新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1515、2014/05/20 12:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【更正登記、遺留分減殺請求、形成権】

全財産遺贈後の遺留分減殺請求に基づく登記申請

質問
父(B)が死亡しました。相続人は子供である私(C)一人です。父には遺言書があり知人のAに全財産を遺贈するという内容でした。そこで、私はAに対して遺留分減殺請求の通知を内容証明で出したのですが、それにもかかわらずAは遺言書を用いて父の土地について遺贈で全部取得した旨の登記をしてしまいました。
Aと話をして私の遺留分について私が相続する旨の登記をしたいのですがどのような登記を申請すればよいのでしょうか。
 Aが了承しない場合はどうすればよいでしょうか。

回答
  1 あなたの遺留分減殺請求により、当該土地の権利関係は遺留分相当の2分の1をあなたが、遺贈の受遺者Aが2分の1を取得したことになります。

  2 ところが、登記簿は遺贈によりAが単独で取得したことになっていますから、正しい権利関係を表すために、ACの2分の1の共有登記に直す必要があります。

    そのような場合は、所有権更正登記という登記ができます。登記申請書は次の書式になります。BからAへの移転登記は全部移転ではなく、2分の1の移転だったと登記するのです。更正登記の後で、2分の1の持分について、Bからあなたに対する相続登記を申請することができます。それで、AとCの2分の1ずつの共有登記にすることができます。

   なお、Aが登記申請に協力しない場合は、同様の登記をせよ、という判決  主文を求める裁判が必要になります。

   尚、遺贈後に遺留分請求がなされていますが、実務上Aに対して遺留分請求を原因として2分の1の持分移転登記請求はできないことになっています。

3 Aとしては、遺留分請求を知りながら全部遺贈の登記を行っていますが、 
これは、他の遺産の遺留分による分割清算を有利にするためと思われます。持分権の登記にはAの同意、協力が必要であり交渉条件として使おうとする意図が考えられます。通常、全部遺贈には遺言執行者が定められているでしょうから仮に、遺言執行者がこのような登記に関与していれば、全相続人のため公平に職務を行う必要性から問題のある行為です。登記申請に応じないようであれば、訴訟の前に、家庭裁判所へ遺言執行者の解任申し立ても考えましょう。民法1012条、1015条、1019条参照。

4 AとCの共有状態となった後は、共有物の分割が問題になります。共同で不動産を売却して代金を分割するか、一方が他方に償金を支払って所有権の全部を取得するなどの分割方法が考えられます。

5 登記関連事務所事例集 1492番1148番905番857番712番554番391番参照。



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登 記 申 請 書

登記の目的   ○番所有権更正

原   因   錯誤 

更正後の事項  登記の目的  所有権一部移転 
        A  持分    2分の1  

権 利 者   東京都○○区○○一丁目2番3号 
              亡 B 
            東京都○○区○○一丁目2番3号
              上記相続人  C

義 務 者   東京都○○区○○一丁目2番3号 
              A

添付書類    登記原因証明情報   登記識別情報   印鑑証明書  
        代理権限証明情報  

平成  年  月  日申請   東京法務局○○出張所 御中

登記完了証の交付方法 代理人事務所に送付願います。

申請人(登記権利者)兼代理人  住所
                氏名
           (連絡先電話番号 **−****−****)

登録免許税    金1,000円

不動産の表示
   所   在  ○○区○○一丁目
   地   番  2番3
   地   目  宅 地
   地   積  100.00u

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※ 受贈者A 遺贈者兼被相続人B 相続人C
※ 権利者は被相続人であるBなので相続人であるCより申請する。
なお、相続人がCの他にいても、Cからのみの申請で足りる。
※ 登録免許税は持分の更正なので、不動産一個につき1000円
※ 本件登記では登記識別情報は権利者に通知されません。登記識別情報は新たに権利を取得した場合にのみ通知されますので今回は新たに権利を取得する登記ではないので通知されません。すなわちAが持分2分の1を失う登記になるからです。更正登記の後で、2分の1の持分についての相続登記をすることにより、あなたに対して登記識別情報が通知されることになります。


解説:

1 遺言書の効力は、遺言者の死亡により生じますから(民法985条)、ご相談の場合遺言書の相続財産は、すべてAが遺贈を原因として取得します。その後、遺留分権利者が遺贈について遺留分減殺請求をすると、遺留分の範囲で遺贈は相続開始時から無効となるとするのが実務の扱いです(民法1031条の解釈によって)。その結果、不動産の権利関係は、2分の1については遺贈によりAが取得し、残りの2分の1は相続により相続人Cが取得したことになります。相続は被相続人死亡時から効力が発生し(民法896条)、遺言は遺言者の死亡時から効力が発生しますから(民法985条)本件のような包括遺贈も相続開始時から効力が生じることになります。他方、遺留分請求は相続開始後に行われ、その効力は意思表示の時から発生することになりますが、請求権が形成権であり、特別な規定がない以上相続時にその効力が遡るわけではありません。そうであれば、遺留分請求の意思表示後になされた包括遺贈の登記もそれ以前に効力が発生している以上有効であり、遺留分請求の意思表示がなされることにより相続開始時から全部遺贈が無効であるという登記実務上の取り扱いは理屈に合わないことになります。

このような実務上の取扱いは、遺留分請求の実態に着目しているものと思われます。遺留分請求の制度趣旨は、本来、私有財産制、遺言自由、遺言優先の原則の例外として位置づけすることができます。すなわち、被相続人は、本来、自己の財産処分自由の原則から誰にどのように財産を遺言により遺贈するか全く自由なはずです。しかし、遺産の中には、本来法定相続人の有形無形の事実的寄与があることからこれを清算する必要性もありますし、法定相続人のその後の生活の維持、遺産に対する期待権保護という人道的側面も存在します。そこで、遺言自由の原則の例外的権利として遺留分減殺請求権を規定し、性質上形成権として行使の意思表示により初めて権利として出現、発生するものとしているのです(形成権以外の債権や物権であれば行使の意思表示がなくても既に存在しています。売買契約をすれば、行使の意思表示がなくても代金請求権はすでに発生しているのです)。従って、当然の結果として形成権を行使しても遡及効は生じないと解釈されています。しかし、遺留分請求の実態は、法定相続人と受遺者の遺産相続問題に他ならず、この実態に着目すると、相続開始時から遺留分の範囲で遺留分権利者に権利が移転していたという構成を取ることが登記実務上は妥当であると当局が判断しているものと考えられます。

2 不動産登記は不動産の権利関係を公示するための制度ですから、登記の有無によって権利関係が変わることはありません(その権利を第三者に対抗できるか否かは別にして)から、遺贈がすでになされていたとしても、正しい権利関係を理由に登記の変更をすることができます。

登記の方法としては、すでになされている遺贈を原因とする所有権移転登記について抹消登記をすることも可能です。しかし、その場合は、抹消登記後に新たに遺贈と相続を原因とする所有権移転登記をしなくてはなりませんから、登録免許税を再度納める必要があります。また、Aが抹消登記に協力しない場合は、強制的に抹消登記を請求することはできません。というのは、遺贈は2分の1の限りで有効ですから、Cは相続により取得した共有持分権2分の1しか有していませんから、これを根拠として所有権移転登記の全部を抹消してくださいと請求することはできないと考えられるからです。
  
そこで、間違った登記の訂正としては更正登記という登記をすることになります。

3 登記の申請は、回答で挙げている申請書のとおりですが、登記権利者、義務者の共同申請が原則ですから、Aの承諾が必要です。具体的には、Aの実印の押捺と印鑑証明が必要になります(書式の場合は権利者が義務者の代理人となって申請しますので、権利者を代理人とする委任状に実印を押捺してもらうことになります)。

4 Aが登記に協力しない場合は、訴訟を提起し、更正登記をせよ(別紙不動産の別紙登記目録記載の所有権移転登記について、錯誤を原因とする更正登記(更生後の登記 所有権一部移転 C共有持分2分の1))という判決を取得する必要があります。

裁判では、Aに登記があることの主張立証(不動産登記事項証明書)、Cが相続人であることの主張立証(被相続人の生まれてから死亡するまでの戸籍謄本、相続人の戸籍謄本)、遺留分減殺請求をしたことの主張立証(遺留分減殺請求をした内容証明郵便)が必要になります。


(条文参照)
(相続の一般的効力)
第八百九十六条  相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。


(遺言の効力の発生時期)
第九百八十五条  遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。
2  遺言に停止条件を付した場合において、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、遺言は、条件が成就した時からその効力を生ずる。


(遺贈又は贈与の減殺請求)
第千三十一条  遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。

(遺言執行者の権利義務)
第千十二条  遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
2  第六百四十四条から第六百四十七条まで及び第六百五十条の規定は、遺言執行者について準用する。

(遺言執行者の地位)
第千十五条  遺言執行者は、相続人の代理人とみなす。


(遺言執行者の解任及び辞任)
第千十九条  遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる。
2  遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができる。



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