新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1465、2013/08/20 00:00 https://www.shinginza.com/koumuin.htm
【題材】 公務員の自転車窃盗

質問:
 私は,公務員をしております。昨日,仕事で帰宅が遅くなり,終電を逃してしまった私は,つい出来心で通りがかりのマンションの駐輪場に止めてあった鍵のついていない自転車を盗ってしまいました。その自転車に乗って帰宅中,警察官の職務質問を受けてしまい,自転車を盗んだことがばれてしまったのです。そのまま警察署に連れて行かれましたが,逮捕等はされず,その日は住所等を明かしただけで帰されました。
 私には前科もなく,単に自転車を勝手に乗ってきてしまっただけなので,このまま何事もないまま事件は終わるのでしょうか。今後のことが少し不安です。

回答:
1. マンションの駐輪場に止めてあった自転車を勝手に持ってきてしまえば,形式的には窃盗罪(刑法第204条)が成立します。たとえその日に取調べや逮捕をされずに帰されたとしても,刑事手続は継続しており,このまま何もしなければ検察官のもとに事件が送られ,何らかの処分を受けることが十分に考えられます。そうなってしまうと,あなたに前科が付くことになってしまいます。また,自転車窃盗等の比較的軽い罪の場合,「微罪処分」となるため,前科は付かないのではないか,と思われるかもしれませんが,職業が公務員である場合,どのような場合でも「微罪処分」とはならないという運用がなされることがあります。したがって,あなたのような公務員は,どのような犯罪でも前科が付いてしまう可能性があるのです(もちろん検察庁に送検されても検察官の判断で不起訴処分となれば前科は付きません)。
2. さらに,公務員である場合,警察官は今回のことを職場に伝えてしまう可能性がありますし(公務員の場合事件の内容にかかわらず職場に連絡するのが実務となっている様です。),最近は自転車窃盗であっても,公務員の犯罪として報道されてしまうことにより,職場に発覚してしまうこともあります。そうなってしまえば,職場からの懲戒処分は避けられません。したがって,今回のような自転車窃盗という比較的軽い犯罪であり,かつ逮捕されていない場合であっても,前科が付くことを回避し,マスコミ報道を避け,職場に発覚しないように,迅速に弁護活動をする必要があります。早い段階で弁護士に相談されることをお勧めいたします。
3. 公務員の懲戒関連事例集論文1456番、1434番、1389番、1321番、1294番,1255番,1247番,1008番,1007番,947番,600番,538番、1250番,1233番,1086番,1085番,1079番参照。窃盗に関する関連事例集論文1258番,595番,258番参照。
4. 公務員が犯罪を犯してしまった場合一般に関する説明については,当事務所ホームページの「公務員の犯罪について」https://www.shinginza.com/koumuin.htmをご覧ください。
6.諭旨退職に関する当事務所事例集1086番、657番参照。
1250番,1233番,1086番,1085番,1079番,


解説:
1 今回の事件について
(1)まず,今回あなたが行った行為は,自転車という他人の財物を窃取しているので,窃盗罪(刑法第204条)に該当します。窃盗罪の法定刑(法律で定められている刑罰の範囲)は,「10年以下の懲役又は50万円以下の罰金」(同条)となっていますが,今回のような自転車窃盗の場合,初犯(前科が付いていない場合)であれば,その他特別な事情がなければ罰金刑が選択されます。しかし,罰金刑であっても,前科となることについては,懲役刑の場合と同様です。
(2)なお,あなたはマンションの駐輪場から自転車を持ち出していますが,これが道路上に置かれていた自転車であった場合,窃盗罪ではなく,占有離脱物横領罪(刑法254条)という別の罪にとどまることがあります。占有離脱物横領罪の法定刑は「1年以下の懲役または10万円以下の罰金もしくは科料」ですから,窃盗罪に比べて軽いものとなっています。しかし,占有離脱物横領罪であっても,当然犯罪自体は成立しているので,罰金刑等になってしまえば,前科自体は付いてしまうことになります。
(3)また,あなたのような公務員の場合,@前科が付くことと併せて,A報道されてしまうこと,B職場から懲戒処分を受けること,という危険があります。
 近年,公務員に対する世間の目は厳しいものとなっており,その報道価値は高まっていますから,たとえ自転車窃盗程度の比較的軽微な犯罪であっても,テレビやインターネットのニュースサイトで報道されてしまうことがあります。特に,インターネット上で報道されてしまうと,たとえ事件が終了したとしても,その記事自体は消さない限り半永久的に残ってしまうことになります。
 以上のように報道されてしまえば,当然職場に発覚することになりますが,たとえ報道されなくとも,被疑者が公務員の場合,職場に連絡する,という運用がなされていることがあります。この職場に対する連絡については,警察署,さらには警察官ごとにその運用はさまざまですが,何も対応をしなくてもよい,ということではありません。
 なお,職場からの懲戒処分ですが,公表されている人事院の「懲戒処分の指針について」という通知を見ると,特段の主張をしない限り,原則として「他人の財物を窃取した職員は,免職又は停職とする」となっています。
(4)以上が,今回の件について何の対応もしなかった場合に予測される事態となります。
  ここで,自転車窃盗のような軽微な微罪処分になるので,少なくとも上記のような事態にはならない,と思われるかもしれません。そこで,以下では微罪処分とその可能性について検討します。
2 微罪処分について
(1)「微罪処分」とは,通常の刑事手続が,警察官から検察官に事件が送られ,検察官がその処分(終局処分といいます。)を決める,つまり起訴して裁判にするのか,略式起訴という手続により罰金刑にするのか,不起訴にするのか,を決定するという経過をたどるところ,警察官の段階で事件を終了させる特別な処分のことです。この微罪処分は,刑事訴訟法246条ただし書,犯罪捜査規範198条から200条に規定があります。
  ただし,これらの規定には具体的に微罪処分とすることができる場合が定められておらず,その基準は各地方検察庁がそれぞれ独自に定めています。ただ,そもそも微罪処分の趣旨が軽微な事案によっては通常の刑事手続の経過をたどらせることが煩雑に過ぎるため,これを簡略化するというものでありますから,その基準はまず軽微な事案であることが基本となっています。
  具体的には,たとえば今回のような窃盗事件であれば,「被害額がわずかで(おおむね20,000円の範囲内),かつ,犯情軽微であり,盗品等の返還その他被害の回復が行われ,被害者が処罰を希望せず,かつ,被疑者に前科・前歴がなく,素行不良者でない者の偶発的犯行であって,再犯のおそれのない窃盗,詐欺又は横領事件及びこれに準ずべき事由がある盗品等に関する事件」等がその基準になります。
 なお,上記のとおり,微罪処分の基準は各地方検察庁の指示ごとに異なりますので必ずしも上記基準が妥当するわけではありませんので,上記に挙げているものは,あくまでも一例となります。
(2)したがって,今回の件では,あなたに前科がなく,盗んだ自転車を返しさえすれば,上記の微罪処分とできる場合に該当するようにも思われます。
 しかし,上記例で挙げた基準に該当する場合であっても,例外的に微罪処分とできないようなケースがあるのです。
  その一例が,公務員による犯罪の場合です。公務員による犯罪の場合は,たとえ微罪処分にしうる原則的な基準を満たしていても,例外的に微罪処分にはできないという指示がなされていることがあります。
 これは,公務員が国民あるいは地方住民の全体の奉仕者として地位と責任を負い、他方でその地位が保証されていることから、犯罪のような非行については厳格に処分されるべきであることが理由ですが,同じ公務員である検察官及び警察官が,「身内びいき」を疑われないために通常の刑事手続の流れに乗せて公正に処分するという姿勢を示す,という意図があるものだと考えられます。
(3)以上から,たとえ自転車窃盗であり,通常であれば微罪処分となるような事案であっても,あなたが公務員である場合,事件を検察官に送られてしまい,何らかの刑事処分を受けてしまうことも十分に想定されます。
3 具体的な弁護活動について
(1)以上の通り,あなたの場合,通常の刑事手続の流れをたどる可能性が高いことから,前科を回避するためには,検察官から不起訴処分を受けなければなりません。
そのための具体的な対応策としては,まずは自転車窃盗であるからといって放置せずに,できる限り迅速に被害者と示談の交渉を行い,その許しを得ることが挙げられます。このとき,単に口頭で許してもらうだけではなく,すでに被害届が出されている場合にはその取り下げを求める書面の作成に協力してもらう必要があります。
また,示談交渉を行うためには捜査機関から被害者の連絡先を開示してもらう必要がありますが,被害者の連絡先等の情報は通常被疑者であるあなたには直接開示されず,弁護士限りに開示されるのが通常です。
(2)また,担当警察官と交渉して,職場に連絡されてしまうことを阻止する必要があります。これは,上記のとおり各警察官の対応次第というところがありますから,詳細な意見書,具体的には,軽微な事案であり,職場に対する連絡があなたにとって刑事処分以上の過大な制裁になってしまうこと等記載したものを作成したうえでの粘り強い交渉が必要となります。
(3)報道の阻止についても同様です。一度,報道機関に情報が流れてしまえば,報道の自由がありますから,報道機関に対する報道中止の申し入れは奏功する可能性が高くはありません。したがって,捜査機関(担当の警察官)が報道機関に報告する前に止める必要があるのです。
  なお,職場に連絡されてしまうことと,報道されてしまうことを阻止するための交渉を行う上では,被害者の方と示談が済んでおり,その許しを得ていることは非常に大きな材料となります。
  したがって,まずは被害者の方との示談に着手する必要があります。
(4)以上の活動を並行して迅速にとる必要がありますので,是非とも速やかに弁護士に相談されることをお勧めいたします。

【参照条文】
刑法
(窃盗)
第235条  他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(遺失物等横領)
第254条  遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

刑事訴訟法
第246条  司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。

犯罪捜査規範
(微罪処分ができる場合)
第198条  捜査した事件について,犯罪事実が極めて軽微であり,かつ,検察官から送致の手続をとる必要がないとあらかじめ指定されたものについては,送致しないことができる。
(微罪処分の報告)
第199条  前条の規定により送致しない事件については,その処理年月日,被疑者の氏名,年齢,職業及び住居,罪名並びに犯罪事実の要旨を一月ごとに一括して,微罪処分事件報告書(別記様式第十九号)により検察官に報告しなければならない。
(微罪処分の際の処置)
第200条  第198条(微罪処分ができる場合)の規定により事件を送致しない場合には,次の各号に掲げる処置をとるものとする。
一  被疑者に対し,厳重に訓戒を加えて,将来を戒めること。
二  親権者,雇主その他被疑者を監督する地位にある者又はこれらの者に代わるべき者を呼び出し,将来の監督につき必要な注意を与えて,その請書を徴すること。
三  被疑者に対し,被害者に対する被害の回復,謝罪その他適当な方法を講ずるよう諭すこと。


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