経済的全損の賠償限度|物損事故で想定される損害とは

民事・交通事故|自動車に関する物損事故の処理について、経済的全損すなわち修理代金と車両の時価を比較して修理代金の方が大幅に高いという場合の賠償限度|経済的利益が小さい案件での弁護士費用特約|最判昭和49年4月15日民集28・3・385他

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集

質問

先日車を運転していたら、右側から信号無視をした車が突っ込んできて、衝突事故となってしまいました。警察の話では、過失割合は100:0で私に過失はないとのことでした。

幸いこの事故で怪我を負うことはありませんでしたが、私の車の損傷が大きく、見積りを取得したところ、修理代金がかなり高額となる見込みです。また、私は普段、通勤に車を利用していたため、修理が完了するまでの交通手段をどのようにするか悩んでいます。

先方の保険会社に対する損害賠償請求について、今後どのように進めていけば良いでしょうか。なお、加入している任意保険に弁護士費用特約が付帯しているのですが、本件のように経済的利益が大きくない事件についても弁護士さんは引き受けてくださるのでしょうか。

回答

1 修理代金と車両の時価を比較して、修理代金の方が大幅に高いという場合は、車両の時価相当額が損害額の上限となるという考え方を経済的全損といい、保険会社はこの考えに基づき賠償の提案をしてきます。

この点については、保険会社の考え方を支持する判例が確立してしまっているため、これと異なる取扱いを求めることは基本的に不可となります。

本件において、修理代金が車両の時価額(被害車両と同程度の中古車を購入する費用、車両購入諸費用含む)を大きく上回るのであれば、修理代金全額の請求は不可となり、車両の時価額に制限されることになります。

2 物損事故の事案においては、車両の滅失・毀損から直接生じる損害(修理費、買替差額、評価損)のみならず、そこから派生して生じる付随的な損害(代車使用料・休車損、登録関係手数料、雑費、物損に関する慰謝料、営業損害等)も生じます。

このうち、本件に関連するのは、代車使用料、登録関係手数料、雑費です。

代車料については、普段から通勤に車を利用していたということですから、他の交通機関の利用等が難しく、代車利用が不可欠と言えるのであれば、相当期間の代車料が損害として認められる可能性が高いでしょう。

また、登録関係手数料として認められる費目は、自動車登録番号変更費用、車庫証明費用、登録預り法定費用、車庫証明預り法定費用、納車費用、検査登録手続代行費用、車庫証明手続代行費用、検査登録費用、車庫証明費用等が挙げられます。自動車取得税や自動車重量税は、限定的に認められ、自動車税、自賠責保険料は損害として認められません。

雑費として認められる費目は、保管料、レッカー代、時価査定料、交通事故証明書交付手数料、廃車手数料、カーナビ及び盗難防止装置移設費用、ガードレール代、現場復旧費用等が挙げられます。

3 これらを前提に、請求する各項目の領収書関係を必ず取得・保管しておき、相手方保険会社との交渉の際に利用することになります。多くの事案は保険会社との訴外の示談交渉で和解成立となりますが、折り合いがつかない場合は、ADRや訴訟に発展することもあります。

4 弁護士費用特約に加入している場合、物損事故のような被害金額の大きくない事案であっても、タイムチャージ方式の利用等で、保険会社から相当額の弁護士費用が賄われることになりますので、弁護士へのご依頼を躊躇される必要はございません。お気軽に弁護士にお問合せいただければと思います。

5 本件事案に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

第1 物損事故において想定される損害について

物損事故の事案においては、車両の滅失・毀損から直接生じる損害(修理費、買替差額、評価損)は当然のこと、そこから派生して生じる後続的な損害(代車使用料・休車損、登録関係手数料、雑費、物損に関する慰謝料、営業損害等)も請求可能な場合がございます。

1 車両の滅失・毀損から直接生じる損害

事故との相当因果関係を有する損害としてまず考えられるのが、車両の滅失・毀損から直接生じる損害です。事故がなければ車両が滅失・毀損することもなかったわけですから、相手方に過失が存在する限り、原則として、修理代金ないし車両の時価額に相手方の過失割合を乗じた金額の賠償を請求できます。大きく分けると、事実上修理可能かどうかによって、修理代の請求となるのか、車両の時価額の請求となるのかが決まってきます。

(1) 修理可能か否かの判断基準

判例は、修理不能を①物理的全損の場合、②経済的全損の場合、③車体の本質的構成部分に重大損傷が生じた場合の3つに分類しています(最判昭和49年4月15日交民7・2・275)。

ア 物理的全損

修理技術上、修理が不可能な場合です。修理不能と聞いてまず思い浮かべるのは、この物理的全損のケースだと思います。

イ 経済的全損

修理費用が事故前の事故車両の時価等を上回る場合も、買い換えの方が安く済む(経済的である)という観点から、実務上は修理不能と判断されてしまいます。

なお、裁判実務上、単純に修理費用が事故車両の時価を上回るとするだけ経済的全損と判断するのではなく、修理費と比較すべき車両の評価額は車両時価額のみならず車検費用、車両購入諸費用等を含めた額として判断すべきという考え方が定着しています(たとえば、東京地判平成15年8月4日交民36・4・1028)。

ウ 車体の本質的構成部分に重大損傷が生じた場合

事故車両の修理が可能であっても、車体の本質的構成部分(多くはフレーム部分)が客観的に重大な損傷を受けた場合は、実質的に修理不能と判断し、事故車両と同種、同年式、同等の車両の購入価格と事故車両の販売価格との差額(買換差額)を請求できる場合があります。経済的全損とは異なり、事故車両を修理すれば自動車として一定の性能は発揮されるものの、事故前の性能にまでは回復不能な場合がこれに該当します。

(2) 修理不能な場合の損害

修理不能の場合(物理的全損、経済的全損、車体の本質的構成部分に重大損傷が生じた場合)は、事故当時の車両の交換価値である時価額が損害として認められることになります。注意しなければならないのは、当該自動車の取得価格ではなく、あくまでも、事故発生日における市場での時価額が損害となる点です。判例も、物損による被害は、被害物件を修理する以外に同種のものを入手できないような特別な事情がない限り、被害物件の価値を限度と解すべきものであり、被害者が愛着を持っていた車であらからといって、その価値を上回る修理費を損害として認めることができないと判示しています(東京高判平成4年7月20日交民25・4・787)。

時価の算定方法ですが、判例は「当該自動車の事故当時における取引価格は、原則として、これと同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得するに要する価格によって定めるべき」としています(最判昭和49年4月15日民集28・3・385)。中古車市場における時価額(小売価格)を基準にするとして、具体的にどのような資料をもとに判断するかというと、実務上は、有限会社オートガイドが毎月発行している『オートガイド自動車価格月報』(通称レッドブック)という、各自動車を年式、車種、型で区分して、それぞれの下取価格・卸価格・小売価格を掲載した専門書籍が参考にされています。

保険会社は必ずと言っていいほど、レッドブックに基づいて賠償額の提案をしてきますし、交渉が流れて裁判になった場合でも、裁判所は、被害車両と同一の車種、型、年式がレッドブックに掲載されている場合にはレッドブック記載額を基準にすることが一般的です。

(3) 修理可能な場合(技術的に修理可能で、修理代金より車両の時価が高い場合)の損害

これに対して、修理可能と判断される場合は、修理代金や評価損が損害となります。

ア 修理代金

修理業者の見積書の内容について相手方保険会社(アジャスター)から了解を得られれば、当該見積書の金額が基準となります。修理業者の工賃が過剰に高い、事故との因果関係がない修理箇所が含まれている等の事情がなければ、見積書の内容について細かく指摘を受けることは少ないでしょう。

イ 評価損

評価損とは、事故当時の車両価格と修理後の車両価格の差額をいい、①技術上の評価損と②取引上の評価損に分類されます。①技術上の評価損とは、修理を行っても主として技術上の限界から事故車両の機能や外観に回復できない欠陥が残る場合の損害です。②取引上の評価損とは、事故歴があるという理由によって事故車両の交換価値が下落する場合の損害です。

実務上、技術上の評価損については賠償すべきという考えで争いありません。

取引上の評価損については、初度登録からの期間、走行距離、損傷の部位、事故車両の人気、購入時の価格、中古車市場での通常価格等を総合的に考慮して検討することになりますが、一応の目安として、外国車または国産人気車種の場合初度登録から5年(走行距離で6万km程度)以上、その他の車種の場合初度登録から3年(走行距離で4万km程度)以上経過すると、評価損が認められにくい傾向にあります。

2 後続的な損害

後続的な損害として、代車使用料・休車損、登録関係手数料、雑費、物損に関する慰謝料、営業損害が挙げられます。

(1) 代車使用料・休車損

ア 代車使用料

代車使用料については、「交通事故により自動車が損傷を受けた場合、代車料は当然に損害として認められるものではなく、代車を使用しなければ代車料以上の損害が発生するなど、代車を使用することが必要不可欠な場合に、一時的代替手段として相当な車種の使用料の限度で認められる」と判示した裁判例(参考裁判例①:岡山地判平成10年12月11日交民31・6・19034)があります。

また、代車使用料が認められる期間については、被害車両が全損の場合は買換え自体に要する期間の他、事情に応じ、見積りその他の交渉をするのに必要な期間も含まれます(東京地判平成15年8月4日交民36・4・1028)。被害車両が全損ではない場合は、修理自体に要する期間のほか、事情に応じて見積もりその他の交渉をするのに必要な期間も含まれます(東京地判平成14年10月15日交民35・5・1317)。

車種については、原則として事故車と同程度の車種が認められることになりますが、高級外国車については国産高級車の限度で損害を認めるのが判例の傾向です。

イ 休車損

営業用車両が修理・買換によって営業が出来なかった場合には、営業を継続していたであれば得られたであろう利益の喪失が損害として認められます。

損害額の算出方法については、事故前の売上平均から経費を控除したものを基準として算出します。ただし、事故車両の使用者が代替車両を使用するなどの方法により、利益を現実的に得ていた時には、損害額が制限されることになります。

(2) 登録関係手数料

登録関係手数料として認められる費目は、自動車登録番号変更費用、車庫証明費用、登録預り法定費用、車庫証明預り法定費用、納車費用、検査登録手続代行費用、車庫証明手続代行費用、検査登録費用、車庫証明費用等が挙げられます。

自動車取得税や自動車重量税は、限定的に認められ、自動車税、自賠責保険料は損害として認められません。

(3) 雑費

雑費として認められる費目は、保管料、レッカー代、時価査定料、交通事故証明書交付手数料、廃車手数料、カーナビ及び盗難防止装置移設費用、ガードレール代、現場復旧費用等が挙げられます。

(4) 物損に関する慰謝料

裁判実務上、物損とは交換価値・使用価値といった物の価値が失われたという財産的損害に止まり、失われた価値に対する金銭的賠償をもってその損害は回復するから、精神的苦痛に対する慰謝料は発生しないという考え方に依拠しています。

ただし、例外的に、入手が極めて困難な外車等で、被害者のその物に対する特別の愛情が侵害されたような場合や、その精神的平穏を著しく害するような場合は、慰謝料が認められる余地もあります。とはいえ、余程のことがない限り慰謝料は発生しないというのが現実です。

(5) 営業損害

営業用車両が修理・買換によって営業が出来なかった場合には、営業を継続していたであれば得られたであろう利益の喪失が損害として認められます。

損害額の算出方法については、事故前の売上平均から経費を控除したものを基準として算出します。ただし、事故車両の使用者が代替車両を使用するなどの方法により、利益を現実的に得ていた時には、損害額が制限されることになります。

第2 本件の進め方について

1 損害項目の検討

(1) 本件では、修理代金の見積りが高額となっているとのことですが、車両時価額に車両購入諸費用を加えた金額が修理代金を大きく下回るような場合は、経済的全損として、修理不能と判断されるのが原則です。その場合、車両の損傷自体の損害として認められる金額は修理代金全額ではなく、時価額に限定されることになります。

他方で、車両時価額に車両購入諸経費を加えた金額が修理代金を上回る場合は、見積書の信用性に問題がない限り、当該修理代金全額が損害として認められます。これに加え、修理を行っても車両の機能や外観に回復できない欠陥が残る場合や、初度登録から年数が浅い場合は、評価損分を追加で請求可能でしょう。

(2) さらに、後続的損害として、本件では、代車使用料、登録関係手数料、雑費の請求が可能と思われます。

代車使用料については、あなたの場合、普段から通勤に車を利用していたということですから、他の交通機関の利用等が難しく、代車利用が不可欠と言えるのであれば、相当期間(買換え自体に要する期間及び見積りその他の交渉をするのに必要な期間)の代車料が損害として認められる可能性が高いでしょう。

その他、登録関係手数料、雑費としてかかる各項目についても、抜け落ちなく請求する必要がございます。

2 保険会社に対する請求

これらを前提に、相手方保険会社との間で賠償額の交渉(示談交渉)を進めることになります。請求する各項目の領収書関係を添付する必要があるため、領収書関係は必ず取得・保管しておきましょう。

示談交渉で折り合いがつかない場合は、ADRや訴訟に発展することもあります。

保険会社からの提案に納得できない部分がある場合や、保険会社とのやり取りを自ら行うのが時間的・心理的に負担に感じるような場合は、弁護士に手続きを任せると良いでしょう。

3 弁護士費用について

物損事故は被害金額が、比較的に大きくないため、従来は弁護士が介入する余地が乏しかったのですが、近時、弁護士費用特約の普及により、依頼者の皆様の経済的ご負担がない形で代理人活動を行うことが出来るようになりました。物損事故のような経済的利益の大きくない事案であっても、タイムチャージ方式の利用等で、保険会社から相当額の弁護士費用が賄われることになりますので、ご安心ください。

請求金額が大きくないからといって、弁護士への依頼を躊躇される必要はございません。

以上

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