新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1136、2011/7/22 13:36

【民事・強制執行と財産開示手続】

質問:貸金請求訴訟で勝訴判決を得たのですが,債務者が任意にお金を支払ってくれません。そこで,強制執行を申し立てたいのですが,債務者がどのような財産を有しているのか分からず,強制執行を申し立てることができません。債務者の有している財産を知る制度はありませんか?

回答:
1.あなたのような,判決など債務名義を得た金銭債権の債権者に,債務者財産に関する情報を取得させるために,「財産開示制度」が制定されました。
2.財産開示制度の概要は,下記にご説明したとおりです。強制執行の申し立てにお困りの際は,お近くの弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
3. 法律相談事例集キーワード検索:756番参照。

解説:
1.(制度趣旨)
  貸金債権など金銭の支払いを請求する金銭債権の強制執行は,執行の対象を特定して(例えば特定の場所にある動産や銀行預金債権など)申し立てなければならないのですが,債権者であるあなたが,債務者の財産の種類や所在を把握することは実際上困難です。そこで,平成15年の民事執行法改正において,判決など債務名義を得た金銭債権の債権者に,債務者財産に関する情報を取得させるための「財産開示制度」が制定されました。法の大原則である「法の支配」は,自力救済禁止を内容としますので,個人は,民事事件の場合必ず,公的判断である判決を取得して,別個の国家機関である執行裁判所の判断により民事執行法に基づきその権利を強制的に実現することになります。しかし,執行裁判所は,確定された権利を忠実に実現する機関ですが,強制執行の対象である債務者の財産を探す権限は原則としてありません。執行裁判所の任務は,判決記載の内容に従い,公的に確定された権利の強制的実現だけであり,債務者がいかなる財産を有するかどうかの調査権限を有していませんし,その義務もないからです(勿論,判決には財産調査の内容など記載されていません)。

  又,債務者としても公的な判断(例えば破産による管財人の調査)がない以上,自らの財産を公表する義務を有しません。これは私有財産制,私的自治の原則から当然の帰結です。しかし,受訴裁判所,執行裁判所設置の目的は,法の支配の理念から自力救済を禁じて私的紛争を適正,公平,迅速,低廉に解決し公正な法社会秩序の維持発展にありますから,私的自治の原則には内在する信義則の原則,公平の原則,権利濫用禁止の法理が存在します。さらに,権利が公的に確定された以上,執行裁判所の効用を保障し,権利実現を実際的に認めるためには,執行裁判所が債務者の財産調査に一定の権限をもつことも必要とされます。公的に債務が確定された債務者も私的自治の原則を盾に,財産の隠ぺいは信義則から許されません。そこで,例外的に一定の要件に従い認められたのが財産開示手続きです。例外的制度ですから,以下の手続き要件を満たす必要があります。

2.(財産開示制度の概要)
(1)(申立債権者)
  財産開示手続を申し立てることができるのは,執行力ある債務名義の正本(執行正本。ただし,仮執行宣言付判決,支払督促,執行証書を除く)を有する債権者または一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者です(民執197条)。
仮執行宣言付き判決,支払督促(民事執行法22条2号,4号)は,暫定的で仮のものであり,後に判決が上訴審で覆った場合,権利の性質上権利実現による損害回復は容易(金銭問題であり)であっても,財産開示の被害は回復することができないので債務者の利益を保護しています(199条6項により公開されてはいないが,開示前の状態に戻すことはできない)。支払い督促,執行証書(民事執行法22条5号,民事訴訟法396条)も公的に審理され確定された債務名義ではなく,後に権利,執行が覆った場合,財産公開前の状態に修復することはできないことから除外されています。

(2)(要件・財産開示実施決定)
  それらの債権者が,@過去6カ月以内になされた強制執行における配当手続で完全な弁済を得られなかったこと(強制執行不奏功),または,A知れている債務者の財産に対して強制執行をしても完全な弁済を得られないことを,執行裁判所に疎明(証明より立証の程度が低いので財産がないという一般的資料があれば難しくはありません。)して申し立てたときは,執行裁判所は,財産開示手続を実施する旨の決定(財産開示手続実施決定)をしなければなりません(民執197条1項・2項)。

(管轄する裁判所)債務者の住所地を管轄する地方裁判所に申し立てることになります(民執196条)

(3)(財産開示義務,開示の方法)
  実施決定の確定により,債務者には公法上の財産開示義務が課されます。開示義務を負う者は原則として債務者ですが,債務者に法定代理人があるときは法定代理人が,また債務者が法人のときは法人の代表者が,開示義務を負います(民執198条2項・199条1項)。開示義務者は,執行裁判所が定めた期限までに財産目録を提出した上で(民執規183条),執行裁判所で開かれる開示期日に出頭し,宣誓の上で債務者の積極財産について,強制執行または担保権実行の申立てに必要な事項その他最高裁規則で定める事項を明示して陳述し,また,裁判所または申立人の質問に答える義務(財産陳述義務)を負います(民執199条1項乃至4項)。

(4)(過料)
  財産開示義務者による正当な理由のない不出頭,宣誓拒否,陳述拒否または虚偽の陳述に対しては,30万円以下の過料が科せられます(民執206条1項)。財産開示制度の実効性を確保するためです。一方,債権者も,財産開示により得られた情報を本来の目的以外の目的で使用することは許されず(民執202条),目的外で利用したり提供したときは,過料が科せられます(民執206条2項)。債務者のプライバシー保護を目的としています。

(5)(開示すべき財産範囲)
  開示義務者は,原則として,債務者の積極財産のすべてを開示しなければならないが(民執199条1項),@申立人の同意がある場合,または,A財産の一部の開示によって申立人の債権の完全な満足に支障がなくなったことが明らかである場合において,執行裁判所の許可を受けたときは,その余の財産についての陳述が免除されます(民執200条1項)。

(6)(刑法96条の2強制執行妨害罪,同96条の3「競売等妨害罪」との関係)
  財産開示義務者が正当な理由のないのに不出頭,宣誓拒否,陳述拒否または虚偽の陳述を行っただけでは,強制執行妨害罪等には該当しません。これだけでは,強制執行妨害罪の「財産を隠匿」とは評価できませんし,民事執行法による競売等が実際行われていないからです。ただ,財産開示決定により,債務者が積極的に財産隠匿等の行為を行う可能性があり,その場合は併用して刑事告訴手続きを警告し何らかの債権回収の話し合い,決済に持ち込む必要があります。 

3.(書式など)地方裁判所民事執行センター
  書式については,東京地方裁判所民事執行センターのホームページを参照してください。http://www3.ocn.ne.jp/~tdc21/kaiji/kaiji.html
  なお,弁護士が強制執行手続を受任する場合は,依頼者と協議して,事前調査として,住居不動産の登記事項証明書を取得して,不動産所有権や賃借権に付随する敷金返還請求権の調査を行うことになります。その他,何か手がかりがあれば,銀行預金や給与債権についても調査をすることになるでしょう。

≪条文参照≫

民事執行法
第四章 財産開示手続
(管轄)
第百九十六条  この章の規定による債務者の財産の開示に関する手続(以下「財産開示手続」という。)については,債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が,執行裁判所として管轄する。
(実施決定)
第百九十七条  執行裁判所は,次のいずれかに該当するときは,執行力のある債務名義の正本(債務名義が第二十二条第二号,第三号の二,第四号若しくは第五号に掲げるもの又は確定判決と同一の効力を有する支払督促であるものを除く。)を有する金銭債権の債権者の申立てにより,債務者について,財産開示手続を実施する旨の決定をしなければならない。ただし,当該執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないときは,この限りでない。
一  強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より六月以上前に終了したものを除く。)において,申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかつたとき。
二  知れている財産に対する強制執行を実施しても,申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があつたとき。
2  執行裁判所は,次のいずれかに該当するときは,債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者の申立てにより,当該債務者について,財産開示手続を実施する旨の決定をしなければならない。
一  強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より六月以上前に終了したものを除く。)において,申立人が当該先取特権の被担保債権の完全な弁済を得ることができなかつたとき。
二  知れている財産に対する担保権の実行を実施しても,申立人が前号の被担保債権の完全な弁済を得られないことの疎明があつたとき。
3  前二項の規定にかかわらず,債務者(債務者に法定代理人がある場合にあつては当該法定代理人,債務者が法人である場合にあつてはその代表者。第一号において同じ。)が前二項の申立ての日前三年以内に財産開示期日(財産を開示すべき期日をいう。以下同じ。)においてその財産について陳述をしたものであるときは,財産開示手続を実施する旨の決定をすることができない。ただし,次に掲げる事由のいずれかがある場合は,この限りでない。
一  債務者が当該財産開示期日において一部の財産を開示しなかつたとき。
二  債務者が当該財産開示期日の後に新たに財産を取得したとき。
三  当該財産開示期日の後に債務者と使用者との雇用関係が終了したとき。
4  第一項又は第二項の決定がされたときは,当該決定(第二項の決定にあつては,当該決定及び同項の文書の写し)を債務者に送達しなければならない。
5  第一項又は第二項の申立てについての裁判に対しては,執行抗告をすることができる。
6  第一項又は第二項の決定は,確定しなければその効力を生じない。
(期日指定及び期日の呼出し)
第百九十八条  執行裁判所は,前条第一項又は第二項の決定が確定したときは,財産開示期日を指定しなければならない。
2  財産開示期日には,次に掲げる者を呼び出さなければならない。
一  申立人
二  債務者(債務者に法定代理人がある場合にあつては当該法定代理人,債務者が法人である場合にあつてはその代表者)
(財産開示期日)
第百九十九条  開示義務者(前条第二項第二号に掲げる者をいう。以下同じ。)は,財産開示期日に出頭し,債務者の財産(第百三十一条第一号又は第二号に掲げる動産を除く。)について陳述しなければならない。
2  前項の陳述においては,陳述の対象となる財産について,第二章第二節の規定による強制執行又は前章の規定による担保権の実行の申立てをするのに必要となる事項その他申立人に開示する必要があるものとして最高裁判所規則で定める事項を明示しなければならない。
3  執行裁判所は,財産開示期日において,開示義務者に対し質問を発することができる。
4  申立人は,財産開示期日に出頭し,債務者の財産の状況を明らかにするため,執行裁判所の許可を得て開示義務者に対し質問を発することができる。
5  執行裁判所は,申立人が出頭しないときであつても,財産開示期日における手続を実施することができる。
6  財産開示期日における手続は,公開しない。
7  民事訴訟法第百九十五条 及び第二百六条 の規定は前各項の規定による手続について,同法第二百一条第一項 及び第二項 の規定は開示義務者について準用する。
(陳述義務の一部の免除)
第二百条  財産開示期日において債務者の財産の一部を開示した開示義務者は,申立人の同意がある場合又は当該開示によつて第百九十七条第一項の金銭債権若しくは同条第二項各号の被担保債権の完全な弁済に支障がなくなつたことが明らかである場合において,執行裁判所の許可を受けたときは,前条第一項の規定にかかわらず,その余の財産について陳述することを要しない。
2  前項の許可の申立てについての裁判に対しては,執行抗告をすることができる。
(財産開示事件の記録の閲覧等の制限)
第二百一条  財産開示事件の記録中財産開示期日に関する部分についての第十七条の規定による請求は,次に掲げる者に限り,することができる。
一  申立人
二  債務者に対する金銭債権について執行力のある債務名義の正本(債務名義が第二十二条第二号,第三号の二,第四号若しくは第五号に掲げるもの又は確定判決と同一の効力を有する支払督促であるものを除く。)を有する債権者
三  債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者 四  債務者又は開示義務者
(財産開示事件に関する情報の目的外利用の制限)
第二百二条  申立人は,財産開示手続において得られた債務者の財産又は債務に関する情報を,当該債務者に対する債権をその本旨に従つて行使する目的以外の目的のために利用し,又は提供してはならない。
2  前条第二号又は第三号に掲げる者であつて,財産開示事件の記録中の財産開示期日に関する部分の情報を得たものは,当該情報を当該財産開示事件の債務者に対する債権をその本旨に従つて行使する目的以外の目的のために利用し,又は提供してはならない。
(強制執行及び担保権の実行の規定の準用)
第二百三条  第三十九条及び第四十条の規定は執行力のある債務名義の正本に基づく財産開示手続について,第四十二条(第二項を除く。)の規定は財産開示手続について,第百八十二条及び第百八十三条の規定は一般の先取特権に基づく財産開示手続について準用する。

刑法
刑法96条の2 強制執行を免れる目的で,財産を隠匿し,損壊し,若しくは仮装譲渡し,又は仮装の債務を負担した者は,2年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
刑法96条の3 偽計又は威力を用いて,公の競売又は入札の公正を害すべき行為をした者は,二年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金に処する。

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