新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1365、2012/11/2 10:57 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・マンションのひび割れ等の瑕疵に関し・買主の施工業者,設計監理者に対する責任追及の根拠・安全配慮義務の対象範囲 最高裁平成23年7月21日判決  福岡高裁平成21年2月6日判決】

質問:私が購入し現在居住しているマンションに,多数のひび割れや鉄筋の耐力低下等が見受けられ困っています。この建物は,建築主から購入したのですが,建築主は資産がほとんどないようです。建物の建築設計・工事監理をした会社とその施工をした建築会社に対しても,金銭的賠償請求は可能でしょうか。

回答:
1 マンションの建築に携わる建築会社及び設計者,工事監理者(施行業者)は,完成した建築物に何らかの瑕疵があった場合,建築主(施主)に対して瑕疵担保(民法634条以下)等の責任を負うのは当然ですが,直接契約関係にない当該マンションを購入した買主等(居住者,通行人)に対しても同様に責任を負う場合があります。すなわち,建設会社等は,当該建物の基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務がありますので,その義務を怠り(安全配慮義務違反)その結果建築された建物に関して基本的な安全性を損なう瑕疵が存在し,その瑕疵によって買主(居住者)の生命,身体又は財産が侵害されたような場合です。買主は瑕疵の存在を知りながらマンションを購入したなど特段の事情がない限り,生じた損害について不法行為(民法709条)による賠償責任請求が可能でしょう。従って,相談者のケースにつきましても,上記要件を充たす場合には金銭的償いを受けられる可能性が残されていますので専門家に相談してください。
2 最高裁平成23年7月21日判決は、安全配慮義務の趣旨から妥当な判決と思われます。
3 法律相談事例集キーワード検索で1014番936番参照。
4 尚この事例集論文は、新しい最高裁判例により事例集論文1014番を加筆訂正したものです。

解説:
1.(問題点)まず,購入した建物に多数のひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵がある場合,買主は,売主に対し売買に基づく瑕疵担保責任の追及(民法570条)をすることができます。しかし売主である建築主に資産がないような場合,工事を行った建築会社,建築設計・工事監理をした会社(施行業者)に対する責任追及が問題となります。これらの会社は,施主と請負契約を締結していますが,マンションの買主とは直接契約の当事者関係にないので,基本的に買主に対して債務不履行責任(民法415条),瑕疵担保責任(民法570条)を負うことはありません。そこで,買主は,施行業者に対し生じた損害について不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)が可能かどうか又その根拠は何かを考える必要があります。

※上記の法律関係を要約すると次のような形になります。

契約関係にある当事者間の賠償責任→契約責任(民法415条、570条など)
(マンションで言えば、施工業者と発注業者の関係、売主と買主の関係など、直接の契約関係にある当事者の問題です。)

契約関係にない当事者間の賠償責任→不法行為責任(民法709条)
(但し、契約関係にある当事者間でも、民法709条の要件を満たす場合は、被害者は加害者に対して、不法行為責任を原因として賠償請求することも可能です。マンションで言えば、施工業者と買主又は居住者の関係です。)

2.(福岡高裁平成16年12月16日判決の過失責任の考え方)
 本件のような請負の目的物の買主が直接契約関係にない建築,設計,監理会社に対して不法行為責任を追及する理論的根拠,すなわち,過失(故意),違法性の内容がいかなるものか問題ですが,この点について,福岡高裁は,類似の事件について(マンションにはひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵がある場合の損害賠償等事件)責任(過失,違法性)を限定的に解釈し,違法性を帯びる程度の瑕疵はないとして損害賠償を認めませんでした。
 判断内容を参照します。「当該目的物に瑕疵があるからといって,当然に不法行為の成立が問題になるわけではなく,その違法性が強度である場合,例えば,請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵ある目的物を製作した場合や,瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びる場合,瑕疵の程度・内容が重大で,目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合等に限って,不法行為責任が成立する余地がある。」さらに「このような見地に立って本件をみると,一審原告らの主張するような瑕疵があるからといって,当然に不法行為の成立が問題になるものではなく,その違法性が強度である場合,即ち請負人である一審被告らが本件建物の所有者の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵を生じさせたという場合や,当該瑕疵が建物の基礎や構造躯体に関わり,それによって建物の存立自体が危ぶまれ,社会公共的にみて許容しがたいような危険な建物が建てられた場合に限って,一審被告らについて不法行為責任が成立する可能性があるものというべきである。」以上のように述べています。

3.(最高裁の過失の考え方,最高裁平成19年7月6日判決,安全配慮義務違反)
 上記福岡高裁の判決に対して最高裁は,安全配慮義務を認める見地から責任(違法性,過失)を広く認め,損害賠償に関する部分について破棄し福岡高裁に差し戻しています。
 判決内容参照します。「(1)建物は,そこに居住する者,そこで働く者,そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに,当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから,建物は,これらの建物利用者や隣人,通行人等(以下,併せて「居住者等」という。)の生命,身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず,このような安全性は,建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると,建物の建築に携わる設計者,施工者及び工事監理者(以下,併せて「設計・施工者等」という。)は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。

 (2)原審は,瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するのは,その違法性が強度である場合,例えば,建物の基礎や構造く体にかかわる瑕疵があり,社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっている場合等に限られるとして,本件建物の瑕疵について,不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないとする。しかし,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には,不法行為責任が成立すると解すべきであって,違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない。例えば,バルコニーの手すりの瑕疵であっても,これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという,生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり,そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきであって,建物の基礎や構造,く体に瑕疵がある場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由もない」

4.(「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の考え方,福岡高裁平成21年2月6日判決)
 前記3のとおり最高裁平成19年7月6日判決は事件を福岡高裁に差し戻しましたが,これを受けた福岡高裁平成21年2月6日判決は,本件では「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」は存在しないとして,損害賠償請求を認めませんでした。
 すなわち,同判決は,「『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』とは,建物の瑕疵の中でも,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいうものと解」し,さらに「不法行為責任が発生するためには,少なくとも,(第三者に売却された)日までに,『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』が存在していることを必要とすべきである。」とした上で,「本件においては,本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害されたものということはできないから,一審被告らの不法行為責任は認められない。」としました。

5.(「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の考え方,最高裁平成23年7月21日判決)
 上記福岡高裁平成21年2月6日判決の上告審である最高裁平成23年7月21日判決は,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」を限定的に解釈する見解を否定して,本件を再度,福岡高裁に差し戻しました。
 すなわち,同判決は,「『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』とは,居住者等の生命,身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい,建物の瑕疵が,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず,当該瑕疵の性質に鑑み,これを放置するといずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には,当該瑕疵は,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当すると解するのが相当である。」としつつ,さらに「建物の所有者・・・が,当該建物を第三者に売却するなどして,その所有権を失った場合であっても,その際,修補費用相当額の補填を受けたなど特段の事情がない限り,一旦取得した損害賠償請求権を当然に失うものではない。」としました。
 事件が二度にわたり高裁に差し戻されてはいますが,最高裁は無限定に不法行為の成立を認めているわけではありません。最高裁平成23年7月21日判決が「建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は,(建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵)に該当しないものというべきである。」としている点には注意が必要です。
 他方で,同判決が「当該瑕疵を放置した場合に,鉄筋の腐食,劣化,コンクリートの耐力低下等を引き起こし,ひいては建物の全部又は一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵はもとより,建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても,これを放置した場合に,例えば,外壁が剥落して通行人の上に落下したり,開口部,ベランダ,階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや,漏水,有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当する」として,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」について具体例を示している点については,今後の実務に指針を与えるものとして注目すべきところといえます。

6.(安全配慮義務とは何か) 
 ところで,最高裁が根拠とする安全配慮義務とは,業務上相手方の生命身体に危害が及ぼす可能性がある一定の法律関係にある者は,当該契約関係に付随して生じる相手方の生命身体の安全を配慮し保障すべき信義則上の義務を言います。信義則上の義務ですから契約書に書いていなくても認められるものです。その根拠は私的自治の原則に内在する公平公正の理念にあり,報償責任又は危険責任(民法では715条乃至718条,使用者,工作物,動物占有者の責任)を背景に生じた損害の公平な分配を目的としてその趣旨から労働契約(雇用関係),請負契約(工事下請契約),在学契約等に認められ,医師の診療行為契約そして,業務の性質上以上に類する生命身体の安全を脅かす可能性がある業務にも拡張され適用されることになります。安全配慮義務については,判例も集積されています。この義務は,公平の理念に基づき認められるもので,法的性質に,契約責任,不法行為責任(また特殊責任)か問題点がありますが,契約関係に付随し一体として生じる特殊な責任であり,被害者側の救済という見地から契約上の債権に準じて時効期間も10年(不法行為なら損害を知ってから3年)であり,事案(労働災害等危険性が大きい責任)によっては過失の立証責任を事実上転換するものと考えられています(被害者は安全配慮義務の内容と相手方の義務違反を立証し,結果発生の予見可能性の不存在を企業側に事実上負わせる。)。

7.(建物建設に関する安全配慮義務の内容)
 マンション施行業者の買主等に対する安全配慮義務は,建物としての基本的な安全性に関するものと限定的に解するべきです。直接の契約関係にない以上契約当事者の負う責任とは異なりますし,安全配慮義務の根拠が,相手方の生命身体の安全確保にある以上,基本的安全性に関するものの範囲で保護すれば足りるからです。又,相手方が直接契約関係にない以上私的自治の原則を制限する位置にある過失責任主義の大原則から内容も限定し,行為者の基本的自由権も保護する必要があるからです。

8.(安全配慮義務を負う相手方の範囲)
 建築会社,設計監理会社は施主と請負契約を締結していますが,直接契約関係にないマンションの買主等(最高裁の判例では居住者,隣人,通行人にも範囲を広げているようです。)に対しても安全配慮義務が認められるか確かに問題です。しかし,理論上当該マンションの買主等に対しても責任を負うべきであると考えられます。その理由ですが,安全配慮義務は,元々法の理想である公平の原則から認められるもので,工作物の報償,危険責任とおなじようにマンションの存在,構造自体が,瑕疵により危険性を包含するものである以上,建築,設計監理者は施主と同じようにその安全性を保証し完成させた当事者と考えることが可能であり,危険報償責任を分担すべきですし,直接の契約関係の有無は責任を否定する理由にならないからです。又,例えば,危険な建設工事において,建築会社は自社の従業員だけでなく,公平上下請け会社の従業員に対する安全配慮義務を負う場合と同じく直接雇用関係がなくても責任を負うという考え方(最高裁判例昭和55年12年18日判決)と同様に評価できるからです。本件に関する最高裁の判断は,公正の理念から妥当性を有するものと考えられます。

9.(本件)
 例えば,バルコニーの手すりの瑕疵であっても,これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという,生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり,そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきでありますから,不法行為責任が認められる可能性があります。したがいまして,上記の理論は,居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはありませんから,相談者のケースについても適用されます。つきましては,建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるか否か,ある場合にはそれにより被った損害(実害)があるか等不法行為責任の要件具備について詳細に検討する必要があります。
 マンション竣工後に、売主業者が倒産してしまったような事例でも、施工業者の施工ミスが大きいような事案については、上記の安全配慮義務違反による不法行為責任を理由として、施工業者(ゼネコン等)に対して賠償責任を法的に求めることができる可能性があります。具体的事例では、弁護士が内容証明郵便による通知書を送付して施工業者と交渉することにより、手直し工事や補強工事をするということで、和解成立させるケースもあります。お困りの場合は一度お近くの法律事務所にご相談なさると良いでしょう。

≪条文参照≫

民法
(債務不履行による損害賠償)
第415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。
(売主の瑕疵担保責任)
第570条 売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは,第566条の規定を準用する。ただし,強制競売の場合は,この限りでない。
請負人の担保責任)
第634条 仕事の目的物に瑕疵があるときは,注文者は,請負人に対し,相当の期間を定めて,その瑕疵の修補を請求することができる。ただし,瑕疵が重要でない場合において,その修補に過分の費用を要するときは,この限りでない。
2 注文者は,瑕疵の修補に代えて,又はその修補とともに,損害賠償の請求をすることができる。この場合においては,第533条の規定を準用する。
(請負人の担保責任の存続期間)
第637条 前3条の規定による瑕疵の修補又は損害賠償の請求及び契約の解除は,仕事の目的物を引き渡した時から1年以内にしなければならない。
2 仕事の目的物の引渡しを要しない場合には,前項の期間は,仕事が終了した時から起算する。
第638条 建物その他の土地の工作物の請負人は,その工作物又は地盤の瑕疵について,引渡しの後5年間その担保の責任を負う。ただし,この期間は,石造,土造,れんが造,コンクリート造,金属造その他これらに類する構造の工作物については,10年とする。
2 工作物が前項の瑕疵によって滅失し,又は損傷したときは,注文者は,その滅失又は損傷の時から1年以内に,第634条の規定による権利を行使しなければならない。
(担保責任の存続期間の伸長)
第639条 第637条及び前条第1項の期間は,第167条の規定による消滅時効の期間内に限り,契約で伸長することができる。
(担保責任を負わない旨の特約)
第640条 請負人は,第634条又は第635条の規定による担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても,知りながら告げなかった事実については,その責任を免れることができない。
(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

≪参照判例≫

最高裁平成23年7月21日判決
主文
原判決を破棄する。
本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人幸田雅弘,同矢野間浩司の上告受理申立て理由第2について
1 本件は,9階建ての共同住宅・店舗として建築された建物(以下「本件建物」という。)を,その建築主から,Aと共同で購入し,その後にAの権利義務を相続により承継した上告人が,本件建物にはひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵があると主張して,その設計及び工事監理をした被上告人Y1並びに建築工事を施工した被上告人Y2に対し,不法行為に基づく損害賠償として,上記瑕疵の修補費用相当額等を請求する事案である。なお,本件建物は,本件の第1審係属中に競売により第三者に売却されている。
2 第1次控訴審は,上記の不法行為に基づく損害賠償請求を棄却すべきものと判断したが,第1次上告審は,建物の建築に携わる設計・施工者等は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負い,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に上記安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきであって,このことは居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはないとの判断をし,第1次控訴審判決のうち同請求に関する部分を破棄し,同部分につき本件を原審に差し戻した(最高裁平成・・・19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1769頁。以下「第1次上告審判決」という。)。
これを受けた第2次控訴審である原審は,第1次上告審判決にいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは,建物の瑕疵の中でも,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいうものと解され,被上告人らの不法行為責任が発生するためには,本件建物が売却された日までに上記瑕疵が存在していたことを必要とするとした上,上記の日までに,本件建物の瑕疵により,居住者等の生命,身体又は財産に現実的な危険が生じていないことからすると,上記の日までに本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵が存在していたとは認められないと判断して,上告人の不法行為に基づく損害賠償請求を棄却すべきものとした。
3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 第1次上告審判決にいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは,居住者等の生命,身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい,建物の瑕疵が,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず,当該瑕疵の性質に鑑み,これを放置するといずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には,当該瑕疵は,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当すると解するのが相当である。
(2) 以上の観点からすると,当該瑕疵を放置した場合に,鉄筋の腐食,劣化,コンクリートの耐力低下等を引き起こし,ひいては建物の全部又は一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵はもとより,建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても,これを放置した場合に,例えば,外壁が剥落して通行人の上に落下したり,開口部,ベランダ,階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや,漏水,有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当するが,建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は,これに該当しないものというべきである。
(3) そして,建物の所有者は,自らが取得した建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には,第1次上告審判決にいう特段の事情がない限り,設計・施工者等に対し,当該瑕疵の修補費用相当額の損害賠償を請求することができるものと解され,上記所有者が,当該建物を第三者に売却するなどして,その所有権を失った場合であっても,その際,修補費用相当額の補填を受けたなど特段の事情がない限り,一旦取得した損害賠償請求権を当然に失うものではない。
4 以上と異なる原審の判断には,法令の解釈を誤る違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上記3に説示した見地に立って,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

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