新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1602、2015/05/11 12:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続、相続債権者の相続放棄申述申し立て記録閲覧手続き、最高裁第三小法廷昭和29年12月24日判決】

相続放棄されたときの対処方法


質問:お金を貸していた知人が死亡して、子供が相続人となりましたが、子供に対して請求したところ、家庭裁判所に相続放棄の手続きをしたようで、申述受理証明書のコピーが送られてきました。この場合、私としては、相続人に請求できないのでしょうか。何か方法があるとすれば、どのような手段で請求して行ったら良いのでしょうか。

回答:
1、相続放棄とは、相続の開始により発生した効力の全てを消滅させる行為のことをいいます。相続放棄は、相手方のない単独行為とされ、家庭裁判所に対する申述を行い、受理する旨の審判により効力を生じます。
 相続の放棄が有効であれば、放棄をした者は初めから相続人ではなかったことになりますから、債務を引き継ぐということもありません。

2、しかし、相続放棄の申述受理審判は、相続放棄の申述が手続き上の要件を満たしているか確認して受理したというだけで、相続放棄の法的効力が確定したことにはなりません。判例では(最判昭和29.12.24)「家庭裁判所が相続放棄の申述を受理するには、その要件を審査した上で受理すべきものであることはいうまでもないが相続の放棄に法律上無効原因の存する場合には後日訴訟においてこれを主張することを妨げない。」とされています)。相続放棄の無効を主張する利益のある相続債権者は、裁判において、相続放棄の無効を主張して請求をすることができます。

3、相続放棄に無効原因が存するとの疑問がある場合、相続放棄の申述受理証明書の写しを受領した相続債権者としては、まず、その申術を受理した家庭裁判所に対して、相続放棄申述受理事件の記録閲覧の申請をしてみるとよいでしょう。根拠規定は、家事事件手続規則35条、同126条、家事事件手続法第47条1項です。相続債権者が閲覧申請する場合は、利害関係を証する書面の写しを添付して申請することになります。申請書と利害関係を証する書面を提出して、閲覧が認められる場合には150円の収入印紙が必要になります。利害関係を証する書面として、債権が存在することが確認できる確定判決の写しとか、公正証書の謄本などがあると好ましいと言えますが、債務名義でなくても、借用書など債権の存在を証する書面があれば、添付して申請すべきでしょう。

4、閲覧して財産目録の記載を確認した結果、財産目録の記載に悪意の記載漏れがあった場合は、民法921条3項で法定単純承認を主張して、相続放棄の無効を主張できることになります。また、相当な理由があるとして3ヶ月経過後の相続放棄の申述が受理されている場合には、調査して相続人に対する給付訴訟を提起し争うことが出来ます。

5、相続の放棄について無効原因等がない場合は、相続放棄により次順位の相続人が相続することになりますから、次順位の相続人を確認して請求することになります。

解説:

1 相続放棄について

相続放棄とは、相続の開始により発生した効力の全てを消滅させる行為のことをいいます。相続放棄が利用されるのは、被相続人が多額の負債を残して亡くなった場合、あるいは、相続人のうちの特定の人に全部を相続させたい場合、被相続人と交流がなく生前の生活状況等を把握できない場合などです。相続放棄をすることにより、相続人は負債を弁済する義務を免れることができますが、同時にプラスの財産(預貯金、不動産、株式等)を受け取ることもできなくなります。

2 相続の放棄により次順位の相続人が相続します。すなわち、亡くなった人の直系卑属(子供、孫)が相続放棄をすると、相続をする権利は直系尊属(父母、祖父母)に移り、直系尊属も相続放棄をすると兄弟姉妹に移ります。なお、兄弟姉妹も相続放棄をすると、「相続人の不存在」となり、民法第951条以下に規定される相続財産法人が成立し、相続財産管理人の元で相続財産の換価・弁済等が行われることになります。
 今回のケースでは,お金を貸した相手(借主)が亡くなりそのお子さんが相続放棄をしていますので,次順位である相手のご両親が相続人となります。このご両親が亡くなっている、あるいは、相続放棄をしている場合には、更に祖父母等の直系尊属が相続人になりますが、直系尊属が全員亡くなっている、あるいは、相続放棄をした場合には、相手のご兄弟が相続人になりますので、ご兄弟に対して請求をすることができます(配偶者がいる場合、配偶者は相続の放棄をしない限り、上記の相続人と同順位で相続人となります)。

3 ところで、貴方に送られてきた相続放棄申述受理証明書は、申述人のした相続放棄の申述に対して、家庭裁判所が適法(相続放棄が真意であるか、死亡後に相続財産を譲り受けたり、第三者に譲ったりしたことはなかったか、申述期間内に申述されたか否か等)になされているものであるかについて申述人を審尋し、そのうえで家庭裁判所が相続放棄の申述を受理したことの証明に過ぎません。裁判所としては、申述人が真実相続放棄する意思があるのか、という点について主に判断し、形式的な要件を満たしてさえすれば申述を受理することになっています。従って、その申述内容が事実と異なっている(例えば、相当な理由があるとして3ヶ月経過後の相続放棄の申述が受理されている場合に、3ヶ月以内に相続財産の一部又は全文存在を認識しうる事情があったような場合)、財産目録に悪意による記載漏れがある、相続財産を一部譲り受けていた、などその相続放棄に対して異議がある場合には、別途訴訟等で民法921条3項の単純承認を主張して、相続放棄の効果を否定し、当該申述人に対して貸し金の返還請求をすることができます(昭和29年12月24日最高裁第三小法廷判決 下記参照)。

4 そこで、異議を申し出る理由を検討するためには、申述がどのように行われているかを確認する必要があります。その確認の方法としては、相続放棄申述受理申立事件の記録を閲覧するという方法が考えられます(家事事件手続法47条)して確認する必要があります。実際に相続放棄申述受理事件の記録の閲覧・謄写をする際には裁判所のホームページに申請書書式と記載例が掲載されていますので、そちらをご参考にされるといいでしょう。

 なお、第三者が記録の閲覧・謄写をするには家庭裁判所の許可が必要です。家庭裁判所の許可がないと閲覧、謄写をすることはできませんので注意が必要です。被相続人の債権者であれば利害関係人として閲覧について許可されることは問題ないと考えられます。謄写については裁判所が許可するか場合によって異なると思われます。万一、謄写が認められない場合、後日訴訟等になることを考えると記録の謄写も必要でしょうから、閲覧の上謄写の必要性を申し出て謄写の許可をもらうようにしたらよいでしょう。

 事件の記録は、相手方より送られてきた相続放棄申述受理証明書の下部に記載されている家庭裁判所に保管されていますので、記載されている家庭裁判所に閲覧、謄写の請求をすることになります。請求の申請に際して必要なものは、前述の利害関係を証する書面(被相続人の債権者であることの証明となる借用書等)の他、本人確認書類、印鑑(朱肉を要するもの)です。申請は裁判所に出向いて、あるいは、郵送ですることができます。閲覧の他、謄写を希望する場合には、収入印紙150円の他所定の手数料が必要となります。

5 今後貴方ができることは、記録の閲覧、謄写をすることからになりますが、ただ漫然と記録を見ているだけでは法律的な問題点に気づかないことも考えられます。できれば、謄写した記録を持参し、今後の請求に関する対策(相続放棄に問題がないのであれば、次は誰が相続人となっているかの調査等)も含めて、お近くの弁護士に相談されることをお勧めします。

<参考条文・判例>

家事事件手続法
(記録の閲覧等)
第四十七条 当事者又は利害関係を疎明した第三者は、家庭裁判所の許可を得て、裁判所書記官に対し、家事審判事件の記録の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又は家事審判事件に関する事項の証明書の交付(第二百八十九条第六項において「記録の閲覧等」という。)を請求することができる。
家事事件手続規則
第三十五条 家事審判事件の記録の閲覧等(法第四十七条第一項に規定する記録の閲覧等
をいう。以下この条において同じ。)を許可する裁判においては、当該事件の記録中記録の閲覧等を許可する部分を特定しなければならない。
第百二十六条 第三十一条及び第三十二条の規定は法第二百五十三条の調書について、第
三十四条の規定は家事調停事件の記録の正本等について、第三十五条の規定は家事調停事
件の記録の閲覧等について準用する。この場合において、第三十一条第一項第二号中「裁
判官」とあるのは「裁判官又は家事調停官、家事調停委員」と、第三十二条第一項第一号
中「及び申立ての取下げ」とあるのは「、申立ての取下げ、法第二百六十八条の合意及び
法第二百七十一条又は第二百七十二条第一項の規定による事件の終了」と、第三十五条中
「法第四十七条第一項に規定する記録の閲覧等」とあるのは「家事調停事件の記録の閲覧
若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又は家事調停事件に関する事項の証明
書の交付」と読み替えるものとする。

(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
(法定単純承認)
第九百二十一条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

売掛代金残請求事件
昭和二八年(オ)第七八号
同二九年一二月二四日最高裁第三小法廷判決
【上告人】 被控訴人 被告 MT 外一名 代理人 又平俊一郎
【被上告人】 控訴人 原告 FK株式会社
       主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告理由第二点について。
 家庭裁判所が相続放棄の申述を受理するには、その要件を審査した上で受理すべきものであることはいうまでもないが相続の放棄に法律上無効原因の存する場合には後日訴訟においてこれを主張することを妨げない。
 その他の論旨はすべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)
上告代理人又平俊一郎の上告理由
原判決は左記の通り理由不備、審理不尽の違法あるものなるを以て原判決を取消し上告趣旨の通りの御判決を求める。
第一点 原判決は相続抛棄の申述の期間の始期である相続開始を知つたときは被控訴人両名の主張のように相続開始の原因である事実を知つただけでは足りず自己が相続人となつたことを覚知したときであると認定し乍らMYは昭和十年十一月十四日被控訴人MKと養子縁組を為し昭和十二年四月二十日に控訴人MTと婿養子縁組をなしMYは昭和十七年一月七日隠居して控訴人MTがその家督相続をしたが右三名は同一家屋に居住しMYはラオタケの行商をし被控訴人MTは菓子商を営み会計は別としていたこと、MYは死亡のときは親戚方で死亡し被控訴人MTが死亡の翌日である昭和二十四年三月二十三日にその旨を届出でたがMYには別に財産もなかつたこと、その後間もなく控訴会社の代表者FMが被控訴人MKに直接MTの上記認定の債務を請求し控訴人MTもその事実を知り被控訴人両名は金がないので支払えないと弁疎したことを夫々認めることができ外に右認定を動かすことのできる証拠はなにもない、さうだとすれば格別の事情につきなんの主張立証もない本件では被控訴人両名はMYが死亡当時、少くとも死亡後間もなく同人の相続人になつたことを知つたものと認めるのが相当であると判示してゐるが右審判には承服し難く理由不備、審理不尽の違法がある。右弁疎はたとへそれがあつたとしても必ずしも相続開始の事実を知つて弁疎したものとはいはれぬ。父子の関係にあつたので道義上左様に弁疎したものと認めるのが相当である。日本では子の債務を親に請求し親が支払へぬと弁疎することのあるのと同様である。仮りに金がないので支払えないと弁疎したとしても、それが法律上両名が死亡当時又は死亡後相続開始の事実を知つたものと認めることは相当ではない。被控訴人MTは一介の菓子職人、MKその妻であつて既にMTはMYの家督を相続したのでMYの死亡によつて更に相続の開始したことを知らなかつた。要するに法律の不知によつて知らなかつたと主張してゐるのである。原判決は何等この点について審究してをらぬ。思ふに民法中遺産相続に関する規定の如きは我国古来の慣例にも存せざりしところにして不知の間に遺産相続が開始せられ自己は何等の財産を受けつがずして多額の負債のみを相続し一生これがため苦しむものあるべく、かかるものに対しては法律上遺産相続あることを知りたる時を相続開始を覚知したるものと解するを相当とするものである。被控訴人MTが既にMYの隠居により家督を相続したるに拘らずMYの死亡により更に遺産相続の開始したるものを覚知しなかつたことは普通一般の常識ある者の当然とするところであつてさればこそ三ケ月内に相続抛棄の手続をとらなかつたものである。本件訴訟が静岡地方裁判所沼津支部に提起されてはじめて被控訴人等は疑問を生じ被控訴代理人の法律上の説明によつて驚いて相続抛棄の申述を為したもので名古屋家庭裁判所豊橋支部ではこの事情を認めて右申述を受理したものである。斯くの如く法律の不知により被控訴人両名は遺産相続開始を覚知しなかつたことを主張し覚知してから三ケ月の期間内に相続抛棄の申述を為してこれが受理された旨主張してをるのに拘らず、又それが教養なき被控訴人等現在の国民一般の法律知識にてらし相当であると認めらるるに拘らず右法律不知によつて覚知しなかつた点について何等原判決は審判してをらぬのはまことに理由不備と言ふべきである。
第二点 原判決は相続抛棄の申述の受理は一応の公証を意味するもので相続抛棄が有効か無効かの権利関係を終局的に確定するものではない、その有効か無効かは民事訴訟法による裁判によつてのみ確定すべきものであると判示している。一応尤もの様に思はれるが相続抛棄はその申述が有効に受理されたとき効力を発するものであつて他の裁判所の裁判によつて、その有効,無効を左右さるべきではない。本件の相続抛棄の申述が受理されたのは相続開始を覚知したときから三ケ月間に抛棄の申述があつたものと認められて受理されたものでありその時有効に抛棄されているのである。裁判所は利害関係人の請求によつて右三ケ月の期間を伸長することさえも出来るものであつて一旦受理せられたる申述が他の裁判所の裁判で容易に左右されるが如きは相続抛棄につき申述の手続の行はれる立法の趣旨を没却した解釈と言はなければならない。若し夫れかかることを許すならば相続の抛棄が一の裁判所で有効と認められ他の裁判所では無効と認められ永久に相続財産の帰属するところが決定しない結果となるものであつて原判決はこの点に於て法律の解釈を誤つている違法がある。
第三点 次に被控訴人両名の債務免除の抗弁について原判決は之を認むべき証拠はないと判示してゐるが被控訴人等は亡MYの煙管の売掛帳を控訴人に渡し控訴人はこれによつて債権を取立てるべきことを約し且つ被控訴人の債務の免除を為したることは被控訴人等の証言によつても明瞭なところで控訴人が右売掛帳によつて売掛代金を回収し更に被控訴人両名に対しては尚本件債務を請求するが如きことを契約することのないことは社会常識から照らしても当然のことである。この点に於ても原判決は審理不尽の違法あるものである。 

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