新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1828、2018/07/30 14:07 https://www.shinginza.com/rikon/

【家事、婚姻無効訴訟、最高裁判所昭和44年10月31日、最高裁判所昭和44年4月3日判決、同昭和45年4月21日判決】

婚外子を嫡出子とするための便宜的婚姻届の効力



質問:
 私は彼と5年間、交際をしています。同居生活はしておりませんが、お互い、将来は夫婦になると話をしていました。ところが彼の両親は、私と結婚することに猛烈に反対をしており、彼もそれに折れる形で、別の女性とお見合いをし、その女性と結婚することになりました。そんな中、私は彼の子を妊娠しました。もうすぐ出産する予定です。彼は私が彼の子を出産することに反対をしていません。問題は、これから生まれる子供の戸籍のことです。私としては、彼と一旦結婚をし、夫婦となっている間に生まれた子供としたいと考えています。その後、彼と離婚をするのはかまいません。彼も、すぐに離婚するのであれば、子供のために婚姻届出を出すことを了承しています。
 相談は、子供を夫婦の子として届け出るため、便宜上、彼との婚姻届けを役所に出し、後に離婚をする場合、後で、彼から婚姻の無効を主張されると、この婚姻届けは無効とされるのでしょうか。彼の両親や婚約者には相談していませんので後から文句が出るのではないかと心配です。

回答:
 彼との子供を、嫡出子とするためだけに行われた婚姻は届けを提出することは、後日仮に彼に婚姻無効の訴えを提起された場合、婚姻無効と判断されてしまいます。最高裁判所昭和44年10月31日判決は、婚姻が有効となる要件である婚姻意思を、当事者間に夫婦関係の設定を欲する効果意思であるとし、当事者間の嫡出子としての地位を得させるための便法として本件婚姻の届出について意思の合致はあったとしても、両者間に夫婦関係の設定を欲する効果意思はなかったものとして、婚姻を無効としました。

 その他、当事務所事例集1696番1735番等ご参照ください。


解説:

第一 婚姻制度について

 憲法は個人の尊厳と両性の本質的平等を基本原理とし(憲法第13条、14、24条)、24条は婚姻は両性の合意のみによって成立すること、夫婦は同等の権利を有すること、夫婦は相互の協力により維持されなければならないことが定められています。

 そして、日本の法制度上、婚姻は、戸籍の届出により成立するという法律婚・届出婚主義がとられています(民法第739条1項、戸籍法第74条)。

第二 婚姻の成立要件について

 婚姻が成立するためには、次の形式的要件、実質的要件が備わることが必要となります。

1 形式的要件 婚姻の届出をすること(民法739条)

2 実質的要件

  (1) 婚姻の当事者間に婚姻意思があること
  (2) 婚姻の妨げとなる法律上の事由(婚姻障害)が存在しないこと
     ア 婚姻適齢にあること(民法731条)
     イ 重婚でないこと(民法732条)
     ウ 女性は再婚禁止期間を経過していること(733条)
     エ 近親婚にあたらないこと(734条〜736条)
     オ 未成年者は父母の同意があること(737条)

第三 婚姻無効について

 第二で述べました婚姻の実質的要件(1)「婚姻の当事者間に婚姻意思があること」に関連して、民法第742条は、婚姻無効となる場合について、次のように規定をしています。

『婚姻は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二 当事者が婚姻の届出をしないとき。ただし、その届出が第七百三十九条第二項に定める方式を欠くだけであるときは、婚姻は、そのためにその効力を妨げられない。』

 当事者間に婚姻意思がない場合は、無効ということは当然のことであまり問題にならないようにも思えますが、法律上の婚姻関係の一部、例えばご相談のように、子供を嫡出子としたいだけの場合婚姻意思があるといえるのか、婚姻意思とはどのような意思なのか問題となります。

 当事者が婚姻の届出をしない場合は、婚姻は無効となるとしていますが、これは、婚姻について、民法の原則である諾成主義(当事者の合意だけで法律効果を生ずるとする考え方)ではなく、要式主義(当事者の合意があっても決められた形式を取らないと法律効果を生じないとする考え方)が採られているということを意味します。

第四 婚姻意思について

 上記婚姻の成立要件の中で、「婚姻意思」については、実質説と形式説という考え方がありますが、通説判例は実質説の立場にあるとされています。実質説は、婚姻意思とは社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思、と考えます。これに対し、形式説は婚姻届出をする意思が、婚姻意思であるとしますが、実質説との違いは、社会通念上の夫婦関係等がなくても法律上の夫婦関係を設定する意思があれば足りるということにあります。

 次に、当事者間で生まれた子をもっぱら嫡出子(法律上の婚姻関係にある男女(夫婦)の間に生まれた子)とすることを目的として届出がなされた婚姻届けが有効かどうか争われた最高裁判所昭和44年10月31日判決を紹介します。

 この判決で、最高裁は「婚姻意思」を「当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思」としています。

 判例は、実質説に立つことを明らかにしています。実質説では、実際の夫婦関係を持つ意思がなく単に、法律上の夫婦関係の法律効果として認められる嫡出子という言う身分の設定だけを目的とする場合は、婚姻意思としては不十分であるとして、婚姻意思がないと判断しています。

 これに対しては形式説に立てば、法律上の夫婦になる意思があれば、婚姻意思としては十分ということになり、ご相談の場合の婚姻も有効ということになるはずです。

 この点は、私的自治の原則から言えば法律効果を望む意思があれば、効果意思としては十分であるはずですので、形式説にも十分な理由があります。実質説は、一般の法律行為とは違う身分行為の特殊性を考慮し、効果意思としての婚姻意思を厳格化しているといえます。

第四 最高裁判所昭和44年10月31日判決

裁判所HP

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51893

全文

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/893/051893_hanrei.pdf

参考文献 判例時報577号67頁 家族法判例百選第7版4頁

【当事者】
X男:X男・Y女間の婚姻届けを提出したY女を相手に婚姻無効の訴えを提起。
   原告・被控訴人・被上告人。
Y女:X男・Y女間の婚姻届けを提出。
   被告・控訴人・上告人。
【経過】
・昭和27年からY女は大阪市の保健所で保健婦として勤務。
・昭和28年8月ころから、Y女は上司であり、X男の父の自宅に下宿をすることになった。
・同年9月以降、上司の子であり大学生だったX男とY女は肉体関係ができ、結婚を約束する仲になった。
・昭和29年9月頃、X男の両親はY女との結婚に反対をしたため、Y女は下宿をを出て、別の下宿に移った。
・その後もX男・Y女との関係は続き、Y女はX男との子を3度妊娠し、いずれも妊娠中絶をした。
・昭和32年3月、X男は大学を卒業し就職をした。そのころ、Y女は4度目の妊娠をした。
・Y女は今度は子どもを産む決心をし、A女を出産し、X男が命名をした。
・昭和34年、X男はB女との結婚話がまとまり、同年10月24日に結婚式を挙げることになった。
・X男とY女は、話し合いの末、X男・Y女間夫婦の嫡出子としてA女を入籍させるため、X男・Y女間で一旦婚姻届けを提出し、後に離婚をするという話となった。
・昭和34年10月27日、X男・Y女間の婚姻届けが提出された。
・その後、X男はY女を相手に婚姻無効の訴えを提起した。

【争点】
もっぱら子供を嫡出子をするために届け出られた婚姻届けは有効なのか。

【判決】
判決はまず、「婚姻意思」について当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思とし、たとえ、婚姻の届出自体について当事者間に意思の合致があり、ひいて当事者間に、一応、所論法律上の夫婦という身分関係を設定する意思はあつたと認めうる場合であつても真に夫婦関係の設定を欲する効果意思がなかつた場合には、婚姻はその効力を生じない、としています。
『「当事者間に婚姻をする意思がないとき」とは、当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指すものと解すべきであり、したがつてたとえ婚姻の届出自体について当事者間に意思の合致があり、ひいて当事者間に、一応、所論法律上の夫婦という身分関係を設定する意思はあつたと認めうる場合であつても、それが、単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎないものであつて、前述のように真に夫婦関係の設定を欲する効果意思がなかつた場合には、婚姻はその効力を生じないものと解すべきである。』
そして、本件の場合、X男・Y女間に、Aに右両名間の嫡出子としての地位を得させるための便法として本件婚姻の届出について意思の合致はあったとしても、両者間に夫婦関係の設定を欲する効果意思はなかったものとして、婚姻を無効としました。
 『これを本件についてみるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の適法に認定判示するところによれば、本件婚姻の届出に当たり、被上告人と上告人との間には、Aに右両名間の嫡出子としての地位を得させるための便法として婚姻の届出についての意思の合致はあつたが、被上告人には、上告人との間に真に前述のような夫婦関係の設定を欲する効果意思はなかつたというのであるから、右婚姻はその効力を生じないとした原審の判断は正当である。』

第五 その他の最高裁判決
なお、参考までに、当事者間に婚姻意思はあったが、婚姻届時に当事者が意識不明となっていた場合、提出された婚姻届けは婚姻意思を欠き無効ではないか、と争われた最高裁判決を2件紹介します。
いずれも、婚姻意思に基づき婚姻届けが作成されたときは、婚姻届時に当事者に意識がなかった場合でも、届出書受理以前に翻意するなど婚姻の意思を失う特段の事情がない限りは、婚姻届を有効としています。

最高裁判所昭和44年4月3日判決

裁判所HP

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=54015

全文

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/015/054015_hanrei.pdf

『本件婚姻届がEの意思に基づいて作成され、同人がその作成当時婚姻意思を有していて、同人と上告人との間に事実上の夫婦共同生活関係が存続していたとすれば、その届書が当該係官に受理されるまでの間に同人が完全に昏睡状態に陥り、意識を失つたとしても、届書受理前に死亡した場合と異なり、届出書受理以前に翻意するなど婚姻の意思を失う特段の事情のないかぎり、右届書の受理によつて、本件婚姻は、有効に成立したものと解すべきである。』

最高裁判所昭和45年4月21日判決

裁判所HP

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=70381

全文

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/381/070381_hanrei.pdf

『将来婚姻することを目的に性的交渉を続けてきた者が、婚姻意思を有し、かつ、その意思に基づいて婚姻の届書を作成したときは、かりに届出の受理された当時意識を失つていたとしても、その受理前に翻意したなど特段の事情のないかぎり、右届書の受理により婚姻は有効に成立するものと解すべきであり(最高裁判所昭和四一年(オ)第一三一七号同四四年四月三日第一小法廷判決、民集二三巻四号一頁参照)、本件婚姻届書の作成および届出の経緯に関して原審の確定した諸般の事情のもとにおいては、本件婚姻の届出を有効とした原審の判断は相当である。』

第五 最後に

 ご相談者様の場合、嫡出子とするためだけに婚姻届けを提出することは、仮に彼に婚姻無効の訴えを提起された場合、婚姻無効との判断がなされる可能性があります。今後の対応について、一度、専門家であるお近くの弁護士に相談するとよいでしょう。

≪参照条文≫
日本国憲法
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
○2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
○3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
 2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
民法
(婚姻適齢)
第七百三十一条 男は、十八歳に、女は、十六歳にならなければ、婚姻をすることができない。
(重婚の禁止)
第七百三十二条 配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない。
(再婚禁止期間)
第七百三十三条 女は、前婚の解消又は取消しの日から起算して百日を経過した後でなければ、再婚をすることができない。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
一 女が前婚の解消又は取消しの時に懐胎していなかった場合
二 女が前婚の解消又は取消しの後に出産した場合
(近親者間の婚姻の禁止)
第七百三十四条 直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。
2 第八百十七条の九の規定により親族関係が終了した後も、前項と同様とする。
(直系姻族間の婚姻の禁止)
第七百三十五条 直系姻族の間では、婚姻をすることができない。第七百二十八条又は第八百十七条の九の規定により姻族関係が終了した後も、同様とする。
(養親子等の間の婚姻の禁止)
第七百三十六条 養子若しくはその配偶者又は養子の直系卑属若しくはその配偶者と養親又はその直系尊属との間では、第七百二十九条の規定により親族関係が終了した後でも、婚姻をすることができない。
(未成年者の婚姻についての父母の同意)
第七百三十七条 未成年の子が婚姻をするには、父母の同意を得なければならない。
2 父母の一方が同意しないときは、他の一方の同意だけで足りる。父母の一方が知れないとき、死亡したとき、又はその意思を表示することができないときも、同様とする。
(成年被後見人の婚姻)
第七百三十八条 成年被後見人が婚姻をするには、その成年後見人の同意を要しない。
(婚姻の届出)
第七百三十九条 婚姻は、戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。
2 前項の届出は、当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で、又はこれらの者から口頭で、しなければならない。
(婚姻の届出の受理)
第七百四十条 婚姻の届出は、その婚姻が第七百三十一条から第七百三十七条まで及び前条第二項の規定その他の法令の規定に違反しないことを認めた後でなければ、受理することができない。
(外国に在る日本人間の婚姻の方式)
第七百四十一条 外国に在る日本人間で婚姻をしようとするときは、その国に駐在する日本の大使、公使又は領事にその届出をすることができる。この場合においては、前二条の規定を準用する。
(婚姻の無効)
第七百四十二条 婚姻は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二 当事者が婚姻の届出をしないとき。ただし、その届出が第七百三十九条第二項に定める方式を欠くだけであるときは、婚姻は、そのためにその効力を妨げられない。
(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

戸籍法
第二十七条 届出は、書面又は口頭でこれをすることができる。
第二十九条 届書には、左の事項を記載し、届出人が、これに署名し、印をおさなければならない。
一 届出事件
二 届出の年月日
三 届出人の出生の年月日、住所及び戸籍の表示
四 届出人と届出事件の本人と異なるときは、届出事件の本人の氏名、出生の年月日、住所、戸籍の表示及び届出人の資格
第三十三条 証人を必要とする事件の届出については、証人は、届書に出生の年月日、住所及び本籍を記載して署名し、印をおさなければならない。
戸籍法施行規則
第六十二条 届出人、申請人その他の者が、署名し、印をおすべき場合に、印を有しないときは、署名するだけで足りる。署名することができないときは、氏名を代書させ、印をおすだけで足りる。署名することができず、且つ、印を有しないときは、氏名を代書させ、ぼ印するだけで足りる。
○2 前項の場合には、書面にその事由を記載しなければならない。


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