新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1152、2011/9/13 15:21

【民事・預金者保護法】

質問:この間空き巣に入られ,タンスの中に一緒に保管していた通帳,印鑑,パスポートとキャッシュカードを盗まれてしまいました。口座には100万円ほど預金してありましたので,被害に気づいてからすぐ銀行に確認したのですが,預金は全額引き出されていました。キャッシュカードの暗証番号を生年月日にしていたため,パスポートから暗証番号を割り出されてしまったのかも知れません。こういった場合に,何らかの補償を受けられるような制度はないのでしょうか。

回答:
1.今回のケースの場合,預金の引き出しが銀行窓口によって行われたか,キャッシュカードを用いてATMで行われたかによって,対象となる法制度が異なります。
2.キャッシュカードを用いてATMから預金が引き出されていた場合には,「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律」(以下,「預金者保護法」といいます)の対象となり,生年月日を暗証番号にしパスポートと一緒にキャッシュカードを保管していたという過失があったとしても,金融機関から75%の補償が受けられる可能性があります。
3.銀行窓口で、通帳と印鑑を使って預金が引き出されていた場合,預金者保護法の適用はなく民法478条の問題となり,銀行が善意無過失である場合には,あなたは預金を失うことになります。以下,詳しく解説します。ただし,この場合でも,金融機関の自主ルールにより,75%の補償が受けられる可能性はあります。
4.法律相談事例集キーワード検索:785番参照。

解説:
1 キャッシュカードを用いてATMから預金が引き出されていた場合
窃盗犯人は預金者ではありませんから,預金を引き出す権限はありません。従って、このような預金の引き出しは本来無効なはずです。しかし,銀行からみると,キャッシュカードと暗証番号を知っている者を窃盗犯人であると見抜くことは簡単ではありません。このような,一見本物の預金者らしい外観を有する者に対して銀行が支払いをしてしまった場合に,その支払いをすべて無効として,真実の預金者に対してさらに支払いをさせるというのは,銀行にとって酷な事態であるといえます。
このような場合に適用されるのが,民法478条の規定になります。
以下,簡単に解説します。

 (1) 民法478条の適用
   民法478条は,「債権の準占有者に対してした弁済は,その弁済をした者が善意であり,かつ,過失がなかったときに限り,その効力を有する」と定めています。
  ア 債権の準占有者
    「債権の準占有者」とは,取引の観念からみて債権者らしい外観を有する者をいい,その例として,預金証書と弁済に必要な印鑑の所持者等が挙げられます。キャッシュカードを所持し,かつ,その暗証番号を知っている者というのも,取引の観念からみて債権者らしい外観を有するといえますから,「債権の準占有者」にあたるでしょう。
    そうすると,今回のケースの窃盗犯人も,「債権の準占有者」にあたることになります。

  イ 弁済者の善意・無過失
    このような「債権の準占有者」への弁済が有効とされるためには,弁済者(今回のケースで言えば銀行)が「善意・無過失」であることが必要となります。銀行が,窃盗犯人であることを知りながら,あるいは,窃盗犯人であることに気づくべき事情がありながら漫然と払い戻しに応じた場合には,その弁済を有効として銀行を保護する必要はないからです。

  ウ 機械式払いへの適用の有無
    ところで,ATMの様な機械式払いについて,民法478条が適用されるか否かは1つの問題です。民法478条は人対人の対面式の取引を念頭に置いた規定と考えられますし,適用を認めた場合,機械による弁済は常に無過失とされかねず,真実の債権者にとって酷な結果にもなりかねないからです。
    しかし,最判平成15年4月8日は,以下のとおり,機械式払いについても民法478条の適用を認めた上で,銀行の過失をも認めています。
   「…しかしながら,本件払戻しが民法478条により弁済の効力を有するものとした原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)無権限者のした機械払の方法による預金の払戻しについても,民法478条の適用があるものと解すべきであり,これが非対面のものであることをもって同条の適用を否定すべきではない。
 債権の準占有者に対する弁済が民法478条により有効とされるのは弁済者が善意かつ無過失の場合に限られるところ,債権の準占有者に対する機械払の方法による預金の払戻しにつき銀行が無過失であるというためには,払戻しの際に機械が正しく作動したことだけでなく,銀行において,預金者による暗証番号等の管理に遺漏がないようにさせるため当該機械払の方法により預金の払戻しが受けられる旨を預金者に明示すること等を含め,機械払システムの設置管理の全体について,可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたことを要するというべきである。その理由は,次のとおりである。

 機械払の方法による払戻しは,窓口における払戻しの場合と異なり,銀行の係員が預金の払戻請求をする者の挙措,応答等を観察してその者の権限の有無を判断したり,必要に応じて確認措置を加えたりするということがなく,専ら使用された通帳等が真正なものであり,入力された暗証番号が届出暗証番号と一致するものであることを機械的に確認することをもって払戻請求をする者が正当な権限を有するものと判定するものであって,真正な通帳等が使用され,正しい暗証番号が入力されさえすれば,当該行為をする者が誰であるのかは全く問われないものである。このように機械払においては弁済受領者の権限の判定が銀行側の組み立てたシステムにより機械的,形式的にされるものであることに照らすと,無権限者に払戻しがされたことについて銀行が無過失であるというためには,払戻しの時点において通帳等と暗証番号の確認が機械的に正しく行われたというだけでなく,機械払システムの利用者の過誤を減らし,預金者に暗証番号等の重要性を認識させることを含め,同システムが全体として,可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう組み立てられ,運営されるものであることを要するというべきである。

(2)前記事実関係によれば,被上告人は,通帳機械払のシステムを採用していたにもかかわらず,その旨をカード規定等に規定せず,預金者に対する明示を怠り(なお,記録によれば,被上告人においては,現金自動入出機の設置場所に「ATMご利用のお客様へ」と題する書面を掲示し,「当行の通帳・カードをご利用のお客様」の払戻手数料を表示していたことがうかがわれるが,これでは預金者に対する明示として十分とはいえない。),上告人は,通帳機械払の方法により預金の払戻しを受けられることを知らなかったというのである。無権限者による払戻しを排除するためには,預金者に対し暗証番号,通帳等が機械払に用いられるものであることを認識させ,その管理を十分に行わせる必要があることにかんがみると,通帳機械払のシステムを採用する銀行がシステムの設置管理について注意義務を尽くしたというためには,通帳機械払の方法により払戻しが受けられる旨を預金規定等に規定して預金者に明示することを要するというべきであるから,被上告人は,通帳機械払のシステムについて無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたということはできず,本件払戻しについて過失があったというべきである。もっとも,前記事実関係によれば,上告人は,本件暗証番号を本件車両の自動車登録番号の4桁の数字と同じ数字とし,かつ,本件通帳をダッシュボードに入れたまま本件車両を自宅近くの駐車場に駐車していたために,何者かにより本件通帳を本件車両ごと盗まれ,本件暗証番号を推知されて本件払戻しがされたものと認められるから,本件払戻しがされたことについては上告人にも帰責事由が存するというべきであるが,この程度の帰責事由をもって被上告人に過失があるとの前記判断を覆すには足りない。
 したがって,本件払戻しについて,民法478条により弁済の効力を認めることはできない。」

  エ 弁済が有効とされた場合の帰結
    このように,機械式払いについても民法478条が適用される結果,銀行が善意・無過失であれば,窃盗犯人への支払いも有効ということになります。上記の判例では金融機関の過失が認定されていますが,上記の判例を踏まえ,各金融機関も注意義務の履行に努めている現在においては,銀行の有過失が認定される可能性は多くないでしょう。
    銀行から窃盗犯人への支払いが有効とされた場合,あなたはもはや銀行に預金の支払いを求めることができません。窃盗犯人に対し,あなたが不当利得返還請求あるいは不法行為に基づく損害賠償請求をして,預金額を取り戻すほかはないことになります。

(2) 預金者保護法による補償
  しかし,近年,偽造・盗難カード等を用いてATM等において預金が不正に引き出される事件が多発し,社会問題化してきました。この種の事件による損害は,上記の民法478条及び銀行の免責約款により,預貯金者の負担とされ,預貯金者は多大な経済的負担を強いられてきました。他方で,民法478条や免責約款で金融機関が事実上負担を免れ,その結果,長年にわたって安全なシステム構築への投資を怠ってきたのではないかとの問題意識も存在したことから,預貯金者保護のため,預金者保護法が制定され,平成18年2月10日から施行されています。
  この法律は,「偽造カードによる被害の場合」と「盗難カードによる被害の場合」の2つについて異なる補償の仕組みを置いていますが,以下では,「盗難カードによる被害の場合」について簡単に解説します。

 ア 民法478条の適用
   まず,預貯金者保護の方法として,上記の民法478条の適用を排除することが考えられます。預金者保護法は,「偽造カードによる被害の場合」については,民法478条の適用を排除するとしていますが,「盗難カードによる被害の場合」には,同条の適用を排除していません(預金者保護法3条)。
   したがって,今回のケースでも,金融機関が善意・無過失である場合,債権の準占有者に対する支払は有効とされ,預貯金者の金融機関に対する債権は消滅することになります。

 イ 全額補償の原則
   しかし,債権の準占有者に対する弁済が有効とされる(その結果,預貯金者の金融機関に対する債権が消滅する)場合であっても,預貯金者は,以下の3つの事実を主張・立証することにより,払戻しがされた額に相当する金額の補填を金融機関に対して求めることができます(預金者保護法5条1項)。
1金融機関に対して速やかに盗難被害の通知をしたこと(不正使用から30日以内)
2 金融機関に対して遅滞なく盗難被害の事情説明をしたこと
  B 金融機関に対して、捜査機関に対する被害届の提出等の事実を示したこと

 ウ 預金者の過失による補償の減額
   このように,預貯金者は,盗難カードにより行われた払戻しの全額について,原則として,その全額の補償を受けることができるとされています(預金者保護法5条2項本文)。
   しかし,以下のように,預金者に過失がある場合には,その過失の程度に応じて補償額が制限され,あるいは補償自体が受けられなくなりますので注意が必要です。
  ア) 補償額が75%に制限される場合
    金融機関が善意・無過失であり,かつ,預金者に「過失」がある場合には,補償額は,被害額の4分の3に制限されます(預金者保護法5条2項但書)。
  イ) 補償が受けられなくなる場合
    金融機関が善意・無過失であり,かつ,預金者に「重過失」がある場合には,金融機関は補償をすることを要しないとされています(預金者保護法5条3項1号イ)
  ウ) 「過失」と「重過失」の基準
    具体的に,何が「過失」に当たり,何が「重過失」に当たるかは,最終的には裁判所が決する事項ということになります。ただ,補償を行う金融機関の解釈としては,盗難キャッシュカードが用いられた場合には,
    ・暗証番号をカードに書き込んでいたような場合が「重過失」
    ・暗証番号を生年月日とし,かつ,カードと生年月日がわかる書類を一緒に保管していたような場合が「過失」
   にあたると考えられているようです。

(3) 調整規程
  なお,預金者保護法による補償が認められる場合であっても,金融機関の支払が民法478条により有効とされるとは限りませんし,仮に有効とされた場合に,預貯金者から窃盗犯人に対する不当利得返還請求や損害賠償請求ができなくなるわけでもありません。  そこで,預金者保護法は,同法に基づく補償とこれらの請求に関する調整規程を置き,預金者が二重取りをすることがないよう調整しています(預金者保護法6条)。

(4) 今回のケースについて
  今回のケースで,あなたはキャッシュカードの暗証番号を生年月日とし,かつ,生年月日が記載されたパスポートと一緒に保管していたわけですから,あなたの「過失」が認定される可能性は高いでしょう。ただ,金融機関の解釈によっても,これは「重過失」とまではいえないとされていますから,預金者保護法により,75%の補償を受けられる可能性はあることになります。

2 窓口で預金が引き出されていた場合
(1)民法478条の適用
預金者保護法の対象は,「機械式」預貯金払戻等に限られています。したがって,ATMを用いた払戻しは同法の補償対象となり得ますが,窓口取引について同法による補償を受ける余地はないことになります。
したがって,通帳等を用いて窓口で預金が引き出されていた場合には,もっぱら民法478条の問題となり,銀行が善意・無過失である限り,銀行の支払は有効とされています。

(2)自主ルールによる補償
しかし,金融機関の多くは,預金者保護法が制定された趣旨を踏まえ,「自主ルール」を設けて,盗難通帳等を用いてなされた払戻しについても,預金者保護法と同様の補償を行っています。
したがって,預金者に過失がなければ全額の補償,過失があれば75%の補償,重過失がある場合には補償がなされないということになりますが,「過失」と「重過失」の解釈としては,
  ・他人に通帳を渡した場合などは「重過失」
  ・通帳と印鑑を一緒に保管していた場合などは「過失」
  とされていますので,この解釈に従えば,今回のケースでも75%の補償を受けられる可能性はあることになります。

<参考条文>

民法
(債権の準占有者に対する弁済)
第四百七十八条  債権の準占有者に対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。

偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律(預金者保護法)
(カード等を用いて行われる機械式預貯金払戻し等に関する民法の特例)
第三条  民法第四百七十八条の規定は、カード等その他これに類似するものを用いて行われる機械式預貯金払戻し及び機械式金銭借入れ(以下「機械式預貯金払戻し等」という。)については、適用しない。ただし、真正カード等を用いて行われる機械式預貯金払戻し等については、この限りでない。
(盗難カード等を用いて行われた不正な機械式預貯金払戻し等の額に相当する金額の補てん等)
第五条  預貯金者は、自らの預貯金等契約に係る真正カード等が盗取されたと認める場合において、次の各号のいずれにも該当するときは、当該預貯金等契約を締結している金融機関に対し、当該盗取に係る盗難カード等を用いて行われた機械式預貯金払戻しの額に相当する金額の補てんを求めることができる。
一  当該真正カード等が盗取されたと認めた後、速やかに、当該金融機関に対し盗取された旨の通知を行ったこと。
二  当該金融機関の求めに応じ、遅滞なく、当該盗取が行われるに至った事情その他の当該盗取に関する状況について十分な説明を行ったこと。
三  当該金融機関に対し、捜査機関に対して当該盗取に係る届出を提出していることを申し出たことその他当該盗取が行われたことが推測される事実として内閣府令で定めるものを示したこと。
2  前項の規定による補てんの求めを受けた金融機関は、当該補てんの求めに係る機械式預貯金払戻しが盗難カード等を用いて行われた不正なものでないこと又は当該機械式預貯金払戻しが当該補てんの求めをした預貯金者の故意により行われたことを証明した場合を除き、当該補てんの求めをした預貯金者に対して、当該機械式預貯金払戻しの額に相当する金額(基準日以後において行われた当該機械式預貯金払戻しの額に相当する金額に限る。以下「補てん対象額」という。)の補てんを行わなければならない。ただし、当該金融機関が、当該機械式預貯金払戻しが盗難カード等を用いて不正に行われたことについて善意でかつ過失がないこと及び当該機械式預貯金払戻しが当該預貯金者の過失(重大な過失を除く。)により行われたことを証明した場合は、その補てんを行わなければならない金額は、補てん対象額の四分の三に相当する金額とする。
3  第一項の規定による補てんの求めを受けた金融機関は、前項の規定にかかわらず、次の各号のいずれかに該当することを証明した場合には、当該補てんの求めをした預貯金者に対して、補てんを行うことを要しない。
一  当該補てんの求めに係る機械式預貯金払戻しが盗難カード等を用いて不正に行われたことについて金融機関が善意でかつ過失がないこと及び次のいずれかに該当すること。
イ 当該機械式預貯金払戻しが当該預貯金者の重大な過失により行われたこと。
ロ 当該機械式預貯金払戻しが当該預貯金者の配偶者、二親等内の親族、同居の親族その他の同居人又は家事使用人によって行われたこと。
ハ 当該預貯金者が、第一項第二号に規定する金融機関に対する説明において、重要な事項について偽りの説明を行ったこと。
二  当該盗難カード等に係る盗取が戦争、暴動等による著しい社会秩序の混乱に乗じ、又はこれに付随して行われたこと。
(損害賠償等がされた場合等の調整)
第六条  前条第二項の規定に基づく補てんを受けることができることとされる預貯金者に対し、次のいずれかに掲げる請求権の全部又は一部に係る支払がされた場合においては、当該補てんの求めを受けた金融機関は、その支払の金額の限度で当該預貯金者に対して補てんを行う義務を免れる。ただし、同項ただし書の規定の適用がある場合にあっては、当該金融機関は、当該支払の金額が補てん対象額から同項ただし書の規定に基づく補てんを受けることができることとされる金額を控除した金額を超えるときに限り、当該超える金額の限度で当該預貯金者に対して補てんを行う義務を免れる。
一  盗難カード等を用いて行われた不正な機械式預貯金払戻しが弁済の効力を有しない場合に当該預貯金者が当該金融機関に対して有する当該機械式預貯金払戻しに係る預貯金の払戻請求権
二  盗難カード等を用いて行われた不正な機械式預貯金払戻しが弁済の効力を有する場合に当該預貯金者が当該機械式預貯金払戻しを受けた者その他の第三者に対して有する損害賠償請求権又は不当利得返還請求権
2  前条第二項の規定による補てんを受けた預貯金者は、当該補てんを受けた金額の限度において、前項第一号に掲げる請求権に係る支払の請求を行うことができない。
3  前条第二項の規定により預貯金者に対し補てんを行った金融機関は、当該補てんを行った金額の限度において、当該預貯金者の有する第一項第二号に掲げる請求権を取得する。

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