新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1302、2012/7/11 11:36

【民事・出世払いは不確定期限か停止条件付き法律行為か・大審院大正4年3月24日判決、大阪高裁昭和50年5月22日判決】

質問:私には甥がいます。甥は大学院への進学を希望していましたが、家庭の経済状況から進学を断念せざるを得ない状況でした。私には子どもがいないこともあって、比較的経済的にはゆとりがあったため、甥の大学院の学費を貸しても良いと思い、「出世したら返してくれよ」と500万円を貸しました。甥は、3年ほど前に大学院も卒業し、会社へ就職し、それなりの給料をもらって不自由のない生活を送っているようです。にもかかわらず、一向にお金を返そうという気配がありません。もうお金は返してもらうことはできないでしょうか?

回答
1.あなたや甥ごさんの資力等具体的な事情にもよりますが、出世したら返済する等の約束は、弁済期について不確定期限を定めたもので、大学院を卒業して就職したことにより期限が到来したと考えられるでしょう。従って、500万円の返還を請求できると考えられます。いわゆる出世払いによる貸付けは、金銭消費貸借契約に停止条件を付したものか、不確定期限を付したものと考えるのかによって結論が異なってきます。 この点について、判例では、出世払いは不確定期限を付したものだと判断されるケースが多くなっていますので、本件においても基本的には不確定期限を付したものであると解されることになりそうです。
2.その場合、返還を請求するためには期限が到来していることを主張立証する必要がありますが、会社へ就職し、それなりの給料をもらっているという事実は、「出世した」との判断に傾く事実と認められ、現在において、既に弁済期にあるという判断されるでしょう。しかし、停止条件なのか、不確定期限なのか、また、条件が成就しているのか、期限が到来しているのかという点は、請求する側に主張立証責任があり、その判断は個別の事案ごとに判断がなされるため、注意が必要です。
3.要は、他の法律問題と同様に、消費貸借時の貸主、借主の動機、人間社会関係、経済事情、返還を求める時期における貸主、借主の社会、経済状態等を総合的に考慮し、信義誠実、公平公正の大原則(民法1条)に従い判断されることになります。返還させる場合は「期限」となり、返還の必要がなければ「条件」となります。通常、実質的に贈与する意図がない限り、借りたものは返還するというのが常識的であると思われます。

解説:
1.(出世払い)
  あなたと甥御さんとの間の500万円を貸した契約は、金銭消費貸借契約(民法587条)です。金銭消費貸借契約では、借りた人は借りたお金を返す義務がありますが、いつまでに返すかという返済期日については、何月何日という特定の年月日で定められているのが一般的です。
  しかし、本件においては、返済期日が特定の年月日によって定められておらず、「出世したら返してくれよ」という約束でお金を貸しています。これは、いわゆる出世払いと呼ばれるものです。この出世払いという言葉自体は馴染みのあるものですが、法律的にどのような意味を持つのか、というと議論があります。順を追って、この出世払いの約束が、法的にどのような意味を持つのかについてご説明して行きたいと思います。

2.(条件と期限の違い)
(1)出世払いのように、法律行為に付随して、その法律行為に特別の制限を付加する定めを法律行為の付款といいます。法律行為とは、ここでは契約のことだと思っていただいて構いません。この法律行為の付款の代表が、条件や期限です。
(2)条件とは、法律行為の効力の発生または消滅を将来の成否が不確実な事実にかからせる付款のことをいいます。もう少し噛み砕いていいますと、「将来発生するかどうかは分からないけれども、もし、そういう事実が発生したときには、この契約の効力を発生させましょうね(消滅させましょうね。)。」との約束をするということです。
   この条件には、さらに、停止条件というものと、解除条件というものがあります。

   ア 停止条件とは、条件の成就によって法律行為の効力を発生させる場合をいいます。停止条件付き法律行為の具体例としては、「もし大学に合格したら、仕送りを開始しよう。」という例が挙げられます。「大学合格」という事実は、将来実現するかどうかが分からない事実であり、この点は条件ということになります。そして、「大学合格」という事実の実現により、「仕送り開始」という効力が「発生」することになりますので、停止条件ということになります。すなわち、「仕送り開始」という効力の発生が、「大学合格」という事実が実現するまで「停止」されているということです。

   イ 解除条件とは、条件の成就によって法律行為の効力を消滅させる場合をいいます。解除条件付き法律行為の具体例としては、「留年したら、仕送りを止める。」という例が挙げられます。「留年」という事実も、将来実現するかどうかが分からない事実ですから、条件ということになります。そして、「留年」という事実の発生により、「仕送りの継続」という効力が「消滅」するということになりますので、解除条件ということになります。すなわち、「仕送り継続」という効力が、「留年」という事実が実現することによって「解除」されるということです。

(3)期限とは、法律行為の効力の発生または消滅を将来到来することが確実な事実にかからせる付款のことをいいます。これも噛み砕いていいますと、「将来発生することが確実な、この事実が発生したときには、この契約の効力を発生させましょうね(消滅させましょうね。)。」との約束をするということです。
   法律行為の効力の発生に関する期限を始期といい、法律行為の効力の消滅に関する期限を終期といいます。
   この期限には、さらに、確定期限というものと、不確定期限というものとがあります。

   ア 確定期限とは、到来する時期が具体的に定まっている場合のことをいいます。確定期限付き法律行為の具体例としては、「平成24年4月1日から、仕送りを開始する。」という例が挙げられます。「平成24年4月1日」は将来到来することが確実であり、まさに「平成24年4月1日」というのが具体的な時期な訳ですから、確定期限です。
     なお、この例は、効力の発生についてのものですから、始期についての具体例ということになります。

   イ 不確定期限とは、到来することは確実であるが、到来する時期が不確実である場合のことをいいます。不確定期限付き法律行為の具体例としては、「私が死んだら、仕送りを止める。」という例が挙げられます。「死」という事実は、将来到来することは確実ですが、その時期がいつなのかは分かりませんので、不確定期限ということになります。
     なお、この例は、効力の消滅についてのものですので、終期についての具体例ということになります。

(4)条件と期限について、お分かりいただけたでしょうか。とても似ていると思われたかもしれませんが、決定的に異なる点があります。それは、設定されたある事実の発生が確実なのか、不確実なのか、という点です。つまり、設定されたある事実の発生が不確実である場合が条件であり、設定されたある事実の発生が確実である場合が期限です。これは、2(3)の期限の定義付けのところにおいて、将来「発生」することが確実な、とはなっておらず、「到来」することが、となっているところにも表れているともいえるでしょう。

3.(出世払いは期限か条件か)
(1)では、いわゆる出世払いが、条件を定めたものであるのか、それとも期限を定めたものであるのかのどちらであるのかが問題となります。
   この点、「出世したら返済をする」、と考えると条件(厳密には停止条件)ということになります。つまり、「出世するかどうかは分からないが、もし出世したら返済します」、というように出世を発生が不確実な事実と考える訳です。
   これとは異なり、「出世するか、出世しないかがはっきりするまでは返済を猶予する」と考えると期限(厳密には不確定期限)ということになります。つまり、「いつなのかは分からないけれども、いつかは出世するか否かは判明するんだ」と考えて、不確定期限と捉える訳です。
   停止条件と考えると、出世できなければ返済をする義務はないということになります。他方、不確定期限であると考えると、出世したとき、または、出世する見込みがなくなったときに返済しなければならなくなる、ということになります。

(2)ア 判例においては、どのように判断されているのか見てみると、不確定期限と解したものが多いようです。そのうちの一つをご紹介します。
     「出世ナル事実カ後日到来スルヤ否不確定ノモノナルコト勿論ナルモ本件消費貸借契約ノ趣旨ニシテ原判決認定ノ如ク出世ナル事実ノ到来ニ因リテ債務ノ効力発生スルモノニ非スシテ既ニ発生シタル債務ノ履行ヲ之ニ因リテ制限シ債務者出世ノ時ニ至リ其履行ヲ為スヘキモノナルニ於テハ其債務ハ不確定期限ヲ附シタルモノト謂フ可ク停止条件附ノ債務ニ非サル」(大判大正4年3月24日民録21輯439頁)。

    不確定期限とした判例  
@大阪地裁 昭和50年5月22日民11部判決(確認債務請求事件)債権者側の経済事情(破産)により不確定期限の到来を判断しています。後記参照。
    A東京地裁平七(ワ)第九三〇八号平成8年10月31判決(養父と養子間の事業資金の貸金請求事件です。)結論は、まだ不確定期限が到来していないとの判断です。

   イ これに対して、停止条件であるとした判例も存在します。
     「惟フニ例ヘハ相続財産皆無且現在無資力ナル相続人カ限定承認ヲ為シ相続債権者ニ対シテ後日資力アルニ至ラハ弁済スヘキ旨契約シタル場合ニ於テ後日資力アルニ至リタルトキハ茲ニ弁済ノ責任ヲ生シ相続債権者其ノ弁済ヲ請求シ得ヘキコト勿論ナルモ其ノ弁済期ハ右資力アルニ至リタルトキ又ハ資力アルニ至ルコト不能ト確定シタルトキ始メテ到来スルモノト云フヘカラス弁済期ハ相続開始前ヨリ既ニ到来シテ履行遅滞ニ在リ引続キ遅延利息ヲ生シツツアルコトモ通常アリ得ヘキ所ナルヲ思ヘハ右相続人ノ契約ハ弁済期ヲ約シタルモノニ非スシテ只弁済ノ責任ヲ負担スヘキ停止条件附契約ニ過キサルコト自ラ明白ナリ乃チ其条件成就スルニ至ル迄限定承認ニ係ル右ノ債務ハ自然債務ニ外ナラスシテ右条件成就ノ時ヨリ復タ普通ノ債務トナルヘキモノトス而シテ現ニ債務者カ無資力ナルカ故ニ債権者モ同情シテ資力回復シタルトキハ誠意ヲ以テ弁済スヘキコトヲ契約シタル場合ニ於テ其ノ契約ニ資力ノ回復不能ト確定シタルトキハ直ニ弁済スヘク債権者亦其ノ請求ヲ為スコトヲ得ヘシト云フカ如キ趣旨ヲ包含セシムルコトハ通常想像シ得サル所ナルカ故ニ特別ノ事情ナキ限リ右ノ契約ハ斯カル趣旨ヲ包含スルコトナク債務者ノ責任ハ之ヲ消滅セシメテ債務ハ自然債務トナルモ後日資力アルニ至リタルトキハ当然責任ヲ生シテ其ノ債務ハ復タ普通ノ債務トナルヘキコトヲ定ムルモノト解スルヲ相当トスヘク而モ其ノ所謂資力ハ債務多額ナル場合ニハ必スシモ全額ヲ一時ニ支払フヘキ資力ヲ意味スルモノニ非スシテ信義ノ原則ニ照シ債務ノ一部ニテモ弁済スルヲ相当トスヘキ程度ノ資力アルニ至リタルトキハ茲ニ其ノ部分ノ責任ヲ生シテ債務者ハ之ヲ弁済スヘク債権者又之ヲ請求シ得ヘキモノニシテ其ノ責任ナキ限リノ該債務ハ是レ亦自然債務ニ外ナラサルモノト解スルヲ相当トス」(大判昭和16年9月26日判決全集9輯8号13頁)。

     簡単に内容をご説明しますと、相続財産はもちろん無く、無資力である相続人が、限定承認を行った上で、相続債権者との間で行った、「将来資力が回復したら弁済をする」、との約束は、限定承認による自然債務を条件成就のときより普通の債務とすることを定めた停止条件であるとの判断をしました。

   ウ また、難しい言葉が出て来てしまったかもしれませんが、自然債務と限定承認という言葉について、どういうことなのかを簡単に述べておきます。
     債権には、@請求力、A給付保持力、B訴求力、C執行力の4つの効力があるとされています。簡単にいいますと、@は請求することができること、Aは給付を受けることができること、つまり給付を受けても不当利得返還請求(民法703条以下)をされないということ、B訴訟により給付判決を得ることができること、C給付判決に基づき強制執行できることです。自然債務とは、このうち@請求力、A給付保持力のみしか有しないものをいい、債務者が任意に履行を行う分には債権者はこれを受領することも可能ではあるが、債務者が履行をしない場合でも債権者は裁判所へ訴えて請求をすることができない債務のことをいいます。

     限定承認というのは、例えば、相続債務が1000万円、相続財産が600万円というケースにおいて相続人が限定承認をした場合、相続債権者の引当てとなるのは相続財産の600万円までとなります(民法922条)。差額の400万円については弁済する責任は負わないという意味で上記判例は自然債務という言葉を使ったのだと思われます。この判例の事案においては、この部分の債務について行った約束の意味が問題となっています(なお、限定承認の場合というのは、債務の存在を前提として、責任はその債務の全部ではなくその一部に限定されている場合であると思われ、そうすると筆者としては、自然債務ということにはならないのではないかとの疑問がある。つまり、責任を負う必要のない部分の債務については「責任なき債務」ということになるのではないかと思われるのである。なぜなら、責任なき債務とは、@請求力、A給付保持力、B訴求力はあるが、C執行力を有しないものをいい、自然債務とは異なるものであると解されているからである。)。

   エ 結局のところ、事案ごとに、当事者の関係や契約の内容などから当事者がどのような意思であったのかを解釈することになるのだと思われます。つまり、債務を履行させなくても良いとするのが妥当であれば停止条件と捉えるし、履行すべきであるならば不確定期限と捉えることになります。
     判例の基本スタンスとしては、親兄弟などの親族間での貸し借りでも、借金は返さなければならないものだというのがあるのだと伺われ、それが多くの事案で不確定期限との判断がなされているところなのだろうと思われます。最終的には借金の額、借主の経済状況、貸主の動機、現在の経済状況等から信義則(公平、公正の原則 民法1条)に従い判断されるものと思われます。

4.本件の場合についても、判例の基本スタンスからすると、不確定期限を付した金銭消費貸借契約ということになりそうです。そして、会社へ就職し、それなりの給料をもらい、不自由のない生活を送っている、という本件における事情は、「出世した」との判断に傾く事情であるといえますので、現時点で既に弁済期にあるという判断に向かいそうだといえるでしょう。ただ、これまで述べてきたように、個別の事案ごとの判断となる点に注意が必要です。
  また、不確定期限であるとの判断がされても、ここから更に、実際に弁済期が到来したといえる状況であるのか否かの判断もすることになりますので、この点においても注意が必要です。つまり、出世をしたのか、その見込みはなくなったのかはまだ分からないという判断となり、いまだ弁済期は到来していないので、現時点では請求することはできない、とされることがあるということです。
  一度、お近くの法律事務所へご相談なさるのがよろしいかと思います。

<参考条文>

民法
(条件が成就した場合の効果)
第百二十七条 停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。
2 解除条件付法律行為は、解除条件が成就した時からその効力を失う。
3 当事者が条件が成就した場合の効果をその成就した時以前にさかのぼらせる意思を表示したときは、その意思に従う。
(期限の到来の効果)
第百三十五条 法律行為に始期を付したときは、その法律行為の履行は、期限が到来するまで、これを請求することができない。
2 法律行為に終期を付したときは、その法律行為の効力は、期限が到来した時に消滅する。
(不当利得の返還義務)
第七百三条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
(悪意の受益者の返還義務等)
第七百四条 悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。
(限定承認)
第九百二十二条 相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。

判例参照
大阪地裁 昭和50年5月22日民11部判決 (確認債務請求事件)
判旨抜粋
「被告は右債務は自然債務である旨主張するけれども、《証拠略》によれば、本件合意における長期棚上げとは、五年位を目途として、債権の支払を猶予する趣旨であることが窺われ、他方本件債務が、被告が支払可能な時期が到来したときにその支払方法を協議して支払うという、いわゆる出世払い債務であることは被告においても自認するところである。したがって本件債務は、訴求権及び執行権を有しない自然債務とは異なることは明らかであり、又右約定自体、自然債務の約定とは到底認められないのであって、俗にいう出世払い債務、すなわち単に不確定期限の到来ないし不到来の確定に至るまで支払を猪予するにとどまる不確定期限付債務と解すべきであるから被告の右主張は理由がない。」
「しかしながら、いわゆる出世払い債務は、前記のように債権者が債務者の成功または不成功の時まで弁済を猶予する趣旨のものではあるが、債権者の側において破産あるいは倒産などの事由により弁済の猶予をなしえない状態に立至ったときは当事者の意思解釈および契約関係における信義則に照らし右合意はその基礎の喪失により債権者の側からの解除権の行使が認められるものと解すべきである。すなわち弁済を猶予する債権者の意思としては、右債権の支払を猶予しても何ら支障をきたさないことを当然の前提にしており、自身が破産等により他人に対する債権を猶予する余裕のなくなったときにおいてすら尚債務者の成功を待って弁済を受けねばならない受忍を強制する拘束力を有しないというべきである。」

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