新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.922、2017/07/20 18:05

【民事・主債務者の時効中断の効力を物上保証人が否定できるか・事前求償の可否について・時効制度・担保権の付従性・最高裁平成7年3月10日第2小法廷判決】

質問:10年以上前、知人から、事業資金の融資を受けたい、と頼み込まれて、私が所有していた山林に抵当権を付けることに応じました。その後、知人の事業がうまくいかなくなったと聞いて、心配していたのですが、処分が難しい場所にある土地だったためか、しばらく何も請求がなく、最近になって、その土地を競売にかけるとの連絡がありました。知人が何度か、残債務を認めて、少しずつ支払う、という書面を差し入れていたので、時効にはなっていない、とも言われました。私は、保証人にはならなかったし、残債務も、自分が認めたわけではないのに、その書面の効力が、自分が持つ山林の抵当権にも生じてしまうというのが納得できません。競売されずにすむ方法はないでしょうか。事前に何かできることがあったのでしょうか。

回答:主債務者である知人のした債務の承認は、時効の中断事由にあたり(民法147条3号)、その効力を否定することはできないというのが判例です。従って、競売の申し立ては有効です。どうしてもその土地を失いたくない場合には、銀行と協議し別途、返済資金を用意するしかないでしょう。返済の金額は残債務全額が原則ですが、担保不動産の価値が低い場合は、担保不動産の時価まで減額することを銀行と交渉することは可能でしょう。民法397条の抵当権消滅請求の制度を利用することも検討して下さい。なお、知人の方の信用不安が分かったとしても、事前に、支払分をもらっておくことはできませんから、担保設定後の対策は困難だったと思われます。

解説:
1.貸金の支払いを請求する債権は、権利を行使できるときから、原則として10年(民法167条1項)、銀行等の行う銀行取引として、商行為(商法502条8号)に当たる場合には5年(商法523条)経過すれば、時効によって消滅します。このような制度を消滅時効の制度といいます。本来は弁済がなければ貸金債権は消滅しないのですが、所定の期間が経過すれば、弁済の有無を問わず、債権が消滅することが法律で定められております(民法166条以下)。なぜ、このような消滅時効の制度が認められているかについては、いろいろな学説がありますが、一般的に@長期間続いた事実関係を法的に保護し法律関係の安定を維持するため、A長期間行使されない権利は法律上保護する必要がないということや(権利の上に眠るものは保護されない)、B期間の経過により証拠が無くなってしまう可能性があるのでむしろ債務者を保護する必要がある(例えば弁済の領収書の紛失)、ということからこのような制度が法律上存在すると理解すれば納得できると思います(時効の種類により以上の理由を折衷的に考えられています。)。一般の人から見ると権利があるのに期間の経過により消滅してしまうのはおかしいと思うかも知れませんが、私的紛争解決の理想は、単に権利があるかどうかということだけでなく、当事者に公平にそして、迅速、低廉に行い公正な法社会秩序を維持することであり(民法1条、民訴2条、)時効制度は私的紛争解決にとって必要不可欠なものです。ちなみに、刑事裁判における公訴時効(刑訴250条以下)、刑の時効(刑法31条、刑の言い渡しを受けたものの時効。)もほぼ同様の理由で認められています。

2.そこで、債権者、債務者側の行為により権利の存在が明らかになったり、行使してこなかったことに債権者側に何らかの事情があり時効の存在理由が失われた場合は、時効の効果を認める必要はなくなります。これが、時効の中断の制度です。中断事由は法律で定められていますが(民147条)、民法147条3号は「承認」を中断事由としています。これは、債務者が債務を承認することと解されます。債務者が債務を承認すれば、新たな証拠により、債権の存在が明らかになりますし、債権者も債務者が承認したのであれば、権利の行使をしないということもありうるということから、新たな事実関係として時効の期間は改めて初めから計算することにしているのです。

3.このように、主たる債務者が債務を承認した場合、時効は中断することは法律で明記されています。そして、主たる債務者が、書面を差し入れて返済することを債権者である銀行に申し出た場合、それが債務者のした債務の承認に該当することは明らかです。ところで、主たる債務とは別個の抵当権自体も20年で時効になりますので(民法167条、時効期間20年)、被担保債権の時効中断事由が抵当権の時効進行に影響を及ぼし抵当権の時効中断事由に該当するかどうか問題になります。しかし、本件のように、抵当権者にも中断の効果が及ぶのか、債権とは別個の権利である抵当権自体の時効中断事由となるかという点について直接の規定はありません。原則論から言えば、抵当権といえども被担保債権とは別個独立の権利であり、規定がない以上被担保債権の時効中断は抵当権の時効の中断事由にはならないはずです。しかし、抵当権の本質的性格として付従性(ある権利の成立、存続、消滅が主たる権利と運命を共にすること)があり、被担保債権と一体性があり、性質上影響をおよぼすとも考えられますし、被担保債権から離れて抵当権の独自の時効消滅を認めていない396条の規定からも解釈が必要になります。

4.まず、民法148条は中断の効力は「中断が生じた当事者およびその承継人の間においてのみ、その効力が生じる。」と規定しています。この条文だけ読むと、中断の効力は、当事者すなわち債権者(銀行)と主たる債務者(知人)あるいはその承継人(例えば債権を譲り受けた第3者)に限定されると読むこともでき、そうであれば抵当権設定者は主たる債務者と債権者の間で行われた中断事由は抵当権設定者と債権者の間では効力がない(抵当権自体の時効中断事由とはならない)と考えることも、少なくとも条文の文言解釈では可能とおもわれます。しかも、同じ担保的効力を持つ保証人については民法457条で主たる債務者について生じた中断事由は保証人にも及ぶ、とわざわざ規定していることから、そのような規定が無い抵当権設定者に対しては主たる債務者について生じた中断事由は抵当権自体に効力が無い、という解釈も可能と思われます(反対解釈)。ご相談の場合、保証人にならずに、土地に抵当権をつけることだけを認めたという事情もうかがえることから、それでも、「当事者及びその承継人」(民法148条)として、時効を主張することができなくなってしまうのか、つまり、主たる債務者である知人の方自身は、自分の資産に強制執行等がこないように、書面を差し入れたのだとしても、それで、こちらまで、抵当権自体の時効が使えなくなるのか、という疑問は当然のことと考えられます。

5.しかし、判例や実務は、保証人として、別途保証債務を負担しておらず、担保物を提供しただけの物上保証人であっても、主たる債務者の承認により被担保債権に生じた消滅時効中断の効力を否定することができない、という判例があります(最高裁平成7年3月10日第2小法廷判決)。「他人の債務のために自己の所有物件につき根抵当権等を設定したいわゆる物上保証人が,債務者の承認により被担保債権について生じた消滅時効中断の効力を否定することは、担保権の付従性に抵触し、民法三九六条の趣旨にも反し、許されないものと解するのが相当である。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。」この効力を否定することは、担保物件の附従性(被担保債権のために、その担保として設定される以上、その効力や内容等について、被担保債権に従うという性質)に反し、民法396条の趣旨にも反する、ということがその理由とされています。

6.わかりやすく言えば、抵当権は債権を担保するために設定され、債権者も担保があることを根拠にお金を貸したのであるから、被担保債権が存在するのに抵当権(民法167条、時効期間20年)だけ消滅することは認められない、396条も被担保債権とは別に抵当権だけ時効で消滅することは否定している、ということです。

7.この点、担保権の本質的理由から判例の解釈が妥当であると思います。付従性は、従たる権利が主たる権利と権利の成立、行使、消滅について運命を共同にするということであり、担保という本質的性質から当然導かれるものです。時効の中断事由も結局は、主たる権利の消滅、行使に間接的に影響するものであり付従性に準じて影響を及ぼすと考えるべきです。被担保債権と抵当権を別個独立の時効成立を認めると権利関係が複雑になり担保制度の目的趣旨に合致しませんし、当事者の合理的意思としても主たる債務が存続する限り担保を提供する意思と考えられるからです。保証人に対し中断事由の効果を認める保証債務の457条も付従性から当然の規定であり、明確な規定がありませんが、物的担保である抵当権も同様に考えるのが理論的です。396条は、抵当権設定者と債務者に限り被担保債権と抵当権は時効の関係で一緒に運命をともにするという規定であり、付従性から導かれていますので、この規定の趣旨にも合致します。唯、本条の反対解釈により抵当権設定以外の者(例えば、抵当物の第三取得者、後順位抵当権者)は、独自に抵当権のみの時効消滅を主張できることになりますが、例えば抵当物を譲り受けた者は、もともと被担保債権と運命を共にする合理的意思を有していないということと、抵当権の目的物を新たに取得したものを保護しようとする趣旨です。しかしこの規定については、付従性の本質から疑問があるという説があります。そもそも時効中断を認める理由は、新たな証拠による権利の明確化、新たな事実状態の主張にありますので、主たる債務の主張は従たる抵当権についての新たな権利主張を含むものと考えられます。

8.また民法457条1項については、保証人自身も保証債務を負うから、主債務に生じた事由が、別個の債務ではある保証債務に、どのような効力を生じるかという点、一応問題になることから保証債務にも中断の効力が生じることを明記したが、物上保証人(抵当権設定者)については、主債務以外の別個の債務はないことから、その規定を設ける必要がなかっただけだ、とも考えられることから、判例のような考え方と矛盾しない、とされています。

9.このように、条文の解釈としてはどちらの考え方も可能と思われます。判例や実務の考え方は、抵当権の、担保物件としての附従性という本質から導き出されますが、現実には金融機関よりの考え方といえるでしょう。金融実務としては主たる債務者に対してのみ請求や承認をとるという対処をしており、物上保証人との関係では特に請求などはしていない、という現実を重視した考え方といってよいでしょう。民法457条もこのような前提で、保証人にも中断の効力は及ぶとしていると考えるのでしょう。実際、抵当権設定者としては万一、債務が履行されなければ担保が実行されてしまう、という心構えで了承するのですし、本来、自ら融資を受けた、主債務者が、時間がかかっても、完済に至るまで、債務を認め、支払ったりすることは、想定の範囲内ともいえますから、上記の判例と異なる結論を得るのは難しいでしょう。

10.もちろん、保証人にはなっていないのですから、その土地の競売がなされても残ってしまった負債については、支払う必要はありません。そこで、銀行とすれば、できるだけ高額で早く担保不動産を処分してい回収する必要があります。他方で、競売では時間もかかり代金も安くなる可能性が高いことになります。そこで、どうしても、土地の競売をされたくない、という場合には、別途、担保不動産の時価相当の金員を返済資金として用意し、銀行と交渉する余地はあるでしょう。また、民法397条は抵当権消滅請求の制度を定めています。担保不動産を売却して、買主から抵当権者に請求を行うことにより、不動産時価の弁済により、抵当権の抹消を請求する手続です。この制度の利用も視野に入れて銀行と交渉すれば、時価相当額で抵当権の解除を合意することが出来る場合もあるでしょう。

11.また、ご自身で支払ったり、競売されたりした後で、その分を、主債務者に求償として請求することはできます(民法351条、372条)。但し、保証人と違って、信用不安等を理由に、ご自身が現実に負担する前に、あらかじめ、主債務者から、相当額を受け取っておくと言うことはできない、という判例もあります(最高裁平成2年12月18日判決)。

12.以上のとおりですので、担保提供をした後でできることはなかったでしょう。むしろ、担保の提供をする前に、ご検討、ご相談をいただいた方が、と申し上げざるを得ません。物上保証人の責任は、判例等も多く、ご判断が難しい問題ですので、弁護士にご相談の上、十分なご検討をいただいた方が、よろしいかと存じます。

≪条文参照≫

<民法>
(基本原則)
第一条  私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3  権利の濫用は、これを許さない。
(時効の援用)
第百四十五条  時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
(時効の利益の放棄)
第百四十六条  時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。
(時効の中断事由)
第百四十七条  時効は、次に掲げる事由によって中断する。
一  請求
二  差押え、仮差押え又は仮処分
三  承認
(時効の中断の効力が及ぶ者の範囲)
第百四十八条  前条の規定による時効の中断は、その中断の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ、その効力を有する。
(債権等の消滅時効)
第百六十七条  債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
2  債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。
(抵当権の消滅時効)
第三百九十六条  抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない。
(主たる債務者について生じた事由の効力)
第四百五十七条  主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の中断は、保証人に対しても、その効力を生ずる。
(物上保証人の求償権)
第三百五十一条  他人の債務を担保するため質権を設定した者は、その債務を弁済し、又は質権の実行によって質物の所有権を失ったときは、保証債務に関する規定に従い、債務者に対して求償権を有する。
(留置権等の規定の準用)
第三百七十二条  第二百九十六条、第三百四条及び第三百五十一条の規定は、抵当権について準用する。
(委託を受けた保証人の事前の求償権)
第四百六十条  保証人は、主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、次に掲げるときは、主たる債務者に対して、あらかじめ、求償権を行使することができる。
一  主たる債務者が破産手続開始の決定を受け、かつ、債権者がその破産財団の配当に加入しないとき。
二  債務が弁済期にあるとき。ただし、保証契約の後に債権者が主たる債務者に許与した期限は、保証人に対抗することができない。
三  債務の弁済期が不確定で、かつ、その最長期をも確定することができない場合において、保証契約の後十年を経過したとき。

<商法>
(営業的商行為)
第五百二条  次に掲げる行為は、営業としてするときは、商行為とする。ただし、専ら賃金を得る目的で物を製造し、又は労務に従事する者の行為は、この限りでない。
一  賃貸する意思をもってする動産若しくは不動産の有償取得若しくは賃借又はその取得し若しくは賃借したものの賃貸を目的とする行為
二  他人のためにする製造又は加工に関する行為
三  電気又はガスの供給に関する行為
四  運送に関する行為
五  作業又は労務の請負
六  出版、印刷又は撮影に関する行為
七  客の来集を目的とする場屋における取引
八  両替その他の銀行取引
九  保険
十  寄託の引受け
十一  仲立ち又は取次ぎに関する行為
十二  商行為の代理の引受け
十三  信託の引受け
(商事消滅時効)
第五百二十二条  商行為によって生じた債権は、この法律に別段の定めがある場合を除き、五年間行使しないときは、時効によって消滅する。ただし、他の法令に五年間より短い時効期間の定めがあるときは、その定めるところによる。

<民事訴訟法>
(裁判所及び当事者の責務)
第二条  裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
刑法
(時効の期間)
第三十二条  時効は、刑の言渡しが確定した後、次の期間その執行を受けないことによって完成する。
一  死刑については三十年
二  無期の懲役又は禁錮については二十年
三  十年以上の有期の懲役又は禁錮については十五年
四  三年以上十年未満の懲役又は禁錮については十年
五  三年未満の懲役又は禁錮については五年
六  罰金については三年
七  拘留、科料及び没収については一年
(時効の停止)
第三十三条  時効は、法令により執行を猶予し、又は停止した期間内は、進行しない。 (時効の中断)
第三十四条  死刑、懲役、禁錮及び拘留の時効は、刑の言渡しを受けた者をその執行のために拘束することによって中断する。
2  罰金、科料及び没収の時効は、執行行為をすることによって中断する。

<刑事訴訟法>
第二百五十条  時効は、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
一  死刑に当たる罪については二十五年
二  無期の懲役又は禁錮に当たる罪については十五年
三  長期十五年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については十年
四  長期十五年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については七年
五  長期十年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については五年
六  長期五年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については三年
七  拘留又は科料に当たる罪については一年
第二百五十一条  二以上の主刑を併科し、又は二以上の主刑中その一を科すべき罪については、その重い刑に従つて、前条の規定を適用する。
第二百五十二条  刑法 により刑を加重し、又は減軽すべき場合には、加重し、又は減軽しない刑に従つて、第二百五十条の規定を適用する。
第二百五十三条  時効は、犯罪行為が終つた時から進行する。
○2  共犯の場合には、最終の行為が終つた時から、すべての共犯に対して時効の期間を起算する。
第二百五十四条  時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。
○2  共犯の一人に対してした公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対してその効力を有する。この場合において、停止した時効は、当該事件についてした裁判が確定した時からその進行を始める。
第二百五十五条  犯人が国外にいる場合又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつた場合には、時効は、その国外にいる期間又は逃げ隠れている期間その進行を停止する。
○2  犯人が国外にいること又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつたことの証明に必要な事項は、裁判所の規則でこれを定める。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る