No.1831|離婚に関する問題

臨終婚の婚姻届の効力

親族|配偶者の一方が婚姻届出当時意識不明だった場合、婚姻は届出意思がないものとして無効となるか|最高裁判所昭和45年4月21日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

夫と知り合ってからすぐに夫の自宅で同居を始めました。同居期間は5年ほどになります。同居を始めてから夫から何度か婚姻届けを提出するように言われましたが、私は結婚に失敗したこともあり、夫との婚姻届けを出すことに躊躇していました。そんな中、夫は交通事故に遭い、瀕死の重傷を負いました。夫には意識があったため、夫から婚姻届けを出そうと言われたので、私は了解しました。そして、私の叔父に証人になってもらうため病院に来てもらい、叔父立ち合いのもとで私は婚姻届出書を作成しました。夫は重症のため、ペンを持つこともできなかったため、私が代わりに婚姻届けに署名捺印をしました。

ところが、その日の晩に夫の容態が急変し、意識不明の重体になりました。このときは夫は意識不明の状態になりました。翌日、夫の容態も安定したので私は地元の役所に行き、戸籍課に既に作成していた婚姻届けを提出し、受理されました。婚姻届けを出してからも夫の意識は戻らず、数日後に亡くなりました。夫の遺産は、夫名義の自宅土地建物と預金がありました。夫の相続人は配偶者である私と、夫の弟の2人です。

先日、家庭裁判所から私あてに郵便物が届きました。中を見ると、婚姻無効の訴えと書いてあり、訴えたのは夫の弟でした。私と夫の弟とは直接面識はありません。訴状の内容については、私と夫との婚姻届けは夫が意識不明のときに届出受理されたもので、婚姻は無効となると書いてあります。

私が役所に提出した婚姻届は訴状に書いてあるとおり無効になってしまうのでしょうか。

回答

結婚届書作成の際に、ご主人に婚姻の意思と婚姻届出の意思があった場合、その後、婚姻届出を役所に提出、受理される時点で昏睡状態となり、意識がなくなったとしても、婚姻届提出前にご主人が婚姻を翻意する等具体的に婚姻意思がないことを表明するなどの特段の事情がなければ婚姻は有効です。

婚姻が成立するためには、婚姻する意思(民法742条1号)と婚姻届出が必要ですが(民法739条1項)、この要件から婚姻の意思は婚姻の届け出の時点で必要であるとされています。従って、婚姻届出を作成した時点では婚姻意思があったとしても、婚姻届出までに翻意して結婚を止めたい場合はいくら結婚届け出が受理されたとしても婚姻は無効です。

この点を厳密に考えると、婚姻届出時に意識不明となってしまった場合、婚姻の意思も届出の意思もなく婚姻は無効になるとも考えられます。しかし、意識不明となった人の気持ちを尊重すると婚姻無効という結論には疑問があります。そこで、一度婚姻の意思をもって婚姻届出を作成した場合、その後、届け出の時点までに意識がなくなったというような場合でも、意識不明となる前に婚姻を止める意思が表示されていない限り婚姻意思は有効に存在するとして婚姻を有効と認めるのが最高裁判所の見解です。届出が必要とされる趣旨から考えて妥当な判断と思われます。婚姻関係は当事者の婚姻意思が基本であり不可欠ですが、相続、扶養等公的関係を規律する面があり届出意思は、婚姻を公のものとする意思と考えられます。従って、婚姻の合意意思よりも広くとらえ、一旦届出意思を明らかにした以上、その後届出時にその意思が不明になったとしても、届け出をしないことが明らかな状態を除きその存在をみとめるべきでしょう。

病気等の理由により死が間近な場合にする婚姻(臨終婚といわれ、すぐに亡くなってしまうことからその後の共同生活をする意図がないため婚姻の意思があるといえるか問題とされました)でも、婚姻の意思としては有効とすることも認められています。

無効の訴えの被告となった場合、ということですから、どのように主張・反論するか、専門家の意見を参考にすることも必要と思われます。一度、お近くの法律事務所にご相談に行かれた方がよいでしょう。

解説

第1 婚姻意思と届出意思

夫婦関係の形成は、男女の精神的・肉体的なつながりを基礎とする共同生活関係にあるといえます。この点で民法は752条で夫婦の同居・協力・扶助の義務を規定しています。このような共同生活を形成する意思があって、婚姻意思が認められます。婚姻意思を前提にして、婚姻届けを提出することによって婚姻は効力を生じます(民法739条)。婚姻届けについても届出意思が必要とされています。このように婚姻の意思の他に届け出の意思による婚姻届出が婚姻の成立要件となります。

そこで、ご相談のように、当事者双方で婚姻意思に基づいて結婚届出書を作成しても、婚姻届を提出・受理された当時、当事者の一方が病気で昏睡状態になった場合、婚姻の意思、婚姻の届出意思を欠き婚姻が無効となってしまうのか、次に解説します。

第2 婚姻当事者の一方が意識不明となっている場合の婚姻届の効力

婚姻届を提出した当時、当事者の一方が病気で昏睡状態にあった場合、婚姻届けは無効となるのでしょうか。この点、最高裁判所が判断をしていますので、紹介します。

・事案

昏睡状態にあった一方当事者をEとします。
(1) 昭和39年9月ころ Eは肝硬変で入院。
(2) 昭和40年4月3日 Eの病状が悪化した。
(3) 同年4月4日 Eは朝から完全な昏睡状態にになる。
(4) 同年4月5日午前9時10分頃 第三者Dが市役所に届出し、受理された。
(5) 同年4月5日午前10時20分 E死亡

・判決

最高裁判決の概略は次のとおりです。①婚姻届が当事者の意思に基づいて作成され、②作成当時婚姻意思を有し、③夫婦共同生活が存続していることを前提として、届出当時当事者が意識を失っていたとしても、届出以前に当事者が婚姻を翻意するなど婚姻の意思を失う特段の事情がなければ、婚姻は有効としています。

判決文を一部引用します。詳細については下記裁判所HPのリンク先をご参照ください。

『本件婚姻届がEの意思に基づいて作成され、同人がその作成当時婚姻意思を有していて、同人と上告人との間に事実上の夫婦共同生活関係が存続していたとすれば、その届書が当該係官に受理されるまでの間に同人が完全に昏睡状態に陥り、意識を失つたとしても、届書受理前に死亡した場合と異なり、届出書受理以前に翻意するなど婚姻の意思を失う特段の事情のないかぎり、右届書の受理によつて、本件婚姻は、有効に成立したものと解すべきである。』

・最高裁判所昭和44年4月3日判決(婚姻無効確認請求上告事件)
・上記判例PDF

この判例は、当事者が事実上の夫婦として共同生活を送っていた事案です。事実上の共同生活を送っていたということは、婚姻の意思を認めるための事情と考えられますから、共同生活を送っていたことが要件となる訳ではないと考えられます。

その後の最高裁判所の判決(昭和45年 4月21日)でも、同居はしていないが、「将来婚姻することを目的に性的交渉を続けてきた者が、婚姻意思を有し、かつ、その意思に基づいて婚姻の届書を作成したときは」届け出の時点で意識を失っていても婚姻は有効と判断しています。「将来婚姻することを目的に性的交渉を続けてきた者」ということも婚姻の意思を認めるための事情といえますから必ずしも性的関係が継続されている必要はありません。

第3 婚姻意思の判断

婚姻の無効の理由としては、婚姻意思がない、婚姻届出の意思がないことが考えられますが、まずは、婚姻届出書の署名が本人のものか否かが、問題となります。署名については原則本人自身が自ら書く必要があり、本人が書いたものであれば、まずは婚姻が無効となることはないと考えてよいでしょう。

手が不自由で書けないという場合は代筆といって本人以外のものが記載することも有効です。その場合、必ず本人に代筆を認める意思があったのか問題となりますから、代筆による婚姻届出書を作成する場合は、必ず後日証拠となるものを用意しておく必要があります。第三者的な立場の人に代筆の際本人の意思を確認してもらうのが一般的です。

ご相談の場合、叔父様が立ち会われたということですが第三者的な立場にある方であれば、書面の点は問題ないでしょう。そうであるとすれば、仮に、届け出の時点で意識がないとしても婚姻は有効ですので、裁判となっても心配することはありません。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

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参照条文

民法

(親族の範囲)
第七百二十五条 次に掲げる者は、親族とする。
一 六親等内の血族
二 配偶者
三 三親等内の姻族

(離婚等による姻族関係の終了)
第七百二十八条 姻族関係は、離婚によって終了する。
2 夫婦の一方が死亡した場合において、生存配偶者が姻族関係を終了させる意思を表示したときも、前項と同様とする。

(婚姻の届出)
第七百三十九条 婚姻は、戸籍法 (昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。
2 前項の届出は、当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で、又はこれらの者から口頭で、しなければならない。

(婚姻の無効)
第七百四十二条 婚姻は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二 当事者が婚姻の届出をしないとき。ただし、その届出が第七百三十九条第二項に定める方式を欠くだけであるときは、婚姻は、そのためにその効力を妨げられない。

(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

(子及びその代襲者等の相続権)
第八百八十七条 被相続人の子は、相続人となる。
2 被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第八百九十一条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。
3 前項の規定は、代襲者が、相続の開始以前に死亡し、又は第八百九十一条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その代襲相続権を失った場合について準用する。

(直系尊属及び兄弟姉妹の相続権)
第八百八十九条 次に掲げる者は、第八百八十七条の規定により相続人となるべき者がない場合には、次に掲げる順序の順位に従って相続人となる。
一 被相続人の直系尊属。ただし、親等の異なる者の間では、その近い者を先にする。
二 被相続人の兄弟姉妹
2 第八百八十七条第二項の規定は、前項第二号の場合について準用する。

(配偶者の相続権)
第八百九十条 被相続人の配偶者は、常に相続人となる。この場合において、第八百八十七条又は前条の規定により相続人となるべき者があるときは、その者と同順位とする。

(扶養義務者)
第八百七十七条 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

(特別縁故者に対する相続財産の分与)
第九百五十八条の三 前条の場合において、相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。
2 前項の請求は、第九百五十八条の期間の満了後三箇月以内にしなければならない。

人事訴訟法

第二条 この法律において「人事訴訟」とは、次に掲げる訴えその他の身分関係の形成又は存否の確認を目的とする訴え(以下「人事に関する訴え」という。)に係る訴訟をいう。
一 婚姻の無効及び取消しの訴え、離婚の訴え、協議上の離婚の無効及び取消しの訴え並びに婚姻関係の存否の確認の訴え
二 嫡出否認の訴え、認知の訴え、認知の無効及び取消しの訴え、民法 (明治二十九年法律第八十九号)第七百七十三条 の規定により父を定めることを目的とする訴え並びに実親子関係の存否の確認の訴え
三 養子縁組の無効及び取消しの訴え、離縁の訴え、協議上の離縁の無効及び取消しの訴え並びに養親子関係の存否の確認の訴え

※人事訴訟法2条は「人事訴訟」の定義についての規定で、具体的手続きについては4条以下に規定されている。