新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1506、2014/04/19 00:00
[商事,短期消滅時効,東京地裁平成11年9月29日判決 ]

宴会のためのホテルの利用料金債権の消滅時効期間は何年か

質問:
当社はホテルを営業しています。昨年,東京の芸能プロダクション会社から,当社のホテルでディナーショーを開催したいという申入れがあり,ショーの規模や予算について交渉の末,実際に開催にこぎつけることができました。当社から芸能プロダクション会社に請求する料金は,来場客の食事代のほか,会場使用料,設営作業料,音響証明費用などの合計で約500万円でした。前払金200万円は支払われたのですが,残金300万円が支払われません。芸能プロダクション会社側は,当者側に落ち度があったなどと言って,支払いを拒んでいましたが,先日,「仮に支払義務があったとしてもホテルの飲食料は1年で時効だ」などと言ってきました。本当にそうなのでしょうか。



回答:
1.本件事情の下では,貴社の債権の消滅時効期間は商法所定の5年(商法522条、商事債権)になると解され芸能プロダクションの主張は認められないでしょう。

2.相手方芸能プロダクション会社の消滅時効の主張は理由がないといえますが,それ以外にも貴社の落ち度を主張するなどの抵抗が予想されますから,対応を弁護士に依頼した方が良いかと思います。

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解説:
【民法174条4号の短期消滅時効】
 民法174条は,1年間の短期消滅時効期間を定めていて,その第4号として「旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に係る債権」が掲げられています。

 旅館の宿泊料、飲食料等の債権については1年という短期の消滅時効期間により消滅時効が完成すると定められ、貴社はホテルの営業ということですから、当該規定の適用についての検討が必要になります。

 では,本件債権が「宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に係る債権」のいずれかにあたるでしょうか。通常4号の予定している旅館の飲食料とは、旅館やホテルを利用するお客のレストランでの食事代等を予定していると考えられますから、芸能プロダクションがホテルで行ったディナーショーの費用は、単なる旅館の客の飲食代金とは異なると考えられます。しかし、ディナーショー開催の一部として飲食物が提供されていることからすると,条文の文言上「席料」「飲食料」にあたって,同条の短期消滅時効が適用される、とも考えられます。実際に裁判となって、業者が同条による時消滅時効の援用を主張した事件もありました。

【民法174条の制度趣旨】
 法律の解釈として文言上疑問がある場合は、法律の条文が定められた趣旨を検討する必要があります。民法174条は,そこに列挙された債権については,その額がほぼ一律に定まり,また,各債権は少額であって,即時決済が予定されていること,他方で,頻繁に発生する債権であることから証拠書類も作成しないのが通常であることなどから,権利を早期に確定する必要があるため,1年という非常に短い期間で消滅時効にかかるとしたものです。

 本件債権は,この短期消滅時効にかからしめるべき債権といえるでしょうか。

【本件債権の性質の検討】
 お寄せいただいたご事情からすると,本件債権は,貴社の営業するホテルに沢山のお客さんを集めて芸能人が出演するディナーショーを開催する芸能プロ(相手方会社)が貴社との間で締結したホテル利用契約に基づく債権であるかと思われます。とすると,ディナーショーを観覧に来るお客さん個人の飲食料債権とは異なるといえます。

 また,本件債権の内容は,お客さんの飲食代金が比較的大きな割合を占めるかもしれませんが,会場使用料,設営作業料,音響証明費用なども含まれる複合的なものです。とすると,単に飲食を提供するというよりは,相手方会社主催のディナーショーにふさわしい内容のパーティーを開催することが主目的であり,その内容について交渉する過程で代金額も変更していくものであって,代金が一律に決まるとはいえない性質のものであるかと思われます。まだ拝見していませんが,実際上も企画書や見積書などのやり取りがされているのではないでしょうか。

 さらに,芸能人が出演するディナーショーとなれば,それなりの規模になることから,個人やグループが立ち寄って食事をするときの飲食料とは異なり,それなりの大きな金額が動くことが通常と考えられます。本件債権も全体で500万円にも及んでいます。
 
【結論】
 以上の検討からすると,本件債権は,民法174条4号が予定している飲食料等の債権とは性質を異にしているというべきです。すなわち、金額が少額とは言えないこと(個人の飲食代と比較して高額になる)、その金額が一定しているとは言えないこと(飲食代等はメニュー等で金額が一律に決まっていますがディナーショーの飲食代は打ち合わせ等により決められる)、即時決済が予定されているとは言えないこと(飲食代は通常は帰りに清算しますが、ディナーショーの費用の支払いは協議して決められる)、証拠書類が存在しないとは言えないこと(飲食代の注文は口頭ですが、ディナーショーの費用については企画書や見積書等が事前に作成される)から、民法174条4号が予定している債権とは性質が異なると言えます。したがって,同号所定の債権には該当せず,商行為によって生じた債権として,消滅時効期間は5年であると解すべきです。

 なお,下級審判例ですが,上記と同様に解した事案があります(東京地判平成11年9月29日)。判決では、ディナーショーを開催する場合は特殊のホテル利用契約であり通常の個人の飲食料債権そのものとは異なること、債権の内容は飲食料代金が中心であるが設営料や音響照明費が含まれていること、ディナーショーは飲食の提供よりも、ショーにふさわしい宴会の内容が問題とされることから代金についても打ち合わせ等で金額が異なり金額が一律に決定されるものではないこと、その為代金についてはその内訳が重要であり内訳を明らかにするため証拠書類が作成されうこと、などの債権の内容について具体的に事実認定をして、民法174条4号には該当しないと判断しています。最高裁判例ではないものの,法文の趣旨に則ったものであり,実例として参考に値するといえます。

 よって,相手方会社が追加してきた消滅時効の主張は理由がないものと考えます。

 もっとも,相手方会社の従前の交渉態度から推測するに,このことを伝えただけで観念して300万円全額をすぐに支払ってくるとは期待できません。ディナーショー開催に関して,貴社側の債務不履行があったという主張をしたいと窺わせる言動もあるようです。

 この際,残金の請求について,弁護士に依頼して根本的な解決を図ってはいかがでしょうか。

≪参照法令≫
【民法】
(一年の短期消滅時効)
第百七十四条  次に掲げる債権は、一年間行使しないときは、消滅する。
一  月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権
二  自己の労力の提供又は演芸を業とする者の報酬又はその供給した物の代価に係る債権
三  運送賃に係る債権
四  旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に係る債権
五  動産の損料に係る債権

【商法】
(商事消滅時効)
第五百二十二条  商行為によって生じた債権は、この法律に別段の定めがある場合を除き、五年間行使しないときは、時効によって消滅する。ただし、他の法令に五年間より短い時効期間の定めがあるときは、その定めるところによる。

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