婚約破棄となった場合の婚約指輪の返還請求

民事・家事|婚約破棄の原因が女性側にある場合における指輪返還請求の可否|婚約破棄の帰責性が男性側もしくは双方にある場合はどうか|大阪地裁昭和41年1月18日他

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

私は、昨年、当時お付き合いさせて頂いた彼女と婚約をし、約150万円の婚約指輪を彼女に渡しました。ところが、その1か月後に、突然、彼女から「他に好きな男性ができてしまったから、あなたとは結婚できない。」と言われ、一方的に婚約を破棄されてしまいました。

私は、あんまりだと思い、彼女に対して、「せめて婚約指輪を返してくれ。」とお願いしたのですが、彼女は、「貰ったものだから返せない。そんなに器の小さな人だとは思わなかった。もう連絡してこないで。」と言い、婚約指輪を返してくれませんでした。その後、彼女に連絡を取ろうと思い、何度かメールを送ったのですが、返信がありません。

婚約後わずか1か月に、他の男性が好きになったと言って、一方的に婚約を破棄した元彼女を許すことができません。せめて婚約指輪を返してもらいたいです。

私は、元彼女に対して、一度あげてしまった婚約指輪を返してもらうことができるのでしょうか。

回答

婚約破棄の原因が、彼女に好きな人が出来たということだけの場合、婚約指輪を受け取った側に婚約破棄の原因があると判断され、婚約指輪の返還請求が認められます。

指輪を処分してしまったなどと言う場合は、指輪の価格相当の損害賠償を請求できます。

解説

1 婚約指輪返還請求権の法的性質

相談者様は、元彼女に対して、不当利得返還請求権(民法703条)に基づき、婚約指輪の返還請求をすることになります。

婚約指輪を渡す行為は、法律的には贈与契約となります。しかし、一般的には単なる贈与契約ではなく、婚約して結婚することを目的、条件とする贈与契約と考えられます。もちろん、いろいろな事情があるでしょうから、一般的な婚約指輪を渡す場合の法律構成として考える必要があります。

婚約指輪は婚約の成立を確証するものであって、婚約指輪の贈与は婚約結婚を目的として行われるものです。したがって、婚約破棄となった場合には、婚約結婚という婚約指輪の贈与の目的、条件が達成されなくなった、法律的には解除条件の成就による贈与契約の消滅といえ、婚約指輪を受け取った側が婚約指輪を保持することにつき「法律上の原因」がないということになります。

よって、かかる場合、婚約指輪に関する不当利得返還請求権が婚約指輪を与えた側に認められます。

ただし、①婚約指輪を与えた側に婚約破棄の原因がある場合、③婚約指輪を与えた側、婚約指輪を受け取った側の双方に婚約破棄の原因がある場合で、婚約指輪を与えた側の方が婚約破棄に関する帰責性が重いときは、婚約指輪に関する不当利得返還請求権を認めることが信義則(民法1条2項)に反するということで、婚約指輪に関する不当利得返還請求権が否定されます。

2 ①婚約指輪を与えた側に婚約破棄の原因がある場合

上述の通り、①婚約指輪を与えた側に婚約破棄の原因がある場合は、婚約指輪に関する不当利得返還請求権を認めることが信義則(民法1条2項)に反するということで、婚約指輪に関する不当利得返還請求権が否定され、婚約指輪を与えた側は、婚約指輪を受け取った側に対して、婚約指輪の返還を請求することができません。

以下、①婚約指輪を与えた側に婚約破棄の原因がある場合に関する裁判例の重要箇所をご紹介します。

大阪地裁昭和41年1月18日

本件結納の性質は、本来の目的等からそれを授受した当事者の意思を合理的に解釈して決定するほかないところ、一般的にみて結納は婚姻の成立を前提としてなされるものではあるが、その後婚姻が不成立に終った場合にその前提を失ったからといって、常に不当利得の法理により必ず返還すべきものとも解することができない。むしろ、結納は婚姻予約の成立を確証し、その誠実なる履行を誓い合い、併せて将来、婚姻の成立により生ずる親族間の友誼を厚くするための精神的結合の印として儀礼上授受されるものであるから、婚姻予約が、合意により解除せられた場合等は格別として、前記認定のとおり破約の原因がもっぱら結納を交付した原告の側にある本件においては、破約に対する制裁として、原告は結納の返還を請求する権利を有しないものとすることが、信義誠実の原則等に照らし本件結納を授受した当時における原、被告の意思に合致するものということができる。

3 ②婚約指輪を受け取った側に婚約破棄の原因がある場合

上述の通り、②婚約指輪を受け取った側に婚約破棄の原因がある場合は、婚約指輪を与えた側は、婚約指輪を受け取った側に対して、不当利得返還請求権に基づき、婚約指輪の返還を請求することができます。

②婚約指輪を受け取った側に婚約破棄の原因がある場合に関して明確に判断した裁判例はありませんが、④婚約指輪を与えた側、婚約指輪を受け取った側の双方に婚約破棄の原因がない場合に、婚約指輪の返還請求が認められる(これについては、後述の通り、裁判例があります。)ことからして、当然、②婚約指輪を受け取った側に婚約破棄の原因がある場合にも、婚約指輪の返還請求が認められると考えられます。

4 ③婚約指輪を与えた側、婚約指輪を受け取った側の双方に婚約破棄の原因がある場合

上述の通り、③婚約指輪を与えた側、婚約指輪を受け取った側の双方に婚約破棄の原因がある場合で、婚約指輪を与えた側の方が婚約破棄に関する帰責性が重いときは、婚約指輪に関する不当利得返還請求権を認めることが信義則(民法1条2項)に反するということで、婚約指輪に関する不当利得返還請求権が否定され、婚約指輪を与えた側は、婚約指輪を受け取った側に対して、婚約指輪の返還を請求することができません。

これに対し、上述の通り、婚約指輪を受け取った側の方が婚約破棄に関する帰責性が重いときは、婚約指輪を与えた側は、婚約指輪を受け取った側に対して、不当利得返還請求権に基づき、婚約指輪の返還を請求することができます。

以下、③婚約指輪を与えた側、婚約指輪を受け取った側の双方に婚約破棄の原因がある場合に関する裁判例の重要箇所をご紹介します。

福岡地裁小倉支部昭和48年2月26日

結納等の法的性質は婚約の成立を確証し、あわせて婚姻が成立した場合に当事者ないし当事者両家間の情誼を厚くする目的で授受される一種の贈与というべきであるから、婚約が解消され、法律上の婚姻が成立しない場合には出捐の原因を欠くことになって、結納等は不当利得となり、従って返還義務を生ずるが、結納者及び結納受領者双方に婚約解消についての責任(但しこの責任は必ずしも法律上債務不履行ないし不法行為の責任を生ぜしめるべき責任を意味するものでなく、道義的、倫理的責任をいう)が存するときは、信義則上ないし権利濫用の法理からして、結納者の責任が結納受領者の責任より重くないときに限り結納等の返還を許し、より重いときはその返還を請求することはできないと解すべき・・・

5 ④婚約指輪を与えた側、婚約指輪を受け取った側の双方に婚約破棄の原因がない場合

上述の通り、④婚約指輪を与えた側、婚約指輪を受け取った側の双方に婚約破棄の原因がない場合は、婚約指輪を与えた側は、婚約指輪を受け取った側に対して、不当利得返還請求権に基づき、婚約指輪の返還を請求することができます。

以下、④婚約指輪を与えた側、婚約指輪を受け取った側の双方に婚約破棄の原因がない場合に関する裁判例の重要箇所をご紹介します。

大判大正6年2月18日

因テ按スルニ男女ノ婚姻成立ニ際シ嫁聟ノ両家ヨリ相互ニ又ハ其一方ヨリ他ノ一方ニ対シ結納ト称シテ金銭布帛ノ類ヲ贈ルハ我国ニ於テ古来行ワルル顕著ナル式礼ニシテ目的トスル所ハ其主トシテ婚姻予約ノ成立ヲ確証スルニ在ルモ両者ノ布望セル婚姻カ将来ニ於テ成立シテ親族関係ノ生シタル上ハ相互間ニ於ケル親愛ナル情誼ヲ厚ウセンカ為メニ之ヲ授受スルモノナルコトモ亦我国一般ノ風習トシテ毫モ疑ヲ容レサル所ナリ故ニ結納ナルモノハ他日婚姻ノ成立スヘキコトヲ予想シ授受スル一種ノ贈与ニシテ婚約カ後ニ至リ当事者双方ノ合意上解除セラルル場合ニ於テハ当然其効力ヲ失イ給付ヲ受ケタル者ハ昔目的物ヲ相手方ニ返還スヘキ義務ヲ帯有スルモノトス蓋シ結納ヲ授受スル当事者ノ意思表示ノ内容ハ単ニ無償ニテ財産権ノ移転ヲ目的トスルモノニアラスシテ如上婦姻予約ノ成立ヲ証スルト共ニ併セテ将来成立スヘキ婚姻ヲ前提トシ其親族関係ヨリ生スル相互ノ情誼ヲ厚ウスルコトヲ目的トスルモノナレハ婚姻ノ予約解除セラレ婚姻ノ成立スルコト能ワサルニ至リタルトキハ之ニ依リテ証スヘキ予約ハ消滅シ又温情ヲ致スヘキ親族関係ハ発生スルニ至ラスシテ止ミ究局結納ヲ給付シタル目的ヲ達スルコト能ワサルカ故ニ斯ノ如キ目的ノ下ニ其給付ヲ受ケタル者ハ之ヲ自己ニ保留スヘキ何等法律上ノ原因ヲ欠クモノニシ不当利得トシテ給付者ニ返還スヘキヲ当然トスレハナリ然レハ本件ニ於テ原院カ前示ト同一ノ趣旨ニ於テ婚姻予約ノ解除セラレタル結果結納金授受ノ目的ヲ達スルコト能ワサルカ為メ贈与ノ消滅シタルコト随テ受益者カ其目的物ヲ自己ニ保留スヘキ法律上ノ原因ヲ欠クモノニシテ民法第七百三条ニ依リ不当利得トシテ給付者ニ之ヲ返還スヘキ旨ヲ判示シタルハ洵ニ適当ニシテ本論旨ハ総テ採用スルニ足ラス

6 最後に

以上より、④婚約破棄の原因の責任が双方にない場合と②指輪を受け取った側に婚約破棄の原因の責任がある場合は、指輪の返還は問題なく認められると考えてよいでしょう。また、①婚約破棄の原因が指輪をあげた側にある場合は、指輪の返還は認められないことになります。

問題は、③双方に婚約破棄の原因がある場合ですが、その場合は、信義則上ないし権利濫用の法理からして、指輪をあげた側の婚約破棄の原因についての道義的、倫理的責任がもらった側の責任より重くないときに限って返還が認められることになります。

本件は、彼女が、正当な理由もなく別に好きな人が出来たというだけで婚約を破棄したのですから②婚約指輪を受け取った側に婚約破棄の原因がある場合に当たり、相談者様による婚約指輪の返還請求が認められることになります。

ご自身で元彼女の方に婚約指輪の返還請求をしてみても埒が明かないということでしたら、お近くの弁護士事務所にご相談することをお勧めします。

以上

関連事例集

参照条文
民法

第1条2項
権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

第703条

法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。