ドアの一部破損・落書きと建造物損壊の成否

刑事|建造物損壊|器物損壊|被害届|告訴された罪名と別個の罪で起訴することは可能か|大阪高裁平成5年7月7日判決|最高裁判所平成18年1月17日判決|広島高裁平成19年9月11日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

他人の家の玄関ドアに無断で絵を描いたりしたところ、警察から取り調べを受けています。玄関ドアを壊していないのに犯罪になるのでしょうか。詳しい事情は次のとおりです。

私は、都内に住む33歳で、現代アート作家として活動しています。この度、アート活動の一環として、某市内の民家5、6軒の玄関ドアに、「エイリアンによる侵略」をモチーフにした絵を描くとともに、この絵と一体性のある独自のデザインの取手金物を取り付けるなどした上、これらの作品の写真をホームページ上に公開していたところ、警察より事情聴取のための呼び出しの連絡を受けました。警察の話では、民家の所有者の1人から器物損壊罪での告訴がなされているとのことでした。作品のテーマが「侵略」であるため、民家の所有者等に無断で行ってしまったのですが、ドアを破壊したわけではないので、告訴罪名については疑問もあります。しかしながら、警察が動く事態になってしまい、軽率な行為であったと反省しています。今後の対応について相談させて下さい。

回答:

1.あなたが民家の玄関ドアに絵を描くとともに独自の取手金物を取り付ける等した行為は、いずれも建造物損壊罪(刑法260条)の構成要件に該当すると考えられます。建造物損壊罪は、器物損壊罪とは異なり、法定刑が5年以下の懲役のみ(罰金刑の定めなし)という重い犯罪であり、逮捕、勾留や正式起訴(公開の法廷で懲役刑請求されることになります。)の可能性も十分考えられるため、一般的な器物損壊の事案とは全く状況が異なります。

2.あなたに対する告訴罪名は建造物損壊罪ではなく、器物損壊罪であるとのことですが、捜査機関は捜査や起訴にあたって告訴罪名に拘束されないため(広島高裁平成19年9月11日判決参照)、告訴罪名が比較的軽微な犯罪であるからといって、今後の刑事手続の見通し(身体拘束の有無、検察官による起訴・不起訴の判断等)について楽観視できる理由には全くなりません。

3.罰金の定めのない罪名にかかる重大事案であること、多数の余罪があること等からすると、捜査機関があなたの逮捕状を請求しようとする可能性が高いと思われます。逮捕を回避するためには、弁護人の協力の下、出来る限り早いタイミングで、①建造物損壊の被疑事実を認める内容の詳細な供述書、②被害者宅に接近しない旨の誓約書、③家族等による身元引受書、④弁護人を通じた謝罪と被害弁償の準備があることを示す書類(謝罪金の預り証や謝罪文等)等を作成、提出することで、捜査機関に対して逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれが存在しないことを示し、逮捕状の請求を思いとどまらせることが重要でしょう。

4.事案の性質上、起訴(公判請求)を回避するためには、被害者との示談が必須といえます。そして、特に余罪が多数に渡る事案においては、捜査機関の働きかけ等による告訴や被害届の提出よりも前に、余罪に係る被害者との間でも速やかに示談交渉を行い、刑事事件化される前に民事的解決の枠組みの中で宥恕や捜査機関に対する被害申告を行わない等の合意を成立させることで、立件の対象を最小限に抑えることが重要になってきます。

5.時間的猶予はありませんので、弁護人の選任にあたっては、同種事案の解決の実績があり、迅速な活動が可能な弁護士を選んで依頼されることをお勧めいたします。

6.建造物損壊・器物損壊に関する関連事例集参照。

解説:

1.(罪名について)

あなたが置かれている現状は、おそらくあなたが考えている以上に深刻と思われます。まず、あなたが行った行為につき成立する罪名について確認いたします。

あなたに対する告訴罪名となっている器物損壊罪とは、「前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊」することによって成立する犯罪であり、法定刑は3年以上の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料という比較的軽微なものとなっています(刑法261条)。本罪の客体は「物」ですので、ドアに対する描画や取手金物の取り付け等は器物損壊罪の成否の問題であると思われるかもしれません。しかし、器物損壊罪の客体の物は「前3条に規定するもののほか」となっており、前3条に規定するものとは「公用文書等」、「私用文書等」と「建造物又は艦船」です。すなわちこれらの物を損壊した場合、器物損壊罪は成立しないことになります。玄関ドアは民家という「建造物」の一部ですので、実際に問題となるのは建造物損壊罪(刑法260条)の成否です(具体的な判断で、玄関ドアが建造物ではないとされれば、建造物損壊罪は成立せずに器物損壊罪が成立します。実際、玄関ドアの損壊の事案で罪名が器物損壊罪として検察官送致されるケースを目にすることもありますが、器物損壊罪のまま起訴されたケースは執筆者が確認できる範囲では現在のところ不見当です。)。判例も、市営住宅内の居室の玄関ドア(最高裁平成19年3月20日決定)や居宅の玄関ドア(大阪高裁平成5年7月7日判決)、パチンコ店のガラスドア、シャッター等(神戸地方裁判所平成15年4月17日判決)を建造物損壊罪の客体である「建造物」に該当すると判断しています。

建造物損壊罪は、法定刑が5年以下の懲役のみ(罰金刑の定めなし)という重罪であり、略式起訴による罰金刑があり得る器物損壊罪とは異なり、何らかの刑事処分がなされる場合、公判請求一択となってしまうため、一般的な器物損壊の事案とは全く状況が異なってきます。

そこで、次に、ドアに対する描画や取手金物の取り付けが建造物の「損壊」に該当するか否かですが、結論としては「損壊」にあたると言わざるを得ないでしょう。ここでの「損壊」とは、対象物の破壊等、物質的に形態を変更又は滅尽させる場合に限られず、対象物の実質を毀損し、使用価値を減少させる行為を広く指します。「エイリアンによる侵略」をモチーフにした描画や取手金物の取り付け行為は、たとえ、あなたにとってはアート活動の一環であっても、建物の所有者からしてみれば修理等の原状回復を要する状態といえ、使用価値を減少させるものであると評価せざるを得ないでしょう。判例も、公衆便所の外壁にラッカースプレーで「反戦」等と大書した行為を「損壊」にあたると判断しています(最高裁判所平成18年1月17日判決。詳細については、当事務所事例集NO.792をご参照下さい。)。

したがって、あなたの場合、建造物損壊罪が成立していることを前提に今後の対応を考えていく必要があります。

2.(告訴罪名との齟齬について)

あなたに対する告訴罪名は建造物損壊罪ではなく、器物損壊罪であるとのことですが、被害者があなたに対する告訴罪名として何を選択したかは、今後の刑事手続の見通し等を把握する上で、全く参考になるものではありません。すなわち、捜査機関は告訴罪名とは異なる被疑罪名で捜査を行うことができ、起訴時の罪名についても検察官が独自に判断することができるのです。

あなたとしては、軽い罰金刑もあり得る刑罰での処罰が求められているにもかかわらず、懲役刑のみの重い罪名で処分され得ることに違和感を覚えるかもしれません。しかし、そもそも告訴とは、捜査機関に対する犯罪事実の報告と犯人の処罰を求める意思の表示に過ぎず、告訴人である被害者に対して、犯罪事実の法的評価につき捜査機関を拘束する権限を法が与えているわけではありません。告訴を行うのは法的判断を公権的に行い得る立場にない一般私人ですから、捜査のプロである警察や裁判所に法の正当な適用を請求すべき検察官(検察庁法4条、刑事訴訟法247条、256条2項3号)が告訴罪名に拘束されるとは解し得ないことになります。

判例も、被害者より器物損壊罪での告訴がなされたところ、その一部について建造物損壊罪として起訴されたという事案において、「捜査の結果等を踏まえて,告訴状に示された罪名と起訴する際の罪名とが異なることは,当然あり得ることであって,実務上もしばしば経験するところである。本件において,器物損壊罪と建造物損壊罪のいずれで起訴するかの判断は,告訴事実と同一の事実関係を前提として,損壊の客体が「建造物」であるのか「器物」であるのかという法的評価の判断に委ねられる問題であるから,検察官が,器物損壊罪の告訴事実について,建造物損壊罪と器物損壊罪とで起訴したことに,何ら違法不当な点はない。」との判断を示しています(広島高裁平成19年9月11日判決)。

したがって、本件では、今後被疑罪名が建造物損壊罪に切り替わる、あるいは、既に建造物損壊罪を被疑罪名とする捜査が開始している可能性を前提とした対応が必要となります。

3.(身柄拘束の回避)

まず対処しておかなければならないのは、身柄拘束(逮捕、勾留)との関係です。本件が建造物損壊罪という罰金の定めのない重大事案であることや、あなたが同様の犯行を複数件行っていること等からすると、捜査機関があなたの逮捕状を請求しようとする可能性が高いと思われます(刑事訴訟法199条2項)。捜査機関が通常逮捕を行うためには、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(「逮捕の理由」といいます。)に加え、明らかに逮捕の必要がない(被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及びその態様その他初犯の事情に照らし、被疑者が逃亡するおそれがなく、かつ、罪証隠滅するおそれがないこと等の事情を指します。刑事訴訟規則143条の3)とはいえないこと(「逮捕の必要性」といいます。)が必要とされます。

このうち、逮捕の必要性に関しては、あなたの方から捜査機関に対して積極的に資料等を提出することで、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれを低減させることが可能です。具体的には、①建造物損壊の被疑事実を認める内容の詳細な供述書、②被害者宅に接近しない旨の誓約書、③家族等による身元引受書、④弁護士を通じた謝罪と被害弁償の準備があることを示す書類(謝罪金の預り証や謝罪文等)等が考えられます。①の供述書については、後に否認に転じる可能性が客観的に極めて低いと認められるものである必要があるため、犯行の具体的態様を明らかにするのみならず、犯行に至った経緯や事後的な行動等にわたる詳細な内容のものを作成しておくことが望ましいといえます。実際上は、示談交渉の委任を含めて弁護人を選任し、適切な指導の下に作成してもらうことが不可欠でしょう。

これらを可能な限り早期のタイミングで提出することで、捜査機関に対して逮捕の必要性まではないと思わせ、逮捕状の請求を思いとどまらせることが重要です。スピーディーな対応が求められます。

4.(示談交渉)

あなたは、建造物損壊罪に該当する行為により、複数の被害者に対して財産的損害を与えていますので、各被害者に対して損害を賠償すべき立場にあります(民法709条)。かかる損害賠償義務の履行は、具体的には弁護人を通じての各被害者との示談交渉の中で対応していくべきことになりますが、被害者との示談は建造物損壊罪での起訴を回避するためには必須の活動といえます。法治主義の下被害者の自力救済が禁止されている我が国においては、建造物損壊罪のような個人的法益に対する犯罪の場合、刑事処分の決定にあたっては被害弁償の有無と併せて、加害者に対する実質的な処罰請求権の主体と位置付けられる被害者の処罰感情が重視されるため、十分な被害弁償がなされ、被害者の宥恕(刑事処罰までは求めない程度に許すこと)や告訴の取消しを得ることができれば、本件で不起訴を獲得できる可能性も十分見込まれます。

本件では、告訴を行っている被害者との間で直ちに示談を行うべきことはもちろん、未だ告訴や被害届の提出を行っていない他の被害者らとの間でも可及的速やかに示談交渉を行い、余罪について刑事事件化される前に民事的解決を図ってしまうことが特に重要です。本件のように余罪が多数に渡る場合、警察が余罪を立件し、捜査の対象とすることを意図して、余罪にかかる被害者に対して告訴や被害届の提出をするよう働きかけを行うケースに少なからず遭遇します。そのような場合、余罪の立件を阻止し、刑事処分の判断の基礎となる被疑事実の範囲の不必要な拡大を防ぐためには、事前に被害弁償を行い、示談合意の中で捜査機関に対する告訴や被害届の提出等を含め、刑事処罰を求めない旨の意思を明確にしてもらうことが有効です。言わば、先回り示談です。先回り示談は必要がない、捜査の対象となった時に行えば遅くないという専門家もいるかもしれません。先回り示談により、逆に新たな事件として捜査の端緒を与えかねず被疑者に取り不利益になる可能性があることが理由として考えられます。しかし、被疑者不詳で被害届が出ている可能性もありますし、事件の性質上捜査機関が余罪の可能性を疑い厳しい追及が予想されますので事前の策が妥当と思われます。又、弁護人の交渉能力にもよりますが、示談の時に、刑事事件にしないという条項を示談書に記載しその不都合を回避することも可能でしょう。このような対応は本罪に限らず、窃盗等他の個人法益についての犯罪にも言えることです。

このように、既に刑事事件となっている事案の被害者と示談交渉を進めるとともに、余罪についても民事上の責任を全うする過程で刑事事件化阻止を含めた事案の終局的解決を図る、という両面からの活動を並行して行うことで初めて、身柄拘束や刑事処分の回避をより確実なものとすることが可能となります。結局は、個々の被害者らに対して最大限誠実に対応することが、あなたの刑事手続に伴う不利益の最小化に繋がることになるといえるでしょう。

時間的猶予はありませんので、弁護人の選任にあたっては、同種事案の解決の実績があり、迅速な活動が可能な弁護士を選んで依頼されることをお勧めいたします。

以上

関連事例集

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※参照条文

≪参照条文≫

刑法

(建造物等損壊及び同致死傷)

第二百六十条 他人の建造物又は艦船を損壊した者は、五年以下の懲役に処する。よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

(器物損壊等)

第二百六十一条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

(親告罪)

第二百六十四条 第二百五十九条、第二百六十一条及び前条の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

刑事訴訟法

第百九十九条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。

○2 裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。以下本条において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。但し、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。

第二百四十七条 公訴は、検察官がこれを行う。

第二百四十八条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

第二百五十六条 公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。

○2 起訴状には、左の事項を記載しなければならない。

一 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項

二 公訴事実

三 罪名

刑事訴訟規則

(明らかに逮捕の必要がない場合)

第百四十三条の三 逮捕状の請求を受けた裁判官は、逮捕の理由があると認める場合においても、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない。

検察庁法

第四条 検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。

民法

(不法行為による損害賠償)

第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。