新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1095、2011/4/6 15:41

【土地収用・任意買収と損失補償】

質問: 私の家は長く農業をしていますが、この度県道を新設することになったということで、県から私の田を売って欲しいと言われました。私は売りたくないのですがどうすればよいのでしょうか。

回答:現時点での県からの申し出は、任意の買収の申し出ですから、拒否することはできます。但し、公共事業としての事業認定を受けている土地の買収の場合、任意買収を拒否し続けていると、土地収用により強制的に土地を取得される可能性があります。もちろん、その場合であっても正当な補償を受けることができます。できるだけ長く農業を営みたいということであれば、土地収用の手続きにより強制的に買収されるまで農業を続けても不利益はないでしょう。

解説:
1.財産権と損失補償
  憲法29条1項は、「財産権は、これを侵してはならない。」とする一方、3項で、「私有財産は、正当な補償の下にこれを公共のために用いることができる。」としています。これは、憲法が私有財産制度、個人の財産権を保障しつつも一定の場合には公共の福祉のためこれを制限できることを表しています。この場合、財産権保障を全うし、また特定の者にだけ不利益を与えることを避ける(平等主義:憲法14条)ため、財産権上特別の犠牲を課される者には補償が与えられることになっています。
  そして、ここでいう「特別の犠牲」にあたるかは、侵害行為が広く一般人を対象とするものか、特定の個人ないし集団にとどまるものか(形式的要件)、侵害行為が財産権に内在する制約として受任限度内といえるか、それを超えて財産権の本質的内容を侵すほど強度なものであるか(実質的要件)という2点を検討して判断するものと考えられています。
  日本における私法制度の基本は、私有財産制(所有権絶対の原則)と私的自治の原則により構成されていますから、補償をしたからといって、私的所有権を侵害することは許されないようにも考えられます。しかし、本来、私有財産制は、自由主義、個人主義を理論的背景とするものであり、その理想は、公正、公平な社会秩序建設を目的として、採用された制度ですから、その制度に内在する制約として、信義則、権利濫用禁止の原則が存在し、公共の利益のためには権利行使につき制限を受ける運命をもつものです。憲法12条、民法1条はこれを明言しています。唯、この制約は所有権絶対の原則の例外的なものですから、所有権の制限には、厳格な要件が求められ、法令の解釈も行われることになります。

2.土地収用法と任意買収
  公共の利益ために行政等が土地を収用する場合の手続等について定めたのが土地収用法であり、これは「公共の利益となる事業に必要な土地等の収用又は使用に関し、その要件、手続及び効果並びにこれに伴う損失の補償等について規定し、公共の利益の増進と私有財産との調整を図り、もつて国土の適正且つ合理的な利用に寄与することを目的とする。」(土地収用法1条)とされています。
  たとえば、道路やダム、学校や公園を作るために土地が必要な場合は、この法律に基づいて地権者から土地を強制的に取得することになります。土地を公共の利益のために地権者の権利を排除して使用するわけですから、補償が必要となる形式的、実質的要件を満たすことは明らかですので、補償が必要となります。
  土地収用の手続は、公共事業を計画した起業者が国土交通大臣または都道府県知事の事業認定を受けるところから始まります。次に、事業認定を受けた起業者は都道府県の収用委員会に収用裁決の申請をし、収用委員会が審理のうえ裁決をすると、これをもって起業者は土地を取得できることになります。
  もっとも、通常であれば、いきなり土地収用の手続がとられることは稀であり、起業者が事業認定を受けたのち、所有者と任意で売買契約を結ぶ手段を採ることになるでしょう。この任意の売買は任意の売買ですから売却を希望しないのであれば拒否することはできます。任意での売買に応じない場合に収用となります。土地収用法によるのは、補償金額の折合いがつかなかったり、土地所有権について争いがあったりする場合に限られるでしょう。

3.補償
  上述のように、受けることができる補償は「正当な補償」でなければなりません。そして、正当な補償とは解釈上原則として完全な補償、すなわち収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償とされています(最判昭和48年10月18日)。所有権絶対の原則の例外的制約ですから当然のことです。従って、収用による損害填補について権利者に不利益があってはいけません。実際には収用委員会が収用裁決で補償金額を決めますが、金額に不服があれば、土地所有者は起業者を被告として裁判所に訴えを提起することができます。なお、土地のほか、移転料等についても保障を受けることができます(同77条等)。また、土地に対する補償金の全部又は一部に代えて、替地による補償を要求することもできます。(同82条)。
  土地収用法上、収用する土地に対する補償金の額は、近傍類他の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とされており(同71条)、任意買収による場合でも、その際のよるべき基準大綱として閣議決定である「公共用地の取得に伴う損失補償基準」(一般補償基準要綱)があり、そこで類似の補償が定められています(同基準8条1項)。
  当局との交渉に自信がない場合は、弁護士に代理人交渉を依頼することができます。弁護士は、鑑定士や不動産業者の簡易査定を用いて、適切な価格で買い取るべき事を主張し、売買契約書の条件を定め、締結することになるでしょう。

≪参考条文≫

憲法
第12条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第29条  財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

土地収用法
(損失を補償すべき者)
第68条 土地を収用し、又は使用することに因つて土地所有者及び関係人が受ける損失は、起業者が補償しなければならない。
(損失補償の方法)
第70条 損失の補償は、金銭をもつてするものとする。但し、替地の提供その他補償の方法について、第82条から第86条までの規定により収用委員会の裁決があつた場合は、この限りでない。
(土地等に対する補償金の額)
第71条 収用する土地又はその土地に関する所有権以外の権利に対する補償金の額は、近傍類他の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とする。

≪参照判例≫
最判−昭和48年10月18日(民集27巻9号1210頁)
 「土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によつて当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもつて補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するものというべく、土地収用法72条は右のような趣旨を明らかにした規定と解すべきである。」

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