新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1494、2014/04/02 00:00

【民事 大阪高裁平成17年6月9日判決 最高裁平成8年10月31日判決】

夫婦間の共有物分割の特殊性

質問:

 私は結婚して30年になりますが、夫との関係は冷え切っており、夫とは10年ほど別居しています。私が住んでいる家は私と夫が2分の1ずつの共有で、夫の借金のため抵当権が設定されています。夫は自営業で、事務所用に別に不動産を持っていて、夫が事務所に住む形で別居しています。

 先日夫が依頼した弁護士から、夫が借金で首が回らなくなり、負債の整理をしようと思っている。ついては私が住んでいる不動産について、私に買い取るように、さもなくば共有物分割請求訴訟を提起して、競売にかける、という手紙が届きました。しかし、私には買い取るお金はありません。競売になると、私は家を出て行かなくてはならないのでしょうか。なお、離婚や財産分与については特に話はありません。



回答:

1、一般原則として、共有物についてはいつでも分割請求ができ、共有物の現物が分割できない場合は、裁判所が競売を命ずることができることになっています(民法256,258条)。競売の場合は、売却代金を共有者間で分割することになります。

2、しかし、ご相談の場合は、夫婦間の共有物であり夫婦の解消に伴う財産分与という問題もあり、共有物分割請求が権利濫用として認められない場合もあります。
同様のケースで権利濫用を認めた裁判例もあります。

3、関連事務所事例集1372番1150番821番814番733番712番681番626番参照。

解説

1 民法上の共有とは、それぞれが持分に応じて、目的物全体の使用収益をさせることを予定しています、すなわち、不動産であれば、共有持分を有するものはこの不動産全体について居住の権利を持っています。そして、夫婦間においては、所有不動産を共有にするケースが多く見られ、離婚などの際にこれをどのように処理するかが問題になっています。

2 民法256条の規定する共有物分割請求権は、各共有者に目的物を自由に支配させ、その経済的効用を十分に発揮させるため、近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移行を可能にするものであり、共有の本質的属性として、持分権の処分の自由とともに、十分尊重に値する財産上の権利とされています(最高裁昭和62年422日判決)。所有権絶対の原則から(憲法29条)所有権は、目的物を直接排他的に支配し、目的物を自由に処分することができますから、共有持分権といえども目的物全体を支配する独立の所有権である以上(他の共有持ち分により支配態様が制限されることになるがあくまで独立の所有権です。)目的物の自由処分の一態様として目的である共有物の分割請求も当然にできることになるわけです。通常、共有物分割請求権が行使されると、目的物が可分(分割が物理的に可能であるもの)であれば分割されますし、性質上不可分なものであれば、売却して換価の上で分割することが原則です。不動産の場合も土地のように分割が可能であれば現物の分割が原則ですが、分割すると狭くなってしまったり道路に面していなくなったりして家が建てられなくなってしまう場合は現物の分割はできませんし、また建物の場合はほとんど現物の分割は不可能です。マンションの場合も現物の分割は不可能と言ってよいでしょう。

3 ところで、不動産は、そこを居住などの目的で占有する者と、新たに買い受ける者とのあいだで、その価値に大きな違いがあります。例えば、居住している者にとっては建物があってこその不動産ですが、新たに買い受ける者にとっては、建物は付属品のようなもの(一般的に更地の方が売買価格は高くなる)である、というケースがよくあります。そこで不動産などについては特に、占有者にそのまま不動産を取得させること(価格賠償)の利益や合理性が高いケースが多いといえます。この点、以前は、価格賠償は民法に規定が存在しないため、協議による分割の場合は契約自由の原則から認められるが、裁判による分割の場合は認められない、という考え方が主流でしたが、判例は次第に、全面的価格賠償(共有物を共有者のうち特定の者に取得させること)を認めるようになりました。

4 判例によれば、全面的価格賠償は、

<1>共有物の性質及び形状・共有者の数及び割合・共有物の利用状況などを総合的に考慮し、全面的価格賠償が相当であると認められ、

<2>共有物の価格が適正に評価され、

<3>当該共有物を取得する者に支払能力があり、

<4>他の共有者にその持分の価格を取得させることが共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が存在するとき、に

許されるとしています。(最高裁平成8年10月31日判決)。

5 しかし、本件のように、妻に支払い能力がなく、価格賠償が難しい場合には、競売を許すよりほかにないのでしょうか。この点、大阪高裁平成17年6月9日は、「各共有者の分割の自由を貫徹させることが当該共有関係の目的、性質等に照らして著しく不合理であり、分割請求権の行使が権利の濫用に当たると認めるべき場合がある」とし、本件類似のケースにおいて、共有物の分割請求を権利の乱用に当たるとしてその行使を認めませんでした。

 裁判例の判断のポイントは、

<1>別居中の夫婦の共有財産である不動産について、本来は、離婚の際の財産分与手続にその処理が委ねられるべきであり、そのような方法をとれば、妻が不動産を単独で取得することになる可能性も高いと考えられるが、共有物分割手続ではそれが不可能になること、

<2>現に夫婦関係が継続している以上、同居・協力・扶助の義務(民法七五二条)があり、家族の居所を確保することもその義務に属するものというべきであること、これに対し、

<3>病気のために収入が減少傾向にあるとはいうものの、依然として相当額の収入を得ているにもかかわらず、これらの義務を一方的に放棄して、家族を置き去りにするようにして別居した上、これまで婚姻費用の分担すらほとんど行わなかったこと、さらに、

<4>負債の整理という目的から検討しても、どうしても負債整理のために本件不動産を早期に売却しなければならない理由も認められないこと、

これらの事情を勘案して権利濫用という判断をしています。

6 判例上、ある権利の行使が権利の濫用に当たるか否かは、権利の行使によって実現される権利と、これによって害されることになる権利の内容を比較較量し、総合的に判断する、というのが伝統的な考え方であり、本件でもこれによっているといえます。

 すなわち、分割請求によって住む場所が奪われることになること、これに加え、負債の整理についてはほかにも方法があること、これに、離婚が成立していない以上、夫婦には生活保持義務がある、という点も利益較量において重要なポイントになったと思われます。

 ご質問のケースでも、夫婦間のこれまでの経緯や、夫の負債の状況、あなたの家庭の状況(裁判例では、夫婦の子は二人共難病を患っており、妻がその子らの面倒を見ていました。特に長女は精神疾患に罹患しており、住み慣れた家を失うことは病状を悪化させる、という医師の診断が出ていました)などによっては、共有物分割請求権の行使が権利の濫用に当たると判断される場合もあるかと思います。相手には弁護士がついているようですし、あなたも早めに専門家に相談する方が良いでしょう。


参考条文
民法
(共有物の使用)
第二百四十九条  各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる。
(共有持分の割合の推定)
第二百五十条  各共有者の持分は、相等しいものと推定する。
(共有物の変更)
第二百五十一条  各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができない。
(共有物の管理)
第二百五十二条  共有物の管理に関する事項は、前条の場合を除き、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。
(共有物に関する負担)
第二百五十三条  各共有者は、その持分に応じ、管理の費用を支払い、その他共有物に関する負担を負う。
2  共有者が一年以内に前項の義務を履行しないときは、他の共有者は、相当の償金を支払ってその者の持分を取得することができる。
(共有物についての債権)
第二百五十四条  共有者の一人が共有物について他の共有者に対して有する債権は、その特定承継人に対しても行使することができる。
(持分の放棄及び共有者の死亡)
第二百五十五条  共有者の一人が、その持分を放棄したとき、又は死亡して相続人がないときは、その持分は、他の共有者に帰属する。
(共有物の分割請求)
第二百五十六条  各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる。ただし、五年を超えない期間内は分割をしない旨の契約をすることを妨げない。
2  前項ただし書の契約は、更新することができる。ただし、その期間は、更新の時から五年を超えることができない。
第二百五十七条  前条の規定は、第二百二十九条に規定する共有物については、適用しない。
(裁判による共有物の分割)
第二百五十八条  共有物の分割について共有者間に協議が調わないときは、その分割を裁判所に請求することができる。
2  前項の場合において、共有物の現物を分割することができないとき、又は分割によってその価格を著しく減少させるおそれがあるときは、裁判所は、その競売を命ずることができる。

参考判例
大阪高等裁判所平成17年6月9日
第二 事案の概要
一 事案の要旨
(1)本件は、夫である被控訴人が妻である控訴人に対し、控訴人・被控訴人が各二分の一の割合で共有している別紙物件目録記載の土地及び建物(以下それぞれ「本件土地」、「本件建物」といい、併せて「本件不動産」という。)について、競売の上、代金分割の方法による共有物分割を求めた事案である。
 控訴人は、本件の共有物分割請求が権利の濫用に当たり許されないなどと主張して争っている。
(2)原審は、控訴人の主張をすべて排斥し、被控訴人の請求を認容した。
 控訴人は、原判決の取消しと被控訴人の請求棄却を求めて控訴した。
(3)当裁判所は、被控訴人の共有物分割請求は権利の濫用に当たり、許されないから、被控訴人の請求は理由がないものと判断する。
二 争いのない事実
(1)被控訴人(昭和《年月日略》生)と控訴人(昭和《年月日略》生)は、昭和四三年《月日略》に婚姻届出をした夫婦である。
(2)被控訴人は、昭和六一年一二月一日、本件土地を大阪府不動産事業協同組合連合会から買い受けて、その所有権を取得し、同日、その旨の所有権移転登記手続を経由した。
 被控訴人は、昭和六二年四月一九日、本件土地上に本件建物を建築して、その所有権を取得し、同年五月一三日、その所有権保存登記を経由した。
(3)被控訴人は、平成元年一二月二二日、控訴人に対し、本件不動産の持分各二分の一を贈与し、同日、その旨の所有権一部移転登記手続を経由した。
 その結果、本件不動産は、現在、被控訴人と控訴人が各二分の一ずつの持分で共有している。
三 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)共有物分割協議の存否
〔被控訴人〕
 被控訴人は、控訴人に対し、平成一五年四月二一日付け内容証明郵便により共有物分割協議を申し入れたところ、控訴人は、同月二六日、被控訴人代理人に対し、分割協議に応じる意思は全くない旨を口頭で連絡した。
〔控訴人〕
 控訴人が共有物分割協議に応じる意思が全くない旨被控訴人に述べたとの事実は否認する。被控訴人側の上記申入れは、本件不動産の売却見込価格や抵当権の残債務等に関する情報を何ら提供せず、単に売却するか買い取るかの選択を迫ったものであり、不動産取引の知識のない控訴人としては、売りたくないというしか対応のしようはなかったのであって、共有物分割協議自体を拒否したことはない。
(2)本件不動産の共有物分割請求の当否
〔控訴人〕
 本件不動産は、婚姻後、被控訴人と控訴人が自宅として購入したものであり、それぞれの持分が各自の特有財産になるものではなく、実質的には被控訴人と控訴人の夫婦共有財産である。
 したがって、本件不動産は、離婚の際の財産分与の対象となることは格別、共有物分割請求の対象となることはない。
〔被控訴人〕
 争う。
(3)権利の濫用の主張の当否
〔控訴人〕
ア 本件不動産は、前記のとおり、被控訴人と控訴人との実質的共有財産であり、夫婦関係が継続されている以上、そもそも共有物分割の手続に馴染まない。
イ 被控訴人は、控訴人に対し、同居中、暴言を吐いたり、暴力を振るったほか、娘たち三人に対しては、同女らの意思に反して、執拗に税理士になることを強要し、長女の春子を統合失調症に罹患させたり、二女の夏子の結婚に強硬に反対し、その夫の両親を誹謗中傷する行為を繰り返すなど、家族に虐待を加えた挙げ句、自らは、病気の春子の看護を放棄して、自宅(本件不動産)を出て別居し、生活費もほとんど支払わないなど、控訴人らを苦境に陥らせている。
ウ 春子は、前記のとおり、統合失調症に罹患していて、入退院を繰り返しており、住み慣れた自宅を失うと病状が悪化する可能性があると診断されているし、控訴人自身、被控訴人からの虐待や春子の看護に疲れ、現在、神経症で通院治療を受けている状況にある。

 このような状況下で、現在、本件請求が認容されると、控訴人や春子は、精神的にも経済的にも苛酷な状況に陥る。
エ 被控訴人は、負債整理のために本件請求をしていると主張しているが、現時点で家族を犠牲にしてまで本件不動産を処分する必要があるとは考えられない。
 仮に、負債整理の必要があるとしても、被控訴人の所有であり、会計事務所として使用している不動産を売却することも可能であるし、実家のある乙山県に所有していた不動産を処分してこれに充てることも可能であったのに、同不動産については、この時期にわざわざ妹に贈与している。
オ 以上の諸事情からすると、被控訴人は、控訴人や春子らを長年にわたって虐待し続けておきながら、共有物分割請求を利用して、現に控訴人や春子が居住している本件不動産を競売し、控訴人らをさらに苦境に陥れようとするものであって、被控訴人の共有物分割請求権の行使は権利の濫用として許されない。
〔被控訴人〕
 被控訴人は、現在、前立腺癌に罹患し、その進行程度はステージD2と最も進んだ状態にあるところ、その治療などのため、収入が減少傾向にあり、借入金の返済が徐々に困難になっていることから、余命を考慮して、負債を整理しようとしているものである。
 したがって、共有物の分割を求めることは何ら権利の濫用となるものではない。
(4)分割の方法
〔被控訴人〕
 本件不動産は、居宅であり、持分に応じた区分所有に適さないばかりか、現物分割は不可能であるから、競売による代金分割の方法による分割を求める。
〔控訴人〕
 本件不動産は、建物の床面積が土地の面積の半分にも満たないことからすると、必ずしも現物分割が不可能であるとはいえない。
 また、仮に、代金分割の方法によるとしても、本件不動産に設定されている担保権の被担保債権の使途は不明であり、控訴人が負担するいわれはないから、本件不動産の価格の二分の一の金額は、控訴人が取得できる方法によらなければならない。
第三 当裁判所の判断
一 認定事実
 前記争いのない事実及び《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
(1)被控訴人(昭和《年月日略》生)と控訴人(昭和《年月日略》生)は、昭和四三年《月日略》に婚姻届をした夫婦である。両者の間には、長女春子(昭和四四年生)、二女夏子(昭和四五年生)及び三女秋子(昭和五二年生)が生まれた。
(2)被控訴人は、控訴人と婚姻した昭和四三年に税理士試験に合格して、会計事務所(屋号 甲野会計事務所)を開業した。
 控訴人は、子育ての傍ら、当初はガソリンスタンドの集計のアルバイトをしつつ、被控訴人の会計事務所の仕事も手伝っており、昭和五二年ころまでは夫婦関係も良好であった。
(3)控訴人は、昭和五二年ころから急激に体力の衰えを感じるようになり、それが仕事にも悪影響を与えるようになった。同年の秋ころには、心臓発作を起こしたこともある。

 被控訴人は、控訴人の仕事が遅かったり、間違ったりすると、「さぼりやがって」とか「間違いやがって」などと荒々しい言葉で非難するようになり、昭和五七年ころからは、控訴人の頭部をそろばんで殴打するなどの暴力も振るうようになった。
 なお、被控訴人は、昭和六一年一二月に本件不動産を買い受け、以後、同不動産を自宅として家族共々居住するようになり、平成元年一二月、贈与税の配偶者控除の制度を利用して、控訴人に対し、持分二分の一を贈与した。
(4)被控訴人は、三人の娘たちが将来税理士になって、会計事務所を継ぐことを強く望んでおり、いずれも学生のころから、半強制的に、事務所でアルバイトをさせつつ税理士になるための勉強をさせていた。
 春子も、大学卒業後、一般の企業に就職する希望を持っていたものの、被控訴人に反対されたため断念し、被控訴人の事務所での勤務を続ける傍ら、税理士試験の勉強を続けていたが、平成四年ころ、統合失調症を発病し、以後通院治療を受けるようになった。なお、医療法人丙川クリニックの丙川松夫医師は、春子の発病の原因について、不明な点が多いものの、家庭内での適応障害、とりわけ父への葛藤が主題のことが多く、漸次、妄想(敏感・関係)が出現してきたものと判断している。
(5)控訴人は、平成五年ころ、原田病(頭痛や嘔吐やめまい等の症状を経た後、突然、視力が低下する病気で、悪化すると失明する可能性もある。)に罹患し、約四〇日間入院した後、通院して、投薬治療を受けるようになった。
 控訴人は、そのため、そのころ以降は、会計事務所の手伝いが出来なくなった。
(6)春子は、平成八年ころから病状が悪化して妄想状態が出現し、自宅の襖に被控訴人に対する恨みを書き連ねたり、冷蔵庫や壁に食器や本など物を投げつけたりするようになった。
 被控訴人は、このような状況を避けるため、平成八年一二月ころに自宅を出て、事務所に寝泊まりし、自宅には帰らないようになり、以後現在まで別居状態が続いている。なお、
別居後、被控訴人は、控訴人に対し、生活費として、平成一〇年には、年間五〇万円程度、平成一一年の夏子の結婚以降に、約七万円ずつ三回の支払をしただけで、それ以外は全く生活費を支払わず、このような状態は平成一六年二月まで続いた。
(7)被控訴人は、春子が発病したことから、今度は、二女夏子が会計事務所を継ぐことを期待し、大学卒業後、会計事務所で働かせて税理士試験の勉強をさせていたが、夏子も結局、税理士試験に合格することなく事務所を退職して、平成九年六月に丁原社に就職した。なお、その際、被控訴人は、上司に夏子を辞めさせるよう求めたりした。
 夏子は、平成一一年に勤務先の同僚と結婚したが、被控訴人はこれに強硬に反対し、以後、夏子の夫の実家に嫌がらせの電話をかけるなどするようになった。
 被控訴人は、平成一三年九月ころ以降も、控訴人、夏子、控訴人の兄弟等に対し、夏子の夫の実家がヤミ金融業者から借入れをしていて、倒産するおそれがあり、ヤクザが夏子と控訴人の自宅や被控訴人の事務所に取立に来る、夏子の夫の父自らがヤクザであるなどといった内容や、夏子に税理士試験に合格して事務所を継ぐよう求める内容を記載した文書を送付した。
(8)控訴人は、平成一三年七月ころからは、神経症の通院治療も受けている。
 控訴人は、自宅で春子の面倒を見ているが、春子は、同年七月ころから平成一四年一月ころまでと同年六月ころから同年七月ころまで、統合失調症の治療のため精神科の病院に入院しており、同年一一月には、大阪府から、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律により障害等級三級と認定され、保健福祉手帳の交付を受けている。また、春子は、現在通院中の戊田病院から、住み慣れた自宅を失うと病状が悪化する可能性があるとの診断も受けている。
(9)被控訴人は、平成一四年一月時点で、前立腺癌ステージD(多発性骨・リンパ節転移)の診断を受け、転移の状況から手術の適応はなく、主としてホルモン療法を続けているが、再発した場合は有効な治療方法がない旨の告知を受けている。なお、現在はステージD―2と診断されている。
(10)被控訴人は、現在、税理士として、会計事務所を経営しているほか、有限会社甲田の代表取締役として、同社から報酬を得ている。
 税理士業務による売上金額は平成一三年分が一三五一万九九五〇円、平成一四年分が一四二八万八九五〇円、平成一五年分が一一五六万一二五〇円であり、所得金額(青色申告特別控除前のもの)は、平成一三年分が六二万五六九一円、平成一四年分が五三万八五七〇円、平成一五年分が三九万九四五三円である。また、被控訴人の有限会社甲田等からの給与所得は、平成一三年分が四二八万八八〇〇円、平成一四年分が三六五万八四〇〇円、平成一五年分が二三七万二〇〇〇円(このほか雑所得八四万七八三二円)である。
(11)被控訴人の評価によれば、本件不動産の時価は、約二七〇〇万円であるが、本件不動産には、いずれも被控訴人を債務者として、住銀保証株式会社に対する債権額一九六〇万円の抵当権(昭和六一年一一月二八日保証委託契約による求償債権の同年一二月一日ないし昭和六二年六月五日設定)、同社に対する債権額一八〇〇万円の抵当権(平成六年五月一八日保証委託契約による求償債権の同年六月六日設定)及び大阪府中小企業信用保証協会に対する極度額五〇四〇万円の根抵当権(平成六年七月二六日設定)が設定されており、その残債は現在約七四〇万円である。
(12)被控訴人は、平成一六年二月末現在で、本件不動産のほか、会計事務所に使用している、大阪市《番地略》所在の区分所有建物の一室(五〇・三八平方メートル、平成六年七月二六日購入、被控訴人の評価で時価約一四〇〇万円、預金約二八〇万円、売掛金約一九〇万円、株式一〇〇万円(ただし、取得価格)、生命保険解約返戻金約八〇〇万円の資産を有しており、他方、会社・個人を併せて約三九〇〇万円の負債がある。
 なお、被控訴人は、昭和三〇年三月五日に、乙山県《番地略》所在の宅地(六八四・二九平方メートル)及びその地上居宅・物置)木造瓦葺平家建、六七・一〇平方メートル)を相続して所有していたが、前立腺癌を発病したこともあって、平成一四年から平成一六年にかけて、すべて妹の甲野松子に贈与している。
(13)被控訴人は、平成一三年ころ、大阪家庭裁判所に対し、控訴人を相手方とする離婚調停(同裁判所平成一三年(家イ)第八三五号)を申し立て、控訴人が離婚に反対して応じないため、不成立で終了した。
 被控訴人は、当審の口頭弁論終結時までに、離婚訴訟は提起していない。
(14)被控訴人訴訟代理人の藤井長弘弁護士は、控訴人に対し、平成一五年四月二四日到達の内容証明郵便で、被控訴人が本件不動産の分割を希望しており、その分割方法について協議したいので、早急に連絡をするよう要請し、連絡がない場合は分割協議の意思がないものと判断する旨を連絡した。
 控訴人は、同月二五日ころ、被控訴人代理人に電話をかけたところ、被控訴人代理人から、控訴人が本件不動産の被控訴人持分を買い取るか、本件不動産を任意売却して売却代金を分配することを求められ、これらに応じない場合は競売になるなどと告げられたのに対し、売却には応じないと返答した。
(15)被控訴人は、平成一五年七月一七日に本件訴訟を提起したが、それまで、被控訴人又は被控訴人代理人と控訴人との間で本件不動産について協議がされることはなかった。
(16)控訴人は、平成一六年、大阪家庭裁判所に、被控訴人を相手方として、婚姻費用分担の調停(同裁判所平成一六年(家イ)第六四〇号)を申し立て、同年二月九日に調停が成立した。
 その内容は、〔1〕被控訴人は、控訴人に対し、婚姻費用分担金として、平成一六年二月から同年八月まで一か月六万円あて、同年九月から離婚又は同居に至る月まで一か月三万円あてを、毎月末日限り支払う、〔2〕控訴人は、被控訴人に対し、現在までの未払い婚姻費用分担金の請求をしないというものである。
二 共有物分割協議の存否(争点(1))について
 民法二五八条一項の「共有者間に協議が調わないとき」とは,実際に協議したが、不調に終わった場合に限らず、共有者の一部に共有物分割の協議に応じる意思がないため、協議をし得ない場合を含むものと解される。
 これを本件についてみるに、前記認定事実(14)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人訴訟代理人弁護士は、内容証明郵便により共有物分割の協議の申入れをしたこと、本件不動産のうち建物は、区分所有権の対象となる構造ではなく(弁論の全趣旨)、したがって、本件土地と建物を一体として現物分割することは困難であり、また、本件土地の面積が二三五・六七平方メートルで本件建物の一階床面積が九六・一五平方メートルであるから、建物の底地以外の部分(空地部分)が独立して利用可能な状況であれば、差額を調整することにより、現物分割の可能性もないではないが、控訴人側から具体的な分割の可能性は示されておらず、この方法も現実的ではないと考えられ、結局、本件不動産全体は、現物分割は不可能であり、分割するとすると、代金分割か価格賠償しかないことになるが、控訴人の資力を考慮すると、代金分割の方法しかないこと、これに対し、控訴人は、電話で本件不動産の売却には応じられない旨回答したこと、その後、本訴提起に至るまで、控訴人から協議の申入れはされていないこと、控訴人は、本件訴訟においても、一貫して共有物分割に反対していることが認められ、これらの事実によれば、控訴人に分割協議に応じる意思があるとは認め難く、民法二五八条一項の「共有者間に協議が調わないとき」に該当すると認めるのが相当である。 
三 本件不動産の共有物分割請求の当否(争点(2))について
 控訴人は、本件不動産は、実質的には被控訴人と控訴人の夫婦共有財産であるから、共有物分割請求の対象となることはない旨主張している。
 なるほど、前記認定事実によれば、本件不動産は、被控訴人と控訴人の実質的共有財産であることが認められ、その分割方法については、他の夫婦の実質的共有財産と併せて、離婚の際の財産分与手続に委ねるのが適切であることは否定できない。
 そして、上記のような事情は分割にあたって十分考慮すべきではあるが、夫婦の実質的共有財産ではあっても、民法上の共有の形式を採っている以上、この場合だけ、共有物分割を含む、民法の共有関係の諸規定の適用を一切排除しなければならないとまでは認め難いから、控訴人の前記主張は採用できない。
四 権利の濫用の主張の当否(争点(3))について
(1)民法二五六条の規定する共有物分割請求権は、各共有者に目的物を自由に支配させ、その経済的効用を十分に発揮させるため、近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移行を可能にするものであり、共有の本質的属性として、持分権の処分の自由とともに、十分尊重に値する財産上の権利である(最高裁判所大法廷昭和六二年四月二二日判決・民集四一巻三号四〇八頁参照)。
 しかし、各共有者の分割の自由を貫徹させることが当該共有関係の目的、性質等に照らして著しく不合理であり、分割請求権の行使が権利の濫用に当たると認めるべき場合があることはいうまでもない。
(2)以上の観点に立って本件について、被控訴人の分割請求権の行使が権利の濫用に当たるか否かについて検討する。
 控訴人が指摘するとおり、本件不動産は、被控訴人が控訴人との婚姻後に取得した夫婦の実質的共有財産であり、しかも現実に自宅として夫婦及びその間の子らが居住してきた住宅であり、現状においては被控訴人が別居しているとはいえ、控訴人及び長女春子が現に居住し続けているものであるから、本来は、離婚の際の財産分与手続にその処理が委ねられるべきであり、仮に、同手続に委ねられた場合には、他の実質的共有財産と併せてその帰趨が決せられることになり、前記認定に係る、資産状況及び控訴人の現状からすると、本件不動産については、控訴人が単独で取得することになる可能性も高いと考えられるが、これを共有物分割手続で処理する限りは、そのような選択の余地はなく、被控訴人が共有物分割請求という形式を選択すること自体、控訴人による本件不動産の単独取得の可能性を奪うことになる。
 そして、前記認定のとおり、被控訴人は、離婚調停の申立て自体は経由しているものの、いまだ離婚訴訟の提起すらしておらず、現に夫婦関係が継続しているのであるから、本来、被控訴人には、同居・協力・扶助の義務(民法七五二条)があり、その一環として、控訴人及び病気の長女春子の居所を確保することも被控訴人の義務に属するものというべきである。ところが、被控訴人は、病気のために収入が減少傾向にあるとはいうものの、依然として相当額の収入を得ているにもかかわらず、これらの義務を一方的に放棄して、控訴人や精神疾患に罹患した長女の春子をいわば置き去りにするようにして別居した上、これまで婚姻費用の分担すらほとんど行わず、婚姻費用分担の調停成立後も平成一六年九月以降は、月額わずか三万円という少額しか支払わないなど、控訴人を苦境に陥れており、その結果、控訴人は、経済的に困窮した状況で、しかも自らも体調が不調であるにもかかわらず、一人で春子の看護に当たることを余儀なくされている。その上、本件の分割請求が認められ、本件不動産が競売に付されると、控訴人や春子は、本件不動産からの退去を余儀なくされ、春子の病状を悪化させる可能性があるほか、本件不動産には前記認定のように抵当権が設定されているため、分割時にその清算をすることになり、控訴人と春子の住居を確保した上で、二人の生計を維持できるほどの分割金が得られるわけでもないし、控訴人は、既に満六〇歳を過ぎた女性であり、しかも原田病や神経症のため通院治療を受けていて、今後、稼働して満足な収入を得ることは困難であるから、経済的にも控訴人は一層苦境に陥ることになる。
 これに対し、被控訴人は、現在、進行した前立腺癌に罹患し、その治療などのため、収入が減少傾向にあり、借入金の返済が徐々に困難になっていることから、余命を考慮して、負債を整理するため、本件不動産の分割請求をしているものである旨主張している。
 被控訴人の病状からして、上記のような考えを持つこと自体は理解できないでもないが、前記認定事実によっても、その主張自体からも、現時点で、金融機関から競売の申立てを受けているわけでもなく、直ちに本件不動産を処分しなければならないような経済状態にあるとは認め難いし、仮に、そのような必要があるとしても、事務所不動産を先に売却して、事務所自体は他から賃借することも考えられるのであって、どうしても負債整理のために本件不動産を早期に売却しなければならない理由も認められない。また、上記のような困難な状況にある妻である控訴人や子供らの強い反対を押し切り、控訴人らを苦境に陥れてまで負債整理を行わなければならない必然性も見出し難い。
(3)以上の諸事情を総合勘案すると、被控訴人の分割の自由を貫徹させることは、本件不動産の共有関係の目的、性質等に照らして著しく不合理であり、分割の必要性と分割の結果もたらされる状況との対比からしても、被控訴人の本件共有物分割請求権の行使は、権利の濫用に当たるものというべきである。
五 結論
 以上によれば、被控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却すべきである。
 よって、これと異なる結論の原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。


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