新銀座法律事務所 法律用語集

退職届


退職届(退職願)とは、民間の雇用契約(民法623条、労働契約法の労働契約)や、公務員の任用関係(国家公務員法34条1項1号、地方公務員法15条の2第1項 1号、任命権者による官職への任命)を終了させる意思表示です。民法627条1項で雇用者は2週間の期限を設けていつでも解約申し入れできることになっています。 従って、民法97条1項(意思表示の到達主義)により、退職届が雇用主に到達し、雇用主が契約終了を了解した場合に、契約終了の効力を生じます。公務員の任用関係 では民法97条1項及び労働契約法は適用されませんが、職員から退職届が提出されるとこれが許可されるのが通例であり、概ね同様の取り扱いとなっています。

 公務員が提出した退職届(退職願)が、いつまで撤回できるか、という問題を考えて見ます。

参考事例:

 地方都市の消防署に勤務している公務員です。ある防火に関する数通の公用文書の処理を長期間放置した後,独断で廃棄してしまいました。特別防火に関して実害が生 じているわけではありません。

 これらの公用文書は,本来であれば上司の決裁を受けた上で,処理する必要がありました。しかし,私は職場内で孤立しており,上司に対する極度の苦手意識がありま した。そのため,決裁を上手くもらうことができず,そのまま放置してしまったのです。

 これまで,消防署の上司の人に何度か呼び出されており,顛末書の作成等を済ませております。また,退職願を提出するように要求され,断れずに上司に提出してしま いました。

 しかし,私はこれまで前科・前歴もなく真面目に過ごしてきましたし,今回の件だけで退職までするというのは,納得できない部分もあります。今のところ,退職手続 は特に進んでおらず,懲戒処分の内示も出ていない状況です。私はもう消防署職員として勤務することはできないのでしょうか。




回答:

1 あなたは,公用文書を正当な権限なく廃棄しているところ,これらの行為は刑法上の公用文書等毀棄罪(刑法258条)に該当するものといえます。
  そのため,消防署から刑事告発されないよう,早い段階から反省していることを示す必要がございます。万が一刑事告発されてしまった場合は,適切な弁護活動が必 要となりますので,早急に弁護人を選任すべきでしょう。
  本件が刑事事件化した場合,初犯であることや具体的な被害結果が想定されないこと等を理由に,不起訴処分を十分に狙えます。

2 公務員が公文書等毀棄を行った場合,刑事処罰の対象となり得るのみならず,行政処分としての懲戒処分の対象にもなるところです。
消防職員の公文書毀棄についての懲戒処分例はあまり公表されておりませんが,警察職員の公文書毀棄事案に関する処分例は,ニュース記事等を通じてある程度公表され ております。
当該処分例を見ると,行為態様が特に悪質といえるような場合でない限り,減給処分に止まっている例が多いことが分かります。
本件事案は特に行為態様が悪質とまではいえませんので,適切な弁明を行えば,戒告ないし減給処分に止まる可能性が高いといえます。殊更に重い懲戒処分を科されるこ とを避けるためには,弁護士に懲戒処分軽減交渉を依頼した方がよいでしょう。

3 本件では,まず退職願を提出してしまっている点が問題となります。あなたに対する正式な懲戒処分は未だ出ていないようですから,代理人弁護士を通じて,直ちに 消防庁の上司担当者宛に,退職の意思表示を撤回する旨記載した受任通知を送付すれば,退職扱いになることを回避できる可能性が高いと思われます。
4 その上で,迷惑をかけてしまった事業者に宛てた謝罪文,消防署に提出する反省文等をご作成いただき,代理人が作成した懲戒処分に関する弁明意見書と併せて届け 出先に提出することで,懲戒処分を最低限のものに止めることができます。
なお,事業者に具体的な損害が発生してしまっているような場合は,被害弁償をして示談をまとめれば,処分が重くならずに済むという効果があります。


解説:
第1 刑事上の責任について
1 成立する犯罪について
公務所の用に供する文書又は電磁的記録を毀棄した者には,公用文書等毀棄罪(刑法258条)が成立し,3月以上7年以下の懲役に処せられます。「公務所の用に供す る文書」とは,公務所が使用する目的で保管する文書を意味し,「毀棄」とは,文書の効用を失わせる一切の行為を意味します。
消防署という公務所において「使用の目的で保管されている文書」に該当する文書を廃棄してしまった行為は「文書の効用を失わせる行為に該当し,同罪が成立すること になります。
 2 終局処分の見通し
仮に消防署から本件について告発されると,あなたは警察の捜査対象となり,その後は送検先の検察官が終局処分を決定することになります。ただし,犯罪であったとし てもすべてが、起訴され刑事処分となるわけではなく、起訴猶予(不起訴処分)となる可能性もあります。あなたの場合,以下のような事情を適切に主張すれば,起訴猶 予(不起訴処分)を十分に狙えます。
(1)行為態様や被害結果,行為に至る経緯等の観点から悪質性が低いこと
 ア 行為態様や被害結果が軽微であること
他の同種事例の中には,長年に渡り継続的に多数の公文書を毀損するような事例が見受けられますが,本件で廃棄した公文書は数通に止まっています。
また,同種事例の中には,公文書の毀損行為が取り返しのつかない損害を及ぼすような事例等も散見されますが,本件では,防火に関し具体的な損害が発生している様子 は特にありません(ただし,念のために消防庁関係者や届出にかかる事業者に確認する必要がございます。)。

以上のような行為態様や被害結果の軽微性は,処分軽減の方向に繋がるものといえます。
   イ 行為に至る経緯に汲むべき事情があること
     あなたが行った毀棄行為は,不当な利益を享受することを目的としたものや,届出をした両事業者等の第三者を特別害する目的によってなされたものではな く,上司への苦手意識といった職場の人間関係から派生してしまったものといえます。その点で,相対的に本件の悪質性は低く,処分対象行為に至った経緯に汲むべき事 情が多分にあるものといえます。
     当該事情も,処分軽減の方向に繋がるでしょう。
(2)前科・前歴がないこと
  あなたは,これまで同種行為を繰り返し行ってきたわけではなく,他に前科・前歴もありません。そのため,犯罪傾向があるわけでは全くなく,再犯可能性もないと 言いやすいです。
  当該事情も,処分軽減の方向に繋がるものといえます。
  (3)真摯な反省がみられること
    一定の反省を示すことも,処分軽減に繋がる重要な情状事実です。反省しているといっても,形に残るものがなければ伝わりませんので,こういった事案におい ては反省文や謝罪文を作成していただく必要がございます。
    本件では,反省状況を示すために,本件に至った経緯,今後の改善策等を記した反省文を書いていただくと良いと思います。また,併せて,関係者に宛てた謝罪 文もお書きいただき,の謝罪の意向を有していることもアピールすると良いでしょう。
 3 告発を防止するために
   警察や検察に呼び出され,取調べ等を受けることは,時間的にも精神的にも好ましいものではございません。本件が告発されないよう,早急に弁護士から受任通知 を送ってしまい,その上で直ちに反省文や謝罪文を準備する等反省を示せば,大事にならずに済むかもしれません。

第2 懲戒処分について
 1 退職の意思表示の撤回の可否
(1)あなたは,消防署宛てに退職願を提出してしまっておりますが,まずは退職の既成事実を作らせないことが肝要です。
(2)この点,公務員の退職願の撤回の可否については,明文の規定がないものの,判例が存在します(後掲・最判昭和34年6月26日民集13巻846頁)。
    同判例によれば,「退職願の提出者に対し,免職辞令の交付があり,免職処分が提出者に対する関係で有効に成立した後においては,もはや,これを撤回する余 地がないと解すべきことは勿論であるが,その前においては,退職願は,それ自体で独立に法的意義を有する行為ではないから,これを撤回することは原則として自由」 としつつ,「免職辞令の交付前において,無制限に撤回の自由が認められるとすれば,場合により,信義に反する退職願の撤回によつて,退職願の提出を前提として進め られた爾後の手続がすべて徒労に帰し,個人の恣意により行政秩序が犠牲に供される結果となるので,免職辞令の交付前においても,退職願を撤回することが信義に反す ると認められるような特段の事情がある場合には,その撤回は許されないものと解するのが相当である。」との例外を設けております。
そして,当該判例は,特段の事情の内容として,@退職願提出の理由(個人的な都合に基づくものか,退職勧奨に従ったものか),A退職願撤回の理由(正当な理由に基 づくものかどうか),B当局側の不都合回避可能性を検討しているようです。
当該判例は,免職処分が予定されていた事案における判断ですが,およそ何らかの懲戒処分が予定されている限り,同様に考えてよいでしょう。
  (3)上記判例に従えば,あなたの場合,@退職願提出の理由が消防署側の退職勧奨に基づくこと,A退職願の提出が本人の真意に基づくものではないという正当な 理由に基づいて,退職願の撤回がなされていること,B未だ処分が出ておらず,退職に必要な手続も進行していない現段階において,消防署側に不都合は特段観念できな いことから,退職願の撤回は可能ということになります。
  (4)そこで,代理人弁護士を通じて,内容証明郵便の形式で,直ちに消防署宛てに退職の意思表示の撤回を申し入れる受任通知を送付すれば,撤回を認めてもらえ るはずです。内容証明郵便が必要となるのは懲戒処分の効力が生じてしまうと撤回ができなくなることから、懲戒処分の前に撤回していることを明らかにしておくためで す。
    その上で,以下のとおり,懲戒処分軽減の交渉を開始することになります。
 2 懲戒処分軽減交渉
  (1)活動内容
    公務員に対して懲戒処分を科す場合,懲戒権者は,「懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の右行 為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分 をする場合にいかなる処分を選択すべきか,を決定する」こととされています(最判昭和52年12月20日判時874号3頁)。
    本基準によれば,処分対象行為に関連して処分対象者に有利な酌むべき事情があれば,それらを全て斟酌した上で,懲戒処分をすべきかどうかが決定されなけれ ばならないはずです。
    そこで,代理人弁護士を通じて,考え得る全ての弁明を行い,懲戒処分の軽減を目指すことになります。弁明の内容については,弁明意見書の形でまとめて,担 当者宛てに提出することになります。
  (2)弁明の具体的内容
    弁明意見書に記載する内容は,以下のとおりです。
   ア 処分対象者に有利な事情があること
     この点は第1・2記載の事情と概ね被りますので,その部分は省略いたします。
     当該事情に加えて,本件の前後を通して処分対象者の勤務態度に問題がないことも,有利な事情として挙げられます。たとえば,これまでの表彰状況がわかる 書面を添付した上で,10年以上にわたって,消防職員として何ら問題なく勤務してきたことを主張することが考えられます。

   イ 例えば、 東京消防庁における処分基準及び先例との比較

   (ア)東京消防庁における懲戒処分の基準との関係
      公務員の懲戒処分については,各行政庁ごとに指針が定められていることが通常です。
      東京消防庁の懲戒処分の基準(未公表)によると,「サ 公金公物取扱い関係」のうち「(ウ)公金公物処理不適正」は,停職,減給,又は戒告とされております。
      そこで,本件事案は悪質性が低い事例であることを強調し,上記基準に照らして戒告ないし減給処分に止めるのが相当であるとの主張をするべきです。

   (イ)先例との比較
      同じような行為態様の先例が存在する場合において,当該先例における懲戒処分の内容と大きく異なる処分を科すというのは,公法上の一般原則である比例 原則,平等原則に反するといえます。そのため,先例との比較は重要な論拠となります。
      消防署職員の公用文書毀棄事例については,あまりニュースになったことがなく,先例を見つけ出すのは困難かもしれません。そこで,ある程度ニュース記 事として公表されている警察職員の公用文書毀棄事例を参考に,本件との比較を行うことを考えるべきでしょう。
      この点,警察庁が出している警察職員の懲戒処分の指針によると,「調書,被害届若しくは捜査報告書又は証拠物件を故意に毀棄すること」は,「重大なも の」については免職又は停職,「上記以外のもの」については減給又は戒告とされております。
    (https://www.npa.go.jp/pdc/notification/kanbou/jinji/jinji20090326.pdf
      
      警察庁と消防署は異なる組織ではありますが,同じ地方公務員である以上,前述のとおり,同じような行為を行った際の処分が両者で大きく異なるというの は,比例原則,平等原則に反するといえます。また,両基準を比較しても,公用文書毀棄行為のうち悪質性の高い重大なものについては停職処分以上まで念頭に置かれて おり,それ以外については戒告ないし減給に止めるという方向性に一致が見られます。そのため,警察職員の公用文書毀棄事例における懲戒処分例を比較の対象として論 じることは,十分に意味があるものと考えられます。
      以下では,警察職員の同種事例を2例紹介し,本件との比較検討を行います。
    
    @ 平成24年4月24日付 守山警察署巡査部長に対する懲戒処分
      本件は,守山警察署刑事課所属の巡査部長が,「自宅に捜査書類など計約1200点を隠し持っていた等の嫌疑で,書類送検された。」という証拠隠滅及び 公用文書毀棄の事案です。
      この事案において,当該巡査部長は,「処理が面倒くさく,自宅に持ち帰った。」旨供述していたようですが,行政処分については減給3カ月(10分の 1)の懲戒処分に止まっています。
      毀棄された公文書の数が本件とは比較にならない程多数に上っていること,被害結果も国家の刑罰権の発動を不可能ならしめる重大なものであること,処分 対象行為に至った経緯にも特段酌むべき事情がないと思料されることから,当該事案は明らかに本件行為に比して悪質性が高いものと評価できます。
    A 平成27年3月18日付 交野警察署巡査部長に対する懲戒処分
      本件は,「無免許運転の事件に関して任意捜査を引き継いだ巡査部長が,書類送検の際の送致書の書き方がわからずに書類一式を放置し,供述調書等19通 の書類を署内のシュレッダーにかけて廃棄した疑いで,書類送検された。」という公用文書毀棄の事案です。
         この事案も,行政処分は減給3カ月(10分の1)の懲戒処分に止まっております。
廃棄した公文書の数がある程度多数に上っていることに加え,検察庁への送致書類を廃棄すれば,担当検察官において当該被疑事件の終局処分を決定する機会を奪うこと になり,ひいては国家の刑罰権の発動を不可能ならしめることになる点で,事案@と同様に被害結果も重大と言わざるを得ません。
 そのため,本件行為に比して悪質性が高いことは明白です。

      このように,上記2例はいずれも,あなたの処分対象事実と比較して,行為態様,責任の程度等悪質であるにもかかわらず,懲戒処分は減給処分に止まって いることがわかります。
      したがって,本件において停職処分以上を科すことは,地方公務員に通常想定されている基準を超えた過大な処分を科すことを意味することは明らかです。
      以上から,先例との比較の観点からも,本件は戒告ないし減給処分が相当な事案といえるでしょう。


第3 まとめ
   以上のとおり,あなたは刑事上の処分及び行政上の処分を受け得る立場にありますが,適切な弁護活動を行えば,刑事処分については不起訴処分に,行政処分につ いては戒告ないし減給処分に止められる可能性が高いといえます。処分が出てしまってからでは遅いですので,早急にお近くの弁護士に相談されるべきでしょう。

以上



【参考判例】

(解職処分取消請求事件)
昭和三三年(オ)第五三八号
同三四年六月二六日最高裁第二小法廷判決
【上告人】 被控訴人 被告 MM町教育委員会 代理人 遣水祐四郎
【被上告人】 控訴人 原告 KR


       主   文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。


       理   由

(以下,関連部分のみ抜粋)
 
上告代理人遣水祐四郎の上告理由について。
第一点について。
 論旨の一半は、被上告人の提出した退職願に対し任免権者である村教育委員会において退職承認の決議をなし爾後行政手続を進行させた以上(或いは承認決議を議事録 に記載し固定化した以上)これにより依願免職処分はすでに成立したものと解すべきであるから、爾後退職願の撤回は許されないものと解すべきである旨主張するもので ある。
 そこで考えてみるに、公務員の退職願の撤回がいつまで許されるかは、この点につき明文の規定を欠く現行法の下では、一般法理上の見地からこれを決定せざるを得な い。この見地から考えれば、退職願の提出者に対し、免職辞令の交付があり、免職処分が提出者に対する関係で有効に成立した後においては、もはや、これを撤回する余 地がないと解すべきことは勿論であるが、その前においては、退職願は、それ自体で独立に法的意義を有する行為ではないから、これを撤回することは原則として自由で あると解さざるを得ず、退職願の提出に対し任命権者の側で内部的に一定の手続がなされた時点以後絶対に撤回が許されないとする論旨の見解は、明文の規定のない現行 法の下では、これをとることはできない。ただ、免職辞令の交付前において、無制限に撤回の自由が認められるとすれば、場合により、信義に反する退職願の撤回によつ て、退職願の提出を前提として進められた爾後の手続がすべて徒労に帰し、個人の恣意により行政秩序が犠牲に供される結果となるので、免職辞令の交付前においても、 退職願を撤回することが信義に反すると認められるような特段の事情がある場合には、その撤回は許されないものと解するのが相当である。本件において、原審の認定す る事情によれば、退職願の提出は、被上告人の都合に基き進んでなされたものではなく五五才以上の者に勇退を求めるという任免権者の側の都合に基く勧告に応じてなさ れたものであり、撤回の動機も、五五才以上の者で残存者があることを聞き及んだことによるもので、あながちとがめ得ない性質のものである。しかも、撤回の意思表示 は、右聞知後遅怠なく、かつ退職願の提出後一週間足らずの間になされており、その時には、すでに任免権者である村教育委員会において内部的に退職承認の決議がなさ れていたとはいえ、被上告人が退職願の提出前に右事情を知つていた形跡はないのみならず、任免権者の側で、本人の自由意思を尊重する建前から撤回の意思表示につき 考慮し善処したとすれば、爾後の手続の進行による任免権者の側の不都合は十分避け得べき状況にあつたものと認められる。かような事情の下では、退職願を撤回するこ とが信義に反すると認むべき特段の事情があるものとは解されないから、被上告人の退職願の撤回は、有効になされたものと解すべきである。
 論旨の他の一半は、本件の退職願の撤回の申出は、口頭をもつて任免権者でない教育長に申し出られたものに過ぎないから、適法・有効な撤回があつたものと解すべき でない旨を主張するものである。
 しかし、退職願の撤回の方式につき明文の規定のない現行法の下では、その撤回は、口頭でも差支ないものと解さざるを得ない。そして、教育長は「教育委員会の指揮 監督を受け、教育委員会の処理するすべての教育事務をつかさどる」(旧教育委員会法五二条の三、地方教育行政の組織及び運営に関する法律一七条)職務権限を有する のであるから、教育長は、教育委員会の補助機関として退職願及びその撤回の意思表示を受領する権限を有するものと解すべきことは勿論である。従つて、本件におい て、撤回の意思表示が村教育長に対しなされた昭和二九年三月二六日に村教育委員会自体に撤回の意思表示がなされたのと同一の効果を生じたものと解すべきであるか ら、所論のように、本件撤回の意思表示が不適法・無効であるということはできない。
 以上の理由により論旨はすべて採用し得ない。
 



(行政処分無効確認等請求事件)
昭和四七年(行ツ)第五二号
同五二年一二月二〇日最高裁第三小法廷判決

主   文

原判決中上告人敗訴部分を破棄し、右部分に関する第一審判決を取り消す。
前項の部分につき、被上告人らの請求をいずれも棄却する。
訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。


       理   由

(以下,関連部分のみ抜粋)

(三)裁量権の範囲の逸脱について
 公務員に対する懲戒処分は、当該公務員に職務上の義務違反、その他、単なる労使関係の見地においてではなく、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務する ことをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため、科され る制裁である。ところで、国公法は、同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべ きかを決するについては、公正であるべきこと(七四条一項)を定め、平等取扱いの原則(二七条)及び不利益取扱いの禁止(九八条三項)に違反してはならないことを 定めている以外に、具体的な基準を設けていない。したがつて、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当 該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、 また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮し てされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができな いものといわなければならない。それ故、公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選 ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量 権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲 内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分を すべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量 権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。



【参照条文】

民法
第623条(雇用)雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を 生ずる。
第627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
第1項 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間 を経過することによって終了する。
第2項 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
第3項 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければならない。


刑法
第258条(公用文書等毀棄)公務所の用に供する文書又は電磁的記録を毀棄した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。

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