新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1313、2012/7/30 13:58

【生活保護と扶養義務の関係・扶養義務者がいる場合生活保護を受けることができるか。】

<質問>
 私は56歳の主婦です。数年前に夫が死亡し,夫が残した財産でこれまで生活してきたものの,財産は底を尽きかけております。年齢も年齢だけに,これから働いて収入を得ることも困難ですので,年金を受給できるまでの間,生活保護を受けようと考えております。私と夫の間には子供が1人おりますが,私とは折り合いが悪かったうえに,既に成人して独立しており,自分の生活を支えるので精一杯のようで,私の生活を援助してくれるとは思えません。
 先日,市役所に生活保護の受給について相談に行ったときのですが,相談員からは「なんとかお子さんにお願いして面倒を見てもらいなさい。そういうルールになっているから。」と言われてしまい,申請をすることができませんでした。本当に私は生活保護を受給することはできないのでしょうか。

<回答>
1 民法上,あなたとお子さんは直系血族の関係にありますので,お互いに扶養する義務があります(民法877条)。ただし,お子さんは常にあなたを扶養する具体的な義務を負うわけでは無く,お子さんに余力があるときに,お子さんの地位にふさわしい生活を犠牲にしない範囲であなたを扶養する義務があるに過ぎません。
2 生活保護の受給を開始するにあたっては,あなたが利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することが求められますが(補足性の原理),ここには扶養義務を履行してもらうことまでは必ずしも含まれません(生活保護法第4条1項,2項)。したがって,たとえ扶養義務者が存在するとしても,そのことのみをもって生活保護の受給を開始することが妨げられるものではありません。
3 生活保護の受給に伴い,あなたのお子さんに扶養照会がなされ,あなたのお子さんからあなたに実際に扶養がなされれば,それが収入として認定され,その分保護費が減額されることになります。ただ,仮に,あなたのお子さんが,扶養が可能であるにもかかわらずこれを拒否したとしても,そのことを理由にあなたへの保護を打ち切ることはできません。
 これは、生活保護給付の開始、終了の要件を緩和し、国民の最低生活をまず保証しようとするものですが、生活保護の予備(補足)的機能、2次的機能を否定することはできませんから、仮に扶養の余力があれば、親族の扶養義務履行のため国家が代行して義務履行を求めることになります。又、親族から現実に扶養義務の履行があれば当然減額、停止、返還(不当利得)ということになるのは当然のことです(生活保護法26条)。さらに、扶養義務者が、扶養に十分な資産を有し、扶養の意思が明らかな状況であれば法4条1項補足性の要件を満たさないことになります。
4 以下,詳しく解説します。
なお,扶養照会を受けた場合の対応については事例集1175番をご参照ください。関連法律相談事例集キーワード検索:1167番1149番1132番1056番1043番983番981番790番697番684番669番
427番345番参照。

<解説>
(扶養義務と生活保護の関係について)
  親族間の扶養義務(夫婦民法752条,その他の親族877条1項,同2項)はなぜ認められるのか。個人主義、自由主義からすれば、私有財産制の原則(私的自治の大原則)から本来財産関係は、夫婦、親族といえども別個独立のはずです。しかし、夫婦の場合は、契約内容から当然の義務(生活保持義務、夫婦別産制です。)として認められますし、未成熟の子の幸福追求権、生存権から派生する扶養請求権の反射的効果としては親の扶養義務(生活保持義務)が規定されます(民法820条)。では他の親族(成人の親子)はどうして認められるのでしょうか。これは私有財産制の表裏の関係にあります。すなわち、私有財産制から遺言自由の原則、法定相続制が取られる関係上、親族関係(3親等内の親族 例えば叔父と甥)でも一定の扶養義務を認めています。個人の遺産は特別な意思表示がない限り、親族に移転し、国家には基本的に無関係の形で終了します。従って、相続開始前に、生活に困った場合も、扶養義務という形で親族間の責任を基本としています。国民の生活は、相続とともに国家は基本的に関与しません。これが原則です。
  
  それでは国家が国民の生活に関与する生活保護はどうして認められるのでしょうか。それは、何らかの事情により、最低限の生活ができず、援助してくれる親族もいない場合には、国民の幸福追求権(憲法13条)を実質的に保証する義務が最終的に国家にあるからです(憲法25条)。国民の国家設立の総意は、人間が生まれてから死にいたるまで安全に生活するよう国家に信託するということです。これは、私有財産制、私的自治の原則と矛盾しないでしょうか。矛盾するものではありません。個人主義、自由主義に基づく私有財産制、私的自治の原則の目的は、常に、公正で公平な自由社会秩序建設であり、その目的達成の手段です。従って、その制度には、常に内在する信義則、権利濫用禁止、公平公正の原則が存在し、この原理により私有財産制、私的自治の原則も修正、変容を受けることになります。私的自治の原則、私有財産制が有効に働かない場合には、国民から委託を受けた国家がその信託に基づき国民の生活保護に関与することになります。しかしこの制度は、親族の扶養義務の予備的(補足的)機能を持つものであり第二次的制度であることが基本的性格となります(保護法4条2項は当然の規定です。)。条文解釈もこの趣旨に従い行われますし、近時、芸能人家族の生活保護問題が取り上げられていますが、そのような観点からの理解が必要となります。

1 民法上の扶養義務について
 (1) 扶養義務の範囲
   扶養とは,自分の力だけではその生活を維持していけない者に対する生活上の援助をいい,民法は,親族的扶養(一定の親族関係にある者による扶養)についての規定を置いています。
   具体的には,夫婦,直系血族あるいは兄弟姉妹間では常に扶養義務を負い,それ以外にも,特別の事情があれば三親等内の親族間で扶養義務が生じ得ます(民法752条,877条1項,同2項)
 (2) 扶養義務の程度
   以上の親族間で扶養義務が生じるわけですが,すべての親族間で同程度の扶養義務が生じるわけではありません。
   身分関係の結びつきの強さに応じて,以下のように扶養義務の程度が異なります。
  ア 生活保持義務関係
    夫婦間や,親と未成熟の子の関係は,扶養をなすことがその身分関係の本質的要素であり,一体的な生活共同関係にあることから,生活保持義務関係にあるといわれています
    生活保持義務とは,扶養義務者が扶養権利者に自己と同程度の生活をさせる必要がある(つまり,互いが同程度の生活水準を維持する必要がある)扶養義務をいい,その義務の程度は重いものとなっています。
  イ 生活扶助義務関係
    これに対し,上記ア以外の関係(例えば,成人した子と親の関係や,兄弟姉妹の関係,三親等内の親族の関係)では,扶養をなすことがその身分関係の本質的要素とはいえず,扶養はあくまで例外的な事象であることから,生活扶助義務関係にあるといわれています。
    生活扶助義務とは,扶養義務者が自分の地位にふさわしい生活を犠牲にすることなく行うことができる範囲での扶養をなせばよいという義務であり,上記アと比べると軽い義務となっています。したがって,生活扶助義務関係においては,抽象的には扶養の義務があるとしても,扶養義務者が十分な余力を有していない場合には,具体的な扶養義務は負わないという扱いになります。

2 生活保護の受給開始要件について(扶養を受けることは保護の受給開始要件か)
  あなたのお子さんは,あなたに対して生活扶助義務関係にあるわけですが(上記(2)のイ),あなたが生活保護の受給を開始するにあたって,あなたのお子さんに扶養義務を履行してもらうことまで要求されるでしょうか。結論としては,あなたが生活保護の受給を開始するにあたって,あなたのお子さんに扶養義務を履行してもらうことまでは要求されません。その理由は以下のとおりです。

(1) 生活保護法4条1項と2項の関係
  生活保護法4条1項は保護の開始要件を定めていますが,「利用しうる資産、能力その他あらゆるもの」を活用することを要件としているだけで、その中に扶養という文言は含まれていません。他方で,同条2項には「民法 (明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。」と定められており,生活保護法は,扶養を保護の開始要件とは別個のものとして位置づけていると考えられています。生活保護の予備(補足)的機能から、民法上の扶養が生活保護に優先して行われるべきことを予定していますが、扶養が行われているか否かは、生活保護の要件とは別のものであり、自分でできることをしても生活が困窮している場合は生活保護の要件を満たすということです。但し、これは生活保護開始の要件ですから、後日、扶養義務が優先する事態が発覚した場合は、当然修正を受け例えば、給付停止(保護法26条)、給付自治体からの扶養義務者への請求(同法77条1項)という問題に発展します。理論的に当然の規定です。生活保護の開始の要件を緩和し、まず国民の最低生活を保持し事後処置により原則(扶養義務者に責任負担を求める。)に戻す手続きになっています。

(2) 生活保護法4条1項の解釈
  ところで,生活保護法4条1項は「保護は、…その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」と定めているため,この「その他あらゆるもの」の中に扶養義務の履行を受けることまで含まれるのではないかが一応問題となり得ます。
  ただ,ここでいう「その他あらゆるもの」とは,あなたの努力によって容易に資産となり得るものでなければなりません。あなたが扶養義務を現実に履行してもらうためには,お子さんに十分な資力と扶養の意思があることが必要であり,これはあなたの努力によってどうにかなる問題ではありません。そのため,扶養義務者が存在するからといって,保護が受けられないということにはならないのです(ただし,扶養義務者が実際に十分な資力と扶養の意思を有しており,あなたの扶養を積極的に申し出ているような場合には,あなたの努力によって容易に扶養を受けることができますので,扶養を受ける権利が生活保護法4条1項の「その他あらゆるもの」に該当すると判断され,保護を受給する前にこれを活用することを求められることになります)。

3 保護受給中の扶養義務の取扱い
  以上のとおり,保護受給の開始にあたって,実際に扶養義務を履行してもらうことまでは要求されません。
  なお,保護受給開始後の関係については,生活保護法4条2項が「民法 (明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。」と定めています。しかし,そもそも民法897条は「扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。」と定めており,あくまで扶養の履行は当事者間における話合いによる解決が前提とされていることから,生活保護を実施する上での扶養義務の取扱いについても,あくまで当事者間の話合いにより履行させることを本旨とすべきであり,保護の実施機関が扶養の履行を強制する権限までは無いと考えられています。

  実際の取扱いとしては,保護の受給開始に伴い,扶養義務者に対して,保護の実施機関から扶養照会がなされ,扶養義務者の扶養能力と扶養の意思が調査されます。ただ,仮に,この調査の結果,真に扶養をなすべき扶養義務者が存在するにもかかわらず,扶養義務者がこれを行わないとしても,このことをもって保護の受給開始を拒否したり、打ち切ることは認められません。このような場合には,生活保護法77条により,当該扶養義務者から費用を徴収することが可能ではあるものの,上記のとおり,生活保護を実施する上での扶養義務の取扱いについても,あくまで当事者間の話合いにより履行させることを本旨とすべきであることから,この手続を積極的に行わない自治体が多いようです。
  但し、法律の解釈としては保護の実施機関は、扶養義務者と協議して徴収の額を定めることができ協議ができないときは家庭裁判所の徴収額を定める審判の申し立てができることになっていますから、強制的に扶養義務者から生活保護として支払った金額を徴することは可能です。今後の生活保護の実態を考慮し、現行の法制度のもとでも扶養義務者から強制的に徴収することは可能といえます。すなわち、生活保護の原則に戻り、各自治体が十分な資産を有する扶養義務者に対する請求を行うのが本来の姿ですし、そもそも要扶養者自らも扶養義務者が扶養するだけの十分な資産を有し、扶養の意思を有していることが明らかな状況であれば、生活保護請求の前に自ら何らかの打診、請求を扶養義務者に対し行うべきものと考えます。又、法4条1項補足性の要件も満たさないことになるでしょう。

4 最後に
  近時,生活保護と私的扶養(扶養義務)の関係で様々な議論がなされていますが,現行の生活保護法上,保護の開始要件の中に,扶養義務の履行を受けること(扶養義務者に対して義務の履行を要求すること)までは含まれていません。したがって,あなたがお子さんから扶養を受けていないことを理由に申請を受け付けなかったとすれば,それは違法行為であるといえます。
  このような申請拒否が行われている場合,弁護士があなたの申請に同行することが大変有効です(費用については,弁護士会の委託援助という制度により立替〔償還の免除制度もあります〕を受けることが可能です。)。申請を拒絶されてお困りの場合には,お近くの法律家に一度ご相談下さい。

≪条文参照≫

第二十五条  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

【民法】
(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条  夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
(扶養義務者)
第八百七十七条  直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2  家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3  前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。
(扶養の順位)
第八百七十八条  扶養をする義務のある者が数人ある場合において、扶養をすべき者の順序について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。扶養を受ける権利のある者が数人ある場合において、扶養義務者の資力がその全員を扶養するのに足りないときの扶養を受けるべき者の順序についても、同様とする。
(扶養の程度又は方法)
第八百七十九条  扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。
(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し)
第八百八十条  扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。
(扶養請求権の処分の禁止)
第八百八十一条  扶養を受ける権利は、処分することができない。

【生活保護法】
(この法律の目的)
第一条  この法律は、日本国憲法第二十五条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
(無差別平等)
第二条  すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護(以下「保護」という。)を、無差別平等に受けることができる。
(最低生活)
第三条  この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。
(保護の補足性)
第四条  保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2  民法 (明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
3  前二項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。
(保護の停止及び廃止)
第二十六条  保護の実施機関は、被保護者が保護を必要としなくなつたときは、すみやかに、保護の停止又は廃止を決定し、書面をもつて、これを被保護者に通知しなければならない。第二十八条第四項又は第六十二条第三項の規定により保護の停止又は廃止をするときも、同様とする。
(費用の徴収)
第七十七条  被保護者に対して民法 の規定により扶養の義務を履行しなければならない者があるときは、その義務の範囲内において、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の全部又は一部を、その者から徴収することができる。
2  前項の場合において、扶養義務者の負担すべき額について、保護の実施機関と扶養義務者の間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、保護の実施機関の申立により家庭裁判所が、これを定める。
3  前項の処分は、家事審判法 の適用については、同法第九条第一項 乙類に掲げる事項とみなす。

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