思がないのに,同人に対する搭乗券の発券を請求し,同人の本物の旅券を呈示するなどして,同人自身が搭乗するかのように振る舞い,航空会社の担当者に,同人自身が出国して,目的地に向けて当該旅客機に搭乗するものと誤信させて,同人に対する搭乗券を発券させたものである。
 したがって,航空会社は,本人の同一性を要求している搭乗券について,真実搭乗する意思のない者に対して,運行の利益を受け得るための搭乗券を発券させられたものであり,航空会社には社会的に見て経済的価値のある損害が生じたものということができ,また,被告人には,航空会社が財産的処分行為をするための判断の基礎たる事実である真の搭乗者と航空券・旅券に記載されている者との同一性を偽り,これを誤信させた「欺く」行為があったものと認められる。
 したがって,上記弁護人の主張には理由がない。
(法令の適用)
罰条 第1,第2 刑法60条,246条1項
併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の重い第1の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数の算入 刑法21条
刑の執行猶予 刑法25条1項
(量刑事情)
 本件は,被告人が航空券の搭乗券を詐取したという2件の事案である。被告人は,金銭に窮し,中国人ブローカーから,カナダに不法入国しようとする中国人の便宜のため,搭乗券を騙し取ることを持ちかけられて,これを承諾し,同級生であった知人の共犯者を誘い入れ,その知人から持ちかけられた共犯者をして,航空券上の搭乗名義人が実際には搭乗をしないのに,搭乗するかのように振る舞って,搭乗券の交付を受けたというのであり,計画的で悪質な犯行である。被告人は,このように搭乗券を騙し取ることを共犯者に具体的に指示し,さらには,実際に中国人の密航のために,空港のトランジット・エリア内で,詐取した当該搭乗券を,中国人側に手渡すなどしており,他の日本人共犯者らとの関係で,被告人は主犯格と目される。かかる詐欺の犯行は,ひいては日本の出入国管理行政を脅かすものであることに鑑みても,その犯情は悪い。
 したがって,本件各犯行は厳しい刑罰的非難に値するものということができ,被告人の刑事責任は重いというべきであるが,他方,被告人は,本件を反省している旨述べていること,被告人には道路交通法違反の罰金前科以外の前科がみられないこと,本件によって,逮捕以来今日まで相当期間,身柄の拘束を受けてきたこと,被告人のために法廷で証言をする父親及び友人がいることなどの被告人のために有利に斟酌することのできる事情もある。
 そこで,これらを総合考慮の上,被告人に対し,主文掲記の刑を科した上,今回に限り,その刑の執行を猶予するのが相当である。
(求刑 懲役2年)

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