新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1539、2014/08/15 12:00 https://www.shinginza.com/chikan.htm

【刑事 迷惑防止条例と酩酊による記憶の喪失 東京高裁平成24年7月5日判決】

迷惑防止条例違反における酩酊否認

質問:警察から, 私の夫が昨晩,電車内の痴漢で逮捕されたとの連絡がありました。警察の方が言うには,夫は「酔っ払っていて覚えていない」と言っているようです。この後夫はどうなるのでしょうか。夫は今日も出勤しなければなりませんが,逮捕されているので,会社を休んでいる状態です。初めての経験ですので,非常に不安です。

回答:

1 電車内での痴漢ということになると,各都道府県で定められている迷惑防止条例違反か,強制わいせつ罪のいずれかが考えられます。いかなる罪で逮捕されているのかは今後の処分や弁護活動に影響しますから,まずはその確認をする必要があります。

2 「酔っ払っていて覚えていない」という主張ですが,そもそもその主張が「自分は無罪だ」という主張であるのか単に覚えていないのかを明らかにする必要があります。この点を明らかにせずに「覚えていない」という主張をしてしまうと,いわゆる「否認事件」すなわち否認しているとして身体拘束の期間も無意味に延びてしまうことになりますし,そもそも主張を信じてもらえないまま刑事処分を受けることになりかねません。記憶がないということは現在の心理状態を説明しただけであり、事件発生時において犯罪行為をしたのか、その様な犯意があったのかとは直接関係がありません。従って、被害者がいるのに罪を認めるかどうか明らかにしない状態ですから捜査機関としては否認する可能性がある以上証拠隠滅、逃走の可能性から釈放はしないでしょうし、勾留請求の手続(最長23日間家に帰れません。)きに移ることになるわけです。勾留質問でも裁判所は同様に考えるでしょう。結局、憶えていないというのは被疑者に取り不利益な言い訳ということになります。

3 このような事態を避けるためには,逮捕直後から弁護士と協議をして,自らの主張の法的に意味するところを知る必要があります。

4 その上で,自らの主張をしっかりと定める事が重要です。主張が定まれば,その主張にしたがって,弁護人は,一刻も早く身柄を解放し,刑事処分を軽減するための活動を行うことになります。

いずれにしても,経験のある弁護士にすぐにご相談された方が良い結果につながります。

5 事務所関連事例集1491番1467番1262番1142番1113番1026番1077番944番906番819番817番738番691番598番595番557番457番399番396番369番333番243番183番参照。


解説:

1 本件で問題となる罪について

  本件は,いわゆる電車内での痴漢,ということですが,その場合,該当し得る罪としては,各都道府県において定められている公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(迷惑防止条例)違反の罪か,強制わいせつ罪(刑法176条)が考えられるところです。

  両者は,法律(条例)の文言上は「暴行又は脅迫」の有無によって分かれるようですが,実際の運用は曖昧です。一般的には,下着の中に手を差し入れた場合には強制わいせつ罪,着衣の上からの接触にとどまる場合には迷惑防止条例違反,と考えられていますが,行為の態様が悪質であった場合など,着衣の上から触った場合でも強制わいせつ罪が適用されるケースもあるため,一概には決まりません。

  迷惑防止条例違反と強制わいせつ罪では,強制わいせつ罪の方が悪質であると評価され,その量刑も迷惑防止条例違反の罪よりも重くなるのが一般的です。例えば,東京都の迷惑防止条例違反の場合,6月以下の懲役または50万円以下の罰金であるのに対して,強制わいせつ罪は6月以上10年以下の懲役,と規定されています。強制わいせつ罪の場合,何の弁護活動もしなければ正式裁判に付されることになります。一方で,強制わいせつ罪は親告罪であるため,被害者から告訴が取り消されれば起訴できない,という点も違いとして挙げることができます。

  いずれにしても,上記の通り一概には決まらないため,どのような被疑事実(疑いをかけられている対象となっている行為事実)であるかを本人に良く確認して,法的評価をしていくことが必要です。なお、逮捕の段階では弁護人以外は面会できませんので、本人に確認するためには弁護人を選任するしかありません。担当の警察官に聞くことは可能ですが教えてくれるか否かは警察官次第ですし、仮に教えてもらえても被疑事実については詳細に教えてくれることは無く、罪名を教えてもらっても、後日罪状が変わることは予想できますから、やはり弁護人に本人と面接してもらい詳細に被疑事実について確認するのが一番良い方法です。

2 覚えていない,という主張の意味について

(1)一般的に,刑事処分の対象となる犯罪が成立するためには,行為(実行行為)だけではなく,その行為を認識していること(構成要件的故意)を要します。

  そのため,「酔っ払っていたために覚えていない」ということは,その行為の認識を欠いていた旨の主張となり,すなわち犯罪の成立自体を否定する,無罪の主張である,ということになります。

(2)一方で,例えば「酔っ払っていてその前後は覚えていないが,確かに触ったことはある」という場合や,「あまり良く覚えていないものの,第三者の目撃証言もあるようだし,触ったこと自体は争うつもりはない」という場合には,もちろん無罪の主張にはなりません。

(3)以上の通り,両者は一見すると同じ「覚えていない」という主張である点で共通していますが,その法的な意味は全く異なります。法的な意味が異なる,という事は,後述の通り身柄解放の見通しや,対応する弁護活動の内容が異なる,ということになります。

  しかし,取調べを担当する警察官や検察官は両者の細かい表現の違いについて特に説明してくれる事はありませんので,意識せずに取調べに答えていると,ご自身の意図とは異なる主張として捉えられてしまうことがあります。

(4)そもそも,後述の通り,単なる「酔っ払っていたために覚えていない」という主張は,無罪判決(起訴される前の現段階においては不起訴処分)を獲得するにあたって有効な主張とは言い難いところがあります。無罪を主張するのであれば、無罪をうかがわせる事実を主張する必要がありますが、「覚えていない。」ということであれば自分に有利な事情についても覚えていない、あるいは不正確と判断されてしまうことなるからです。単に「覚えていない」ではなく,無罪であることの根拠となる事実の主張を検討することが不可欠です。


3 具体的な対応について

(1)故意を否認し,無罪を主張する場合

 ア 身体拘束期間について

   まず,痴漢行為の意識(故意)を否認して,無罪の主張をする場合ですが,この場合,ある程度身体拘束期間が長引いてしまうことを覚悟する必要があります。

   これは,原則10日間,最大20日間の身体拘束である勾留(刑事訴訟法207条1項,60条1項)の要件である,@証拠隠滅(罪証隠滅)の恐れ,A逃亡の恐れという「勾留の理由」(刑事訴訟法207条1項,60条1項1号ないし3号)があると検察庁,裁判所によって判断されてしまう可能性が高いためです。「否認しているような被疑者であるから,証拠を隠滅する恐れもあるし,逃亡する恐れもある」という経験則による判断のようです。

  もちろん,自らの無罪を主張することから,証拠を隠滅したり,逃亡したりすることは直接導かれるものではないので,勾留の決定前には検察庁に対して,勾留の決定後には裁判所に対して,否認していたとしても身柄を解放するように働きかけることになるのですが,現在の検察庁,裁判所の運用上,勾留による身体拘束が長引くことを想定して弁護活動する事が求められます。

  また,無罪の主張が検察官を説得できなかった場合,最大20日間の勾留後、正式に起訴され,公判(裁判)で無罪を争うことになります。その場合,保釈されない限り、裁判が終わるまで勾留されてしまうことになります。

  身体拘束が長引く場合,当然会社を長期間欠勤することになってしまいますから,会社への対応を検討する必要があります。具体的には,@会社に対して無実の罪で身体拘束されており,現在係争中である旨を詳細な報告書等により正式に報告するか,A身体拘束の理由については現状伏せておき,処分の有無等の見通しが立ってから会社への対応を行うかを,その会社の性質や,あなたの会社での立場,勤務実態等から判断していくことになります。どうしてもやむを得ない不都合がある場合は、家族に身体、精神的疾患で休ませてほしいという緊急避難的言い訳も考えられます。

 イ 無罪の主張方針について

  一方,刑事処分との関係では,無罪の理由を,詳細に検察官に対して主張していくことになります。

  例えば,東京高判平成24年7月5日(判決時報63巻1〜12号139頁)は,満員電車内で,酒に酔っていた被告人が女性の臀部を触った,という事件について,被告人の痴漢の故意,つまり痴漢するつもりで触れていたのか,身動きが取れないほどの満員の車内で,酒に酔い,疲れていた被告人が単に手を動かす事ができずにいただけなのか,という点が争われました。第1審では痴漢の故意が認められて,有罪となっていますが,高等裁判所は故意がない(意識的に女性の臀部に触れていたとは認定できない)として,無罪の判決が出されています。

  これは,@現場となった電車の,事件当時の混雑状況,A被告人と被害者とされる女性の立ち位置,B被告人と被害者とされる女性の身長や股下の長さ,その時点の姿勢,C被告人の供述,証言の内容,D被害者の供述,証言の内容かを極めて詳細に検討して,意識的な痴漢行為ではなかった,という認定をしているものです。

  したがって,痴漢の故意を否定して,無罪の主張をする場合には,上記@からDの様な事実を詳細に検討して,被害者とされている女性の思い込みや誤解であったことを示す事になります。

  もっとも,この無罪判決も,「酔っ払って覚えていな」かったことを理由に無罪判決を下しているわけではありません。判決では,被告人が被害者とされる女性に接触していたこと,そして接触を被告人が認識していたこと自体は認定しつつも,満員電車で身動きが取れなかったことや,酒に酔っていたこと等により,意図せず接触がなされていたものであり,それを痴漢であると被害者とされる女性が勘違いした可能性を否定できない,と判断したもので,「覚えていない」から痴漢行為の意識(故意)が無かったと判断しているものではありません。

  そもそも,「酔っ払って覚えていない」と主張する場合,被告人本人がそのときの認識や行動の詳細を説明できないことになりますから,おのずから主張の信用性は被害者の主張(証言)と比べて低いものとなってしまいます。経験上も,本件のようなケースにおいて,「酔っ払って覚えていない」という主張が認められたことはありません。

  そのため,故意を否定して,無罪の主張をするにあたっても,やはり単に「覚えていない」だけではなく,故意がないと主張することができる「理由」を説明することが不可欠です。説得力のある主張の仕方としては,先ほど挙げた参照裁判例等が参考になりますが,いずれにしても実際どういった状態だったのか,という点を思い出して明確にしながら主張することが必要です。

 ウ 起訴後の保釈について

   ここで,保釈について若干ご説明いたします。保釈とは,起訴された後の身体拘束からの解放の手続きを指し,刑事訴訟法88条以下に規定があります。

   保釈には,大きく分けて3つの種類があり,それぞれ@権利保釈(刑事訴訟法89条),A裁量保釈(刑事訴訟法90条),B義務保釈(刑事訴訟法91条)となっています。義務保釈は例外的な規定なので,実際に問題となるのは@権利保釈とA裁量保釈です。この保釈については,勾留からの釈放の場合とは異なり,一定の除外事由に該当しない限り,原則として保釈を認める(権利保釈)上,仮に除外事由に形式的に該当しても,裁判所の裁量によって保釈を認める事ができる(裁量保釈)という条文の構造になっています。

   しかし,本件のように無罪を主張している場合の保釈に関しては,勾留からの釈放と同様の理屈で,認められる可能性が低い運用がなされているのが現状です。これは,無罪主張をしている場合には,罪証隠滅の恐れや(刑事訴訟法89条4号),関係者に接触する恐れがある(刑事訴訟法89条5号)と判断されるため,権利保釈の除外事由に当たり,また裁量保釈も判断にあたっては罪証隠滅の恐れ,逃亡の恐れを重視しますから,同じ理由で不許可とされる可能性が高いのです。

   また,仮に保釈が認められる場合でも,保釈されるためには保証金(保釈金)を裁判所に預ける必要があります(刑事訴訟法93条)。この保釈金の金額については,事案ごとに「被告人の出頭を保証するに足りる相当な金額」(刑事訴訟法93条2項)裁判所が判断するのですが,無罪の主張をしている場合にはやはり相対的に高額になる傾向があります。

(2)故意を認める場合

   一方,当初から「痴漢しよう」という強い意図や計画性があったわけではないが,酔っていたこともあって触ってしまったことは確かであるという場合,正直あまり覚えていないが,被害者の女性の証言や目撃者の方が居るのであれば触ったことは争わない,という場合には,故意を全面的に認めることになります。

   この場合は,(1)身体拘束からの早期解放と,(2)前科にならない起訴猶予処分を目指した対応が必要です。
  
 まず,身体拘束からの早期解放ですが,すぐに事実を全て認め,謝罪の手紙等により被害者への謝罪と具体的な賠償の意を示して,自らを監督してくれる家族(身元保証人)を確保する必要があります。これらの有利な事情を集めた上で,併せて身体拘束が続くことによる不利益の大きさも踏まえて,勾留の要件である「勾留の理由」と「勾留の必要性」(刑事訴訟法87条)を充足していないことを検察官に主張していくのです(検察官が勾留を請求した場合には,裁判官に対して主張することになります)。

   本件のような単純で悪質性の低い痴漢においては,上記有利な事情さえ整理して主張することができれば,勾留されることなく,身柄を解放される可能性が十分に見込めます。その場合,身体拘束される期間は最大でも逮捕されている72時間ということになります。

   また,身柄解放と並行して,弁護人が被害者と接触し,謝罪と賠償の申し入れ,いわゆる示談の申し入れをおこないます。具体的には,弁護人限りで被害者の連絡先を検察官から開示してもらい,直接被害者と交渉することになります。示談の成立は本件のような迷惑防止条例違反(もしくは強制わいせつ罪)において,不起訴処分を得るために必要不可欠ですが,逆に初犯であればその行為態様が特別悪質でない限り,示談さえ成立すれば基本的に不起訴処分となります。

4 まとめ

  以上の通り,自分に痴漢行為をする意識はなく,無罪を主張する場合であっても,酔っていたのは確かであるが,無罪を主張する意思がなかった場合であっても,「酔っぱらっていて覚えていなかった」という主張は避けるべきです。

  無罪を主張するにしても,認めて早期の身体解放と不起訴処分を目指すにしても,事実に即した適切な主張を一貫してすることが重要です。主張がぶれること自体がその主張の信用性を大きく下げるものだからです。正しく状況を理解し,一貫した主張を続けるためには,逮捕後,一刻も早く経験のある弁護士と方針について協議することが求められます。

【参照条文】
刑法
(強制わいせつ)
第百七十六条  十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(東京都)
(粗暴行為(ぐれん隊行為等)の禁止)
第五条 何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない。
一 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。
二 公衆便所、公衆浴場、公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部若しくは一部を着けない状態でいる場所又は公共の場所若しくは公共の乗物において、人の通常衣服で隠されている下着又は身体を、写真機その他の機器を用いて撮影し、又は撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け、若しくは設置すること。
三 前二号に掲げるもののほか、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、卑わいな言動をすること。
(罰則)
第八条 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第二条の規定に違反した者
二 第五条第一項又は第二項の規定に違反した者(次項に該当する者を除く。)
三 第五条の二第一項の規定に違反した者
2 第五条第一項(第二号に係る部分に限る。)の規定に違反して撮影した者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
3 次の各号のいずれかに該当する者は、百万円以下の罰金に処する。
一 第七条第二項の規定に違反した者
二 前条第三項の規定に違反した者
4 次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
一 第三条の規定に違反した者
二 第四条の規定に違反した者
三 第五条第三項又は第四項の規定に違反した者
四 第六条の規定に違反した者
五 第七条第一項の規定に違反した者
六 前条第一項の規定に違反した者
5 前条第二項の規定に違反した者は、三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
6 第七条第四項の規定による警察官の命令に違反した者は、二十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
7 常習として第二項の違反行為をした者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
8 常習として第一項の違反行為をした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
9 常習として第三項の違反行為をした者は、六月以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
10 常習として第四項の違反行為をした者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑事訴訟法
第六十条  裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
一  被告人が定まつた住居を有しないとき。
二  被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三  被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
2  勾留の期間は、公訴の提起があつた日から二箇月とする。特に継続の必要がある場合においては、具体的にその理由を附した決定で、一箇月ごとにこれを更新することができる。但し、第八十九条第一号、第三号、第四号又は第六号にあたる場合を除いては、更新は、一回に限るものとする。
3  三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和十九年法律第四号)の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる事件については、被告人が定まつた住居を有しない場合に限り、第一項の規定を適用する。
第八十七条  勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。
2  第八十二条第三項の規定は、前項の請求についてこれを準用する。
第八十八条  勾留されている被告人又はその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹は、保釈の請求をすることができる。
2  第八十二条第三項の規定は、前項の請求についてこれを準用する。
第八十九条  保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。
一  被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
二  被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
三  被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
四  被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
五  被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
六  被告人の氏名又は住居が分からないとき。
第九十条  裁判所は、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。
第九十一条  勾留による拘禁が不当に長くなつたときは、裁判所は、第八十八条に規定する者の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消し、又は保釈を許さなければならない。
2  第八十二条第三項の規定は、前項の請求についてこれを準用する。
第九十三条  保釈を許す場合には、保証金額を定めなければならない。
2  保証金額は、犯罪の性質及び情状、証拠の証明力並びに被告人の性格及び資産を考慮して、被告人の出頭を保証するに足りる相当な金額でなければならない。
3  保釈を許す場合には、被告人の住居を制限しその他適当と認める条件を附することができる。
第二百七条  前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
2  前項の裁判官は、第三十七条の二第一項に規定する事件について勾留を請求された被疑者に被疑事件を告げる際に、被疑者に対し、弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由により自ら弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができる旨を告げなければならない。ただし、被疑者に弁護人があるときは、この限りでない。
3  前項の規定により弁護人の選任を請求することができる旨を告げるに当たつては、弁護人の選任を請求するには資力申告書を提出しなければならない旨及びその資力が基準額以上であるときは、あらかじめ、弁護士会(第三十七条の三第二項の規定により第三十一条の二第一項の申出をすべき弁護士会をいう。)に弁護人の選任の申出をしていなければならない旨を教示しなければならない。
4  裁判官は、第一項の勾留の請求を受けたときは、速やかに勾留状を発しなければならない。ただし、勾留の理由がないと認めるとき、及び前条第二項の規定により勾留状を発することができないときは、勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じなければならない。

【参考裁判例】
東京高判平成24年7月5日(判決時報63巻1〜12号139頁)(抜粋)
※長文ですが,上記本文の通り,位置関係,混雑具合等の現場の状況を踏まえ,被告人,被害者の証言を極めて詳細に検討して無罪の判断をしているもので,非常に参考になります。少なくとも,本件のような電車内の痴漢事件においては,この程度の詳細な事実に基づく主張をしない限り,無罪を獲得することは難しいということが分かります。
「1 関係証拠によれば,被告人と本件女性が乗った電車は,Kβ線c駅発で東急α線d駅行きの急行電車であり,被告人は,e駅から,本件女性は,f駅からそれぞれ乗車したこと,f駅以降の被告人及び本件女性の2人の車両内での各位置は,基本的にはずっと同じであり,進行方向に向かって左側のドアから2人目に本件女性が,その後ろに,3人目として被告人が,いずれも同ドアの方向に向いて立っていたこと,本件女性は,床に立てた傘の持ち手を体の前で両手で握っており,被告人は,つり革が取り付けられているバー(その上端の床からの高さは,205.5センチメートル)を左手で握り,右手は何も持たず,下に下げていたこと,本件女性の身長は157センチメートル,靴を履いたときの臀部と大腿部の境界線の床からの高さは,72センチメートル,被告人の身長は,180.5センチメートル,靴を履いたときの股下の長さは82センチメートルであること,f駅以降の停車駅は,b駅,g駅,h駅,a駅であり,各駅間の所要時間は,b駅からg駅までは5分33秒,g駅からh駅までは1分40秒,h駅からa駅までは3分27秒であること,車内の混雑の程度は,f駅からb駅までは,人とくっついて離れられないくらいの状態,b駅からg駅までは,ほとんど身動きがとれず体がくっついている状態(離そうという意識があれば少しは離れられるぐらい),g駅以降は,混んではいるが,多少減ってきたかなという状態であること,ドアが開く側は,e駅,f駅,g駅,h駅の各駅ではいずれも進行方向に向かって右側,b駅,a駅ではいずれも進行方向に向かって左側であること,以上の各事実が認められる。
2 ところで,本件女性は,原審公判において,被告人から,臀部に股間を押し付けられ,臀部等を右手で撫で回されたと証言しているところ,本件女性は,本件時まで被告人とはまったく面識がなかったのであり,殊更虚偽の供述をする事情は特段見当たらないことは原判決が述べるとおりであり,このことに,女性にとって,痴漢被害を受けたとして電車の中で声を上げることにはかなりの勇気が必要であると思われることも併せ考えると,本件女性が証言する体の部位と被告人の手や股間が接触したことがあったこと及びそのことによって本件女性が痴漢被害を受けたものと思ったことについては疑いを容れる余地はない。一方,被告人も,電車内が混雑していたために,被告人の体や手が前にいた本件女性の体に接触したことについては認めており,ただ,痴漢の意図で積極的に原判示の行為に及んだことについては,捜査段階から一貫して否認しているところである。そこで,本件における事実認定のポイントは,原判決も指摘するように,被告人が,痴漢の意図で意識的に本件女性の身体に触ったものと確実にいえるか否かである。
3 また,被告人は,原審公判で,「本件当時は,忙しく,夜帰宅するのは午後10時か11時で,朝は午前5時半から40分頃に起きて午前6時20分の電車に乗っていた。持病の痔が悪化して,本件当日の午前中には病院に行った。本件当日の夜は会社の懇親会で350ミリリットルの缶ビール4本と焼酎の水割りを4,5杯飲んだ。e駅からα線直通のβ線に乗った。渋谷から先は,身動きできないほどの満員電車の中でバーをつかんで身を委ね,半分寝ている状態だった。」旨供述しているところ,酒酔いの点については,飲酒検知の客観的裏付けがあり,また,仕事が忙しかったことや当日病院に行っていること,さらには,電車内で半分寝ている状態であったことの各点については,その信用性を疑わせる事情は見当たらない。
4 そして,本件は,満員電車の中での着衣の上から接触する態様による痴漢行為の有無が問題となっている場合であることに加え,本件女性において,被告人の酒酔いや疲労の事実,さらには,被告人が半分寝ている状態であった事実を知らなかった可能性があることに照らすと,経験則上,被告人の行為の実体が,電車の揺れに加え,酒酔いからくる身体のふらつきや,酒酔いと疲労からくる周囲に対する配慮の欠如であるのに,本件女性において,これを誤解した結果,意図的な痴漢行為と思い込んだ可能性があるのではないか,また,これまでに何回も痴漢被害に遭っていると証言している本件女性において,今回もこれまでと同様の,痴漢の意図に出た行為であると思い込んでしまった可能性があるのではないかとの疑問が生ずる余地もあり得るので,こうした観点から,本件女性の原審証言につき,具体的に検討し,慎重に吟味する必要があるといわなければならない。しかしながら,原判決は,被告人の原審公判供述には本件女性の原審証言の信用性を積極的に減殺するような内容は含まれていないとするにとどまっており,上記の観点からの具体的な検討,吟味を加えていない。
5 そこで,上記の観点も念頭に置いた上で,被害状況に関する本件女性の原審証言の証明力について検討する。本件女性は,3段階に分けて,それぞれ態様の異なる痴漢行為を受けたと証言している。すなわち,〔1〕b駅からg駅までの間は,股間を臀部に押し付けられるなどした,〔2〕g駅からh駅を経てa駅到着の1分前頃までの間は,右手が瞬間的かつ断続的に何回も臀部に当たった,〔3〕a駅到着の1分前頃の約10秒間は,右手のひらで臀部等を撫でられた,と証言している。以下,個別に検討する。
(1)まず,〔1〕について検討する。本件女性は,〈1〉「電車の揺れに合わせて股間が臀部にとんとんという感じで当たった。」,また,〈2〉「電車の揺れとは関係なく腰を押し付けられた。偶然にしては回数が多かった。」,さらに,〈3〉「自分の太ももから膝にかけての後ろ側に被告人の太ももと膝をくっつけられ,勃起した陰茎を尾底骨の辺りに当てて突き上げられたことが1,2回あった。」と証言している。まず,上記〈1〉のような事実はあったと認められるが,必ずしも被告人の意図的な行為によるものとは言い難い。次に,上記〈2〉については,上記〈1〉との区別が微妙である上,被告人が酒に酔っていたために身体がふらついたことにより当たったに過ぎないのに,本件女性が意図的な痴漢行為と思い込んだ可能性も否定できない。また,上記〈3〉,すなわち,勃起した陰茎を尾底骨の辺りに当てて突き上げられたとの点については,当時の混雑状況が,本件女性の表現によっても,「ほとんど身動きがとれず体がくっついているというほどの状態」であってみれば,いくら酒に酔っていたといっても,このような状況の中で,本件女性の太ももから膝にかけての後ろ側に自分の太ももと膝をくっつけ,勃起した陰茎を尾底骨の辺りに当てて突き上げるといった行為にまで及ぶということはいささか考えにくいところである。一方,電車が揺れて,後ろから押されたものの,混雑の程度が激しいために足を前に踏み出すスペースがないことから,体がしなり,膝が折れて,自分の膝と太ももが前に立っている人の膝と太ももの後ろ側に接するということは,満員電車の中では,ままあることである。この場合,膝を伸ばして直立の体勢に戻す際に,股間が,前の人の臀部に,下から上に向かって,接触することが考えられるところ,本件女性が,勃起した陰茎を突き上げられたと述べていることの実体は,このことを言っているものと見る余地がある。そして,このとき,被告人の陰茎が勃起していたかどうかについては,被告人及び本件女性の各衣服を間に挟んでの接触であることから,その感触は相当に微妙なところがあるものと思われ,被告人の陰茎が勃起していたと断定するのは躊躇されるところである(なお,この点は,上記〈1〉及び〈2〉についても同様である。)。さらに,本件女性が事件直後に司法警察員から事情を聴取されて作成された8頁から成る供述調書には,陰茎を突き上げられた旨の記載がなく,また,本件女性の原審証言も「(陰茎を突き上げられたのは)1,2回である。」旨,あいまいな言い方となっているところ,これらの事情は,本件女性においても,もともとは,当該行為が,痴漢の意図でなされたものと断定することに自信がなかったことのあらわれであると見る余地がある。以上の諸点を総合考慮すると,上記〈3〉についても,本件女性が意図的な痴漢行為ではないのにそうであると思い込んだ可能性を排斥できない。
(2)次に,〔2〕について検討する。本件女性は,右側のお尻全体に瞬間的にぽんぽんぽんぽんと断続的に何回も手が当たったと証言している。本件女性は,g駅からh駅を経てa駅到着の1分前頃までの間であると述べているところ,その時間は約5分半ということになる。そして,本件女性は,「当たるのが嫌だったので,よけれるだけよけて,動いた。そのような行動をとったが,当たることはやまなかった。偶然当たったにしては回数がすごく多かった。私は,痴漢をやめてくれという動きをしていたので,普通の人だったら,間違われたくないと思うんだったらやめていたと思う。」と証言している。しかしながら,「ぽんぽんぽんぽんと断続的に手が当たる」という被告人の右手の動きの単純さの点のほか,被告人が,左手でつり革のバーをつかんで身を委ね,右手を下にだらりと下げ,酔いと疲れで,半分寝ている状態であったことをも考慮に入れると,本件女性が痴漢行為と感じたところの真相は,被告人の,下にだらりと下げた右手が,電車の揺れのほか,酒酔いによるふらつきもあって,本件女性のお尻に何度も当たってしまったが,被告人においては,半分寝ているというような状態であったために,本件女性が嫌がって体を動かして避けようとしていることなどには全く気付かず,そのため,その後も同様の行為が続くことになったところ,このことが本件女性を一層いらだたせ,意図的な痴漢行為であると思い込ませたというものである可能性がある。
(3)最後に,〔3〕について検討する。本件女性は,原審公判で,この点について,一方では,「腰の位置からお尻にかけて撫で回されるような動きをされました」と証言しながらも,具体的にどういう行為であるかを更に問われると,「(腰骨の直ぐ後ろの)お尻の部分に手のひらを感じ,その手が,親指が腰骨の出ているところに,他の4本の指が足の付け根から太ももにかけてのところにそれぞれ来るまで,前のほうに動き,その後,一旦,後ろに戻り,再び前に来た。この間の時間は合計して10秒くらいである。一旦後ろに戻ったときに,一瞬手が体から離れたかもしれないが,よく覚えていない。」と説明している。以上の説明によれば,被告人の手の動きは,「撫で回す」というのとは大分趣きが異なっており,基本的には,体側部分における,短い距離の,前後方向の短時間の直線運動である。このような行為態様であることのほか,当審における被告人質問の際に測定したところの,被告人が右腕の全体を自然な形で若干前に出したときの右手の床からの高さが,甲11号証添付の本件女性の全身写真(No.1ないし4)によって窺われるその腰骨の床からの高さにほぼ照応していると認められることをも考慮すると,この行為についても,「左手でつり革のバーをつかんで身を委ね,右手を下にだらりと下げ,酔いと疲れで,半分寝ている状態であった」被告人の右手が,電車が揺れて周囲から押されるなどして,前後に動いただけであって,意図的な痴漢行為ではないと見る余地がなおあるように思われる。もっとも,本件女性は,「手のひら全体がべったりくっついていた」,「前のほうにじわじわと動いた」,「(タイト)スカートがちょっと持ち上がっていたので,さっとという感じではなくて,けっこうじっくり触られたと思う」などとも証言しており,これらは,意図的な痴漢行為であることを疑わせるものではある。しかしながら、本件女性としては,これに先だって,臀部に股間を故意に押し付けられたり,嫌がっているのに何度もしつこくお尻に手が当たったりしたとして,被告人を痴漢であると思い込み,許せないとの気持ちでいたことは明らかであり,この点の心持ちが上記の感じ方に影響を与えた可能性は否定できない。そうすると,上記の各証言については,いささかこれを割り引いて評価する必要があると思われる。また,スカートが持ち上がったという点については,被告人の右腕ないし右手の部分に他の乗客の体がもたれかかるなどして力が加わったことによるものである可能性も否定できない。これらの事情を踏まえると,〔3〕が意図的な痴漢行為ではないと見る余地があることを否定するまでには至らないというべきである。
(4)個別の検討は以上のとおりであるが,翻って,〔1〕,〔2〕,〔3〕の各行為を全体として見てみる。最初の約5分半は,股間を臀部に押し付けられるなどし,次の約5分半は,手が瞬間的かつ断続的に何回も臀部に当たり,最後の約10秒間は,手のひらで臀部等を撫でられたというのである。しかし,これは,最初は,車内の混雑の程度がほとんど身動きがとれず体がくっついている状態であったために,股間が臀部に接触する一方,手は動く余地が乏しかったが,そのうち,混んではいるが,多少減ってきたかなという状態になったため,今度は,股間が臀部に接触することがなくなる一方で,手が動く状態になって当たったりしただけであると見ることもできる。すなわち,意図的な痴漢行為ではないと見る余地があると思われる。そして,他方,被告人の行為が終始意図的な痴漢行為であったとすると,股間の臀部への押し付けが,ついには勃起した陰茎の突き上げという激しいものにまで高まったというにもかかわらず,その後,エスカレートすることなく,瞬間的かつ断続的な臀部への手の接触という,痴漢行為というにはそぐわないような行為となって,これが5分半もの長い間続いたということになり,その後,突然,手のひらでお尻から腰骨に向かって撫でてきたということになる。しかし,このような経過は,一連の痴漢行為と見るには,いささか不自然の感を拭えない。
6 以上に検討したところによれば,本件女性の原審証言は,その真摯性に疑問を容れる余地がないことは原判決の指摘するとおりであるが,思い込みや誤解があった可能性を排斥できないから,同証言によって被告人に痴漢の故意のあったことを合理的な疑いを容れる余地なく認定するには至らないものというほかない。原判決は,本件女性の原審証言につき,思い込みや誤解があった可能性について検討,吟味することなく,そのまま信用して被告人に痴漢の故意があったと認定した点において,証拠の評価に当たって経験則に反する不合理な判断をしたものといわざるを得ない。」


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