新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1655、2015/12/04 12:00

【家事、親族法、扶養義務の無い者から扶養義務者への扶養料請求、神戸地方裁判所昭和56年4月28日判決、事実実験公正証書】

立て替えた扶養料の請求方法

質問:私は、妻が死亡した後、義母を一人で介護しています。義母には実子(私の義弟と義妹)がいますが、義母は妻の死亡後も私と一緒に生活しています。義母の生活費等私が負担したものを請求することが可能でしょうか。
私と妻は、妻の父(義父)が亡くなった5年前から妻の母親(義母)を引き取って同居と介護をしてきましたが、このたび、妻が病気で亡くなってしまいました。妻には弟(義弟)も妹(義妹)も居ますが、義母が、このまま私と孫(未成年の学生です)と同居を続けたいと言いますので、同居と介護を継続するつもりです。義母は生活費の一部は自身の年金で支払をしていましたが、年金額が少なく、生活するに十分でないため、不足する分は私の給与生活費をまかなってきました。また、義母が入院したときの支払も私たち夫婦で行っています。



回答:
1 あなたには原則として義母の扶養義務はありません(例外は家庭裁判所があなたに扶養義務があると決定をした場合です)。
現在扶養義務があるのは、義弟と義妹の二人です(民法877条)。

2 扶養義務の無い者が、義母の生活介護のためとはいえ費用を支出した場合は、扶養義務のある者に費用の支出を免れた利得があると考えられますので、事務管理(民法697条)に基づく費用償還請求権または不当利得返還請求権(民法703条)に基づいて、支出した費用の全額を請求することができます。当事者間の話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所ではなく地方裁判所に訴訟を申し立てて強制的に取り立てることができます。

3 費用の請求金額に関しては、扶養義務者全員が連帯債務者となり、一人の扶養者に全額を請求することもできます。訴訟となる場合は、扶養義務者全員に対して、負担した費用全額を請求することになります(扶養義務者間ではどのように負担するかは家庭裁判所で最終的に決定されます。)

3 扶養関連事例集42番669番766番1149番1409番参照。


解説:

1 扶養義務とは

民法は、家族間の相互扶助の精神の下に扶養制度を設けています(民法第4編親族、第7章扶養)。家族親族の最小単位は、夫婦関係、親子関係ですが、この相互扶助関係を基礎として、民法の親族相続法が規定されています。親族は、相互に扶養義務を負担し、祭祀を継承し、また、死亡時には相続権も発生することになります。簡単に言うと、私有財産制の具現として被相続人の遺産は国家ではなく、第一義的に家族が被相続人の推定的意思に基づき相続しますが、反対に生活に困ったときには親族に扶養する義務を課して国家は介入しないことになります。

民法第877条(扶養義務者)
第1項 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
第2項 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
第3項 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

この条文の1項により、第一次的に扶養義務を負うのは、直系血族と兄弟姉妹です。従って、ご相談の場合義母の扶養義務を負うのは、直系血族である義弟と義妹です。あなたの奥様が存命中は、義母さまに対して、あなたの奥様の扶養義務がありましたが、奥様死亡後は、姻族であるあなたには扶養義務は無いということになります。貴方の未成年のお子さんは、義母さんから見て直系血族となりますが、未成年で学生さんということであれば扶養能力はありませんので、扶養義務を履行する必要はありません。

 もっとも、妻の死亡により姻族関係は当然には終了しませんから、この条文の2項により家庭裁判所があなたに扶養義務を命じることもありますが、そうでなければ扶養義務はありません。


2 不当利得・事務管理に基づく請求

扶養義務の無いあなた様が、義母さまの入院費用や、生活費用、介護費用の負担をしたということであれば、純粋な財産上の問題となり扶養義務者の費用負担を一時的に免れさせて利得があったと評価して、民法703条の不当利得返還請求権を行使する方法と、事務管理に基づく費用償還請求権(民法702条)として立替費用を請求する方法が考えられます。

不当利得は、法律上の原因無く他人の財産によって利益を得た者が、損失を受けた者に対して返還義務を負うというものです。

民法第703条(不当利得の返還義務)法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。

法律の要件は、次の通りです。
1 他人の財産又は労務によって利益を得たこと
2 そのために他人に損失を与えたこと
3 受益者の利益と損失者の損失の間に因果関係があり、
4 受益と損失に法律上の原因がないこと
5 受益者の受益が現に残存していること

扶養義務の無い者が、扶養義務者に代わって、要扶養者の扶養料を負担した場合は、「法律上の原因無く」、「損失を受けて」、「相当因果関係により」、「義務者の支払いを免れた利益を生じ」、「免れたことによる利益は残存している」と言えますので、負担額全額について、扶養義務者に請求できることになります。

また、民法697条事務管理の法律構成により請求することも考えられます。

民法第697条(事務管理)
第1項 義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。
第2項 管理者は、本人の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理をしなければならない。
第699条(管理者の通知義務) 管理者は、事務管理を始めたことを遅滞なく本人に通知しなければならない。ただし、本人が既にこれを知っているときは、この限りでない。
第700条(管理者による事務管理の継続) 管理者は、本人又はその相続人若しくは法定代理人が管理をすることができるに至るまで、事務管理を継続しなければならない。ただし、事務管理の継続が本人の意思に反し、又は本人に不利であることが明らかであるときは、この限りでない。
第701条(委任の規定の準用) 第六百四十五条から第六百四十七条までの規定<筆者注=委任契約に関する規定>は、事務管理について準用する。
第702条 (管理者による費用の償還請求等)
第1項 管理者は、本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対し、その償還を請求することができる。
第2項 第六百五十条第二項の規定は、管理者が本人のために有益な債務を負担した場合について準用する。
第3項 管理者が本人の意思に反して事務管理をしたときは、本人が現に利益を受けている限度においてのみ、前二項の規定を適用する。

法律の要件は次の通りです。
1 法律上の義務なく、
2 他人のためにする意思を持ち、
3 他人の事務の管理を始めること
4 本人の意思に反しないこと
5 本人に不利であることが明らかでないこと

従って、扶養義務の無い者が、扶養義務者(事務管理の本人)に代わって、要扶養者の扶養料を負担した場合は、「法律上の義務無く」、「扶養義務者のためにする意思で」、「扶養義務者の事務=扶養事務を始め」、「扶養義務者の意思に反せず」、「扶養義務者に不利であることが明らかでない」場合は、事務管理に基づく費用償還請求権を行使できることになります。


3 判例紹介

非義務者から義務者に対する立替金の請求事件について判例がありますので、御紹介致します。

神戸地方裁判所昭和56年4月28日判決
『扶養義務者でない者が要扶養者を事実上扶養し、扶養料を支払つた場合においては、立替扶養料を不当利得或いは事務管理として扶養義務者の全員又は任意の一人に対して全額請求することができ、扶養義務者は連帯してその全額の支払義務を負担するものであり、扶養義務者相互間の求償は審判事項として家庭裁判所の専決権に属し、訴訟事件の対象になるものではないと解すべきである(最高裁判所昭和四二年二月一七日民集二一・一・一三三)。従つて、扶養義務者ではない原告が立て替えたYの扶養料は、不当利得として同人の扶養義務者の一人である被告に対して全額返還請求することができるものというべく、原告の妻EもYの扶養義務者であることを理由にその全部又は一部の支払を免れ得るものではない。そして、被告が本件によつて原告に対して支払う立替扶養料(不当利得金)のEに対する求償及びEが負担したYの扶養料の被告に対する求償のいずれも審判事項として家庭裁判所による判断を求めるべきである。』

この判例は、扶養義務者である奥様が存命中の状態に対応する案件でしたが、非義務者が扶養料を負担した場合は、立替扶養料を不当利得或いは事務管理として、扶養義務者の一部または全員に対して、全額請求することができると端的に判断しています。なお、扶養義務者間の費用負担の割合や方法については、審判事項であるので家庭裁判所の審理に任せられるべきとされています。

この不当利得返還請求や、事務管理に基づく費用償還請求の手続きにおいて必要となる資料を列挙しますので参考にして下さい。

まず、支出した費用について、合計額を主張立証するための資料として、各種領収書が必要です。住居費を証明するために、賃貸契約書、家賃支払い明細書、住宅ローンの残高証明書、住宅ローンの支払い明細書。義母さまの病院の診療報酬明細書。義母さまの生活に必要な飲食費、日用品の領収書。通常の生活では保存しないような領収書でも、後日の清算のためには必要となってくることがありますので注意深く保存なさることをお勧め致します。

義母さまが従来通りの同居による生活介護関係を継続したいという意思を示すものとして、手紙や、公証役場での事実実験公正証書が考えられます。公証人の面前で、義母様の意思を表出して頂き、これを、公証人が認識して記録にとどめる書類です。「事実実験公正証書」は、公証人が五感の作用により直接見聞した事実を記載した書面で、事実実験は、裁判所の検証に似たもので、その結果を記載した「事実実験公正証書」は、裁判所が作成する「検証調書」に似たものであり、証拠を保全する機能を有し、権利に関係のある多種多様な事実を対象とします。

※公証役場解説ページ
http://www.koshonin.gr.jp/ji.html

その他、扶養義務の履行を求めるために扶養義務者に連絡した手紙やメールなども、事実関係の補足資料として有益ですので保管されると良いでしょう。


4 義母さまから義妹や義弟への扶養請求調停申立て

 前記の通り、あなた様が立て替えた費用を請求する方法に加えて、義母さまから、義妹や義弟さまに対して、直接扶養料の請求をする手段も考えることができます。この場合は、家事事件手続法別表第二第十項の「扶養の程度又は方法についての決定及びその決定の変更又は取消し」事件として、扶養請求の家事調停を申し立てることになります(家事事件手続法244条、257条)。この場合は、義母さまが選任する弁護士の手配を、あなたさまが事実上手伝って、手続きを遂行する補助をするということになろうかと思います。受任した弁護士は、義母さまから委任状を受領し、義母さまの意思を確認しながら手続きを遂行することになります。

※扶養請求調停について、裁判所の解説ページ
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_07_11/


5 まとめ

 以上の通り、奥様が亡くなった後の扶養料の負担については、あなた様から、扶養義務者全員(奥様の御兄弟全員)に対して、立替費用の償還請求をすることができます。姻族ではありますが、親族関係ですので、できれば当事者間の協議により費用負担の合意をすることが望ましいとは言えますが、どうしても協議がまとまらない場合は法的な手続きが可能です。法的手続きとして家庭裁判所への家事調停申立て(義母さまから、扶養義務者に対して扶養料の支払いを求める家事調停)や、あるいは地方裁判所への訴訟提起がありますが、どちらの方法をとるかについては具体的事情を考慮して決定する必要がありますが、話し合いが難しいと考えられる場合は地方裁判所に裁判を起こす方が解決は早い場合が多いと言ってよいでしょう。訴訟提起の前に、双方が代理人弁護士を選任した場合は、冷静な協議をすることにより合意成立できることもあります。お近くの法律事務所に御相談なさると良いでしょう。


※参考条文
民法第877条(扶養義務者)
第1項 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
第2項 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
第3項 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。
第878条 (扶養の順位) 扶養をする義務のある者が数人ある場合において、扶養をすべき者の順序について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。扶養を受ける権利のある者が数人ある場合において、扶養義務者の資力がその全員を扶養するのに足りないときの扶養を受けるべき者の順序についても、同様とする。
第879条 (扶養の程度又は方法) 扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。
第880条(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し) 扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。

家事事件手続法
第十節 扶養に関する審判事件
(管轄)
第百八十二条  扶養義務の設定の審判事件(別表第一の八十四の項の事項についての審判事件をいう。)は、扶養義務者となるべき者(数人についての扶養義務の設定の申立てに係るものにあっては、そのうちの一人)の住所地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。
2  扶養義務の設定の取消しの審判事件(別表第一の八十五の項の事項についての審判事件をいう。)は、その扶養義務の設定の審判をした家庭裁判所(抗告裁判所がその扶養義務の設定の裁判をした場合にあっては、その第一審裁判所である家庭裁判所)の管轄に属する。
3  扶養の順位の決定及びその決定の変更又は取消しの審判事件(別表第二の九の項の事項についての審判事件をいう。)並びに扶養の程度又は方法についての決定及びその決定の変更又は取消しの審判事件(同表の十の項の事項についての審判事件をいう。)は、相手方(数人に対する申立てに係るものにあっては、そのうちの一人)の住所地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。
(申立ての特則)
第百八十三条  扶養義務の設定の申立ては、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律 (平成十五年法律第百十号)第二十三条の二第二項第四号 の規定による保護者の選任の申立てと一の申立てによりするときは、同法第二条第二項 に規定する対象者の住所地を管轄する家庭裁判所にもすることができる。
(陳述の聴取)
第百八十四条  家庭裁判所は、次の各号に掲げる審判をする場合には、当該各号に定める者(申立人を除く。)の陳述を聴かなければならない。
一  扶養義務の設定の審判 扶養義務者となるべき者
二  扶養義務の設定の取消しの審判 扶養権利者
(給付命令)
第百八十五条  家庭裁判所は、扶養の程度又は方法についての決定及びその決定の変更又は取消しの審判において、当事者に対し、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができる。
(即時抗告)
第百八十六条  次の各号に掲げる審判に対しては、当該各号に定める者は、即時抗告をすることができる。
一  扶養義務の設定の審判 扶養義務者となるべき者(申立人を除く。)
二  扶養義務の設定の申立てを却下する審判 申立人
三  扶養義務の設定の取消しの審判 扶養権利者(申立人を除く。)
四  扶養義務の設定の取消しの申立てを却下する審判 申立人
五  扶養の順位の決定及びその決定の変更又は取消しの審判並びにこれらの申立てを却下する審判 申立人及び相手方
六  扶養の程度又は方法についての決定及びその決定の変更又は取消しの審判並びにこれらの申立てを却下する審判 申立人及び相手方
(扶養に関する審判事件を本案とする保全処分)
第百八十七条  家庭裁判所(第百五条第二項の場合にあっては、高等裁判所)は、次に掲げる事項についての審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者の申立てにより、当該事項についての審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。
一  扶養の順位の決定及びその決定の変更又は取消し
二  扶養の程度又は方法についての決定及びその決定の変更又は取消し

(調停事項等)
第二百四十四条  家庭裁判所は、人事に関する訴訟事件その他家庭に関する事件(別表第一に掲げる事項についての事件を除く。)について調停を行うほか、この編の定めるところにより審判をする。

(調停前置主義)
第二百五十七条  第二百四十四条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。
2  前項の事件について家事調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、裁判所は、職権で、事件を家事調停に付さなければならない。ただし、裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるときは、この限りでない。
3  裁判所は、前項の規定により事件を調停に付する場合においては、事件を管轄権を有する家庭裁判所に処理させなければならない。ただし、家事調停事件を処理するために特に必要があると認めるときは、事件を管轄権を有する家庭裁判所以外の家庭裁判所に処理させることができる。

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