新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1524、2014/06/16 11:00

【民事、地役権を競落人に主張できるか、最高裁平成25年2月26日判決】

登記のない通行地役権の対抗力

質問:
私は,甲土地を所有しそこに居住しているところ,この甲土地から公道に出るに当たって隣地の乙土地の一部(以下「乙通路」といいます。)を通ることが便宜だったため,乙土地の所有者Aとの間で,甲土地を要役地,乙通路を承役地とする通行地役権を設定する旨の合意をし,以来乙通路を通行しています。なお,今日までこの通行地役権については設定登記をしていません。
 そうしたところ,乙土地には抵当権が設定されていたらしく,先日,担保不動産競売により乙土地を買い受けたというBが,私に対し,乙通路を通るなと要求してきました。
 現在,乙通路は,甲土地から公道に至るまでアスファルトが敷かれるなどして,継続的に通路として使用されていることが客観的に明らかな状況であり,遅くともBが乙土地を買い受けた時には,そのような状況であったにもかかわらず,私は,通行地役権につき設定登記をしていなかったがゆえに,Bの要求に従わなければならないのでしょうか。



回答:
1 Bに対して乙通路の通行を請求できるか否かは、乙通路についての通行地役権を対抗できるかによって決まります。通行地役権を新たに土地を取得したBに対抗するためには通行地役権の登記が必要ですが、登記がない場合でも新たに権利を取得した時点ではなく、抵当権設定時において、通路としての継続的に使用されていることが客観的に明らかで、かつ抵当権設定者が通路について認識しているか、認識することが可能であった場合は特段の事情がない限り通行地役権を主張することができます。

2 最高裁平成25年2月26日判決は,「通行地役権の承役地が担保不動産競売により売却された場合において,最先順位の抵当権の設定時に,既に設定されている通行地役権に係る承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,上記抵当権の抵当権者がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは,特段の事情がない限り,登記がなくとも,通行地役権は上記の売却によっては消滅せず,通行地役権者は,買受人に対し,当該通行地役権を主張することができると解するのが相当である。」とします。

3 本件では,「現在,乙通路は,甲土地から公道に至るまでアスファルトが敷かれるなどして,継続的に通路として使用されていることが客観的に明らかな状況であり,遅くともBが乙土地を買い受けた時には,そのような状況であった」とのことですが,上記最高裁判決に従えば,あなたがBに対して通行地役権を主張することができるためには,そのような事実関係だけでは足りず,最低でも,乙土地につき最先順位の抵当権の設定時までには,通行地役権が設定され,かつ乙通路が上記状況にあったという事実関係が必要となります。
不安なときは調査も含めて,弁護士に相談された方がよいでしょう。

4.事務所関連事例集1148番905番参照。


解説:

1 登記制度

(1) 原則

「不動産に関する物権の得喪及び変更は,不動産登記法…その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ,第三者に対抗することができ」ません(民法177条)。

 この制度趣旨は,不動産が二重に譲渡された場合の譲受人同士の優劣(第一譲受人と第二譲受人のどちらが最終的に所有権を取得すべきか=いわゆる対抗問題)を,登記の先後という自由競争原理によって決し,もって取引の公正を図ることにあります。すなわち私的自治の原則に国家が例外的に介入し、不動産取引の安全(適正な取引、営業の自由を保障して私有財産制を維持します。憲法29条、32条1項)を登記という公的な制度により保護しようとするものです。自由取引に対する、国家による例外的介入ですから、登記することは権利取得の成立要件・効力要件ではなく、対抗力という位置づけになります。

(2) 例外

ア 前記(1)のとおり,二重譲渡の場合の譲受人同士の優劣を登記の先後によって決するのが原則です。
 もっとも,第三者が「登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないもの」である場合,このような第三者に対しては,登記をしなくても「不動産に関する物権の得喪及び変更」を対抗することができる,とされています(すなわち,177条の「第三者」を「登記の欠映を主張するについて正当な利益を有する第三者」と限定的に解釈するわけです。)。あくまで自由競争の範囲内で登記の先後で優劣を決めるのが登記制度ですから、自由競争の範囲を超えるような信義に反する第三者は登記の制度から除外されてしかるべきです。

イ 「登記の欠映を主張するについて正当な利益を有する第三者」の典型例として,いわゆる背信的悪意者が挙げられます。

 この点,最高裁昭和43年8月2日判決は,第二譲受人に,第一譲受人が登記を具備していないことに乗じ,同人に高値で売りつけて利益を得る目的を有していたという事案につき,「実体上物権変動があった事実を知る者において右物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には,かかる背信的悪意者は,登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであって,民法177条にいう第三者に当らない」とします。

2 通行地役権と登記

「登記の欠映を主張するについて正当な利益を有する第三者」の例として,背信的悪意者(前記1(2)イ)のほか,近時の最高裁判決では,通行地役権における承役地の譲受人等が問題となっています。なお、背信的悪意者の議論は、実体上物権変動があった事実を知る者に限られていますが、通行地役権については悪意すなわち通行地役権の設定について知っていることが要件ではなく、知っていなくても知りうる状況があれば第三者の例外とすべきという問題です。

(1) 通行地役権の意義
 地役権とは,「設定行為で定めた目的に従い,他人の土地を自己の土地の便益に供する権利」をいいます(民法280条本文)。「地役権者の土地であって,他人の土地から便益を受けるもの」を要役地といい(同法281条1項本文参照),他方,「地役権者以外の者の土地であって,要役地の便益に供されるもの」を承役地といいます(同法285条1項本文参照)。
 そして,通行を目的とする地役権を特に,通行地役権といいます。

(2) 承役地が譲渡された場合

ア 最高裁平成10年2月13日判決

(ア) 承役地が譲渡された場合について,最高裁平成10年2月13日判決は,「通行地役権(通行を目的とする地役権)の承役地が譲渡された場合において,譲渡の時に,右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは,譲受人は,通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても,特段の事情がない限り,地役権設定登記の欠映を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらないと解するのが相当である。」とします。

(イ) 同判決は,その理由として,以下のことを述べます。

「(一) 登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しない者は,民法177条にいう『第三者』(登記をしなければ物権の得喪又は変更を対抗することのできない第三者)に当たるものではなく,当該第三者に,不動産登記法4条又は5条に規定する事由のある場合のほか,登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合には,当該第三者は,登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらない。

(二) 通行地役権の承役地が譲渡された時に,右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは,譲受人は,要役地の所有者が承役地について通行地役権その他の何らかの通行権を有していることを容易に推認することができ,また,要役地の所有者に照会するなどして通行権の有無,内容を容易に調査することができる。したがって,右の譲受人は,通行地役権が設定されていることを知らないで承役地を譲り受けた場合であっても,何らかの通行権の負担のあるものとしてこれを譲り受けたものというべきであって,右の譲受人が地役権者に対して地役権設定登記の欠缺を主張することは,通常は信義に反するものというべきである。ただし,例えば,承役地の譲受人が通路としての使用は無権原でされているものと認識しており,かつ,そのように認識するについては地役権者の言動がその原因の一半を成しているといった特段の事情がある場合には,地役権設定登記の欠缺を主張することが信義に反するものということはできない。

(三) したがって,右の譲受人は,特段の事情がない限り,地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらないものというべきである。なお,このように解するのは,右の譲受人がいわゆる背信的悪意者であることを理由とするものではないから,右の譲受人が承役地を譲り受けた時に地役権の設定されていることを知っていたことを要するものではない。」

イ 私見
従前,「登記の欠映を主張するについて正当な利益を有する第三者」の例として背信的悪意者が挙げられ,背信的悪意というためには単なる悪意(先行する権利変動の存在を認識していること)では足りず信義則違反が必要であったこと(前記1(2)イ参照)からすると,上記判決は,いわば善意者(先行する権利変動の存在を認識していないこと)でも「登記の欠映を主張するについて正当な利益を有する第三者」があり得ることを示した点で画期的であったといえるでしょう。
 そして,通行地役権における承役地の譲受人は,たとえ通行地役権の存在を受け容れなければならないとしても,承役地について,その所有権を失うわけでもなく,その利用権限を失うわけでもないことに鑑みると,上記判決の結論は妥当といえるでしょう。
 なお、このような扱いは、地役権の登記が事実上行われないことが多いため、登記を必要とすると地役権の保護に欠けるという背景があると考えられますから、地役権特有の結論と言えます。

(3) 承役地が担保不動産競売により売却された場合

ア 最高裁平成25年2月26日判決

(ア) 承役地が担保不動産競売により売却された場合について,最高裁平成25年2月26日判決は,「通行地役権の承役地が担保不動産競売により売却された場合において,最先順位の抵当権の設定時に,既に設定されている通行地役権に係る承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,上記抵当権の抵当権者がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは,特段の事情がない限り,登記がなくとも,通行地役権は上記の売却によっては消滅せず,通行地役権者は,買受人に対し,当該通行地役権を主張することができると解するのが相当である。」とします。

(イ) 同判決は,その理由について,前掲平成10年最高裁判決を引用しつつ,以下のように述べます。

「上記の場合,抵当権者は,抵当権の設定時において,抵当権の設定を受けた土地につき要役地の所有者が通行地役権その他の何らかの通行権を有していることを容易に推認することができる上に,要役地の所有者に照会するなどして通行権の有無,内容を容易に調査することができる。これらのことに照らすと,上記の場合には,特段の事情がない限り,抵当権者が通行地役権者に対して地役権設定登記の欠缺を主張することは信義に反するものであって,抵当権者は地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらず,通行地役権者は,抵当権者に対して,登記なくして通行地役権を対抗することができると解するのが相当であり(最高裁平成…10年2月13日…参照),担保不動産競売により承役地が売却されたとしても,通行地役権は消滅しない。これに対し,担保不動産競売による土地の売却時において,同土地を承役地とする通行地役権が設定されており,かつ,同土地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用され,そのことを買受人が認識していたとしても,通行地役権者が承役地の買受人に対して通行地役権を主張することができるか否かは,最先順位の抵当権の設定時の事情によって判断されるべきものであるから,担保不動産競売による土地の売却時における上記の事情から,当然に,通行地役権者が,上記の買受人に対し,通行地役権を主張することができると解することは相当ではない。」

イ 私見
 上記判決は,前掲平成10年最高裁判決の考え方を承役地が担保不動産競売により売却された場合に当てはめるにあたり,「承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていること」の認識可能性の基準時を,売却時ではなく,最先順位の抵当権の設定時としたわけです。
 抵当権が不動産の価値を把握する権利であること(民法369条1項参照)に鑑みると,上記判決の結論は妥当といえるでしょう。民法解釈の基本である信義誠実の原則、権利濫用禁止の法理(民法1条、憲法12条)からも是認できる判断です。

<参照条文>
民法
(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は,不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ,第三者に対抗することができない。
(地役権の内容)
第280条 地役権者は,設定行為で定めた目的に従い,他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する。ただし,第3章第1節(所有権の限界)の規定(公の秩序に関するものに限る。)に違反しないものでなければならない。
(地役権の付従性)
第281条 地役権は,要役地(地役権者の土地であって,他人の土地から便益を受けるものをいう。以下同じ。)の所有権に従たるものとして,その所有権とともに移転し,又は要役地について存する他の権利の目的となるものとする。ただし,設定行為に別段の定めがあるときは,この限りでない。
2 地役権は,要役地から分離して譲り渡し,又は他の権利の目的とすることができない。
(用水地役権)
第285条 用水地役権の承役地(地役権者以外の者の土地であって,要役地の便益に供されるものをいう。以下同じ。)において,水が要役地及び承役地の需要に比して不足するときは,その各土地の需要に応じて,まずこれを生活用に供し,その残余を他の用途に供するものとする。ただし,設定行為に別段の定めがあるときは,この限りでない。
2 同一の承役地について数個の用水地役権を設定したときは,後の地役権者は,前の地役権者の水の使用を妨げてはならない。
(抵当権の内容)
第369条 抵当権者は,債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について,他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。
2 地上権及び永小作権も,抵当権の目的とすることができる。この場合においては,この章の規定を準用する。

民事執行法
(売却に伴う権利の消滅等)
第59条 不動産の上に存する先取特権,使用及び収益をしない旨の定めのある質権並びに抵当権は,売却により消滅する。
2 前項の規定により消滅する権利を有する者,差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない不動産に係る権利の取得は,売却によりその効力を失う。
3 不動産に係る差押え,仮差押えの執行及び第1項の規定により消滅する権利を有する者,差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない仮処分の執行は,売却によりその効力を失う。
4 不動産の上に存する留置権並びに使用及び収益をしない旨の定めのない質権で第2項の規定の適用がないものについては,買受人は,これらによって担保される債権を弁済する責めに任ずる。
5 利害関係を有する者が次条第1項に規定する売却基準価額が定められる時までに第1項,第2項又は前項の規定と異なる合意をした旨の届出をしたときは,売却による不動産の上の権利の変動は,その合意に従う。
(不動産執行の規定の準用)
第188条 第44条の規定は不動産担保権の実行について,前章第2節第1款第2目(第81条を除く。)の規定は担保不動産競売について,同款第3目の規定は担保不動産収益執行について準用する。

<参照判例>
最高裁昭和43年8月2日判決
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人…の上告理由について。
原判決(およびその引用する第1審判決。以下同じ)は,被上告人が昭和4年10月4日,訴外Aから三重県一志郡a村bc番山林8畝23歩を買い受けたさい,あわせて本件山林3筆すなわち同所a番の1山林1畝6歩,同所a番の3山林3反4畝3歩および同所a番山林4畝22歩をも同人から買い受けてその所有権を取得し,以後これを占有していたが,その登記を経由せずにいたこと,他方,上告人は,昭和28年5月ころ,本件山林三筆の時価を約120万円相当と評価しながら,同訴外人からこれを代金3万5000円(のちにさらに15万円を支払)で買い受けて,上告人ないし第1審脱退原告名義に所有権移転登記を経由したこと,上告人の買受当時,すでに同訴外人においては本件山林の所在位置を正確に認識せず被上告人にこれを売却済みかどうかが不確かであつたのであるが,上告人は,村図等について調査して,本件山林が被上告人の永年占有管理していることの明らかな本件係争地域内にあって,被上告人がすでにこれを買い受けているものであることを知ったうえ,被上告人が登記を経ていないのを奇貨として,被上告人に対し高値でこれを売りつけて利益を得る目的をもって,本件山林を買い受けるに至ったものであること,上告人は,右買受後被上告人に対し本件山林を買い取るよう求めたが拒絶され,交渉が不調に終わると,第1審脱退原告にこれを転売し,さらに同原告が本件訴を提起したことを知るや,本件山林を買い戻しその所有権を主張して本件訴訟に参加するに至ったものであること,以上の事実を認定しているのであつて,右の事実認定は原判決挙示の証拠に照らして是認することができないものではない。
 ところで,実体上物権変動があった事実を知る者において右物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には,かかる背信的悪意者は,登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであって,民法177条にいう第三者に当らないものと解すべきところ(最高裁判所昭和…31年4月24日…判決…。同昭和40年12月21日…判決…参照),原判決認定の前記事実関係からすれば,上告人が被上告人の所有権取得についてその登記の欠缺を主張することは信義に反するものというべきであって,上告人は,右登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者にあたらないものと解するのが相当である。なお,上告人が本件山林を買い受けた当時におけるその客観的価格が確定されていないことは,前記事実関係のもとにおいて右のように解することの妨げとなるものではないというべきである。
したがつて,被上告人は登記なくして所有権取得を上告人に対抗することができるとした原審の判断は正当であって,論旨は採用することができない。
よつて,民訴法401条,95条,89条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。

最高裁平成10年2月13日判決
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人…の上告理由について
一 通行地役権(通行を目的とする地役権)の承役地が譲渡された場合において,譲渡の時に,右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは,譲受人は,通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても,特段の事情がない限り,地役権設定登記の欠映を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらないと解するのが相当である。その理由は,次のとおりである。
(一) 登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しない者は,民法177条にいう「第三者」(登記をしなければ物権の得喪又は変更を対抗することのできない第三者)に当たるものではなく,当該第三者に,不動産登記法4条又は5条に規定する事由のある場合のほか,登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合には,当該第三者は,登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらない。
(二) 通行地役権の承役地が譲渡された時に,右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは,譲受人は,要役地の所有者が承役地について通行地役権その他の何らかの通行権を有していることを容易に推認することができ,また,要役地の所有者に照会するなどして通行権の有無,内容を容易に調査することができる。したがって,右の譲受人は,通行地役権が設定されていることを知らないで承役地を譲り受けた場合であっても,何らかの通行権の負担のあるものとしてこれを譲り受けたものというべきであって,右の譲受人が地役権者に対して地役権設定登記の欠缺を主張することは,通常は信義に反するものというべきである。ただし,例えば,承役地の譲受人が通路としての使用は無権原でされているものと認識しており,かつ,そのように認識するについては地役権者の言動がその原因の一半を成しているといった特段の事情がある場合には,地役権設定登記の欠缺を主張することが信義に反するものということはできない。
(三) したがって,右の譲受人は,特段の事情がない限り,地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらないものというべきである。なお,このように解するのは,右の譲受人がいわゆる背信的悪意者であることを理由とするものではないから,右の譲受人が承役地を譲り受けた時に地役権の設定されていることを知っていたことを要するものではない。
二 これを本件について見ると,原審が適法に確定したところによれば,(1)分筆前の沖縄県島尻郡a町字b3604番1の土地を所有していたAは,昭和46年ころ,これを6区画の宅地及び東西3区画ずつの中央を南北に貫く幅員約4メートルの通路として造成した,(2)右通路は,その北端で,右分筆前の土地の北側に接して東西方向に通る公道に通じている,(3)右分筆前の土地の西側に接して南北方向に通る里道があるが,その有効幅員は1メートルにも満たない,(4)Aは,昭和49年9月,右6区画のうち西側中央の3604番8の土地(第1審判決別紙物件目録二記載の土地)を被上告人に売り渡し,その際,Aと被上告人は,黙示的に,右通路部分の北側半分に相当する本件係争地に要役地を3604番8の土地とする無償かつ無期限の通行地役権を設定することを合意した,(5)被上告人は,以後,本件係争地を3604番8の土地のための通路として継続的に使用している,(6)Aは,昭和50年1月ころ,右6区画のうち東側中央,南東側及び南西側の3区画並びに右通路部分をBに売り渡し,これらの土地は,その後分合筆を経て昭和59年10月に3604番5の土地(第1審判決別紙物件目録一記載の土地)となった,(7)AとBは,右売買の際に,黙示的に,BがAから右通行地役権の設定者の地位を承継することを合意した,(8)Bは,右売買後直ちに,本件係争地を除いた部分に自宅を建築し,本件係争地については,アスファルト舗装をし,その東端と西端に排水溝を設けるなどして,自宅から右公道に出入りするための通路とした,(9)被上告人は,昭和58年,3604番8の土地に,東側に駐車スペースを設け,玄関が北東寄りにある自宅を建築し,本件係争地を自動車又は徒歩で通行して右公道に出入りしていたが,Bがこれに異議を述べたことはなかった,(10)Bは,平成3年7月,3604番5の土地を上告人に売り渡したが,上告人がBから右通行地役権の設定者の地位を承継するとの合意はされていない,(11)しかし,上告人は,3604番5の土地を買い受けるに際し,現に被上告人が本件係争地を通路として利用していることを認識していたが,被上告人に対して本件係争地の通行権の有無について確認することはしなかったというのである。
そうすると,3604番8の土地を要役地,本件係争地を承役地とする通行地役権が設定されていたものであるところ,上告人が本件係争地を譲り受けた時に,本件係争地が3604番8の土地の所有者である被上告人によって継続的に通路として使用されていたことはその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,上告人はそのことを認識していたものということができる。そして,本件においては前記特段の事情があることはうかがわれないから,上告人は,右通行地役権について,これが設定されていることを知らなかったとしても,地役権設定登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないものと解すべきである。
三 したがって,原審が上告人を背信的悪意者であるとしたことは,措辞適切を欠くものといわざるを得ないが,上告人が被上告人の通行地役権について地役権設定登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は,原判決の結論に影響のない事項についての違法をいうに帰するものであって,採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

最高裁平成25年2月26日判決
主文
原判決中被上告人らに関する部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人…の上告受理申立て理由について
1 本件は,被上告人らが,上告人に対し,被上告人らがそれぞれ所有し,又は賃借する土地を要役地とし,上告人が所有する土地を承役地とする通行地役権又は土地通行権の確認等を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 別紙物件目録記載1ないし3の各土地は,Aが所有し,同目録記載4の土地は,同社の代表取締役であるBが所有していた(以下,同目録記載1ないし4の各土地を併せて「上告人所有地」という。)。上告人所有地の一部である第1審判決別紙物件目録(一)記載の各土地(以下「本件通路」という。)は,国道1号線の南行車線に通ずる通路の一部である。この通路は,昭和55年頃までに,被上告人X1及びAにより開設された。
(2) 別紙物件目録記載1の土地につき,昭和56年11月2日,Cを根抵当権者とする根抵当権が設定され,同月10日,その旨の登記がされ,上告人所有地につき,平成10年9月25日,Dを根抵当権者とする根抵当権が設定され,同日,その旨の登記がされた。
平成18年7月20日にDから根抵当権の移転を受けたEの申立てに基づいて,上告人所有地につき,担保不動産競売の開始決定がされ,平成20年4月11日,買受人である上告人が代金を納付して,上告人所有地を取得した。
(3) A及びB(以下,同社とBを併せて「Aら」という。)は,平成19年1月頃までに,本件通路を鈴鹿市に公衆用道路として移管することを計画し,本件通路を使用する者との間で順次「私設道路通行契約書」と題する書面(以下「本件通行契約書」という。)を作成した。
Aらは,被上告人X2との間で平成12年2月4日に,被上告人X1との間で昭和55年頃から本件通行契約書の作成時までに,被上告人X3との間で平成12年ないし平成13年頃から本件通行契約書の作成時までに,被上告人X4との間で平成元年3月29日頃から本件通行契約書の作成時までに,被上告人X5との間で平成元年頃から本件通行契約書の作成時までに,被上告人X6との間で平成13年から本件通行契約書の作成時までに,上記被上告人らがそれぞれ所有する土地を要役地とし,本件通路を承役地とする通行地役権を設定する旨合意した。また,Aらは,Fとの間で平成18年8月7日に,Fが所有する土地を要役地とし,本件通路を承役地とする通行地役権を設定する旨合意した。その後,上記土地をFからGが取得し,同社から被上告人X7が賃借した。これらの通行地役権の設定登記はない。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人らの通行地役権等の確認請求を認容すべきものとした。
上告人所有地の担保不動産競売による売却時に,本件通路は,外形上通路として使用されていることが明らかであり,上告人は,被上告人らが所有し,又は賃借する土地上の工場に出入りする車両等が本件通路を使用することを認識していたか又は容易に認識し得る状況にあった。そうすると,上告人が,被上告人らに対し,通行地役権の登記の欠缺を主張することは信義に反し,上告人は,被上告人らに対して地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者には当たらないから,被上告人らは,上告人に対し,通行地役権等を主張することができる。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
通行地役権の承役地が担保不動産競売により売却された場合において,最先順位の抵当権の設定時に,既に設定されている通行地役権に係る承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,上記抵当権の抵当権者がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは,特段の事情がない限り,登記がなくとも,通行地役権は上記の売却によっては消滅せず,通行地役権者は,買受人に対し,当該通行地役権を主張することができると解するのが相当である。上記の場合,抵当権者は,抵当権の設定時において,抵当権の設定を受けた土地につき要役地の所有者が通行地役権その他の何らかの通行権を有していることを容易に推認することができる上に,要役地の所有者に照会するなどして通行権の有無,内容を容易に調査することができる。これらのことに照らすと,上記の場合には,特段の事情がない限り,抵当権者が通行地役権者に対して地役権設定登記の欠缺を主張することは信義に反するものであって,抵当権者は地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらず,通行地役権者は,抵当権者に対して,登記なくして通行地役権を対抗することができると解するのが相当であり(最高裁平成…10年2月13日…民集52巻1号65頁参照),担保不動産競売により承役地が売却されたとしても,通行地役権は消滅しない。これに対し,担保不動産競売による土地の売却時において,同土地を承役地とする通行地役権が設定されており,かつ,同土地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用され,そのことを買受人が認識していたとしても,通行地役権者が承役地の買受人に対して通行地役権を主張することができるか否かは,最先順位の抵当権の設定時の事情によって判断されるべきものであるから,担保不動産競売による土地の売却時における上記の事情から,当然に,通行地役権者が,上記の買受人に対し,通行地役権を主張することができると解することは相当ではない。
5 以上によれば,上告人所有地の担保不動産競売による売却時に,本件通路が外形上通路として使用されていることが明らかであって,被上告人らが本件通路を使用していたことを上告人が認識していたか又は容易に認識し得る状況にあったことを理由として,被上告人らが上告人に対し,通行地役権等を主張することができるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。論旨は理由があり,原判決中被上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして,上告人所有地に抵当権が設定された当時の事情等について更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

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