新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1033、2010/6/11 16:39

【[民事・債務者死亡と債権回収方法・相続人の調査方法・相続放棄と法定単純承認・財産管理人選任】

質問:知人女性(夫と息子の居る専業主婦)にお金を貸していましたが、先日亡くなってしまいました。遺族に連絡しましたが、全く相手にしてくれません。どのようにして請求したらよいでしょうか?相続人の調査はどのようにしたらよいのでしょうか。また、相続人を探して請求した場合、どのような問題が予想されるでしょうか。

回答:借金の借主が死亡しても相続人に請求できる場合があります。すぐにあきらめてしまわないで、色々調査してみると良いでしょう。

解説:
1.(証拠の収集)知人に対する金銭の貸付は、「金銭消費貸借契約」と呼ばれ、貸主は契約に基づき「貸金返還請求権」という債権を有し、借主は借入金返還債務を負担します(民法587条)。借主が死亡してしまった場合は、借主の相続人が債務についても相続します(民法896条)。ただ、事情を知らないでしょうから返還金額、時期や利息などを定めた契約書を用意して相続人に対して説明することが必要になります。契約書が無い場合は、金銭の貸し借りを立証できる資料をご用意下さい。預金通帳の振込記録や、第三者の証言記録や、当事者の会話録音などを準備して相続人に示して納得してもらう必要があります。

2.(相続人の調査 戸籍取り寄せ)借主が死亡した場合、まず、相続人を調査します。法定相続人は、「配偶者」及び「子供」です。子供は、死亡時に同居していた子供だけでなく、離婚して別れて音信不通になっているような子供も含みます。従って、生物学的に生殖能力があるとされる、13歳前後から死亡時までの全ての戸籍謄本を取り寄せてみましょう。結婚や転籍などで戸籍を移動している場合は、全ての戸籍を確認する必要があります。戸籍謄本には「〜送付入籍」など、かならずどちらの戸籍に移ったのか記載がありますから、辿って調べることができるはずです。子供を産んだ場合は、必ずその旨が記載されます。
 なお、戸籍謄本は重要な個人情報ですので、他人の戸籍謄本を請求するには制限があり原則として他人の戸籍謄本を請求することはできません。そこで、被相続人(亡くなった人)の債権者であることを確認できる資料を示して、役所に申請する必要があります。役所から拒否された場合には、相続人の調査として弁護士や司法書士に依頼することもできます。

参考条文=戸籍法10条の2 前条第一項に規定する者以外の者は、次の各号に掲げる場合に限り、戸籍謄本等の交付の請求をすることができる。この場合において、当該請求をする者は、それぞれ当該各号に定める事項を明らかにしてこれをしなければならない。
1号 自己の権利を行使し、又は自己の義務を履行するために戸籍の記載事項を確認する必要がある場合 権利又は義務の発生原因及び内容並びに当該権利を行使し、又は当該義務を履行するために戸籍の記載事項の確認を必要とする理由

3.(債務の相続の具体的割合)法定相続人を確認することができたら、その相続人に請求してみましょう。被相続人(亡くなった人)にとっての金銭債務は、相続人に、法定相続分に応じて分割されて承継されます。例えば、夫と子供2人の場合は、夫が2分の1、子供が各4分の1、となりますから、100万円の貸付なら、50万円と25万円を夫々請求できることになります。遺言で債務の相続について法定相続分と異なる意思表示をしても債務の負担割合は変わりません。債務の相続については法律相談事例集キーワード検索820番を参照してください。
 (内容証明の送付)電話とか手紙で埒が明かないときは、「内容証明郵便」による請求・催告書を送付すると良いでしょう。文面のポイントは、「消費貸借契約の内容(借用金額、返済期限、利息、保証人などの担保)」「弁済期を過ぎているので払って下さい」「本書到達後1週間以内に振込無い場合は訴訟提起します」ということです。内容証明郵便は、債権の消滅時効を一時的に中断(民法153条)したり、遅延損害金の計算をするときの資料となったり、訴訟提起した場合の証拠資料となったりしますので、一度出しておくと良いでしょう。相手方が受取を拒否した場合は、戻ってきた郵便物のコピーを取って、再度、普通郵便で送りなおすと良いでしょう。

4.(相続放棄の申述受理証明書の請求)内容証明郵便を出した後に、相続人が採りうる態度としては、「母には財産が何も無いので、家族全員で相続放棄しましたので、支払い義務はありません」という回答です。このような回答を得た場合は、電話でもメールでも手紙でも、「家族全員が相続放棄したことを確認できる相続放棄の申述受理証明書の写しを交付して下さい」と要求すると良いでしょう。申述受理証明書のコピーを入手できた場合は、発行元の家庭裁判所に電話して、この申述受理証明書が本物であるか、確認すると良いでしょう。

5.(相続放棄と法定単純承認)この申述受理証明書が本物だった場合、どうしたら良いでしょうか。勿論、この時点で、あきらめてしまう債権者の方も居ると思いますが、その前に「申述受理証明書」の法的性質を考えてみましょう。

申述受理証明書の文面は次のようになっています。
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相続放棄申述受理証明書

被相続人 氏名 ○○ 本籍 ○○
申述人  氏名 ○○
     事件番号 平成○年(家)○○号
     申述を受理した日 平成○年○月○日 

以上の通り証明する
○○家庭裁判所 裁判所書記官 ○○公印

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 文面を見てわかるように、これは、申述人から相続放棄の申述があり、これに事件番号を付けて受理しましたよ、という事実を証明する文書です。裁判所の「判決」や「決定」などの裁判があったことを証明する文書ではありません。では「受理」とはどういう意味でしょうか。これは、「形式的な書面審査を行い、書類を受け取った」という程度の意味です。つまり、この証明書があるだけでは、いまだ、相続放棄が有効かどうか、法律上は確定していない、ということになります。裁判所の証明書だからといって、あきらめるのはまだ早いかもしれません。
 債権者としては、相続人が「法定単純承認」をしていないかどうか、調査をする必要があります。「法定単純承認」とは、相続人が一定の行為をした場合に、相続放棄の手続をしているかどうかに関わらず、自動的に単純承認したと看做される場合を言います。単純承認により、債務(貸金)が相続人に引き継がれますので、相続人に対して貸金を請求することができます。

民法第921条(法定単純承認)次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一  相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二  相続人が第915条第1項の期間(相続開始を知って3ヶ月)内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三  相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

 問題となるのは、1号と3号です。借主の相続人が相続放棄の手続を済ませていても、借主の預貯金を下ろしていたり、借主の相続財産を隠匿しているような場合には、法定単純承認とみなされるので、相続放棄は無効になり、貸主は、相続人に対して弁済を請求できることになります。

(法定単純承認の判例紹介)
民法921条について、判例をいくつかご紹介致します。

(1)最高裁判所昭和42年4月27日判決。「この規定が適用されるためには、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか、または、少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要するものと解しなければならない。」家出人の家族が、家出人の荷物を処分したことが法定単純承認となるかどうか争われた事例で、死亡している事を知らずに財産を処分しても、法定単純承認とはならない(債権者は相続放棄した相続人に対して請求できない)と判断しました。

(2)最高裁判所昭和61年3月20日判決。「民法921条3号にいう「相続財産」には、消極財産(相続債務)も含まれ、限定承認をした相続人が消極財産を悪意で財産目録に記載しなかったときにも、同号により単純承認としたものとみなされると解するのが相当である。」不動産売買契約後に売主が死亡し、売主の相続人が限定承認をした上で不動産を第三者に売却した事案で、限定承認の申述時の財産目録に「売買契約に基く所有権移転登記義務」を記載しなかったことも、法定単純承認にあたると判断しました。この事案から考えると、債権者であるあなたは、相続開始後直ちに、推定相続人に対して、内容証明などで、被相続人に対する債権(相続債務)が存在することを通知することが有効であると分かります。金融業者などは、故意に被相続人死亡から3ヶ月の熟慮期間(民法915条)を経過してから貸金の催告を行う取り扱いも見られますが、必ずしも法的には有利な方法とは言えないということになります。

(3)東京地裁平成10年4月24日判決は、被相続人所有不動産の賃料の振込先を相続人に変更させたことが「財産の処分」にあたるとして、法定単純承認を認めました。

(4)東京地裁平成12年3月21日判決は、被相続人の遺品を形見分けしただけでは、民法921条3号の「隠匿」には当たらないが、被相続人のスーツ、毛皮、コート、靴、絨毯など財産的価値を有する遺品のほとんど全てを自宅に持ち帰る行為は同号に該当し、法定単純承認となると判断しました。

(5)大阪高等裁判所平成14年7月3日決定(相続放棄申述却下審判に対する抗告事件)相続債務の存在を知らない状態で、被相続人の預貯金を解約し、仏壇と墓石を購入した事案で、社会的に不相当な高額の支出でなければ、「相続財産の処分」には当たらないとして相続放棄の申述を受理しました。

 これらの判例から、法定単純承認は、比較的柔軟に運用されているとわかります。相続人に悪意が無い場合には、常識的な範囲で、財産の処分などをしていても、相続放棄が認められることも多いということになります。法定単純承認にあたる事由が無いかどうか、よく検討して、法定単純承認になっている可能性がある場合は、その立証資料を用意して、弁護士さんに相談することをお勧めします。

6.(相続財産の管理状況の報告の請求)死亡した借主の夫や息子さんが相続放棄をしている場合は、民法940条及び民法645条に基いて、相続財産の管理状況の報告を請求してみましょう。債務超過で家族が相続放棄したと言っても、全く財産の無い方も居ないはずです。預貯金がゼロで亡くなる人は少ないはずです。

民法第940条(相続の放棄をした者による管理)相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
2項 第645条、第646条、第650条第1項及び第2項並びに第918条第2項及び第3項の規定は、前項の場合について準用する。
第645条(受任者による報告)受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。

 内容証明の文面の概要は次の通りです。「被相続人○○の債権者として通知します。債権の特定、貸主、借主、日付、貸付金額、利息、損害金、弁済方法、残金額。私が上記債権について法定相続人である貴殿に対して催告を行ったところ、貴殿は○月○日に相続放棄の申述が受理されたと主張いたしました。私は、債権者として、法定単純承認の成立を検討し、その後、次順位相続人への請求または相続財産管理人選任申立を検討したいと思います。そこで、私は、民法940条及び同645条に基いて、貴殿に対して次の事項について報告を求めます。(1)相続財産の財産目録、(2)各財産の具体的な管理状況・所在。以上の事項について本書面到達後2週間以内にご回答下さい。何ら誠意あるご回答も頂けず当方に損害を生じた場合は、損害の回復のため必要な民事訴訟等を提起せざるを得ませんので悪しからず御了承下さい。」 相続放棄者からの回答としては、「民法645条の報告義務は、次順位相続人又は相続財産管理人に対する義務であるので貴殿に対する回答義務は無い。」という内容が予想されます。しかし、相続財産の管理について、利害関係人が熱心に注意していることが伝わるので、手紙を出すことの事実上の意味はあると思います。

7.(相続放棄と次順位者相続人の調査)諸事情を検討して、夫と息子の相続放棄を覆すことが難しい場合でも、それでも、まだ、あきらめてはいけません。次順位相続人への請求を検討してみましょう。

まず、法定相続人(民法887条、889条)を整理してみましょう。
常に相続人(下記相続人と同順位)=配偶者(亡くなった人の夫又は妻)
第一順位=子(孫、ひ孫)
第二順位=父親、母親(祖父母)
第三順位=兄弟姉妹(甥姪)

 以上の通り、亡くなった方が女性で、夫と息子が居るならば、その女性の両親や祖父母が存命していないかどうか、調査すると良いでしょう。債権者であれば、借用書の写しなどを添付して、被相続人の戸籍謄本を市役所などで請求することができます。わからなければ弁護士さんに相談してみましょう。両親や祖父母が既に他界しているときは、兄弟姉妹を調べてみましょう。兄弟姉妹が死亡しているときは、甥姪が相続人になります。戸籍謄本を取り寄せて、兄弟姉妹や甥姪を確認することが出来たら、その人に内容証明郵便を送って請求してみると良いでしょう。

8.(相続放棄と相続財産管理人選任申立)兄弟姉妹や甥姪が相続放棄をした場合も、前記の通り、相続放棄に問題が無いか(法定単純承認が成立しないか)調査してみましょう。兄弟姉妹や甥姪の相続放棄にも問題が無い場合は、「相続財産管理人選任申立」を検討すると良いでしょう。

裁判所の説明ページと書式のリンクを記載します。
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_06_15.html
http://www.courts.go.jp/saiban/tetuzuki/syosiki/syosiki_01_15.html

相続財産管理人(民法951条、952条)は、相続人が不存在又は不明のときに、利害関係人又は検察官の請求で選任されます。相続財産管理人は、相続財産の清算(民法957条)を行います。具体的には、相続債権者に対して請求の申出を行う様に公告し、また、相続人捜索の公告をし、財産目録を作成し、配当弁済(民法957条2項、929条)を行います。
但し、相続財産管理人の選任申立には、切手や印紙のほか、官報公告費用として数万円の予納金が必要です。この予納金は共益費となりますので、相続財産から優先的に弁済を受けることができますが、申立の時には持ち出しになってしまいます。相続財産が数万円以下ということなら、費用倒れとなってしまうおそれがありますので、申立自体を取りやめることも考えなければならないでしょう。一度、お近くの法律事務所にご相談なさってみると良いでしょう。

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