新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.929、2009/11/16 16:37

【民事・平成16年7月16日施行性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律】

質問:私は性同一性障害です。家庭裁判所で,性別変更と名前の変更の手続きをしたいと思いますが,具体的にどのように進めればよいですか。代理人にお願いして全てやってもらうことはできますか。

回答:家庭裁判所の審判を経て,性別及び氏名の変更ができますが,申立て前の準備が重要です。専門のクリニック等で性同一性障害の診断書を書いてもらい,性別適合手術を受けた上で,性別変更と氏名変更を同時に申し立てます。氏名変更の審判が出たら自分で届け出て戸籍を変更し,それを裁判所に提出して,性別変更の審判を受けます。その後,再び戸籍を変更して終了です。申し立てについて代理人を依頼することは可能ですが,弁護士に限られ,また本人も家庭裁判所に出頭することが原則として必要です。性別変更の審判が出ると,氏名の変更と異なり戸籍の変更は裁判所から役所に連絡があり特に届け出は必要ありません。但し,そのままですと,性別の変更がなされたことが戸籍上明らかですから,戸籍謄本等が必要な場合で性別の変更が明らかになると困るという場合は,役所に転籍と言って本籍を移す届出をすることが必要になります(戸籍法108条,109条)。

解説:
1.性同一性障害特例法
法律上,男女の性別の変更は,戸籍に性別が記載されているので(例えば長男,長女),戸籍の変更をしなければなりません。戸籍とは,日本国民各個人の親族上の身分関係を公証する公文書ですから,この内容を勝手に変更することはできませんので,実体法上の根拠,手続き規定が必要です。しかし,性別の変更の根拠,手続きは民法親族法,戸籍法に記載されていませんでしたので,性別の変更は認められていませんでした(錯誤による戸籍記載訂正申し立ては行われていました。戸籍法113条)。又,性別の変更自体が人間の生物学的本質,存在自体,社会的風習から問題点も存在しました。しかし,戸籍の性別記載は,出生の時医学上の判断により行われるため,その後法律上の性別とは異なった性を享有する人間として成長し,社会生活上適応している場合が事実上存在し,法律上の地位と社会生活上の地位が異なる現状が存在することになります。そもそも人間は,生まれながらに自由平等である個人主義を法の理想とするものである以上(憲法13条),人間としての尊厳保障,それに基づく幸福追及権は出生時における単なる医学上の性別により差別されるものではなく,個々人の実質的性別により確保保障されなければなりません。もともと戸籍は,国民統治のための制度であり,国民の幸福追及権を左右することはできません。そこで 平成16年7月16日から性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律が施行されました。ただ,公的身分に関するものであり,人間の生来的要素を変更するので厳格な要件が求められています。この要件の一部(特に,B,C,D)については,疑問点も指摘されています。

本法律により,一定の要件を満たした性同一性障害者は,家庭裁判所の審判を経て戸籍上の性別を変更できることとなっています。その要件とは,@二人以上の医師により性同一性障害と診断されており,A20歳以上であり,B現に婚姻をしておらず,C現に未成年の子がおらず,D生殖腺がない又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあり,E他の性別の性器の部分に近似する外観を備えていることです(同法3条)。A,B,Cの要件は戸籍上証明できます。@,D,Eの要件は医師の診断書で証明します。診断書の書式は厚生省令で定められているので,取り扱いのある専門のクリニック等を利用するのが良いでしょう。Eの要件を満たすための手術を性別適合手術などといいます。性別適合手術は,必ずしも診断書を書いてもらう医師による必要はなく,技術の発達した海外で手術を受ける方も多いようです。これらの要件がそろったら,申立書(ダウンロード可能),戸籍謄本,診断書を揃えて住所地の家庭裁判所に申立てをします。以上の要件について,問題点が指摘されていますが,最高裁判所第平成19年10月19日決定(性別の取扱いの変更申立却下審判に対する抗告審の却下決定に対する特別抗告事件)は,Cの要件(未成年の子がいないこと)について子の福祉の観点から憲法13条,14条に違反しないと判断しています。

2.名の変更
名の変更は,従来から戸籍法107条の2により,「正当な事由」があるときに家庭裁判所が許可できることとなっています。「正当な事由」に当たるのは,たとえば同姓同名者がいて不便である,珍奇・難読である,外国人とまぎらわしい,戸籍上の名前と別な名前を自分の名前として永年使用してきた等の事情です。性別変更に伴い,男性名を女性名に,あるいは女性名を男性名に変更することも,「正当な事由」に該当すると考えられています。個々の審判においてはその変更が「正当な事由」といえるかどうかをケースバイケースに判断されることになりますが,一般的に,性別変更の審判と同時に申し立てた場合,かなり認められやすいといえます。具体的には,たとえば上述の永年使用の場合に名の変更が認められるためには,おおよそ5年以上の使用実績がなければならないと言われており,申立人は年賀状等の郵便物や各種登録証等でこれを証明する必要がありますが,性別変更に伴う名の変更の場合には,男性から女性への変更の場合を例にとると,元の名前が男性名であり,変更後の名前が女性名であって,珍奇でなく,その名を希望する合理的な理由があれば,使用実績が2〜3年程度でも認められているようです。使用実績がほとんどないが認められたケースもあります。なお,名の変更の申立てと性別変更の申立ては事件として別個に扱われるので,一つの審判で同時に判断されるのではなく,それぞれ別の審判が言い渡されます。東京家裁の扱いでは,先に名の変更を行い,戸籍の変更を行ってから,改めて新しい戸籍を提出させ,変更後の名の申立人に対し,性別変更の審判を下すという方法がとられているようです。

3.性別の変更
性別の変更は,上記の法3条の要件を満たすかどうかを,提出された資料をもとに家庭裁判所が判断し,さらに要件が満たされている場合に,変更を認めるのが相当かどうかを判断して決定されます。この相当性の判断が加わるのは,法3条の規定が「家庭裁判所は・・・性別の取扱いの変更の審判をすることができる。」となっているためであり,家庭裁判所の裁量の余地を残しているからです。ただ,実際の運用上は,要件が満たされている場合に相当性を欠くとして申立てが却下されることは,現在のところ,まずないようです。裁判所の要件調査は職権で行われ,当事者が提出した資料だけで足りないと判断されれば,資料の追完を指示されることもあります。たとえば,別の診断書や手術証明書の提出を求められるケースがあります。

4.代理人出席の可否について
家事審判の申し立てについて弁護士を代理人として行うことは可能です。但し,代理人にすべて任せて本人が家庭裁判所に行かないということは原則としてできません。というのは,名の変更,性別の変更とも,変更許可請求の申立ては,家事審判法9条甲類事項とみなされ(戸籍法122条,性同一性障害特例法5条),家事審判事件の一種として,家事審判法及び同規則に基づいて処理されますが,家事審判規則5条により,家事審判事件の関係人は自身で出頭しなければならないという原則が定められているからです。例外的に,「やむを得ない事由」があるときは,代理人だけが出頭し,本人が家庭裁判所に一度も行かないことができるのですが,どのような場合に「やむを得ない事由」あるといえるかは,事件の種類により異なります。本人出頭を求める趣旨は,本人の身分関係という一身性の高い事柄を形成・変更するに当たって,本人の意思の確認が重要視されるというところにありますから,身分関係に影響の大きい重大な事項ほど,本人出頭が強く要求されるといえます。東京家裁の場合,名の変更については,事情をよく説明して疎明すれば代理人のみの出席で審判まで得ることが可能ですが,性別変更には必ず本人が一度は出頭することが求められます(1件のみ,当事務所で性別変更も代理人出頭で審判を取得したケースがありますが,きわめて稀です。)。

≪参照条文≫

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律
(平成十五年七月十六日法律第百十一号)
(趣旨)
第一条  この法律は,性同一性障害者に関する法令上の性別の取扱いの特例について定めるものとする。
(定義)
第二条  この法律において「性同一性障害者」とは,生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず,心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち,かつ,自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって,そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。
(性別の取扱いの変更の審判)
第三条  家庭裁判所は,性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて,その者の請求により,性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
一  二十歳以上であること。
二  現に婚姻をしていないこと。
三  現に未成年の子がいないこと。
四  生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五  その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
2  前項の請求をするには,同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない。
(性別の取扱いの変更の審判を受けた者に関する法令上の取扱い)
第四条  性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,民法 (明治二十九年法律第八十九号)その他の法令の規定の適用については,法律に別段の定めがある場合を除き,その性別につき他の性別に変わったものとみなす。
2  前項の規定は,法律に別段の定めがある場合を除き,性別の取扱いの変更の審判前に生じた身分関係及び権利義務に影響を及ぼすものではない。
(家事審判法 の適用)
第五条  性別の取扱いの変更の審判は,家事審判法 (昭和二十二年法律第百五十二号)の適用については,同法第九条第一項 甲類に掲げる事項とみなす。

戸籍法
第百七条の二  正当な事由によつて名を変更しようとする者は,家庭裁判所の許可を得て,その旨を届け出なければならない。
第百八条  転籍をしようとするときは,新本籍を届書に記載して,戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者が,その旨を届け出なければならない。
○2  他の市町村に転籍をする場合には,戸籍の謄本を届書に添附しなければならない。
第百九条  転籍の届出は,転籍地でこれをすることができる。
第五章 戸籍の訂正
第百十三条  戸籍の記載が法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があることを発見した場合には,利害関係人は,家庭裁判所の許可を得て,戸籍の訂正を申請することができる。
第百二十二条  第百七条第一項(同条第四項において準用する場合を含む。),第百七条の二,第百十条第一項,第百十三条又は第百十四条の許可及び前条の不服の申立ては,家事審判法 (昭和二十二年法律第百五十二号)の適用に関しては,同法第九条第一項 甲類に掲げる事項とみなす。

家事審判規則5条
第五条 事件の関係人は,自身出頭しなければならない。但し,やむを得ない事由があるときは,代理人を出頭させ,又は補佐人とともに出頭することができる。
2 弁護士でない者が前項の代理人又は補佐人となるには,家庭裁判所の許可を受けなければならない。
3 家庭裁判所は,何時でも,前項の許可を取り消すことができる。

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