No.1858|犯罪を犯してしまった時

余罪捜査を理由とする勾留延長の阻止

刑事|連続器物損壊罪と勾留延長に対する準抗告|勾留延長の要件である「やむを得ない事由」の運用|余罪による再逮捕阻止

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

私の70歳の夫が警察に逮捕されてしまいました。何でも、日ごろのストレスを発散するために、近所の駐輪場に停めてあった自転車をパンクさせるという行為を2か月ほど前から行っていたようであり、器物損壊罪ということで逮捕されました。夫は罪を全て認めています。

現在、10日間の勾留期間が終わりそうなのですが、今頼んでいる弁護士からは、2か月の間に10回位やっているようなので、勾留が延長される可能性が高い、と言われています。

夫は、退職後、特に仕事等はしておりませんが、早期釈放は難しいでしょうか。

回答

1 早期釈放のためには、勾留延長を阻止する必要がありますが、そのためには被害者との示談が必要になります。器物損壊罪は比較的法定刑の低い罪ですが、余罪が10件もある場合、勾留延長により長期間の勾留が容認されやすい傾向にあります。また、ご主人は現在無職とのことですので、適切な弁護活動を行わなければ、勾留が延長されてしまう危険性や、余罪での再逮捕等が行われてしまう危険性も高いといえます。

2 一方で、器物損壊罪は親告罪ですので、被害者との示談が成立すれば、処罰されることはありません。当然、捜査手続きも終了となります。そのため、示談を行う具体的な準備ができていること、即ち示談金を準備していることを裁判所に示せば、早期に釈放が可能な場合も多いです。裁判所に証明する方法としては、弁護人から預託金証明書を提出する方法等があります。勾留の延長が決まってしまう前に、早期に弁護人と協議し検察官や裁判官と交渉することをお薦め致します。

3 なお、捜査機関は、多数存在する余罪の捜査の必要性を理由として、勾留の延長を請求してくる場合があります。法的には、余罪捜査のための勾留は許されていませんが、実際の運用上は、余罪捜査のための勾留が容認されてしまう傾向もあります。そのため、早期釈放のためには、余罪勾留が違法であることを主張するのに平行して、判明している余罪についても全て示談を行う具体的な準備をすることも必要です。

4 早期釈放の為には、示談なども含めた十分な準備を迅速に行った上で、それを裁判所に的確に証明する必要があります。速やかに経験のある弁護士に依頼し対策を取ることをお薦めします。

5 関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 勾留延長の手続き

まず、身体拘束の流れについて説明します。

逮捕された被疑者については、検察官が留置の必要があると判断した場合、裁判所に勾留の請求をします。この請求があると、裁判所は、被疑者が「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」場合でさらに

一 被告人が定まつた住居を有しないとき。
二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

のいずれかに該当する場合には、被疑者を勾留し、身体を10日間拘束することができます(刑訴法60条、208条1項)。

さらに、法律上、「やむを得ない事由」があると認めるときは、検察官の請求により、最大でさらに10日間、勾留が延長される場合があります(刑訴法208条2項)。

実務上、この「やむを得ない事由」の範囲は広く認められてしまっており、器物損壊罪のような軽微な事案であっても、勾留の延長が比較的容易に認められてしまう傾向にあります。そのため、勾留の延長を回避するためには、「やむを得ない事由」が存在しないことを積極的にこちらから主張する必要があります。

勾留の延長は、まず検察官が裁判所に請求しますので、まずは検察官に対して、勾留の延長をしないように働きかける必要があります。仮に延長が請求されてしまった場合には、裁判官に対して、延長の請求を却下するように要請することになります。さらに、裁判官が延長を決定してしまった場合には、「準抗告」という手続きにより不服を申し立てることも可能です。

2 勾留延長回避のための具体的な方法

では、勾留の延長を回避するためには、具体的にどのような主張を、検察官や裁判官に行う必要があるでしょうか。

基本的には、前記1で述べた法律上の要件が存在しないことを主張すれば良いのですが、実際の運用上は、法律上の要件(特に延長が「やむを得ない」事由)については、緩やかに認められてしまっているため、単に捜査の必要性が小さいこと等を主張しても、効果的ではありません。

ここで最も重要なことは、被害者との示談の準備を迅速に行うことです。器物損壊罪は親告罪ですので、被害者との示談が成立し告訴が取り下げられれば、法律上、公訴を提起することはできなくなります(刑法264条)。

勾留期間中に示談が成立すれば一番良いですが、仮に示談が成立していなくても、示談のための現実的な準備ができていることを検察官や裁判官に示せば、勾留の延長までは行われない可能性が高まります。

具体的には、示談のために必要な示談金(できれば、被害金額(修理代金等)を十分に超える金額)を用意していることを証明することが必要です。証明する方法としては、弁護人に示談準備金を預託し、弁護士から検察庁や裁判所に対して、預託金証明書として提出させる方法等があります。

3 余罪を理由とする勾留の延長

なお、本件では、多数の余罪が存在するとのことですが、複数の余罪が疑われる場合、捜査機関(検察官や警察)は、多数存在する余罪の捜査の必要性を理由として、勾留の延長を請求してくる場合があります。

もっとも、法的には、専ら余罪の捜査を行うための勾留は許されていません。余罪について捜査を行う必要があれば、余罪で再度逮捕・勾留の手続きを取ってから捜査を行うのが本筋であり、既に本件の捜査が終結したにも関わらず、余罪の捜査のための勾留を行うことは、違法な別件勾留となります。しかし、余罪について調べなければ本件犯罪についての処分を決せられないことも否定できませんので、別件逮捕として違法とは一概には言えないところです。

一方で、「勾留延長をせずに余罪で再度逮捕・勾留の手続きを取るとかえって被疑者の拘束時間が長くなってしまう可能性があるから、延長を認めて余罪の捜査をまとめて行った方が良い」等の理屈により、裁判所も、実質的には余罪の捜査のための勾留延長請求を認めてしまうことが多いのが現実であり、一部、そのような姿勢に同調する弁護人もいると聞きます。

しかし、仮に勾留期間を延長して捜査を行っても、捜査機関が再度余罪での逮捕・勾留を行わない保証はそもそもありません。また、実際上は、延長前の勾留期間の10日中に余罪の捜査も大部分が進んでいることが多いため、裁判所が勾留延長を認めなければ、捜査機関が再度逮捕、勾留まで行うケースは多くありません。万が一、再度逮捕されたとしても、勾留までは認められない可能性は高く、やはり本件の延長を却下することが、結果として最も被疑者の利益となることが殆どです。

その為、裁判官に対しては、①余罪を理由とした勾留の延長は違法となること、②既に余罪の捜査も大部分が進んでいることを強く主張し、原則通りに勾留延長を拒否することを強く示した方が良いでしょう。

捜査の進捗状況については、勾留延長を判断する裁判官もほとんど把握しておりません。そのため、本件で具体的に想定される捜査の内容とその進捗具合を、弁護人から説明する必要があります。本件のような器物損壊事案であれば、必要な捜査としては、被害物品の調査・確認や、犯行現場の防犯カメラの映像の確認、現場の引き当たり捜査、関係者の供述の録取等に限られるため、これらの捜査が終結していれば、延長の必要性は小さいと認められます。

それと並行して、余罪についても、示談の準備ができていることを示すことも重要です。警察等の捜査機関は、余罪については捜査中ということで、被害者との示談に協力的ではない場合もありますが、余罪のための被害弁償金・示談金も含めた十分な示談金を準備し、示談成立の見込みが高いことを示すことができれば、当然、余罪捜査を理由とした勾留についても必要性が著しく小さくなります。

これらの活動を行えば、余罪が多数存在する場合であったとしても、勾留の延長を回避し、早期に釈放をされることも可能です。

4 まとめ

早期釈放の為には、示談なども含めた十分な準備を迅速に行った上で、それを裁判所に的確に証明する必要があります。

速やかに経験のある弁護士に依頼し対策を取ることをお薦めします。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

Yahoo! JAPAN

参照条文

刑法

(器物損壊等)
第二六一条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

(親告罪)
第二六四条 第二百五十九条、第二百六十一条及び前条の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

刑事訴訟法

第六十条 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
一 被告人が定まつた住居を有しないとき。
二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
(略)

第二百八条 前条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
2 裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。