特別受益の持戻し免除の推定と特別寄与料の請求|民法改正

家事・相続|長年連れ添った夫婦の生前贈与と特別受益の持戻し免除|義父の介護と特別寄与料の請求|持戻し免除の意思表示の推定(新民法903条4項)と特別寄与料の請求(新民法1050条)が適用されるタイミング|改正民法(令和元年7月1日施行)

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

義父の相続に関する相談です。先日、私の夫の父(義父)が死亡しました。長男である私の夫は3年ほど前に病気で亡くなっており、私たち夫婦には子どもがいないため、相続人は妻(義母)と長女(義妹)の二人です。

義父、義母と私たち夫婦は、ずっと義父名義の自宅に居住していましたが、義父が死亡する少し前に、生前贈与という形で義父から義母に名義を移転しておりましたので、義父が死亡した時点では、義父の遺産は預貯金のみです。

そのため、義妹に預貯金を半分ずつ分けようと申し出たところ、義妹より、「自宅の生前贈与は法律上の特別受益に当たるからその分自分が預貯金を多く相続することができる」と主張されています。これは本当なのでしょうか。

なお、義父は10年ほど前から認知症を患っておりましたところ、親族から施設に入れるのはお金もかかるし義父がかわいそうだという意見があったため、同居している私が、仕事を辞めてほぼつきっきりで介護していました。このような私の介護は、相続では考慮されないのでしょうか。義妹からは「嫁は相続人ではないから、いくら介護しようが相続では考慮されない」と言われています。

回答

1 相続人が被相続人から生計の資本として生前に贈与を受けていた場合、当該贈与については、法律上の特別受益として遺産に持戻して取り扱われ、相続分の計算の際に、既に当該生前贈与の金額を取得済みとして相続分から引いて計算されます。そのため、今回のお義母様のケースでも、原則としては、自宅の生前贈与を受けた分、預貯金の相続分が減少することになります。

ただし民法の改正により、婚姻期間が20年以上の夫婦間で行われた居住用不動産の贈与については、特別受益として遺産に持ち戻すことを免除する、という被相続人の意思があったと推定されることとなりました(民法903条4項)。

そのため、当該新法が適用される場合には、原則として自宅の生前贈与は相続分の計算とは無関係となり、原則としては預貯金を遺産として二分の一ずつ分けることになります。

なお、上記新法が適用されるのは、新法施行(令和元年7月1日)以降に贈与が行われた場合です。そのため、贈与が新法施行前に実施された場合には、別途、被相続人に持ち戻し免除の意思表示があったことが認定される必要があります。

2 民法の改正により、相続人ではない親族であっても、被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより、被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者(特別寄与者)は、相続人に対して寄与に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払を請求することができるとされました。

従って、あなたが義父の介護により特別寄与者と認められる場合には、相続人である義母や義妹に対して、特別寄与料の支払いを請求することが可能となりました。

3 上記のように、相続人ついては民法の改正が施行されています。不利益を被ることを避けるためには、弁護士等の専門家に相談し、改正も踏まえた対応を行うことをお勧め致します。

4 その他の関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

第1 特別受益の持戻し免除の意思表示の推定

1 特別受益の持戻しについて

遺産分割は、基本的に相続開始時に被相続人の名義で存在している財産を、相続人間で分割する手続きです。

もっとも本件では、ご自宅について、相続が開始する前に生前贈与という形でお義父様からお義母様に名義の移転がなされているということです。

このような場合、民法は、以下のような規定を設けています。

民法903条1項
共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。

つまり、上記条件に当てはまる生前贈与については、たとえ相続開始時に被相続人の名義ではなくとも、遺産に持ち戻してして計算することになります。これを、「特別受益の持戻し」と言います。

不動産の贈与は、基本的に「生計の資本として」の贈与に含まれると考えられるため、本件のように自宅の名義が贈与を理由に移転されているような場合には、特別受益の持戻しの対象となることが多いです。

具体的には、例えば生前贈与された不動産の価値が3000万円、死亡時点での預貯金が2000万円の場合、遺産分割の対象となる遺産の総額は5000万円分となり、義母と義妹の相続分は、それぞれ二分の一の2500万円ずつとなります。そして、既に3000万円の生前贈与を受けている義母は、預貯金から相続分を受領することはできません。

2 持戻し免除の意思表示の推定

ただし、例外として、被相続人が、これと異なる意思表示をしていた場合には、上記のような持戻しは行わず、預貯金のみを遺産として分割することになります(同条3項)。例えば、義父が「不動産の遺産について特別受益の持ち戻しは免除する」という遺言を残していた場合等が典型ですが、遺言等がなくとも、客観的な状況から、免除の意思が推認されれば、問題ありません。

さらに、近時の民法の改正により、婚姻期間が20年以上の夫婦間で行われた居住用不動産の贈与については、特別受益として遺産に持ち戻すことを免除するという被相続人の意思があったと自動的に推定されることとなりました(民法903条4項)。

そのため、当該新法が適用される場合には、婚姻期間が20年以上の夫婦間で行われた自宅の生前贈与は相続分の計算とは無関係となり、原則としては預貯金を遺産として2分の1ずつ分けることになります。(1)の例でいえば、遺産の総額は預貯金2000万円のみとなり、これを義母と義妹で1000万円ずつ分けることになります。

なお、上記新法が適用されるのは、新法施行(令和元年7月1日)以降に贈与が行われた場合です。そのため、贈与が新法施行前に実施された場合には、原則に立ち返り、被相続人に持ち戻し免除の意思表示があったこときちんと主張して認められる必要があります。

もっとも、婚姻期間が長期間に及んでいる夫婦間での贈与であれば、それは長年の妻としての貢献に報い、その老後の生活の安定を図る目的であり、遺産分割での取得額を減少させる意図は有していないとして、暗黙のうちに黙示の意思表示がされたと認定された例もあります(東京高裁平成8年8月26日決定)。法改正により推定規定が設けられたことからしても、本件のようなケースでは、持戻し免除の意思表示が為されたとの主張は十分に可能かと思われます。

第2 特別寄与料の請求

1 新設された特別寄与料の請求について

被相続人に対して、介護を含めた療養看護等の貢献をした方について遺産から分配を受けさせる制度としては、遺産分割において「寄与分」として考慮されることがありました。

もっとも、寄与分は、あくまで法律上の相続人にしか認められておらず、お嫁さんが同居する夫の両親の介護をした場合などは、どれだけ貢献をしても相続において直接金銭的な見返りを受けることはできませんでした。

しかし、令和元年7月1日の民法の改正により、相続人ではない親族であっても、被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより、被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者(特別寄与者)は、相続人に対して寄与に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払を請求することができるとされました(新民法1050条)。

具体的には、あなたが義父の介護により特別寄与者と認められる場合には、相続人である義母や義妹に対して、遺産から特別寄与料の支払いすることを請求することが可能となりました。

2 特別寄与料請求の要件について

この請求を行うための要件は、法律上の「親族」であること、「無償で療養看護、その他の労務の提供をした」こと、それによって「被相続人の財産の維持又は増加に貢献した」こと、それらが「特別の寄与」と認められることです。

以下、各要件について解説します。

ア 法律上の親族とは、六親等以内の血族、配偶者、三親等以内の姻族です(民法725条)。長男のお嫁さんについては、三親等以内の姻族に該当しますので、法律上の親族に該当します。

イ「無償での療養看護、その他労務の提供」には、いわゆる介護等も含まれます。ただし、その介護が、「それによって被相続人の財産の維持又は増加に貢献した」と言えるほどの「特別の寄与」でなければなりません。

この点、従前の「相続人としての特別の寄与(寄与分)」の認定については、相続人の身分関係に基づいて通常期待される程度の貢献を超えるほどの高度な貢献である必要があるとされていました。しかし、特別寄与者は、相続人ほど密接な身分関係を有しているものではないため、「特別の寄与」と認められるか否かの基準は、身分関係も考慮した上で「その者の貢献に報いるのが相当と認められるほどの顕著な貢献があったか否か」で判断されることになります。

もっとも、具体的に「特別の寄与」として認められるためには、これまでの寄与分の認定における判断が参考になると思われます。

具体的には、客観的に親族による介護が必要な状況(寝たきりや、要介護2以上)であり、介護等に従事した期間もある程度の長期間(最低でも1年以上)であり、仕事の片手間などではなく作業に専念していたことなどが必要と思われます。また、財産の維持・増加との関係で、本来であれば施設等に入居させる必要があったのに、自らの介護によりその出費を免れたような場合に限られます。

本件でも、特別寄与料を請求するためには、要介護の認定通知書、診断書、医療機関の領収書等の客観的資料を準備した上で、仕事を辞めた経緯や実施していた介護労務の内容、その期間等を詳細に主張する必要があります。

3 請求のための手続き

特別寄与料は、相続人に対して、その相続分に応じて負担を請求することができます。本件の場合には、義母と義妹に対して、それぞれ二分の一ずつ請求することができます。

請求可能な金額については、法律上は、「寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して」定めるとされています(同条3項)。

この点も寄与分の場合の算定が参考になると思われますが、実務上は、介護の専門家ではないことを考慮され、現実的な介護報酬の相当額に0.5~0.8程度の割合を乗じた金額が寄与料として請求できると見込まれます。

もっとも、上記のとおり、寄与料の算定には、相続財産の額を含めた一切の事情が考慮されるため、例えば遺産が債務超過の場合等には、特別寄与料の請求が認められない可能性もあります。

請求の手続きについて、まずは当事者の協議により特別寄与料を定めることが予定されていますが、協議が整わない場合は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を求めることができます。

この事件は、単独で提起することもできますが、仮に遺産分割調停と併合して行うこともできます。現実的にも、特別寄与料を定めるためには遺産の内容を把握する必要はありますから、本件のようなケースでも、義母と義妹の遺産分割調停に、あなたからの特別寄与料の請求事件を併合して進めることになるでしょう。

4 新法施行前の相続の場合

なお、特別寄与料の請求の規定は、改正法の施行後に生じた相続、つまり令和元年7月1日以降に被相続人が死亡した相続に対して適用されます。

そのため、これ以前に発生した相続の場合には、あなたの立場から特別寄与料の請求はできません。

第3 まとめ

今回の民法の改正により、配偶者間での不動産の贈与や、相続人ではない親族の介護などの従来問題されてきた部分について新たな規定が創設されました。

まだ法律の施行から間もなく、相続開始時(被相続人死亡時)が何時になるのか、新旧いずれの法律が適用されるかにも注意が必要です。

今後の生活をきちんと守るためにも、弁護士に相談して適切な対応を取られることをお勧め致します。

以上

関連事例集

その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

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参照条文
民法

(親族の範囲)
第七百二十五条 次に掲げる者は、親族とする。
一 六親等内の血族
二 配偶者
三 三親等内の姻族

(特別受益者の相続分)
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
4 婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。

第九章 特別の寄与

第千五十条 被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続の放棄をした者及び第八百九十一条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は、相続の開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる。
2 前項の規定による特別寄与料の支払について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から六箇月を経過したとき、又は相続開始の時から一年を経過したときは、この限りでない。
3 前項本文の場合には、家庭裁判所は、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、特別寄与料の額を定める。
4 特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない。
5 相続人が数人ある場合には、各相続人は、特別寄与料の額に第九百条から第九百二条までの規定により算定した当該相続人の相続分を乗じた額を負担する。