再開発における従前床の「評価」について

民事|都市再開発法80条1項|東京高裁平成21年11月12日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

駅前マンション内に区分建物を所有し居住しています。数年前から再開発の話が持ち上がり、準備組合の説明会などにも参加するようになりました。今回、正式組合の設立決議にあたって、私の所有する物件の評価額と、権利変換計画書(案)というものが提示されました。それによると私の建物の評価は、現在の相場価格と同程度の金額となっていました。しかし、再開発の計画では巨大なタワーマンションが建設されると聞いていますので、私の所有する建物の敷地の評価が値上がりするのが妥当ではないかと思います。評価額を上げて貰うことはできないのでしょうか。

回答:

1、 民間の再開発手続きは、土地所有権者または借地権者が5名以上集まって再開発組合を設立することにより、都市再開発法の適用を受けて、再開発を進めることができます。通常、再開発に必要な建設費を従前権利者だけで全額負担することは困難ですから、建築費を負担してもらう代わりに再開発後の建物の床面積の一部を保留床として不動産デベロッパーやゼネコンなどに提供し参加組合員として再開発組合に参加して貰い、共同して手続きを進めることになります。そのため、参加組合員の意向が組合運営に影響することになり、資産評価においても開発利益の全額を加味することは困難なケースが多いと言えます。

2、 再開発手続きでは、従来の権利の評価額を算出することにより、他の権利者や、参加組合員負担金と比準して権利変換における従後の床面積が算出されますので、再開発区域内に権利を有する者にとって権利の評価は極めて重要な手続きです。この評価について、都市再開発法では「近傍類似の土地、近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額を基準として定めなければならない」と規定しています。

3、 御相談のような再開発による地価の上昇分を「開発利益」と言います。前記の「相当の価額」に開発利益を加味するかどうかは、難しい問題ですが、土地収用法の補償と同様に解釈すると「完全補償説」をベースに、可能な限り加味していくべきと考えるべきでしょう。土地収用法に関する最高裁判所昭和48年10月18日判決と、開発利益の加算に関する東京高裁平成21年11月12日判決を御紹介致します。

4、 再開発手続きにおける権利の評価に関して、疑問や御不安な点がある場合は、再開発手続きに詳しい弁護士事務所に御相談なさると良いでしょう。都市再開発関連事例集1756番1720番1705番1702番1701番1684番1678番1649番1513番1512番1490番1455番1448番参照。

5、 再開発に関する関連事例集参照。

解説:

1、 再開発組合

民間の地権者が集まって再開発事業を進める第一種市街地再開発事業では、施行区域内の土地所有者や借地権者が5名以上集まって、事業計画を定め、施行区域内の宅地所有権者及び借地権者の面積と人数で、それぞれ3分の2以上の同意を得て、組合設立認可申請をすることができます。

都市再開発法第11条(認可)

第1項 第一種市街地再開発事業の施行区域内の宅地について所有権又は借地権を有する者は、五人以上共同して、定款及び事業計画を定め、国土交通省令で定めるところにより、都道府県知事の認可を受けて組合を設立することができる。

第14条(宅地の所有者及び借地権者の同意)

第1項 第十一条第一項又は第二項の規定による認可を申請しようとする者は、組合の設立について、施行地区となるべき区域内の宅地について所有権を有するすべての者及びその区域内の宅地について借地権を有するすべての者のそれぞれの三分の二以上の同意を得なければならない。この場合においては、同意した者が所有するその区域内の宅地の地積と同意した者のその区域内の借地の地積との合計が、その区域内の宅地の総地積と借地の総地積との合計の三分の二以上でなければならない。

再開発組合の設立が認可されると、権利変換計画案を作成し、組合決議を経て認可申請をすることにより、権利変換期日に、施行区域内の従来の権利が全て消滅し、敷地所有権は一旦施行者である再開発組合に帰属することになり、複雑な権利関係を整理して、建て替えをすすめることができるようになります。

通常、再開発に必要な建設費を従前権利者だけで全額負担することは困難ですから、再開発後の建物の床面積の一部を保留床として不動産デベロッパーやゼネコンなどに提供し参加組合員として再開発組合に参加して建築費を負担して貰い、共同して手続きを進めるケースが多くなっています。

都市再開発法第20条(組合員)

第1項 組合が施行する第一種市街地再開発事業に係る施行地区内の宅地について所有権又は借地権を有する者は、すべてその組合の組合員とする。

第2項 宅地又は借地権が数人の共有に属するときは、その数人を一人の組合員とみなす。ただし、当該宅地の共有者(参加組合員がある場合にあつては、参加組合員を含む。)のみが組合の組合員となつている場合は、この限りでない。

第21条(参加組合員)前条に規定する者のほか、住生活基本法第二条第二項に規定する公営住宅等を建設する者、不動産賃貸業者、商店街振興組合その他政令で定める者であつて、組合が施行する第一種市街地再開発事業に参加することを希望し、定款で定められたものは、参加組合員として、組合の組合員となる。

都市再開発法施行令第6条(参加組合員)法第二十一条 の政令で定める者は、次に掲げる者とする。

一号 地方公共団体又は地方公共団体が財産を提供して設立した一般社団法人若しくは一般財団法人(第四十条の二第一号において「特定一般社団法人等」という。)

二号 地方住宅供給公社又は日本勤労者住宅協会

三号 前二号に掲げる者以外の者で参加組合員として組合が施行する市街地再開発事業に参加するのに必要な資力及び信用を有するもの

そのため参加組合員の意向が組合運営に影響することになり、資産評価(再開発組合における従前資産評価基準の策定決議、権利変換計画案承認決議)においても開発利益の全額を加味することは困難なケースが多いでしょう。従来資産の評価額と参加組合員分担金の比率により、再建築後の権利床と保留床の割合が決まりますので(参加組合員とすれば従前資産評価を低くすれば、建築費が事業に占める割合は多くなり、保留床の割合が多くなるわけですから)、参加組合員は従前床の評価を上げることに消極的になりやすいのです。

2、 再開発手続きにおける従前床の「評価」

都市再開発法では、「権利変換手続き」という手法を使って建物の建て替えを実現する仕組みになっています。

権利変換とは、組合が定めた計画を都道府県知事や国土交通大臣が認可した場合に、権利変換期日に次の(1)~(4)の効力が生じるものです。建物は一旦組合に権利が移行しますが、建物除却及び再建築を経て、新しい建物の権利は、権利変換計画に定められた者が新たに取得することができます(都市再開発法73条1項2号)。

(1)施行区域内の土地は、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する(都市再開発法87条1項前段)。

(2)従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条1項後段)。

(3)施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者(組合)に帰属する(都市再開発法87条2項前段)。

(4)当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条2項後段)。

面積と人数で3分の2以上という多数の意思形成は必要ですが、逆に言えば、区域住民の大多数が同意できるような計画を提示できれば、3分の1に満たない反対があっても事業を進めることができるように法令が整備されています。

この、権利変換計画を定めるにあたって、従前床と新しい床の評価が「著しい差額が生じないように」定めなければならないとされており、また、「与えられる施設建築物の一部等は、それらの者が権利を有する施行地区内の土地又は建築物の位置、地積又は床面積、環境及び利用状況とそれらの者に与えられる施設建築物の一部の位置、床面積及び環境とを総合的に勘案して、それらの者の相互間に不均衡が生じないように」定めなければならないとされています(都市再開発法77条2項)。つまり、従前床の評価が高ければ、従後床の価値も高くなり(床面積が広くなり)、また、建設資金を分担する参加組合員に与えられる床面積も、従前床の評価額と保留床処分金の価額とを比較して算定されることになります。

都市再開発法77条第2項 前項前段に規定する者に対して与えられる施設建築物の一部等は、それらの者が権利を有する施行地区内の土地又は建築物の位置、地積又は床面積、環境及び利用状況とそれらの者に与えられる施設建築物の一部の位置、床面積及び環境とを総合的に勘案して、それらの者の相互間に不均衡が生じないように、かつ、その価額と従前の価額との間に著しい差額が生じないように定めなければならない。この場合において、二以上の施設建築敷地があるときは、その施設建築物の一部は、特別の事情がない限り、それらの者の権利に係る土地の所有者に前条第一項及び第二項の規定により与えられることと定められる施設建築敷地に建築される施設建築物の一部としなければならない。

従って、再開発手続きにおいて、従前床の評価は各権利者にとって極めて重大な問題であると言えます。都市再開発法では、従前床の評価は、次の通り定められています。

都市再開発法第80条(宅地等の価額の算定基準)

第1項 第七十三条第一項第三号、第八号、第十六号又は第十七号の価額は、第七十一条第一項又は第四項(同条第五項において読み替えて適用する場合を含む。)の規定による三十日の期間を経過した日における近傍類似の土地、近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額とする。

第2項 第七十六条第三項の割合の基準となる宅地の価額は、当該宅地に関する所有権以外の権利が存しないものとして、前項の規定を適用して算定した相当の価額とする。

第81条(施設建築敷地及び個別利用区内の宅地等の価額等の概算額の算定基準) 権利変換計画においては、第七十三条第一項第四号、第九号、第十四号又は第十五号の概算額は、政令で定めるところにより、第一種市街地再開発事業に要する費用及び前条第一項に規定する三十日の期間を経過した日における近傍類似の土地、近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額を基準として定めなければならない。

つまり、評価基準日(組合設立認可公告から30日後)における、「近傍類似の土地、近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額」により評価すべきとされています。

実際の再開発組合実務においては、再開発組合設立後に総会決議により「従前資産評価基準」を策定し、これに基づいて組合が従前権利者の権利を査定し、取得住戸選定手続きを経て、権利変換計画案が作成され、これが再開発組合の総会決議で承認されることにより、評価が定まることになります。権利変換計画が決議されると、2週間の期間、公共の縦覧に供されます(都市再開発法83条1項)。縦覧手続きでは、再開発組合事務所などにおいて関係図書を閲覧することができます。

都市再開発法第83条(権利変換計画の縦覧等)

第1項 個人施行者以外の施行者は、権利変換計画を定めようとするときは、権利変換計画を二週間公衆の縦覧に供しなければならない。この場合においては、あらかじめ、縦覧の開始の日、縦覧の場所及び縦覧の時間を公告するとともに、施行地区内の土地又は土地に定着する物件に関し権利を有する者及び参加組合員又は特定事業参加者にこれらの事項を通知しなければならない。

第2項 施行地区内の土地又は土地に定着する物件に関し権利を有する者及び参加組合員又は特定事業参加者は、縦覧期間内に、権利変換計画について施行者に意見書を提出することができる。

第3項 施行者は、前項の規定により意見書の提出があつたときは、その内容を審査し、その意見書に係る意見を採択すべきであると認めるときは権利変換計画に必要な修正を加え、その意見書に係る意見を採択すべきでないと認めるときはその旨を意見書を提出した者に通知しなければならない。

第4項 施行者が権利変換計画に必要な修正を加えたときは、その修正に係る部分についてさらに第一項からこの項までに規定する手続を行なうべきものとする。ただし、その修正が政令で定める軽微なものであるときは、その修正部分に係る者にその内容を通知することをもつて足りる。

第5項 第一項から前項までの規定は、権利変換計画を変更する場合(政令で定める軽微な変更をする場合を除く。)に準用する。

この権利変換計画に異議のある利害関係者(従前床の評価額が低すぎると考える組合員も含む)は、縦覧期間内に組合に対して意見書を提出することができます(法83条2項)。意見書が採用されなかった場合は、異議のある利害関係者は、各自治体の収用委員会に裁決の申請をすることができ(法85条)、収用委員会の裁決に不服がある場合は、国土交通大臣に対する審査請求や(土地収用法129条)、地方裁判所に行政訴訟を提起することができます(土地収用法133条1項)。

都市再開発法第85条(価額についての裁決申請等)

第1項 第七十三条第一項第三号、第八号、第十六号又は第十七号の価額について第八十三条第三項の規定により同条第二項の意見書を採択しない旨の通知を受けた者は、その通知を受けた日から起算して三十日以内に、収用委員会にその価額の裁決を申請することができる。

第2項 前項の規定による裁決の申請は、事業の進行を停止しない。

第3項 土地収用法第九十四条第三項 から第八項 まで、第百三十三条及び第百三十四条の規定は、第一項の規定による収用委員会の裁決及びその裁決に不服がある場合の訴えについて準用する。この場合において必要な技術的読替えは、政令で定める。

第4項 第一項の規定による収用委員会の裁決及び前項の規定による訴えに対する裁判は、権利変換計画において与えられることと定められた施設建築敷地の共有持分、施設建築物の一部等又は個別利用区内の宅地若しくはその使用収益権には影響を及ぼさないものとする。

土地収用法第129条(収用委員会の裁決についての審査請求)収用委員会の裁決に不服がある者は、国土交通大臣に対して審査請求をすることができる。

第130条(審査請求期間)

第1項 事業の認定についての審査請求に関する行政不服審査法 (平成二十六年法律第六十八号)第十八条第一項 本文の期間は、事業の認定の告示があつた日の翌日から起算して三月とする。

第2項 収用委員会の裁決についての審査請求に関する行政不服審査法第十八条第一項 本文の期間は、裁決書の正本の送達を受けた日の翌日から起算して三十日とする。

第133条(訴訟)

第1項 収用委員会の裁決に関する訴え(次項及び第三項に規定する損失の補償に関する訴えを除く。)は、裁決書の正本の送達を受けた日から三月の不変期間内に提起しなければならない。

第2項 収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する訴えは、裁決書の正本の送達を受けた日から六月以内に提起しなければならない。

第3項 前項の規定による訴えは、これを提起した者が起業者であるときは土地所有者又は関係人を、土地所有者又は関係人であるときは起業者を、それぞれ被告としなければならない。

3、「相当の価額」とは

都市再開発法80条1項の「相当の価額」について、条文上必ずしも明確ではありませんが、

(1) 従前床の評価額と、保留床処分金が、価額という同じ土俵で比較対照されうること。

(2) 区外転出の場合には、権利を失う対償として支払われる価額であること。

(3) 再開発手続きに反対している組合員でも、また、再開発組合の決議に関与できない借家権者でも、強制的に換価されてしまうこと。

(4) 都市再開発法85条1項で、評価額に異議がある場合に、土地収用法の裁決手続きを申請できると規定されていること。

これらの事情を考慮すると、土地収用手続きにおける完全補償説と同様に、評価は時価相当額によるべきと考えることができます。土地収用法に関して裁判所は、完全な補償が必要であるとの考え方を示しています。所有権の絶対、私有財産制の沿革からしても完全補償説が原則と考えられます。

最高裁判所昭和48年10月18日判決 「おもうに、土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によつて当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもつて補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するものというべく、土地収用法七二条(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)は右のような趣旨を明らかにした規定と解すべきである。」

この判例で言及している昭和42年改正前の土地収用法72条は次のような規定でした。

土地収用法(昭和42年改正前規定) 第72条(土地の収用の損失補償)収用する土地に対しては、近傍類地の取引価格等を考慮して、相当な価格をもつて補償しなければならない。

対応する現行規定は、次の通りです。

土地収用法(現行規定) 第71条(土地等に対する補償金の額)収用する土地又はその土地に関する所有権以外の権利に対する補償金の額は、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とする。

この判例では、土地収用法における公共用地の収用が、道路工事や河川工事や砂防工事や運河工事など、特定の場所における個別の不動産を収用するものであって、農地改革の様に全国的に土地の利用関係を変更するものではなく、個別不動産に対して「特別の犠牲」を求める手続だから、原則として、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償が必要であるという考え方に立っています。この理屈は現行の土地収用法71条についても当てはまるものと考えることができます。

では、ご質問の様に、再開発によって地価が上昇するのだから、その開発利益も、「相当な価額」に含まれると考えることができるでしょうか。都市再開発法関連の参考判例がありますので御紹介致します。

東京高裁平成21年11月12日判決

『(1) 控訴人らは,都市再開発計画により土地価格形成要因の変更が確実であれば,それを織り込んだ開発利益が既に発生しているともいえるから,市街地再開発事業の完成によって発生する開発利益が評価基準日に発生していなくても,土地の価額に加算すべきである旨主張する。

しかしながら,都市再開発法80条1項は,同法73条1項3号の従前資産の価額を,評価基準日における近傍類似資産の取引価格等を考慮して定める「相当の価額」とする旨定めており,これは,権利変換の前後を通じてその者の有する財産価値を等しくさせることを目的として算定される金額であって,権利変換計画の決定前の日である評価基準日の時点における近傍類似資産の取引価格その他の諸事情を考慮して定められるべきものと解するのが相当であり,評価基準日の後に発生する開発利益は加算すべきではないことは,原判決判示のとおりである。土地価格形成要因の変更が確実であることから,それを織り込んだ開発利益が既に発生しているということは擬制にすぎず,そうであるからこそ,本件取扱基準が開発利益を「加えた価格」を宅地の価格とする旨定めているのであり,真に現実化しているなら,加える必要自体がないことになる。

したがって,控訴人らの主張は採用できない。

(2) 控訴人らは,収用委員会の裁決に不服がある場合の訴えにおいては,開発利益を加算することが許されないとすると,二重の基準を設けることになり,市街地再開発組合が,自ら定めた従前資産の評価基準を無視した評価による権利変換計画を定めた場合,権利者が,裁決を申請し,裁決の変更を求める訴えを提起しても,その是正を図ることができないことになると主張する。

しかしながら,都市再開発法80条1項にいう「相当の価額」が上記のようなものと解すべきである以上,収用委員会も裁判所も,この「相当の価額」について認定判断すべきものであることは,同法の規定の当然に予定するところといわなければならない。そして,原判決が本件権利変換計画において定められた宅地の価格が開発利益も加算したものとなっていることにつき,直ちに違法となるものではないと判示したことを二重の基準を設けるものと非難しているが,これは,施行者である被控訴人が同法80条1項所定の評価基準と異なる取扱基準を用いたことにつき,違法とまではいえないが同法に根拠を有しない事実上の措置にすぎないとしているものであり,二重の基準とはいえない。

なお,このように,収用委員会及び裁判所においては,あくまで,都市再開発法80条1項の「相当の価額」の認定判断をするものであり,その範囲でのみ違法の是正を行うものであることからすると,施行者が事実上の措置として「相当の価額」に加算した額をもって宅地の価額としている場合には,是正された価額に同じ加算がされるように求めることはできないことになるが,それがあくまで事実上の措置である以上,裁決及び判決により救済を図ることは,同法の予定していないところといわざるを得ない。

したがって,控訴人らの主張は採用できない。』

この判例では、都市再開発法80条1項の「相当の価額」が、「評価基準日における近傍類似資産の取引価格その他の諸事情を考慮して定められるべきものと解するのが相当であり,評価基準日の後に発生する開発利益は加算すべきではない」と判断され、開発利益は相当価額に含まれないという立場を採用しています。

しかし、現実の不動産取引においては、当該不動産に関連する開発行為が予定されている場合には、それが実際に現実化する前から価格は上昇していくのが通例であり、その事情は、近傍類似資産の取引価格にも影響しうることから、この判例の論理は自己矛盾を含んだ理屈になっているとも言えます。完全補償説(収用の前後において対象資産に増減を生じさせない、つまり、当該物件の評価は完全に時価相場額で補償する)を徹底するのであれば、評価基準日における適正価額を算出する場合に、開発利益の一部が加算されると考えるのが妥当でしょう。

4、地権者としての対応策

前記の通り、再開発組合設立後に提示された評価額に対して異議の申し立てをしても司法手続きで救済されることは困難な状況ですから、従来床の権利者としては、再開発組合設立前の段階で、準備組合の理事会と協議していくことが大切になります。具体的には、次の点に注意を払って、組合設立決議に臨む必要があります。

(1) 再開発組合の議決権のうち、参加組合員の議決権の割合はどうなるか確認する。再開発組合の議決権は、都市再開発法37条1項により「組合員及び総代は、定款に特別の定めがある場合を除き、各一個の議決権及び選挙権を有する」とされていますが、定款で参加組合員の議決権数を増加させている場合がありますので注意が必要です。参加組合員の議決権が過半数を超えている場合もしくは、過半数に近くなっている場合は、事実上、従来地権者の意見は通りにくい組織となってしまいます。

(2) 正式組合において議決する「従前資産評価基準」の案を確認し、開発利益の評価方法が具体的に明記されているか確認する。「開発利益を加味する」などの抽象的な文言では、計画容積率の全てを適正に評価できない恐れがあります。

(3) 事業計画案を確認し、計画容積率が、公共施設などを加味して認められる評価容積率(割り増し容積率)の最高限度を活用しているか確認する。当初低めの容積率で事業計画案を作成し、再開発組合設立申請し、評価基準日経過後に、従来床の評価を低めの容積率を前提として行った後で、設計変更により評価容積率を増加させて事業費を増加させ、事業計画案の変更決議を行い、保留床の面積を増加させる手法があります。

※参考URL、東京都再開発等促進区を定める地区計画運用基準(評価容積率)

https://www.shinginza.com/db/sai_tiku-kaitei2703.pdf

評価容積率というのは、再開発の場合に、建築基準法第68条の3に基づき、都市計画図の指定容積率(建築基準法52条1項)に加算することができる割り増しの容積率のことです。例えば東京都では、再開発事業の前提として必要な再開発促進区などの都市計画決定を都市計画審議会で審議する場合に、同時に評価容積率の最高限度も決議されます。東京都の「再開発等促進区を定める地区計画運用基準」では、評価容積率の最高限度が、都心エリアで「300%かつ見直し相当容積率の0.75倍」とされています。仮に従来の指定容積率(都市計画図に記載された容積率)が300パーセントであったとすると、再開発に備えて容積率の見直しにより400パーセントに変更され、さらに福祉施設や保育所や防災施設など公共施設などを組み込むことにより300パーセントの割り増しを受け、合計で700パーセントの計画容積率とすることができます。さらに、建築基準法の改正などにより様々な「容積率不算入」の特例が増えていますので、新しくできる建物の床面積は従来の床面積に比べて3倍以上となることも珍しくありません。従来権利の評価も、この容積率を前提として計算するべきでしょう。

いずれにしても、再開発組合の設立決議がなされてしまうと、そこから評価などについて修正していくことは極めて困難となってしまいますので、可能な限り、再開発組合の設立前に、再開発準備組合の理事会が再開発組合の設立議案を策定する前に、準備組合の理事会と良く話し合うことが必要です。ご心配な場合は、再開発手続きに経験のある法律事務所に御相談なさると良いでしょう。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文・判例

建築基準法第52条(容積率)

第1項 建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合(以下「容積率」という。)は、次の各号に掲げる区分に従い、当該各号に定める数値以下でなければならない。ただし、当該建築物が第五号に掲げる建築物である場合において、第三項の規定により建築物の延べ面積の算定に当たりその床面積が当該建築物の延べ面積に算入されない部分を有するときは、当該部分の床面積を含む当該建築物の容積率は、当該建築物がある第一種住居地域、第二種住居地域、準住居地域、近隣商業地域又は準工業地域に関する都市計画において定められた第二号に定める数値の一・五倍以下でなければならない。

一号 第一種低層住居専用地域又は第二種低層住居専用地域内の建築物(第六号に掲げる建築物を除く。)

十分の五、十分の六、十分の八、十分の十、十分の十五又は十分の二十のうち当該地域に関する都市計画において定められたもの

二号 第一種中高層住居専用地域若しくは第二種中高層住居専用地域内の建築物(第六号に掲げる建築物を除く。)又は第一種住居地域、第二種住居地域、準住居地域、近隣商業地域若しくは準工業地域内の建築物(第五号及び第六号に掲げる建築物を除く。)

十分の十、十分の十五、十分の二十、十分の三十、十分の四十又は十分の五十のうち当該地域に関する都市計画において定められたもの

三号 商業地域内の建築物(第六号に掲げる建築物を除く。)

十分の二十、十分の三十、十分の四十、十分の五十、十分の六十、十分の七十、十分の八十、十分の九十、十分の百、十分の百十、十分の百二十又は十分の百三十のうち当該地域に関する都市計画において定められたもの

四号 工業地域内の建築物(第六号に掲げる建築物を除く。)又は工業専用地域内の建築物

十分の十、十分の十五、十分の二十、十分の三十又は十分の四十のうち当該地域に関する都市計画において定められたもの

五号 高層住居誘導地区内の建築物(第六号に掲げる建築物を除く。)であつて、その住宅の用途に供する部分の床面積の合計がその延べ面積の三分の二以上であるもの(当該高層住居誘導地区に関する都市計画において建築物の敷地面積の最低限度が定められたときは、その敷地面積が当該最低限度以上のものに限る。)

当該建築物がある第一種住居地域、第二種住居地域、準住居地域、近隣商業地域又は準工業地域に関する都市計画において定められた第二号に定める数値から、その一・五倍以下で当該建築物の住宅の用途に供する部分の床面積の合計のその延べ面積に対する割合に応じて政令で定める方法により算出した数値までの範囲内で、当該高層住居誘導地区に関する都市計画において定められたもの

六号 特定用途誘導地区内の建築物であつて、その全部又は一部を当該特定用途誘導地区に関する都市計画において定められた誘導すべき用途に供するもの 当該特定用途誘導地区に関する都市計画において定められた数値

七号 用途地域の指定のない区域内の建築物

十分の五、十分の八、十分の十、十分の二十、十分の三十又は十分の四十のうち、特定行政庁が土地利用の状況等を考慮し当該区域を区分して都道府県都市計画審議会の議を経て定めるもの

建築基準法第68条の3(再開発等促進区等内の制限の緩和等)

第1項 地区計画又は沿道地区計画の区域のうち再開発等促進区(都市計画法第十二条の五第三項 に規定する再開発等促進区をいう。以下同じ。)又は沿道再開発等促進区(沿道整備法第九条第三項 に規定する沿道再開発等促進区をいう。以下同じ。)で地区整備計画又は沿道地区整備計画が定められている区域のうち建築物の容積率の最高限度が定められている区域内においては、当該地区計画又は沿道地区計画の内容に適合する建築物で、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認めるものについては、第五十二条の規定は、適用しない。

第2項 地区計画又は沿道地区計画の区域のうち再開発等促進区又は沿道再開発等促進区(地区整備計画又は沿道地区整備計画が定められている区域のうち当該地区整備計画又は沿道地区整備計画において十分の六以下の数値で建築物の建ぺい率の最高限度が定められている区域に限る。)内においては、当該地区計画又は沿道地区計画の内容に適合する建築物で、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認めるものについては、第五十三条第一項から第三項まで及び第六項の規定は、適用しない。

第3項 地区計画又は沿道地区計画の区域のうち再開発等促進区又は沿道再開発等促進区(地区整備計画又は沿道地区整備計画が定められている区域のうち二十メートル以下の高さで建築物の高さの最高限度が定められている区域に限る。)内においては、当該地区計画又は沿道地区計画の内容に適合し、かつ、その敷地面積が政令で定める規模以上の建築物であつて特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認めるものについては、第五十五条第一項及び第二項の規定は、適用しない。

第4項 地区計画又は沿道地区計画の区域のうち再開発等促進区又は沿道再開発等促進区(地区整備計画又は沿道地区整備計画が定められている区域に限る。第六項において同じ。)内においては、敷地内に有効な空地が確保されていること等により、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認めて許可した建築物については、第五十六条の規定は、適用しない。

第5項 第四十四条第二項の規定は、前項の規定による許可をする場合に準用する。

第6項 地区計画又は沿道地区計画の区域のうち再開発等促進区又は沿道再開発等促進区内の建築物に対する第四十八条第一項から第十二項まで(これらの規定を第八十七条第二項又は第三項において準用する場合を含む。)の規定の適用については、第四十八条第一項から第十項まで及び第十二項中「又は公益上やむを得ない」とあるのは「公益上やむを得ないと認め、又は地区計画若しくは沿道地区計画において定められた土地利用に関する基本方針に適合し、かつ、当該地区計画若しくは沿道地区計画の区域における業務の利便の増進上やむを得ない」と、同条第十一項中「工業の利便上又は公益上必要」とあるのは「工業の利便上若しくは公益上必要と認め、又は地区計画若しくは沿道地区計画において定められた土地利用に関する基本方針に適合し、かつ、当該地区計画若しくは沿道地区計画の区域における業務の利便の増進上やむを得ない」とする。

第7項 地区計画の区域のうち開発整備促進区(都市計画法第十二条の五第四項 に規定する開発整備促進区をいう。以下同じ。)で地区整備計画が定められているものの区域(当該地区整備計画において同法第十二条の十二 の土地の区域として定められている区域に限る。)内においては、別表第二(わ)項に掲げる建築物のうち当該地区整備計画の内容に適合するもので、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認めるものについては、第四十八条第六項、第七項、第十一項及び第十三項の規定は、適用しない。

第8項 地区計画の区域のうち開発整備促進区(地区整備計画が定められている区域に限る。)内の建築物(前項の建築物を除く。)に対する第四十八条第六項、第七項、第十一項及び第十三項(これらの規定を第八十七条第二項又は第三項において準用する場合を含む。)の規定の適用については、第四十八条第六項、第七項及び第十三項中「又は公益上やむを得ない」とあるのは「公益上やむを得ないと認め、又は地区計画において定められた土地利用に関する基本方針に適合し、かつ、当該地区計画の区域における商業その他の業務の利便の増進上やむを得ない」と、同条第十一項中「工業の利便上又は公益上必要」とあるのは「工業の利便上若しくは公益上必要と認め、又は地区計画において定められた土地利用に関する基本方針に適合し、かつ、当該地区計画の区域における商業その他の業務の利便の増進上やむを得ない」とする。

第9項 歴史的風致維持向上地区計画の区域(歴史的風致維持向上地区整備計画が定められている区域に限る。)内の建築物に対する第四十八条第一項から第十二項まで(これらの規定を第八十七条第二項又は第三項において準用する場合を含む。)の規定の適用については、第四十八条第一項から第十項まで及び第十二項中「又は公益上やむを得ない」とあるのは「公益上やむを得ないと認め、又は歴史的風致維持向上地区計画において定められた土地利用に関する基本方針に適合し、かつ、当該歴史的風致維持向上地区計画の区域における歴史的風致(地域歴史的風致法第一条 に規定する歴史的風致をいう。)の維持及び向上を図る上でやむを得ない」と、同条第十一項 中「工業の利便上又は公益上必要」とあるのは「工業の利便上若しくは公益上必要と認め、又は歴史的風致維持向上地区計画において定められた土地利用に関する基本方針に適合し、かつ、当該歴史的風致維持向上地区計画の区域における歴史的風致(地域歴史的風致法第一条 に規定する歴史的風致をいう。)の維持及び向上を図る上でやむを得ない」とする。

※参考判例

東京高等裁判所平成21年11月12日判決

主 文

1 本件控訴をいずれも棄却する。

2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 東京都収用委員会が平成20年1月31日付けで控訴人A,同B,同C並びに控訴人D及び同Eによる承継前の控訴人(以下「承継前控訴人」という。)Fに対してした都市再開発法85条に基づく裁決に係る同法73条1項3号の宅地の価額を,控訴人A,同B及び同Cにつき各1億7444万2959円,同D及び同Eにつき各8722万1479円と変更する。

第2 事案の概要

1(1)被控訴人(被告)は,東京都文京区α地区を施行地区とする第一種市街地再開発事業(本件事業)の施行者である市街地再開発組合である。

(2) 控訴人(原告)A,同B,同C及び承継前控訴人(原告)F(以下「承継前控訴人ら」という。)は,本件事業に係る施行地区内にある原判決別紙物件目録記載の土地(本件各土地)を共有していたもので,各人の持分は,本件各土地につき,それぞれ56分の10(合計56分の40)であった。

(3) 被控訴人は,本件事業の権利変換計画の策定に当たり,平成17年12月26日の臨時総会において,同計画における従前資産の評価の取扱基準として「従前資産評価基準」(本件取扱基準)を採ることを決議し,同基準の9条(宅地の評価)2項において,「宅地の価格(単価)は,地価公示価格,基準地価格,近傍類似の土地取引価格及び価格形成上の諸要因を考慮して求めた標準地の正常価格を基準として,これに各画地の接道条件,公法上の規制,形状,規模等の個別的要因による個別格差修正を行って求めた価格に,事業による評価の増加分(開発利益)を加えた価格とする。」と定めた。

(4) 被控訴人は,平成18年11月24日の臨時総会において,本件取扱基準に従って策定した権利変換計画(本件権利変換計画)の採択を決議し,本件権利変換計画において,本件各土地につき,1m当たりの土地価格に1m 当たりの開発利益58万9000円を加算して得た額に,土地面積,底地割合及び共有割合を乗じた上で,同法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額を,原判決別表1「権利変換計画において定めた価額の内訳」の価額欄(合計)のとおり,控訴人Aにつき1億1385万5000円,同B,同C及び承継前控訴人Fにつき各1億1386万円と定めた。

(5) 被控訴人は,平成18年11月26日,本件権利変換計画の縦覧を開始した(なお,本件事業に係る都市再開発法80条1項所定の評価基準日は,同年5月27日である。)。

(6) 承継前控訴人らは,被控訴人に対し,都市再開発法83条2項に基づき, 同法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額は各人につき各2億7882万9000円である旨を記載した平成18年12月9日付けの各意見書を,それぞれ提出した。

(7) 被控訴人は,承継前控訴人らに対し,都市再開発法83条3項に基づき, 平成19年1月16日付けで,上記(6)の各意見書を採択しない旨の通知をした。

(8) 承継前控訴人らは,上記(7)の通知を受け,都市再開発法85条1項に基づき,東京都収用委員会に対し,平成19年2月14日付けで,同法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額につき,裁決の申請をした。

(9) 東京都知事は,平成19年3月16日,都市再開発法72条1項に基づき,本件権利変換計画について認可をした。

(10)東京都収用委員会は,平成20年1月31日付けで,承継前控訴人らに対し,本件権利変換計画で定められた価額をもって都市再開発法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額とする旨の裁決(本件裁決)をした。本件裁決においては,本件各土地の1m当たりの土地価格及び底地割合は本件権利変換計画よりも高額・高率とされたが,1m当たりの評価土地価格に開発利益を加算しないで土地面積,底地割合及び共有割合を乗じて価額の算定が行われ,同法80条1項の規定により算定した本件各土地の相当の価額は,原判決別表2「収用委員会が相当とする価額の内訳」の価額欄(合計)のとおり,承継前控訴人らにつき各1億0248万8832円とされ,本件権利変換計画で定められた上記(4)の価額よりも低額となったが,同法85条3項において準用される土地収用法94条8項により,被控訴人の申立ての範囲内において本件権利変換計画で定められた価額をもって都市再開発法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額とされた。

2 本件は,承継前控訴人らが,都市再開発法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額につき,被控訴人が権利変換計画で定めた価額の評価を不服として,東京都収用委員会が相当とした1m当たりの土地価格に被控訴人が定めた開発利益58万9000円を加算し,土地面積,東京都収用委員会が相当とした底地割合及び共有割合を乗じて算定すべきであると主張して,同法85条3項の規定により本件裁決に係る同号の宅地(本件各土地)の価額を各自につき各1億7444万2959円と変更(増額)することを求めた事案である。

本件の争点は,本件各土地の価額を算定するに当たり上記開発利益を加算すべきか否かの1点である。被控訴人は,市街地再開発組合が従前資産の価額について開発利益を加味する取扱い自体は,市街地再開発事業の円滑な遂行を図る趣旨のものであって,同法の趣旨に反するものではないが,都市再開発法73条1項3号の従前資産の価額は同法80条1項に従って算定されるべきところ,同法80条1項所定の相当の価額は,その文言からして,開発利益を含むことを予定していないと主張した。

3 原審は,都市再開発法80条1項は,同法73条1項3号の従前資産(宅地,借地権又は建築物)の価額を,評価基準日における近傍類似の土地,近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利(近傍類似資産)の取引価格等を考慮して定める相当の価額とすると定めており,同法80条1項所定の相当の価額は,評価基準日における従前資産の評価額をいうものであり,権利変換計画の決定前の日である評価基準日の時点における近傍類似資産の取引価格その他の諸事情を考慮して定められるべきものと解するのが相当であって,開発利益は,評価基準日後の権利変換計画の認可及び権利変換期日を経た市街地再開発事業の進展及びその完成によって生ずるものである以上,都市再開発法上,従前資産に係る上記「相当の価額」の算定において,評価基準日後の事後的な事情に基づいて発生する開発利益は考慮すべき対象に含まれていないものというべきであるとして,承継前控訴人らの請求をいずれも棄却した。

これに対し,承継前控訴人ら(原告ら)が控訴した。

承継前控訴人Fは,当審係属中の平成▲年▲月▲日に死亡し,控訴人D及び同Eが承継前控訴人Fの権利を2分の1ずつ相続し,同人を承継した。これに伴い,控訴の趣旨2項のとおり訴えが変更された。

4 前提となる事実,争点及び争点に対する当事者の主張の要旨は,原判決7頁2行目の「同法85条1項」を「同法85条3項」と改め,後記5のとおり,当審における当事者の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2及び3(第2の3の引用に係る第3の2の主張摘示部分も含む。)に記載のとおりであるから,これを引用する。

5 当審における当事者の主張

(1)控訴人らの主張

ア 原判決は,開発利益は,市街地再開発事業の完成によって発生するものであって,評価基準日に発生していないので,都市再開発法80条1項の価額の算定に考慮すべきでないとする。しかし,被控訴人の本件取扱基準では開発利益を従前資産の価額の算定に加算することが明示されており,都市再開発計画に基づき土地の一体的利用が可能となること,用途転換や土地の集積により土地環境の改善が図られること,容積率のアップ等の土地利用規制が緩和されることなど,土地価格形成要因の変更が確実であれば,それを織り込んだ開発利益が既に発生しているともいえるものである。

原判決は,従前資産に関する権利の喪失の前後を通じて従前資産の地権者の保有する資産の財産価値が等しくなるように補償金及び清算金の額を定めるべきであり,従前資産の地権者が近傍において従前資産と同等の代替地等を取得し得る金額を補償することを要し,かつ,それで足りるとする最高裁昭和48年10月18日第一小法廷判決・民集27巻9号1210頁を引用する。しかし,この判例は,完全補償の見地から,被収用土地であることによる権利制限を考慮しないで金額を定めるべきであるとしたもので,開発利益の加算を論じたものではない。

イ 原判決は,組合施行の市街地再開発において,市街地再開発事業の円滑な遂行も都市再開発法の目的に適合するから,従前資産の価額の算定に開発利益を考慮することは許されるが,従前資産の価額について収用委員会の裁決に不服がある場合の訴えにおいては,開発利益を加算することは許されないとするもので,二重の基準を設けており,理由不備である。収用委員会の裁決手続及び裁決の変更を求める訴えにおいても,市街地再開発組合自らが権利変換計画における従前資産の評価基準を定め,これにおいて開発利益の加算を行おうとしている場合,開発利益の加算は義務付けられるものというべきである。そうでないと,市街地再開発組合が,自ら定めた従前資産の評価基準を無視した評価による権利変換計画を定めた場合,権利者が,裁決を申請し,裁決の変更を求める訴えを提起しても,その是正を図ることができないことになる。

ウ 原判決は,他の組合員には開発利益が全額配分されるのに,承継前控訴人らには開発利益の一部しか配分されない結果となるから不公平であるとの主張に対し,本訴における審判の対象は,本件裁決に係る都市再開発法73条1項3号の従前資産の価額が同法80条1項所定の相当の価額を下回るか否かであって,裁決の適否及び変更の要否の判断に影響が及ぶものではないとする。しかし,本件取扱基準への適合性を担保する方法は,裁決手続又は裁決の変更を求める訴訟しかないのと同様に,組合員の実質的衡平を担保するためにも裁決手続又は裁決の変更を求める訴訟しか方法がないのであり,原判決の判断は誤りである。

(2)被控訴人の主張

ア 従前資産に関する権利の喪失の前後を通じて従前資産の地権者の保有する資産の財産価値が等しくなるように補償金及び清算金の額を定めるべきであり,従前資産の地権者が近傍において従前資産と同等の代替地等を取得し得る金額を補償することを要し,かつ,それで足りるものと解されるとする原判決の考え方は,もとより正当である。そして,評価基準日後の事情により将来発生する開発利益が別個に加算されなくても,従前資産の地権者は,近傍において従前資産と同等の代替地等を取得し得る以上,完全補償の原則に反することはない。

イ 事業として許容される価額と法的に補償しなければならない価額は異なるものである。被控訴人が定めている従前資産評価基準に基づく価額が事業として許容される価額であるのに対し,収用委員会や裁判所が違法か否か判断する基準は法的に補償しなければならない価額(都市再開発法80条1項の定める相当な価額)であり,後者は,証拠に基づき,客観的に定まるものである。収用委員会の裁決も,裁判所の判決も,権利変換計画に記載されていた従前資産の価額が,正当な補償としての価額に達している限り,これが違法であるとは判断できないものである。

ウ 被控訴人は,組合員について,全く同じ手法で1m当たりの土地価額を算定した上で開発利益を加算して,従前資産を評価している。そして,このようにして算出された評価額については,都市再開発法80条1項の相当の価額を超えるものであっても,超過額は違法ではなく許容されるものとして,裁決においても原判決においても維持されている。したがって,他の組合員との関係において,形式的にも実質的にも不公平は全くない。

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所は,本件控訴は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり訂正し,後記2のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1) 原判決9頁25行目の「といえるが,」から同10頁3行目末尾までを「であり,同法の予定しないものである。」と改める。

(2) 同10頁10行目の「上記のとおり」から同11行目の「違法ではない以上,」を削る。

(3) 同12頁7行目の「仮に,」から同11行目末尾までを削る。

(4) 同17行目から同25行目までを次のとおり改める。

「確かに同法80条1項所定の相当の価額に開発利益の加算をする取扱いには,検討すべき問題があるが,そのことが本件における認定判断の対象を左右するものではない。」

2 控訴人らの主張にかんがみ,理由を付加する。

(1) 控訴人らは,都市再開発計画により土地価格形成要因の変更が確実であれば,それを織り込んだ開発利益が既に発生しているともいえるから,市街地再開発事業の完成によって発生する開発利益が評価基準日に発生していなくても,土地の価額に加算すべきである旨主張する。

しかしながら,都市再開発法80条1項は,同法73条1項3号の従前資産の価額を,評価基準日における近傍類似資産の取引価格等を考慮して定める「相当の価額」とする旨定めており,これは,権利変換の前後を通じてその者の有する財産価値を等しくさせることを目的として算定される金額であって,権利変換計画の決定前の日である評価基準日の時点における近傍類似資産の取引価格その他の諸事情を考慮して定められるべきものと解するのが相当であり,評価基準日の後に発生する開発利益は加算すべきではないことは,原判決判示のとおりである。土地価格形成要因の変更が確実であることから,それを織り込んだ開発利益が既に発生しているということは擬制にすぎず,そうであるからこそ,本件取扱基準が開発利益を「加えた価格」を宅地の価格とする旨定めているのであり,真に現実化しているなら,加える必要自体がないことになる。

したがって,控訴人らの主張は採用できない。

(2) 控訴人らは,収用委員会の裁決に不服がある場合の訴えにおいては,開発利益を加算することが許されないとすると,二重の基準を設けることになり,市街地再開発組合が,自ら定めた従前資産の評価基準を無視した評価による権利変換計画を定めた場合,権利者が,裁決を申請し,裁決の変更を求める訴えを提起しても,その是正を図ることができないことになると主張する。

しかしながら,都市再開発法80条1項にいう「相当の価額」が上記のようなものと解すべきである以上,収用委員会も裁判所も,この「相当の価額」について認定判断すべきものであることは,同法の規定の当然に予定するところといわなければならない。そして,原判決が本件権利変換計画において定められた宅地の価格が開発利益も加算したものとなっていることにつき,直ちに違法となるものではないと判示したことを二重の基準を設けるものと非難しているが,これは,施行者である被控訴人が同法80条1項所定の評価基準と異なる取扱基準を用いたことにつき,違法とまではいえないが同法に根拠を有しない事実上の措置にすぎないとしているものであり,二重の基準とはいえない。

なお,このように,収用委員会及び裁判所においては,あくまで,都市再開発法80条1項の「相当の価額」の認定判断をするものであり,その範囲でのみ違法の是正を行うものであることからすると,施行者が事実上の措置として「相当の価額」に加算した額をもって宅地の価額としている場合には,是正された価額に同じ加算がされるように求めることはできないことになるが,それがあくまで事実上の措置である以上,裁決及び判決により救済を図ることは,同法の予定していないところといわざるを得ない。

したがって,控訴人らの主張は採用できない。

(3) 控訴人らは,承継前控訴人ら以外の組合員については,開発利益の全額が配分されているのに,承継前控訴人らについては,土地価格と都市再開発法80条1項所定の相当の価額との間の差額(不足額)に開発利益が充当される結果,他の組合員と異なり,開発利益の一部しか配分されない結果となり,組合員間の実質的衡平を担保するために,訴訟による救済を認めるべきである旨主張する。

確かに,承継前控訴人らが,裁決及び判決によって是正を受けた「相当の価額」は権利変換計画に不服を申し立てなかった他の組合員の宅地の価額とされたものから開発利益として加算された額を控除したものと同等のものであり,他の組合員には加算される開発利益の加算が十分には受けられず,結局,裁決及び判決によって是正(増額)された価額の全部を受け取ることができない結果となることは,他の組合員との間の公平を欠くというべきである(被控訴人が不公平は全くないというのは,是正された価額と是正を求めなかった者の価額とが同等のものであることを看過する議論である。)。しかし,その救済までが本件訴訟において求められるものではないことは,既に判示したとおりである。なお,このことからすると,都市再開発法80条1項の定める「相当の価額」に事実上の取扱いによって開発利益等を加算する措置の適法性には,検討すべき問題があるといわざるを得ない。

3 よって,原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。