借地権更新拒絶(最終改訂平成23年5月24日)

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普通借地権の設定契約をして50年以上が経過している場合、契約更新期限までに内容証明郵便により借地権の更新拒絶通知を行い、借地の返還を受けて新たに地主所有の建物を建設して土地の有効活用を図ることができる場合があります。借地権の更新拒絶と借地上の建物の建替えについて更新拒絶の「正当事由」を中心に解説致します。平成4年8月1日の借地借家法施行以降に、地主側に有利な判決がいくつか出されておりますので、参考になさって下さい。

1、(借地権とは)

借地権とは、建物の所有を目的として、土地の所有者が貸主となって、借主に土地を貸し渡し、借主がその土地に建物を建設し、所有し、使用収益する権利です(借地法1条、借地借家法2条1号)。通常は、借主が定期的に、貸主に対して地代を支払う事を約束することになります。借地権には、土地の賃貸借契約(民法601条)により発生する土地賃借権と、地上権設定契約により発生する地上権(民法265条)とがあります。賃借権は契約により発生する「債権(当事者間の請求権)」の一種ですが、第三者に対しても効力を主張しうるように登記もできますし(不動産登記法81条)、法律により第三者対抗要件も整備されています(建物保護法1条、借地借家法10条)。土地の賃借権は、法律により規定された財産権であって誰に対しても主張できる「物権」と同様の効力を持つに至っています。借地法や借地借家法では、賃借権と地上権を区別せず、「借地権」と定義して様々な法律関係を規定しています。

借地権の対象である土地と、借地上に建設される建物は、居住用や事業用などがありますがいずれも国民の社会生活上とても重要で高価な財産となりますので、多くの法律関係が形成され、多くのトラブルの発生が予想されることになります。そこで、民法の規定に加えて、当事者間の利害を調整するための、民法の特別法が制定されています。平成4年以前は、「借地法」「借家法」「建物保護に関する法律」がありました。平成4年8月1日以降は、「借地借家法」によって規定されています。

2、(借地借家法の新設、借地法及び建物保護法の廃止 更新拒絶と正当事由)

(1)平成4年以前は、借地に関する法律関係は、民法と、借地法と、建物保護法により規定されていましたが、これらの法律は明治から大正時代に制定された法律がベースになっており、契約の更新拒絶や建て替えの是非について具体的な基準を明示していませんでした。借地契約の更新拒絶については、借地法4条1項で「土地所有者カ自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合」と規定するだけでした。

借地法4条1項 借地権消滅ノ場合ニ於テ借地権者カ契約ノ更新ヲ請求シタルトキハ建物アル場合ニ限リ前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス 但シ土地所有者カ自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合ニ於テ遅滞ナク異議ヲ述ヘタルトキハ此ノ限ニ在ラス

結果として「正当事由」とはいかなるものか解釈を加える判例が集積することになりましたが、地主からの更新拒絶を認める場合の「正当事由」については、(1)土地所有者の土地の自己使用の必要性、(2)借地人の土地利用継続の必要性、(3)貸主からの正当事由の補強条件としての立退料提供、を総合的に考慮されると判断されてきました。

(2)判例の紹介、検討

@最高裁判決昭和37年6月6日「土地所有者が更新を拒絶するために必要とされる正当の事由ないしその事由の正当性を判断するには、単に土地所有者側の事情ばかりでなく、借地権者側の事情をも参酌することを要し、たとえば、土地所有者が自ら土地を使用することを必要とする場合においても、土地の使用を継続することにつき借地権者側がもつ必要性をも参酌した上、土地所有者の更新拒絶の主張の正当性を判定しなければならないものと解するのを相当とする。」

A最高裁判決昭和38年3月1日「原判決が,その認定した当事者双方の事情に、被上告人が上告人に金四〇万円の移転料を支払うという補強条件を加えることにより、判示解約の申入が正当の事由を具備したと判断したことは相当であつて、借家法一条の二の解釈を誤つた違法や理由不備の違法は認められない。」

B最高裁判決昭和46年6月17日「借家法一条の二にいう正当の事由とは、賃貸借当事者双方の利害関係、その他諸般の事情を綜合考慮し、社会通念に照らし妥当と認むべき理由をいうものであって、賃貸人が解約申入に際し、賃貸人の家屋明渡により被る移転費用その他の損失を補償するため、いわゆる立退料等の名目による金員を提供すべき旨申し出で、右金員の支払と引換に家屋を明け渡すことを求めたときは、そのことも、正当事由の有無を判断するにつき、当然斟酌されるべきである。その場合、右金員の提供は、それのみで正当事由の根拠となるものではなく、他の諸般の事情と綜合考慮され、相互に補完し合って正当事由の判断の基礎となるものであるから、解約の申入が金員の提供を伴うことによりはじめて正当事由を有することになるものと判断されるときでも、右金員が、明渡によって借家人の被るべき損失の全部を補償するに足りるものでなければならない理由はないし、また、右金員がいかなる使途に供され、いかにして損失を補償しうるかを具体的に説示しえなければならないものでもない。」

C東京高裁昭和51年2月26日判決「被控訴人は、(中略)、その地上の所有建物を経済的利潤追求のための生産手段として相当の企業利益を得て来たものであり、したがって単純にこの利益を覆滅してもよい程度に達する程に控訴人側の正当事由の認められないことは前示判断のとおりであるが、さりとて被控訴人が本件土地の借地権を失った場合に、その企業の存立が成り立たず、又はこれを危うくされるというが如き事情は認めがたく、要は経済的な問題に帰着するから、被控訴人の右借地権喪失による経済的損失の補償や、本件建物にかわるべき設備を設置するための時間的余裕とそこに生ずべき実損害の補填が考慮されるならば、控訴人側の事情如何によっては更新拒絶の正当事由が具備される余地は十分にあるというべき」

D(借地法時代の判例の検討と考え方)

裁判所は、従来、借地法4条1項の解釈により、「正当事由」は、当事者の土地利用の必要性を中心に判断しており、双方の土地利用の必要性を検討して、経済的問題に帰着しうるようなケースにおいて、当事者の公平を図るために立退き料の提供を考慮に入れるというスタンスをとってきましたが、借地権者の保護を重視する傾向も認められました。例えば「土地を高価に(有利に)売却したい」というような理由では1億円の立退料を提示しても正当事由の補強を認めない判断(東京高裁判決昭和55年12月2日)もありました。また、地主が自己使用計画を示した上で更地価格の83パーセントに相当する立退料を提示していても、正当事由の補完が認められなかった事例(東京高裁判決平成4年6月24日)もあります。立退料は、あくまでも当事者の土地利用の必要性を「補強する」条件に過ぎませんでした。立退料は、借地法の条文に規定されたものではなく、判例によって解釈上認められてきた補助的な条件だったのです。

このように、借地契約の更新時期における当事者の土地利用の必要性を考えますと、地主側は、土地を貸しているので、別の土地を用いて生活や事業を行っていることがほとんどであり、他方、借主側は建物を建設して現に居住を継続しているのであり、基本的に、借主側に有利な裁判例が多かったと言えます。(勿論、当事者の事情を詳細に事実認定した上で、立退料の支払と引き換えに地主の更新拒絶を認めた裁判例も多数存在します。)

このような借地法の規定と判例の集積の結果として、土地所有者側からみると、借地契約をためらうケースが増え、特に都市部で、土地の有効活用が進まない場所が目立ちました。つまり、土地所有者としては、不動産の価格が上昇しているので売却することは将来に引き伸ばしたいが、自分で土地を再開発する経済的余裕も無いし、他方、土地を賃貸すると取り返すことができなくなってしまう為に、貸すこともできない、という事情により、土地が不足しているにもかかわらず、都心の一等地に空き地や老朽化した建物が残っているような状態も出現しました。

さらに、1980年代のバブル経済による地価高騰により、宅地不足を生じ、ますます、土地の有効活用の必要性が高まる事情がありました。借地権の多様化をすすめ、借地権の設定を促進することにより、宅地の供給を増加させる必要を生じました。特に、借地権の更新を認めない「定期借地権」の新設を求める意見が、金融業界や不動産業界等から上がっておりました。土地所有者が安心して土地を提供できるような環境整備を行って欲しいという意見でした。

そこで、国会や法制審議会で何度も審議を経た上で、土地の有効活用と、正当事由の明確化を規定した「借地借家法」が新設され、従来の「借地法」「借家法」「建物保護法」は廃止されることになりました。勿論、従来の法律関係にもとづく権利者を保護する必要がありますので、借地借家法施行時に既に締結され建物が建設されている借地関係については従前の例による、つまり、借地法が適用されることになりました(借地借家法附則5条、6条)。借地借家法制定前に設定された借地権であれば、平成20年になっても、平成50年になっても、更新時の「正当事由」の判断に関しては、旧借地法(及びそれに関する裁判例)が適用されるというわけです。

借地借家法附則第5条(借地上の建物の朽廃に関する経過措置)この法律の施行前に設定された借地権について、その借地権の目的である土地の上の建物の朽廃による消滅に関しては、なお従前の例による。
附則第6条(借地契約の更新に関する経過措置)この法律の施行前に設定された借地権に係る契約の更新に関しては、なお従前の例による。

これらの経過措置は、借地借家法の国会審議の中で、従来の借地権者に不利益変更があるのではないか、という議論を反映して盛り込まれたものです。借地借家法の制定には「更新拒絶に関する正当事由の明確化」という立法趣旨はあるのですが、確かに、その可能性も否定できません。

従来の借地法4条1項と、新しい借地借家法6条の更新拒絶の条文を列挙致します。

旧借地法4条1項 借地権消滅ノ場合ニ於テ借地権者カ契約ノ更新ヲ請求シタルトキハ建物アル場合ニ限リ前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス 但シ土地所有者カ自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合ニ於テ遅滞ナク異議ヲ述ヘタルトキハ此ノ限ニ在ラス

借地借家法6条(借地契約の更新拒絶の要件)前条の異議は、借地権設定者及び借地権者(転借地権者を含む。以下この条において同じ。)が土地の使用を必要とする事情のほか、借地に関する従前の経過及び土地の利用状況並びに借地権設定者が土地の明渡しの条件として又は土地の明渡しと引換えに借地権者に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、述べることができない。

借地借家法6条は、正当事由に関して集積された裁判例の理由中に示された判断基準を整理・明確化したものと解釈することも可能ですが、「財産上の給付」という形で「立退料」が法律に明記されましたので、解釈によっては正当事由の成立する範囲が広がる可能性を秘めていると言えるでしょう。

3、(借地借家法施行後の正当事由に関する判例の動向)

(1)平成4年8月1日に、借地借家法が施行されましたが、この法律に基く借地権の正当事由に関する裁判所の判例は未だ存在しません。なぜなら、借地権の存続期間が最低でも30年と規定されているため(借地借家法3条)、借地借家法施行の日である平成4年8月1日に締結された借地権でも、存続期間が、平成34年8月1日まで続いているからです。

他方、借家契約においては、新法に基く契約に関して、正当事由について判断した裁判例が多数出されております。これらの判例は、借地権の動向について考える場合でも参考になると思いますので、いくつか御紹介したいと思います。

(2)新法に基く契約に関して、立退料の提示により正当事由の補完を認めた事例の検討

※@東京地裁判決平成22年11月25日
 契約締結日=平成17年10月3日
 解約申し入れ及び更新拒絶通知=平成18年5月29日
 正当事由1=昭和39年2月建築の建物の耐震診断を行い危険性が露見したが、耐震補強工事には過分の費用が掛かり、建物外観も損なうもので、現実的ではない。建替えの選択には合理性がある。
 正当事由2=テナント8社のうち被告以外の7社は立退きに応じており、早急に建替えて、18階建マンションを新築することにより、高い収益をあげることができるので、不動産賃貸業を営む原告の建物使用の必要性が認められる。
 正当事由3=被告の営業上,本件建物が便利であることは否定できないけれども,本件建物でなければ営業に著しく支障が生じるほどの使用の必要性は認められない。
 正当事由4=本件建物からの移転に要する費用,新たな賃貸借契約締結のために要する費用,その他本件の一切の事情に照らすと,原告から被告に対し,立退料1000万円が提供されれば,正当理由の補完としては十分であるものと認められる。

 解説=賃借人の営業の性質に鑑みて、本件建物以外に移転して営業することも可能と判断し、相当な移転実費を見積もって立ち退きを認めた事例です。

※A東京地裁判決平成22年9月29日
 契約締結日=平成7年12月28日
 解約申し入れ=平成21年7月19日
 正当事由1=本件アパートは築58年の木造瓦葺2階建であり、建設会社の耐震診断により倒壊のおそれが指摘されている。
 正当事由2=本件アパートに居住しているのは被告だけであるが、原告には固定資産税や清掃費などの維持費が掛かっている。補強工事後の建物寿命を考慮すると、補強工事を実施することは経済的合理性を有しない。
 正当事由3=原告は被告に対し、近隣の同程度の条件の物件を多数紹介しており、移転することに不都合な点はみられない。
 正当事由4=家賃2万5千円の物件に対して、立退き料50万円の提示をしていること。

 解説=賃借人の利益は居住することに尽きるのであり、近隣に同程度の条件の物件があるのであれば、移転することに不都合はないという判断です。

(3)新法に基く契約に関して、立退料の提示に関わらず正当事由の補完を認めなかった事例の検討

※@東京地裁判決平成22年9月30日
 契約締結日=平成12年4月27日
 解除通知日=平成21年8月17日
 正当事由なし1=建築士の意見書は、耐震強度不足により建て替えを必要とするものと、補強工事が可能で建替えは不要とするものとに分かれている。
 正当事由なし2=建替えの必要性以外に、原告は自己使用の必要性を主張立証していない。
 正当事由なし3=被告はファッションパブの営業活動を行う為、本件居室を利用する必要性がある。
 正当事由なし4=被告は原告に対して保証金300万円(退去時20%償却)を入れており、賃借権の権利性を高めている。
 正当事由なし5=原告からの立退料480万円の提供では正当事由が認められない。
 
 解説=本件は、入居時に比較的高額の保証金を差し入れて営業開始しているので、賃借人が投下資本を回収し、収益を上げるという契約の目的を達する必要性があると判断されたと思われます。

※A東京地裁判決平成22年9月7日
 契約締結日=平成8年12月3日
 更新拒絶通知=平成20年8月28日
 正当事由なし1=昭和50年築の建物であるが、弁論の全趣旨から、耐震補強工事が可能である。
 正当事由なし2=被告は本物件により、食料品等を販売するディスカウントストアを営業しており、一定の収益を上げていることが認められるので、被告が本物件を使用する必要性は高い。
 正当事由なし3=原告の建替えの必要性は被告の使用利益を直ちに上回るほどではないので、立退料の提示によりこれを補完しうるが、家賃の11か月分(650万円)ではこれに足りないというべきである。

 解説=賃借人が店舗を営業し、これが現に一定の収益を上げている場合には、移転させることは酷であると考えることもできるので、原告側に移転先の紹介や、移転後も営業に支障が無いことの主張立証などが必要であったと考えられます。


以上のように、借地借家法施行後の裁判所の考え方は、借家関係に関する裁判例ですが、検討してみると、基本的に、従来の裁判所の判断の方法を踏襲していると考える事ができると思います。ここから直ちに借地借家法施行後の借地権についての正当事由の成立について判断を下すことはできませんが、従来の旧法借地権における判断の方法と基本的に変わらないものと、考えても良いでしょう。

しかしながら、借地借家法の施行後においては、正当事由を判断する際に、賃借人の保護の必要性について、より実質的な検討を行った上で判断を加えるようになったと考えることもできると思います。旧借家法時代の借家権に関する判例ですが、重要と思われる判例を引用します。

※ B東京高裁平成12年3月23日「控訴人らの本件建物の使用の必要性は、住居とすることに尽きている。そのような場合の立退料としては、引越料その他の移転実費と転居後の賃料と現賃料の差額の一、二年分程度の範囲内の金額が、移転のための資金の一部を填補するものとして認められるべきものである。」

この判例では、借家契約の目的が借主の住居を確保することであれば、他の住居を確保できるのであれば、移転しても差し支えないのではないか、という判断があります。「本件建物の使用の必要性は、住居とすることに尽きている」というのが、印象的な言い回しです。この判例では、やみくもに賃借人を保護するという考え方ではなく、賃貸借契約の目的を考え、それが達成されるなら、更新拒絶を認めてもよいのではないか、という考え方があります。賃貸の目的物が異なりますが、この判例からは、賃貸借契約に関する裁判所の基本的な考え方が読み取れると思います。この考え方は、居住用マンションの敷地に関する借地契約(または地上権設定契約)にも応用しうる考え方だと思います。


ここで、最近の(借地借家法施行後の)、借地権の更新拒絶の正当事由に関する裁判例を紹介したいと思います。(もちろん、借地借家法における借地権の契約期間は当面満了しませんので、すべて、旧法借地権に関する裁判例です。)

(4)旧法借地権に関して、立退料による正当事由の補完を認めた判例と検討

※@東京高裁判決平成11年12月2日
契約期間=平成9年10月時点で50年
建物建築後期間=平成9年10月時点で45年
立退料(引換給付判決)=1000万円(地代は1ヶ月3万5千円)
正当事由1=貸主の職業が、船宿業と、港湾工事業であるため、対象地のような港湾近くの川沿いの立地に居住する必要がある。
正当事由2=貸主らの家族7人は現在の住居が3畳間1室、6畳間3室、8畳間2室あるが、子供の年齢から考えて十分とは言えない。
正当事由3=昭和57年から平成8年まで、借主は対象地上の建物1階は荷物置場だった。2階は第三者に借家契約して貸し付けていたが、賃料滞納のため、占有廃除し、平成8年以降、借主が経営する公認会計士事務所の計算センターとして自己使用している。計算センターは、会計事務所とオンライン接続されており、接続ができる場所なら、どこでも構わない。
正当事由4=貸主は、借地権の負担付で土地を購入したが、建物の借り入れを提案したり、調停を申し立てるなどして、土地取得から15年を経過後に、更新の異議を述べている。
正当事由5=本事案では、貸主も借主も、土地利用の必要性は、いずれかが他方より明らかに大きいとまでいうことはできない。「控訴人らにも被控訴人らにも本件土地を使用する必要性が認められる。しかし、いずれかが他方より明らかに大きいとまでいうことはできない。」
正当事由6=貸主は、正当事由を補完するために、立退き料の支払を提案している。
正当事由7=借地上の建物が建築45年経過しているので、投下資本の回収は既に終了しているものと認められるので、建築資金の未回収分を立退き料として補填する必要はない。
正当事由8=本件借地契約では、契約当初に権利金が授受された事実は認められないので、権利設定の対価を清算するため、借地権価格に基く立退き料の算定は不要である。
正当事由9=立退き料の相当額は、「直近に支出した計算センターの改修工事費用」、「移転後の賃料との差額の5年分」、「移転に掛かる実費」を全て考慮にいれても、金1000万円を上回ることはない。(なお、平成10年の地代は1ヶ月3万5千円であった。)

解説=本件は、借主と貸主の双方に、相手方に比べて明らかに大きな自己使用の必要性が認められないケースで、「借地権設定時の権利金が無いこと」、「建築後45年経過して建築投下資本回収が認定できること」が大きかったと言えるでしょう。契約当初に建設した建物が老朽化するまで利用継続できたことにより、借地契約の目的を一応達成したと考える事ができます。貸主と借主の双方の土地利用の必要性が同程度又は、その差が小さい場合(いずれが他方より明らかに大きいとまでいうことができない場合)には、相当額の立退料の支払いによって、正当事由を具備したと判断したことが注意すべき点です。更新拒絶を求める地主側としては、「双方の土地利用の必要性に大きな差は無い」ということを主張立証することができれば良いのであり、逆に、借主側としては、「借地人の土地利用の必要性は、地主側に比べて明らかに大きい」ということを主張立証する必要があると言うことになります。
また、本件は、権利金の授受が無い場合ですが、借地権価格によらず、移転実費や家賃差額を主体として立退料を算定したことも画期的と言えます。


※A東京高裁判決平成12年4月20日(借地人から3名が借地を転借)
契約期間=大正8年頃締結し、80年が経過している。
建物建築後期間=35年、60年、62年、80年
立退料(引換給付判決)=更地時価の、19パーセント、23パーセント、39パーセント(借地権割合50%の土地)
正当事由1=貸主は、栃木県の特定優良賃貸住宅制度を利用して、本件土地上に、総戸数25戸の優良賃貸マンションを建設する計画を有している。
正当事由2=借主1は、82歳の高齢者であり、60年以上、借地上の建物に居住している。娘が2人居るが、いずれも直ちに引き取ることはできない状況にある。収入は、年金及び、借地上の建物の家賃収入であり、現在のままの生活を引き続きすることを強く希望している。
正当事由3=借主2、3は、夫79歳、妻71歳の夫婦であり、それぞれ、借地を転借し昭和23年と、昭和13年に、借地上の建物の居住を開始している。子供が3人居るが、いずれも直ちに引き取ることはできない状況にある。いずれも、年金収入による生活であり、現在のままの生活を引き続きすることを強く希望している。
正当事由4=借主4は、夫と、母親と、子供2人と共に居住している。建物内に設置された鉄工機械部品加工工場で働いて、収入を得ている。会社としては数年来利益が上がっていない。工場移転や転職が困難であるため、現在のままの生活を引き続きすることを強く希望している。
正当事由5=本件の借地契約は、「普通建物所有目的」で、「契約期間を定めずに」締結され、法定更新を経て、今回の契約期限までに80年が経過していた。
正当事由6=借地上の建物は、それぞれ建築後、35年、60年、62年、80年が経過している。
正当事由7=貸主は、各借地人に対して、更地の時価相当額の、14パーセント、21パーセント、28パーセントに相当する額の立退き料を提示している。また、「建物取壊収去費用を負担すること」、「転居先として、貸主が別途新築したばかりのマンションへの入居を提案したこと」、「明け渡した土地にマンションを建設した後は、優先的に入居を認めること」、も提示している。
正当事由8=対象地は、30年の間に、単なる住宅街から、私鉄駅前の立地に変身している。
 結論=「双方が本件土地を必要とする前記一、二のような事情、社会公益的見地からの考察、その他控訴人が被控訴人らに立退料の支払を申出ていること等一切の事情を総合して勘案すると、控訴人の本件更新拒絶には、右意思表示当時、控訴人において相当額の立退料を提供することによって正当の事由を具備していたものと認めることができる」

 解説=本件は、借地人側にも相当の土地利用の必要性が認められるものの、駅前立地に賃貸住宅を求めている多数の住民に対して優良な賃貸住宅を供給するという社会公益的な見地も認められて、正当事由が認められた事案です。貸主側が、借地権の清算金を提示したり、新たな住居の提供も申し出ていることが評価されています。一般的な借地契約では、建物を建築して所有して、自ら居住することがほとんどだと思いますが、一定期間の経過により、その目的が達成されたと評価していると考えられます。

(5)旧法借地権に関して、立退料による正当事由の補完を認めなかった判例の検討

※ @最高裁判所判決平成6年6月7日
正当事由なし1=貸主は、借地上の建物の賃借人(入居者)であったが、土地所有者から、借地権の存在を前提として、更地価格の2割程度の安価で買い受け、土地所有権を取得していた。
正当事由なし2=借地上の建物は、現に賃貸人らの店舗や住宅として使用されており、未だ朽廃の状態に至っているとは言えない。
正当事由なし3=借地人は、前借地人が死亡したことにより相続税の申告をしたところ、多額の相続税支払が必要となり、借地権を存続させることにより、その価値を維持し、これを第三者に譲渡して、相続税の支払いに充てる必要を生じた。

 解説=本件は、賃貸人が、借地上の建物を賃借しているという珍しい事例ですが、「賃貸人が更地価格の2割という安価で土地を買い受けていること」、「賃借人側に相続が発生し、多額の相続税支払いのために借地権譲渡許可の借地非訟を申し立てている」という事情においては、正当事由が認められないと判断しました。本件土地に関して、賃貸人も、賃借人も、社会経済(国税当局)も、全員が、借地権の価値の存続を前提としていることが認められたということでしょう。この判例は、現在においても、借地権価格の高い都心部などでは妥当する可能性が高いといえるでしょう。

 

4、(判例からの正当事由の要件の抽出)

裁判所の判断は、上記の様に、様々な判断がありますが、借地借家法の施行前後から、賃貸人の土地を必要とする事情を評価する際に、社会公益的な見地(土地の有効活用の見地)が多少加味されるようになったと考える事ができます。これは、特に都心部における、地価高騰や宅地不足を生じたことが原因となっているのかもしれません。各要件を列挙して、簡単に解説したいと思います。

(1)契約締結時の状況

あ)契約当初の、当事者の合意内容(特約の内容)が重要です。建物所有の目的で土地の賃貸を行うとして、その建物がどのような建物かが、重要です。居住用建物を建築するのか、事業用建物なのか、店舗なのか、工場なのか、確認してみましょう。事業用の場合は、その立地に特別の必要性があるのか、それとも、他の場所に移転することも可能なのか。

一般に、居住用の場合は、他の場所でも不都合は無いと判断されやすいでしょう。住居は、人が寝食するための場所ですから、その立地でないと生活できない、ということは通常ありえません。人は、どこでも、食事はできるし、寝ることもできるのです。

事業用の場合でも、事務所使用の場合は、近年の情報通信技術(IT技術)の進歩により、どの場所でもオンライン接続(ネット接続)が容易となっていますので、移転が容易と判断されやすいでしょう。電話番号やFAX番号や、メールアドレスを変更せずに、移転することができるわけです。

他方、特殊な立地条件により営業が成立している小売店舗・飲食店のような場合には、移転は困難と判断されやすいかもしれません。例として考えられるのは、都心の駅前一等地の店舗だとか、有名寺社仏閣前や有名観光地前の土産物店や飲食店などです。唯一無二の立地にあるような場合は、移転は困難と言えるでしょう。同じ様な条件の移転先を見つけることが困難でしょうし、移転してしまうと営業が成り立たない可能性があるからです。このような場合の地主側の利益は、更新料の増額や地代の増額改定によって図られることになります。

立地に特殊な必要性がある場合は、その特殊性が、契約書に特約として明記されているかどうか、確認が必要です。

い)借地契約書の特約では、特に、「増改築を制限する旨の借地条件」(借地法8条の2第2項、借地借家法17条第1項)が重要です。当初の借地契約書を確認することが必要です。契約締結当初、当事者間で、建物が老朽化した場合には、契約の更新をせず、土地を返還する合意があったかどうか、という点です。この条件は、ほとんどの借地契約書に定められていますので注意が必要です。

う)借地権設定にあたって、権利金はどれ位支払われたのか、それは更地価格の何割相当額か。特に、近年、バブル崩壊に伴って、権利金の下落が進行していますので、新築マンションの場合は、更地価格の何割相当額の権利金が入っているのか、確認してみるべきでしょう。

(2)従前の経緯

あ)地代の支払いは滞納していなかったかどうか。滞納があった場合は、滞納期間はどれくらいだったか。一般的に、半年〜1年以上の滞納があり、貸主側が固定資産税や都市計画税の支払いに苦慮したなどの事情がある場合は、当事者間の信頼関係が破壊され、更新拒絶が認められやすいでしょう。

い)過去の契約更新時に、更新料の支払いがなされたかどうか。その金額は、更地価格の何パーセントに相当する金額か。この金額が高ければ高いほど、当事者間で、借地権を維持する合意があったものと評価されやすいでしょう。

う)対象土地の近隣の立地条件に変化があったかどうか。例えば、市街化が進行して、用途地域の変更や、建蔽率や容積率の変更を生じ、周りに高層マンションが立ち並ぶに至っている場合に、木造住宅を所有させるための借地契約を存続させることは社会公益的見地からもふさわしくないと判断されやすいでしょう。特に、(契約当初は存在しなかった)新しい鉄道が敷設され、近所に駅が開業したというような場合には注意が必要です。

え)賃貸人と賃借人に変更があったかどうか。あった場合は、包括承継(相続、合併など)か、特定承継(売買)か。

包括承継の場合は、借地権の存続に関して、基本的に影響はないと考えられます。但し、契約締結から長期の期間が経過した後に相続が発生しているような場合には、同時に建物の老朽化も進行していると考えられますので、借地契約の目的を達していると評価されやすくなりますので、注意が必要です。

特定承継の場合は、賃貸人の交代の場合は、借地権負担付き土地所有権の売買として、どのような対価で所有権移転しているか。賃借人の交代の場合は、賃貸人からの承諾は得られているか。承諾に際して、金銭の対価が支払われているか。特に、賃貸人(土地所有者)の交代の場合には、その売買代金が更地価格の何割に相当する金額で売買されたかが重要となります。更地価格の2〜3割程度で取得している場合は、事実上、借地権の存続を前提として取得していると認定される可能性が高くなります。

(3)更新拒絶時の状況

あ)貸主が土地を必要とする事情。貸主の居住状況、就労状況が重要です。特に市街地の場合は、貸主が、土地の明け渡しを受けて、建物を新築し、賃貸住宅を供給するという、土地の有効活用を計画している場合でも、社会公益的見地から、正当事由が認められる可能性もあります。貸主が、更新拒絶時に、他に土地を所有しておらず、借家住まいをしているような場合は、土地の自己使用の必要性も高いと判断される可能性が高くなります。貸主と借主の土地利用の必要性の差が小さい場合には、立退料の提供により正当事由が具備されたと認められやすくなります。貸主側としては、勿論、貸主の方が土地利用の必要性が高いということを主張するわけですが、仮に借主の方が土地利用の必要性が高かったとしても、その必要性の差は小さく、相対的であり、経済的問題に帰着する、ということを主張立証することができれば良いことになります。

い)借主が土地を必要とする事情。借主の居住状況、就労状況が重要です。借主が借地上の建物に居住していない場合は、建物賃借人が入居し、賃料収入を得ている必要があるでしょう。借地人が居住せず、老朽化のために建物賃借人も入居していないような場合には、正当事由が認められる可能性が高まるでしょう。借主が、他に不動産を所有し、そこに居住することが出来るような場合は、正当事由が認められやすくなるでしょう。貸主と借主の土地利用の必要性の差が小さい場合には、立退き料の提供により正当事由が具備されたと認められやすくなります。借主側としては、貸主側よりも明らかに大きな土地利用の必要性があることを主張立証するべきでしょう。居住用建物であれば、移転すると生活が成り立たないことを主張立証すべきですし、事業用建物であれば、事業が立ち行かなく倒産する可能性が高いことを主張立証する必要があります。

う)建物の老朽化の程度。建物の建築後何年が経過しているか。借地契約の目的は、借主が建物を建築してこれを一定の寿命まで利用することにありますから、更新拒絶が認められるためには、建物の構造に応じて、投下資本の回収をなしえたと言える期間の経過は必要と思われます。例えば、国税庁が減価償却の計算に用いる為に定めている建物の法定耐用年数は、木造では24年、鉄筋コンクリート造では50年となっています。更新拒絶が認められるためには、少なくとも、この期間の経過は必要でしょう。また、借主が借地上の建物を建設するためにローンを組んでいる場合には、この支払いが終わっていることも必要でしょう。

え)立退料の提示。契約当初の権利金の清算に足りているか。借主の建設費用の未回収分の精算に足りているか。借主の移転実費が填補されているか。借主が移転後に家賃差額の負担をすべきときは、これが填補されているか。

お)貸主が借主の転居先を斡旋するなど、転居しても支障の無いことの主張立証を尽くしているか。貸主が、マンションの新築を計画している場合は、その新築建物への入居を提案していることも有効でしょう。

5、(増改築に関する判例紹介)

(1)借地権について、借地人が増改築を希望する場合に、賃貸人の承諾が得られない場合は、この承諾に代わる決定を裁判所に求める申立をすることができます(旧借地法8条の2第2項、借地借家法17条2項)。これを借地非訟手続といいます。管轄は、土地の所在地を管轄する地方裁判所です(旧借地法14条の2、借地借家法41条)。具体的な手続は、非訟事件手続法の規定が準用されています。増改築が認容される場合は、同時に付随処分として更地価格の3〜11%相当額の承諾料の支払いを命じる事例が多くなっています。また、地代は、決定時の適正水準とするため改定する事例が多くなっています。

<参考URL、東京地方裁判所民事22部の解説ページ>
http://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/tetuzuki/minzi_section22/index.html
http://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/tetuzuki/minzi_section22/syakuti_hisyou_about.html
http://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/tetuzuki/minzi_section22/syakuti_hisyou_flow.html

(2)増改築許可申立を認容した判例の紹介
※ @東京地裁昭和63年2月19日決定(増改築許可申立事件)
結果=全面改築認容
付随処分1=裁判確定後3ヶ月以内に更地価格の7%の給付金を地主に支払うことを条件とする。
付随処分2=賃料1ヶ月金39万1489円に改定(近隣の取引事例に適正な補正を加えて算定)

※ A東京地裁昭和63年6月9日決定(増改築許可申立事件)
結果=全面改築認容
付随処分1=裁判確定後3ヶ月以内に更地価格の3.9%の給付金を地主に支払うことを条件とする。
付随処分2=賃料1ヶ月金135万5000円に改定(公訴公課の倍率方式、底地利回り方式等により算定)

※ B東京地裁平成元年4月12日決定(増改築許可申立事件)
結果=全面改築認容
付随処分1=裁判確定後3ヶ月以内に更地価格の7%の給付金を地主に支払うことを条件とする。
付随処分2=賃料1ヶ月金56万9000円に改定(近隣の取引事例に適正な補正を加えて算定)

※ C東京地裁平成元年12月27日決定(増改築許可申立事件)
結果=全面改築認容
付随処分1=裁判確定後3ヶ月以内に更地価格の3.5%の給付金を賃貸人に支払うことを条件とする。転貸人には、更地価格の0.35%を支払うことを条件とする。
付随処分2=賃料1ヶ月金100万7813円に改定(公訴公課の推移、転貸借の特殊性を考慮)

※ D東京地裁平成3年2月18日決定(増改築許可申立事件)
結果=全面改築認容
付随処分1=裁判確定後3ヶ月以内に更地価格の5%の給付金を賃貸人に支払うことを条件とする。
付随処分2=賃料1ヶ月金68万円に改定(公訴公課の2倍程度の額を相当とする)

※ E東京地裁平成3年3月30日決定(増改築許可申立事件)
結果=全面改築認容
付随処分1=裁判確定後3ヶ月以内に更地価格の3%の給付金を賃貸人に支払うことを条件とする。
付随処分2=賃料1ヶ月金3万1240円に改定(固定資産評価替えに応じ、2割増額)

※ F東京地裁平成3年5月31日決定(増改築許可申立事件)
結果=全面改築認容
付随処分1=裁判確定後3ヶ月以内に更地価格の4%の給付金を賃貸人に支払うことを条件とする。

※ G東京地裁平成3年7月2日決定(増改築許可申立事件)
結果=全面改築認容
付随処分1=契約期間を増改築許可効力発生日から20年と改定(全面改築で賃貸用アパートであることを考慮)
付随処分2=裁判確定後3ヶ月以内に更地価格の10%の給付金を賃貸人に支払うことを条件とする。(契約期間の延長を伴う場合に当事者の公平を図るため類似事例に合わせた額とした)
付随処分2=賃料1ヶ月金7万480円に改定(期待利回り1パーセントで算定)

※ H東京地裁平成3年7月19日決定(増改築許可申立事件)
結果=全面改築認容
付随処分1=裁判確定後3ヶ月以内に更地価格の3%の給付金を賃貸人に支払うことを条件とする。
付随処分2=賃料1ヶ月金3万5350円に改定(固定資産税と都市計画税の合計額の3.41倍)

※ I東京地裁平成3年8月31日決定(増改築許可申立事件)
結果=全面改築認容
付随処分1=裁判確定後3ヶ月以内に更地価格の11%の給付金を賃貸人に支払うことを条件とする。(既存の平屋建居宅を取り壊し、2階建居宅と共同住宅を各1棟新築することを考慮)
付随処分2=賃料1ヶ月金3万300円に改定(近隣の地代水準、増改築に基く土地利用効率の増大を考慮)

※ J東京高裁平成15年6月13日決定(増改築許可決定に対する抗告事件)「本件建物が築70年以上経過し、相当に老朽化しており、本件土地の通常の利用上、建替えの必要性があることは明らかであって、その上で、本件増改築が本件各土地の通常の利用上相当であると認められることから許可すべきものとの判断に達したものである」「許可によって本件賃貸借契約更新の可能性が増加する点については、付随処分において考慮すれば足りる」

(3)増改築許可申立を棄却した判例の紹介と検討

※ @東京高裁平成12年7月28日決定(増改築許可決定に対する抗告事件)「借地権の存続期間の満了が近い場合に、建替え又は建替えに等しい大規模な増改築の許可を認容するためには、土地の利用上相当とすべき事由の存在等の要件を備えるほか、賃貸借契約の更新の見込みが確実であること及び現時点で右増改築を認容するための緊急の必要性があることを要するものというべきである。」「借地人は、平成9年の時点では本件建物を処分して伊東市内に所有する建物へ転居することを前提に本件借地権の処分を含む提案をし、抗告人らに拒絶された経緯があり、必ずしも当初から本件建物の増改築を予定していたとは認められない」「抗告人らのうちA及びBは、いずれも本件土地以外に不動産を有しておらず借家住まいであり、本件各土地に居宅を建てて居住する事を予定し、抗告人らは、更新拒絶の正当事由の補完として相当額の財産上の給付をする意向を有している」

※ A東京高裁平成13年3月13日決定(増改築許可決定に対する抗告事件)「相手方にとっては本件土地を使用する必要性がかなり高いと認められる一方、抗告人にとって本件土地を使用する必要性がそれほど高いとは認めがたいことを考慮すると、賃貸借期間満了時において本件借地契約の更新が拒絶される可能性も否定しがたいところであり、さらに、仮にその更新拒絶が認められないものとしても、本件建物が朽廃する時期もそれほど遠くないものと推認されるのである。また、本件借地契約の存続期間の満了が間近に迫っている一方、本件建物が現在利用されていない現状にあることにかんがみれば、抗告人において今直ちに本件増改築を行うべき高度の必要性があるとも認めがたい。」

※ B東京高裁平成13年11月9日決定(増改築許可決定に対する抗告事件)「借地権の存続期間の満了が近い場合に,建替え又は建替えに等しい大規模な増改築の許可の申立てを認容し,これに伴って期間満了の際に新しい建物が存在するときには,借地権設定者には,〔1〕古い建物が存在する場合と比較して,更新拒絶の正当事由が具備し難くなるという不利益,〔2〕期間満了の際,更新されずに借地権者から建物買取請求権を行使された場合には,建物買取価額の増加により経済的負担が重くなるという不利益,〔3〕建物買取のための資金を調達することができず,事実上,更新拒絶を断念せざるを得ない事態にもなるという不利益などが生じることが考えられる。したがって,借地権の存続期間の満了が近い場合には,土地の利用上相当とすべき事由の存在等の要件を備えるほか,〔1〕賃貸借契約更新の見込みが確実であるといえる場合であるか,〔2〕更新の成否について本案訴訟による確定を待つことなく,現時点において増改築許可の申立てを認容しなければならない緊急の必要性が存する場合でない限り,建替え又は建替えに等しい大規模な増改築の許可の申立てを認容するのは相当でないと解される。」「確かに,相手方が現時点において更新拒絶の正当事由として主張している事情のみでは,相手方の本件土地の自己使用の必要性は高度なものとは言い難いが,他方,抗告人自身も,現在は本件土地に居住していないことを併せ考慮すると,相手方が立退料等の財産上の給付を提供することによって,正当事由を補完することができる余地があるものと考えられるところ,当審における審尋の結果によれば,相手方は,立退料を提供する意思を有していることが認められるのであるから,借地権の存続期間満了時に更新拒絶の正当事由が具備される可能性を否定することはできない。」


以上の判例を見ると、増改築の許可は、かなり、借地契約の更新時の更新拒絶の正当事由の有無とリンクしていることがわかります。正当事由が有り更新拒絶が認められる可能性のあるケースであれば増改築も認められませんし、正当事由が無く更新の見込みが高い場合には増改築も認められやすいということになります。

6、(借地権マンションにおける、契約更新と、建替えについて)

居住用マンションの借地権の契約更新と建替えについて検討してみたいと思います。

(1)借地権設定契約書の内容

やはり、借地権設定の契約書における、「契約の更新」や「建替え」に関する特約の内容が重要です。契約締結の目的を定めた条項も重要でしょう。特約の内容のうち、更新の可能性や建替えの可能性をゼロにしてしまうような趣旨の特約については、定期借地権の契約の場合を除いて、借地権者に不利な特約として借地借家法21条(旧借地法11条)により無効とされますが、「貸主の自己使用の必要がある場合は、借主は建て替えをせず、借地を返還する」、という程度の条項であれば、定められている可能性が高いと言えます。逆に、「賃貸人は、正当な理由なく建替えの承諾をこばむことができない」というような条項が定められている場合もあります。いずれにしても、建て替えを無条件に承諾するような契約書はほとんど無いと思いますので、契約書の精査が必要です。新築マンションの購入を検討されている場合は、地主とデベロッパーとの間で締結された借地契約書の「更新に関する条項」と「建替えに関する条項」がどうなっているか、確認してみると良いでしょう。

借地権設定時の権利金の金額や、契約更新時の更新料の定めも確認すべきでしょう。この権利金の金額や更新料の金額が、路線価図における借地権割合に比べて著しく低い場合は、建物老朽化後や建替え後も借地権を存続させることについて当事者の合意があったとは認められないからです。逆に、都心の一等地などで路線価図における借地権割合が80パーセントや90パーセントになっているなど、借地権の価値が高いとされている地域の土地に関して、契約当初から当事者が借地権設定の重大性を相互に認識し、更地価格に近い高額の権利金の授受がなされていたようなケースでは、借地権の存続が認められやすいでしょう。

(2)期間満了時の各当事者の個別事情

契約期間満了時の地主側の土地利用を必要とする事情と、借主側の土地利用を必要とする事情の比較が重要ですが、判例上、「いずれかが他方より明らかに大きいとまでいうことはできない」ケースでは、「要は経済的な問題に帰着する」ので、立退料の支払いと引き換えに、建物を収去して土地を明け渡せ、という判決が出る可能性があります。借主側としては、貸主に比べて、借地権を存続させ、建て替えを行う必要が絶対的に高い、ということを主張立証する必要があります。企業であれば、移転すると営業が立ち行かなくなり倒産してしまうおそれがあることを主張立証する必要があるでしょう。居住用マンションであれば、(通常は困難と思われますが)移転すると借地人の生命の危険があることを主張立証することができれば正当事由は認められにくいことになります。逆に、貸主側としては、借地契約を終了させ、再開発により建物を新築した後に、旧借地人を優先的に入居させる(借家契約を締結する)という提案を行うことが有効でしょう。

一般論として、居住用マンションの場合、借主側は、個々の居住者であり、建替えによりマンションの資産価値を維持する必要性は勿論あるのですが、立退料により経済的に損失が填補され当事者の公平が図られるのであれば、別の場所にマンションを購入したり賃借したりすることも可能と考える事ができますので、建物老朽化後の契約期間の更新や建替えに関して、地主に比べて若干不利な側面があるといわざるを得ません。借主側としては、対象の土地の特殊性に着目した主張立証が必要と思われます。

(3)土地の利用状況

増改築許可を定めた借地借家法17条2項(旧借地法8条の2第2項)は、「土地の通常の利用上相当とすべき増改築」と規定しています。つまり、賃貸目的土地の特性に鑑みて、社会経済上、不相当な増改築は認められない、ということです。つまり、借主側が増改築許可の申立を行う場合は、土地の現在の状況に相応しい開発計画を提示することが必要である、ということです。これは、地主側が更新拒絶に際して開発計画を提示する場合にも当てはまることです。例えば、地主側が、近隣土地所有者と共同して、一体開発を提案しているような場合には、正当事由が認められる可能性も高まるでしょう。ですから、地主側と、借主側と、どちらがより社会公益的な見地にかなう開発計画を提示できるか、という闘いになると思います。

(4)一部借地権マンションの場合

マンションの敷地利用権が、所有権と借地権の併用になっている場合は、その面積の割合によって、建替えの可能性も変わってくるでしょう。ほとんどの敷地が所有権になっていて、半分以下のわずかの敷地が普通借地権になっているような場合で、再建築する場合に、その借地部分も必要不可欠の部分となっているような場合は、借主側の土地利用の必要性が極めて高いと言えますので、基本的に、建替えも可能と考えて良いでしょう。逆に、ほとんどの敷地が借地権になっているようなケースでは、全部が借地権のマンションと同様の判断となる可能性が高まると言えます。


7、(まとめ)

以上の様に、借地契約の更新と建替えについては、一概に、どうなる、という結論はありませんが、更新拒絶を行う地主側としては、最大限の主張立証を行う必要があることになります。平成23年の東日本大震災ではマグニチュード9.0の大地震により最大震度7を観測しました。建築基準法の耐震基準が大きく改正された、1981年(昭和56年)6月1日以前に建築確認を受けた建物の耐震性には現行基準に比べて問題のある場合が多いと言われています。建築士による建物の耐震診断を実施すると、マンションの建て替えが必要となっていることが判明するケースも多いと思います。地主側としては、安全なマンションに建替えるために、建築計画を立案し、借主側に提案していくことが必要でしょう。上記検討してきたように、正当事由の具備や、建替えに関する増改築許可を決める際には、様々な要素が複雑に作用することになります。借地権の更新と増改築に詳しい弁護士に相談しながら、慎重に手続を進める事をお勧めいたします。


<参照条文>

不動産登記法第81条(賃借権の登記等の登記事項)賃借権の登記又は賃借物の転貸の登記の登記事項は、第五十九条各号に掲げるもののほか、次のとおりとする。
一  賃料
二  存続期間又は賃料の支払時期の定めがあるときは、その定め
三  賃借権の譲渡又は賃借物の転貸を許す旨の定めがあるときは、その定め
四  敷金があるときは、その旨
五  賃貸人が財産の処分につき行為能力の制限を受けた者又は財産の処分の権限を有しない者であるときは、その旨
六  土地の賃借権設定の目的が建物の所有であるときは、その旨
七  前号に規定する場合において建物が借地借家法第二十三条第一項 又は第二項 に規定する建物であるときは、その旨
八  借地借家法第二十二条 前段、第二十三条第一項、第三十八条第一項前段若しくは第三十九条第一項又は高齢者の居住の安定確保に関する法律 (平成十三年法律第二十六号)第五十六条 の定めがあるときは、その定め

不動産登記法第78条(地上権の登記の登記事項)地上権の登記の登記事項は、第五十九条各号に掲げるもののほか、次のとおりとする。
一  地上権設定の目的
二  地代又はその支払時期の定めがあるときは、その定め
三  存続期間又は借地借家法 (平成三年法律第九十号)第二十二条 前段若しくは第二十三条第一項 の定めがあるときは、その定め
四  地上権設定の目的が借地借家法第二十三条第一項 又は第二項 に規定する建物の所有であるときは、その旨
五  民法第二百六十九条の二第一項 前段に規定する地上権の設定にあっては、その目的である地下又は空間の上下の範囲及び同項 後段の定めがあるときはその定め

借地借家法第22条(定期借地権)存続期間を五十年以上として借地権を設定する場合においては、第九条及び第十六条の規定にかかわらず、契約の更新(更新の請求及び土地の使用の継続によるものを含む。次条第一項において同じ。)及び建物の築造による存続期間の延長がなく、並びに第十三条の規定による買取りの請求をしないこととする旨を定めることができる。この場合においては、その特約は、公正証書による等書面によってしなければならない。

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