新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1557、2014/10/29 12:00

【民事及び刑事事件、学校側の安全配慮義務、最高裁昭和50年2月25日判決、広島地裁平成19年5月24日判決、東京高裁平成14年1月31日判決】  

学校内でのいじめへの対応(被害者側)


質問:私には,私立の中高一貫校に在学している,中学3年生の息子がいます。苦労して入った名門校なのですが,息子は先月から学校に登校していません。息子から話を聞くと,どうやら,学校内で,同じクラスの特定の生徒からいじめにあっている様なのです。私は気がつかなかったのですが,ときどき殴られたり,小遣いとして息子にあげていたお金を取られたりしていた,と息子は言います。驚いた私は,担任の教諭に話をしてみたのですが,「もし事実であれば,注意してみます。」と言うばかりです。せっかく中高一貫校に苦労して入ったこともあって,息子も復学を希望しています。なんとか状況を改善した上で復学したいのですが,どうすれば良いでしょうか。



回答:

1、「いじめ」といっても,事案によってその程度や内容はさまざまです。教育の現場においては、子供が「いじめられている。」と感じれば、直ちにいじめがあったとして対応する必要があります。しかし、更に法律的な対応を取る場合は、具体的な事実としてどのような行為があったのか確認し、その上でどのような法的対応ができるのか、検討しておく必要がります。
 本件では,殴られ,お金を取られたりしているようですから,その場合,殴るという行為について暴行罪ないし傷害罪,お金を取るという行為について窃盗罪ないし恐喝罪が成立する可能性がありますし,その他,強要罪や名誉棄損罪,侮辱罪等が成立することも考えられます。
 また,上記は刑法違反,すなわち刑事処分の対象となるかどうか,という観点によるものですが,本件のような行為は同時に民法上の「不法行為」にも該当し得るものです。

2、刑法違反がある場合には,警察に被害届を提出するか告訴をすれば,刑事事件として取り扱われることになります。一方,民法上は,上記不法行為に基づく損害賠償請求を加害生徒の保護者に対してすることができますし,また学校に対して,いじめを防止することができなかった,という安全配慮義務に反していることを根拠として,損害賠償請求をすることも考えられるところです。

3、もっとも,本件のように,状況の改善と復学を希望されている場合には,いきなり被害届を出したり,加害生徒(その保護者)や学校に対して金銭的な請求を行うよりも,学校に適切な指導,環境の調整を申し入れる方がご意向に沿った解決が期待できる可能性が高いといえます。
 具体的には,いじめ問題への学校側の義務を示している裁判例がありますから,裁判例を参考にしながら,事案に即した調査と指導を文書等正式な形で学校側に求めることになります。
 申し入れ後,状況の改善が無い場合には,当然加害児童(その保護者)や学校に対して訴訟等により上記責任を追及することを念頭に置いた申し入れが必要ですから,学校に対する申し入れ前の段階から訴訟に対応できる弁護士を代理人として行動することをおすすめいたします。

4、いじめ関連事例集1044番871番54番参照。安全配慮義務違反に関し、1433番1365番1290番1053番1035番1014番936番871番730番588番567番548番参照。 
尚、本事例集は事務所事例集54番を修正追加したものです。

解説:

1 「いじめ」の法的な評価

(1)漠然と「いじめられている」というだけでは,法的な請求(最終的に裁判所が介入しうる法的請求)の根拠とはなりませんから,@いつ,Aどこで,B誰から,Cどのような行為を受けたか,をできる限り特定する必要があります。

(2)本件では,@ときどき,A学校内で,Bクラスメイトから,C殴られたり,お金を取られたりしている,ということですが,@「ときどき」とは具体的にいつのことなのか,何月から始まって,週にどれくらいの頻度だったのか,A学校内とは具体的にどこなのか,教室の中なのか,裏庭なのか,等についてご子息からできる限り詳しく話を聞き,事前に問題となる行為を特定しておくことが必要であるといえます。

(3)本件における加害行為,すなわち殴られたこととお金をとられたこと,は,それぞれ刑事上,民事上の責任追及が可能な行為です。
  まず,刑事上の責任ですが,殴るという行為は,少なくとも暴行罪(刑法208条),怪我をしているようであれば傷害罪(刑法204条)を構成する行為です。また,お金を盗るという行為は,ご子息に無断で盗んでいるのであれば窃盗罪(刑法235条),暴力等を背景に脅し取ったのであれば恐喝罪(刑法249条)を構成するものですし,「殴ってお金を強奪する」ということであれば強盗罪も考えられるところです。これらの罪のいずれに該当するか,という点はかなり微妙なところですから,詳細に行為態様を聞き取ることが必要です。
  次に,民事上の責任ですが,殴るという行為,お金をとるという行為はいずれも不法行為(民法709条)における権利侵害行為(加害行為)にあたります。

(4)以下では,以上を前提として具体的に加害児童,加害児童の保護者,学校が負うべき責任と,採りうる対応をご説明します。

2 加害児童及びその保護者の法的責任

(1)刑事上の責任

   加害児童はご子息と同じ中学3年生ということですから,14歳以上であると考えられます。その場合,刑事責任能力があると評価されます(刑法41条)。もっとも,未成年者ですから,通常の刑事手続ではない少年法規定の手続により,刑事処分ではなく「保護処分」が検討されることになります。

   この「保護処分」は家庭裁判所が調査し,審判(成人の刑事手続にいう公判,裁判にあたるもの)において判断するもので,処分には@少年院への送致,A保護観察,B児童自立支援施設または児童養護施設送致の3種類があります(少年法24条)。また,これら以外にも,保護処分に値しないということで「不処分」や,審判する必要がない「審判不開始」(成人の刑事手続における不起訴に該当するもの)という判断がなされることになります。

   これらの処分(または不処分)の判断は,要保護性,すなわち矯正教育を通じて非行の危険性を除去する可能性があるか,保護処分による保護がもっとも適切・有効な対応であるかという観点からなされるもので,具体的には,加害少年の生活環境(保護者等),資質,再非行の可能性の有無等から判断されることになります。

   この判断については,被害児童としてご子息やあなたが関与することは基本的にできません。処分結果も通常は報告されることはありません。

   また,上記の通りあくまで少年事件における保護処分は加害児童の矯正可能性(要保護性)という観点によって判断されるものですから,「被害者」として加害児童を許しているかどうか等,いわゆる被害感情の有無も成人の事件ほど影響を与えるものではありません。

(2)民事上の責任

  ア 次に,民事上の責任ですが,加害児童本人の民事上の責任と,その保護者の責任に区別して検討することができます。

  イ まず,本件加害児童本人の民事上の責任,すなわち不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)について問題となるのは,未成年者が民事上の責任を負いうるか,という点です。この点については,「責任能力」の有無が問題となります。「責任能力」とは,「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能」(民法712条)を指します。本件では「自らの加害行為が不法行為責任を生じさせ得ることを判断できる能力」ということになります。

   この「責任能力」は個別の事案ごとに判断されることになりますが,おおむね12歳以上については「責任能力」が認められる傾向にありますから,本件の加害児童にも「責任能力」が認められる可能性は高いといえます。

  ウ 加害児童本人に「責任能力」が認められ,不法行為に基づく損害賠償責任を追及できる場合に,加害児童の保護者に対して同じように不法行為に基づく損害賠償責任を追及できるかどうかが問題です。

   この点,民法上は,加害者に「責任能力」がない(「責任無能力者」といいます。),と判断された場合に,保護者等の監督者に責任を問いうるとする規定があります(民法714条)が,「責任能力」がある未成年の保護者の不法行為責任を直接認めた規定はありません。

   しかし,「未成年者が責任能力を有する場合であつても,監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によつて生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは,監督義務者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立する。」と判断した判例があります(最判昭和49年3月22日民集第28巻2号347頁)。

   この判例はすなわち,未成年者の監督・教育を監督義務者である保護者が怠っていたことから未成年者が加害行為に至ったと評価できる場合については,保護者に対して不法行為責任を追及することができる,ということを意味します。

   本件では,加害児童の保護者の監督や教育が不十分であったからこそ,本件の「いじめ」に至った,という構成で責任追及をすることになるでしょう。

   実際,中学3年生の加害児童本人が損害賠償責任を負ったとしても,当然支払う能力に欠けると考えられますから,実際は保護者に対する請求を行うのが通常です。

(3)以上,本件においては,@加害児童に対しては,刑事上の責任を追及して保護処分の対象とすること,そして民事上の責任を追及して損害賠償請求をすることができ得る,またAその保護者に対しては,民事上の責任を追及して損害賠償を請求することができ得る,という状況にあります。

3 学校の法的責任

(1)次に,学校が負いうる法的責任ですが,一般的に学校にはそこに通う生徒に対して「安全配慮義務」を負う,と解されています。この「安全配慮義務」とは,「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務」(下記参考判例@)のことで,この安全配慮義務により,「学校は,在学契約に基づいて学校に通う生徒の生命・身体の安全を守る義務」が課せられているのです。

  したがって,学校に通う学校側の過失(安全配慮義務違反)により,いじめを受け,その結果心身を害した場合には,その責任を学校側に問うことができる,ということになります。
  この責任は民事上の責任,すなわち損害賠償請求ということになります。

(2)なお,学校側の責任追及として,不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求も考えられるところですが,その内容としては上記安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求と同じです(時効期間が異なりますが,本件のような現在発生しているいじめのケースではあまり影響がありません)。

  いずれにしても,いじめの発生とそれによる被害,それらに対する学校の過失がその要件となります(この点については下記で詳述します)。

4 具体的な対応とその際の問題点

  以上,本件のような学校内のいじめについて,法律上の責任追及の構成についてご説明いたしましたが,続いて各責任追及に関して,具体的な対応とその際の問題点をご説明します。

(1)加害児童に対する刑事責任追及

  ア 加害児童に対して刑事責任を追及する場合,捜査機関である警察に本件を申告することになります。本件で問題となりうる暴行罪,傷害罪,恐喝罪等は親告罪では無いので,告訴,被害届のいずれであっても捜査の端緒となるのですが,できる限り告訴による申告が望ましいところです。これは,学校内,生徒同士の間での犯罪ということになると,実務上捜査機関が積極的に捜査することがないため,正式に告訴をして,被害者の「処罰意思」を強く示すことが必要となるためです。

   同様の理由で,口頭による告訴ではなく書面,いわゆる告訴状の提出による告訴によるべきです。

  イ 告訴状には,上記の通りいじめの詳細,すなわち@いつ,Aどこで,B誰から,Cどのような行為を受けたか,をできる限り特定して記載する必要があります。

   加えて,それらを支える証拠を添付することになります。証拠には,事案によってさまざまなものがありますが,たとえば,殴られた際に負った怪我の診断書や,お金をとられた際のやり取りの録音等,客観的なものが望ましいところです。

   ただし,告訴状を作成し,証拠を揃えた場合でも,捜査機関が告訴を受理しないことも十分に考えられるところです。本来は,捜査機関は告訴を受理する義務があるのですが(犯罪捜査規範63条),学校内に警察が介入することを警察は避けたがる傾向にありますので,粘り強い交渉が求められるところです。

  ウ 刑事責任を追及する際の問題点としては,@証拠の収集が容易ではない,A上記の通り,被害児童として判断に関与することができないため,自らの意向とは異なる判断がなされる可能性がある,B捜査後,処分の判断等がなされるまで相当程度の時間がかかる,ということが考えられます。

   特に,B捜査には相当程度の時間がかかるため,すぐに自体が改善する可能性は高いとはいえません。

(2)加害児童もしくは保護者に対する民事責任追及

  ア 次に民事責任の追及ですが,保護者に対する責任追及は,単に「いじめ」という加害行為があって,その結果怪我をする,お金を取られる,といった被害が生じた,ということを証明するだけでは足りません。    上記裁判例の通り,「監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係」が必要です。

   これは,「育て方が悪かったから」という曖昧な関係では足りず,適切な監督(教育)を行っていなかったからこそ,本件のいじめによる被害が生じた,と評価できる必要があります。

   したがって,少なくとも加害児童の保護者が,事前にいじめの事実(若しくはそれに類するような加害児童の性向)を認識しながら,何の対応もしていない等の事実を立証することが求められます。

   なお,加害児童に対する請求は,保護者に対する請求よりも立証は容易(いじめの事実とそれによる被害だけで足りる)ですが,上記の通り,そもそも中学3年生は損害賠償金を支払うことができない,という問題があります。

  イ 具体的な方法としては,まずは訴訟外で保護者に請求をして,その反応によって訴訟に移行することになります。訴訟外での交渉でまとまるのであれば比較的短期間での解決が可能ですが,訴訟に移行した場合,事案によっては判決まで1年以上の長期間に亘ることが十分にあり得るため,その点も注意が必要です。

  ウ また,そもそも民事責任の追及は「損害賠償請求」ですから,金銭の請求ということになります。そのため,本件のように学校の環境を改善することを第一の目的とする場合には,直接的な効果が必ずしも期待できる訳ではありません。

(3)学校に対する民事責任追及

  ア 学校に対する民事責任追及においても,上記保護者に対する民事責任追及と同じ,立証の問題があります。いじめの事実とそれによる被害に加えて,学校側に安全配慮義務違反(過失)があったことを主張・立証しなければならないからです。

  具体的には,学校側が被害児童,加害児童の様子や,本件のような被害児童の保護者からの申し入れによりいじめを認識していた(あるいはすることができた)にもかかわらず何の対応も取らなかったこと等を主張・立証していくことになります。この点については,下記参考裁判例が参考となります。やはり,事前にいじめを防止できることができたか,有効な指導ができていたか,が問題とされています。

  イ そして,学校に対する民事責任追及でも,上記保護者に対するものと同様に,金銭請求によって問題の根本が改善するか,という問題は生じることになります。

(4)復学に向けてとるべき対応

  ア 以上を踏まえて,本件のように「復学」を第一目的にするのであれば,いきなり刑事責任,民事責任を追及するのではなく,学校との間で,訴訟外の再登校に向けた交渉を行うことをお勧めします。

   交渉の内容としては,大きく分けて@いじめについての調査と実態の解明,A加害児童(及びその保護者)への指導,B被害児童(ご子息)のケア,ということになります。この交渉の内容についても,下記参考裁判例が参考となります。これらの参考裁判例は,学校の義務違反を認めたものですから,すなわちこの判示事項は学校の義務を判断したものであると評価できるからです。

  イ なお,当然上記の刑事責任追及,民事責任追及がこの申し入れ・交渉によってできなくなるわけではありません。むしろ,この申し入れに対する学校の対応や,調査によって明らかになった事実も,刑事責任,民事責任を追及する上で重要な証拠となり得るものです。

   したがって,いずれにしても復学を第一目的にするのであれば,まずは学校と復学に向けた環境を整えるための交渉をするべきだ,ということになります。

5 まとめ

  以上の通り,本件については,まず学校側に正式にいじめの事実を報告し,詳細な調査と指導(対策)を申し入れた上で,その結果に応じ、学校側の対応が不十分であり今後も適切な対応がなされないと判断される場合は、民事上,刑事上の責任を追及するかどうかについて柔軟に判断することが必要です。

  学校側との交渉についても,裁判例の判断を背景とした主張が要求されますし,代理人による正式な申し入れの方が学校に対する圧力は大きいといえます。学校への申し入れの段階から弁護士にご相談して進めて行くことをお勧めします。

【参照条文】
民法
(不法行為による損害賠償)
709条
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」
(責任能力)
712条
「未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。」
(責任無能力者の監督義務者等の責任)
714条
「前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2  監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。」

刑法
(傷害)
204条
「人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」
(暴行)
208条
「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」
(窃盗)
235条
「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」
(恐喝)
249条
「人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2  前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。」

【参考裁判例】
@最高裁昭和50年2月25日判決 最高裁判所民事判例集29巻2号143頁(抜粋)
「国は,公務員に対し,国が公務遂行のために設置すべき場所,施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて,公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきである。(中略)けだし,右のような安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」

A東京地判平成3年3月27日 判時1378号26頁(抜粋)
「ところで、このようにして成立した公立学校における学校教育関係においては、当該学校設置者は、心身の発達過程にある多数の生徒を集団的にその包括的かつ継続的な支配監督下に置き、その支配し管理する学校の施設や設備において所定の教育計画に従って教育を施すのであるから、このような特別の法律関係に入った者に対する支配管理者的立場にある者の義務として、当然にそれより生じる一切の危険から生徒を保護すべき責任を負うものというべきである。
 公立学校設置者が負うこのような安全保持義務は、単に学校教育の場自体においてのみならず、これと密接に関連する生活場面において他の生徒からもたらされる生命、身体等への危険にも及ぶものであって、このような場合、教諭その他の学校教育の任に当たる者としては、その職務として、生徒の心身の発達状態に応じ、具体的な状況下で、生徒の行為として通常予想される範囲内において、加害生徒に対する指導、監督義務を尽くして加害行為を防止するとともに、生命、身体等への危険から被害生徒の安全を確保して被害発生を防止し、いわゆる学校事故の発生を防止すべき注意義務がある。」
「それ故、安全保持義務違背の有無の判断は、教育専門職としての教師等の専門的・技術的な判断として合理的な基礎を持つものであったかどうかを基準としてなされるべきであって、いたずらに回顧的な観点から思い当たる事実を集積して、結果責任を問うに等しいことになってはならない。」

B東京高裁平成14年1月31日判決 判例タイムス1084号103頁(抜粋)
「三 控訴人町の責任
(1)丙田教諭の過失(安全配慮義務違反)
ア 公立中学校における教員には,学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係における生徒の安全の確保に配慮すべき義務があり,特に,生徒の生命,身体,精神,財産等に大きな悪影響ないし危害が及ぶおそれがあるようなときには,そのような悪影響ないし危害の現実化を未然に防止するため,その事態に応じた適切な措置を講じる一般的な義務がある(なお,この義務は,契約関係に伴って認められるものではなく,教員の職務上の義務として認められるものである。)。
イ 前記のとおり,亡一郎は,乙原中学転入当時,被控訴人花子から,転校前の学校で多少いじめられていたとの申告があったことから,「生徒指導上配慮を要する生徒」として,全職員に報告されていた。
 そして,丙田教諭は,転入直後の四月の音楽の授業において,亡一郎と控訴人戊海がトラブルを起こしたことを音楽担当教諭から連絡を受けて知り,そのころ二年三組においても同様のことがあったため,控訴人戊海に対しては転入生と仲良くするように,亡一郎に対しては手を出す前に丙田教諭に教えるように指導し,次いで,ラブレター事件について,控訴人丁川に人の気持ちを傷つける行為をしないように注意し,また,控訴人丁原と亡一郎が小競り合いをしていたのを目撃して,放課後,双方から事情を聞いて注意した。また,丙田教諭は,五月三〇日には,被控訴人花子から,亡一郎の英語のノートに落書きがされていることについての連絡を受け,これに基づき調査して,亡一郎の机の上にいたずら書きがしてあったのを発見し,いたずら書きをした生徒に亡一郎に謝罪させるなどし,その後も,一審被告丙川と亡一郎とが教科書を投げ捨て合うなどのけんかをした件,控訴人戊海と亡一郎とがそれぞれの写真に画びょうを刺した件,控訴人甲田と亡一郎とがつかみ合ってけんかをした件について,いずれもその都度双方から事情を聞き,注意したほか,亡一郎が控訴人丙川から美術室の後片づけを指示された際に異常に興奮していた件について,美術担当の甲原教諭から報告を受けた。
 その上,丙田教諭は,控訴人生徒らによる本件いじめ行為に関するものについても,控訴人丁川が亡一郎の机を持ち出し,教科書を窓から外へ投げ出したこと(前記二(2)ア〔1〕。控訴人丁川に注意した。),控訴人戊海が亡一郎の机等を廊下に蹴り出したこと(同〔1〕。控訴人戊海に注意し,亡一郎と仲良くするように言って握手させた。),亡一郎の教科書が隠されたこと(同〔3〕),控訴人戊海が亡一郎の教科書を窓から投げ捨てたこと(同〔4〕。控訴人戊海に注意し,仲直りのため亡一郎と握手させた。),控訴人戊原らが黒板消しで亡一郎の机等にチョークの粉を付けたこと(同〔5〕。亡一郎と控訴人戊原に注意したほか,二年三組の生徒に注意し,亡一郎とともに机等を拭くなどした。
),控訴人甲川がじゃんけんゲームで亡一郎の頬に青あざを付けたこと(同〔8〕。控訴人甲川の担任の丙野教諭に報告した後,控訴人甲川に注意し,亡一郎が帰宅する前に被控訴人花子に電話連絡した。),控訴人乙山らが亡一郎の教科書をゴミ箱に捨てたのに対し,亡一郎が控訴人乙山を殴ったこと(同〔4〕。亡一郎と控訴人乙山の双方に注意した。),控訴人戊田が亡一郎の鞄を持ち去ったこと(同〔9〕。亡一郎から申し出を受け,亡一郎に対してもう一度見てから来るように指示し,亡一郎から事後の状況を聞いた。),控訴人戊原らが亡一郎の机,教科書等にマーガリンを付けるなどのマーガリン事件(直ちに二年三組生徒らに注意し,アンケート調査を実施し,名乗り出た控訴人戊原らに昼休みに注意し,控訴人戊原らと亡一郎に相互に謝罪させた。)の各いじめ行為がされたことを,各行為直後に把握,認識し,その都度かっこ書き記載の指導をしていた。
ウ イの事実によれば,丙田教諭は,亡一郎が転校生でいじめの対象になる可能性があることを予め承知していた上,現にその後,亡一郎をめぐるトラブルが継続的に多発していたことを把握,認識していたもので,その中には本件いじめ行為のようにいじめと認識すべきものが少なからず存在しており,かつ,トラブルが発生した都度注意,指導したにもかかわらず,その後もいじめを含むトラブルが絶えなかったのであるから,その個々のトラブルについてその都度注意をしただけでは生徒に対する指導として十分なものであったといえないことが明らかであり,元々いじめの対象になりやすい生徒である亡一郎が現に複数の生徒からいじめられているものと認識して対応すべきであったというべきであるが,丙田教諭においては,その把握していた本件いじめ行為についてもいじめと認識せず,単に生徒対生徒のその都度の個別的なトラブルであるとしか認識していなかったものである。
 しかも,平成六年当時には既に,いじめに関する報道,通達等によって,いたずら,悪ふざけと称して行われている学校内における生徒同士のやりとりを原因として小中学生が自殺するに至った事件が続発していることが相当程度周知されていたのであるから,既に少なからざるトラブル,いじめを把握していた担任教諭としては,中学生が時としていじめなどを契機として自殺等の衝動的な行動を起こすおそれがあり,亡一郎に関するトラブル,いじめが継続した場合には,亡一郎の精神的,肉体的負担が累積,増加し,亡一郎に対する重大な傷害,亡一郎の不登校等のほか,場合によっては本件自殺のような重大な結果を招くおそれがあることについて予見すべきであり,前記イの状況を把握していた本件においては,これを予見することが可能であったというべきである。
 したがって,担任教諭としては,トラブルが発生した都度,当該トラブルに関与した者を呼び,事情を聞き,注意するという従前の指導教育方法のみではその後のトラブルの発生を防止できないことを認識し,亡一郎及び本件いじめ行為に関与していた控訴人生徒らに対する継続的な行動観察,指導をし,被害生徒及び加害生徒の家庭との連絡を密にし,さらには,学校全体に対しても組織的対応を求めることを含めた指導監督措置をとるべきであったというべきである。具体的に考えられる方策としては,〔1〕日常の学校生活において二年三組生徒ら及び亡一郎の生活状況を把握するために休み時間等における見回りを強化すること,〔2〕個々のトラブルの解決のみならず,亡一郎と相手側生徒らとの間の交友関係修復にも配慮しつつ事情聴取等を十分に行うこと,〔3〕教職員の目を避けて発生するトラブルに対処するために,個別的なトラブルに関与していない生徒らからも事情を聞くなどしてトラブルの実態を的確に把握することなどによって,亡一郎に対する控訴人生徒らによる本件いじめ行為が継続的に行われていることを的確に把握し,控訴人生徒らに対し,亡一郎に対する本件いじめ行為は,いたずらやちょっかい,悪ふざけ等に名を借りた悪質で見過ごし難いいじめ行為であり,他の生徒らのいたずらやちょっかい等とも併せて,時として重大な結果が生じるおそれがあることを認識,理解させ,直ちにやめるように厳重に指導を継続し,個々の生徒らに対する指導や学年集会,クラスにおける学級活動等を通じて全校生徒に周知徹底すること,〔4〕亡一郎に対しても,女子生徒らに対するちょっかい等が亡一郎に対するいたずらやトラブルを招来し得ることを理解させるために継続的に面談等の機会を持ち,亡一郎及びトラブルを起こした生徒のその後の様子及び指導の効果が現れているかについて注意深く観察し,その後もトラブルや小競り合いが継続している場合には,相手側生徒の保護者とも面談するなどして問題点を指摘し,学校側が厳重に指導する方針であることを伝えるとともに,家庭においても指導をするように申入れること,〔5〕被控訴人らにも亡一郎の学校における様子や改善すべき点について率直に伝え,家庭における指導を依頼すること,〔6〕個々のトラブルについて,学年主任,教頭,齋藤校長らに報告し,指示を仰いだり,複数の教諭と情報交換をしつつ共同で指導するなどの対応策を学年会等で検討すること,〔7〕担任教諭,他の教職員に対して,気軽に相談できる機会や窓口を設けること,〔8〕被控訴人らに家庭における亡一郎の言動の観察を依頼するなど,より強力な指導監督を継続的,組織的に講じることが考えられた。
 しかし,丙田教諭は,前記のとおり続発するトラブル,いじめを個別的,偶発的でお互い様のような面があるとのみとらえ,その都度,双方に謝罪させたり握手させたりすることによって仲直りすることができ,十分な指導を尽くしたものと軽信したために,より強力な指導監督措置を講じることを怠り,本件自殺という重大な事故の発生を阻止できなかったものと認められる。なお,前記のより強力な指導監督措置のすべてが講じられなければ安全配慮義務を尽くしたといえないものではないことは明らかであるが,丙田教諭は,いじめ行為が継続的に行われていることを前提としては何らの継続的指導監督措置を講じないまま本件いじめ行為の継続を阻止できず,本件自殺に至ったのであるから,亡一郎に対する安全配慮義務を怠ったと認めるべきことは明らかである。また,マーガリン事件は,極めて悪質,陰湿ないじめ行為であり,これにより亡一郎が多大な精神的打撃を受けたもので,丙田教諭においてもこのことを当然に了知していたと認められる(約一週間前には亡一郎の目の下に大きなくまができており,前日には非常に興奮した状態になり,マーガリン事件後には元気がなさそうであったというのであるから,担任教諭としては亡一郎のこのような状態を把握していたか,把握すべきであった。)のにかかわらず,丙田教諭は,マーガリン事件を被控訴人らに報告しなかったが,従前は必要に応じて亡一郎の帰宅前に家庭への連絡をしていたのであるから,このことも家庭への連絡措置を怠ったものとして,安全配慮義務違反を構成するものと認められる。
 なお,前記のとおり乙原中学においては,亡一郎を「生徒指導上配慮を要する生徒」としながら,丙田教諭が把握していた多数のトラブル,いじめの事実ですら,本件自殺後に至るまで丙原校長らにおいて報告を受けておらず,同校長らにおいて報告を求めることもせず,その後乙原中学全体としての具体的な施策を全く行わなかったことからすると,乙原中学は,学校内における生徒らの言動について教職員が的確かつ十分に把握し,把握した事実関係,実施した教育的指導等を学年会等を通じて丙原校長らに報告し,学校全体として生徒らに関する言動の実態を把握し,丙田教諭による指導内容を検討して,前記したより強力な指導を行うというような本来あるべき学校としての体制が欠けていたことがうかがわれる。
エ そして,丙田教諭において本件いじめ行為が複数回にわたり行われ,これに対するその都度の注意,指導が功を奏しなかった段階で,前記の継続的指導監督措置を講じていれば,その後の本件いじめ行為の続発を阻止することができ,亡一郎において本件自殺に至らなかったであろうといえるから,丙田教諭の安全配慮義務違反と本件自殺との間には因果関係(相当因果関係)がある(丙田教諭において自殺の予見可能性があったことは,前記認定説示のとおりである。)。 
オ したがって,控訴人町は,その公務員である教員に生徒に対する安全配慮義務違反があったものとして,国家賠償法一条一項により,本件自殺によって亡一郎及び被控訴人らが被った後記損害を賠償する責任がある。」

C広島地裁平成19年5月24日判決 判例タイムズ1248号271頁(抜粋)
「4 争点(3)(教師等の違法行為の成否)について
(1)公立中学校の教師は,学校内において,生徒の心身に対しいじめ等の違法な侵害が加えられないよう適切な配慮をする注意義務,すなわち,日頃から生徒の動静を観察し,暴力行為やいじめ等がないかを注意深く見極め,その存在がうかがわれる場合には,関係生徒や保護者らから事情聴取するなどしてその実態を調査し,表面的な判定で一過性のものと決めつけずに,実態に応じた適切な防止措置を講じる義務を負うものと解せられ,この義務に違反する行為は国家賠償法1条1項の違法行為に該当し,当該学校を管理する地方公共団体は,同条項に基づき,損害賠償責任を負う。また,当該学校の教師の給与を負担する地方公共団体も,同法3条1項に基づき,損害賠償責任を負う。
 上記の点を以下本件について判断する。
(2)上記1に認定のとおり,本件各不法行為は,中学2年生の5月ころから,中学3年生の6月ころまで継続的に行われており,しかも教室前の廊下,職員室の外のテラス等,教師の目の届き得る場所で行われていたこと,被告生徒らは,本件各不法行為を教師の目を盗んで行っていたわけではなく,教師が横を通っても首絞め行為等を行っていたこと(現に林田教諭は,被告生徒らの上記行為を現認し,注意している。)からすれば,当時の担任であった春野教諭をはじめ,他のA中の教師らは,遅くとも中学2年時の夏休みが始まる前の平成13年7月ころには,被告生徒ら(被告戊川を除く。)の原告太郎に対する本件各不法行為を認識していたか,少なくともこれを認識することが可能であったといえる。
 また,春野教諭は,平成13年5月ころ,被告丁木が原告太郎の手のひらにシャープペンシルを刺してしまった事件を原告花子から聞き,被告丁木及び秋山が原告太郎の文房具を奪って損壊していたことを認識したことが認められるところ,このような文房具の損壊は,いじめの存在を疑わせるに足りる十分な端緒であったといえる。
 さらに,原告太郎は,中学2年生になってから,遅刻が多くなったこと,春野教諭は保護者面談の際,原告一郎から,原告太郎の遅刻が増えた原因について,学校で何かあったのか,注意して見て欲しい旨告げられていたこと(証人春野)が認められる。このように,生徒に遅刻が急に増えた場合,教師としてはその生徒に何か起きたと考えるべきであり,いじめもその原因の一つとして考えるべきであったといえる。
 以上の点を総合すると,A中の教師,少なくとも担任であった春野教諭は,遅くとも平成13年7月ころには,被告生徒ら(被告戊川を除く。)が原告太郎に対して本件各不法行為(ただし,同月ころまでになされていたいじめ行為)を行っていることを認識し得たといえる。とすれば,春野教諭は,遅くとも同月ころには,被告生徒ら(被告戊川を除く。)や原告太郎のほか他の同級生から事情を聴取して,事実関係を調査し,被告生徒ら(被告戊川を除く。)に厳しく指導したり,その保護者らに連絡して教育・監督を促すなどの適切な防止措置を講じるべきであった。
 ところが,春野教諭は,被告生徒らと原告太郎が友達の関係にあると思い,しかも友達の関係の場合はいじめ行為は存在しないものと思い込み,被告生徒らのした本件各不法行為をじゃれ合い程度のものと捉え,そこに暴力行為や嫌がらせ行為などのいじめが存在しないかを注意深く観察することなく,漫然と事態を傍観していたのである。そのため,春野教諭が,教員同士や,教員と生徒,教員と保護者との間で報告や連絡,相談などをしたり,被告生徒らやその保護者に対していじめ行為をしないように注意したり,原告太郎から個別に事情を聴いたりするなどの指導監督を行うことはなかったのであり,この点で,春野教諭は,上記の中学校教師としてなすべき義務を怠った過失があり,この不作為は,国家賠償法1条1項にいう違法行為に当たるというべきである。そして,春野教諭が,上記の措置を講じていたならば,本件各不法行為は遅くとも平成13年7月ころには学校や保護者らに発覚し,そのため,被告生徒らがそれ以降の本件各不法行為に及ばなかった可能性は高いものと推認される。
 そうすると,被告市は,国家賠償法1条1項に基づき,本件各不法行為による原告らの損害について賠償責任を負うといえる。
 また,被告県は,春野教諭の給与を負担するものとして,国家賠償法3条1項に基づき,同じく本件各不法行為による原告らの損害について賠償責任を負うといえる。
(3)被告市及び被告県は,春野教諭は,文房具を奪ったり,損壊することについては子供同士の戯れ程度のことと認識していたし,首絞め行為や小石を投げ付ける行為等については目撃しておらず,したがって,春野教諭には,適切ないじめ防止措置を講じる義務はなかったと主張する。そして,春野教諭も,原告太郎と被告生徒らが追いかけっこしたり,じゃれ合っているのを見たことはあるが,それがじゃれ合いの範疇を超えたいじめ行為とは思っていなかったし,その他いじめ行為を目撃したことはない旨供述する。
 しかし,上記のとおり,ある生徒がある生徒の文房具を奪ってこれを損壊するというのはいじめの存在を疑わせるには十分な出来事であり,春野教諭は,被告丁木及び秋山の文房具損壊行為を認識しておきながら,いじめの存在を全く疑うことなく,これを子供同士の戯れ程度のことと認識し,その後の原告太郎の動向に何ら注意を払わなかったのであり,このことは,春野教諭のいじめ問題に対する配慮の足りなさを露呈したものといえる。また,春野教諭は,原告太郎と被告生徒らがじゃれ合っているところは見ていた旨供述しているところ,被告生徒らは,休憩時間中頻繁に,原告太郎に対して首絞め行為等の暴行を加えていたことからすれば,そのじゃれ合っている状況というのはまさしく首絞め行為等のいじめ行為であったことが推認される。とすれば,その状況を見ながらそれをじゃれ合い程度のものであり,およそいじめとは認識せず漫然と放置すること自体が,学校教師としての義務を怠ったものといえる。
 したがって,上記のような教師の姿勢について何ら疑問を抱かない被告市や被告県にも大きな問題があり,被告市及び被告県の上記主張は到底採用できない。」

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