新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1693、2016/07/04 17:24 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【民事、登記、昭和42年6月22日付登第241号鹿児島地方法務局長照会・同年10月9日付民事三発第706号民事局第三課長回答】

共同相続登記後の遺産分割協議成立による単独登記の方法

質問: 父が数年前に亡くなりました。当時相続人の一人が海外に住んでいたこともあり、とりあえず父が所有していた不動産については法定相続分で登記しました。この度ようやく遺産分割協議がまとまり、法定相続分による登記をした不動産については私が相続することとなりました。この場合、他の相続人が取得した法定相続分を私に移転させる登記はどのような登記になるのでしょうか。法定相続分による相続登記の場合と同様、所有者となる私が単独で登記申請をすることができるのでしょうか。



回答:

1 ご相談いただいた登記申請は「遺産分割」を登記原因とする他の法定相続人からあなたへの持分移転登記となります。この持分(所有権)移転の登記は権利者と義務者が共同して行う「共同申請」の登記となります。「共同申請」においては、貴方一人での登記申請は認められず、他の相続人が登記義務者あなたが登記権利者となって登記を申請する必要があります。

2 なお、最初になされた法定相続分による登記の登記原因は「相続」となっています。「相続」を登記原因とする登記については、権利を取得する相続人からの「単独申請」が可能とされています。

 しかし、一度法定相続分で登記された後「遺産分割」を登記原因とする登記の場合においては、権利を取得する「権利者」と権利を失う「義務者」が存在する為、不動産登記法の原則どおり、権利者及び義務者による共同申請によるされています。遺産分割成立の効力は法律上相続開始時にさかのぼりますので(民法909条)他の相続人からの移転登記というのは理論的におかしいという疑問があります。しかし、一旦他の相続人に適法に移転した事実と、遡及効は、協議内容が相続発生時からにしないと権利関係が複雑になるという政策的な理由に基づくものであるということから(それ故909条には第三者保護規定もあります。)移転登記は共同申請とすることは権利移転関係を登記簿上明らかにするという点でも妥当と思います。

3 よって、今回の登記については他の相続人との共同申請となります。そのため遺産分割が調停、審判によって成立した場合であっても、調停調書あるいは審判書に遺産分割を原因とする登記について権利を失う他の相続人に対して登記をするよう命じる条項(意思擬制条項)がなければ、原則通り、相手方の登記申請に関する書類(委任状、印鑑証明書つき)が必要となります。単に遺産分割協議書で遺産分割を定めただけでは、遺産分割協議書を利用して単独では移転登記ができないことになってしまいますので注意が必要です。

4 以上のように法定相続の登記後は「遺産分割」を原因とする登記手続きは相続手続きの中で行われるものでありながら、登記申請においてはいわゆる「相続登記」とは異なる手続きが必要となります。
 仮に協議で遺産分割が成立したとしても、協議の中で感情のもつれ等が生じ、しこりを残しているような場合には、その後の登記手続において他の相続人の協力が得られない可能性も出てきます。万が一協力を得られないこととなった場合には、その相続人に対して、別途、登記手続きを求める訴訟を起こして、判決を得る必要があります。
このような事態をさけるためにも、遺産分割協議書の作成段階で、移転登記に必要な書類を用意するか、裁判所の調書、あるいは審判書に移転登記をせよという条項を入れておく必要があります。

5 登記関連事務所事例集1518番1492番1477番1148番905番857番733番712番554番394番391番75番68番参照。


解説:

1 相続登記について

 不動産の所有権等の権利の登記名義人が亡くなった場合、その不動産については「相続」を登記原因として、相続人への権利の移転登記を申請することができます。「相続」を登記原因とする登記をするには、遺産分割協議前に法定相続分によって登記する方法と、遺産分割協議成立後に遺産分割協議のとおり登記する方法があります。相続登記を申請する期限等の定めは設けられていませんが、その後の手続が滞ってしまう可能性や放置している間に次の相続が発生して関係者が増えてしまうことなどを考えると、遺産分割を予定しているのであれば早めに遺産分割協議を成立させ、相続登記を申請するのが望ましいと言えます。


2 相続登記手続き

不動産登記法は、登記手続きについては原則として登記権利者及び登記義務者の共同申請によるものと定めていますが、相続を原因とする権利の移転登記については登記権利者である相続人が単独で登記を申請できるとしています(第63条2項)。これは相続が発生するとその権利は被相続人から相続人へ直ちに移転し、また登記名義人が亡くなり相続が発生したこと及び当該登記の申請人が相続人であることは戸籍簿謄本等で法務局に証明することが可能だからです。また本来義務者になる被相続人はすでに死亡し、移転の意思表示ができないからです。相続に関する権利移転については、相続の開始により当然に相続人に権利が移転するのですが(民法896条)、他方で遺産分割協議の効力は相続開始に遡ることになっています(民法909条)。これらの権利移転関係から不動産の相続登記については、@被相続人から法定相続人へ法定相続分で相続の登記をすることも、A遺産分割協議により被相続人から特定の相続人に相続の登記をすることも可能ということになります。

このように相続登記については、遺産分割協議前であっても当該不動産が相続財産であり、かつ共有状態にあることを公示するという点から法定相続分による相続登記が可能です。この法定相続分による共同相続登記は、民法の定める保存行為として相続人のうちの一人から他の相続人の持分についても登記を申請することができるとされています。

不動産登記法
第63条 (判決による登記等)
第2項 相続又は法人の合併による権利の移転の登記は、登記権利者が単独で申請することができる。


3 「遺産分割」を原因とする登記

では、ご相談にあるように共同相続の登記をした後、遺産分割協議が成立し、その不動産を特定の相続人が取得するとなった場合の登記はどのようになるのでしょうか。

これまでに説明したように法定相続分による共同相続の登記をしていなかった場合には、除戸籍簿謄本等のほか、遺産分割協議書や相続人全員の印鑑証明書を添付することにより、「相続」を登記原因として単独で被相続人から直接遺産分割協議で不動産を取得した一人への所有権移転の登記をすることができます(相続が発生した不動産については、その不動産を被相続人が死亡する直前に第三者に売却等をしていたが登記だけしていなかった等の特別な場合を除いては相続発生後の最初の登記原因は必ず「相続」となり、単独で登記を申請することができます。これは、遺産分割によって所有者が決まった以外にも相続人間で相続分の譲渡がされたような場合でも同様です)。

しかし、相続人全員による共同相続登記がされた後に遺産分割によって特定の相続人が相続することとなったような場合には、不動産登記法第60条の原則どおり、権利を取得する相続人を権利者、権利を失う相続人を義務者として、権利者および義務者が共同して登記を申請する必要があります(下記先例参照)。
この点については、遺産分割協議の効力が相続開始時にさかのぼるとする民法からすれば、不動産の権利は被相続人から直接遺産分割で不動産を取得した相続人に移転するのですから、権利関係を明らかにするという意味では、遺産分割の登記ではなく、相続の登記を認めることになるはずです。権利関係の移転を登記上明らかにするという趣旨であれば、法定相続分の相続の登記は一度抹消して、新たに被相続人から遺産分割協議に従った相続の登記をするというのが論理的なはずです。しかし、抹消登記をして、再度相続の登記をするより遺産分割を原因等する相続の登記を認めるというのが登記実務の扱いとなっています。

不動産登記法第60条(共同申請)権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者及び登記義務者が共同してしなければならない。

 この点については遡及効は政策的理由に基づくものであること、共同相続の登記は実態に合った適法な登記であることから権利移転関係を登記簿上正確に表示するのが登記手続きの理想であること、登記簿上で権利を失う者が明らかに存在する以上は、登記手続きの基本原則に従い、登記義務者の当事者確認(本人確認)や意思確認等を厳格に行う必要があると考えられているからです。

【昭和28年8月3日付長野地方法務局長電報問合・同月10日付民事甲第1392号民事局長電報回答】
 相続人により数人ため既に共同相続の登記がなされている物件につき、遺産分割協議書による所有権移転登記の申請は、旧不動産登記法第26条によるべきか、同法第27条によるべきか至急御指示を請う。
回答
不動産登記法第26条によるのを相当とする。 

【昭和42年6月22日付登第241号鹿児島地方法務局長照会・同年10月9日付民事三発第706号民事局第三課長回答】
共同相続登記後に、共同相続人において調停または調停外において遺産分割契約が成立した場合、契約により権利を取得した登記名義人を登記権利者としてその他の登記名義人を登記義務者として当該契約による登記申請をする取り扱いでありますが、遺産分割契約により「相続」を原因とする登記申請人との均衡の上から、他に利害関係人のない限り共同相続登記後といえども便宜権利を取得した登記名義人のみで単独申請は許されないものでしょうか。何分のご垂示を仰ぎます。
回答
昭和42年6月22日付登第241号をもって民事局長あて問合せのあつた標記の件については、貴見による取り扱いはできないものと考える(参考昭和28年8月10日民事甲第1392号通達)


4 遺産分割が調停あるいは審判で成立した場合

 では、遺産分割が調停あるいは審判で成立した場合には当該調書を用いて単独で登記をすることが可能でしょうか。これについて不動産登記法第63条1項において当該調停調書に「申請を共同していなければならない者の一方に登記手続きをすべきことを命」じた条項がある場合には、他方(権利者)が単独で申請することができるとしています。調停調書や確定した審判書は、確定判決と同じ法的効力を有しますので、同条を準用することができます(家事事件手続法75条、268条1項)。

ですから、共同相続登記がされた不動産について、遺産分割調停あるいは審判の結果、特定の相続人が当該不動産を取得することとなった場合には、不動産を取得する旨に加えて、調停調書等に所有権を失う者(登記義務者)に対して登記手続きを命ずる旨の条項(「別紙不動産目録記載の持分について本日付遺産分割を原因とする持分移転登記手続きをせよ」)が定められた場合にのみ、単独で登記を申請することができるのです(不動産登記先例昭和37.2.8民事甲第267号民事局長回答参照)。

 この「登記すべき事を命じる」というのは、登記申請の意思を判決で擬制する(ぎせい=みなす)ことを意味します(民事執行法174条1項)。被告は実際の意思表示はしていませんが、裁判所が公的に判断したので、被告の意思表示の代わりとして、登記手続きで通用することができるという意味です。法務局に確定判決の正本を提出することにより、法務局に対して登記申請の意思表示をしたとみなされるのです。この意思擬制の判断は、登記申請を処理する法務局で明確に認識できる形式でなされる必要があります。通常の遺産分割の調停条項だけでは不足します。意思擬制の調停条項の例を示します。

<例>甲は乙に対し、別紙物件目録1記載の土地につき、本日付け遺産分割を原因とする持分全部移転の登記手続きをする。

通常の遺産分割調停では、この意思擬制の条項案が入らないことも多いですから、調停成立後の登記申請に不安がある場合は、自分から調停委員や書記官に対して意思擬制の条項案を入れることを求めていく必要があります。調停成立後に条項を追加することは困難ですから、調停成立前に働きかけることが必要です。裁判所に対して事前に「意思擬制できる調停調書にしたい」「単独登記申請できる調停調書にしたい」などと相談することになります。


不動産登記法第63条(判決による登記等)
第1項 第六十条、第六十五条又は第八十九条第一項(同条第二項(第九十五条第二項において準用する場合を含む。)及び第九十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、これらの規定により申請を共同してしなければならない者の一方に登記手続をすべきことを命ずる確定判決による登記は、当該申請を共同してしなければならない者の他方が単独で申請することができる。

民事執行法第174条(意思表示の擬制)
第1項 意思表示をすべきことを債務者に命ずる判決その他の裁判が確定し、又は和解、認諾、調停若しくは労働審判に係る債務名義が成立したときは、債務者は、その確定又は成立の時に意思表示をしたものとみなす。ただし、債務者の意思表示が、債権者の証明すべき事実の到来に係るときは第二十七条第一項の規定により執行文が付与された時に、反対給付との引換え又は債務の履行その他の債務者の証明すべき事実のないことに係るときは次項又は第三項の規定により執行文が付与された時に意思表示をしたものとみなす。

【昭和36年3月7日付2登1第107号長野地方法務局長照会・昭和37年2月8日付民事甲第267号民事局長回答】より抜粋
別紙(2)及び(3)のとおり登記のされている不動産について別紙(1)のとおり遺産分割の審判がされたが、当該審判書にもとづく登記の登記原因等につき左記の疑問を生じましたので、差しかかつた事件でもあり至急電信にて何分のご指示をお願いします。
    記
一、二 略
三 この審判書を登記原因を証する書面とするも、登記申請は、登記手続を命じていないから当事者双方の申請によらなければならない
【回答】
客年3月7日付2登1第107号をもつて問合せのあつた標記の件については、次のとおりと考える。
 記
一、二、 略
三、貴見のとおり


5、最後に

 以上のとおり、法定相続による共同相続の登記をしたのちに遺産分割の成立を受けて「遺産分割」を原因とする持分の移転登記をする場合には、その不動産の持分を失う相続人との共同申請となり、貴方の単独申請によることはできません。相続に関する登記でありながら、利害関係人がいないような場合でも不動産登記法63条2項の適用はありませんので注意が必要となります。

 もし、遺産分割についての合意が成立したものの、一部の相続人から協力が得られない事情があって登記手続に支障が出るようなことが考えられる場合には、遺産分割協議書作成の段階から、遺産分割協議書への署名押印とあわせて、持分移転登記に必要な書類を受領しておく必要があります。


※参照条文
(遺産の分割の効力)
第九百九条  遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

家事事件手続法 
第75条(審判の執行力)金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずる審判は、執行力のある債務名義と同一の効力を有する。
第268条(調停の成立及び効力)
第1項 調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したときは、調停が成立したものとし、その記載は、確定判決(別表第二に掲げる事項にあっては、確定した第三十九条の規定による審判)と同一の効力を有する。


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