執行猶予判決確定前の余罪の扱いと起訴前弁護

刑事|最大判昭和28年6月10日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は,懲役刑の執行猶予期間中です。ところが、その判決確定前に人身事故を起こしており今回検察庁からその件で呼出がありました。仮に、起訴された場合執行猶予の判決は可能なのでしょうか。

詳しい事情は次のとおりです。平成26年の1月に普通乗用自動車を運転していたところ,人身事故を起こし自動車運転過失傷害ということで,逮捕されてしまいました。その後,正式起訴されてしまい,懲役1年6月,執行猶予3年の懲役刑の判決が下されました。こちらの判決については確定しています。しかし,実はその前の平成25年9月にも,自動車の人身事故を起こしています。被害者は加療2週間とのことで,完治はしているようです。私は,平成26年1月の件しか起訴されていないので,こちらについては特段罪に問われることはないと思っていたのですが,平成26年8月現在,検察庁から平成25年9月の件についても事情を聞きたいということで出頭要請が来てしまいました。こちらの罪が起訴された場合,私はどうなってしまうのでしょうか。

なお、私は医者で患者もたくさんいるので,実刑になってしまうことだけは回避したいと思っています。なすべき事柄があれば教えてください。

回答:

1 今回の件は,執行猶予付懲役刑があった後に,猶予言渡し前に犯した罪(過失運転致傷罪)をどのように扱うかといった点が問題になりますが,最高裁の判例によれば平成25年9月の件が起訴されても,法律上執行猶予を付けることは可能とされています。ただし,今回の件が実刑になってしまった場合には,前の刑の執行猶予が取り消され,今回の分と合わせた刑期分,刑事施設に収容されることとなってしまいます。

法律上は執行猶予を付けることは可能ですので,被害者との示談交渉,反省状況をしっかりと裁判所に伝え,執行猶予相当の事案であることを伝える必要があります。

2 上記1は,検察官が今回の件を正式裁判として起訴することを決定したことが前提の話になります。検察官はあなたを起訴するかを含めて広範な裁量を持っておりますので,被害者との示談交渉や,反省状況,家族による監督状況を適切に主張し,検察官に納得してもらえれば,不起訴処分(起訴猶予処分)を狙うことも十分可能ですし,そうすべきでしょう。

そのためには,有利な情状弁護活動を適切な弁護人にしてもらう必要があります。特に,刑事事件を見据えた被害者との示談交渉は必須となるでしょう。被害者からの許し(宥恕)を得られれば,不起訴処分を勝ち取るための極めて有利な事情となります。不起訴処分となれば,今回の件については医道審議会による行政処分も免れることができますので,この点からも有利な結果となります。示談交渉の具体的な進め方などについては,弁護士の詳しい説明を受けてください。

3 執行猶予に関する他の事例集としては,その他628番1398番1403番1446番等を参照してください。

4 執行猶予に関する関連事例集参照。

解説:

第1 判決確定前の余罪と執行猶予の関係について

1 現在あなたが置かれている地位について

あなたは,平成25年9月に自動車を運転していて人身事故を起こしたということなので,過失運転致傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条。旧刑法における刑法211条2項の自動車運転過失傷害罪に相当。)の被疑者として,検察庁によって取調べを受けている,という地位にあります。

過失運転致傷罪の法定刑は,7年以下の懲役,若しくは100万円以下の罰金刑ということになりますが,本件事故の内容が悪質で犯情が悪いものと判断された場合(事故についてのあなたの注意義務違反の程度が著しい場合,被害者の傷害結果が重大なものである場合)には,前回の罪と同様に正式裁判となった上で,懲役刑の判決が下されることも十分考えられるところです。

2 懲役刑の判決が確定する前の余罪について起訴された場合,執行猶予を付けることができるか

仮に今回の罪が起訴されて刑事裁判になった場合について検討します。今回は,①平成26年1月に起訴されて執行猶予が付いた懲役刑判決と,②平成25年9月に起こした交通事故の2件分の刑事事件がありますので,両者の関係が法律上問題となります。まずは,2件目の件について起訴された場合,執行猶予が付けられるのかどうか,といった点を検討していきます。

(1) 刑法上の規定について

執行猶予について刑法25条1項は,次のとおり規定しています。

第二十五条 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる。

一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者

二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者

この規定を読むと,今回の事案でも,平成26年1月の交通事故について起訴されて,執行猶予付懲役刑が確定しているのですから,今回の平成25年9月の交通事故について起訴された場合には,「前に禁固以上の刑に処せられた」ことがあり,また,「執行を終わった日から5年以上禁固以上の刑に処せられたことがない」とはいえないとして,刑法25条1項では執行猶予を付けることができないように文理上は読むことが可能です。このように解すると同条2項の再度の執行猶予が可能かという問題になります。2項による再度の執行猶予の場合は、1年以下の懲役禁固に限定され、しかも特に酌量すべきものがある場合に限り保護観察付の執行猶予が認められことになっていますので大きな違いがあります。

(2) 判例上の立場

しかしながら,そのような結論では不合理な場合が生じます。例えば,平成26年1月の交通事故について起訴され,また,併せて今回の平成25年9月の交通事故分についても起訴されたような場合には,併合罪として両罪は同時に審理されることとなります。

そのような場合,あなたに示談がいずれも成立しているなどといった,有利な事情が認められる場合には,一括して本条1項によって,執行猶予を付けることが可能となります。そのような場合と比較すると,今回執行猶予を付けられないのでは不均衡な状態が生じることとなります。

執行猶予制度は,犯罪の情状が比較的軽く,懲役刑として刑事施設への収容をするまでの必要性がさほど高くない場合に,その刑の執行をしないことを認める制度です。このような観点からは,同時審判の可能性がある事件については,個別の情状を考慮すべきであって,執行猶予制度の適用の幅を狭めるような解釈はなされるべきではないという解釈論が導き出されます。執行猶予の制度はそもそも、刑の執行を猶予することにより、執行猶予期間中に再度犯罪を犯すことのないようにし、執行猶予期間中に犯罪を犯す環境から距離を置くことにより、執行猶予期間経過後も再犯の可能性を少なくすることを目的とする制度です。ですから、執行猶予期間前に犯した犯罪は、そのような心理的な制限を科させる以前の犯罪行為であり、再度の執行猶予の問題には当てはまらないはずです。

最高裁判例も個別の情状を出来るだけ斟酌すべきという考え方から,執行猶予を言い渡す有罪判決が確定した後に,その確定前に犯した罪について懲役刑を言い渡す場合には,刑法25条1項1号の適用はなく,執行猶予を付けることができる,と結論付けています(最大判昭和28年6月10日)。個別の情状を出来るだけ考慮する機会を設け,執行猶予付与の機会を付与するものであり,妥当な解釈であるといえます。

(3) 結論

以上をまとめると,今回問題となっている平成25年9月の交通事故については,過失運転致傷罪として処罰の対象になり得るものの,仮に本罪が正式裁判として起訴された場合であっても,個別の情状を考慮して刑法25条1項により執行猶予付懲役刑の判決を再度求めることは可能,ということになります。

3 起訴前弁護の重要性

(1) 想定される不利益

上記のように,刑法上は平成25年9月の交通事故の件についても,仮に正式起訴されたとしても、執行猶予付き懲役刑判決を取得することは可能です。すなわち,直ちに刑事施設に収容される懲役刑の判決が下されるわけではありません。

もっとも,以下のような不利益が想定されますので,検察官によって本件が起訴される前に有利な情状を取得する活動を行う必要があります。

ア 情状としての余罪,実刑による不利益

上記議論は,法律上執行猶予が付けられるか否か,といった話のみであり,平成25年9月の交通事故が起訴されるかどうか,また,起訴されたとして直ちにそれが実刑とならないか,といったといった点は別の話になります。

交通事故事犯においては,それまでに交通違反歴があったかどうか,すなわち同種前科・前歴があったかどうかといった点が,検察官が正式裁判で起訴するか,それとも罰金刑を求め略式起訴にとどめるか,さらには起訴猶予処分(不起訴処分)にとどめるか,といった最終的な刑事処分の決定において重要な意味を持つこととなります。

本件でも,別罪の平成26年1月の交通事故はあくまで事後的な事情とはなりますが,交通法規の遵守ができていないとして悪質性を有することの一事情として考慮される可能性はあります。すなわち,重い処罰を求めて起訴される可能性があります。

また,本件が起訴されて裁判所に判断される場合にも,交通違反歴を考慮されて,犯罪の情状面として執行猶予を付けるほどではない,と判断される可能性はやはりあります。あくまで執行猶予判決が例外的措置であることを念頭に置く必要があるでしょう。さらに,今回の刑について懲役刑の実刑となった場合,執行猶予の必要的取消事由となりますので(刑法26条2号),前の刑と併せて刑事施設に収容されることになります。このように,起訴された場合に大きな不利益を受けることが強く想定されます。

イ 医道審議会における不利益

さらに,あなたは医師ということですので,「罰金以上の刑に処せられた場合」には,医師法7条2項によって,医師免許の行政処分が下されることとなります。行政処分の内容は,医師免許の取消処分,業務停止処分,戒告処分,不処分のいずれか,となります。

そして,当該行政処分の内容は,厚生労働省が公表している「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」という指針によれば,「処分内容の決定にあたっては、司法における刑事処分の量刑や刑の執行が猶予されたか否かといった判決内容を参考にすることを基本」とされています。すなわち,刑事処罰の重さが,医師免許の行政処分の軽重にダイレクトに影響することになるのです。

すでに懲役刑が確定していますから行政処分は避けられないところですが、医師免許行政処分の軽重を考えた際には,当然処罰される刑事事件の数が少ないに越したことはありません。本件で両方の事件が行政処分の対象となった場合,併せて,比較的長期間の業務停止が見込まれることとなります。

(2) 起訴前弁護の重要性

以上のような様々な不利益を考慮すると,検察官の最終的な終局処分(起訴するか否か,起訴の内容をどうするか)を待つことが得策といえないことは明らかでしょう。検察官に対して,あなたに有利な情状を可能な限り主張して,平成25年9月の過失運転致傷罪については,起訴猶予処分を取得すべく,最大限の活動を行っていくべきです。

仮に平成25年9月の件が不起訴になった場合,医道審議会による行政処分の対象になるのは平成26年1月の交通事故のみであり,平成25年9月の分は行政処分の対象から除外できるのです。

第2 本件において行うべき具体的な弁護活動(起訴前)

1 弁護活動の目標(不起訴、略式命令、執行猶予判決)

以上の検討を踏まえると,平成25年9月の過失自動車運転罪の件については,①まず不起訴(起訴猶予処分)を目指す,②次に略式罰金刑を目指す,③起訴されてしまった場合であっても執行猶予付懲役刑判決の取得を目指す,という方針で活動をすべきでしょう。

適切な弁護人選任の上,有利な情状を可能な限り取得し,担当の検察官に対して交渉を行っていく必要があります。具体的な活動としては,以下のとおりです。

2 有利な情状資料の取得

(1) 被害者との示談

過失運転傷害罪のような被害者のいる犯罪において,検察官に主張しうるもっとも重要な情状事実は,被害者との示談となります。被害者が仮にあなたを宥恕(許し,法的に一切の責任を追及しないこと)するとの書面を書いていただいた場合,検察官としてもあなたを敢えて処罰する必要はない,との判断につながりやすくなります。

交通事故を起こしてしまった場合,通常保険会社があなたの代わりに示談代行を行うこととなります。もっとも,保険会社はあくまで民事上の被害弁償についての話合いしか行うものではなく,被害者からの宥恕を得たり,刑事処罰を求めないような示談合意をしてくれることはありません。刑事事件において,検察官に対して有利な事情を主張するためには,適切な弁護人を選任してもらう必要があるでしょう。

検察官に対しては,示談の過程を通じたあなたの反省状況を伝える必要がありますので,あなたの謝罪を被害者に適切に伝えることが重要となります。また,保険金による支払だけではなく,自ら率先して被害弁償金を交付してもらうことも有用になるでしょう。被害者との示談交渉の結果については,被害者との示談合意書,上申書といった書面にしっかりと残し,検察官に提出・主張することも重要です。

(2) 適切な身元引受人の選択

交通事犯においては,交通違反歴の存在が重要になることは前述したとおりです。検察官としても気になるのは,あなたが同じような再犯を犯すおそれがあるのではないか,という点になります。親族が自動車を運転させないような監督体制をしっかりと整えていることは,一つの有利な事情となるでしょう。親族の監督については具体的な内容を家族と協議して決めた上で,上申書や身元引受書などといった形で,検察官に提示すべきです。

(3) その他有利な情状の取得

他にも,有利な情状として様々な事情を主張する必要があります。

ア 贖罪寄付

社会に対する贖罪の意思を示すために,贖罪寄付という手段も考えられます。通常は,被害者のいない道路交通法違反の犯罪等で行われるものですが,経済的な出費を伴う形での反省の意思を示す情状資料として,一定の価値を有するものとされています。

イ 廃車,免許の自主返納

交通事故を二度と起こさないために反省の意思を込めて,自主的に廃車の手続を取ったり,免許の自主返納をすることも有用です。自動車を運転できない状況にすることで,反省の意思を示し,また再犯のおそれがないことを検察官に主張することができます。

3 検察官に対する交渉,意見書の提出

上記のように有利な情状資料が集まったら,有利な情状を適切に主張し,検察官に起訴猶予として本件を終結してもらうよう,意見書を提出することになります。適切な弁護人を選任してもらい,意見書を提出すると共に,場合によって検察官に直接面談の上,不起訴の交渉をしてもらう必要があります。

4 終わりに

以上みてきたとおり,執行猶予付懲役刑の判決が出されてしまった後であっても,それより前に生じた余罪について執行猶予付き判決を求めることは可能です。もっとも,あなたにとって最も有利な処分は起訴猶予処分ですので,起訴される前から適切な弁護人選任の上,有利な情状弁護活動をしてもらうべきでしょう。仮に起訴された場合であっても,執行猶予付懲役刑を勝ち取るためには有利な情状を揃える必要がありますので,早めにこれらの活動をしておくに越したことはありません。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文・判例

刑法

第四章 刑の執行猶予

(執行猶予)

第二十五条 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる。

一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者

二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者

2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。

(保護観察)

第二十五条の二 前条第一項の場合においては猶予の期間中保護観察に付することができ、同条第二項の場合においては猶予の期間中保護観察に付する。

2 保護観察は、行政官庁の処分によって仮に解除することができる。

3 保護観察を仮に解除されたときは、前条第二項ただし書及び第二十六条の二第二号の規定の適用については、その処分を取り消されるまでの間は、保護観察に付せられなかったものとみなす。

(執行猶予の必要的取消し)

第二十六条 次に掲げる場合においては、刑の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、第三号の場合において、猶予の言渡しを受けた者が第二十五条第一項第二号に掲げる者であるとき、又は次条第三号に該当するときは、この限りでない。

一 猶予の期間内に更に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑について執行猶予の言渡しがないとき。

二 猶予の言渡し前に犯した他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その刑について執行猶予の言渡しがないとき。

三 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられたことが発覚したとき。

(執行猶予の裁量的取消し)

第二十六条の二 次に掲げる場合においては、刑の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。

一 猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたとき。

二 第二十五条の二第一項の規定により保護観察に付せられた者が遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いとき。

三 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その執行を猶予されたことが発覚したとき。

(他の刑の執行猶予の取消し)

第二十六条の三 前二条の規定により禁錮以上の刑の執行猶予の言渡しを取り消したときは、執行猶予中の他の禁錮以上の刑についても、その猶予の言渡しを取り消さなければならない。

(猶予期間経過の効果)

第二十七条 刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律

(過失運転致死傷)

第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

<参照判例>

最大判昭和28年6月10日判決

賍物故買被告事件

昭和二五年(あ)第一五九六号

同二八年六月一〇日大法廷判決

主 文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理 由

弁護人岩城重男の上告趣意について。

第一点は本件記録を精査するも刑訴四〇五条に該当する上告理由はないという過ぎず又第二点の所論(一)(二)及び(三)は原審で主張判断がない事項について訴訟法違背の主張をするに帰する。何れも刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。のみならず刑訴四一一条を適用すべきものとも認められない。

同(四)に対する判断は次の通りである。

被告人は昭和二四年五月二四日東京地方裁判所で賍物故買により懲役一〇月(三年間執行猶予)及び罰金一万円に処せられ右判決は確定した。被告人の本件賍物故買は前記確定判決よりも前である昭和二三年一一月四、五日頃に犯したものであることは第一審判決の確定したところであるから、この二つの罪は刑法四五条後段の併合罪の関係に立つこと明である。かような併合罪である数罪が前後して起訴されて裁判されるために、前の判決では刑の執行猶予が言渡されていて而して後の裁判において同じく犯人に刑の執行を猶予すべき情状があるにもかかわらず、後の判決では法律上絶対に刑の執行猶予を付することができないという解釈に従うものとすれば、この二つの罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろう場合に比し著しく均衡を失し結局執行猶予の制度の本旨に副わないことになるものと言わなければならない。それ故かかる不合理な結果を生ずる場合に限り刑法二五条一号の「刑ニ処セラレタル」とは実刑を言渡された場合を指すものと解するを相当とする。従て本件のように或罪の判決確定前に犯してそれと併合罪の関係に立つ罪についても犯人の情状次第によつてその刑の執行を猶予することができるものと解すべきである。それ故かかる場合においては刑法二六条二号にいう「刑ニ処セラレタル」という文句も右と同様に解し後の裁判において刑の執行猶予が言渡された場合には、前の裁判で言渡された刑の執行猶予は取消されることがないものと解するのが相当であると言わなければならない。

以上の観点から原判決を見ると、原判決が「本件につき原審裁判言渡当時は勿論現在も尚猶予期間中であり被告人に対しては更に刑の執行を猶予すべき法定の要件を欠く」と判示したのは執行猶予の要件に関する法令の解釈を誤つた法令違反があるものと断ぜざるをえないのである。

しかし当裁判所において本件記録を精査すると原判決には前示法令違反あるにかかわらず上告人に対する刑の量定は必ずしも甚しく不当ではなく原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認めることができないから本件上告は刑訴四一一条を適用すべき場合には当らないものと言わなければならない。

よつて刑訴四〇八条同一八一条により主文のとおり判決する。

この裁判は裁判官真野毅の意見及び上告趣意(四)に関する裁判官斎藤悠輔の反対意見を除き裁判官全員一致の意見である。

裁判官真野毅の意見は次のとおりである。

多数意見が、刑法二五条一号についてなした法律解釈、及び原判決の判示は執行猶予の要件に関する法令の解釈を誤つたものと判断した点には、わたくしも賛成である。新旧刑訴法の過渡期に際し旧件と新件とを別に審判するに至つた経過事情を除くも、刑法の一部改正によつて連続犯の規定が廃止されたと共に、新刑事訴訟法の施行によつて、捜査が制限された当然の結果として、従前連続犯の一罪として一つの判決で一挙に処断されたものが併合罪数罪として処断されることになり、且つ従来の併合罪に当る数罪が、数個の判決によつて処理されることが多くなつた。これら法制の変革による現行併合罪の処理の実情に照らし、被告人の基本的人権を実情に即して合理的に擁護するために、刑法二五条一号に関する従来の解釈を多数意見のように改めることは、必要でありかつ妥当でもある。

ただわたくしは、多数意見が原判決の判示の違法を認めながら、量刑の不当につき刑訴四一一条を適用せず上告を棄却した結論には賛同することを得ない。(一)被告人は、昭和二四年五月二四日東京地方裁判所で、賍物故買罪により懲役十月執行猶予三年及び罰金一万円に処せられ、右判決は当時確定した。その犯行は三万四千円で賍物を故買したというのである。(二)本件では第一審で被告人は、懲役六月及び罰金壱千円に処せられた。その犯行は賍物である革製ボストンバツグ一個を二千円で故買したというのである。かような事情の下においては、多数意見のいわゆる『この二つの罪が同時に審判されていたならば、一括して執行猶予が言渡されたであろう場合』に極めてピツタリと該当するものと、わたくしは考える。それ故、本件では、刑訴四一一条を適用して原判決を破棄し、執行猶予を言渡すのを相当とする。

なお、多数意見の刑法二六条一項二号に関する解釈の部分には賛同しない。なぜならば、わたくしは同号の規定は憲法三九条に違反し無効だと信ずるからである。(わたくしの刑法二六条一項各号に関する見解は、昭和二六年(し)第四七号池田郁能事件大法廷決定中に少数意見として述べるところによる)。

弁護人岩城重男の上告趣意(四)についての裁判官斎藤悠輔の反対意見は次のとおりである。

刑の執行猶予の条件の一つである被告人の過去の経歴に関する刑法二五条一号にいわゆる「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者」とは、現に審判すべき犯罪につき刑の言渡をする際にその以前に他の罪につき確定判決に因り禁錮以上の刑に処せられたことのない者を指すものであつて、既に処せられた刑の執行を受け又は執行の免除を受けたと否とを問わず、また、その刑に処せられた罪が現に審判すべき犯罪の前に犯されたと後に犯されたとを問わないものであることは、同号と同条二号並びに同法二六条各号就中その二号とを対照比較することによつて明白である。けだし、わが国の刑の執行猶予の制度は、刑の言渡を受けたことのない初犯者又はこれに準ずべき比較的軽微な犯人に対し、言渡した刑罰を執行せずに、単に条件附に刑罰を宣告することによつて、その自新を促す例外的な恩典であるから、被告人の過去の経歴において前に一度禁錮以上の刑の宣告を受けた以上は、その罪が現に審判すべき犯罪の前に犯されたると後に犯されたるとを問わず、また、その宣告を受けた刑の執行を受けたと否とを問わず、更らに、執行猶予を与えるを適当でないとした立法趣旨と解すべきであるからである。そして、犯人が数罪を犯した場合に、その各罪の発覚は、必ずしも同時ではなく、むしろ、その間に遅速あるを普通とし、従つて各罪につきその起訴の時期を異にし、或いは審判すべき裁判所を異にし或いはその審級を異にすることあるを免れないものであつて、そのことは刑法四五条、五〇条、五一条等においても予想するところである。ことに、実体刑法上いわゆる連続犯が廃止され、また、手続法上いわゆる起訴状一本主義、迅速な公開裁判主義、被告人の黙秘権等を認めている現行法制の下では、裁判所は同種の犯罪であつても起訴に係る犯罪のみについて審判すべく、起訴なき余罪に亘つて審判することの許されないことは当然であるから、後に犯した同種の犯罪が前に発覚して起訴されこれにつき既に他の裁判所において執行猶予の言渡を受けるがごとき事態も固より当然予想されるのであつて、多数説のいうがごとく数罪が同時に審判され一括して執行猶予を言渡されたであろう場合のごときは寧ろ現行刑訴法上の実際において例外であるといわなければならない。(本件犯行時は、昭和二三年一一月四、五日頃で、その起訴は、同二四年六月一六日である。また、前科の犯行時は、昭和二三年一二月二〇日であるがその起訴は、昭和二四年三月三〇日で、その判決言渡は、同年五月二四日でその当時その判決は確定したものであるから、前科の事件は、本件犯行の起訴前既に確定したものである。従つて、本件は、前科の事件前に犯された同種の犯罪に係るものではあるが、多数説の考えるように訴訟法上同時に審判することは、絶対に不可能であるこというまでもない。)従つて、かかる例外の場合だけを予想して、刑法二五条一号又は同二六条二号の「刑ニ処セラレタル者」という法文を刑の執行猶予をしない実刑を受けた者と解するがごとき微視的な恣意的解釈論には賛同できない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

弁護人岩城重男の上告趣意

第一、本件記録を精査するも刑事訴訟法第四百五条に該当する上告理由は之を発見することが出来ない。

第二、然し、左記理由により原判決は同法第四百十一条により破棄せらるべきものと思料する。

(一) 原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な事実につき審理を尽しておらないから、重大な事実の誤認を犯している虞がある。原審弁護人和田良一の控訴趣意書にも詳論せられてあるとおり、被告人が昭和二十三年十一月四日以降、同年十二月二十日頃迄の間に数回に亘り古物商である堅羽改造から衣類その他数十点、価格七、八万円にのぼる物件を贓品たるの情を知りながら買受けた一連の行為の中、その最初に買受けた、ボストンバツグ一個を除きその余の物件については既に起訴せられ、昭和二十四年五月二十四日、東京地方裁判所に於て懲役十月、三年間の執行猶予及び罰金千円に処せられているのであるが、その最初の犯行である昭和二十三年十一月四日に買受けた、ボストンバツグ一個だけにつきどういうものか遅れて、右判決後である同年六月十六日起訴せられているのであつて、之に対し懲役六ケ月及び罰金千円に処したのが本件である。刑法第五十五条が廃止せられた今日に於ては一応斯の如き起訴も形式上は成立つと言えるかも知れない。然し刑法第五十五条廃止の精神は果して斯くの如き起訴までも之を認める趣旨であろうか。若し斯くの如き解釈が検察当局によつて濫用せられる様な事になると飛んでもない結果を来す虞がある。即ち連続した数個の犯罪中故意に一個を残して置く場合は勿論あるいは執行猶予の判決があつた場合の腹癒せに,偶々外されていた一個を故意に起訴して刑法第二十五条、二十六条に引つかけるという様な事も予想できるのである。連続犯廃止の趣旨は判決の既判力が不当に拡張せられ、之が悪用せられることを防止するにあると解してこそその意味があると思う。したがつて、刑法第五十五条は削除せられたとは言え、これがために同一の機会を利用し単一の犯意の下に反覆累行せられたような犯行迄も常に必ず独立の犯行として認定しなければならないという理由はないのである。(御庁、昭和二十四年(れ)第二九七号、同年七月二十三日第二小法廷判決)。換言すれば連続的犯行を包括して一罪とする考え方そのものが根本的に排除せられた訳ではないのである。之を本件についてみると、被告人は古物商であつた相被告人堅羽改造の家に到り、数回に亘り数十点に及ぶ贓物を買受けているのであつて、殊に一括して五万余円で買う約束をし、その内金銭の出来た範囲でその一部を逐次引取るというような買方迄している。斯ういう場合には当然包括的一罪を構成するものと解すべくその一品一品につき独立の故買罪が成立するものでないことは勿論である。してみると本件ボストン・バツグの場合に於てもあるいは他の物と一括して買受けたものであつて、包括的一罪として起訴せられ、而もその所謂他の物につき既に確定判決があつたのではないかという疑問が起り得るのであつて、もしそうだとしたら右ボストンバツグの買受という行為も右確定判決の包括的一罪としての犯行の一部を為すものであつて、当然既判力の範囲に属し、本件公訴は免訴とならなければならないことになる。したがつて本件のような微妙な関係にある場合には、原審裁判所は右確定判決のあつた事案につきその記録を取寄せその内容を精査検討して右公訴の範囲に属しているかどうかを確定した上で判決をしなければならないものである。然るに、記録を精査するも第一審、第二審共斯くの如き審理を尽した事実は之を認めることができない。而して右審理の不尽は刑事訴訟法第四百十一条第一号並第二号に該当する。

(二) 第一審判決は松尾元彦の検察事務官に対する供述調書を証拠として援用しているが、之は刑事訴訟法第三百二十一条に違反しており同法第四百十一条第一号に該当する違法がある。第一審公判調書によれば右供述調書を証拠に採用することについては、被告人並にその弁護人から同意を拒否されている。したがつて刑事訴訟法第三百二十一条第二号により特定の場合以外は之を証拠に採用することはできない筈である。即ち本件に於ては裁判所は右松尾元彦を証人として喚問し、被告人に反対尋問の機会を与えなければならないのであるのに此の挙に出でず、擅に右供述調書を証拠に採用して事実認定に供しているのは刑事訴訟法第三百二十一条に違反しており、之は判決に影響を及ぼすべき法令の違反と謂わなければならない。

(三) 第一審裁判所は相被告人堅羽改造の供述を証拠に採用しているが、該供述は証拠として不適当であると謂うべく、刑事訴訟法第四百十一条第三号に該当する。第一審裁判所は被告人の贓物たるの認識を認定する唯一の証拠として相被告人堅羽改造の贓物たるの情を明かして売つた旨の供述を採用している。然し第一審公判調書(昭和二十四年九月十日附)中右堅羽の供述として十一月四日「以下同じように菊池から買つたものは菊池がとつてきたものであるという事を打明けて売りました」とある部分を削除して十一月四日「のボストン・バツグ以外は特に打明けたことはありません」と訂正して記載されてある。右訂正はその内容を全然異にしており、単なる誤記とは到底認め難く、その訂正の体裁よりみて後日に至り訂正記入されたものと疑わしめるに足るものであつて、挿入、削除の訂正印の押捺はあり、一応適式の形態はなしているが、果して真実被告人堅羽が左様な供述をしたものか、否か、極めて疑わしいと謂わなければならない。被告人が右堅羽から買受けた物品は昭和二十三年十一月四日以降、同年十二月六日迄の間数回に数十点に達しておるに拘らず、本件ボストン・バツグの時だけ特に盗品だと告げたという事自体納得し難い事実と謂うべく、又右堅羽の警察官に対する供述調書(昭和二十四年五月二十六日)中同人の供述としてボストン・バツグは嫌だと言つて家に預けておき翌日松井が来たから、その事を話し二千円で売つたとあり、同人は更に第一審、第一回公判に於てその同じ事実につき菊池等が出かけて入違いに入つて来た松井に売つたと供述しており、その日時の点も合致せず同人の供述は極めて曖昧で、一貫しておらない点と対比照合して之を考えるときは、前記訂正に係る同人の第一審公判に於ける供述記載は輙く信を措き難いと謂わねばならない。その措信するか否かはもとより裁判官の自由な判断に委ねられているが、さりとて、その放恣専断に任せるべきものではなく、自ら何人にも首肯し得る経験則上の限界がなければならない。而して本件に於ては右限界を逸脱したものであつて採証の法則に反した違法があると謂うべく、右違法は刑事訴訟法第四百十一条に該当するものと考える。

(四) 原審判決は本件は執行猶予を法律上附し得ないものと判断しているが、之は法律の解釈を誤つたものであつて、其の理由としては原審弁護人和田良一の原審に於ける控訴趣意書を茲に援用する(刑事局長通牒参照)。以上之を要するに原審判決は刑事訴訟法第四百十一条に則り、破棄せらるべきものであることを上申し、上告趣意書とする次第である。