新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.574、2007/2/7 13:58

【民事 塾の講師 雇用契約の制限事項に違反して就職中のアルバアイトは出来るか 退職後独立して同種業を行ういことができるか 就職先の企業情報特に顧客情報を持ち出せるか】
質問:大手塾の講師をして10年になります。教え子の両親から、月謝を支払うので個人的に家庭教師を引きうけて欲しいと言われました。これを受けても良いのでしょうか。また、会社を退職し、独立して学習塾を開設し、今までの教え子やその紹介者などを、指導してみたいと考えていますが、そういう事は可能でしょうか。中には、年賀状をやりとりして、家族ぐるみの付き合いをしている教え子もあります。現在勤務している会社の入社時の契約書には、「勤務期間中は、職務に専念し、アルバイトをしてはならない」という条項と、「退職後2年間は、同業他社に就職し、又は、同業を開業してはならない」という条項と、「退職後に、勤務期間中の顧客リストを用いて業務を行ってはならない。顧客リストを用いて得た収入は、会社の損害とみなし、全額を返還する」という条項が含まれています。

回答:
第1 問題点の指摘
1、今回の御質問は、塾に限らず就職した企業でお勤め中に副業できるのか、退職し独立する場合に就職中の経験を生かし同種業について独立開業が出来るのか、さらには勤め先情報を持ち出せるかという問題です。あなたの勤め先、大手塾のようにこのような行為については一般的に雇用契約上禁止規定が定められていることが通常です。就職する時に雇用契約に署名した以上契約自由の原則、契約は守られなければならという原則論からは法的にはゆるされないことになってしまいますが、法治国家において契約した以上どのような内容でも法的に拘束されるのかというと、そのような事はありません。法の理想から考えて不条理、理不尽な契約はいくら納得して署名しても効力は発生しません。不当な高利貸しなどはそのいい例です。不条理かどうかの判断基準は法的に言えば公序良俗に違反しているかどうか、公共の福祉に反しないか、権利濫用はないかどうか、信義誠実の原則に反しないかということになります(民法1条、90条)。法治国家の理想は私人間、私人と国家間においても適正で、公平な社会秩序を建設していく事を目標にしていますからこれらの原則はその目標から当然に導かれる内容なのです。しかしこれらの概念も抽象的ですから、契約の有効性を判断する場合には当事者間の有する権利の内容、利益、必要性、社会性、を総合的に考慮して個別的に解釈により決定される事になります。

2、本件の判断基準を先に述べておきましょう。本件は、事案上私有財産制(憲法29条)から認められる企業の経済活動の自由、企業利益の確保と他方企業に勤める個人の幸福追求権(憲法13条)を根底とした職業選択の自由(憲法22条)、営業の自由(憲法29条)、勤労の権利、労働の自由(憲法27条)を公平に比較考慮して契約の有効性を判断すべきです。すなわち雇用契約による企業側の利益確保、損失の発生、企業内の秩序維持、と働く人の経済的必要性、勤務時間外の経済活動の企業に対する影響、退職後勤労者の生活確保、就職中の待遇等を勘案し個別具体的に検討することになるわけです。

第2 勤務中のアルバイト禁止条項について
1、結論を先ず申し上げます。 原則的に勤務期間中のアルバイト禁止条項は有効です。すなわちアルバイトは基本的に出来ないと考えられます。
2、その理由ですが
@相談者は、塾に雇われている労働者ですし大手企業の正社員と考えられ給料により生計は立てているようですから、労働契約関係に立った当事者として、信義則(民法1条2項)上、使用者に対して誠実に権利を行使し、義務を負うべきものとされる以上あなたが今まで教えてきた教え子から個人的に授業料を受け取とってアルバイトをする事は給料を支払っている会社の利益を間接的に侵害する可能性を充分有するからです。すなわち企業としては顧客が減るかもしれませんし、あなたの勤務態度も希薄になる可能性を有しています。この条項による会社側の利益保護は適正でしょう。

A前述のように入社時の契約条項でも職務に専念し、アルバイトを禁止することが規定されています(以下、アルバイト禁止条項とします)がこの内容は競業避止義務、すなわち使用者と競業関係に立つおそれのある行為をしないということでありますが、基本的に有効です。労働契約を結び勤め先から給料をもらって問題なく生活している以上当然の義務であり、たとえ親御さんの希望とはいえ勤め人であるあなたにアルバアイトをする権利を認める必要性はありませんし、生活が保障されている以上認めなくても働く人の権利を侵害しているとは言えないからです。一見、アルバイト禁止条項は1日8時間など労働時間以外の労働者の自由な行為を規制するもの、と考えることもできますが、労働時間以外は休養を取り、能力を最大限に発揮して貰いたいという経営者の考え方を具体化したものですから、他のアルバイトをしなくても十分生活していけるだけの賃金を支払っている場合には、一般的には、やはり有効と考えることができると思います。

B しかし、勤務外短時間で勤め先の業種に関係なく勤務になんら影響を及ぼさない程度の内容(たとえば自宅内での簡単な内職)であれば例外的に認められる場合があると思いますが長期間になるようであればやはり会社の事前の許可が必要でしょう。

C したがって、勤務期間中に講師と同業といえる家庭教師のアルバイトをすることは、競業避止義務違反となり、アルバイト禁止条項と労働契約に反する債務不履行に該当します。場合によっては会社側から懲戒解雇や損害賠償請求されることもありますので、アルバイトは避けるべきでしょう。追加の授業を希望する生徒が居るのであれば、勤務中の学習塾に対する補習を申し込んで貰い、その補習を担当するように申し出をすると良いでしょう。つまり勤務先に対する収入となるように案内するべきです。

第3 退職後の独立・開業行為制限条項について
1、結論を申し上げます。本件条項は原則的に無効です。従ってあなたの独立開業は問題ないでしょう。
2、理由を考えてみましょう。
@退職後の労働者は、雇用契約は消滅していますから原則として競業避止義務を負いません。しかし、企業は本件のように「退職後2年間は、同業他社に就職し、または、同業を開業してはならない」(以下、退職後の競業禁止条項とします)という条項を付け企業の利益を守ろうとする事が多いと思います。しかし本件の、退職後の競業禁止条項は、労働者の職業選択の自由(憲法22条1項)を制約する行為です。すなわち職業選択の自由は、国家による侵害が禁止される憲法上の権利ですが、社会的に大きな権力を有する企業等との関係においても保障される必要があることは個人の尊厳、法の下の平等から当然ですし、公序良俗(民法90条)などの規定をとおして、解釈上私人間においても保障されています。したがって、労働者は、退職後の競業禁止条項に基づいて直ちに競業避止義務を負うのではなく、条項が有効とされる場合にのみ、退職後も競業避止義務を負うとされます。具体的に言えばこのような退職後の競業避止義務条項の有効性は、退職後の競業制限の必要性や範囲(競業禁止期間・地域・職種など)、労働者への代償措置(勤務中の手当や退職金など)に照らして合理性を有する制約であると認められる場合にのみ有効とすべきです。判例も同様の判断をしています。

A本件では、期間については2年間であり、比較的短期といえましょう。しかし、地域的制限がないこと、職種の制約はなく、塾・家庭教師・個別指導塾といった教育関係の職業を広く含みうる条項であること、特に手当や退職金といった代償措置が講じられていないことなどを考えると、条項が無効と考えるのが妥当であると思われます。

B独立・開業行為についてですが、まず、退職後の競業禁止条項が無効の場合には、競業避止義務を負わないので、独立・開業に問題は生じません。ただ、開業をするにあたって会社の従業員を大量に引き抜く場合など、その態様が悪質な場合には、開業行為が会社に損害を与えたとして損害賠償請求を認めた判例があり注意する必要があります。(東京地判平成2年4月17日・千葉地判平成13年3月2日など)。

C尚、事情により退職後の競業禁止条項が有効で競業避止義務を負う場合については、独立・開業行為は、競業避止義務違反となりますから会社側から、営業行為差止請求・損害賠償請求・退職金返還請求などをされるおそれがあります。

第4 過去の教え子の引き抜き、顧客情報持ち出し等禁止条項について
1、結論 原則的にこの条項有効です。あなたは許可なく顧客情報は利用できませんし利用して営業できません。
2、理由を申し上しげます。
@「退職後に、勤務期間中の顧客リストを用いて業務を行ってはならない。顧客リストを用いて得た収入は、会社の損害とみなし、全額を返還する」という条項は会社側として企業利益を守るため当然の要請です。これら顧客、顧客情報は全て会社の重要な財産だからです。

A他方、労働者は、原則として、労働契約終了後は使用者に対して誠実義務や競業避止義務を負いませんが、労働契約継続中に得た営業秘密を無断で利用して競業行為を行うことは、実質的に他人の財産を許可なく利用する訳ですから許されないと考えるべきです。但し、例外的に企業秘密の性質・範囲・価値・労働者の退職前の地位に照らして合理性が認められる場合には、有効とされる場合もあるでしょう。例えば個人的に記憶していた顧客から要請があり結果的に営業につながったような場合です。又、以前の勤め先の秘密保持義務は、前述した競業避止義務のように労働者の働く権利を制約するものではないので、その有効性は認められやすいでしょう。

B本件条項では、営業秘密として「顧客リスト」があげられています。学習塾経営にとって、顧客に関する情報は、最も重要な情報といえます。また、相談者は、10年間講師として勤務しており、生徒と個人的に年賀状をやり取りするなど、顧客に関する情報にきわめて近い立場にあるため、秘密を保持させる必要性が高いといえます。したがって、講師たる相談者は、秘密保持義務を当然に負うものと考えられます。

Cなお、顧客情報は「営業秘密」として不正競争防止法によって保護されうる情報です(同法2条6項)。そのため、独立開業後に顧客リストを用いて営業した場合には、不正使用・開示行為(同法2条1項7号)となる可能性があります。この場合、会社側から、不正競争防止法上の責任として、勧誘行為の差し止めや名簿の廃棄(同法3条)、損害賠償請求(同法4条)をされるおそれがあります。以上より、独立・開業した場合に従来の教え子たちに対して積極的に勧誘する行為は、秘密保持義務違反もしくは不正競争防止法違反となり、会社から勧誘行為の差止や損害賠償請求される可能性が高いといえます。このような行為は避けるべきです。

第5 終わりに
以上に述べたことは、あくまで一般的な場合に過ぎません。会社の就業規則や、労働契約内容、労使間でのこれまでの慣行などによって異なるケースがありますので、労働契約所や就業規則等の関連資料をご持参の上、事前に弁護士にご相談することをお勧めします。

≪参考条文≫

憲法
13条・・・すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必とする。
22条・・・何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
27条・・・すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
29条・・・財産権は、これを侵してはならない。
22条1項・・・何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

民法
1条2項・・・権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
90条・・・公の秩序または善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

不正競争防止法
2条1項7号・・・営業秘密を保有する事業者(以下「保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の競業その他不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
2条6項・・・この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法、その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
3条1項・・・不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあるものは、その営業上の利益を侵害するもの又は侵害するおそれがあるものに対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2項・・・不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成したもの(侵害の行為により生じたものを含む。・・・)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。
4条本文・・・故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。

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