新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1361、2012/10/25 12:53 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事児童福祉法違反・「淫行させる」の意味・淫行をさせたものが相手になることも含まれるか・最高裁平成10年11月2日決定・最高裁昭和47年11月28日決定】

質問:私は,高校生を対象とした塾の講師をしています。先日,教え子の女子生徒(16歳)を家に招いて,補習授業を行っていました。補習がひと段落したので,女子生徒と一緒にこたつに入りテレビを見ていたのですが,私の近くに座っている女子生徒を見ていると気持ちが抑えられなくなり,私が購入して所持していたバイブレーターを女子生徒に見せ,その使用方法を説明し,これを使って自慰行為をするように勧め,女子生徒に自慰行為をさせました。私は,女性生徒が18歳に満たない児童であることは知っていましたが,売春をさせるようなことは何もしていません。このような場合であっても,私の行為は何らかの犯罪に当たってしまうのでしょうか。

回答:
1.18歳に満たない児童に対して,「淫行をさせる行為」(児童福祉法34条1項6号)を行った場合には,10年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金に処し,又はこれを併科することとされています(同法60条1項)。したがって,あなたの行為が,上記「淫行をさせる行為」に該当するかが問題となります。
2.「淫行をさせる行為」に該当するには,@被害児童の行為が「淫行」に該当すること。A「淫行をさせる行為」に該当すること。の2点が必要です。結論としては,あなたの行為は「淫行させる行為」に該当するものと考えられます。但し,問題もありますので解説を参考にして下さい。これまで「淫行をさせる行為」に当たるとされた典型例は,女児に継続的に売春をさせる行為,男児が男性客を相手に男色行為をすること等,男女間の性交行為そのものか男色行為に関する事案がほとんどでした。しかし,本件の事例は,上記のような行為とは異なる類型の行為(自慰行為という単独の性行為であり,相手方のある性行為,あるいは性交類似行為とは類型が異なる行為)であり@本件被害児童の行為は「淫行」に該当するのか,という点がまず問題となります。更にA淫行をさせた者自身が淫行の相手方となる場合に「淫行をさせる行為」に該当するのか(本件は自慰行為ですから相手方はいないわけですが,男性の前で自慰行為をしたことで初めて淫行となることから,自慰行為を見ていた人物は淫行の相手方と考えられます。そして,「させる行為」という文言B本件の行為が淫行を「させる行為」に該当するのかという点が問題となります。
3.上記@からBまでの問題点については,児童福祉法の目的に照らした判断がなされており,本件の事例のような行為であっても,児童福祉法34条1項6号の「淫行をさせる行為」に当たるとの判断がなされています。
4.ただ,上記判断は,問題となった具体的な事例を前提としたものですので,塾の講師と児童との関係,働きかけの行為が行われた状況,働きかけの具体的内容等により,判断が異なる可能性がありますから,お近くの弁護士に相談なさってください。
5.関連事例集 1340番1276番1127番823番686番639番256番185番参照。

解説:
1 (児童福祉法の目的)
  児童福祉法1条は,児童福祉の理念として,「すべて国民は,児童が心身ともに健やかに生まれ,且つ,育成されるよう努めなければならない」(児童福祉法1条1項),「すべて児童は,ひとしくその生活を保障され,愛護されなければならない」(児童福祉法1条2項)と規定しています。
  そして,児童福祉法2条は,「国及び地方公共団体は,児童の保護者とともに,児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」として,児童育成の責任を規定しています。  その上で,児童福祉法3条は,「前二条に規定するところは,児童の福祉を保障するための原理であり,この原理は,すべて児童に関する法令の施行にあたって,常に尊重されなければならない」として,児童福祉保障の原理を規定しています。

  このような児童福祉法の規定からは,児童福祉法は,児童が心身ともに健全に誕生し,かつ育成されるように,その生活を保障し,愛護することを目的としており,児童保護のための禁止行為が規定され,罰則が設けられています。
  心身の発達の中には,当然,性的な自己決定権(性的な判断能力)の成熟も含まれます。児童の保護者や周りの成人が,適切に児童の保護を継続することができれば,児童が順調に成長し,男性18歳,女性16歳の婚姻適齢となり,また,成人して,十分な判断能力がついた後で,配偶者となる異性を選択し,婚姻し,夫婦生活を営む中で性行為をして,子供を産み育てるという,通常のライフスタイルを選択することもできるでしょう。しかし,児童の段階で,十分な判断能力を持たない段階で,周りの成人から,その影響力を行使され,性交または性交類似行為をさせられてしまった場合には,性行為に対する嫌悪感を生じてしまったり,異性や他人に対する不信感を持ってしまったり,また性行為の依存症に陥ってしまったりして,これが,生涯にわたって残ってしまうというリスクがあります。近年の精神医学の研究により,いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)という症候群の詳細が判明してきています。
  児童の段階で大きな精神的ストレスにさらされた場合に,これが児童の精神の発育にどのような影響を及ぼすのか少しずつ明らかになってきています。心身が未成熟の段階で,希望しない性交または性交類似行為に引きずり込まれてしまった場合には,児童に対して,生涯にわたって回復困難な精神的ダメージを与える可能性があります。近年の児童福祉法の改正や,児童買春禁止法の制定や,これらの法令の裁判例の中には,このような問題意識が反映され,児童に対する淫行に対して,厳罰化の傾向があると言えるでしょう。
2(「淫行」の意義)

(1)性交類似行為
   被害児童の行為が「淫行」と言えるか,まず問題となります。前述した児童福祉法の目的に照らすと,「淫行」とは,男女間の性交そのものだけを指すと解することには合理性は認められず,性交類似行為も含むと解するのが判例・通説です(最決昭和47年11月28日)。
   この性交類似行為の範囲については,児童に影響を及ぼすというという点で男女間の性交行為と実質的に異なるところはないものが含まれ,裁判例で性交類似行為に当たるとされたものの具体例としては,「男女間の性交の姿態を模して行う手淫,素股その他の性交類似行為」,「同性愛的異常性欲の性欲満足の対象として手淫その他の異常性行為」,「男色行為」が挙げられます。

(2) 本件での問題点
   本事例では,児童の行為は,自ら器具を使って自慰行為をしたというものであり,これまでの裁判例で問題となった性交類似行為とは行為態様を異にします。すなわち,被害児童女児が主体となっている行為であること,児童と淫行の相手方との間で直接的な身体的接触がないという点で,これまでの裁判例で問題となった性交類似行為とは行為態様を異にします(性交に類似しているというためには相手方のある性行為が想定されます)。
   しかしながら,これまでの裁判例を見てみると,児童の行為そのものではなく,それが行われた具体的な状況に照らして,それが男女間の性交と同視できるような状況の下で行われたかどうかという観点から,性交類似行為に当たるかどうかを判断していると解されます。
   そうすると,本事例では,女児は単に自慰行為をしていたのではなくて,男性である塾の講師も入っている同じこたつの中に下半身を入れた状態で,男性から使用方法の説明を受けて渡されたバイブレーターを自分の性器に挿入したのですから,たとえ男性と女児との間で肌の接触等がなかったとしても,男女の性交が行われるのと同様の状況の下で,男女の性交を模した行為が行われたということができます。さらに,本事例では,高校生である児童が,夜間,男性の自宅において,男性の面前でした行為であることも,児童の心身に直接かつ重大で有害な影響を与える行為であることを基礎づける事情であるといえます。
   したがって,本件児童の行為は,性交類似行為といえ,「淫行」に当たるということができます。

3(淫行をさせた者自身が淫行の相手方となる場合「淫行をさせる」行為に当たるか)
(1) 問題の所在
   児童福祉法34条1項6号は児童を「淫行をさせる」と規定しているのに対して,青少年保護育成条例は「淫行をしてはならない」等と規定しており,その文言は区別して使用されていること,刑法182条2項の淫行勧誘罪では淫行勧誘の相手方は犯人とならないこと,売春防止法上,売春の相手方は処罰されないことから,児童福祉法34条1項6号の「淫行をさせる」行為とは,児童を第三者の性的行為の対象にする行為を指すのではないかが問題となります。

(2) 検討
   この点については,刑罰が適用されることから厳格に解釈し,「淫行をさせる」行為とは,児童を第三者の性的行為の対象にする行為を指し,自らが淫行の相手方となった場合は適用がないとする裁判例もありました(東京高判昭和50年3月10日家裁月報27巻12号76頁)。しかし,最高裁判所は,文理上は,行為者自身が相手方となるような場合も排除されていないこと,淫行勧誘罪や売春防止法は,児童福祉法と立法趣旨が異なることから,「淫行をさせる」行為には,行為者が児童に第三者と淫行をさせる行為のみをいうのではなく,行為者が児童に行為者自身と淫行をさせる行為も含むという判断を示しました(最決平成10年11月2日刑集52巻8号505頁)。
   児童福祉法の児童の保護という立法趣旨を重視すると自らに淫行させる行為を排除する理由はないことになります。この点は,児童の保護を重視するか国民の自由を重視するかという問題ですが,現時点では最高裁判所の判例もあり,本件事例の講師の行為は,たとえ児童を第三者の性的行為の対象にする行為ではなくても,「淫行をさせる」行為に当たることになります。

(3) 青少年保護育成条例との関係
   上記のように,児童福祉法34条1項6号の「淫行をさせる」行為には,行為者が児童に第三者と淫行をさせる行為のみをいうのではなく,行為者が児童に行為者自身と淫行をさせる行為も含むということになると,各地の青少年保護育成条例との関係が問題となります。すなわち,全国各地には,青少年と淫行をすることを処罰する青少年保護育成条例が規定されています。例えば,東京都青少年の健全な育成に関する条例においては,「何人も,青少年とみだらな性交又は性交類似行為を行つてはならない」(18条の6)とされ,同条に違反した者は,「2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する」(24条の3)と規定されています。そこで,行為者が児童(青少年)に行為者自身と淫行をさせる行為をした場合には,児童福祉法と青少年保護育成条例の双方に該当する余地があるため,両者の関係(とりわけ両者の適用範囲が不明確になるのではないか。)が問題となります。
   この点,条例は,青少年と淫行をすること自体を処罰の対象とするものであるのに対し,児童福祉法は,そのような行為をさせることを処罰の対象とするものであり,両者が処罰の対象としている場面が異なっています。また,条例は,何の働きかけもせずに児童の積極的な求めに応じるだけの行為も処罰の対象としているのに対し,児童福祉法は,児童に淫行を「させる行為」をした場合だけを処罰の対象とするものですので,その処罰範囲の区別が不明確となることもありません。したがって,両者の適用範囲が不明確になるという批判は妥当しません。
  なお,淫行行為が,児童福祉法に該当すると同時に,全国各地の条例にも該当する場合に,どちらの罪で起訴するかということは,具体的な事案を検討した上での検察官の合理的な判断にゆだねられることになります。この点,両者の法定刑は,児童福祉法違反の場合が「10年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金」であるのに対して,東京都の条例違反の場合が「2年以下の懲役又は100万円以下の罰金」であり,児童福祉法違反の方が重いものとなっております。これは未成熟である児童の性的自由権の健全な成長,保護という観点から社会的地位を利用した淫行行為は違法性,責任が大きいとの評価がなされています。

4 (本事例の被告人の行為が淫行を「させる行為」に当たるか)
(1)問題の所在
   あなたは,所持していたバイブレーターを女子生徒に見せ,その使用方法を説明し,これを使って自慰行為をするように勧めた,ということですから,このような行為が「させる行為」にあたるか検討することになります。自慰行為を勧めた,ということですが具体的にどのような言葉や態度を用いたのか淫行を「させる行為」については,数々の判例が出ていますが,最高裁は,「「淫行させる」とは,「直接たると間接たるとを問わず児童に対して事実上の影響力を及ぼして児童が淫行をなすことを助長し,促進する行為をも包含する」(最決昭和40年4月30日裁判集刑155巻595頁)と定義しています。児童の保護という見地からは,児童の淫行行為の原因となった行為があれば広く「させる行為」を認めることになり,児童の自由意思が介在する場合であっても「させる行為」に該当するが多く,どの程度の強制力が必要なのかは判断が困難な場合が予想されます。
   それらをまとめると,「雇用関係等があり児童に対して影響力を及ぼしやすい場合には,消極的な関与でも足り,特に監護する地位にある等支配関係が強い場合には黙認等の一定の不作為でも淫行を「させる行為」に当たる場合がある」との判断がなされています。また,特別な関係がない場合には,特別な関係がある場合よりも積極的な行為が必要とされますが,対象が未成熟な児童ですので,その児童の淫行を容易にさせ,助長,促進する事実上の影響力のある行為があれば足りるとされています。いわば,幇助的な介入行為でも,児童を淫行の行われるような場所にさらす行為自体を禁止していると解されるとの指摘がなされています。
   このように判例が淫行を「させる行為」として要求している働きかけの程度は,かなり低いものといえます。

(2)本事例での検討
   高校生を対象とした塾の講師が,教え子である高校生の女児を,夜間,二人きりの自宅でバイブレーターを渡して自慰行為をさせたというのですから,塾の講師と児童との関係,働きかけの行為が行われた状況,働きかけの具体的内容に照らすと,塾の講師は単に淫行の相手方をしただけではなく,淫行の相手方となるに当たって通常伴われる程度の働きかけを超えて,未成熟な児童に淫行を容易にさせ,助長,促進する事実上の影響を与えたといえます。
   したがって,塾の講師の行為は,淫行を「させる行為」に当たるということになりまする。

5 参考判例
   本事例と同様の事案で,中学校の教師が,女子生徒に対して,バイブレーターを示して自慰行為をするように勧め,女子生徒にこれを使用して自慰行為をさせた行為が,児童福祉法34条1項6号の「児童に淫行をさせる行為」に当たるとした事例があります。   この事例につき,最高裁(最高裁平成10年11月2日判決)は,「中学校の教師である被告人が,その立場を利用して,児童である女子生徒に対し,性具の電動バイブレーターを示し,その使用方法を説明した上,自慰行為をするよう勧め,あるいは,これに使用するであろうことを承知しながらバイブレーターを手渡し,よって,児童をして,被告人も入っている同じこたつの中に下半身を入れた状態で,あるいは,被告人も入っている同じベット上の布団の中で,バイブレーターを使用して自慰行為をするに至らせたという各行為について,いずれも児童福祉法三四条一項六号にいう『児童に淫行をさせる行為』に当たるとした原判断は正当である」と判示しています。

《条文参照》

○児童福祉法
第一条  すべて国民は,児童が心身ともに健やかに生まれ,且つ,育成されるよう努めなければならない。
2  すべて児童は,ひとしくその生活を保障され,愛護されなければならない。
第二条  国及び地方公共団体は,児童の保護者とともに,児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う。
第三条  前二条に規定するところは,児童の福祉を保障するための原理であり,この原理は,すべて児童に関する法令の施行にあたつて,常に尊重されなければならない。
第三十四条  何人も,次に掲げる行為をしてはならない。
六  児童に淫行をさせる行為
第六十条  第三十四条第一項第六号の規定に違反した者は,十年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。

○東京都青少年の健全な育成に関する条例
(目的)
第一条 この条例は,青少年の環境の整備を助長するとともに,青少年の福祉を阻害するおそれのある行為を防止し,もつて青少年の健全な育成を図ることを目的とする。
(青少年に対する反倫理的な性交等の禁止)
第十八条の六 何人も,青少年とみだらな性交又は性交類似行為を行つてはならない。
(罰則)
第二十四条の三 第十八条の六の規定に違反した者は,二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

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