新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1357、2012/10/18 11:59

【民事・契約締結前の説明義務違反による損害賠償請求は不法行為か債務不履行か・時効の起算点・最高裁平成23年4月22日判決】

質問:私は,今から6年前,Y信用協同組合の従業員から勧誘を受けて同組合に300万円を出資したのですが,その数か月後に,Y組合は金融機能の再生のための緊急措置に関する法律に基づく処分を受けて,その経営が破綻しました。破綻直後,私が勧誘を受けた当時はY組合が既に債務超過の状態にあったことが判明し,その後,私と同様の状況にあった人たちがY組合に対して集団訴訟を提起しました。私は,この集団訴訟には加わらなかったのですが,最近になって,勧誘に当たりY組合は債務超過の状態にあることを私に説明すべき義務があったのではないか,私はその義務違反によって出資してしまい,結果,大損害を被ってしまったのではないかなどと思うようになりました。そのような次第で,私は,Y組合に対し,勧誘時の説明義務違反を理由として損害賠償を請求したいと考えているのですが,もはや時効期間が経過してしまっているのでしょうか。

回答
1.あなたの請求権の法的性質は不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)となりますが,この「請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは,時効によって消滅」します(民法724条前段)。
 そして,「損害及び加害者を知った時」について,最高裁平成23年4月22日判決(平成21年(受)第131号)は,本件と同様の事案において,遅くとも同種の集団訴訟が提起された時点としています。
 そこで,本件において,集団訴訟が提起された時点から3年を経過しているのでなければ,時効期間は経過していない可能性が高いでしょう。もっとも,上記最高裁判決は,あくまで事例判断であり様々な事情が考慮された上に「遅くとも」という表現が使われていることから,必ずしもこの種の事案における時効の起算点が一般的に「同種の集団訴訟が提起された時点」と判断しているわけではないと解されます。本件について,時効期間が経過しているか否かは,弁護士に相談されることをお勧めいたします。
2.なお,あなたの請求権の法的性質を債務不履行に基づく損害賠償請求権(民法415条)と構成できるのであれば,時効期間は10年となり(民法167条1項),本件では,出資した時点ですら6年前である本件の場合,時効期間が経過しているなどという事態は考えられません。しかしながら,最高裁平成23年4月22日判決(平成20年(受)第1940号)は,本件のように,契約を締結するか否かの判断をする際に問題となる説明義務違反については,これを債務不履行と構成することは否定していますので,こちらの方向で時効の問題を考えることはできません。
3.時効の起算点関連事例集論文630番525番436番参照。

解説:
1(説明義務違反を理由とする損害賠償請求権の法的性質)
 説明義務違反を理由とする損害賠償請求権の法的性質としては,不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)と,債務不履行に基づく損害賠償請求権(民法415条)が考えられます。ここでは,説明義務違反についてこれを,一般的な注意義務違反と構成できるのであれば不法行為となり,契約上の義務違反として構成できるのであれば債務不履行となる,といった程度に理解しておけばよいでしょう。
 では,本件の場合,各損害賠償請求権は認められるのでしょうか,以下,分けて説明します。

2(不法行為に基づく損害賠償請求権)
(1) 不法行為に基づく損害賠償請求権の時効期間
ア Yが,その経営が破綻しているにもかかわらず,あなたを出資するよう勧誘した際,そのことを説明しなかったことは,一般的な注意義務違反として構成することができ,不法行為に当たるでしょう。

イ 問題は,時効期間が経過していないか否かです。
 この点,「不法行為による損害賠償の請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは,時効によって消滅」します(民法724条前段)。そして,「損害及び加害者を知った時」とは,単に損害の発生と加害者を知ったというだけでなく「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれを知った時」と解されています(最高裁昭和48年11月16日判決)。損害と加害者を知り、更に、加害者に不法行為責任が成立し損害賠償請求権の行使が事実上可能な状態になれば、権利の行使が可能であり消滅時効の期間が進行しても権利者に不利益ではない、という結論です。
 ただ、交通事故等の不法行為であれば消滅時効の起算点が明確ですが、複雑な不法行為の場合、どの程度の事実を認識できれば不法行為が成立すると言えるか疑問が生じます。本件のような投資に関する企業の経営状況の説明義務違反が不法行為となる場合どの時点で権利行使が可能といえるか問題となります。

 ところで、消滅時効の制度が認められているかについては、いろいろな学説がありますが、一般的に@長期間続いた事実関係を法的に保護し法律関係の安定を維持するため、A長期間行使されない権利は法律上保護する必要がないということや(権利の上に眠るものは保護されない)、B期間の経過により証拠が無くなってしまう可能性があるのでむしろ債務者を保護する必要がある(例えば弁済の領収書の紛失 有利な証拠収集の困難性)、ということからこのような制度が法律上存在すると理解すれば納得できると思います(時効の種類により以上の理由を折衷的に考えられています。)。一般の人から見ると権利があるのに期間の経過により消滅してしまうのはおかしいと思うかも知れませんが、私的紛争解決の理想は、単に権利があるかどうかということだけでなく、当事者に公平にそして、迅速、低廉に行い公正な法社会秩序を維持することであり(民法1条、民訴2条),時効制度は私的紛争解決にとって必要不可欠なものです。簡単に言うと権利者と義務者の利益を比較考慮した制度ですから、不法行為の時効期間の開始時期も解釈も以上の趣旨から行われます。

(2) 説明義務違反と時効の起算点
ア 本件のような説明義務違反があった場合,「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれを知った時」とは,いつになるのでしょうか。
 この点,最高裁平成23年4月22日判決(平成21年(受)第131号)は,様々な事情を挙げつつ,特に「平成13年6月頃以降,被上告人と同様の立場にある出資者らにより,本件各先行訴訟が逐次提起され,同年中には集団訴訟も提起された」という事実に着目して,信用協同組合が「実質的な債務超過の状態にありながら,経営破綻の現実的な危険があることを説明しないまま上記の勧誘をしたことが違法であると判断するに足りる事実についても,被上告人は,遅くとも同年末には認識したものとみるのが相当である」とした上で,「本件の主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は,遅くとも平成13年末から進行するというべきであり,本件訴訟提起時には,上記損害賠償請求権について3年の消滅時効期間が経過していたことが明らかである。」と判示しました。
 本判決は,「遅くとも…」や「本件訴訟提起時には,…消滅時効期間が経過していたことが明らか」などの表現からわかるように,「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれを知った時」につき,一般的に,同種の集団訴訟が提起された時と解したわけではないことには注意が必要です。

イ 本判決の原審(大阪高判平20.10.17)は,「先行訴訟に参加していなかった控訴人が,自己に対する出資の勧誘が不法行為にあたることを認識することができたのは,早くとも,先行訴訟において上記刑事事件記録の写しが提出された平成16年1月19日から相当期間が経過した後であったといわざるを得ず,控訴人の被控訴人に対する本件出資の勧誘に係る不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間の起算点は,本件訴訟提起の3年前である平成16年3月5日以後であったと認めることが相当である。」と判示したところ,本判決は,この原審の判断を否定したことになります。
 このことに鑑みると,本判決は,「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれを知った」というためには,証拠を基に勝訴の見込みが立つ程度のことまでを知る必要はないという考えに立つといえるでしょう。

3(債務不履行に基づく損害賠償請求権)
(1) 債務不履行に基づく損害賠償請求権の時効期間
 債務不履行に基づく損害賠償請求権の時効期間は10年であり(民法167条1項),その起算点は同請求権の成立時です(同法166条1項)。

(2) 説明義務違反と債務不履行
 契約関係にある当事者間の説明義務違反が債務不履行と構成されることは,判例上認められています。
 例えば,最高裁平成21年7月16日判決は,商品先物取引業者が債務不履行に基づく損害賠償請求をされたという事例において,「特定の種類の商品先物取引について差玉向かいを行っている商品取引員が専門的な知識を有しない委託者との間で商品先物取引委託契約を締結した場合には,商品取引員は,上記委託契約上,商品取引員が差玉向かいを行っている特定の種類の商品先物取引を受託する前に,委託者に対し,その取引については差玉向かいを行っていること及び差玉向かいは商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を…負うというべきである。」としています。

(3) 契約締結前の説明義務違反
ア 前記(1)のとおり説明義務違反が債務不履行と構成されることはあるとしても,本件のように契約締結前の説明義務違反を理由とする場合も,契約上の義務違反である債務不履行と構成することができるのでしょうか。
 この点,最高裁平成23年4月22日判決(平成20年(受)第1940号)は,「契約の一方当事者が,当該契約の締結に先立ち,信義則上の説明義務に違反して,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には,上記一方当事者は,相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき,不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。」と判示して,否定に解しています。
 本判決は,その理由について,「なぜなら,上記のように,一方当事者が信義則上の説明義務に違反したために,相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った場合には,後に締結された契約は,上記説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって,上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるということは,それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず,一種の背理であるといわざるを得ないからである。」と述べます。

イ 本判決によると,契約締結前の説明義務違反は全て債務不履行と構成できないとも思われます。しかしながら,本判決は,その事案における説明義務違反が,契約締結前に存在したという時期的な点に着目したわけではなく,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼすものであるという質的な点に着目して,債務不履行の構成を否定したものと考えます。

 この点,千葉勝美裁判官は補足意見として,「〈1〉素人が銀行に対して相談や問い合わせをした上で一定の契約を締結した場合に,その相談や問い合わせに対する銀行の指示に誤りがあって,顧客が損害を被ったときや,〈2〉電気器具販売業者が顧客に使用方法の指示を誤って,後でその品物を買った買主が損害を被ったときについて,契約における信義則を理由として損害賠償を認めるべきであるとするものがある…。このような適切な指示をすべき義務の具体例は,契約締結の準備段階に入った者として当然負うべきものであるとして挙げられているものであるが,私としては,これらは,締結された契約自体に付随する義務とみることもできるものであると考える。」とする一方で,「本件のような説明義務は,そもそも契約関係に入るか否かの判断をする際に問題になるものであり,契約締結前に限ってその存否,違反の有無が問題になるものである。」とした上で,「本件のような説明義務違反については,契約上の義務(付随義務)の違反として扱い,債務不履行責任についての消滅時効の規定の適用を認めることはできないというべきである。」と述べています。
 契約締結前の説明義務違反の中には、契約上の付随義務違反として債務不履行の根拠となる場合もあるが、本件のように契約を締結するか否かの点についての事前の説明義務違反は契約の付随的な義務ということはできず、違反があったとしても契約上の義務違反、債務不履行とは言えないという考えです。

4(刑事事件の公訴時効期間)
 本件は、6年前に信用協同組合の従業員の勧誘により300万円を出資して、その数ヵ月後に組合が破綻して、出資金の回収ができなくなったということですので、従業員の行為について刑法246条詐欺罪が成立する可能性があります。この場合、刑事訴訟法250条2項4号で規定された時効期間は7年となりますので、未だ、刑事事件については時効期間が経過していない可能性もあります。証拠資料を準備して所轄警察署に刑事告訴手続を行い、民事賠償請求についても譲歩を引き出す交渉が可能な場合もあります。時効援用は、援用権者の権利ですが、援用権を行使せず放棄することも可能と解されており(民法146条)、時効期間経過した債権であっても、和解合意して受領することは可能です。

≪参考判例≫

最高裁平成23年4月22日判決(平成21年(受)第131号)(下線は筆者)
1 本件は,信用協同組合である上告人の勧誘に応じて上告人に300万円を出資したが,上告人の経営が破綻して持分の払戻しを受けられなくなった被上告人が,上告人は,上記の勧誘に当たり,上告人が実質的な債務超過の状態にあり経営が破綻するおそれがあることを被上告人に説明すべき義務に違反したなどと主張して,上告人に対し,主位的に,不法行為による損害賠償請求権に基づき,予備的に,出資契約上の債務不履行による損害賠償請求権又は出資契約の詐欺取消し若しくは錯誤無効を理由とする不当利得返還請求権に基づき,300万円及び遅延損害金の支払を求める事案であり,主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点が争われている。
2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 上告人は,中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であり,平成14年7月31日,総代会の決議により解散した。
(2) 上告人は,平成6年に行われた監督官庁の立入検査において,資産の回収可能性等を基に査定された欠損見込額を前提とする自己資本比率の低下を指摘され,さらに,平成8年に行われた立入検査においても,資産の大部分を占める貸出金につき,欠損見込額が巨額になっており,上記自己資本比率がマイナス1.80%であって実質的な債務超過の状態にあるなどの指摘を受け,文書をもって早急な改善を求められたが,その後も上記の状態を解消することができないままであった。
(3) 平成12年頃,上告人は,資産の欠損見込額を前提とすると債務超過の状態にあって,早晩監督官庁から破綻認定を受ける現実的な危険性があり,代表理事らは,このことを認識していたにもかかわらず,上告人の寺田町支店の支店長をして,被上告人に対し,そのことを説明しないまま,上告人に出資するよう勧誘させた。
(4) 被上告人は,上記の勧誘に応じ,平成12年3月27日,上告人に対し,300万円の出資(以下「本件出資」という。)をした。
(5) 上告人は,平成12年12月16日,金融再生委員会から,金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)8条に基づく金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分(以下「本件処分」という。)を受け,その経営が破綻した。被上告人は,これにより,本件出資に係る持分の払戻しを受けることができなくなった。
同日に発表された金融再生委員会委員長の談話によれば,上告人が本件処分を受けたのは,上告人が,〈1〉平成11年に行われた監督官庁の検査の結果,債務超過と見込まれ,〈2〉この検査結果を踏まえた平成12年6月末時点の財務状況につき再三にわたり報告を求められたが,上記検査結果と大きく異なる自己査定に基づいて財務状況を報告するにとどまり,必要な償却・引当てを適正に行えば大幅な債務超過であると見込まれ,〈3〉上記の債務超過を解消するための自己資本充実策等について再三にわたり報告を求められたにもかかわらず,具体的かつ実現性のある自己資本充実策を提出しなかったためであった。
被上告人は,その頃,上告人が本件処分を受けてその経営が破綻したことを知った。
(6) 平成13年3月12日に発表された上告人の金融整理管財人の報告書では,上告人が経営破綻に至った要因として,〈1〉いわゆるバブル期において量的拡大に走ったこと,〈2〉大口預金等に依存した資金調達を行ってきたところ,平成9年の金融不安とマスコミ報道等によって,大口預金が流出して資金繰りがひっ迫したこと,〈3〉審査・管理部門と営業部門との相互けん制機能が発揮されず,担保不動産等を別会社に買い取らせたり,債務を関連会社に付け替えたりするなど,不良債権の実質的な整理回収とならない表面的な先送り処理が行われてきたことなどが指摘された。
(7) 上告人の金融整理管財人が作成した平成13年3月31日現在の貸借対照表によれば,上告人の債務超過額は約4800億円であった。
(8) 平成13年6月に開催された出資者らを対象とする説明会において,上告人に対する出資金の返還又は出資金相当額の損害賠償を求める集団訴訟への参加が呼び掛けられ,その頃から被上告人と同様の立場にある出資者らにより上記の内容の訴訟が逐次提起され,同年中には集団訴訟も提起されるに至った(以下,本件訴訟に先立つ上記の各訴訟を「本件各先行訴訟」という。)。これらの事実は,その頃広く報道された。
(9) 平成12年当時の上告人の代表理事らは,平成14年1月から2月にかけて金融整理管財人により背任罪で告訴され,その一部は起訴された(以下,上記告訴に係る刑事事件を「別件刑事事件」という。)。
本件各先行訴訟の一部において,平成16年1月,その原告らから別件刑事事件の訴訟記録の写しが書証として提出された。
(10) 被上告人は,平成19年3月5日,本件訴訟を提起した。
(11) 上告人は,平成19年4月26日の第1審口頭弁論期日において,被上告人に対し,主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権につき,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
3 原審は,上記事実関係の下において,上告人が実質的な債務超過の状態にあって経営破綻の現実的な危険があることを説明しないまま被上告人に対して本件出資を勧誘したことは,信義則上の説明義務に違反し,被上告人に対する不法行為を構成するとした上,次のとおり判断して,上告人の消滅時効の抗弁を排斥し,被上告人の主位的請求を認容した。
(1) 民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において,単に加害者の行為により損害が発生したことを知っただけではなく,その加害行為が不法行為を構成することをも知った時との意味に解するのが相当である(最高裁昭和…42年11月30日…判決…参照)。
(2) 被上告人において,本件出資の勧誘が不法行為を構成することを知ったのは,上告人が債務超過の状態にあったことにつき当時の代表理事らにおいて認識又は認識可能性があったにもかかわらず,本来あるべき必要な説明を受けることなく本件出資を勧誘されたという事実関係の概略が被上告人に判明した時点,すなわち本件各先行訴訟の一部において別件刑事事件の訴訟記録の写しが書証として提出された平成16年1月から相当期間が経過した後であるといわざるを得ない。よって,主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点は平成16年3月5日よりも後であり,本件訴訟が提起された平成19年3月5日には,上記損害賠償請求権についての3年の消滅時効期間は経過していなかった。
4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味すると解するのが相当である(最高裁昭和…48年11月16日…判決…参照)。
(2) 前記事実関係によれば,まず,被上告人は,本件処分がされた平成12年12月頃には,上告人が本件処分を受けてその経営が破綻したことを知ったというのであるから,その頃,上告人の勧誘に応じて本件出資をした結果,損害を被ったという事実を認識したといえる。さらに,〈1〉被上告人が平成12年3月に本件出資をしてから本件処分までの期間は9か月に満たなかったことや,〈2〉本件処分当日に発表された金融再生委員会委員長の談話や平成13年3月12日に発表された上告人の金融整理管財人の報告書において,平成11年に行われた監督官庁の検査の結果,上告人は,既に債務超過と見込まれ,自己資本充実策の報告を求められていたにもかかわらず,その後も適切な改善策を示すことなく,不良債権の整理回収とはならない表面的な先送りを続けていたなどの事情が明らかにされていたことに加え,〈3〉平成13年6月頃以降,被上告人と同様の立場にある出資者らにより,本件各先行訴訟が逐次提起され,同年中には集団訴訟も提起されたというのであるから,上告人が実質的な債務超過の状態にありながら,経営破綻の現実的な危険があることを説明しないまま上記の勧誘をしたことが違法であると判断するに足りる事実についても,被上告人は,遅くとも同年末には認識したものとみるのが相当である。上記時点においては,被上告人が上記の勧誘が行われた当時の上告人の代表理事らの具体的認識に関する証拠となる資料を現実には得ていなかったとしても,上記の判断は何ら左右されない。
そうすると,本件の主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は,遅くとも平成13年末から進行するというべきであり,本件訴訟提起時には,上記損害賠償請求権について3年の消滅時効期間が経過していたことが明らかである。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。以上説示したところによれば,主位的請求を棄却した第1審判決は正当であるから,同請求に関する被上告人の控訴を棄却すべきである。そして,予備的請求について,更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。

最高裁平成23年4月22日判決(平成20年(受)第1940号)(下線は筆者)
1 本件は,信用協同組合である上告人の勧誘に応じて上告人に各500万円を出資したが,上告人の経営が破綻して持分の払戻しを受けられなくなった被上告人らが,上告人は,上記の勧誘に当たり,上告人が実質的な債務超過の状態にあり経営が破綻するおそれがあることを被上告人らに説明すべき義務に違反したなどと主張して,上告人に対し,主位的に,不法行為による損害賠償請求権又は出資契約の詐欺取消し若しくは錯誤無効を理由とする不当利得返還請求権に基づき,予備的に,出資契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,各500万円及び遅延損害金の支払を求める事案であり,予備的請求である出資契約上の債務不履行による損害賠償請求の当否が争われている。
なお,原判決中,被上告人らの主位的請求をいずれも棄却すべきものとした部分は,被上告人らが不服申立てをしておらず,同部分は当審の審理判断の対象となっていない。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 上告人は,中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であり,平成14年7月31日,総代会の決議により解散した。
(2) 上告人は,平成6年に行われた監督官庁の立入検査において,資産の回収可能性等を基に査定された欠損見込額を前提とする自己資本比率の低下を指摘され,さらに,平成8年に行われた立入検査においても,資産の大部分を占める貸出金につき,欠損見込額が巨額になっており,上記自己資本比率がマイナス1.80%であって実質的な債務超過の状態にあるなどの指摘を受け,文書をもって早急な改善を求められたが,その後も上記の状態を解消することができないままであった。
(3) 平成10年ないし平成11年頃,上告人は,資産の欠損見込額を前提とすると債務超過の状態にあって,早晩監督官庁から破綻認定を受ける現実的な危険性があり,代表理事らは,このことを十分に認識し得たにもかかわらず,上告人の新大阪支店の支店長をして,被上告人らに対し,そのことを説明しないまま,上告人に出資するよう勧誘させた。
(4) 被上告人らは,上記の勧誘に応じ,平成11年3月2日,上告人に対し,各500万円の出資をした(以下,上記の各出資を「本件各出資」といい,本件各出資に係る上告人と各被上告人との間の各契約を「本件各出資契約」という。)。
(5) 上告人は,平成12年12月16日,金融再生委員会から,金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)8条に基づく金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分を受け,その経営が破綻した。被上告人らは,これにより,本件各出資に係る持分の払戻しを受けることができなくなった。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人らの予備的請求である債務不履行による損害賠償請求を,遅延損害金請求の一部を除いて認容すべきものとした。
(1) 上告人が,実質的な債務超過の状態にあって経営破綻の現実的な危険があることを説明しないまま,被上告人らに対して本件各出資を勧誘したことは,信義則上の説明義務に違反する(以下,上記の説明義務の違反を「本件説明義務違反」という。)。
(2) 本件説明義務違反は,本件各出資契約が締結される前の段階において生じたものではあるが,およそ社会の中から特定の者を選んで契約関係に入ろうとする当事者が,社会の一般人に対する不法行為上の責任よりも一層強度の責任を課されることは,当然の事理というべきであり,当該当事者が契約関係に入った以上は,契約上の信義則は契約締結前の段階まで遡って支配するに至るとみるべきであるから,本件説明義務違反は,不法行為を構成するのみならず,本件各出資契約上の付随義務違反として債務不履行をも構成する。
4 しかしながら,原審の上記判断のうち,本件説明義務違反が上告人の本件各出資契約上の債務不履行を構成するとした部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
契約の一方当事者が,当該契約の締結に先立ち,信義則上の説明義務に違反して,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には,上記一方当事者は,相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき,不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。
なぜなら,上記のように,一方当事者が信義則上の説明義務に違反したために,相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った場合には,後に締結された契約は,上記説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって,上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるということは,それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず,一種の背理であるといわざるを得ないからである。契約締結の準備段階においても,信義則が当事者間の法律関係を規律し,信義則上の義務が発生するからといって,その義務が当然にその後に締結された契約に基づくものであるということにならないことはいうまでもない。
このように解すると,上記のような場合の損害賠償請求権は不法行為により発生したものであるから,これには民法724条前段所定の3年の消滅時効が適用されることになるが,上記の消滅時効の制度趣旨や同条前段の起算点の定めに鑑みると,このことにより被害者の権利救済が不当に妨げられることにはならないものというべきである。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は,破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人らの請求はいずれも理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求をいずれも棄却すべきである。
(千葉勝美裁判官補足意見)
私は,法廷意見が,本件説明義務違反が債務不履行責任を構成せず,その結果,これにより発生した損害賠償請求権について民法724条前段が適用されるとした点について,次のとおり補足しておきたい。
本件において,上告人が被上告人らに対し出資契約の締結を勧誘する際に負っているとされた説明義務に違反した点については,契約成立に先立つ交渉段階・準備段階のものであって,講学上,契約締結上の過失の一類型とされるものである。民法には,契約準備段階における当事者の義務を規定したものはないが,契約交渉に入った者同士の間では,誠実に交渉を行い,一定の場合には重要な情報を相手に提供すべき信義則上の義務を負い,これに違反した場合には,それにより相手方が被った損害を賠償すべき義務があると考えるが,この義務は,あくまでも契約交渉に入ったこと自体を発生の根拠として捉えるものであり,その後に締結された契約そのものから生ずるものではなく,契約上の債務不履行と捉えることはそもそも理論的に無理があるといわなければならない。講学上,契約締結上の過失を債務不履行責任として捉える考え方は,ドイツにおいて,過失ある錯誤者が契約の無効を主張することによって損害を受けた相手方を救済する法理として始まったとされているが,これは,不法行為の成立要件が厳格であるドイツにおいて,被害者の救済のため,契約責任の拡張を模索して生み出されたという経緯等に由来する面があろう。
有力な学説には,事実上契約によって結合された当事者間の関係は,何ら特別な関係のない者の間の責任(不法行為上の責任)以上の責任を生ずるとすることが信義則の要求するところであるとし,本件のように,契約は効力が生じたが,契約締結以前の準備段階における事由によって他方が損失を被った場合にも,「契約締結のための準備段階における過失」を契約上の責任として扱う場合の一つに挙げ,その具体例として,〈1〉素人が銀行に対して相談や問い合わせをした上で一定の契約を締結した場合に,その相談や問い合わせに対する銀行の指示に誤りがあって,顧客が損害を被ったときや,〈2〉電気器具販売業者が顧客に使用方法の指示を誤って,後でその品物を買った買主が損害を被ったときについて,契約における信義則を理由として損害賠償を認めるべきであるとするものがある(我妻榮「債権各論上巻」38頁参照)。このような適切な指示をすべき義務の具体例は,契約締結の準備段階に入った者として当然負うべきものであるとして挙げられているものであるが,私としては,これらは,締結された契約自体に付随する義務とみることもできるものであると考える。そのような前提に立てば,上記の学説も,契約締結の準備段階を経て契約関係に入った以上,契約締結の前後を問うことなく,これらを契約上の付随義務として取り込み,その違反として扱うべきであるという趣旨と理解することができ,この考え方は十分首肯できるところである。
そもそも,このように例示された上記の指示義務は,その違反がたまたま契約締結前に生じたものではあるが,本来,契約関係における当事者の義務(付随義務)といえるものである。また,その義務の内容も,類型的なものであり,契約の内容・趣旨から明らかなものといえよう。したがって,これを,その後契約関係に入った以上,契約上の義務として取り込むことは十分可能である。
しかしながら,本件のような説明義務は,そもそも契約関係に入るか否かの判断をする際に問題になるものであり,契約締結前に限ってその存否,違反の有無が問題になるものである。加えて,そのような説明義務の存否,内容,程度等は,当事者の立場や状況,交渉の経緯等の具体的な事情を前提にした上で,信義則により決められるものであって,個別的,非類型的なものであり,契約の付随義務として内容が一義的に明らかになっているようなものではなく,通常の契約上の義務とは異なる面もある。
以上によれば,本件のような説明義務違反については,契約上の義務(付随義務)の違反として扱い,債務不履行責任についての消滅時効の規定の適用を認めることはできないというべきである。
もっとも,このような契約締結の準備段階の当事者の信義則上の義務を一つの法領域として扱い,その発生要件,内容等を明確にした上で,契約法理に準ずるような法規制を創設することはあり得るところであり,むしろその方が当事者の予見可能性が高まる等の観点から好ましいという考えもあろうが,それはあくまでも立法政策の問題であって,現行法制を前提にした解釈論の域を超えるものである。

≪参考条文≫

民法
(基本原則)
第1条 私権は,公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は,これを許さない。
(債権等の消滅時効)
第167条 債権は,10年間行使しないときは,消滅する。
2 債権又は所有権以外の財産権は,20年間行使しないときは,消滅する。
(債務不履行による損害賠償)
第415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。
(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第724条 不法行為による損害賠償の請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは,時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも,同様とする。

刑法
第二百四十六条(詐欺)人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
※刑事訴訟法
第二百五十条  時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの(死刑に当たるものを除く。)については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
一  無期の懲役又は禁錮に当たる罪については三十年
二  長期二十年の懲役又は禁錮に当たる罪については二十年
三  前二号に掲げる罪以外の罪については十年
2項  時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの以外の罪については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
一  死刑に当たる罪については二十五年
二  無期の懲役又は禁錮に当たる罪については十五年
三  長期十五年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については十年
四  長期十五年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については七年
五  長期十年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については五年
六  長期五年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については三年
七  拘留又は科料に当たる罪については一年

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