公務員の懲戒処分における手続保障と具体的対応

刑事|行政処分|旭川地裁平成23年10月4日判決|東京高裁昭和32年10月1日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

質問:私は,県庁に勤務する公務員です。先日の夜,飲み会でお酒を飲み過ぎてしまい,公園の真ん中で立小便をしようとしてちょうどズボンを下ろし下半身を露出したところ,たまたま近くにいた若い女性に目撃され,警察に公然わいせつ罪で逮捕されてしまいました。

幸いにも勾留はされず釈放されたのですが,被害者の女性は,私が下半身を見せつけてきたと証言しているようでしたので,警察には最初からわいせつ目的で露出したと認めてしまいました。私はどのような刑事処罰を受けるのでしょうか。

逮捕された事実が,公務員の破廉恥な犯罪として新聞やテレビで事実を誇張して面白可笑しく報道されてしまい,現在勤務先からは自宅謹慎を命じられています。職場には,苦情が殺到しているようで,私には懲戒処分が科されると思います。確かに下半身を露出した状態でつい面白くなって女性に近づいてしまったのですが,最初からわいせつ目的で下半身を露出した分けではありません。懲戒処分がされる前に,警察に話した内容や報道されている内容が事実と異なることを県に主張したいのですが可能でしょうか。これまで地域のために真面目に仕事に打ち込んできましたし,定年まであとわずかですので,何とか免職だけは回避したいと思います。

回答:

1 公園の様な公共の場所で,女性に対して露出した下半身を見せつける行為は,公然わいせつ罪に該当する可能性が高いといえます。但し,下半身を露出していたとしても,特にわいせつな行為として行う認識が無かったのであれば,犯罪は成立しません。

2 女性に意図的に下半身を見せたのであれば,公然わいせつ罪が成立しますので,被害者の女性と示談をする必要があります。公然わいせつ罪は公益に対する犯罪ですが,初犯で,適切な示談を行えば,不起訴処分となり前科が残らない可能性が高いといえます。

3 公務員の方が懲戒処分を受ける場合,手続保障のための弁明の機会の付与を求めることができます。公務員の弁明の機会は法律上保障されたものではないため,自ら申し出ないと付与されない場合もありますので注意が必要です。

4 弁明の際は,犯罪の意図として当初から見せつける意思は無かったこと,報道内容が全て真実ではない事を詳細に説明する必要があります。

なお,真実を述べる限り,警察で供述してしまった内容と,勤務先に話す内容が食い違うことは問題ありません。警察と勤務先の事実認定は別個に行われるものであり,警察が捜査資料を県庁に提供することもありません。県庁は、県庁の権限の範囲内で事実関係を調査し、県庁として認定した事実関係に基づいて処分を下すことになります。

5 事件が報道されている場合,報道に流されて,当事者の言い分は聞き入れられず,必要以上に重い懲戒処分がされてしまう危険があります。自ら身を守り懲戒免職処分を回避するためには,弁明の機会の際にどのように対応したら良いか,懲戒処分対応に長けた弁護士に依頼し万全の対策を取る必要があるでしょう。

6 公務員の懲戒手続に関しては、事例集1255番等を参照下さい。

  公務員が退職する必要の無い罪名については、事例集1519番を参照下さい。

  事件報道を未然に防ぐための対応については、事例集930番等をご参照下さい。

  その他、関連事例集参照。

解説:

1 公然わいせつ罪の成否について

(1)公然わいせつ罪の構成要件

公園のような公共の場所で下半身(陰部)を露出した場合,公然わいせつ罪の成否が問題となります。刑法第174条では,「公然」と「わいせつな行為」をした者は,公然わいせつ罪に該当するとされています。

ここでいう「公然」とは,不特定又は多数の人が認識できる状態を意味します。現実に多数の人がその場で認識する必要はなく,不特定多数の人が通行する可能性のある場所でわいせつな行為に及んだ場合には,現実にその場所に人がいなくても公然性が認められます(東京高判昭和32年10月1日)。

「わいせつな行為」とは,性欲を刺激,興奮させる行為であり,普通人の性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反する行為を意味します(最判昭和32年3月13日)。いかなる行為が普通人の性的羞恥心を害する行為であるかについては議論が残されていますが,陰部を露出する行為がわいせつ行為に該当することには争いがありません。

(2)本件の場合

本件の場合,公園の真ん中でのできごとであるとのことですので,「公然」性は問題なく認められるでしょう。

しかし,立ち小便をしようとして露出したとのことですので,行為の「わいせつ」性又は故意の存否が問題になると考えられます。仮に全く性的な意図を伴わず,用を足す為だけに露出したのであれば,少なくともわいせつ行為に対する故意が認められず,犯罪は成立しません。

しかし,当初はわいせつ性の故意が無かったとしても,その状態で女性に近づいてしまったとすると,陰部が女性の目に入ることを認識した上で露出を続けたことになりますから,わいせつ性の故意が認められてしまう可能性が高いでしょう。

なお,仮にわいせつ性が認められなかったとしても,公園で立ち小便をする行為は軽犯罪法1条26号に違反します。また,性器を女性に殊更に近づけたとなると,強制わいせつ罪(刑法176条)に該当する可能性もあります。

今後どのような被疑罪名で処罰されるかについて,より詳細な事実関係を弁護士に説明した上で相談した方が良いでしょう。

2 刑事処分に対する弁護活動

(1)全て罪を認める場合

上述のとおり,本件では公然わいせつ罪が成立する可能性が高いため,処罰を軽減できるよう適切な弁護活動を行う必要があります。

その中でも最も重要なのが,陰部を目撃した被害女性と示談を成立させることです。

公然わいせつ罪は,健全な性秩序ないし性的風俗という社会全体の公益を保護する為に設けられている犯罪類型です。一方で,実際に当該行為によって性的羞恥心を害された特定の被害者が存在する場合,検察官が刑事処分を決定するに際しては,被害者の被害感情が大きな意味を持ちます。

特に本件では,わいせつ行為を目撃したのが女性一人のみであることからしても,当該女性と示談を成立させることは必須といえるでしょう。

本件のような単純な公然わいせつ事案の場合,初犯で示談が成立すれば,不起訴処分となり前科が付与されない可能性が非常に大きくなりますから,早急に示談の経験の豊富な弁護士に依頼して下さい。

その他,一般的な情状弁護として,本人の反省・謝罪文の作成,家族による監督の制約,露出癖の医学的治療の実施等も行う必要があります。

(2)わいせつ性の故意が無かったことの主張

本件では,「立ち小便をしようとして下半身を露出したのであって,わいせつ目的ではない」として,無罪を主張することが考えられます。一方で,下半身を露出した状態で女性に歩み寄ったという状況からすると,無罪となる可能性は小さいのが現状です。

そのため,無罪を主張する場合には,それにより示談が出来ない不利益等を念頭に置く必要があります。

なお,刑事上犯罪の成立を大筋で認めた場合でも,勤務先においてより詳細な主張を行うことは可能です,この点については以下で詳述します。

3 公務員の懲戒処分の際の弁明手続

(1)法律の規定

公務員が犯罪行為を行ってしまった場合,例え刑事上は不起訴処分となったとしても,勤務先において懲戒処分を受ける可能性があります。しかし,公務員が懲戒処分を受ける場合,基本的には,自分の犯した行為について弁明する機会の付与を請求することができます。

この点について,行政手続法においては,公務員の懲戒処分における手続が手続保障の対象外とされています(行政手続法3条1項9号)。この理由は,公務員は行政機関で働く者として監督を受ける立場にあることや,不服申立て等の処分後の手続保障が手厚いこと等が挙げられています。

(2)弁明の機会の必要性

しかし,本来全体の奉仕者として手厚い身分保障を受けるはずの公務員に対して,その身分をはく奪するような不利益処分を課す場合に何の手続保障も付与されないのは明らかに不合理であると考えられます。そもそも法定の手続の補償は憲法31条の要請でもあり,また,地方公務員法第27条では,「すべて職員の分限及び懲戒については、公正でなければならない。」と規定されています。

そのため,公務員に対して不利益処分を課す際にも,行政法上の手続保障の原則は当然に及び,行政手続法13条1項に類するような,聴聞又は弁明の機会の付与は必須であると考えられます。

実際に,行政手続法の適用がなくとも,独自に条例や通達で手続法と同様の手続保障を定めている自治体も存在します。

そして裁判例においては,例え独自の手続保障の条例や通達がなくとも,適正な手続を保証しなければ,懲戒処分が違法である旨を判示したものが多く存在します。

例えば,旭川地裁平成23年10月4日判決では,「地方公務員法27条1項が、地方公務員に対する懲戒処分の公正を定めていることに照らすと、懲戒処分の中でも、被処分者の地方公務員としての身分そのものに重大な不利益を及ぼす懲戒免職処分については、とりわけ処分の基礎となる事実の認定等について被処分者の実体上の権利の保護に欠けることのないよう、適正、公正な手続を履践することが要求されているというべきである。かかる観点からすると、懲戒免職処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす相当程度の可能性があるにもかかわらず、弁明の機会を与えなかった場合には、裁量権の逸脱があるものとして当該懲戒免職処分が違法となるというべきである。」と判示しています。

(3)実際の運用

実際には,処分の対象となった公務員の側から弁明の機会の付与を請求しない限り,適切な弁明の機会が付与されない場合が多く存在します。

懲戒処分の対象となってしまった場合は,弁明の機会を与えるよう,勤務先に対して強く要求する必要があります。この場合、弁護人が、代理人となり書面で理由を説明して要請すると弁明の機会は与えられることになるでしょう。県庁としても公平に手続きを行いたいと考えていますし、地方公共団体は各々独立しており(憲法92条乃至95条)職員の処分については独自の判断ができるので代理人の意見も交渉しやすい傾向にあります。この点、同じ公務員の国家公務員、教師なの地方公務員とは異なる面があります。住民の意見、反応も重要ですがこの点に配慮し県庁側と交渉、協議、手続きによる意見陳述は不可欠と言えるでしょう。

4 弁明手続における対応

それでは,実際に弁明の機会が付与された場合,どのような対応をしたら良いのでしょうか。実際の弁明の機会における発言の他,書面で主張を提出することも有効です。

具体的には,以下のような対策を取るとよいでしょう。

(1)処分基準の検討

まず,勤務先において懲戒処分の指針が定められている場合には,それを詳細に検討する必要があります。仮に勤務先が具体的な基準を定めていない場合は,人事院が発令している国家公務員に対する懲戒処分の指針や,近隣の自治体が定めている指針と比較して検討すべきです。

また,仮にあなたの勤務する自治体の処分基準が,他の自治体の定める処分基準に比べて著しく厳しい場合,平等原則違反として,基準に従った処分が違法とされる可能性もあります。例えば,公然わいせつ罪の場合,人事院の基準では「停職又は免職」とされていますが,大阪市の基準では「停職又は減給」といされています。基準には地域的な特性は認められる場合もあり,必ずしも異なる自治体間の比較が成立するものではありませんが,不平等な基準で処罰されないよう,慎重に調査検討する必要があるでしょう。

(2)事実関係の弁明の方法

事実関係について弁明をする場合,真実に沿った話をするのが何よりも重要です。あなたとしては,あくまで尿意をもよおしたために下半身を露出したのであり,露出した当初は,わいせつな意図が一切無かったことをきちんと説明する必要があります。

この点,刑事手続の場合は,捜査機関(捜査機関は職務上どうしても被害者の側から判断する傾向にあります。)によりどうしても被害者の発言の信用性が高いとされるため,被害者の発言と矛盾するような説明をし難い面が現状として存在します。しかし,行政手続の弁明の機会においては,基本的に事実認定は,報道発表されている内容と対象者自身の供述によって決まります。刑事上の捜査情報(対象者の供述調書等)が勤務先に流用されることはありません。

そのため,例え刑事上自分に不利な事実を認めてしまっていても,行政処分においてはきちんと真実に沿って自己に有利な供述をすることが大事です。

また,事件が報道されている場合,自治体は,市民からの苦情をおそれ,報道に流されて厳格な処分をする傾向があります。そのため,報道内容が事実と食い違う場合には,その点も強く主張する必要があります。

一方で,処分対象者自身による弁明は,単なる自己弁護として聞き流されてしまい,弁明の機会が形式的な作業になってしまう場合も多く存在します。可能であれば,弁護士等の第三者に,公平かつ客観的な観点から,事実関係の説明をしてもらうのが効果的です。

実際の弁明の機会に弁護士の同席が認められるか否かは,各自治体の対応によりますが,弁護士が担当者と面談し,事実上直接弁明をすることは可能です。これは意外な効果を及ぼす場合があります。

(3)有利な情状資料の提出

その他有利な情状を示す資料は,できる限り準備して提出する必要があります。被害者と示談が成立していれば当然示談合意書を提出すべきです。また,刑事事件における一般的な情状弁護活動の資料(通院治療の資料,反省文等)は,懲戒手続においても有利に考慮されます。

5 不服申立ての方法

なお,懲戒処分が発令されてしまった場合,あなたは,処分を知った日から60日以内に人事委員会又は公平委員会に対して審査請求をすることができます(地方公務員法49条の2,同法49条の3)。そして審査請求に対する裁決にも不服があれば,今度は裁判所に対して,処分の取消しの訴えを提起することになります(同法51条の2)。

審査請求の結果,あなたに科された懲戒処分が懲戒権者の裁量を逸脱・濫用した違法なものであると認められれば,懲戒処分の取消し又は軽減の裁決がなされます。一般に公務員に対する懲戒処分には,懲戒権者の広い裁量が認められていますが,非違行為に対する処分が余りにも過酷な場合,比例原則違反等の理由により裁量権の逸脱が認められる場合もあります。

審査請求においても,代理人を立てて有利な主張をしてもらうことは当然可能です。懲戒処分の際には,必ず処分理由の説明書が示されますから(同法49条),その理由を詳細に分析の上,審査請求に臨む必要があります。

一方で,審査請求の結果処分が違法であると認められる場合は決して多くはありません。やはり一次処分が為されてしまう前に,貴方に有利な証拠の収集等万全の対策を講じるべきでしょう。

6 まとめ

公務員の方が事件を起こしてしまった場合,まずは刑事事件を早急に不起訴処分とすることが最も重要です。その上で,適切な弁明の機会の付与を受け,刑事手続では主張できなかった詳細な事情を改めて主張することができます。

具体的な弁明の方法等については,同種事案の経験が豊富な弁護士にアドバイスを貰い,十分な準備をして対策を立てるべきでしょう。

以上です。

関連事例集

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参照条文

○刑法

(公然わいせつ)

第百七十四条 公然とわいせつな行為をした者は、六月以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

○地方自治法

(分限及び懲戒の基準)

第27条 すべて職員の分限及び懲戒については、公正でなければならない。

2 職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任され、若しくは免職されず、この法律又は条例で定める事由による場合でなければ、その意に反して、休職されず、又、条例で定める事由による場合でなければ、その意に反して降給されることがない。

3 職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、懲戒処分を受けることがない。

(不利益処分に関する説明書の交付)

第49条 任命権者は、職員に対し、懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を行う場合においては、その際、その職員に対し処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。

2 職員は、その意に反して不利益な処分を受けたと思うときは、任命権者に対し処分の事由を記載した説明書の交付を請求することができる。

3 前項の規定による請求を受けた任命権者は、その日から十五日以内に、同項の説明書を交付しなければならない。

4 第一項又は第二項の説明書には、当該処分につき、人事委員会又は公平委員会に対して不服申立てをすることができる旨及び不服申立期間を記載しなければならない。

(不服申立て)

第49条の2 前条第一項に規定する処分を受けた職員は、人事委員会又は公平委員会に対してのみ行政不服審査法 による不服申立て(審査請求又は異議申立て)をすることができる。

2 前条第一項に規定する処分を除くほか、職員に対する処分については、行政不服審査法 による不服申立てをすることができない。職員がした申請に対する不作為についても、同様とする。

3 第一項に規定する不服申立てについては、行政不服審査法第二章第一節 から第三節 までの規定を適用しない。

(不服申立期間)

第49条の3 前条第一項に規定する不服申立ては、処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六十日以内にしなければならず、処分があつた日の翌日から起算して一年を経過したときは、することができない。

(不服申立てと訴訟との関係)

第51条の2 第四十九条第一項に規定する処分であつて人事委員会又は公平委員会に対して審査請求又は異議申立てをすることができるものの取消しの訴えは、審査請求又は異議申立てに対する人事委員会又は公平委員会の裁決又は決定を経た後でなければ、提起することができない。

≪参照判例≫

(旭川地裁平成23年10月4日付判決判例地方自治361号16頁)

(5)さらに、原告は、憲法31条の適正手続が保障されていなかった本件処分は、違法又は無効である旨主張する。

被告条例である東神楽町行政手続条例3条3号は、職員又は職員であった者に対してその職務又は身分に関してされる処分につき、事前の告知・聴聞手続等を定めている同条例第3章を適用しない旨定めており(乙12)、また、地方公務員法及び同法29条4項に基づいて定められた被告条例である職員の懲戒の手続及び効果に関する条例(甲17)には、懲戒権者が懲戒処分をするに当たって、被処分者に対し、事前に告知・聴聞の手続をとるべきことを定めた規定は存在しない。

しかしながら、地方公務員法27条1項が、地方公務員に対する懲戒処分の公正を定めていることに照らすと、懲戒処分の中でも、被処分者の地方公務員としての身分そのものに重大な不利益を及ぼす懲戒免職処分については、とりわけ処分の基礎となる事実の認定等について被処分者の実体上の権利の保護に欠けることのないよう、適正、公正な手続を履践することが要求されているというべきである。かかる観点からすると、懲戒免職処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす相当程度の可能性があるにもかかわらず、弁明の機会を与えなかった場合には、裁量権の逸脱があるものとして当該懲戒免職処分が違法となるというべきである。