新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1301、2012/7/10 10:18

【民事・消費者契約法による違約金・損害賠償の予定・4月1日以後の入学辞退者の授業料返還・最高裁平成18年11月27日判決・最高裁平成22年3月30日判決】

質問:私はこのたび大学に推薦入試で合格しました。入学手続も済ませたのですが,入学式直前に体調を崩してしまい,入学を辞退することにし,4月5日にその旨大学にも伝え,初年度授業料の返還を求めました。すると学校は,一度納めた授業料は一切返還に応じません,との対応です。募集要項には,4月7日までに補欠者に補欠合格通知がなければ不合格となると言う記載があるので,私の辞退した分は補欠者からまかなうことができ,学校には私の入学辞退による損害が発生していないはずです。それでも返金を求めることはできないのですか。

回答:
1.あなたと同様の事案について,最高裁は,これまでの入学辞退に伴う授業料返還訴訟における判断の枠組みを踏襲した上で(3月31日までの入学辞退については授業料については返還を認める),「学生募集要項の上記の記載は,一般入学試験等の補欠者とされた者について4月7日までにその合否が決定することを述べたにすぎず,推薦入学試験の合格者として在学契約を締結し学生としての身分を取得した者について,その最終的な入学意思の確認を4月7日まで留保する趣旨のものとは解されない」「現在の大学入試の実情の下では,大多数の大学において,3月中には正規合格者の合格発表が行われ,補欠合格者の発表もおおむね終了して,学生の多くは自己の進路を既に決定しているのが通常」である,と理由を示し,請求を認めませんでした。残念ですが,返金を請求することは難しいでしょう。
2.関連事務所事例集:1125番943番585番参照。

解説:

(消費者契約法の趣旨)
消費者契約法の趣旨は,法1条が明言するように,契約当事者の公平,平等を保障し契約自由の原則,私的自治の原則を確保し,業者と契約する一般消費者を保護し公正,公平な社会経済秩序の実現にあります。民法上,業者も消費者も取引主体として,いつ誰とどのような内容の契約をするかをお互いに自由に決めることができるわけで,「契約自由の原則」に支配されています。
 しかし,大規模な組織で大規模に契約行為をおこなう業者と,知識にも交渉力にも乏しい一消費者とでは,取引を自由に行う力に大きな差があります。その現実を無視して形式的な自由を貫くと,実際には業者ばかりが自由を享受し,消費者は事実上不利益な契約を強いられるという「強者による弱者支配」が起こりかねません。例えば,契約内容を了解しながら履行しなければどのような違約金でも請求されますし,契約の解除も解除しようとする人が解除理由を具体的に立証しなければなりません。

 そこで,業者側は以上の法理論を奇貨として更なる利益を確保するため社会生活上の契約行為について業者の経済力,情報力,組織力,営業活動の宣伝,広告等を利用し事実上消費者に実質的に不利益な種々の契約態様を考え出し,一般社会生活における契約に無防備な消費者の利益を侵害する事態が生じました。このような状態は,法の理想から私的自治の原則に内在する公平公正の理念に反し許されません。この考えは,昭和43年に制定され,平成16年に大改正された「消費者基本法1条」にうたわれています。

 具体的には,「消費者契約法」等において,消費者の利益の保護が図られ,業者の規制と消費者保護のため,消費者側の契約取消権付与(消費者契約法 4条),損害賠償の予定の制限(消費者契約法 9条),業者側の免責の禁止(消費者契約法8条1項)等が定められています。その内容を一口で表すと,業者側の「契約の自由」の制限ということになります。以上より,当法律の解釈に当たっては適正,公平,権利濫用防止の原則(憲法12条,民法1条,2条, 消費者契約法1条)から契約締結ついて優位性をもつ業者の利益よりも無防備な消費者保護の視点が特に重視されなければなりません。従って,大学と学生との入学契約が消費者契約(契約法2条3項)に該当するかという点ですが,同条にいう「事業者」とは,営利を目的にしていなくても非営利法人である学校法人も含まれます(同法2条2項)。なぜなら, 消費者契約法の目的は,契約当事者として契約前から不平等な関係にある者同士の契約を公平の見地から規制し、実質的に不利益な立場にある消費者を保護して契約自由の原則を実質的に保障し、法の理想を達成しようとするものであり,相手側である業者側が営利性を有するかどうかは問題にならないからです。

1 入学辞退による授業料返還請求訴訟が近年頻発しましたが,最高裁判所平成18年11月27日に出された一連の判決により,一応の解決がなされたと考えられています。
 これらの判決においては,@合格者と大学との間での在学契約が消費者契約法2条3項における「消費者契約」に該当し,したがって授業料に関する不返還特約は損害賠償額の予定または違約金の定めの性質を有する以上,「当該事業者に生ずべき平均的な損害」を超える部分は無効であること A合格者が当該大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測される時点よりも前の時期における解除については平均的な損害は存在しないが,それ以降の解除については,合格者がその年度に納付すべき授業料等に相当する金額が当該大学に生ずべき平均的な損害と考えられる B一般に4月1日には学生が特定の大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測されるから,解除の意思表示が3月31日までになされた場合には大学に平均的な損害は生ぜず(=不返還特約は無効),4月1日以降になされた場合には納付済みの授業料等は大学に生ずべき平均的な損害を超えない(=不返還特約は有効)という判断基準が示されました。
 すなわち,4月1日には,新入生の世代の方々は「特定の大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測される」,つまりは自らの進路を決定していることがほとんどであるので,それ以降に入学を辞退されては,大学に損害が発生すると考えられます。また,その損害とは,入学予定者が初年度に納付すべき範囲の金額であれば消費者契約法上許容される「平均的な損害」であって,大学による不返還特約が有効とされるわけです。

2 では,本件のように,4月1日を過ぎてもなお補欠者を合格させることで辞退者の穴埋めを図ることができる場合にも,上記の判断基準が妥当するのでしょうか。この点が,平成22年3月30日最高最第三小法廷判決における争点でした。
 大学は,募集要項に「補欠者にはその旨郵便で通知すること,合格者に欠員が生じた場合には補欠者を順次繰り上げて合格者を決定し,繰上げ合格者には合格通知書等を送付すること,4月7日までに補欠合格の通知がない場合には不合格となること」を記載していましたので,大学には,4月7日までに辞退する者がいても,補欠合格者へ通知し,補欠合格者が希望すれば,入学者を穴埋めできることになります。そうすると,大学には損害が発生しない仕組みができているとして,4月5日に辞退したあなたへは返金されるべきとも思われます。
 しかしながら,回答にて述べましたとおり,最高裁は,「学生募集要項の上記の記載は,一般入学試験等の補欠者とされた者について4月7日までにその合否が決定することを述べたにすぎず,推薦入学試験の合格者として在学契約を締結し学生としての身分を取得した者について,その最終的な入学意思の確認を4月7日まで留保する趣旨のものとは解されない」「現在の大学入試の実情の下では,大多数の大学において,3月中には正規合格者の合格発表が行われ,補欠合格者の発表もおおむね終了して,学生の多くは自己の進路を既に決定しているのが通常」であるという理由から,「(大学が)学力水準を維持しつつ入学定員を確保することは容易でないことは明らかである」として,授業料の返還請求を認めませんでした。
 たしかに,4月1日が新年度のスタートであり,大多数はその日には進路を決めているはずです。とすると,4月7日まで補欠者を合格させることがあるとしても,補欠合格者が入学するかどうかは極めて不確定ですし,仮に入学するとしても,辞退者より学力水準において劣るおそれが大きく,大学にとっても必ずしも歓迎すべき事態ではないでしょう。
 そうすると,個々の大学の募集要項の記載の問題はありますが,なお,わが国の慣習を重視し,従前どおりの最高裁の判断に従った平成22年3月30日最高裁判決は妥当ではないでしょうか。したがって,残念ですが,今回のご事情で返金を求めることはできないと思われます。

(参照条文)

民法
第七百三条  法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け,そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は,その利益の存する限度において,これを返還する義務を負う。

消費者契約法
(定義)
第二条  この法律において「消費者」とは,個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。
2  この法律(第四十三条第二項第二号を除く。)において「事業者」とは,法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。3  この法律において「消費者契約」とは,消費者と事業者との間で締結される契約をいう。
4  この法律において「適格消費者団体」とは,不特定かつ多数の消費者の利益のためにこの法律の規定による差止請求権を行使するのに必要な適格性を有する法人である消費者団体(消費者基本法 (昭和四十三年法律第七十八号)第八条 の消費者団体をいう。以下同じ。)として第十三条の定めるところにより内閣総理大臣の認定を受けた者をいう。(事業者の損害賠償の責任を免除する条項の無効)
第八条  次に掲げる消費者契約の条項は,無効とする。
一  事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項
二  事業者の債務不履行(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項
三  消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する民法 の規定による責任の全部を免除する条項
四  消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者,その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する民法 の規定による責任の一部を免除する条項
五  消費者契約が有償契約である場合において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるとき(当該消費者契約が請負契約である場合には,当該消費者契約の仕事の目的物に瑕疵があるとき。次項において同じ。)に,当該瑕疵により消費者に生じた損害を賠償する事業者の責任の全部を免除する条項
2  前項第五号に掲げる条項については,次に掲げる場合に該当するときは,同項の規定は,適用しない。
一  当該消費者契約において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該事業者が瑕疵のない物をもってこれに代える責任又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合
二  当該消費者と当該事業者の委託を受けた他の事業者との間の契約又は当該事業者と他の事業者との間の当該消費者のためにする契約で,当該消費者契約の締結に先立って又はこれと同時に締結されたものにおいて,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該他の事業者が,当該瑕疵により当該消費者に生じた損害を賠償する責任の全部若しくは一部を負い,瑕疵のない物をもってこれに代える責任を負い,又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合
(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
第九条  次の各号に掲げる消費者契約の条項は,当該各号に定める部分について,無効とする。
一  当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
二  当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が二以上である場合には,それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について,その日数に応じ,当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年十四・六パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるもの 当該超える部分

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