会社員が逮捕された場合の身柄解放手続き

刑事|夫が逮捕|会社員の刑事事件における身柄拘束|準抗告申し立ての手続き|否認してても準抗告は通るか|最高裁平成26年11月17日決定

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

昨日夜、夫が電車内で痴漢をして警察に逮捕されました。警察の方からは、今後、夫は検察庁に送検され、裁判所が10日間の勾留を決めると聞きました。夫は会社勤めで長い間身柄を拘束されていると会社も解雇されるかもしれません。勾留にならないようにできないでしょうか。また、仮に勾留になった場合、準抗告という手続きがあると聞きました。準抗告をして、何とか夫を早く釈放してもらうことはできないでしょうか。

回答:

1、昨日の夜逮捕されたということですが、勾留を阻止する方法は手続きの段階によって異なります。

①検察官が勾留請求をしていない段階では、検察官と面談して勾留請求をしないように交渉すること。

②検察官が裁判所に勾留請求をした段階では、勾留請求に対して、弁護人の意見書・上申書を裁判所に提出した上で裁判官面接を行い、勾留請求を却下してもらうよう裁判官を説得することこと。

③裁判所が勾留許可決定をしてしまった段階では準抗告の申し立てを行うこと、が考えられます。

2、刑事事件で被疑者が逮捕された場合の身柄拘束は、次の通り最長23日間継続する可能性があります。

(1)司法警察員から検察官への送致=警察が被疑者を逮捕してから48時間以内 、刑訴法第203条1項

(2)検察官から裁判所への勾留請求=警察から被疑者の送致を受けてから24時間以内、刑訴法第205条1項

(3)裁判官が検察官からの勾留請求を認めた場合=勾留期間10日間、刑訴法第208条1項

(4)裁判官が勾留期間延長についてやむを得ない事由があると認めた場合 =勾留期間延長10日間、刑訴法第208条2項

以上の通り、起訴前の身柄拘束期間は、最長で23日となります。

上記の3日間、もしくは13日間、もしくは23日間が経過した場合は、①検察官による公判請求(刑事裁判の起訴、刑訴法60条の起訴後勾留に移行)、②検察官による略式命令請求(簡易裁判所の略式命令請求、即日釈放されて罰金刑を受ける)、③処分保留のまま釈放、という3つの可能性があります。

起訴された場合は刑訴法60条の起訴後勾留に引き継がれます。勾留期間は、公訴の提起があった日から2カ月ですが、必要がある場合には、1カ月毎に決定により更新されます。但し、起訴後は刑訴法89条の権利保釈の請求を申し立てることができます。

3、裁判所は、近時、勾留決定する際の要件となる勾留の理由(必要性)について、個別具体的に審査する姿勢を見せていますので、勾留を阻止できる可能性は高くなったと言えます。身柄拘束に関する最近の最高裁判例を御紹介致しますのでご参考になさって下さい。なお、本稿は、事例集1262に判例を追加して加筆したものです。事例集1262もあわせて御参照下さい。

4、準抗告に関する関連事例集参照。

解説:

1、勾留から釈放までの流れ。

あなたのご主人が痴漢で逮捕され、警察の話では検察庁に送致されるということですが、勾留とは逮捕に引き続き行われる比較的長期間の強制的な身柄拘束処分のことをいいます。刑事訴訟法上、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとして逮捕された者(被疑者)については、被疑者を留置する必要があると警察が判断した場合、逮捕時から48時間以内に被疑者の身柄を警察から検察庁に送致しなければなりません(刑事訴訟法第203条1項)。検察官は被疑者の弁解を聞き、留置の必要があると判断したときは被疑者の身柄を受けたときから24時間以内に裁判官に勾留の請求をしなければなりません(刑事訴訟法第205条1項)。裁判官が検察官からの勾留請求を認めた場合、10日間被疑者を勾留することができます(刑事訴訟法第208条1項)。検察官がさらに勾留の必要があると判断したときは裁判官の請求により、10日間の勾留延長がされます(刑事訴訟法第208条2項)。以上を合計すると、最長で23日間の身柄拘束期間となってしまいます。会社員の方が23日間もの間無断欠勤を継続させてしまうと懲戒処分の心配も出てきてしまうことから、ご心配の場合は、早期の身柄解放を目指して弁護活動を行う必要があります。

身柄拘束手続の流れについては、当事務所ホームページ事例集906番1142番を併せてご参照頂ければと思います。

上記の3日間、もしくは13日間、もしくは23日間が経過した場合は、①検察官による公判請求(刑事裁判の正式起訴、刑訴法60条の起訴後勾留に移行)、②検察官による略式命令請求(簡易裁判所の略式命令請求、即日釈放されて罰金刑を受ける)、③処分保留のまま釈放(後日検察官による不起訴処分または起訴処分の決定)、という3つの可能性があります。

起訴された場合は刑訴法60条の起訴後勾留に引き継がれます。勾留期間は、公訴の提起があった日から2カ月ですが、必要がある場合には、1カ月毎に決定により更新されます。但し、起訴後は刑訴法89条の権利保釈の請求を申し立てることができます。

刑訴法第89条 保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。

一号 被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。

二号 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。

三号 被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。

四号 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

五号 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。

六号 被告人の氏名又は住居が分からないとき。

第九十条 裁判所は、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。

2、身柄解放に向けた弁護活動

被疑者段階で短期に身柄拘束を解消させるために、弁護人が行うべき弁護活動は、①検察官に勾留請求しないよう交渉すること、②検察官の勾留請求に対して、裁判所に弁護人の意見書・上申書を提出した上で裁判官面接を行うこと、③裁判所が勾留を認めた場合、勾留許可決定に対する準抗告の申し立てを行うこと、が考えられます。

裁判官による勾留の決定は「命令」と呼ばれますが、裁判官の命令に対する不服申立の手続を「準抗告」といいます。

ご指摘の準抗告というのは、命令と呼ばれる裁判形式の裁判(裁判には判決、決定、命令という形式がありますが、被疑者段階での勾留決定のように裁判官が行う裁判は常に命令にあたります。)に対する不服申立の手続きをいい、本件では裁判官が行ったご主人の勾留を認める裁判に対する不服申立を意味します(刑事訴訟法429条1項2号)。準抗告が認められた場合、勾留の裁判が取り消され、検察官の勾留請求が却下されることになるので、ご主人は身柄拘束を解かれることになります(刑事訴訟法432条、426条2項)。あなたのご主人は未だ弁護人が付いておらず、各職に対する十分な意見の上申や関係資料の提出等ができなかった結果、ご主人に有利な事情を何ら考慮してもらえず勾留となってしまっている可能性があると思われるので、準抗告にあたっては、ご主人に有利な事情の主張や関係資料の提出等を積極的に行っていく必要があるといえます。このような活動を行うことができるのは弁護人だけです。

なお、勾留決定を阻止するための弁護活動において主張する事項も、準抗告において主張すべき事項と基本的に同じになります。

準抗告が勾留の要件を満たすとして勾留を認めた裁判に対する不服申立であることから、準抗告においては勾留の要件を満たしていないことを主張すべきことになります。勾留の要件としては、刑事訴訟法上、

1 被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること(刑事訴訟法207条1項、60条1項柱書)、

2 被疑者に住所不定、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由、逃亡すると疑うに足りる相当な理由のいずれかの事情があること(刑事訴訟法207条1項、60条1項各号)、

3 諸般の事情に照らして勾留の必要性があること(刑事訴訟法207条1項、87条1項)の3つが定められています。

あなたのご主人の場合、犯行を認めているということであれば通常罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由の有無は問題とならず、定まった住居もあるようですので、準抗告においては、(1)罪証隠滅のおそれがないこと、(2)逃亡のおそれがないこと、(3)勾留の必要性がないことをどれだけ説得的に主張、疎明できるかどうかがポイントとなります。

では、如何なる事情があれば勾留の要件が否定されるのでしょうか。

3、勾留請求の阻止、勾留決定の阻止並びに準抗告の手続きで主張すべき事項

(1)罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がないこと(刑事訴訟法60条1項2号)

ここでいう罪証とは、犯罪の成否および重要な情状に関する証拠のことを指します。そして、罪証隠滅のおそれが肯定されるためには、その程度が単なる抽象的可能性ではなく具体的資料に基礎づけられた相当程度高度な可能性に達している必要があると考えられています。以下では一般的な痴漢事犯においてかかる可能性を減殺する方向に働き得る事情の例を示しますが、実際はこれらの事情を含めたあらゆる要素を総合して判断されることになります。

○被疑者が被害者や目撃者等の連絡先を知らないこと

痴漢事犯における罪証隠滅の態様としては、被疑者に不利な供述を封じたり供述を変遷させる目的で、被害者や犯行の目撃者等関係者に対して威迫等により働きかけをすることが考えられます。しかし、被害者等関係者の連絡先が分からないのであれば、かかる働きかけは困難であり、威迫等による罪証隠滅の可能性はないといえます。

この点、裁判所としては、待ち伏せ等の手段により口封じが可能であるなどとして、安易に罪証隠滅のおそれを肯定する事例も見られますが、その場合でも被害者との接触可能性が低いことは後述する勾留の必要性との関係で有利に斟酌され得る事情となります。したがって、犯行現場となった鉄道路線がご主人の日常的に使用しているものではなかったり、犯行が行われたのが一般の通勤通学時間帯以外であるといった事情がある場合は、その点も積極的に主張していく必要があるでしょう。

被害者の連絡先が不明である場合や、被害者と顔見知りではない場合は、被害者との接触が不可能であるため、罪証隠滅の可能性が低いことも主張します。

○目撃者証言等の客観的証拠が確保されていること

例えば、既に被害者の詳細な供述調書が作成されているような場合、既に捜査機関によって保全されている供述調書等の隠滅を図ることはおよそ不可能といえます。また、痴漢の事案においては、被害者の供述調書のみで有罪の立証として十分であることが多い上、かかる調書の作成後に被害者に働きかけをする等により供述を変遷させることに成功したとしても、変遷後の被害者供述に信用性がないことは明らかであり、働きかけ自体が無意味ともいえます。このように、被疑者の有罪を立証するに足りる証拠が捜査機関によって確保されている以上は、罪証隠滅の動機が生じえない故、罪証隠滅のおそれはないというべきでしょう。

○犯行態様が軽微であること

犯行態様が軽微であること等により比較的軽い処分が見込まれる場合には、被疑者があえて悪情状を作り出してまで罪証隠滅を行う動機に乏しいといえ、罪証隠滅のおそれはないといえます。この点は、弁護人を依頼して直ちに接見に行ってもらい、ご主人から直接詳細な事情をお聞きする必要があるでしょう。

○供述状況

被疑者が、逮捕された当初から犯行を全面的に認め、詳細な自白調書が作成されているような場合、かかる供述態度にある者が事件関係者に対する働きかけ等をすることは通常考えられないため、罪証隠滅のおそれはないといえます。逆に犯行を否認する供述(例えば、犯人性自体を否定する供述や、「手が触れていたのは事実だが、意図して触れたものではない」といった故意を否認する供述など)をしているような場合は罪証隠滅のおそれが肯定される方向に判断されることになるでしょう。ただし、犯行を大筋で認めていたとしても、犯行態様についての説明が被疑者と被害者等との間で食い違っているような場合や、供述内容等から余罪や常習性が合理的に疑われるような場合には、重要な情状事実についての罪証を隠滅するおそれがあると判断されてしまう例もあります。

あなたのご主人の場合、大筋で容疑を認めているにもかかわらず勾留決定が出てしまっているとのことですが、軽微な痴漢の事案で勾留決定に至っているということはそれ相応の理由があるはずですので、弁護人に犯行態様の詳細や取調べ状況等について確認してもらうことが不可欠といえます。もし、事実に反して犯人性や故意等を否認しているような場合であれば、弁護人による指導の上、犯行を全面的に認める旨の上申書の作成等により対応する必要があるでしょう。

○示談の意思があること

準抗告において、示談の意思があることを示すことは極めて重要です。示談を希望し、その具体的準備があることを明らかにすることで、罪証隠滅の主観的可能性がないことを示すことができますし、痴漢事犯の場合、示談を成立させることができれば不起訴処分となる可能性が高まるため、示談成立の見通しが高ければ重い処罰を恐れて逃亡する動機がないといえ、後述の逃亡のおそれとの関係でも有利に斟酌してもらえることになります。具体的には、被害者宛の謝罪文の作成や弁護人に示談金預かり証や示談経過報告書等を作成してもらうことで対応していく必要があるでしょう。

この点は、勾留の必要性との関係でも重視される項目であるため、弁護人を依頼の上、最終的な不起訴処分の獲得を目指した示談交渉等の活動を行ってもらうことが、結局は早期の身柄解放に結びつくといえるでしょう。

本来は示談が終わっていれば良いのですが、時間的に勾留決定までに間に合わないのが通常です。そこで、勾留決定後に示談をした場合は、準抗告において示談が完了していることを主張することが可能です。

○前科前歴がないこと

軽微な痴漢事犯の場合、犯行を認めていて前科前歴もないケースでは、通常公判請求されることはなく、仮に示談が成立していなくても、簡易裁判所が書面審理だけで罰金を科す略式手続によって処分されることが殆どです(逆に同種前科が多数ある場合、示談が成立していたとしても公判請求されることもあります。)。したがって、前科前歴がない場合、被疑者があえて悪情状を作り出してまで罪証隠滅を行う動機に乏しいといえ、罪証隠滅のおそれはないといえます(同種前科が多数ある場合、犯行に至る経緯や常習性等の重要な情状事実に関する罪証隠滅のおそれも懸念されるところでしょう。)。

もっとも、たとえ同種前科があったとしても、直ちに準抗告が認められなくなるわけではありません。他の事情によっては後述の勾留の必要性が否定されることで準抗告が認められる可能性も十分にあります。当事務所の例をみても、痴漢の同種の罰金前科が2件あったケースにおいて、罪証隠滅のおそれが肯定されたものの、被疑者が定職に就いていることや同居の家族による監督の誓約、被害者に対する謝罪金の準備等の事情から、後述の逃亡のおそれ及び勾留の必要性が否定され、準抗告認容の決定を勝ち取った例もあります。

前科前歴については、たとえ家族であっても把握していないことが多いので、この点も弁護人に接見してもらって確認の上、対応を検討する必要があるでしょう。

道交法違反の犯罪ですが、酒気帯び、無免許運転で準抗告が認められた判例があります。大阪地方裁判所平成15年2月28日第11刑事部判決 。(道路交通法違反被疑事件)後記参照。条例違反より罪状が重い場合(3年以下の懲役、50万円以下の罰金、1年以下の懲役、30万円以下の罰金)でも、準抗告認められています。

(2)逃亡すると疑うに足りる相当な理由がないこと(刑事訴訟法60条1項3号)

○扶養家族がいること

被疑者に現に扶養している配偶者や子がいる場合、家族を捨ててまで逃亡しようとすることなど通常考えられないため、逃亡の恐れはないといえます。この点は、家族による上申書の作成等により明らかにする必要があります。

同居家族に高齢者や病気の者がいるので、療養介護の必要がある場合や、同居していない家族が病気の場合は定期的な見舞いの必要があるなどとして、逃亡すると疑うに足りる相当な理由が無いと主張します。特に家族の方が重病であって余命の宣告を受けているような場合には、これについて主治医の診断書を添付して、被疑者は家族を看取るため裁判所の遵守事項を厳守する、と主張すべきです。

○身元引受人がいること

身元引受人とは、釈放の際被疑者の身元を責任を持って引き受け、再び罪を犯したり逃亡等しないよう指導、監督することを誓約する者のことです。被疑者と同居する配偶者等、適切な者が被疑者の指導、監督を約することによって逃亡のおそれは低減すると考えられるため、弁護人の指導の下、身元引受書を作成すること等により逃亡のおそれがないことを積極的に明らかにしていくべきであるといえます。

○定職に就いていること

被疑者が定職に就いている場合、職場を捨ててまで逃亡しようとすることなど通常考えられないため、逃亡の恐れはないといえます(逆に、アルバイト暮らしや無職である場合、逃亡によって失うものがないため、逃亡のおそれがあると判断され易いと思われます。)。この点も、家族による上申書の作成等により明らかにする必要があるでしょう。

○犯行態様が軽微であること

犯行態様が軽微であること等により比較的軽い処分が見込まれる場合には、被疑者があえて悪情状を作り出してまで逃亡を図る動機に乏しいといえ、逃亡のおそれはないといえます。弁護人に直ちに接見に行ってもらい、ご主人から直接詳細な事情をお聞きする必要があることは(1)罪証隠滅のおそれについての該当箇所で述べたとおりです。

○示談の意思があること

上記(1)罪証隠滅のおそれについての該当箇所で述べたとおり、示談の準備があることは逃亡のおそれとの関係でも極めて重要な意味を持つものです。直ちに弁護人と協議の上、示談の具体的な準備を進めていく必要があります。

○前科前歴がないこと

前科前歴がない場合、比較的軽い処分が見込まれるため、処罰をおそれ、あえて悪情状を作り出してまで逃亡する動機に乏しいといえ、逃亡のおそれはないといえます。

(3)勾留の必要性がないこと(刑事訴訟法87条1項)

勾留の必要性とは、刑事訴訟法60条1項各号の理由がある場合において、それらを含めた具体的事情の下で被疑者を勾留することの相当性を指します。勾留の必要性の有無は、痴漢事犯等略式手続による罰金刑が予想されるような軽微な事案において問題とされる事が多く、勾留することによって得られる捜査機関側の利益と被疑者の不利益の比較考量により検討されることになります。具体的には、罪証隠滅のおそれや逃亡のおそれ等が存在することを前提に、それらの事由の強さの程度や以下に例示するような被疑者側の事情等を総合して判断されることになります。

○身柄拘束が続くことで失職するおそれがあること

逮捕に引き続き10日間の勾留が続いた場合、解雇等により職場を退職せざるを得ない状況に陥ることが多いといえます。解雇になると被疑者としては生活の基盤を失うという極めて重大な事態に陥る一方、被疑者が犯行を全面的に認めているような場合であれば、捜査機関としても捜査上の不都合は事実上ないはずですので、準抗告においては、この点、特に力点を置いて主張しなければなりません。特に、被疑者に養うべき家族がいる場合、犯行とは本来無関係な家族の生活を危険にさらしてまで被疑者の身柄拘束を続けることは明らかに相当性を欠いているといえます。

○病気を患っていること

被疑者が病気等により心身の状態が悪い場合、被疑者の健康を危険にさらしてまで敢えて身柄拘束を続けることに合理性はありません。被疑者に持病等がある場合、その病名や病状が分かる診断書等の資料の提出や弁護人による報告書の作成等により、これを明らかにする必要があります。

主治医の診断書により、「治療経過が良好であり、長期の身柄拘束による治療環境の変化は好ましくない」と主張出来る場合は、積極的にその旨を主張立証する資料も提出していくべきでしょう。

4、裁判所の近時の姿勢

裁判所は、近時、勾留の理由(必要性)について、個別具体的に審査する姿勢を見せています。少なくとも、以前のような「否認しているから罪証隠滅のおそれがある」というような単純な論理は通用しなくなってきています。身柄拘束に関する最近の最高裁判例を御紹介致しますのでご参考になさって下さい。なお、本稿は、事例集1262に判例を追加して加筆したものです。事例集1262もあわせて御参照下さい。

※最高裁判例

勾留請求却下の裁判に対する準抗告の決定に対する特別抗告事件についての、最高裁判所第一小法廷平成26年11月17日決定(本件では、最初に勾留却下決定があったので、検察官が準抗告を申し立てています。)

① 経緯

(1)被疑者は、電車内で女子中学生に痴漢行為をした容疑で逮捕された。被疑者は被疑事実を否認。

(2)検察官が裁判官(原々審)に対し、被疑者の勾留を請求。

(3)裁判官(原々審)は勾留の必要性がないとして勾留請求を却下。被疑者は釈放された。

(4)検察官は勾留請求が却下されたことを不服として、裁判所(原審)に準抗告を提起した。

(5)裁判所(原審)は原々審の勾留請求棄却の決定を取り消す決定(原決定)をして、検察官の勾留請求を認めた。

(6)被疑者の弁護人が原審の判断を不服として最高裁判所に上告した。

(7)最高裁判所は、被疑者の勾留を認めた原審裁判所の決定(原決定)を取り消して検察官からの勾留請求を却下した原々審決定に誤りはないとした。

② 引用

最高裁判所第一小法廷平成26年11月17日決定

『原々審は,勾留の必要性がないとして勾留請求を却下した。これに対し,原決定は,「被疑者と被害少女の供述が真っ向から対立しており,被害少女の被害状況についての供述内容が極めて重要であること,被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もあることからすると,被疑者が被害少女に働きかけるなどして,罪体について罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると認められる」とし,勾留の必要性を肯定した。

被疑者は,前科前歴がない会社員であり,原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば,本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は,罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ,原々審が,勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは,この可能性が低いと判断したものと考えられる。本件事案の性質に加え,本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので,被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれないことからすると,原々審の上記判断が不合理であるとはいえないところ,原決定の説示をみても,被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もあるというのみで,その可能性の程度について原々審と異なる判断をした理由が何ら示されていない。

そうすると,勾留の必要性を否定した原々審の裁判を取り消して,勾留を認めた原決定には,刑訴法60条1項,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。』

5、さいごに

以上に示したのは、あくまで痴漢事犯において勾留要件を否定する方向に働き得る事情の一例に過ぎません。実際に準抗告の申立てを行うにあたっては、弁護人においてあなたとの打ち合わせやご主人と接見して詳細な事情を把握した上、勾留の要件との関係で説得的な主張を記載した申立書面を作成してもらうことが不可欠といえます。また、場合によっては準抗告に対する決定を行う裁判所の担当裁判官との面談に同伴して頂くことが有効な場合もあるでしょう。前述のとおり、ご主人はこのまま何もしなければ10日間は身柄拘束が続くことになりますので、職場の解雇等重大な事態を回避するためには早急な対応が必要です。速やかに弁護士に相談されることをお勧めいたします。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

刑事訴訟法第60条

第1項 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。

第一号 被告人が定まつた住居を有しないとき。

第二号 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

第三号 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

第2項 勾留の期間は、公訴の提起があつた日から二箇月とする。特に継続の必要がある場合においては、具体的にその理由を附した決定で、一箇月ごとにこれを更新することができる。但し、第八十九条第一号、第三号、第四号又は第六号にあたる場合を除いては、更新は、一回に限るものとする。

第3項 三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和十九年法律第四号)の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる事件については、被告人が定まつた住居を有しない場合に限り、第一項の規定を適用する。

第247条 公訴は、検察官がこれを行う。

第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

第426条 抗告の手続がその規定に違反したとき、又は抗告が理由のないときは、決定で抗告を棄却しなければならない。

2 抗告が理由のあるときは、決定で原決定を取り消し、必要がある場合には、更に裁判をしなければならない。

第429条

第1項 裁判官が左の裁判をした場合において、不服がある者は、簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に、その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消又は変更を請求することができる。

一号 忌避の申立を却下する裁判

二号 勾留、保釈、押収又は押収物の還付に関する裁判

三号 鑑定のため留置を命ずる裁判

四号 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判

五号 身体の検査を受ける者に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判

第2項 第四百二十条第三項の規定は、前項の請求についてこれを準用する。

第3項 第一項の請求を受けた地方裁判所又は家庭裁判所は、合議体で決定をしなければならない。

第4項 第一項第四号又は第五号の裁判の取消又は変更の請求は、その裁判のあつた日から三日以内にこれをしなければならない。

第5項 前項の請求期間内及びその請求があつたときは、裁判の執行は、停止される。

第461条 簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。

第461条の2 検察官は、略式命令の請求に際し、被疑者に対し、あらかじめ、略式手続を理解させるために必要な事項を説明し、通常の規定に従い審判を受けることができる旨を告げた上、略式手続によることについて異議がないかどうかを確めなければならない。

第2項 被疑者は、略式手続によることについて異議がないときは、書面でその旨を明らかにしなければならない。