新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1363、2012/10/31 10:19 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・親子間の不動産の使用貸借と契約解除・使用貸借の目的の解釈・最高裁昭和42年11月24日判決】

質問:私は長女で、結婚して実家を出ています。長男夫婦は、父の土地の上に、父の費用で建てた父名義の建物に住んで、年老いた父の面倒を見ていました。しかし、年々親子の関係が悪化したようで、長男は父の面倒を見なくなり、父も長男に、自分の土地から出て行ってもらいたいと思うようになりました。親子のことですから、契約書もありませんし、特に地代家賃も払っていませんでした。私は父がかわいそうだと思うのですが、長男夫婦に出て行ってもらうことはできないのでしょうか。

回答:
1.父親名義の建物に家賃を支払わずに住んでいる、という場合、法律上の契約は使用貸借契約となります。そして期間の定めの無い使用貸借契約の場合、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時(民法597条2項本文)、または、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したとき(民法597条2項但書)に貸主は使用貸借の終了と建物の返還を請求できるとされています。
2.そこで、「使用貸借の目的」の解釈が問題になりますが、本件のように親と同居し住んで面倒を見ていたという場合、使用貸借の目的が何かは、明らかではありません。判例では、単に借主に住居という利益を与えることに尽きるものではなく、一方において、借主が他の兄弟と協力して家業を継承し、その経営によつて生じた収益から老年に達した父母を扶養し、なお余力があれば経済的自活能力なき兄弟をもその恩恵に浴せしめることを目的と認めたものもあります。
3.このように父親の面倒をみることもその目的と認められる場合は、親子の不仲が、虐待といえるレベルに達していれば、解除明け渡しが可能になるものと思われます。唯、実際の建物明け渡し訴訟、強制執行によることが同居する親子間においてスムーズにできるか事実上の問題点(執行官により具体的に退去させる強固な意思があるか。退去させても親子なので舞戻る可能性もあります。これをまた退去させられるか。)は残されますので専門家との柔軟な協議が必要でしょう。
4.関連事例集論文679番参照。

解説: 
1 (民法597条2項の趣旨)
  賃料等の約束をすることなく、無償で自己の所有にかかる物または不動産を使用収益させることを、使用貸借といいます。その返還は、期間を定めたときは、その期限がきたときです(民法597条1項)。そして、期間を定めていない場合、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時(同2項本文)、または、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときで、貸主が返還を請求したとき(同項但書)に、返還することになります。

2 (跡取りと親子間の使用貸借の解除) 
  親子間で、親名義の不動産に無償で居住する、そのかわりに、親の面倒をみる、家業を継ぐ、いわゆる「跡取り」という考え方は、古くからの日本の伝統であり、わが国の戦前の民法にもこの考え方はありました。しかし現代においてこのような考え方は法律では採用されていません。今日、民法では、兄弟の平等相続が規定されています。唯一、相続財産とは関係のない墓所や祭壇などの祭祀を引き継ぐ方法については、民法897条で地方の慣習に従った継承が認められています。では、この「跡取り」が、親とトラブルになったとき、親は使用貸借の解除をして退去を求めることができるのでしょうか。

3 (597条2項の目的の解釈)
  上記のような「跡取り」思想に基づく不動産使用貸借の場合、不動産を使用収益する目的は、「居住」、といえます。しかし、これを「目的」とすると、目的を達成するということも想定しにくいため、当事者が死亡するまで契約解除ができないことになります。そこで判例では、この「目的」の解釈について、様々な事情を総合考慮するという立場に立っていると考えられます。昭和34年の判例では、当事者がそこに居住するに至った経緯を分析し、「適当な家屋を見つけるまでの一時的住居として」使用する目的を認定しました。

  (最高裁昭和34年8月18日判決)
  原判決の引用する第一審判決理由によると、上告人は所有家屋の焼失により住宅に窮し、被上告人から本件建物を「他に適当な家屋に移るまで暫くの間」住居として使用するため無償で借受けたと認定した趣旨なることが明らかである。従つて、本件使用貸借については、返還の時期(民法五九七条一項)の定めはないけれども、使用、収益の目的(同条第二項)が定められているものと解すべきである。そして、その「使用、収益の目的」は、当事者の意思解釈上、適当な家屋を見付けるまでの一時的住居として使用収益するということであると認められるから、適当な家屋を見付けるに必要と思われる期間を経過した場合には、たとえ現実に見付かる以前でも民法五九七条二項但書により貸主において告知し得べきものと解すべきである。

4 (跡取りと597条2項の目的の解釈)
  しかし、本件のような、「跡取り」の問題では、このような事情は認められません。この点、昭和42年の判例は、本件と同様の問題において、「土地の使用貸借の目的は、上告人に本件土地使用による利益を与えることに尽きるものではなく、一方において、上告人が他の兄弟と協力して上告会社を主宰して父業を継承し、その経営によつて生じた収益から老年に達した父母を扶養し、なお余力があれば経済的自活能力なき兄弟をもその恩恵に浴せしめることを眼目としていたものであること」という目的を認めました。そして、親族間のいざこざにより、借主(貸主の子)が、さしたる理由も無く親の面倒を見ることが無くなり、「使用貸借契約当事者間における信頼関係は地を払うにいたり、本件使用貸借の貸主は借主たる上告人並びに上告会社に本件土地を無償使用させておく理由がなくなつてしまつた」ことを認定し、明け渡しを認めています。

  (最高裁昭和42年11月24日判決)
  原判決の適法に確定した事実関係、ことに、本件土地の使用貸借は昭和二六年頃上告人の父及び母上の間に黙示的に成立したもので返還時期の定めがないこと、本件使用貸借の目的の一部は上告人Aが本件土地上に建物を所有して居住し、かつ、上告人を代表取締役とする上告会社の経営をなすことにあり、上告人は右目的に従い、爾来本件土地を使用中であること、しかし、本件土地の使用貸借の目的は、上告人に本件土地使用による利益を与えることに尽きるものではなく、一方において、上告人が他の兄弟と協力して上告会社を主宰して父業を継承し、その経営によつて生じた収益から老年に達した父母を扶養し、なお余力があれば経済的自活能力なき兄弟をもその恩恵に浴せしめることを眼目としていたものであること、ところが昭和三一、二年頃父が隠退し、上告人が名実共に父業を継承し采配を振ることとなつた頃から兄弟間にあつれきが生じ、上告人は、原判決判示のいきさつで、さしたる理由もなく老父母に対する扶養を廃し、被上告人ら兄弟(妹)とも往来を断ち、三、四年に亘りしかるべき第三者も介入してなされた和解の努力もすべて徒労に終つて、相互に仇敵のごとく対立する状態となり、使用貸借契約当事者間における信頼関係は地を払うにいたり、本件使用貸借の貸主は借主たる上告人並びに上告会社に本件土地を無償使用させておく理由がなくなつてしまつたこと等の事実関係のもとにおいては、民法第五九七条第二項但書の規定を類推し、使用貸主は使用借主に対し、使用貸借を解約することができるとする原判決の判断を、正当として是認することができる。

  この判例は妥当と思われます。そもそも使用貸借契約は、賃料等の対価関係なく無償で使用収益をさせるものであり借主が一方的に利益を受ける契約です。当事者一方だけが利益を受けますので片務契約といわれています。このような契約は、取引社会では通常ありえませんから、このような契約を締結するには当事者間に特別の人間関係、社会生活上の人的関係が信頼、信用により形成され動機、原因になっていると考えられます。597条の2項但し書きは、返還時期がなくとも使用目的に必要な期間は返還を認めないことを前提とし、更に目的に必要な期間前であっても利用に相当する期間経過後は返還を認めていますが、そもそも契約自由の原則から言えば、返還時期が定められていない以上期限の利益は借主にある訳ですから(民法136条)、期限がない以上契約の目的に関係なく何時でも返還請求できるのが民法の原則です。
  しかし、使用貸借でこのような借主側に利益となる例外規定をおいたのは使用貸借が、前述のように一般取引行為ではなく特別な人間信頼関係を考慮して当事者たる貸主の合理的意思を推定的に解釈し規定したのです。そうであれば、使用貸借契約を締結した動機、原因が喪失した場合の貸主側の合理的意思は返還期限の民法上の一般原則に戻り、当該目的による相当使用期間経過前でも契約を終了せしめるものであると解釈するのが適正、公平、妥当であり、但し書きの趣旨に合致するということになります。すなわち本条但し書きの趣旨を類推適用するということが可能になります。従って、当事者の信頼関係を破綻に導いた責任が主に借主側にあるのであれば、但し書きの類推適用は認められるでしょう。

5 (跡取りと597条2項の目的の解釈の問題点)
  親の面倒をみる、あるいは跡取りということで、親名義の建物に居住しているという場合、上記のような使用貸借の目的だとすると、親の面倒をみないことになった場合は、その目的が達成されないことになり、使用貸借の終了を主張できるとすると、親の面倒を見られないことに正当な理由がある場合もその家には住んでいられないことになり借主に不利な結論になる危険性があります。全国には、親子間で、無償で親の所有する不動産に居住し、親の老後の面倒を見る、いわゆる「跡取り」のような状態で、親子間の仲がわるくなったことから紛争になるケースが非常に多く見られます。
  しかし、上記判例によって、「気に入らない息子はいつでも追い出せる」と考えるのは早計にすぎます。上記判例のケースは、「さしたる理由もなく老父母に対する扶養を廃し、被上告人ら兄弟(妹)とも往来を断ち、三、四年に亘りしかるべき第三者も介入してなされた和解の努力もすべて徒労に終つて、相互に仇敵のごとく対立する状態となり、使用貸借契約当事者間における信頼関係は地を払うにいたり」、つまり修復不可能なほどに親族関係が崩壊している場合で、しかも、借主側に帰すべき責任が大きいと考えられるケースです。よって、同様の紛争が起こった場合には、他の親族も含め、充分に話し合って、歩み寄る努力をする必要があると考えられます。

6 親族間でも、紛争が起こることは残念ですがありえます。そして、ひとたび紛争になると、関係の深さ、証拠の不存在などから、他人間の紛争よりも激化することも多いといえます。どのような解決が適切かも含め、弁護士に相談されることをお勧めいたします。
≪参考条文≫

 民法
 第六節 使用貸借
(使用貸借)
第五百九十三条  使用貸借は、当事者の一方が無償で使用及び収益をした後に返還をすることを約して相手方からある物を受け取ることによって、その効力を生ずる。
(借主による使用及び収益)
第五百九十四条  借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない。
2  借主は、貸主の承諾を得なければ、第三者に借用物の使用又は収益をさせることができない。
3  借主が前二項の規定に違反して使用又は収益をしたときは、貸主は、契約の解除をすることができる。
(借用物の費用の負担)
第五百九十五条  借主は、借用物の通常の必要費を負担する。
2  第五百八十三条第二項の規定は、前項の通常の必要費以外の費用について準用する。
(貸主の担保責任)
第五百九十六条  第五百五十一条の規定は、使用貸借について準用する。
(借用物の返還の時期)
第五百九十七条  借主は、契約に定めた時期に、借用物の返還をしなければならない。
2  当事者が返還の時期を定めなかったときは、借主は、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時に、返還をしなければならない。ただし、その使用及び収益を終わる前であっても、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求することができる。
3  当事者が返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも返還を請求することができる。
(借主による収去)
第五百九十八条  借主は、借用物を原状に復して、これに附属させた物を収去することができる。
(借主の死亡による使用貸借の終了)
第五百九十九条  使用貸借は、借主の死亡によって、その効力を失う。
(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第六百条  契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。
第897条(祭祀に関する権利の承継)
第1項 系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
第2項  前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。

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