軽微なひき逃げ事案における刑事事件及び行政処分

刑事|行政処分|行政処分に対する対応|最高裁昭和45年4月10日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考判例

質問:

本日,突然私の家に警察がきて,私名義の車がひき逃げ事故の被疑車両となっていると言われました。慌てて数日前に車を貸していた息子(28歳)に確認したところ,先日車で住宅街を走行している際に,交差点で横から飛び出してきた歩行者と接触しそうになったことがあったとのことでした。

警察の方曰く,何でも被害者の方が,息子の車とぶつかって全治1週間の打撲や捻挫の怪我をされたということです。

1.息子に確認したところ,確かにそのような事故があったそうです。今後,息子はどのような処罰を受けるでしょうか。被害者との示談はどのように進めたらよいでしょうか。

2.息子曰く,歩行者の方にはかなり接近していましたが,衝突した感覚は一切無く,歩行者の方も何事も無くその場を立ち去ったとのことなので,ぶつかって怪我をしたということは無いと思います。

警察からは,完全にひき逃げ扱いを受けておりますが,今後どのように対応したら良いでしょうか。

3.このままではおそらく免許停止や取消の可能性があると思いますが,私の息子は仕事で車を使います。何とか免許取消を回避できないでしょうか。

回答:

1 仮に警察の告げていることが真実であった場合,息子さんには過失運転致傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第5条)及び道路交通法上の救護義務違反(道路交通法第72条1項)の罪が成立致します。

そのため,今後警察が被害者の証言をもとに息子さんを逮捕し,強制捜査を行うことになる可能性も十分考えられます。最終的な刑事処分としても,罰金に留まらず正式裁判となる可能性も考えられる事案です。

仮に接触が事実であれば,直ちに被害者との示談を行う必要があるでしょう。

事実関係を認めて任意捜査に協力した上で,早期に示談交渉を行うことが出来れば,逮捕を回避し,刑事処分として不起訴となる可能性が高くなります。

交通事故事件の示談については,注意が必要です。単純な損害賠償としては,保険金で対応すること可能ですが,刑事処分を大幅に軽減するためには,保険金とは別に示談金として支払うことを検討した方が良い場合もあります。

2 仮に事故の事実が無い場合,警察に対してその旨を明確に説明した上で,自らの言い分を反映した証拠を作成する必要があります。警察に対しては,言い分を正確に表現した実況見分調書の作成を要求し,必要に応じて弁護士に供述調書を作成してもらっても良いでしょう。詳細な対応については,経験のある弁護士に相談した方が良いでしょう。

3 救護義務違反等の事実が認定される場合,違反点数によっては運転免許取消処分の行政処分を受ける可能性があります。

刑事処分と行政処分は別個に行われるため,例え刑事事件で不起訴処分となった場合でも取消処分が下されてしまう場合があります。

特に事故の存在を自白している場合には,例え示談の成立を理由に起訴猶予となっている場合でも,取消処分を回避することは難しいでしょう。

これに対し、そもそも事故が存在しない場合,当然取消処分を下すことは許されません。

取消処分を受ける場合,公安委員会より聴聞の機会が付与されますので, 聴聞の機会において,実際には接触事故が無かった旨を積極的に主張する必要があります。

刑事捜査の際に自己の認識に沿った実況見分調書を作成してもらっている場合には,それらを検察庁より取り寄せた上で,詳細な主張と併せて提出する必要があります。

4 人身事故の場合,刑事処分と行政処分の両面から処罰、処分を受ける可能性が存在します。

事故の発生を認め被害者と示談する場合でも,事故の発生を否認する場合でも,行政処分迄見据えた対応ができるよう,経験のある弁護士に相談する必要があるでしょう。

5 道交法違反・ひき逃げ事案に関する関連事例集参照。

解説:

1 ひき逃げ事故の刑事処罰について

本件では,息子さんがひき逃げ事件として警察から容疑をかけられているとのことです。いわゆるひき逃げ事件とは,道路交通法上の救護義務違反のことをいいます。

すなわち,自動車の運転者には,交通事故を起こした場合,「直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない(道路交通法72条1項)」という義務があり,当該義務に違反した場合,10年以下の懲役又は100万円以下の罰金(同法117条1項,人の死傷が当該運転者の運転に起因する場合。)という刑罰を受けることになります。

さらに,人を死傷させたことについては,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律における過失致死傷の罪(同法5条)も成立することになります。

その他に,道路交通法上の事故報告義務違反,横断歩行者等妨害等の罪が成立する場合もあります。

上記救護義務違反が成立するためには,①自動車の運転により人の死傷という結果が発生していることに加えて,②救護義務違反の故意が当然必要となります。

ここでいう救護義務違反の故意とは,人の死傷が発生していることを認識しつつ,救護措置を取らないことを言います。死傷結果の認識は,未必的なもの(死傷結果が発生している可能性が高いことを認識している状態)も含まれますが,接触の態様が非常に軽微であった等の理由により,死傷結果が発生していると認識していなかった場合には,救護義務違反は成立しません。

しかし実際には,交通事故の発生が認定される場合には,運転者は当然負傷に気付いていたはずだろうとして,安易に負傷結果の認識があったと認定されてしまうことが多くあります。

判例においても,「車両等の運転者が,いわゆる人身事故を発生させたときは,直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ,全く負傷していないことが明らかであるとか,負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き,少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講ずべきであり,この措置をとらずに,運転者自身の判断で,負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るがごときことは許されないものと解すべきである。(最判所昭和45年4月10日)」と判断しているものがあります(弊所事例集1526等もご参照下さい)。

本件では,被害者が全治1週間のけがをしたとのことですので,それが真実であるならば,交通事故の発生が容易に認められ,救護義務違反と自動車運転過失致傷罪で処罰される可能性は高いと言えます。

傷害の程度その他の事情にもよりますが,引き逃げの事情が悪質であると判断されれば,正式裁判による懲役刑(初犯であれば執行猶予)の可能性もあります。

2 事故を認める場合の示談の方法について

(1)示談の時期について

交通事故の発生が間違いないのであれば,刑事処罰を軽減するためには,被害者との間で適切な被害弁償及び示談を行う必要があります。

ひき逃げ事故の場合,罪質上,再度逃亡のおそれがあるとして逮捕されるケースが多いですが,事故の発生を認めており,捜査機関を通じて早期に示談をする意思を示していれば,逮捕を回避することができる可能性が高まります。

しかし,実際に示談を行う際には注意すべき点があります。

交通事故の場合は,被害者の負った負傷の治療費等の被害弁償金については,基本的に自賠責、任意保険の自動車保険で賄うことになります。しかし,一般的に保険会社は、金銭的出捐の関係上自動車保険による支払いの対応が遅く,刑事事件の処分が下されるまでに間に合わない場合が少なくありません。

処分を決定する担当検察官によっては,保険による被害弁償が完了するまで刑事処分の決定を待ってくれる場合もありますが,そうでないない場合は,保険会社に対し弁護人を通じて支払いを催促し、これに応じないようであればやむを得ず被害弁償に先んじて,直ちに弁護人を通じた示談金の支払いを提示する必要があります。

(2)示談の必要性について

この点,刑事処分を通常の相場よりも軽減するためには,通常必要とされる被害弁償金(保険金)よりもより多くの金銭補填を被害者に行うことによって,十分な被害感情の緩和を取りつけることが必要です。

なぜならば,交通事故による刑事処分が決められるにあたっては,個人的法益に対する犯罪類型であることから被害者の処罰感情が最も大きな比重を占めることになるためです。

十分な金銭提供をし,被害者に宥恕(許し),さらには刑事処罰を一切求めない意思を示してもらうことができれば,例えひき逃げ事故であっても,不起訴処分(罰金にもならず,前科が付かない)となることもあります。

なお,担当検察官によっては,示談が成立しているにも関わらず,救護義務違反は社会的法益を保護する為の規定であること等を理由として,不起訴処分を行はないケースが存在します。

確かに,救護義務違反は,負傷者の事故を運転者の義務とすることで,交通事故一般から生じる被害拡大の危険を防止するという意味で,社会的法益を保護する側面を有しています。

しかし,本件のように,特定の被害者が存在し,まさにその事故について刑事処罰が行われる場合には,当該被害者が宥恕している以上,当該事件事態に処罰の必要性は無いと言えるでしょう。

この点については,当初から検察官と面会を求め何度も協議する必要がある場合も多く,交通遺児育英会等へ弁護士を通じて贖罪寄付を行う必要がある場合もあります。

また,示談金の性質についても,次の点を注意する必要があります。

(3)示談金の性質について

ひき逃げ事故においては,上述のとおり,単に被害弁償の意味だけでの示談をしただけは,不起訴とならない場合が存在します。

そのため,示談金については,被害弁償の意味ではなく,単なる刑事示談金(見舞金)として保険会社が認めるであろう損害金とは別に十分な金額を支払い,刑事手続上,贖罪の目的であることを明確にする必要があります。

なぜそのような注意が必要かというと,弁護士からの被害弁償金と保険会社からの保険金の二重取りは原則禁止されているため,示談金のうち被害弁償として渡した部分については,後に自動車損害保険から賠償を受けることができなくなるためです。そのような結果になると,被害者に対する謝罪として示談金を支払った意味が結局なくなり,刑事手続上の贖罪としての効果も薄くなってしまいます。

そのため,示談の際には,示談金が交通事故の損害賠償金とは異なる性質のものであることを示す必要があります。損害額が低額であれば損害賠償金を含めて保険とは別に示談金として支払って早期に被害者と示談するということも考えて良いでしょう(この場合は保険会社が認める損害金については加害者に支払われることになります)。ただし、損害額が高額となる場合は、資金的に支払いは困難になるでしょうから、損害賠償については保険で賄い、それ以外の示談金だけを支払って刑事処分について宥恕してもらうということも検討する必要があります。 支払う金額の名目、手順、法的関係について事前に専門家の意見を参考にする必要があります。

ひき逃げ事故は,単なる通常の示談をしただけでは不起訴処分とならない場合も多いため,示談の際も,支払う金銭の性質,長期的な被害者対応の可否等,注意すべき点が多く存在します。

処分の軽減を確実にするためにも,経験のある弁護士に適切な対応を依頼する必要があるでしょう。

3 事故が存在していない場合の対応

(1)刑事事件としての対応

交通事故が存在していない場合,その旨を捜査機関に明確に伝え,警察に対してその旨を明確に説明した上で,自らの言い分を反映した証拠を作成する必要があります。

救護義務違反の成立を否定するためには,①交通事故自体が存在しないこと又は②事故の発生(被害者の負傷結果の発生)を未必的にも認識していなかったことを主張することになります。

ア まず①交通事故が存在しないこと自体を主張する方法を検討します。この点,捜査機関は,主に被害者の証言等から交通事故の存在を証明することがほとんどです。特に,被害者が負傷している旨の診断書等が提出されている場合には,交通事故により受傷したものであることが事実上推認されてしまいます。

そのため,交通事故の存在を否認する場合には,被害者証言や診断書の信用性を弾劾することが不可欠といえるでしょう。

捜査段階では,被害者証言の詳細を把握することはできませんが,取り調べの際などに,警察官が被疑者の供述を誘導するために被害者供述を示す場合がありますので,これらの情報から推測することは可能です。

また,被害者が保険会社に対して損害賠償を請求している場合には,保険会社から被害の申告状況を把握することも検討すべきでしょう。交通事故事件では,損害賠償目的の虚偽供述が行われる場合が存在しますので,被害者がどの程度の保険金を請求しているかも,確認する必要があります。

その上で,被害者の証言に矛盾は無いか(現場に一致する客観的痕跡が残されているか,被害申告が過大ではないか),診断書に矛盾は無いか(事故以外の受傷原因が考えられないか,治療期間が不自然に長期化していないか),詳細に検討し主張します。

また,交通事故事件においてもっとも重要な証拠となるのが,実況見分調書です。実況見分調書に記載される内容,自動車と各当事者の位置関係等は,客観証拠に類するものとして取り扱われます。従って,かならず自分の意見を正確に反映されたものが作成されるようにする必要があります。

上記の主張の結果,事故の存在が証拠上証明されることがなければ嫌疑不十分として不起訴処分となります。

イ 次に,故意否認,すなわち交通事故の発生(被害者の負傷結果の発生)を認識していなかったことを主張する方策について解説します。

上述のとおり,最高裁の判例上,軽微であっても交通事故が発生した場合には,運転者自己判断で負傷結果無しとすることを禁止し,医師の診断を受けさせる等の措置を取る義務があるとされています。一方で,同判例は,「全く負傷していないことが明らかであるとか、負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き」としているため,本件のように,そもそも交通事故の存否自体が不明瞭な事案では,故意が否定される可能性は十分考えられるでしょう。

同判例は,「怪我はなかつたかあつても打撲等の軽傷であろう」と判断したことは非難されているため,故意が無いと認められるのは,そのような迷い(判断過程)が生じないほどに,負傷が無いことが明らかである場合に限られると思われます。

そのため,故意否認の為には,まず前記アのように事故自体の存在を否認する主張を詳細に展開した上で,運転者の主観を補足的に説明することになります。

(2)民事示談の方針検討

なお,救護義務違反の故意が存在しない場合でも,自動車運転過失傷害罪の成立は認められるケースもあるため,その場合は被害者との示談が必要です。

しかし,事故の存否自体を争っている場合には,示談をしてしまうこと自体が事故発生の認識があったことの根拠と捉えられてしまう危険性もあります。

そのため,示談の提案をするかどうかは,状況に応じて慎重に見極める必要があります。

故意否認が認められる見込みも含めて,経験のある弁護士に相談し,適切な判断をする必要性が特に大きい事案と言えるでしょう。

4 行政処分について

救護義務違反には,35点の違反点数が設定されているため,原則として公安委員会より運転免許取消処分の行政処分を受けることになります。

刑事処分と行政処分は別個に行われるため,例え刑事事件で不起訴処分となった場合でも,交通事故の存在を自白している場合には,取消処分が下されてしまうのはほぼ確実と言って良いでしょう。

これに対して,そもそも交通事故が存在しない場合,救護義務違反行為が存在しないのですから,当然取消処分を下すことは当然許されません。

しかし,事故の発生を推認させる証拠(被害者の供述やそれに基づく実況見分調書等)が存在する場合,例え事故の発生を否認していても免許取消処分が下されてしまう場合が存在します。交通事故により被害者が負傷している場合は捜査の初めの段階で人身事故として処理され、加害者である運転者が事故現場を離れれば、それだけで救護義務違反行為としてその後の行政処分が進行することになります。

その理由は,刑事処分と行政処分は全く別個の手続きによるものである点にあります。処分の決定権者も刑事処分は警察組織ではなく検察官であるのに対し,行政処分は警察組織の一部である公安委員会が実質的に決定するため,行政処分は捜査資料のみを根拠に非常に形式的な判断されることが多いのです。

取消処分を受ける場合,公安委員会より聴聞の機会が付与されますので, 聴聞の機会において,実際には接触事故が無かった旨を積極的に主張する必要があります。

刑事捜査の際に自己の認識に沿った実況見分調書を作成してもらっている場合には,それらを検察庁より取り寄せた上で,詳細な主張と併せて提出する必要があります。刑事事件が不起訴処分になった場合、原則として捜査資料を外部の者が見ることはできませんが、実況見分調書だけは取り寄せることができる扱いになっています。

仮に不当にも運転免許取消処分が下されてしまった場合には,異議申し立ての手続き取ることができます。この手続きについては,弊所事例集1463番等をご参照下さい。

5 まとめ

人身事故の場合,刑事処分と行政処分の両面から処罰を受ける可能性が存在します。

被害者と示談する場合でも,事故の発生を否認する場合でも,行政処分迄見据えた対応ができるよう,経験のある弁護士に相談する必要があるでしょう。

以上

関連事例集

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※参照条文・判例

≪道路交通法≫

(交通事故の場合の措置)

第七十二条 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。

2 前項後段の規定により報告を受けたもよりの警察署の警察官は、負傷者を救護し、又は道路における危険を防止するため必要があると認めるときは、当該報告をした運転者に対し、警察官が現場に到着するまで現場を去つてはならない旨を命ずることができる。

3 前二項の場合において、現場にある警察官は、当該車両等の運転者等に対し、負傷者を救護し、又は道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要な指示をすることができる。

4 緊急自動車若しくは傷病者を運搬中の車両又は乗合自動車、トロリーバス若しくは路面電車で当該業務に従事中のものの運転者は、当該業務のため引き続き当該車両等を運転する必要があるときは、第一項の規定にかかわらず、その他の乗務員に第一項前段に規定する措置を講じさせ、又は同項後段に規定する報告をさせて、当該車両等の運転を継続することができる。

(罰則 第一項前段については第百十七条第一項、同条第二項、第百十七条の五第一号 第一項後段については第百十九条第一項第十号 第二項については第百二十条第一項第十一号の二)

第百十七条 車両等(軽車両を除く。以下この項において同じ。)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において、第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反したときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

2 前項の場合において、同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

《自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律》

(過失運転致死傷)

第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

【参考判例】

(最高裁判所昭和45年4月15日刑集24巻4号132頁)

弁護人○○の上告趣意第一点は、判例違反を主張する。すなわち、原判決は、本件被害者の負傷は、外形的に受傷の程度を十分認識しえない状態であつたが、被告人が少くとも未必的には受傷の事実を認識していたものと認められ、かつ客観的に救護の必要がないほど軽微な負傷ではなかつたのに、被告人が傷の程度を確認することさえせずその場を立ち去つたのは、道路交通法七二条一項前段の救護義務に違反するとしたが、これは、札幌高等裁判所昭和三七年七月一七日の判例(高刑集一五巻六号四六〇頁)と相反する判断をしたものであるというのである。ところで、右引用の判例は、本件と同じ業務上過失傷害、道路交通法違反被告事件について、被告人である運転者が、事故後、車両の運転を停止し、下車して被害者らの傍まで行つたが、被害者らの行動を観察して、怪我はなかつたかあつても打撲等の軽傷であろうと判断してそのまま立ち去つたという事案について、たとい後刻意想外の傷害があつたことが判明しても道路交通法七二条一項前段違反の罪は成立しないとしている。そして、本件も被告人は、車両の運転を停止して、被害者の傍まで行つたが、被害者の状態は外形的に受傷の程度を十分に認識しえない程度であつたというのであるから、殆んど同程度の負傷の結果を発生せしめた事案について、原判決は、いわゆる救護義務の成立を認めたことになり、右の点に関する限り、論旨引用の判例と相反する判断をしているものといわなければならない。

しかしながら、車両等の運転者が、いわゆる人身事故を発生させたときは、直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ、全く負傷していないことが明らかであるとか、負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き、少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講ずべきであり、この措置をとらずに、運転者自身の判断で、負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るがごときことは許されないものと解すべきである。

そうすると、所論引用の判例は、これを変更し、原判決を維持するのを相当と認めるから、所論は、原判決破棄の理由となりえない。