配偶者居住権の評価額の計算方法|民法改正

民事・家事|民法改正による配偶者居住権の創設|配偶者居住権の評価額を具体例を用いて算定

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

令和2年4月5日、41年間連れ添った夫が亡くなってしまいました。

私と夫との間には、今年で35歳になる息子がいるのですが、高校を卒業して以来、全く実家に立ち寄らず、アルバイトを転々とするといった状況でした。5年ほど前に10数年振りに実家に帰ってきたと思ったら、金の無心のために立ち寄ったということでした。私も夫も、10数年振りに会った親に対して、突然、お金を渡してくれと言う息子にほとほと呆れ果て、もう帰ってこないで欲しいと言って、お金を渡さずに息子を帰しました。

どこから夫の死を聞きつけてきたのか分かりませんが、先日息子が約5年振りに私のところに訪れ、遺産をよこせと言ってきました。夫が死んだばかりであるのに、そのようなことを言ってきた息子に対し、怒りを覚えるとともに、恥ずかしい気持ちで一杯になりました。

夫の遺産は、夫名義の持ち家及び土地と預貯3000万円あります。夫名義の持ち家は、ローンを組んで購入したもので、築30年、固定資産税評価額は確か500万円程度だったと思います。また、夫名義の土地は、夫の両親から相続したもので、固定資産税評価額は確か1500万円程度だったと思います。

息子にも夫の遺産を相続させるとなると、預貯金だけでは足りないでしょうから、夫名義の持ち家と土地を売らなければならないのでしょうか。

何十年と今の家に住んでいますので、今の家から出て行くということは考えられません。年も高齢ですから、今の家から出て行くというのは体力的にも厳しいです。今の家から出て行かないで済むようにするために何か良い方法はないでしょうか。

回答

ご相談ありがとうございます。謹んでお悔やみ申し上げます。現在の建物に住み続けることは可能ですので安心してください。

旦那様が亡くなったのは令和2年4月5日ということで、令和2年4月1日以後になりますから、配偶者居住権について定めた改正民法第1028条ないし第1036条が適用されることになります。

詳しくは後述の解説において述べますが、配偶者居住権とは、簡単に言えば、被相続人(旦那様)の持ち家に居住していた配偶者(相談者様)が、被相続人が亡くなった後、ご自分が亡くなるまで、無償で住み続けることができる権利を言います。

したがいまして、配偶者居住権に基づき、相談者様は現在のご自宅に住み続けることができる可能性がございます。

もっとも、配偶者が配偶者居住権を取得した場合、配偶者はその財産的価値に相当する価額を相続したものと取り扱われるのであって、その分、相談者様が相続することのできる旦那様の遺産を減少することになることに注意が必要です(配偶者居住権に基づけば、相談者様が現在のご自宅の所有権を取得する場合よりも低廉な価額で、相談者様は現在のご自宅の居住権を確保することはできます。)。

解説

第1 配偶者居住権の適用の有無

民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律の附則の第10条1項は「第2条の規定による改正後の民法(次項において「第4号新民法」という。)第1028条から第1041条までの規定は、次項に定めるものを除き、附則第1条第4号に掲げる規定の施行の日(以下この条において「第4号施行日」という。)以後に開始した相続について適用し、第4号施行日前に開始した相続については、なお従前の例による。」と定めています。すなわち、改正民法第1028条ないし第1036条が適用されるか否かは、被相続人の死亡時が令和2年4月1日以後であるか否かによることになります。

本件では、相談者様の旦那様が亡くなったのは、令和2年4月5日であり、令和2年4月1日以後ですから、改正民法第1028条ないし第1036条が適用されることになります。

第2 配偶者居住権の意義

配偶者居住権とは、被相続人の配偶者が被相続人の所有する自宅建物に相続開始時において居住していた場合に(注:自宅建物が存在する土地が被相続人の所有に属する必要まではありません。)、配偶者が、被相続人の死亡後も、自身が死亡するまで、自宅建物を無償で使用・収益をすることができるという権利(民法1028条1項)をいいます。

配偶者居住権について定めた民法第1028条ないし第1036条は、現代の高齢化社会を背景に新たに設けられた規定であり、配偶者に居住建物の使用のみを認め、収益権限や処分権限のない権利を創設することによって(これにより、建物の財産的価値を居住権部分とその残存部分とに二分することが可能となります。)、遺産分割の際に、配偶者が居住建物の所有権を取得する場合よりも低廉な価額で居住権を確保することができるようにすることを意図したものです。

配偶者が賃料を支払う債務を負うわけではありませんが、配偶者が配偶者居住権を取得した場合、その財産的価値に相当する価額を相続したものと取り扱われるとされていますので、配偶者居住権の取得自体は無償というわけではありません。

ただし、配偶者居住権に基づけば、配偶者は、現在のご自宅の所有権を取得する場合よりも低廉な価額で、自宅建物の居住権を確保することができます。

それは、配偶者居住権は、自宅建物に居住することができる権利に止まり、その譲渡が禁止されているため(民法1032条2項)、前述の通り、その評価額が自宅建物の所有権を取得する場合よりも低廉な価額となるからです(土地建物の所有権を相続すると時価で評価してその価値を相続したことになり、土地建物所有権を相続しないで居住権だけを相続したのであれば、その評価が高額にならないということです)。

配偶者居住権の評価額の算定方法については、後述します。

第3 配偶者居住権の取得に当たっての注意点

前述の通り、配偶者居住権は、配偶者に居住建物の使用のみを認める権利であって、その譲渡が禁止されています(1032条2項)。

配偶者居住権の譲渡が禁止されている理由としては、今回の民法改正についての議論の内容が記載された中間試案補足説明において、配偶者居住権は配偶者自身の居住環境の継続性を保護するためのものであるから、第三者に対する配偶者居住権の譲渡を認めることは、制度趣旨との関係で必ずしも整合的であるとはいえず、法制的にも問題があることが挙げられています。

また、配偶者居住権は、居住権者本人が死亡すると消滅します(1036条が準用する597条3項)。その理由としては、中間試案補足説明において、配偶者居住権はあくまで配偶者の居住権を保護するための権利であることから、これを相続の対象とすべきではないことが挙げられています。

さらに、配偶者居住権の設定の登記を備えれば(1031条)、第三者(例えば、自宅建物の譲受人。)に対しても配偶者居住権を対抗することができますが、借地借家法31条の適用がないため、建物賃借権と異なり、自宅建物の占有は第三者対抗要件とはならず、自宅建物の占有をもって第三者に対して配偶者居住権を対抗することはできません。

この登記は建物を相続した人と共同で申請しなければなりませんから、遺産分割協議書作成の際、登記に必要な書類も準備しておく必要があります。遺産分割協議書だけでは登記できませんので注意が必要です。また、建物だけで土地についての登記はできません。

第4 配偶者居住権の評価額の算定方法

配偶者居住権の評価額の算定方法については、未だ確定したものがありませんが、平成31年度税制改正の大綱(平成30年12月14日与党公表)において、以下の計算式によるべきであるとの考えが示されています。

配偶者居住権
建物の時価-建物の時価×(残存耐用年数-存続年数)/残存耐用年数×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率

配偶者居住権が設定された建物(以下「居住建物」という。)の所有権
建物の時価-配偶者居住権の価額

配偶者居住権に基づく居住建物の敷地の利用に関する権利
土地等の時価-土地等の時価×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率

居住建物の敷地の所有権等
土地等の時価-敷地の利用に関する権利の価額

これらの計算式を具体的にどの様に用いて配偶者居住権の評価額を算定するのかについては、次ので述べます。

第5 具体的な解決

1 遺産分割協議の実施

まず、相談者様は息子さんと遺産分割協議をする必要があります。遺産分割協議とは、その名の通り、相談者様と息子さんで旦那様の遺産をどの様にして分け合うのかを話し合うというものです。

居住されている不動産の土地建物を単独で相続する協議が成立すれば、所有者として居住することはもちろん可能です。しかし、相続財産が少ない場合居住の土地建物を単独相続することは他の相続人の了解がないとできません。

そこで、所有権ではなく居住権を協議で設定しようというのが配偶者居住権です。相談者様は、この遺産分割協議で配偶者居住権を取得することができれば、配偶者居住権に基づき、現在のご自宅に住み続けることができます。

2 配偶者居住権の評価額の計算

遺産分割協議で配偶者居住権を取得するためには、配偶者居住権の評価額、配偶者居住権が設定された建物の所有権の評価額、配偶者居住権に基づく配偶者居住権が設定された建物の敷地の利用に関する権利の評価額、配偶者居住権が設定された建物の敷地の所有権の評価額を算定して把握した上で、息子さんと遺産分割協議をすることが必要不可欠です。

それは、これらの評価額を把握せずに息子さんと遺産分割協議をしようとすると、どのように分割するのが公平といえるか計算できませんし、最悪の場合息子さんに騙され、配偶者居住権が考慮されないで遺産分割協議が行われ、息子さんが居住土地建物を単独で相続してしまった場合、相談者様は現在のご自宅から出て行かなければならないという帰結になりかねないからです。

以下、相談者様のケースに即して配偶者居住権の評価額、配偶者居住権が設定された建物の所有権の評価額、配偶者居住権に基づく配偶者居住権が設定された建物の敷地の利用に関する権利の評価額、配偶者居住権が設定された建物の敷地の所有権の評価額を算定します。

ア 配偶者居住権の評価額

(計算式)
建物の時価-建物の時価×(残存耐用年数-存続年数)/残存耐用年数×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率

(実際の計算)
建物の時価について正確なところを知るためには不動産鑑定士等に依頼する必要がありますが、おおよそ「不動産の時価×0.7=固定資産税評価額」とされていますから、相談者様の自宅建物の固定資産税評価額500万円程度ということですと、その時価は714万2857円(≒500万円÷0.7)となります。

また、残存耐用年数は、平成 31年度税制改正の大綱において、居住建物の所得税法に基づいて定められている耐用年数(住宅用)に1.5を乗じて計算した年数から築後居住年数を控除した年数とされています。

相談者様のご自宅が木造・合成樹脂造のものだとすれば、居住建物の所得税法に基づいて定められている耐用年数(住宅用)は22年となります。そして、相談者様のご自宅は築30年ということですから、残存耐用年数は3年(≒22年×1.5-30年)ということになります。

また、存続期間については、居住権の存続期間が終身である場合には、平均余命の数値を使用して算定することになります。相談者様のご年齢が65歳であるとすると、厚生労働省のデータによれば、その平均余命は25年(≒24.50年)となりますから、存続期間は25年となります。

さらに、存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率は、民事法定利率3%を用いた期間22年の複利現価率として、0.521893となります。

そして、「残存耐用年数」又は「残存耐用年数-存続年数」が0年以下となった場合には、「(残存耐用年数-存続年数)/残存耐用年数」は0として取り扱われます。本件では、「残存耐用年数-存続年数」が-22年(≒3年-25年)であり、0年以下ですから、0として取り扱うことになります。

以上より、配偶者居住権の評価額は714万2857円(=714万2857円-714万2857円×0×0.521893)ということになります。

イ 配偶者居住権が設定された建物の所有権の評価額

(計算式)
建物の時価-配偶者居住権の価額

(実際の計算)
前述の通り、建物の時価も配偶者居住権の価額も714万2857円ですから、配偶者居住権が設定された建物の所有権の評価額は0円(=714万2857円-714万2857円)となります。

ウ 配偶者居住権に基づく配偶者居住権が設定された建物の敷地の利用に関する権利の評価額

(計算式)
土地等の時価-土地等の時価×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率

(実際の計算)
土地の時価について正確なところを知るためには不動産鑑定士等に依頼する必要がありますが、おおよそ「不動産の時価×0.7=固定資産税評価額」とされていますから、相談者様の自宅建物のある土地の固定資産税評価額1500万円程度ということですと、その時価は2142万8571円(≒1500万円÷0.7)となります。

また、存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率は、前述の通り、0.521893となります。

以上より、配偶者居住権に基づく配偶者居住権が設定された建物の敷地の利用に関する権利の評価額は1024万5149円(≒2142万8571円-2142万8571円×0.521893)となります。

エ 配偶者居住権が設定された建物の敷地の所有権の評価額

(計算式)
土地等の時価-敷地の利用に関する権利の価額

(実際の計算)
前述の通り、土地の時価は2142万8571円、敷地の利用に関する権利の価額は1024万5149円となりますから、配偶者居住権が設定された建物の敷地の所有権の評価額は1118万3422円となります。

3 小括

以上より、相談者様が現在のご自宅に住み続けるためには配偶者居住権及び配偶者居住権に基づく配偶者居住権が設定された建物の敷地の利用に関する権利が必要となるところ、その合計の評価額は1738万8006円(=714万2857円+1024万5149円)となります。

したがって、相談者様は、息子さんとの遺産分割協議において、配偶者居住権を取得すると主張した上で、遺産の時価総額は5857万1428円(=714万2857円(建物の時価)+2142万8571円(土地の時価)+3000万円(預貯金の額))であるところ、その半分について自身に権利があり(法定相続分2分の1(900条1号))、それは価額にすると2928万5714円(=5857万1428円×2分の1)となるから、預貯金3000万円のうち、1189万7708円(=2928万5714円-1738万8006円)が自身の取り分であると主張するのが適切であるということになります。

かかる主張に基づき遺産分割協議を成立させることができれば、相談者様は、預貯金1189万7708円を取得した上で、配偶者居住権に基づき、現在のご自宅に住み続けることができます。

第6 まとめ

以上のように、今回の民法改正で新設された配偶者居住権に基づけば、配偶者居住権を金銭に換価することはできませんが、預貯金をいくらか取得した上で、現在のご自宅に住み続けることができます。

ただし、遺産分割協議を成立させるためには相手方(本件で言えば、息子さん。)の同意、遺産分割協議書の作成が必要となります。相手方の同意が得られないようでしたら、遺産分割調停若しくは審判といった裁判上の手続を取らざるを得ません。

遺産分割協議を成立させるためには相手方の同意が必要となること、遺産分割調停若しくは審判といった裁判上の手続をご本人でやられるのはかなりの困難を伴うこと、上記の通り、配偶者居住権に関する計算は非常に複雑であることに鑑みると、遺産分割協議の交渉の段階から、お近くの法律事務所にご相談することをお勧めいたします。

以上

関連事例集

参照条文
民法

(配偶者居住権)
第1028条
1 被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。
一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。
2 居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合であっても、他の者がその共有持分を有するときは、配偶者居住権は、消滅しない。
3 第903条第4項の規定は、配偶者居住権の遺贈について準用する。

(配偶者居住権の登記等)
第1031条
1 居住建物の所有者は、配偶者(配偶者居住権を取得した配偶者に限る。以下この節において同じ。)に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負う。
2 第605条の規定は配偶者居住権について、第605条の4の規定は配偶者居住権の設定の登記を備えた場合について準用する。

(配偶者による使用及び収益)
第1032条
1 配偶者は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用及び収益をしなければならない。ただし、従前居住の用に供していなかった部分について、これを居住の用に供することを妨げない。
2 配偶者居住権は、譲渡することができない。
3 配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ、居住建物の改築若しくは増築をし、又は第三者に居住建物の使用若しくは収益をさせることができない。
4 配偶者が第1項又は前項の規定に違反した場合において、居住建物の所有者が相当の期間を定めてその是正の催告をし、その期間内に是正がされないときは、居住建物の所有者は、当該配偶者に対する意思表示によって配偶者居住権を消滅させることができる。

(使用貸借及び賃貸借の規定の準用)
第1036条
第597条第1項及び第3項、第600条、第613条並びに第616条の2の規定は、配偶者居住権について準用する。

(期間満了等による使用貸借の終了)
第597条
1 当事者が使用貸借の期間を定めたときは、使用貸借は、その期間が満了することによって終了する。
2 当事者が使用貸借の期間を定めなかった場合において、使用及び収益の目的を定めたときは、使用貸借は、借主がその目的に従い使用及び収益を終えることによって終了する。
3 使用貸借は、借主の死亡によって終了する。