新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1181、2011/11/15 15:39

【民事・ゴルフプレイ中の事故における損害賠償責任・過失の内容・注意義務の程度】

質問:ゴルフ場でゴルフをしていた際に,ミスショットの打球が,隣接したホールのプレイヤーの頭部に当たり大けがを負ってしまいました。損害賠償の額について交渉していたのですが,相手方の要求金額があまりに大金なもので,金額に折り合いがつかないでいたところ,先日,裁判所から訴状が送達されてきました(請求額は3000万円)。私としては,相手方に申し訳ない気持ちでいるのですが,全く予想外の出来事でしたし,このような大金を持ち合わせていません。どうしたらよいでしょうか。

回答:
1.訴状が届いたということですから,まず答弁書を出す必要があります。このような事故の場合,不法行為に基づく損害賠償責任があるか否か(責任論,過失があるか否か),責任があるとして損害賠償の範囲,金額がいくらになるのか(損害論),の2つの問題があり,答弁書においても,被告としてはまず責任が無いこと,次に責任があるとして負担する損害の範囲と金額を争うことを記載することが必要です。
2.結論は,事故の状況や損害について具体的に検討する必要があるので,回答できませんが,ミスショットをして第三者に打球を当てたことについて過失(注意義務違反)が認められるか否かが争点ということになります。あなたとしては,「全く予想外の出来事」ということですが,裁判において,それが客観的事実からも認められる場合には,責任が無く金銭を支払う法律上の義務が生じないことになります。
  なお,損害論については交通事故の場合と同様ですので,解説では,責任論について詳細に説明します。

解説:

1.不法行為責任
  民法709条は,不法行為者の賠償責任を規定しています。ゴルフプレイヤーのミスショットにより,そのボールが他のプレイヤーなどに当たり,怪我をさせてしまった場合には,損害賠償を請求する被害者は同条を適用して加害者に対して責任を追及することになります。
  この不法行為が成立するためには,行為者に「過失」が認められる必要がありますので,そのミスショット(ミスが直ちに「過失」になるわけではありません。ショットの「ミス」と不法行為の成立要件としての「過失」は概念を異にします)に「過失」が認められない場合には,そもそも,不法行為が成立せず,これに基づく賠償責任を負わないことになります。

2.過失の構造
  「過失」(民法709条)とは,損害発生の予見可能性があるのにこれを回避する行為義務(結果回避義務)を怠ったとされるのが一般的です。これを注意義務違反といいます。
  過失(注意義務違反)がいかに認定されるかという点については,常に最善の結果回避義務が要求されるわけではありませんが,相当高度な結果回避義務が課される場合もあり,事案によって個別具体的に判断されるため,これといった定型的な基準はありません。
  通常民事上の過失における注意義務の程度については,行為者の具体的な注意能力を基準にして決める具体的過失(民法659条,無償寄託者の自己の財産に対すると同一の注意義務)ではなく,行為者の職業,社会的地位に応じて通常要求される注意能力を基準にして判断されます。これを抽象的過失といい,善良なる管理者の注意義務(民法644条)と同程度の義務が要求されます。なぜなら,過失責任主義は,私的自治の大原則の一つで,公平,公正な社会生活秩序を維持,形成するための理論であり,不法行為等による第三者との損害の公平な分担のためには,行為者に,客観的な基準による注意義務を課さなければ,職業,社会的地位に応じて能力を発揮しない人ほど責任を負わなくなり不公平な結果になるからです。社会的地位,職業に応じた一般的能力の判断は個々の場合に応じて,行為者の地位,職業,行為の状況,行為の動機,結果の程度等種々の面から詳細に分析し判断していくことになります。下記の判例も基本的に同様の考え方に立つものと思われます。
  ここで参考になるのが同様の事案を前提とした裁判例などです。そこで,4の項で本件と類似の裁判例を挙げておきましたので適宜ご参照ください。

3.ゴルフの特殊性
  ゴルフというスポーツは,コースにおいてクラブといわれる道具で静止したボールを打ち,ホールと呼ばれる穴にいかに少ない打数で入れられるかを競う球技であり,プレイヤーは,直径42.67mm(1.68インチ)以上,45.93g(1.62オンス)以下のゴルフボールをクラブで打ち,そのゴルフボールはプレイヤーによっては時速300キロものスピードで飛ぶこともあります。
  このようなスポーツを認める以上は,ゴルフプレーヤーは,自分自身の打球を把握し,安全なプレーすることが求められるのです。
  そのような観点から,不法行為の成立要件である「過失」についても解釈していく必要があります。
  裁判例では,「ゴルフというスポーツの存在を認める以上競技者としては,その技量,飛距離等に応じ事故の打球が飛ぶであろうと通常予想しうる範囲の他人の存在を確認し,その存在を認識するか,認識しうる場合に打撃を中止すれば足りるものというべきである」として,行為者の「過失」を否定したものがあります(東京地裁昭和60年5月29日判決)
  本件質問に関係のある裁判例を以下に掲載しましたので,ご参照ください。

4.参考裁判例
○東京地裁昭和60年5月29日判決
  ミスショットをしたプレーヤーの責任を否定した事例です。フェアウェイからの第2打が,隣のホールのティグランドにいたプレーヤーに当たってしまったという事案です。ここでは,隣のティーグランドが樹木や高低差のために見えない場所からショットしたという事情がありました。

   1 被告F
   (一) 原告は,被告Fは東六番ホールにおける第二打を打つにあたり,自己の打球の最大飛距離内に他の競技者がいることを十分予想できたのであるから,その所在を確認し,かつ他人のいる近くに打球が飛ばないように注意して打球すべき義務があるのにこれを怠り,何ら確認せず力一杯強打したもので,被告Fには右の点で過失があると主張する。

   (二) しかしながら,ゴルフというスポーツは体積が小さい割合に重量が重いゴルフボールをクラブで打撃して高速で長距離飛行させるもので,打球の方向や着球地点を任意に調節することが困難なことを前提として打球の方向や着球地点の正確さを競うものであり,打球の調節が困難であるから,ゴルフコースの設置状況いかんによつては思わぬ方向へ打球が飛び,他人にあたる危険性は否定できないが,ゴルフというスポーツの存在を認める以上競技者としては,その技量,飛距離等に応じ自己の打球が飛ぶであろうと通常予想しうる範囲の他人の存在を確認し,その存在を認識するか,認識しうる場合に打撃を中止すれば足りるものというべきである。

   (三) 本件についてこれをみるに,前記認定の事実によれば,被告Fは東六番ホールで第一打及び第二打を打つたが,東五番ホールとの間には高低差及び樹木帯があるためそのいずれの打球地点からも原告のいた東五番ホールティーグランドを見通すことはできず,また,仮に東五番ティーグランドの位置を認識する可能性があつたとしても,競技者としては,前記高低差及び樹木帯を越えて打球がそこまで届くことは通常予想しえないというべきであるから,被告Fには原告の存在を確認し,打撃を中止すべき義務はなく,過失は存しない。
    したがつて,被告Fは,原告に対し不法行為による損害賠償責任を負わないというべきであり,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告藤沢に対する請求は理由がない。

○東京地裁平成3年9月26日判決
  これは,プレーヤーの責任を認めた事例です。バンカー越えのアプローチショットが,グリーン周りにいた同伴プレーヤーに当たってしまった事案です。ここでは,自らショットをする際に同伴プレーヤーの,位置や行動を確認していなかったことについて注意義務違反があるとしています。なお,被害者にもプレーヤーのショットを見ていなかったという点で過失相殺が認められることになります。

   1 前記認定のとおり,被告Sがアプローチショットをしようとした別紙見取図の点とピン(同見取図のP点)との距離は約三〇メートルにすぎず,原告はP点の近く約一,二メートルのところに立っていたのであるが,かかる原告の立つ地点が被告Sの打球が充分届く範囲内にあった事実は,当事者間に争いがない。
    また,点は,前記一,2,(四)に認定したようなラフ上に位置しており,弁論の全趣旨によれば,そのラフの中のボールをバンカー越えにピッチショットするには相当高度の技術を要し,したがって,そのショットをこなすには初心者であるほどに緊張を伴いやすく,その結果思わぬミスショットを生ずる可能性があったことが認められるところ,被告Sが比較的経験の浅いゴルフ初心者であったことは当事者間に争いがなく,また,〈証拠略〉によれば,被告Sは,本件当時,ハーフラウンド大体七〇位のスコアで回る技量であり,かつ,本件当日も本件ゴルフ場をインのスタートであったがその最初の一〇番ホール以降各ホールともパースコアをほぼ二ないし三打オーバーし,最終一八番ホールの第四打が前記認定のとおりネット近くに落ちたのも打球の方向がその意に反して相当曲がったためという程度の技量であったことが認められる。

    これらの事実によれば,被告Sが前記点からアプローチショットをしようとすれば,予想外のミスショットをして近くにいる原告らに対し危険な飛球を打ちつける可能性が少なくなかったのであるから,被告Sとしては,その危険の及ぶ範囲内にいる原告らが被告Sのショットを注視し,かつ,そのショットによる打球がもたらす危険を充分避けることができる状態にあることを確認してそのアプローチショットをするべき注意義務があったものといわなければならない。
    ところが,前記認定のとおり,被告Sは,原告に対し,「いきますよ」と声を掛け,原告が手を挙げて応えたが,原告が引き続きグリーン上に留まっていたばかりか,被告Sがいったんダフった後には原告が別方向のTの方に向いて被告Sの動作を全然見ていない状態にあるのに,被告Sは,原告が右のように手を挙げたことにより原告がグリーン上から外へ出て,被告Sの打球を避けるように行動するものと速断して,爾後何ら原告の状態を確認しないで,右のようにダフったり,アドレスを再開したり,かつ,長めの間合いを取ったりしながら結局「いきますよ」で始めたアプローチショットを最後まで行ったのであるから,被告Sの行動には,右判示の注意義務に違反した過失があるものといわざる得ない。

  2 被告らは,第一に,原告が被告Sに対し顔と手で合図をしておきながら,同伴プレーヤーの前方に出ないというゴルフの基本的マナーに違反してグリーン上に留まった結果被告Sの打球を受けたものであり,本件事故は原告の過失による事故というべきであると主張する。
    しかしながら,同伴プレーヤーの前方に出ないということがゴルフの基本的マナーであるとしても,グリーン周りのアプローチショットの段階ともなれば,ホール毎の各プレーヤーの打球地点によってその「前方」と目すべき範囲が必ずしも一律厳密には定まらないのみならず,ゴルフのマナー違反が直ちに法律上の過失を構成するものとも解されないから,被告の右主張は,そのまま採用することはできない。
    被告らは,第二に,原告が被告Sのアプローチショットの前方グリーン上で被告Sからの警告を受けたにもかかわらず佇立し続け,かつ,被告Sのアプローチショットの動作及びその打球を注視していさえすればその打球が自己に当たるのを避けることができたのに別方向にいたTに対してアプローチショットについてのアドバイスをしながらその方向にのみ視線をやり,何ら被告Sの打撃動作もその打球も全く見ていなかったため,本件事故が発生したものであって,この結果発生は,原告の過失によるものというべきであるから,被告Sには過失がない旨主張する。

    なるほど,原告が被告Sの動作を見続け,そのアプローチショットの打球を見ていれば本件事故を避けることができたことは,原告がその本人尋問において認めているところであり,かつ,被告Sから「いきますよ」の声を掛けられていたこともあったのであるから,原告において被告Sの打球の飛来を予測すべきであったということもでき,このことは後記のとおり大幅の過失相殺の事由と考えるのが相当であるが,しかしながら,前記認定のような幾重もの理由から自己の打球がミスショットとなる可能性のあった被告Sとしては,ただ「いきますよ」の声を掛けさえすればその後はその声を掛けられた原告らの同伴プレーヤーにそのミスショットによる危険の回避を全て押しつけるということは,その危険を自ら生ぜしめるという立場に鑑み,また,衡平の見地からも,許されないものといわなければならない。被告Sとしては,原告らが被告Sによるミスショットによる危険を避け得る状態にあることを確認してプレーをすべき注意義務をすべて免れることはできず,原告らに対し単に「いきますよ」の声を掛けることによってこの注意義務が消滅するものとはいえない。被告らの前記主張も,採用できない。
 
    第三に,被告らは,被告Sの本件アプローチショットによって生じた危険な打球については,ゴルフ競技において極めて一般的に生じ得るものであり,通常予測し得る危険に当たるので,同伴プレーヤーである原告はこれを受忍することを同意しているものとして,被告Sの本件行為は,その違法性がない旨の主張する。
    しかしながら,ゴルフのスイング,打球等が通常もたらすべき危険の中には故意又は重大な過失には至らない程度の通常の注意を払うことによってそれを回避することができるものが少なからず存在するものと考えられるのであって,このような危険もこれを生じさせるプレーヤーにおいて何ら回避する必要がなく専ら被害者にこれを受忍させるべきものとする被告らの所論については,当裁判所は,ほかの根拠を付加するまでもなく,採用できないものといわざるを得ない。

   3 被告Sの前記1に認定した過失により本件事故が生じたことは前記一,2の認定事実により明らかであり,〈証拠略〉によれば,本件事故により原告は左眼球打撲症,左眼球内異物,左眼強膜破裂,左眼角膜穿孔創及び挫傷,左眼ブドウ膜脱出,左外傷性ブドウ膜炎,左外傷性網膜硝子体出血,外傷性無虹彩症等の傷害を受け,六三日間の入院及びその後三七日間の通院を経,左眼角膜白斑,外傷性無虹彩症で,裸眼としての視力0.02程度の本件後遺障害が固定したことが認められ,これらの傷害及び本件後遺障害も被告Sの前記過失によって生じた結果であることが明らかである。
 

 ○東京高裁平成6年8月8日判決
   プレーヤーの責任を認めた事例です。これは,同じホールでプレーしていた140ヤード程前にいた前の組のプレーヤーにボールが当たってしまったという事例です。窪地にいたために確認できず誰もいないと思ってショットしたところあたってしまったという事案です。プレーの前後の状況から前の組のプレーヤーの存在を確認できたはずなのにこれを怠ったことに過失があるとされています。
   控訴人は,仮に,本件事故が控訴人の本件第二打による本件ゴルフボールによるものであったとしても,控訴人は,右第二打を打つ前に,被控訴人組の乗用カートがグリーン横のカート道路上に現れたことを視認により確認しており,控訴人は,これにより,被控訴人組が右カートの後方の本件窪地にはいないものと信じて,本件第二打を打ったものであるから,過失はない旨主張する。

   しかしながら,前記のとおり,控訴人が本件第二打を打った地点から,グリーン手前の窪地を直接見通すことは不可能であったこと,控訴人が本件第二打を打った地点からグリーン手前の右窪地までおおむね一三〇ないし一四〇ヤード程度の距離があり,他方,控訴人は,五番アイアンを用いてゴルフボールを打った場合,約一六〇ヤードの飛距離を出すだけの力を持っていたこと,また,控訴人は,本件ホールの地形,距離関係及び控訴人組の前に被控訴人ら三名がプレーをしていたことを十分に知っていたこと,控訴人が右地点からゴルフボールを打てば,グリーン手前の窪地にいる競技者を直撃し,重大な事故を発生させることを当然予見し得たこと等の事実に照すならば,控訴人としては本件第二打を打つに当たり,このような事故の発生を回避するため,右場所を見渡せる場所に移動したうえで,競技者のいないことを直接視認する方法により確認するか,先行組である被控訴人組の全員が右窪地を出て控訴人の打球の届かない安全な地点にまで移動したことを確認するかしなければならないというべきであって,被控訴人組の乗用カートの停止位置を確認し,その位置から右グリーン手前の窪地に競技者がいないであろうと推測するだけでは十分でないものといわざるを得ない。

   確かに,乙二〇号証によれば,乗用カートはプレーヤーより後方に置くように指導される例が多く,また,そのような方法は,自打球をカートに当てることによって発生する事故を防止するためにも合理的であると考えられるが,本件全証拠によっても,控訴人が主張するように,ゴルフ場において乗用カートを用いて競技をする場合には,競技者はカートの前方でのみ競技,待機をすべきであって,カートの後方では競技,待機をしないことが常識となっており,規範となっていることまでをも肯認することはできない。のみならず,前記のとおり,控訴人が本件第二打を打つ直前に前方を確認した時点では,被控訴人組の乗用カートのみならず被控訴人の先行組の乗用カートも停止していたものと認められるにもかかわらず,控訴人本人は,先行組の乗用カートはなかったと供述している点に照せば,控訴人が行ったカート専用道路上の乗用カートの存否の確認自体も必ずしも十分ではなかったのではないかと考えられる(仮に,控訴人が,先行組及び被控訴人組のそれぞれの乗用カートを確認しており,かつ先行組の人達の姿を見掛けているとすれば,控訴人にとって,グリーン手前の窪地に被控訴人らが待機していたことを推測することは容易であったと考えられる。)。」
   
≪参考条文≫

(受任者の注意義務)
第六百四十四条  受任者は,委任の本旨に従い,善良な管理者の注意をもって,委任事務を処理する義務を負う。
(無償受寄者の注意義務)
第六百五十九条  無報酬で寄託を受けた者は,自己の財産に対するのと同一の注意をもって,寄託物を保管する義務を負う。
民法七百九条(不法行為による損害賠償)
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

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