新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.453、2006/8/8 13:40

[家事・夫婦]
質問:DV(ドメスティックバイオレンス)とは何ですか。実態、社会的背景、本質について教えて下さい。

回答:
1.DV(ドメスティックバイオレンス)とは、直訳すると「家庭内の暴力」となりますが、夫や恋人、婚約者、同棲相手、元夫、以前付き合っていた恋人など「親密な関係」にある男性から女性に対する暴力をさします。親密な関係ではない、普通の他人間であれば、暴力が行われた、傷害を負わされたという場合には、通常、周囲の人たちが止めに入ったり、警察に通報されたりして、最終的には暴力を振るった人は、裁判を受けるとか示談金を払うとか、何らかの形で制裁を受け、問題として認識されやすいのに対し、親密な関係にある場合には、例えば、家庭の中がうまくいっているのか、夫婦仲が良いのか悪いのか、子供が虐待されているのかなどは、実際に事件になってみなければわからず、これまで問題が表面化してこなかったのですが、実は昔から存在する問題です。被害に遭っている女性が声を上げなかったので表面化しなかった面もありますが、周囲の人たちも、「旦那さんからの暴力なんて日常茶飯事よ」とか、「あなたが悪いことをしたんじゃないの」と受け止められて、女性たちも「そんなものかしら」と思わざるを得ない社会状況であったことも確かです。1970年代の女性解放運動、1989年セクシャルハラスメントが裁判になって社会問題化したあたりから、だんだん問題が浮き彫りになってきたようです。
2.暴力の実態については、東京都の1999年3月の調査が公的調査の最初といえ、「夫や恋人などパートナーから身体的暴力を受けた経験がある」と答えた女性は全体の33%にのぼっています。全国的な調査については、1996年12月「男女共同参画2000年プラン」において、女性に対するあらゆる暴力の根絶をうたった上で、「家庭内暴力などに対する実態把握」が具体的施策として打ち出されこれに基づいて2000年2月に発表された総理府の調査では、夫婦間で命の危険を感じる位の暴行を受けることが「何度もあった」と回答した女性は1%、「1、2度あった」と回答したのは3.6%、およそ20人に1人が「命の危険」を感じる暴行を受けていることが判明しました。
3.統計的なものとしては、司法統計年報における離婚の調停申し立ての動機のうち、「夫の暴力」を理由とするものは30%で2位(cf.1位:性格の不一致)となっており、第4位→生活費を渡さないという経済的圧迫22%、第5位→精神的に虐待する20%となっています。犯罪統計では、夫や男性(情夫)が加害者で、妻や女性が被害者の犯罪件数は846件、逆に女性から夫・男性に対する暴力は229件(1995年)となっています。日弁連が1994年から1996年、1998年の合計4年間にわたって実施した女性の権利110番の電話相談では、暴力を理由とする妻からの相談件数1066件、相談者の年代は40代が27.03%、続いて30代、50代。婚姻年数は、年代に応じて長く10年以上65%、うち暴力を受けてきた期間が10年以上が38.34%となっています。東京都の調査や日弁連の電話相談などで明らかになるのは、一番最初に暴力を受けたのは結婚までの交際期間中、一番ひどい暴力を受けたのは結婚後10年以上というものが多くなっています。
4.DVが起きる社会的背景・歴史としては、妻から夫への暴力は、決して新しい社会現象ではなく、性差別社会の歴史とともに古代社会からあったようです。ローマ法では、夫は妻に対して身体的暴力を行使してもよいとされ、殺害することも正当化されていたようです。キリスト教では、信仰の名のもとに妻の夫への服従を要求し、中世ヨーロッパでは夫の妻に対する身体的制裁権が認められています。イギリスの慣習法コモン・ローでは、既婚女性は夫の持ち物とみなされ、夫が自分の所有物である妻に身体的制裁を加える権利が認められていました。アメリカにおいても、イギリスから独立した歴史もあり、夫が妻に身体的制裁を加える権利が法律上認められていたようです。しかし、19世紀後半頃からアメリカにおいて夫の妻に対する暴力を制限・禁止する判例が積み重ねられ、妻に暴力をふるった夫への処罰を規定した法律が制定されたり、夫による暴力が離婚理由と認める法律が制定されるなど、立法的に取り組みがなされています。アメリカでは、夫から妻であっても、暴力は「犯罪」という社会認識が一応確立しているようです。フットボール界の元スターOJシンプソンが、前妻ニコルと友人を暴力により殺害したとして、刑事事件では無罪でも、民事事件では有罪の評決となりました(合計40億円の賠償金を支払え)。日本でDVの起こる社会的背景としては、男女の社会的に不平等な力関係から生じています。@性別による役割の強制:「親密な」関係にある男女間では、女性に「やさしさ」「慈愛」などの「女性らしさ」が求められ、この「女性らしさ」が、男性は外で働き、女性は家事・子育て、高齢者の介護を担うべきとの役割の固定化へ結びついていきます。また、心理的に深く根付いている「家」制度など男性優位の社会にあって、男性には、女性は自己の所有物であるとの意識が生まれ、女性は男性をたてることが美徳であるとの考えを自然にもってしまうのです。A許された暴力:男性優位の社会では、特に夫から妻に対する暴力は大目に見られてしまいます。夫の暴力に耐えかねた妻が警察に連絡をしても、夫婦のことであれば対応してもらえないことがあります。こうした「許された暴力」の考え方がDVを助長してしまうのです。1999年2月、カナダの在バンクーバー日本総領事館の総領事が、妻に怪我をさせて現地の警察に逮捕されるという事件がありました。これは、病院で手当を受けた妻には、目の周りに殴られた形跡があり、顔や首にも青あざがあったということで、総領事は、警察の取り調べに対し、虐待の事実を認めつつも「文化の違いの問題で、たいしたことはない。妻は殴られて当然だった。」と答えたと報じられました。しかし「殴る」ということは、人1人を1つの人格として尊重していないということの現れでもあります。B女性の経済的自立が困難な社会の仕組み:結婚してみたら夫がバタラー(暴力を振るう夫)に変身したとわかって離婚したくても、経済的に夫に依存せざるを得ない状況から、離婚に踏み切ることができない妻がたくさんいます。自立するためには収入を得なければなりませんが、女性の就職の機会は限られており、就職をしても厳然とした賃金差別があります。
5.DVの本質は、社会的に立場の強い男性が、体力、経済力、社会的信用などを背景に、様々な暴力を巧妙に使い分け、立場の弱い女性への力と支配を揺るぎないものとしていく行為です。暴力の形態は、(1)身体的暴力(殴る、蹴る、首を絞める、髪をもって引きずり回す、包丁で切り付ける、階段から突き落とす、たばこの火を押しつける、熱湯をかける)、(2)心理的(精神的)暴力(暴言を吐く、脅かす、浮気・不貞を疑う、家から締め出す、大事な物を壊す、交友関係を厳しく監視する)、(3)性的暴力(性行為を強要する、ポルノを見せたり道具のように扱う)、(4)経済的暴力(生活費を渡さない、女性が働き収入を得ることを妨げる、借金を重ねる)等さまざまな形を取ります。家庭など狭い空間で、いつふるわれるかわからない暴力におびえ、不安や緊張、恐怖から女性は次第に言動を制限し、萎縮しながら社会から孤立していきます。さらに、暴力を受け続けると、女性は自信を失い、無力感から感受性を麻痺させることで適応しようとし、暴力をふるう男性が望むことを最優先して行動するようになります。このため女性の生活はますます暴力に支配され、暴力からなかなか逃げ出せなくなります(パワーとコントロールの車輪)。
6.DVの周期:暴力はずっと続くわけではなく、ほとんどの場合、男性は暴力の後謝罪を繰り返し、プレゼントをするなど態度を急に変えることがあります。女性もそれを見て「自分も悪かったから」と反省をします。しかし、男性は、その後、緊張を蓄積し、再び些細なことで感情を爆発させます。暴力は外部からの適切な介入がない限り繰り返され、深刻化し、女性は逃げる機会や気力を次第に失っていきます(DVの3つの局面:ハネムーン期、緊張の蓄積期、暴力の爆発期:アメリカの心理学者レノア・E・ウォーカーによる)。
7.以上のような実態調査、社会的背景のもとに2001年4月ようやく「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(DV防止法)が成立し、2004年12月に改正法も施行されました。しかし、法律よりも大切なのは、加害者の被害者に対する意識を変えていくこと、被害者自身、内にこもることなく暴力の存在を周囲に明らかにすること、許された暴力という概念は誤っていることが社会的に認識され、妻に対するものでも暴力は人権侵害であることを広く周知させること、妻が自立できる社会条件の確立など、解決しなければならない事もたくさんあります。

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