マンション建替円滑化法の手続きについて (最終改訂平成27年10月9日)

マンション建替え決議の必要となる背景等についてはこちらを御参照下さい。

竣工から40年以上経過するなど、老朽化したマンションの建替え手続きについて解説致します。


1、  建築基準法の耐震基準は、大地震や技術革新があるたびに改訂見直しされてきています。その中でも大きな改訂と言われているのが、昭和53年の宮城県沖地震を受けて策定された、昭和56年(1981年)6月の耐震基準の見直しです。宮城県沖地震は最大震度5の地震でしたが、家屋の倒壊やブロック塀の倒壊で多数の死者を出しました。新しい耐震基準では、「震度5強程度の中規模地震では軽微な損傷、震度6強から7程度の大規模地震でも倒壊は免れる」ことを目安に建物の耐震設計を行うことが義務付けられています。1981年6月1日以降に建築確認を受けた建物を、新耐震基準に適合する建物と言います。新耐震基準施行前に建築確認を受けて建設された建物は、旧耐震基準の建物と言われます。建築基準法では、過去に建てられた建物の耐震性を現行基準に合わせて改修することまでは求められていませんが、旧耐震基準の建物の所有者は、建物の耐震性を確かめたり、耐震補強工事をしたりすることが増えています。建物の耐震性を高める手段の一つとして、建物の建替えが検討されることも多いようです。

 戸建て建物であれば、1名〜数名の所有者が建替えを決意すればすぐに建替えを実行することができますが、マンションの場合は、土地と建物を多数の入居者で共有し、専有部分の他に共用部分もあって通常の戸建て建物よりも権利関係が複雑になっており、民法の特別法として、建物の区分所有等に関する法律(以下、区分所有法)が定められています。

 民法の共有に関する規定では、共有物の保存行為は各共有者が単独で行うことができ(民法252条但し書き)、管理行為は共有者の過半数で決定し(民法252条本文)、変更行為は共有者の全員の合意によって行う旨(民法251条)が規定されています。共有物の管理行為については過半数の同意が必要ですし、建替えは共有物の変更行為にあたりますから、民法上は、共有者全員の同意がなければ、建物の建替えを行うことはできないことになってしまいます。

民法第251条(共有物の変更)各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができない。
第252条(共有物の管理)共有物の管理に関する事項は、前条の場合を除き、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。

 しかしそれでは多数の区分所有者が存在するマンションの運営に支障があると考えられることから、区分所有法では、区分所有者の決議により管理者を選任して、その管理者が管理行為を行うことができ、変更行為にあたる建物の建替えについても、全員の同意ではなく、区分所有者及び議決権の5分の4以上の多数決により決議し得ると規定されています(区分所有法62条第1項)。

区分所有法第62条(建替え決議)
第1項 集会においては、区分所有者及び議決権の各五分の四以上の多数で、建物を取り壊し、かつ、当該建物の敷地若しくはその一部の土地又は当該建物の敷地の全部若しくは一部を含む土地に新たに建物を建築する旨の決議(以下「建替え決議」という。)をすることができる。


2、  従って、マンションの建て替えを行う場合には、区分所有法62条1項の決議をすることが必須となりますが、それを考える前に、まず最初に検討すべきことは、マンションの建て替えを考えるのか、改修を考えるのかということです。マンションの老朽度を判定して、どちらの方向性に進むべきか考える必要があります。この点について、国土交通省の「マンションの建替えか修繕かを判断するためのマニュアル」がありますので、参考にして下さい。

※国土交通省「マンションの建替えか修繕かを判断するためのマニュアル(平成22年7月)」
http://www.mlit.go.jp/common/001064889.pdf

 これに基づいて、建物の老朽度判定を行い、マンションの改修工事と建替え工事にそれぞれどれくらいの費用が掛かるのか検討し、費用対効果も考えて、耐震改修工事を行うのか、建替え工事を行うべきか方針を決定することになります。

 建物の老朽度判定は、管理組合自身による簡易判定と、専門家による詳細判定があります。前者は、組合員自身が書面確認や目視による確認作業でチェックシートを完成させることにより簡易に判定する方法であり、後者は、専門家による設計図面チェックや、目視確認、コンクリートのクラックゲージ測定や、コンクリート強度を測定するハンマー試験などによる老朽度の判定です。後者は費用がかかることですが、あくまでも調査ですから、建替えの是非を決めるよりは同意が得られやすいでしょう。また、建替え決議のように議決権の5分の4の特別決議は必要ではなく、管理組合総会の過半数の決議で手続きを進めることができます。


3、  区分所有法の規定だけでは老朽化したマンションの建替えが進展しなかったことから、平成14年6月にマンション建替円滑化法が制定され、これを受けて国土交通省の「マンションの建替えに向けた合意形成に関するマニュアル」が整備されました。

※国土交通省「マンションの建替えに向けた合意形成に関するマニュアル(平成22年7月)」
http://www.mlit.go.jp/common/001064895.pdf

 この法律では、権利変換手続きを用いることにより、抵当権者や賃借人などの利害関係人が居ても、必ずしもその同意が得られない場合でも手続きを進めることができるようになりました。権利変換期日に、旧来の建物の区分所有者が有する敷地利用権は消滅し、新たな建物を取得する区分所有者に帰属することになります(円滑化法70条1項)。また、権利変換期日に、旧来の建物の所有権は建替組合に所属することになり、再建後のマンションの区分所有権は、権利変換計画に従って、旧来の建物の区分所有者が取得することになります(円滑化法71条1項、同条2項)。


前記マニュアルに従って、マンション建替えの手続きの概要を列挙致します。

ステップ1=準備段階:建替えの提起のための検討
  その1、組合員の有志による勉強会の発足
  その2、建替え情報の収集=法規制・床面積など基礎的情報を収集する
  その3、建替えに関する基礎的検討=現在の建物の不満や改善ニーズをまとめ、それが建替えによりどのように改善するのか検討する
  その4、建替えの提起のための検討=勉強会の検討成果(建替えイメージ)を管理組合に提示して、管理組合として建替えを検討するかどうか、総会の議題をとりまとめる。

 建替えイメージとは、組合員が取得できる権利床の面積はどれくらいになるか、各組合員の建設費用の負担はどれくらいになるか、容積率の余剰などによりどれくらいの保留床を生ずるのか生じないのか、保留床を建設費用と等価交換することにより建設費用を削減できるか、などの見通しの概要です。勿論、何階建てのどのような形の建物になるか、ということも含まれるでしょう。


ステップ2=検討段階:建替え構想と建替えの必要性の検討
  その1、管理組合における検討組織の設置=建替え検討委員会などを設置する。
  その2、専門家の選定=専門家への依頼内容の明確化と選定方法の検討
  専門家への依頼内容の例は、次の通り。
建替え検討委員会の運営に関する指導・助言/区分所有者の意向把握と個別対応/マンションの老朽度判定/建替え構想の立案/建替えと修繕・改修との比較/関係機関等との協議/法令調査アドバイス
  その3、建替え構想の策定と建替えか修繕・改修かの検討=老朽度判定を行い、管理組合として、修繕に留めるのか、建替えを推進するのか、意思決定を行う。
  その4、建替え推進決議(建替えを計画することの合意)=建替えの具体的な計画を策定することの意思決定を行う。


ステップ3=計画段階:建替え計画の策定段階
  その1、管理組合における計画組織の設置=建替え計画委員会などを設置する。
  その2、専門家及び事業協力者の選定=容積率の割り増しなどにより外部に販売できる保留床を生じる場合は、販売力や提案力のあるデベロッパーを選定することが求められる。
  その3、建替え計画の検討と意見交換による計画の調整・修正=建替え計画案を策定し、区分所有者や近隣住民や関係団体にも提示・説明して、必要な調整・修正を行う。
  その4、建替え決議(建替え計画を前提とした建替えの合意)=区分所有法62条1項の決議を行う。

 以上の通り、区分所有法62条1項の決議を経た場合は、マンション建替円滑化法に従い権利変換手続きを行うことにより、抵当権者や賃借人などの利害関係人が居る場合でも円滑に建替えを進めることができます。借家権について、円滑化法60条4項、抵当権などの担保権について、円滑化法73条が権利の移行を規定しています。

円滑化法60条4項 権利変換計画においては、第五十六条第三項の申出をした者を除き、施行マンションの区分所有者から施行マンションについて借家権の設定を受けている者(その者が更に借家権を設定しているときは、その借家権の設定を受けている者)に対しては、第一項の規定により当該施行マンションの区分所有者に与えられることとなる施行再建マンションの部分について、借家権が与えられるように定めなければならない。ただし、施行マンションの区分所有者が第五十六条第一項の申出をしたときは、前項の規定により施行者に帰属することとなる施行再建マンションの部分について、借家権が与えられるように定めなければならない。

第73条(担保権等の移行)施行マンションの区分所有権又は敷地利用権について存する担保権等の登記に係る権利は、権利変換期日以後は、権利変換計画の定めるところに従い、施行再建マンションの区分所有権又は敷地利用権の上に存するものとする。


 また、平成26年6月のマンション建替円滑化法の改正では、新たに「マンション敷地売却制度」も導入されました。これは、区分所有者がマンションの敷地を一括してデベロッパー等に売却することにより、各区分所有者は分配金取得計画に従って、分配金を取得することができるというものです。この場合は、各区分所有者が分配金を取得した後で、別途、新しい耐震基準に適合する新築または中古の建物を購入することにより、従来の建物が耐震性不足により危険であるという問題を解決することができます。マンションの敷地を一括購入したデベロッパー等は、新たに建物を建築し、これを一般に売り出すことにより事業を成立させることができ、結果として旧耐震基準の建物の建替えが促進されたことになります。

マンション建替円滑化法 第142条(分配金取得計画の内容)
第1項  分配金取得計画においては、国土交通省令で定めるところにより、次に掲げる事項を定めなければならない。
一  組合員の氏名又は名称及び住所
二  組合員が売却マンションについて有する区分所有権又は敷地利用権
三  組合員が取得することとなる分配金の価額
四  売却マンション又はその敷地に関する権利(組合員の有する区分所有権及び敷地利用権を除く。)を有する者で、この法律の規定により、権利消滅期日において当該権利を失うものの氏名又は名称及び住所、失われる売却マンション又はその敷地について有する権利並びにその価額
五  第百五十五条の規定による売却マンション又はその敷地の明渡しにより前号に掲げる者(売却マンション又はその敷地を占有している者に限る。)が受ける損失の額
六  補償金の支払に係る利子又はその決定方法
七  権利消滅期日
八  その他国土交通省令で定める事項
第2項 売却マンションに関する権利又はその敷地利用権に関して争いがある場合において、その権利の存否又は帰属が確定しないときは、当該権利が存するものとして、又は当該権利が現在の名義人(当該名義人に対して第百八条第十項において準用する区分所有法第六十三条第四項又は第百二十四条第一項の規定による請求があった場合においては、当該請求をした者)に属するものとして分配金取得計画を定めなければならない。


4、 建替え手続きに際して法律面で最も注意すべき点は、建替組合認可処分取消訴訟又は設立認可処分無効確認訴訟です。マンションの管理組合では、マンション建替え円滑化法に基づいて、建替組合を設立して、都道府県知事(市の区域内では市長)の認可を受けて、権利変換手続きを開始することができますが、その際の手続きに瑕疵や疑問点があると、反対する組合員から行政訴訟である「建替組合認可処分取消訴訟」や「建替組合認可処分無効確認訴訟」が提起されることがあります。行政訴訟が提起されても、行政処分の効力は停止しないことが原則になります(行政事件訴訟法25条1項=執行不停止の原則)が、建替え手続きが事実上遅延してしまうことは避けられません。参考のために、判例を紹介します。

東京地方裁判所 平成24年9月25日判決(東京高裁平成25年3月14日判決で控訴棄却)
『第3 当裁判所の判断
1 区分所有法は,区分所有建物について老朽化,損傷等により建替えが必要になったにもかかわらず,区分所有者の1人でも反対するときは,建替えを実現することができなくなることを避けるため,区分所有者による建替え決議の制度を設け,区分所有者及び議決権の各5分の4以上の多数により建替えの決議がされた場合には建替えを実施できることとし(同法62条参照),これにより,建替えが必要とされる建物について円滑な建替えの実施と,建替えによって大きな影響を受ける区分所有者の権利利益の保護との調和を図っている。
そうすると,区分所有建物の建替えを実施できるか否かは,建替え決議の成否にかかることになり,区分所有者の議決権の行使は区分所有建物の建替えにとって重要な意味を有するところ,区分所有者が,建替え決議の議決権の行使を行うに当たっては,建替えに関する重要な事項,すなわち再建建物の概要, 現建物の取壊しや再建建物の建築に掛かる費用やその分担方法,現建物において有する区分所有権が再建建物でどのように扱われるのかなどについて定められていないとその議決権を適切に行使することはできない。そこで,区分所有法は,建替え決議において定めなければならない決議事項として,同法62条2項1号において,「再建建物の設計の概要」を,同項2号において,「建物の取壊し及び再建建物の建築に要する費用の概算額」を,同項3号において, 「建物の取壊し及び再建建物の建築に要する費用の分担に関する事項」を,同項4号において,「再建建物の区分所有権の帰属に関する事項」を定め,これらの事項が明示されることによって,区分所有者の適切な議決権の行使を確保しようとした。そして,同項4号にいう「再建建物の区分所有権の帰属に関する事項」は,現建物における区分所有権が,再建建物における区分所有権としてどのような扱いを受けることになるのかという,区分所有権者が議決権を行使するに当たって重大な関心を持つ事項について,これを決議事項として明示しておくことを必要としたものと解される。
このように区分所有法62条2項各号に定める決議事項は,区分所有建物の建替えに重大な意味を持つ建替え決議が適切に行われることを確保するためのものであることからすれば,上記各事項ができる限り具体的に定められていることが望ましい。
2 しかしながら,実際には,建替え決議が行われてから現実の取壊しや再建建物の建築までの間に相当程度の時間が掛かり,その間に種々の費用の変動なども予想されるところであり,また,建替え決議に賛成しなかった者が建替えに参加するかどうかなどの諸手続を経て,現実の建替え参加者が決まる仕組みになっている(区分所有法63条1項ないし4項,64条参照)ことなどから, 建替え決議の段階で,決議事項の内容の詳細を具体的に定めることは不可能であると言わざるを得ない。このことは,同法62条2項各号が,「設計の概要」(1号)あるいは「費用の概算額」(2号)というように定めていることからも明らかである。
そして,区分所有法62条2項4号にいう「再建建物の区分所有権の帰属に関する事項」についても,できる限り具体的に定められていることが望ましいが,上記のとおり,区分所有法においては,建替え決議の後に,一定の手続を経て,現実の建替え参加者が定まる仕組みになっていることから,建替え決議において,再建建物のどの専有部分を誰が取得するか,あるいはその場合の清算価格がいくらになるかなどについて具体的に定めることは不可能である。そこで,同号の「再建建物の区分所有権の帰属に関する事項」という決議事項については,現建物の区分所有権が再建建物においていかなる扱いを受けるのか, すなわち,現建物の区分所有者が,どのようにして再建建物の区分所有権を取得することになり,また,清算額が定まることになるのか等についての基準ないしルールが定められていることが必要であり,かつ,それをもって足りると解すべきである。
3   そして,区分所有法には,区分所有建物の建替え決議において,敷地利用権について,現建物の敷地利用権の価格や再建建物の敷地利用権の内容や価格など何らかの事項について決議を行うことを定めた規定は存在しないところ,これは,敷地利用権は,一般に各区分所有者の専有部分の面積に応じた割合で与えられるのが通常であって,建替え決議においてあえて決議する必要性に乏しいし,仮に再建建物の敷地利用権について特別の定めをするのであれば,それは,建替え決議においてではなく,実際の建替え参加者が確定した後に,その者たちの合意によって行うことが合理的であるからであると解される。
そうすると,区分所有法は,建替え決議における決議事項として,現建物及び再建建物の敷地利用権の価格や内容について定めることを求めていないと解すべきである。』


 この判例では、建替え決議に際して、現建物の所有者が再建建物における区分所有権としてどのような扱いを受けることになるのかという重大な関心事項についてはできる限り決議事項として事前に明示することにより適切な議決権の行使を確保することが必要であるとしながらも、現実には、建替え決議から建物の取り壊しや再建築までには相当程度の時間が掛かり、その間に種々の費用の変動なども予想されることから、決議事項の詳細を具体的に定めることは不可能であるから、各区分所有者が負担すべき精算額を定めるための基準やルールが定められていることが必要であり、かつ、それで足りるとしています。建替え決議案を作成する際には、顧問弁護士と協議して、この判例が要求する、精算額を定めるための基準やルールが適切に提示されているかどうか、事前にチェックすることが必要です。


東京地方裁判所 平成24年12月25日判決(東京高裁平成25年5月21日判決で控訴棄却)
『2 争点(2)(本件処分の適法性−本件処分が円滑化法9条1項,12条1号, 同条2号及び同条10号に違反するか否か)について
(1) 原告らは,国土交通省が作成した本件マニュアルは法的拘束力を有する法令というべきであり,本件マニュアルに定められている「建替え計画」に基づかない本件一括建替え決議は違法である旨主張する。
ア そこで検討するに,証拠(甲1,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

(ア) 国土交通大臣は,平成14年12月19日,円滑化法4条1項に基づいて「マンションの建替えの円滑化等に関する基本的な方針」(国土交通省告示第1108号。以下「基本方針」という。)を定めたところ,同法4条2項2号により基本方針において定めなければならないとされている「マンションの建替えに向けた区分所有者等の合意形成の促進に関する事項」として,「国は,区分所有者等の合意形成の進め方に関する指針を作成し,地方公共団体と連携し,その普及に努めることとする。」と規定されていた。
そして,国土交通省は,上記の指針として「マンションの建替えに向けた合意形成に関するマニュアル」(本件マニュアル)を作成した。 本件マニュアルは,マンションの建替えに向けた合意形成を円滑に進めるための手引書として作成されたものであり,建替え決議がされるまでの合意形成の基本プロセスは,有志による建替え提起に向けての勉強段階である第1段階,管理組合による建替えを計画することの合意に向けて建替えの必要性や建替え構想の検討段階である第2段階,管理組合による建替え決議に向けた「建替え計画」の策定段階である第3段階から成ることが記載されている。
イ 以上のような本件マニュアルの作成経緯や内容からも明らかなように, 本件マニュアルは,マンションの建替えに向けた合意形成を円滑に進めるための指針又は手引書として作成されたものにすぎず,法令の委任に基づく法的拘束力を有するものでないから,本件マニュアルの記載に違反していたとしても,本件一括建替え決議が直ちに区分所有法や円滑化法に違反する違法なものとなるものではないことはいうまでもない。
そして,上記のとおり,本件マニュアルには「建替え計画」を策定することが記載されているものの,区分所有法上及び円滑化法上,一括建替え決議をする前に区分所有者の合意に基づく「建替え計画」を策定することが求められているわけではなく,他に一括建替え決議が「建替え計画」に基づいていることが決議の適法要件となっていると解すべき根拠はない。
したがって,この点についての原告らの主張は採用することができない。
(2) また,原告らは,本件事務要領の変更が4分の3以上の多数による集会の決議に基づいておらず,その内容も不公正なものであるから,本件事務要領に基づいて行われた本件一括建替え決議の手続は違法であり,本件一括建替え決議を前提とする本件処分も違法である旨主張する。
まず,本件事務要領は,建替え決議における議決権行使の事務の取扱方法について定めたものにすぎないと解されるところ,このような事務取扱いの方法は,区分所有法において「規約」によってのみ定めるべきとされている事項には該当しないし,本件全証拠によっても,本件事務要領がA住宅管理組合の「規約」の一部を成すものであるとは認められない。そうすると,本件事務要領を理事会の決定により変更し,変更後の本件事務要領に基づき本件一括建替え決議がされたことをもって,本件一括建替え決議が違法であるとはいえない。
そして,A住宅管理組合の理事会が,本件一括建替え決議に当たって,変更後の本件事務要領に基づいて,円滑な事務遂行を図るために議決権行使書を決議のための集会に先立って開封したとしても,そのことから本件一括建替え決議が違法となると解すべき理由はない。
したがって,この点についての原告らの主張は採用することができない。
(3) 以上によれば,本件処分に重大かつ明白な瑕疵が存在するとはいえず,そのほか,本件処分に重大かつ明白な瑕疵が存在することをうかがわせる事実はないから,本件処分が無効であるとはいえない。』


 この判例では、23棟の建物から成る団地の一括建替え決議に際して、事前に「マンションの建替えに向けた合意形成に関するマニュアル」に記載されている「建替え計画」の手続きを省略して決議されたので違法であるという主張と、理事会の決議により「建替え決議に向けての議決権行使のための取扱い事務要領」を変更して、総会の前に事前に議決権行使書を開封したことが違法であるという主張がなされましたが、いずれも請求棄却されています。マニュアルには法的拘束力は無いものの、マニュアルから逸脱した手続きを多用することは、反対住民からの訴訟提起リスクを増加させてしまうことになると考えるべきでしょう。顧問弁護士が就任していれば、手続きを進める際にマニュアルからの逸脱がどの程度許されるか、アドバイスを受けることができます。


5、 上記の「マンションの建替えに向けた合意形成に関するマニュアル」でも、弁護士等の専門家の関与が必須である旨が明記されておりますが、弁護士が関与する場合は、管理組合の立場に立って、管理組合と行政庁、管理組合と事業協力者など第三者との間の契約書などの法的検討や手続きの進め方について法的な助言を行うことが考えられます。弁護士と管理組合の契約内容は自由に協議して決めることができますが、建替えが終了するまでの間の法律顧問契約を締結することが考えられます。顧問契約の内容によって、定期的に管理組合や建替え組合の会議にアドバイザーとして出席することもできるでしょう。マンションの建替えは、多数の法令が関係し、多数の法律文書が必要となる手続きです。法律顧問に随時相談することができれば、建替えに関する手続きが関係法令に適合しているかを法的にチェックして、後日のトラブル予防のためのアドバイスを受けることができます。また、万一訴訟問題になってしまった場合でも、従来の経緯を理解している顧問弁護士が代理人に就任すれば、訴訟手続きも円滑に進行できることが期待できるでしょう。マンションの建替え等を検討する際は、お近くの法律事務所に法律顧問を依頼できるかどうか、問い合わせをしてみると良いでしょう。


※参考条文
区分所有法第62条(建替え決議)
第1項 集会においては、区分所有者及び議決権の各五分の四以上の多数で、建物を取り壊し、かつ、当該建物の敷地若しくはその一部の土地又は当該建物の敷地の全部若しくは一部を含む土地に新たに建物を建築する旨の決議(以下「建替え決議」という。)をすることができる。
第2項 建替え決議においては、次の事項を定めなければならない。
一  新たに建築する建物(以下この項において「再建建物」という。)の設計の概要
二  建物の取壊し及び再建建物の建築に要する費用の概算額
三  前号に規定する費用の分担に関する事項
四  再建建物の区分所有権の帰属に関する事項
第3項  前項第三号及び第四号の事項は、各区分所有者の衡平を害しないように定めなければならない。
第4項  第一項に規定する決議事項を会議の目的とする集会を招集するときは、第三十五条第一項の通知は、同項の規定にかかわらず、当該集会の会日より少なくとも二月前に発しなければならない。ただし、この期間は、規約で伸長することができる。
第5項  前項に規定する場合において、第三十五条第一項の通知をするときは、同条第五項に規定する議案の要領のほか、次の事項をも通知しなければならない。
一  建替えを必要とする理由
二  建物の建替えをしないとした場合における当該建物の効用の維持又は回復(建物が通常有すべき効用の確保を含む。)をするのに要する費用の額及びその内訳
三  建物の修繕に関する計画が定められているときは、当該計画の内容
四  建物につき修繕積立金として積み立てられている金額
第6項  第四項の集会を招集した者は、当該集会の会日より少なくとも一月前までに、当該招集の際に通知すべき事項について区分所有者に対し説明を行うための説明会を開催しなければならない。
第7項  第三十五条第一項から第四項まで及び第三十六条の規定は、前項の説明会の開催について準用する。この場合において、第三十五条第一項ただし書中「伸縮する」とあるのは、「伸長する」と読み替えるものとする。
第8項  前条第六項の規定は、建替え決議をした集会の議事録について準用する。

マンション建替円滑化法
第70条(敷地に関する権利の変換等)
第1項 権利変換期日において、権利変換計画の定めるところに従い、施行マンションの敷地利用権は失われ、施行再建マンションの敷地利用権は新たに当該敷地利用権を与えられるべき者が取得する。
第2項 権利変換期日において、権利変換計画の定めるところに従い、隣接施行敷地の所有権又は借地権は、失われ、又はその上に施行再建マンションの敷地利用権が設定される。
第3項 権利変換期日において、権利変換計画の定めるところに従い、保留敷地に関しては、当該保留敷地についての従前の施行マンションの敷地利用権が所有権であるときはその所有権を、借地権であるときはその借地権を、施行者が取得する。
第4項 施行マンションの敷地及び隣接施行敷地に関する権利で前三項及び第七十三条の規定により権利が変換されることのないものは、権利変換期日以後においても、なお従前の土地に存する。この場合において、権利変換期日前において、これらの権利のうち地役権又は地上権の登記に係る権利が存していた敷地利用権が担保権等の登記に係る権利の目的となっていたときは、権利変換期日以後においても、当該地役権又は地上権の登記に係る権利と当該担保権等の登記に係る権利との順位は、変わらないものとする。

第71条(施行マンションに関する権利の変換)
第1項 権利変換期日において、施行マンションは、施行者に帰属し、施行マンションを目的とする区分所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。
第2項 施行再建マンションの区分所有権は、第八十一条の建築工事の完了の公告の日に、権利変換計画の定めるところに従い、新たに施行再建マンションの区分所有権を与えられるべき者が取得する。
第3項 施行マンションについて借家権を有していた者(その者が更に借家権を設定していたときは、その借家権の設定を受けた者)は、第八十一条の建築工事の完了の公告の日に、権利変換計画の定めるところに従い、施行再建マンションの部分について借家権を取得する。


行政事件訴訟法
第25条(執行停止)
第1項 処分の取消しの訴えの提起は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない。
第2項 処分の取消しの訴えの提起があつた場合において、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもつて、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止(以下「執行停止」という。)をすることができる。ただし、処分の効力の停止は、処分の執行又は手続の続行の停止によつて目的を達することができる場合には、することができない。
第3項 裁判所は、前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする。
第4項 執行停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、又は本案について理由がないとみえるときは、することができない。
第5項 第二項の決定は、疎明に基づいてする。
第6項 第二項の決定は、口頭弁論を経ないですることができる。ただし、あらかじめ、当事者の意見をきかなければならない。
第7項 第二項の申立てに対する決定に対しては、即時抗告をすることができる。
第8項 第二項の決定に対する即時抗告は、その決定の執行を停止する効力を有しない。

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