新銀座法律事務所 法律用語集

建物賃貸借契約


質問:今度賃貸住宅の申し込みをして借りることになったのですが、どうも、貸主が所有権の登記名義人では無い様子です。名義人が高齢のために息子さんが代わりに手続きしているようです。不動産屋は大丈夫というのですが、どのようなリスクがありますか?どのようなことに気をつければ良いですか?このまま契約をして賃料を貸主に支払っていって、後日所有権登記名義人からも賃料を請求されたりすることはあるのでしょうか?




回答:
1 この問題を理解するには、民法の物権法と債権法の理解が必要になりますが、結論として考えておくべきリスクは、貸主が賃借物について何らの権限もなかった場合、@賃借物の返還を所有者から請求される危険があること、A賃料を支払っていたとしても所有者の権利を過失により侵害したとして損害賠償請求をされる危険があること、です。
2 このようなリスクを避けるためには、所有者を賃貸人とする賃貸借契約をする必要があります。所有者が高齢で代わりに管理しているということであれば、所有者を賃貸人、管理者をその代理人とする賃貸借契約を締結するようにすれば、上記のリスクは避けることができます。または、賃貸人が所有者から賃借しており、第三者に転貸することを所有者が了承している旨の書面(所有者作成)を契約締結の際、提出してもらっておくことによっても、上記のリスクを避けることができます。

解説:

1 賃貸借契約

 賃貸借契約は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方に約束し、もう一方がそれに対して賃料を支払うことの合意をすることにより成立します(民法601条)。

賃貸借契約は債権契約ですので、対象の不動産が他人の所有物件であっても契約自体は成立します(他人物賃貸、民法559条、560条)。但し、貸主に対象物を使用収益する権利がないのを知らないで契約してしまった場合は、契約に要素の錯誤があったことになり、この賃貸借契約が無効(錯誤無効=民法95条)であることは主張することができます。

民法第601条(賃貸借)賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
第559条(有償契約への準用)この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
第560条 (他人の権利の売買における売主の義務)他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

  他人物賃貸借契約が成立した場合、貸主は、他人物売買の売主と同様、権利者と協議して、賃貸権限を譲り受け、賃借人に目的物の使用を継続させるべき契約上の義務を負うことになります。それができなければ債務不履行となり、契約の解除、損害賠償責任となります。

2 賃貸借契約の対抗要件

 建物の賃貸借契約の対抗要件は、当該物件の占有の引渡しになります(借地借家法第31条1項)。権限ある者から当該建物の引渡しを受ければ、登記がなくても第三者に自己の賃借権を主張することができます。

 引き渡しとは、建物の現場で占有の移転を受けても良いのですが、実務上は鍵の受け渡しを以て引き渡しがあったと解釈されています。鍵があれば建物の占有を独占することができるからです。従って、鍵の受け渡しがあっても、建物に現実に前の占有者が残っているような場合には、鍵の引き渡しだけでは、占有の引き渡しがあったとは言えないことになるでしょう。

 第三者とは、二重賃貸契約を締結された場合のもう一人の賃借人や、後日の抵当権が設定され実行された場合の競落人、当該不動産が売買された場合の買主などがこれに当たります。対抗要件を備えていれば、契約当事者以外の第三者からの引渡し要求があってもこれを拒むことができ、賃料を払って住み続けることができます。

 不動産の賃借権設定の対抗要件ですから、原則として登記(民法177条)が要求されますが、建物の引き渡しがあれば、建物の現実の占有が移転しますので、いつでもだれでも建物の占有者を調査して権利者を確認することができますので、登記と同等の効力を付与することが可能であると考えられているのです。

借地借家法第31条 (建物賃貸借の対抗力等)
第1項 建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。

 しかし、無権利者からの引渡しの場合、適法な引き渡しとは言えませんから上記対抗要件を備えてはいないことになります。よって、契約当事者以外の第三者から引渡しを迫られた場合にも、賃貸借契約の成立とそれに伴う賃料の支払いをもってしても、対抗することができないことになります。

 なお、判例は賃貸人が賃貸人たる地位を賃借人を含めた第三者に主張するには、賃貸借の対象不動産について所有権移転登記をして登記名義を得ておくことが必要としていますので、仮に今回の貸主が既に売買契約はしているが登記名義を得ていないだけに過ぎない場合にも、賃貸人たる地位を第三者に主張できませんし、所有権登記を得ていないことで二重譲渡があった場合には所有権を失うこともありますので、このことが何らかの形で貴方の賃借人たる地位について不利益を与える可能性もあります。

最判昭和49年3月19日(抜粋)
『本件宅地の賃借人としてその賃借地上に登記ある建物を所有する上告人は本件宅地の所有権の得喪につき利害関係を有する第三者であるから、民法一七七条の規定上、被上告人としては上告人に対し本件宅地の所有権の移転につきその登記を経由しなければこれを上告人に対抗することができず、したがってまた、賃貸人たる地位を主張することができないものと解するのが、相当である(大審院昭和八年(オ)第六〇号同年五月九日判決・民集一二巻一一二三頁参照)。』

 従って、あなたは、登記名義人でない「貸主」との間で賃貸借契約を締結して、敷金や礼金や前家賃を支払って、鍵の引き渡しを受けても、賃貸人が対象物を賃貸する権利を有していない場合、登記名義人に対する関係で、正式な賃借権を主張できない(対抗できない)事になってしまいます。その結果次のような不利益が生じる可能性があります。

3 賃料の支払い

 賃料は、締結した賃貸契約上の貸主に支払います。登記簿上の所有権登記名義人から所有権に基づいて建物の返還請求を受けた場合、この支払った賃料については、貸主が不法行為あるいは不当利得(民法709条、703条、704条)として登記名義人である所有者に対して返還する義務を負います。不法行為となるのは賃貸人に故意過失がある場合で、不当利得は賃貸人の故意過失なく成立します。

 賃借人であるあなたとしては、不動産屋の説明を信じて契約して賃料等支払ったのですから、所有者に対して不法行為の責任はないでしょうし、適正な賃料を支払っているのであれば利得はないのですから不当利得は成立しません。しかし、この賃料が周辺相場より低い額であった場合やそもそも無償で借りていた場合、貴方が直接家賃相当額を所有権登記名義人に返還する義務を負います。

(不当利得の返還義務)
第703条  法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
(悪意の受益者の返還義務等)
第704条  悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

4 以上の通り、権限のない者との賃貸借契約については、その契約自体は有効となりますが、真実の所有者に対しては不法占拠者にしか過ぎませんので、貸主に賃貸する権限のないことを知っていた、あるいは過失により知らなかったような場合には、所有者から損害賠償請求を受ける可能性もあります(民法709条)。なお、所有者から返還請求を受けることになった場合には、貸主は契約の内容(その物件を使用及び収益させる)を守ることができなくなりますから、貴方に対して契約内容の債務不履行責任を負うことになります。

(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

5 ご相談のケースでは、所有者が高齢で契約に立ち会えないというのであれば、所有者を賃貸人管理者を代理人として契約するのが良いでしょう。その場合には、その代理権の内容を確認する必要がありますし、売買や、贈与、時効によって取得したが登記が未だというような場合には事前に登記手続きをしてから契約したほうがよいでしょう。賃貸人となろうとする人が、所有者から賃借し転貸することの承諾を得ている書面をもらっておくことも方法としては考えあれます。もし、所有者が高齢で認知症などの場合には家庭裁判所に成年後見人を選任してもらったうえで、成年後見人との間で賃貸借契約を締結する必要があるでしょう。いずれにしても、なぜ貸主が登記名義人ではないのかを不動産屋に確認し、その事情に応じて法律的な対策を練る必要がありますので、お近くの法律事務所に契約締結についてご相談され法律関係調査事件として依頼することを検討なさって下さい。

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