「法の支配」に関する考察
新銀座法律事務所 所長 弁護士 門馬 博
1、 「法の支配」定義に関する私見
「法の支配 rule of law」とは、「人の支配
rule of man」「力の支配 rule of power」に対応する概念で、「国王といえども神と法の下にある!」というブラクトン(Henry
de Bracton、13世紀イギリスの法律家)の格言にもあるように、国は専制君主による独断により統治されるべきではなく、民意を反映した合理的で適正公平な法に基いて統治されるべきである、という考え方です。では、合理的で適正公平な法とは、どういうものでしょうか。
そもそも、法とは、どういうものでしょうか。勿論、法律は、無数の規則=ルールの集合体ですが、その規則=ルールはどのようにして形成されたのでしょうか。世界最古の法典のひとつであるハンムラビ法典は、慣習法を成文化したものであるといわれています。では、慣習法は、どのようにして定まったでしょうか。私は、当事者個人間の約束(契約・合意)が、その源泉にあると思います。「お金を貸すから返して下さい」「わかりました」というような、個人間の約束が、家族間の約束になり、やがて、集落・部族の決まりごとになり、国のルールになっていったと考えられます。国のルールになるような決まりごとには、当然ながら、合理性・普遍性が要求されるでしょう。
国の支配者は、法律を制定する際に、法律の内容を個人の自由で恣意的に決めることができるでしょうか。民主政治が不十分な国であれば一応は可能となります。わが国でも、江戸幕府5代将軍綱吉の時代に「生類憐みの令」により、殺生してはならない・犬を傷つけてはならない、という規則についてゆき過ぎた運用がなされ、領民を苦しめた事例があります。この法律は現代の動物愛護法にも通ずる素晴らしい理念を持った法律だったと思いますが、一部、行き過ぎた運用が行われていたと伝わります。行き過ぎた内容・運用の法律はいずれ、淘汰され、改正されることになるでしょう。江戸時代の領民にも、生存する権利・幸福追求する権利は認められてしかるべきだからです。
このように、どのような政治権力によっても奪うことができない権利のことを自然権的基本権と言います。人が生まれながらに有しているべき権利という意味です。このような、どのような政治権力であっても従わなければならない根本規範を自然法と言います。
数学者が定理を発見するように、科学者が物理法則を発見するように、法律学者及び法律実務家は、合理的で適正公平な自然法を追求することができるのです。具体的な憲法や法律は、国の規範ですから、当然に、構成員たる国民の十分な審議を経て、民意を反映して定立されなければなりません。
このような法に基く統治を、「法の支配」と定義することができます。これは法律の内容をも規定しますので、単なる法治主義とは異なる概念と言えるでしょう。
それでは、消費者金融問題について、法の支配がどのように作用しているか、例を挙げて考えてみましょう。
契約自由の原則(民法91条、民法399条)
金銭消費貸借契約(民法587条)
(ベニスの商人「期限までに金が返せない時は、債務者の身体から肉1ポンドをもらい受ける。」という契約でさえ成立してしまう。)
↓
高利貸による消費者被害
(サラ金ヤミ金による自殺者が出るなど社会問題化した)
(国会審議を通じて、法改正、新法制定が行われた)
↓
利息制限法・出資法・貸金業規正法による修正
(100万円未満の貸付の利率は18パーセントを上限とする。)
破産法・民事再生法による救済
(債務者の財産を配当し、残債務を免除あるいは一部免除する。)
(立法趣旨は、債務者に経済的更生のチャンスを与えること。)
破産法1条 この法律は、支払不能又は債務超過にある債務者の財産等の清算に関する手続を定めること等により、債権者その他の利害関係人の利害及び債務者と債権者との間の権利関係を適切に調整し、もって債務者の財産等の適正かつ公平な清算を図るとともに、債務者について経済生活の再生の機会の確保を図ることを目的とする。
「適正かつ公平な清算を図る」という言葉が出てきます。破産法の諸規定は、債務超過になってしまった国民の生きる権利を守るために、民法の原則が「法の支配」によって、一部修正された結果であると言えるでしょう。
2、「法の支配」の歴史
一般に、「法の支配」理念は、紀元前4世紀のギリシャの哲学者プラトンに端を発し、13世紀イギリスのマグナカルタにその源泉があると言われています。プラトン晩年の著作「法律」から引用します(森進一・池田美恵・加来彰俊、邦訳)。
「法律」第4巻、715ページより
「支配権が争奪の的となると、勝利者側は、国事を完全に手中におさめ、敗者側には、敗者自身はもとより、その子孫にすら、支配権をいささかたりとも分かち与えようとはしないものです。いな、他日誰かが支配の座にのぼり、以前に受けた悪を憶えていて、反乱を起こしたりすることがないようにと、互いに警戒しながら生活を送るものです。
しかし、わたしたちは今こう主張します。そのようなものはもとより国制ではないし、また、国家全体の公共のためを目的として制定されていないような法律はまことの法律ではない、と。さらに法律が、一部の人のために制定されるような場合、そうした一部の人は、党派者ではあっても市民ではなく、また、彼らが言うところの、それら法律の正しさなるものは、空しい言葉にすぎないとも、主張します。
ところで、わたしたちが以上のようなことを主張するというのも、それは、こういう意図から出たことなのです。わたしたちとしては、あなたの建設される国家の支配権を、誰かが金持であるからといって、その人にゆだねるつもりはありませんし、他のそれに類するもの、体力や、体の大きさや、家柄などに恵まれているからといって、その人にゆだねるつもりもありません。むしろ、制定された法律に心から服従し、その服従の点で国内での勝利を占める人、そういう人にこそ、神々への奉仕のつとめをもあたえるべきと主張します。第一位の勝利者にはその最高のつとめを、また第二位の勝利者にはその第二のものを、そしてそのように順位を守りながら、それにつづく人たちにはそれぞれ、それにつづくものを割り当てるべきであると、主張するのです。
さて、ふつう世間で支配者と呼ばれている人を、わたしはここで「法律の従僕(しもべ)」と呼びましたが、それはかならずしも、呼び名の新しさをねらったわけではありません。むしろ、国家の存亡は、なによりもまず、この点にかかっていると考えるからなのです。それというのも、法律が被支配者の地位に立ち、法律が主権を持たぬような国家、そういう国家にあっては、その滅亡は旦夕に迫っているものと、わたしは見なすのです。反対に、法律が支配者の主人となり、支配者が法律の下僕となっているような国家においては、その国家の安全をはじめとして、神々から国家に恵まれる善きことのいっさいが実現されるのを、わたしははっきりと見るからです。」
ここで、プラトンは、@法律の内容は国民全体の公共の利益を目的として制定されなければならない、A法律が主権を持たぬような国は滅びるであろう、と、明確に主張しています。
また、たとえ民主制であっても、法律に服従しまいとする身勝手な自由を生じてしまえば、不幸を生ずると警告しています。アテナイ(現在のアテネ)の衆愚政治を反省した考え方ですが、これは、現代でもあてはまる教訓でしょう。
「法律」第3巻、701ページより
「この身勝手な自由につづいて生じてくるものは、おそらく、支配者への服従をいさぎよしとしない自由であり、さらにその自由につづいて、父母や年長者への服従と戒めから逃れようとする自由なのです。それも終局に近づくと、法律に服従しまいとする自由が生じ、ついに終局そのものに至って、誓約や信義、総じて神々を重んじまいとする自由が生じるのです。そうなると、物語にいう、昔の巨人族(ティタン)の本性を模倣してその身に示しながら、巨人たちと同じかのところに逆戻りし、ついに不幸のやむことのない、つらい生を送りつづけることになるでしょう。」
このプラトンの見解には、社会秩序を守るために「悪法も法なり」として、回避することもできた死刑を受容した師であるソクラテスの影響もあったことでしょう。
13世紀初頭イングランドでは、ジョン王の失政を発端として、1215年にマグナカルタ(大憲章)が、王と対立する封建諸侯(バロン)との間の合意文書として作成されました。二つの章を引用します(原典はラテン語、WSマッケクニ英訳、禿氏好文邦訳)。
第39章 いかなる自由人も、彼の同輩の合法的裁判により、また国法によるのでなければ、逮捕され、あるいは投獄され、あるいは侵奪され、あるいは法益剥奪に付され、あるいは流罪に処され、あるいはいかなる方法でも傷害を受けることがなく、しかして、朕が彼を兵力をもって襲うことも、また彼へ向かって兵力を派遣することもないであろう。
第63章 それゆえに、朕は、イングランド教会が自由であるべきこと、および朕の王国の人々が、前記した自由、権利および認容事項のすべてを、健全にまた平和に、無条件にまた平穏に、完全にまた純粋に、彼ら自身と彼らの相続人たちのために、朕と朕の相続人たちから、あらゆる事情および場所において、永久に、前記されたところに従って取得し保有すべきことを欲し、かつ断固として命ずる。しかして、上記のすべては、誠意をもって、かつ悪意なく遵守されるであろうということが、朕の側からも、またバロンたちの側からも宣誓された。朕の治世第17年6月15日、ウィンザとステインズの間にあるラニミードと呼ばれる牧草地で、上記の、およびその他の多くの者が証人となり、朕の手により下賜せられる。
上記の39章は、適正手続(デュープロセス)を定めたものと解釈することができますし、最後の章である63章には、王もこの憲章に従うことが明記されています。妥協の産物であったとはいえ、封建君主制の時代にこのような憲章が定められることは「法の支配」への第一歩として重要な意義があったと思います。
しかし、マグナカルタ以前でも、人類最古の法典のひとつといわれるメソポタミア文明のハンムラビ法典(ハンムラビ王、紀元前1792年〜1750年)にも、その萌芽を読み取ることができると思います。ハンムラビ法典の後文(飯島紀、邦訳)の一部を引用します。
「アヌや神エンリルがその城楼を高くしたバビロンでは強者が弱者を抑圧せず、孤児や寡婦が正義とされるように、そして天地のように基礎が確固とした所のエサギラ神殿では国の判決を決定するために、又国の裁決を調べて不正を正すために、私の重大な言葉を石碑に書いて、正義の王としての我が像の前に据えたのである。」
「将来の後でも何時でも、国に居る(治める)王が我が碑文に書いた正義の言葉を見守るように。私が明言した国の判決や私が伝えた国の決定を変えないように。
我が像を削らないように。もしその人が知恵を持つなら、そしてその国に正義の支配を試みるならば、我が碑文に書かれた言葉に注意するように。
方法や政治について、私が明言した国の判決や伝えた国の決定をこの碑文が彼に示して、彼の黒い頭(国民)を正しく支配するように。そして彼らに判決を下し、彼らに裁決を決定するように。
彼の国から不正と悪人を根絶するように。彼の人民の福祉を良くするように。私は神シャマシュが正義を贈った正義の王、ハンムラビである。」
ハンムラビ法典の内容自体は、刑法と民法と訴訟法が混在した原始的なものであり、貴族や奴隷を含む階級社会を定めた法典ですし、死刑の多い過酷な刑法を持つものですが、注目すべき点として、この法典は、@正義と福祉を実現するために制定されたことが明記されていること、Aハンムラビ王の死後の王(統治者)もこの法典に従えと明記されていること、が挙げられます。
この法典には統治機構に対する規範がほとんどありませんので、立憲主義を実現したとは言えませんが、国王による恣意的な統治ではなく、正義に基く法による統治を目指していることは、現代の「法の支配」に通ずるところがあると言えるのではないでしょうか。
また、わが国でも、聖徳太子(574〜622年)の時代に制定されたといわれる十七条憲法にも、その兆しを感じ取ることができると思います(但し文献としての初出は720年完成の日本書紀22巻「推古紀」)。
二曰(二にいわく)
篤敬三宝(篤く三宝を敬え)
三宝者仏法僧也(三宝とは、仏と法と僧なり)
則四生終帰(すなわち四生の終帰)
万国之極宗(万国の極宗なり)
何世何人非貴是法(いずれの世、いずれの人か、この法を貴ばざらん)
人鮮尤悪(人、はなはだ悪しきもの少なし)
能教従之(よく教うるをもて従う)
其不帰三宝(それ三宝によりまつらずば)
何以直枉(何をもってかまがれるをたださん)
十七曰(十七にいわく)
夫事不可断独(それ事は独りさだむべからず)
必与衆宜論(必ず衆とともにあげつらうべし)
少事是軽(小事はこれ軽し)
不可必衆(必ずしも衆とすべからず)
唯逮論大事(ただ大事をあげつらうにおよびては)
若疑有失(もしはあやまちあらんことを疑う)
故与衆相弁(ゆえに衆とあいわきまうるときは)
辞則得理(辞すなわち理を得ん)
ここで、敬うべき三宝のうち、仏は釈迦で、僧は僧侶で、法は、一般には「釈迦の教え」、であると言われていますが、釈迦の教えは、具体的な経典を示されているわけではなく、国の統治は、仏教の教えに従って、慈悲に基いて行われるべきである、という考えが示されています。また、大きな問題を決めるときは一人で決めてはならない、必ず多くの人々と議論を重ねよと命じています。
政教分離原則が定められた現代の日本国憲法とは大きな違いがあるようにも読めますが、第2条は特定の宗教に肩入れするという趣旨ではないでしょう。当時の仏教は、「万国の極宗」と表現されているように、現在の宗教を全部合算したような世界宗教であった考えると分かりやすいかもしれません。国の統治は、万国万民が納得するような、適正公平を目標として、慈悲の精神に基いて運営すべきである、という風に理解することもできると思います。
個人的な利害で国を動かすのではなく、万国万民が納得するような理想を目指して国を運営せよ、という考え方は、専制君主制を排し、法の優位を説いた法の支配に通ずるものと言えるのではないでしょうか。
17世紀、戦国時代を終結させ「元和偃武(武器をしまい平和をはじめる)」の時代が開かれた江戸幕府の初期に公布された「禁中并公家中諸法度(禁中並公家諸法度、1615年)」の一番最初に、次のような条文があります。この法度は、当時の先代将軍徳川家康、現将軍徳川秀忠、前関白二条昭実(直後に関白再任)の連署によって公布されたと伝わります。当時の天皇は後水尾天皇です。
一 天子諸芸能之事、第一御学問也、不学則不明古道、而能政致太平、
貞観政要明文也、寛平遺誡、雖不窮経史、可誦習群書治要云々、
和歌自光孝天皇未絶、雖為綺語、我国習俗也、
不可棄置云々、所載禁秘抄、御習学専要候之事
天子(天皇)諸芸能(学問・芸術・技能)の事、第一御学問なり。
学ならずんばすなわち古道(昔の聖人・賢人の行い)明らかならず、
しこうして(学をなして)政(まつりごと)をよくし、太平に致すべし。
(これ)「貞観政要(じょうがんせいよう=8世紀唐代の治道規範書)」の明文なり。
「寛平遺誡(かんぴょうゆいかい=9世紀宇多天皇譲位の際の心得書)」に(いう)、
「経史(けいし=四書五経歴史書の全て)」をきわめずといえども、
「群書治要」(ぐんしょちよう=7世紀唐代の帝王学書)を誦習す(そらんじてまなぶ)べしと云々、
和歌、光孝天皇(9世紀)よりいまだ絶えず、
綺語(きご=美しい詩歌)たりといえども、我が国の習俗なり、棄(す)て置くべからずと云々、
「禁秘抄(きんぴしょう=13世紀順徳天皇の心得書)」に載せる所、御習学もっぱら要(かなめ)に候事
「天子(天皇)は、まず第一に学問を修める」、ということは、間接的に、政治は武家社会(幕藩体制)に委任するという意味も含まれていると考える事ができます。この条文は、現代の日本国憲法の象徴天皇制にも通ずる画期的な条文だったと思います。良い政治、天下泰平のために、歴史に学び、昔からの学問を修めるべきである、ということは、専制君主制の恣意的な政治とは対極をなすものですから、法の支配の考え方に通ずるものがあったと評価できると思います。当然、武家社会においても、学問をなすことが重要視されます。同時期に公布された武家諸法度の第1条にも「文武弓馬ノ道、専ラ相嗜ムベキ事」という文言があります。当時の起草者は、プラトンのこともマグナカルタのことも知らなかったでしょう。天下泰平のために、どのような統治が行われるべきか、真剣に考えた結果として、このような条文を起草したのだと思います。和歌の中にも政治の真実が含まれているから軽んじてはならない、とも読むことができ、とても風流な考え方だと思います。私は、ここに、西洋的な「法の支配」とは異なる、もうひとつの、東洋的な「法の支配」の源泉のひとつを感じとることが出来ると思います。
本稿の範囲を超えるので詳述しませんが、これらの歴史は、すべて、それに先行する暗い時代の教訓として生起したことです。「法の支配」が存在しない歴史の場面において、過去にどれほど、人権侵害や戦争や虐殺や無秩序が社会を覆ったことでしょうか。それを反省し、その反作用として、「法の支配」の理念が培われていったのです。「法の支配」は人類が多くの犠牲の上に獲得した貴重な財産(法的技術)であると考えます。
3、現代日本における「法の支配」と我々法曹の役割
現代のわが国の憲法や民法にも、法の支配の理念は生きています。
日本国憲法第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第31条 何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第81条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則、又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。
第98条1項 この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
第98条2項 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
民法第1条 私権は公共の福祉に適合しなければならない。
同2項 権利の行使及び義務の履行は、正義に従い誠実に行わなければならない。
同3項 権利の濫用は、これを許さない。
第90条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は無効とする。
そして勿論、わが国も加入している国連憲章にも、法の支配の理念が底流にあります。
国連憲章序文
われら連合国の人民は、
われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、
基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、
正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、
一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること
並びに、このために、寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互いに平和に生活し、
国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、
共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、
すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、
これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。
よって、われらの各自の政府は、サン・フランシスコ市に会合し、全権委任状を示してそれが良好妥当である
と認められた代表者を通じて、この国際連合憲章に同意したので、ここに国際連合という国際機構を設ける。
第1条 国際連合の目的は、次のとおりである。
1.国際の平和及び安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整または解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること。
2.人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること並びに世界平和を強化するために他の適当な措置をとること。
3.経済的、社会的、文化的または人道的性質を有する国際問題を解決することについて、並びに人種、性、言語または宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること。
4.これらの共通の目的の達成に当たって諸国の行動を調和するための中心となること。
第94条1項 各国際連合加盟国は、自国が当事者であるいかなる事件においても、国際司法裁判所の裁判に従うことを約束する。
では、このように、憲法や法律が制定され、国連憲章が採択されたことで、法の支配は確立されたと言えるでしょうか。そうではありません。
法は、事実関係を認定し、具体的法律を解釈し、これを法律にあてはめ、法律効果を生じる作用ですから、法律制定当時に予想されていなかったような新しい事態が生じれば、新しい立法をする必要が生じるでしょうし、新しい法律の運用が必要になる場合もありますし、新しい法解釈が必要となる場合もあります。
法律は社会を映す鏡のようなものと考えることができます。どのような法律でも立法当時予想していなかったような事態が生ずることがあります。社会の変化に伴って、法律の条文や運用や解釈も、変化する必要があります。
国民の福祉と幸福を守るために、法律のあらゆる段階で、立法(法改正・新法制定)段階でも、行政(適用・執行)段階でも、司法(個別紛争の交渉・裁判)段階でも、法律の作用に携わるすべての関係者(=法律家)は、「法の支配」の理念原則に立ち返って、自分の仕事を見つめなおす必要があると思います。
「法の支配」という用語は、様々な意味を持ち、不明確だから用いるべきではない、という見解もありますが、これを様々な用語に分解し定義しなおしたとしても、各用語に説明しきれない部分が常に残ってしまうでしょう。我々は常に、今日における「法の支配」とは何かを問い、考え、行動に移して具体化させて行くことが必要と考えます。不明確だからといって諦めてしまうべきではありません。
勿論、我々弁護士自身も事件の当事者となることがありますが、職業として法律に触れることのない一般国民であっても、事件の当事者として、法律事件の適正公平な解決に尽力する必要があると思います。「仕方ない、大したことではないから諦めてしまえ」と、国民全員が不当な法律効果に対して泣き寝入りをしてしまったら、それが悪しき前例となり、わが国における「法の支配」は、大幅に後退してしまうでしょう。憲法や法律が形骸化してしまい、我々国民の自由や権利や正義が失われてしまうでしょう。小さな事件であっても、決しておろそかにできない所以です。
我々の時代の日本国憲法には、国民の義務が3つ明記されております。すなわち、教育の義務(26条2項)、勤労の義務(27条1項)、納税の義務(30条)です。
日本国憲法26条2項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。
同27条1項 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
同30条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
しかし、私は、ここに、憲法に明記されない、最も重要な義務があると思います。それは、「法の支配」の担い手としてこれを維持発展させる義務です。前記の通り、「法の支配」は、国民自身が努力を怠れば、後退してしまうものです。「法の支配」は、我々の財産であり、我々自身の個人の尊厳であり、権利であり、同時に義務でもあると思います。我々には、人類が長い時間と多くの犠牲を払って獲得し培った知恵である「法の支配」をしっかり相続し、これを維持発展させて、次の世代へ引き継ぐ義務があるのだと思います。この義務は、民事訴訟法における証人の出廷義務(民事訴訟法192条)や文書所持者の提出義務(同220条)、刑事訴訟における裁判員の出廷義務(裁判員法16条)・公平誠実義務(同9条)などに具体化されています。弁護士法の罰則規定(弁護士法75条以下)も弁護士の制度を保持し法の支配を発展させるための国民の義務を規定したものと考えることが出来るでしょう。ここに挙げたのは一例にすぎませんし、法律上の義務にとどまらないと思います。それはどのような義務なのか、問い続ける必要があるでしょう。
日本国憲法の前文は次のような一文で終わっています。ここに、同様の趣旨が述べられているのではないでしょうか。それは「義務」として他人から押し付けられるようなことではなく、自分自身の行動を規制する決意のようなものだとも言えるでしょう。
「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理念と目的を達成することを誓ふ。」
このような努力に終わりはありませんが、我々国民一人一人が、法の担い手としての自覚を持ち、自分自身の権利の意味を考えこれを正しく行使し、相手にもそれを認めることを、毎日毎日積み重ね、子供達に教えていくことが、「法の支配」を維持発展させる唯一の手段であると考えます。微力ながら、当事務所も、その作用の片隅を占めていきたいと思います。
参考文献
1、「現代日本社会における法の支配理念・現実・展望」、日本法哲学会編、有斐閣
2、「プラトン全集第13巻、法律」、プラトン(著)、森進一・池田美恵・加来彰俊(邦訳)、岩波書店
3、「マグナ・カルタ―イギリス封建制度の法と歴史」William
Sharp Mckechnie (著), 禿氏 好文 (翻訳) 、ミネルヴァ書房
4、「ハンムラビ法典「目には目を歯には歯を」含む282条の世界最古の法典」、飯島紀(著)、国際語学社
5、「法華義疏(抄)憲法十七条」、聖徳太子(著)、中央公論新社
6、「近世公家社会の研究」、橋本政宣(著)、吉川弘文館
7、「身分的周縁と近世社会8 朝廷をとりまく人びと」、高埜利彦(編)、吉川弘文館
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