新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1641、2015/10/06 12:00 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm
【刑事、東京地裁平成24年11月3日決定、最高裁昭和37年7月3日判決】

夫婦間のDV事案における勾留阻止活動


質問:
 兄が奥さんへの傷害の容疑で逮捕されてしまいました。口論となって,頭の辺りを目掛けて3発殴打し,奥さんがよけた際に耳に切り傷ができてしまったとのことです。
 兄は,数ヶ月前から奥さんと別居状態で,1人暮らしです。奥さんが子供になかなか会わせてくれないことで口論が絶えなかったようです。兄には前科・前歴はなく,奥さんに手を上げたのも今回が初めてとのことで,この点は奥さんも認めているようです。また,兄は,子供に会えないのなら離婚をするのが筋だと事件前から主張していましたが,奥さんが子供への影響を心配して離婚には応じられないと言っていたようです。ただ,奥さんも今回の件で離婚を決意したようです。
兄は従業員数名の土木系会社の社長なので,このまま身体拘束が続くと,下請け等の取引先への連絡や入金ができずに信頼が失墜しますし,現場にも行けずに工事がストップしてしまいます。何とか兄の身柄を解放することはできないでしょうか。

回答:
1 お兄様は,逮捕から48時間以内に送検され,24時間以内に勾留請求するか否かを担当検察官が決します。検察官の勾留請求があると担当裁判官が請求について判断しますが、裁判官に逃亡及び罪証隠滅のおそれがあると判断されてしまうと,勾留許可決定が出て,更に10日間の身体拘束が続きます(勾留延長決定がなされ,更に10日間の延長が認められる場合もあります。)。夫婦間のDV事案においては,身柄を解放した後に再度、妻に接触して危害を加えるおそれがある(罪証隠滅のおそれがある)と判断され易く,かなりの確率で裁判官による勾留許可決定が出てしまいます。

2 もっとも,夫婦間のDV事案といっても,事情は様々です。事案の特性に応じた起訴前弁護活動を行うことで,検察官の勾留請求を阻止し,あるいは裁判官に勾留却下決定を出してもらえる可能性が見込まれます。
  本件の場合,罪証隠滅のおそれと逃亡のおそれ双方を否定する事情が見受けられ,更には勾留の必要性を否定する事情も見受けられます(詳細は解説をご覧下さい。)。
本件特有の事情を弁護人が法的に意味のある主張として構成すれば,勾留の要件を満たさないと判断してもらえる可能性が十分にあるといえます。

3 残念ながら勾留許可決定が出てしまった場合,当該決定に対して準抗告を申し立てることができますが,準抗告が通る可能性は正直に申し上げて低いです。一度勾留許可決定が出てしまうと,示談をして奥さんからの宥恕を得なければ身柄の解放は難しいと言わざるを得ないでしょう。示談が成立すれば,事後的に勾留の要件を否定する事情を作り出すことでき,勾留取消請求あるいは準抗告が認められて(準抗告で当該事情を主張することの可否については事例集1396番参照。)釈放される可能性が高くなります(刑訴法207条1項,87条1項)。

4 勾留請求関連事例集 557番595番691番738番906番1077番1142番1262番1312番1371番 1396番1466番1430番1536番1580番1603番参照。


解説:

第1 本件で成立する犯罪

人の身体を傷害した者には傷害罪が成立します(刑法204条)。

「傷害」とは,人の生理的機能を害することを意味するところ,お兄様は奥様を殴打して耳に切り傷を負わせていることから,奥さんの生理的機能を害したといえ,同罪が成立することになります。
同罪の法定刑は15年以下の懲役又は50万円以下の罰金とされていますが,初犯で傷害結果も軽微な場合,被害者との間で示談が成立すれば,かなりの確率で不起訴となります。本件でも,お兄様には前科・前歴がなく,傷害結果も軽い部類と言えますから,示談が成立すれば不起訴処分を十分に狙えるでしょう(示談成立が検察官の終局処分に及ぼす影響については,本稿では割愛します。他の事例集をご参照ください。)。

第2 刑事手続の流れ

 1 逮捕

   逮捕とは,捜査機関または私人が被疑者の逃亡及び罪証隠滅を防止するため強制的に身柄を拘束する行為をいいます。

   警察官によって逮捕された被疑者は48時間以内に検察官へ送致され(刑訴法203条1項),検察官は,釈放するか24時間以内に勾留請求するか選択することになります(刑訴法205条1項)。

   検察官が逮捕されている被疑者を自らの判断で釈放することがないわけではありませんが,実務上,何の弁護活動もしなければほぼ機械的に勾留請求されてしまう場合が多いでしょう。 

   勾留請求されてしまうと,裁判官が勾留許可決定を出すためのハードルが低いため,かなりの確率で勾留許可決定が出てしまいます。後述するとおり,勾留許可決定後に当該決定を争うことは可能ですが,申立て等に時間が掛かることは自明であり,事前に手を回して勾留を回避する活動を行うことが懸命といえます。具体的には,検察官が勾留請求をする前であれば勾留請求阻止の上申書を検察官に提出し,勾留請求後かつ決定前であれば裁判官に勾留請求却下を求める上申書を提出することになります。弁護人が上申書を提出することで,勾留を回避できたということは,ままあることです。上申書には,以下で述べるような勾留の理由や必要性を否定する事情を先取りして記載することになります。

 2 被疑者勾留

   勾留とは,被疑者もしくは被告人を刑事施設に拘禁する旨の裁判官もしくは裁判所の裁判,または当該裁判に基づき被疑者もしくは被告人を拘禁することをいいます。被疑者勾留については,以下で述べる勾留の理由及び勾留の必要性が認められた場合に,裁判官による勾留決定が下されることになります(刑訴法207条1項,60条1項)。勾留期間は原則10日間ですが(刑訴法208条1項),「やむを得ない事由」が存在する時は,更に10日間延長することが可能とされています(刑訴法208条2項)

 (1)勾留の理由

ア 一般論

勾留の理由があるというためには,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(刑訴法60条1項柱書)があると共に,同条項各号のいずれかを満たす必要があります。

イ 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由

奥様の供述と診断書の存在により,罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると判断されることはほぼ確実といえるでしょう。

ウ 各号該当性

次に,各号該当性ですが,本件では2号(罪証隠滅のおそれ)ないし3号(逃亡のおそれ)が問題となるでしょう。お兄様は現在1人暮らしということですから,第三者による監督が及ばずに,逃亡したり奥さんへ再度接触したりする可能性が高いとの判断が働き,2号及び3号の双方を満たすと判断される可能性が高いと言わざるを得ません。

しかしながら,諦めるのはまだ早いです。罪証隠滅や逃亡のおそれは,抽象的にではなく実質的に判断しなければならないというのが判例の立場です。逃亡したり奥さんへ接触したりするおそれがないことを示す事情を拾い集め,法的に構成して裁判官に伝えれば,勾留請求を却下してもらえる可能性が残っています。本件類似の事案で,裁判官による勾留請求却下となった判例もございます。

(ア)罪証隠滅のおそれを否定する事情

本件において罪証隠滅のおそれがあるとして特に問題視されるのは、被害者である妻に働きかけ、暴行傷害の事実の証言をしないようするのではないかという点です。この点について否定する具体的な事情をあげることが必要になります。具体的には,@お兄様夫婦が既に別居しており,お兄様を釈放したからといって直ちに奥さんと接触するわけではないこと(これを補強するために,弁護人を通じて奥さんに渡す予定の不接近誓約書等を準備することが考えられます。),A事件後に奥さんが離婚に同意するに至ったことで,もはやお兄様が奥さんに接触する動機がなくなったこと,Bお兄様が奥さんを殴ったのが今回初めてであるとの主張について奥さんも認めており,日頃からDVの事実があったわけではないので,釈放後の接触の危険がないこと等が挙げられます。加えて,弟様を始めとした親族の方々の協力を仰ぐことによって,事情を作り出すことも必要です。たとえば,C弟様が身元引受人として今後の監督を誓約している事実等が挙げられます。

(イ)逃亡のおそれを否定する事情

      本件において逃亡のおそれを否定する具体的な事情としては,お兄様が会社の社長という安定した地位を築かれており,本件の終局処分がどんなに重くても罰金に止まると考えられることからすると,現在の身分を捨ててまで逃げ出すことは考え難いとの事情が挙げられます。

(2)勾留の必要性

 勾留の理由が認められても,事案の軽重,勾留による不利益の程度,捜査の実情等を総合的に判断し,被疑者を勾留することが実質的に相当でない場合は,勾留の必要性を欠き,勾留請求が却下される可能性があります(刑訴法87条参照)。

 お兄様の場合,事案自体は比較的軽微な事案であるものの,上記のとおり,DV事案一般の感覚として罪証隠滅を防止するために身柄を拘束する必要性が高いと判断されることが予想されます。したがって,勾留の必要性を欠くことを理由として勾留請求が却下される可能性は低いと言わざるを得ません。

 しかし,長期の勾留が息お兄様の仕事に与える影響が甚大といえるような場合,前記事情を考慮してもなお勾留の必要性を欠くと判断される可能性が無いではありません。下請け等の取引先への連絡や入金ができずに信頼が失墜しまう点,現場にも行けずに工事がストップしてしまい,経営難の危険すらある点等を主張することで,裁判官に対して勾留による不利益の方が圧倒的に大きいと思わせることができれば,勾留の必要性を欠くとして勾留請求を却下してもらえる可能性が出てきます。

 残念ながら勾留許可決定が出てしまった場合,以下のとおり準抗告の申立てや勾留取消請求を行うことが考えられます。

(3)勾留許可決定を争う手段

    勾留許可決定が出たとしても,準抗告を申し立てることで,身柄の解放を達成できる可能性が残されています(刑訴法429条1項2号)。

    また,謝罪文の作成や弁護人を通じた示談交渉によって,事後的に勾留の要件を否定する事情を作り出すことで,勾留の取消請求をすることもできます(刑訴法207条1項,87条1項)。なお,裁判官が勾留を取り消す決定をするにあたっては,原則的に検察官の意見を聴かなければならないとされており(刑訴法92条2項・1項,207条1項,87条1項),休日を挟む場合は事実上判断が遅れます。この問題を解決するためには,準抗告の手続きで新事情を主張することが考えられます。ここで,準抗告審という事後審的な手続きにおいて原裁判後に生じた事情を斟酌してもらうことができるのか問題となり得ますが,勾留決定後の示談成立という新事情が考慮されて準抗告が認容された先例(東京地決平成24年11月3日)も存在するようです。詳しくは事例集1396番等を参照してください。

    一度勾留許可決定が出てしまうと,示談をしない限り,身柄を解放するのは困難と言わざるを得ず,早急に示談交渉に着手する必要が生じます。まさに弁護人の腕の見せ所かと思われます。

(4)「やむを得ない事由」

   「やむを得ない事由」とは,事件の複雑困難、証拠収集の遅延又は困難等により、勾留期間を延長して更に捜査をするのでなければ起訴又は不起訴の決定をすることが困難な場合をいうとされています(最高裁昭和37年7月3日判決)。

    お兄様は事実関係を認めているようですし,証拠関係も複雑な事案ではなさそうですので,勾留延長決定がなされる可能性はそこまで高くないと思われます。いずれにせよ本件は,最初の勾留自体の阻止を狙うべき事案といえるでしょう。

(4)小括

    以上のように,本件は弁護人を選任して勾留阻止の活動をすれば,早期に身柄の解放を実現できる可能性があります。仕事への影響を最小限にするためにも,早期に弁護人を選任する必要性が高いといえるでしょう。


第3 まとめ

   以上述べてきたとおり,お兄様の身柄を早期に解放できる可能性は十分に残されています。弁護人を選任してできる限りの起訴前弁護活動を依頼することをお勧めいたします。どのような事案においても,事案固有の特徴があるものです。お近くの法律事務所まで相談してみてください。想定しているよりも軽い処分で済むかもしれません。

以上

【参照条文】
刑法
(傷害)
第二百四条  人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑事訴訟法
第六十条  裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
一  被告人が定まつた住居を有しないとき。
二  被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三  被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
○2  勾留の期間は、公訴の提起があつた日から二箇月とする。特に継続の必要がある場合においては、具体的にその理由を附した決定で、一箇月ごとにこれを更新することができる。但し、第八十九条第一号、第三号、第四号又は第六号にあたる場合を除いては、更新は、一回に限るものとする。
○3  三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和十九年法律第四号)の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる事件については、被告人が定まつた住居を有しない場合に限り、第一項の規定を適用する。
第八十七条  勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。
○2  第八十二条第三項の規定は、前項の請求についてこれを準用する。
第百九十九条  検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。
○2  裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。以下本条において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。但し、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。
○3  検察官又は司法警察員は、第一項の逮捕状を請求する場合において、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があつたときは、その旨を裁判所に通知しなければならない。
第二百三条  司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。
○2  前項の場合において、被疑者に弁護人の有無を尋ね、弁護人があるときは、弁護人を選任することができる旨は、これを告げることを要しない。
○3  司法警察員は、第三十七条の二第一項に規定する事件について第一項の規定により弁護人を選任することができる旨を告げるに当たつては、被疑者に対し、引き続き勾留を請求された場合において貧困その他の事由により自ら弁護人を選任することができないときは裁判官に対して弁護人の選任を請求することができる旨並びに裁判官に対して弁護人の選任を請求するには資力申告書を提出しなければならない旨及びその資力が基準額以上であるときは、あらかじめ、弁護士会(第三十七条の三第二項の規定により第三十一条の二第一項の申出をすべき弁護士会をいう。)に弁護人の選任の申出をしていなければならない旨を教示しなければならない。
○4  第一項の時間の制限内に送致の手続をしないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
第二百五条  検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。
○2  前項の時間の制限は、被疑者が身体を拘束された時から七十二時間を超えることができない。
○3  前二項の時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求をすることを要しない。
○4  第一項及び第二項の時間の制限内に勾留の請求又は公訴の提起をしないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
○5  前条第二項の規定は、検察官が、第三十七条の二第一項に規定する事件以外の事件について逮捕され、第二百三条の規定により同項に規定する事件について送致された被疑者に対し、第一項の規定により弁解の機会を与える場合についてこれを準用する。ただし、被疑者に弁護人があるときは、この限りでない。
第二百八条  前条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
○2  裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。
第四百二十九条  裁判官が左の裁判をした場合において、不服がある者は、簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に、その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消又は変更を請求することができる。
一  忌避の申立を却下する裁判
二  勾留、保釈、押収又は押収物の還付に関する裁判
三  鑑定のため留置を命ずる裁判
四  証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判
五  身体の検査を受ける者に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判
○2  第四百二十条第三項の規定は、前項の請求についてこれを準用する。
○3  第一項の請求を受けた地方裁判所又は家庭裁判所は、合議体で決定をしなければならない。
○4  第一項第四号又は第五号の裁判の取消又は変更の請求は、その裁判のあつた日から三日以内にこれをしなければならない。
○5  前項の請求期間内及びその請求があつたときは、裁判の執行は、停止される。


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