新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1835、2018/08/21 17:33 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【家事、婚姻届けへのサインを強要された場合の対処法、婚姻無効確認の訴え】

配偶者暴力による婚姻の無効手続き



質問:
私の娘に関する相談です。私の娘は,交際している男性と二人で暮らしていたのですが,その男性は娘に暴力を振るっていました。その上,「これ以上殴られなくなかったら婚姻届けにサインしろ」等と脅かし,娘は言いなりになって婚姻届けを書いてしまいました。その婚姻届は,半年ほど前に提出されております。
しかし,暴力に耐えきれなくなった娘は,男の目を盗んで警察に通報した結果,夫は娘への暴行罪で逮捕されました。男は,10日ほどして罰金を払って釈放されたようです。今後は,娘と男の戸籍を清算し,関係を絶ちたいと思っていますが,どのように手続きを進めたら良いでしょうか。なお,男は,警察に対して,娘とは関係を絶つとは言っていたようですが,今どこにいるのかは一切不明です。



回答:
1、お伺いしている事情からすると,娘様は,同居していた男の暴力が原因で無理やり婚姻届を提出させられたとのことですので,婚姻の「無効」の手続きを取ることができる可能性があります。婚姻が無効と認められた場合,婚姻自体が最初から存在しなかったものとして扱われることになりますので,婚姻の経歴を削除することが可能です。

2、婚姻の無効を求める場合の手続きとしては,家庭裁判所に対して,婚姻無効確認の訴えを提起する方法が原則となります。本件のように相手方の居所が知れない場合には,裁判所に公示送達という方法を申立て,手続きを進めることになります。また,確実に判決を得るためには,娘さん本人の言い分をまとめた陳述書や,相手方が罰金刑に処されている刑事記録等を証拠として提出する必要があります。なお,婚姻無効確認の訴えは,調停前置主義がとられていますが,状況によってはいきなり訴えを起こして手続きを進めることも可能です。これら手続きを速やかに進めるためには,弁護士等の専門化に依頼することをお勧めいたします。

3、公示送達に関し参考法律相談事例集キーワード検索1206番1147番965番964番911番910番909番666番478番参照。


解説:

1 婚姻無効又は取消しが認められる場合

 (1) 婚姻の無効

   ご相談の事情からすると,娘様は,同居していた男に無理やり婚姻届けを提出させられたとのことですので,婚姻の「無効」の手続きを取ることができる可能性があります。
   まず,婚姻の「無効」は,法律上,以下の場合に認められます。

  (婚姻の無効)
第742条 婚姻は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二 当事者が婚姻の届出をしないとき。ただし、その届出が第七百三十九条第二項に定める方式を欠くだけであるときは、婚姻は、そのためにその効力を妨げられない。

ここでいう「当事者間に婚姻をする意思」とは,判例上「当事者間に真に社会通念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思(最判昭和44年10月31日)」であるとされています。

そして,当該婚姻意思は,婚姻届を提出又は受理される際に存在していることが必要です。従って,一旦婚姻届けに署名をしても,届出前受理前に撤回の意思が無くなっていれば,婚姻は無効となります。

本件では,相手男性から暴力を受けている状況で命令されて仕方なく婚姻届けに署名したという経緯ですので,そもそも娘様には,婚姻届けを男性が提出した際に,相手男性と夫婦関係を設定する意思は無かったと認められます。従って,法律上,婚姻の無効の主張が認められる可能性は高い事案であるといえます。

婚姻が無効と認められた場合,婚姻自体が最初から存在しなかったものとして扱われることになります。

 (2) 婚姻の取消し

   また本件では,婚姻が強迫によってなされたものであるとして,婚姻の取消しを請求することも可能と考えられます。もっとも,強迫を理由とする婚姻の取消しは,当事者が強迫を免れたときから3か月以内に請求する必要があります。本件では,相手方男性が逮捕されたときが,強迫から免れたときとなる可能性が高いと言えるでしょう。

   また,婚姻が取消された場合,無効の場合とは異なり,婚姻自体は有効なものとして扱われ,当該婚姻は将来に向かってのみその効力を失うことになります(民法748条)。

   そのため,婚姻無効が認められるのであれば,そちらを積極的に求めるべきと言えるでしょう。

2 婚姻無効の法的な手続き

(1) 戸籍訂正許可の審判

   婚姻の無効を求める場合の手続きとしては,まず家庭裁判所に戸籍訂正の許可を求める審判を申し立てる方法が考えられます(戸籍法114条)。しかし,戸籍訂正が許可されるためには,婚姻が無効であることが明白であることが必要ですので,当事者間に争いが無いことが前提となります。

  そのため,手続きを進めるには,相手方男性の協力が必須となり,本件のように,相手方男性が友好的でなく,居所も不明な場合には,当該手続きによる解決は困難です。

(2) 婚姻無効確認の訴訟

  そこで,相手方の協力が得られない場合には,家庭裁判所に対して,婚姻無効確認の訴えを提起する方法が考えられます。

  この方式であれば,例え相手が非協力的であっても,最終的に裁判所が婚姻の無効を認定すれば,婚姻無効の判決を得て,戸籍の訂正の手続きを取ることが可能です。

  本件では,相手方の居所が不明であるとのことですが,そのような場合でも,裁判所に公示送達を申し立てることで,手続きを進めることが可能です。公示送達とは,相手への呼び出し等を一定期間裁判所の掲示板に張り出すことにより、相手方に到達したとみなすことができる方法です。当該方法を利用するためには,相手の居所が知れないことを裁判所に示す必要があります。具体的には,住民票等を確認した上で,その場所に相手が居ないこと等の報告書を提出することになります。

  公示送達の結果,相手方裁判所に出頭しない場合,当方できちんと婚姻無効の理由を証明することが出来ていれば,裁判は1回の期日で終了し,そのまま婚姻の無効が認められ,判決が下されることになります。1回の期日で婚姻無効の理由を証明するためには,基本的には娘さん本人の言い分をまとめた陳述書を作成し,提出することが必要です。

  仮に相手方が裁判の中で,婚姻の無効を争った場合には,当方において,婚姻届けが無効である客観的証拠を示す必要があります。本件では,相手方が逮捕されて罰金刑に処されているとのことですので,必要に応じて,検察庁で刑事記録の開示手続きを行うと良いでしょう。

  なお,婚姻無効確認については,調停前置主義がとられているため,原則としては,訴えを提起する前に調停の手続きを経る必要があります(家事事件手続法第257条)。

  もっとも,「裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるとき」は,調停を経ずに訴えを提起しても,そのまま受理されて手続きを進めることは可能です。具体的には,相手方の居所が不明である場合や,相手方が調停に応じないことが明らかである場合などです。いきなり訴えを提起する場合には,相手が調停に応じないと認められる報告書等を提出することが必要です。

(3) 戸籍訂正の手続き

  訴えの結果,婚姻無効の判決を取得することができた場合には,それをもとに役所で戸籍訂正の手続きを取る必要があります。この戸籍訂正の手続きは,判決確定後1か月以内に行う必要があります(戸籍法116条)。

  戸籍訂正がされれば,娘さんの戸籍は,婚姻前の状態に戻る(親の戸籍に戻る)ことになります。

3 まとめ

  本件で婚姻無効の訴えの手続きを進めるためには,調停前置主義の回避,相手への公示送達,婚姻無効の立証を滞りなく進めるための資料の準備が必要となります。被告が裁判に出てこない場合は欠席判決ということで、特に証拠調べの手続きを経ないで1回目の裁判で終結して判決ということもありますが、婚姻無効のような身分行為に関する裁判では、簡単ではありますが、証拠調べ、原告本人尋問を行ったうえで判決するのが一般的です。また、公示送達の場合は、現実には被告は裁判となっていることは知らないため、欠席裁判では判決することはできないため、証拠調べは必要です。

  これらの手続きを速やかに進めるためには,やはり弁護士等の専門家に依頼することをお勧めいたします。

【参照条文】
(民法)
(婚姻の無効)
第七百四十二条 婚姻は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二 当事者が婚姻の届出をしないとき。ただし、その届出が第七百三十九条第二項に定める方式を欠くだけであるときは、婚姻は、そのためにその効力を妨げられない。
第七百四十七条 詐欺又は強迫によって婚姻をした者は、その婚姻の取消しを家庭裁判所に請求することができる。
2 前項の規定による取消権は、当事者が、詐欺を発見し、若しくは強迫を免れた後三箇月を経過し、又は追認をしたときは、消滅する。
(婚姻の取消しの効力)
第七百四十八条 婚姻の取消しは、将来に向かってのみその効力を生ずる。
2 婚姻の時においてその取消しの原因があることを知らなかった当事者が、婚姻によって財産を得たときは、現に利益を受けている限度において、その返還をしなければならない。
3 婚姻の時においてその取消しの原因があることを知っていた当事者は、婚姻によって得た利益の全部を返還しなければならない。この場合において、相手方が善意であったときは、これに対して損害を賠償する責任を負う。

(家事事件手続法)
(調停前置主義)
第二百五十七条 第二百四十四条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。
2 前項の事件について家事調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、裁判所は、職権で、事件を家事調停に付さなければならない。ただし、裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるときは、この限りでない。
3 裁判所は、前項の規定により事件を調停に付する場合においては、事件を管轄権を有する家庭裁判所に処理させなければならない。ただし、家事調停事件を処理するために特に必要があると認めるときは、事件を管轄権を有する家庭裁判所以外の家庭裁判所に処理させることができる。

(戸籍法)
第百十四条 届出によつて効力を生ずべき行為について戸籍の記載をした後に、その行為が無効であることを発見したときは、届出人又は届出事件の本人は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍の訂正を申請することができる。
第百十六条 確定判決によつて戸籍の訂正をすべきときは、訴を提起した者は、判決が確定した日から一箇月以内に、判決の謄本を添附して、戸籍の訂正を申請しなければならない。
○2 検察官が訴を提起した場合には、判決が確定した後に、遅滞なく戸籍の訂正を請求しなければならない。


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