新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1278、2012/5/31 14:13

【民事・弁護士費用の請求・最高裁第二小法廷平成24年2月24日判決】

質問:民事訴訟でお金の支払いを請求する場合,裁判所は,自分が依頼した弁護士の費用も合わせて請求を認めてくれますか。

回答:
1.一般的には,不法行為に基づく損害賠償請求の場合は認められることが多く,他方,債務不履行に基づく損害賠償請求の場合には認められないのが通常です。しかし,訴訟で求められる主張・立証活動の内容によっては,債務不履行に基づく損害賠償請求の場合でも,弁護士費用が損害として認められるとした判例もあります。裁判所がいかなる点に着目して,弁護士費用を損害として認めているかについては,以下の解説をご覧ください。
2.本事例集論文は,当事務所事例集744番を修正したものです。他に519番参照。

解説:
【概要】
  訴訟を提起し,そのために弁護士費用を支出した場合に,その弁護士費用を相手に請求できるか(法的な言い方をすると,弁護士費用が不法行為ないし債務不履行と相当因果関係に立つ損害といえるか)については戦前から様々な議論があり,次に紹介する最高裁判例が出るまでなかなか方向性が見えないという歴史がありました。

【最高裁の理論1――不法行為】
  この点について,最高裁は,被告の競売申立てが不法行為にあたり,これに対し,原告が権利擁護のために訴えを提起したという事実関係の下で,次のように判示しました。

≪最高裁第一小法廷昭和44年2月27日判決≫
  「わが国の現行法は弁護士強制主義を採ることなく,訴訟追行を本人が行なうか,弁護士を選任して行なうかの選択の余地が当事者に残されているのみならず,弁護士費用は訴訟費用に含まれていないのであるが,現在の訴訟はますます専門化され技術化された訴訟追行を当事者に対して要求する以上,一般人が単独にて十分な訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近いのである。従つて,相手方の故意又は過失によつて自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため,自己の権利擁護上,訴を提起することを余儀なくされた場合においては,一般人は弁護士に委任するにあらざれば,十分な訴訟活動をなし得ないのである。そして現在においては,このようなことが通常と認められるからには,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。」

≪検討≫
  我が国では,民事訴訟をする際に必ず弁護士を付けなければならないという法律はなく,弁護士に依頼するかどうかは本人の自由に任されています。つまり,法律の建前としては,弁護士を付けるかどうかは本人次第であって,弁護士費用を支出したくなければ本人で訴訟をすればよいだけであるということになっています。また,民事訴訟法上,訴訟費用は敗訴した当事者の負担とする原則が採られています(民事訴訟法第61条)が,ここにいう「訴訟費用」とは,訴訟等の申立手数料(訴状に貼付する収入印紙代)や出廷した証人の旅費日当などに限られ,弁護士費用は含まれていません(詳しくは,民事訴訟費用に関する法律第2条参照)。このことからも,法律が弁護士費用を相手方に請求することを当然の前提としていないことが分かります。

  ところが,訴訟には訴訟ならではの難解なルールが存在し,一般国民が訴訟によって権利実現を図ろうとするには,弁護士に依頼せざるを得ないのが現状です。もちろん,訴訟のルールが誰でも簡単に理解できるものならそれに越したことはないのですが,私人間の紛争解決に第三者(ここでは国)が関与して解決する以上,一方を依怙贔屓するようなことがあってはならず,公平・適正を実現するためにある程度ルールが複雑化することはどうしても避けられないといえます。そうだとすれば,相手方に非があって容易に弁済を受けられない場合に,やむを得ず訴訟追行を弁護士に依頼した場合には,弁護士費用の賠償請求も認められるべきです。

  そして,認められる弁護士費用の範囲については,上記判例では(1)事案の難易,(2)請求額,(3)認容された額,(4)その他諸般の事情を斟酌して,個別の事案に応じて検討すべきであるとされています。訴訟になる事件の具体的事情は千差万別であり,依頼者と弁護士の間の委任契約で決める報酬額も当事者間の合意によって決まります。それ故,判決で弁護士費用の賠償請求が認容される場合でも,通常は,依頼者と弁護士間の契約に基づく報酬額の実費が認められることはなく,一般的には認容された損害額の1割程度を弁護士費用として認められることが多いです。

≪弁護士への相談・依頼について≫
  弁護士費用は,各法律事務所の報酬規定(ご参考までに,当事務所の報酬規定はホームページからダウンロードできます。)によって決められていますが,経済的利益を基準に算出されることが多いことから,高額の請求をする訴訟では弁護士費用のご心配をされることも無理からぬことといえます。ただ,請求が認容される可能性が高いと見込まれる事件であれば,弁護士費用の請求が認められることも相当程度予想できます。先物取引,外国為替証拠金取引などの多額の取引被害や,交通事故の死亡事案や重度後遺障害事案であれば,認められる可能性がある損害額も高く,付随して認められる弁護士費用の請求も自ずと高くなります。さらに,こうした事案では弁護士によっては着手金を低く抑え,回収額からの報酬金でバランスを取るという依頼の仕方も可能かと思われますので,最初にかかる弁護士費用のご心配も含めて,ご遠慮なく弁護士にご相談なさると良いでしょう。  交通事故事案では,ご加入の自動車保険によっては,弁護士費用を保険会社が負担してくれる特約が盛り込まれていることがあります。こうした特約を利用することで,自己負担なく弁護士を依頼できる場合があります。交通事故事案で弁護士へのご依頼,ご相談をご検討の場合には,ご加入の自動車保険の契約内容をご確認ください。

【最高裁の理論2――債務不履行】
  債務不履行について,最高裁は,手形金請求の事案で次のように判示して弁護士費用の請求を認めませんでした。

≪最高裁第一小法廷昭和48年10月11日判決≫
 「民法419条によれば,金銭を目的とする債務の履行遅滞による損害賠償の額は,法律に別段の定めがある場合を除き,約定または法定の利率により,債権者はその損害の証明をする必要がないとされているが,その反面として,たとえそれ以上の損害が生じたことを立証しても,その賠償を請求することはできないものというべく,したがって,債権者は,金銭債務の不履行による損害賠償として,債務者に対し弁護士費用その他の取立費用を請求することはできないと解するのが相当である。」

≪検討≫
 民法419条は,以下のような規定です。
1項 金銭の給付を目的とする債務の不履行については,その損害賠償の額は,法定利率によって定める。ただし,約定利率が法定利率を超えるときは,約定利率による。
2項前項の損害賠償については,債権者は,損害の証明をすることを要しない。
3項第一項の損害賠償については,債務者は,不可抗力をもって抗弁とすることができない。
  支払期日の過ぎた金銭債権については,法定利率による遅延損害金が発生します。ここで,法定利率とは,民法上は年5分(民法404条)であり,商行為によって生じた債務については年6分となっています(商法514条)。当事者がこれと異なる利息の約束をしていたときは強行法規(当事者の合意で適用を排除できない法令)に違反しない限りこれに従うことになります。
  損害賠償を請求する場合,請求する側が損害額の立証をしなければなりませんが,支払期日が過ぎたことにより,いかなる損害が発生したかを立証するのは簡単ではありません。しかし,金銭債務の不履行については,民法419条1項,2項に定めるとおり,支払期日が過ぎればそれだけで遅延損害金を請求することが認められています。判例は,こうしたことの裏返しとして,金銭債務の履行遅滞による損害については遅延損害金により評価済みで,それ以上の請求は認められないという考え方をしているのです。

≪認められる可能性≫
  弁護士強制主義が制度として採用されていないこと,法律が定める訴訟費用に弁護士費用が含まれていないことからすれば,弁護士費用の請求までは認められないという原則自体をひっくり返すことはできません。そして,応訴した被告が勝った場合でも,原告の請求が棄却されるだけで被告の弁護士費用の支払いが原告に命じられるわけではないことを考えると,原告が勝った場合だけ弁護士費用の上乗せを認めるのは不公平といえます。  また,訴訟では全て真実が明らかになるわけではなく,裁判所は,当事者が主張した事実及び当事者が収集して提出することができた証拠だけから判断をしなければならないという限界があることから,提訴したものの,訴訟追行が上手くいかずに敗訴判決を受けることもあります。かかる場合に,敗訴者に弁護士費用を常に負担させることとすると,提訴することを不当に抑圧してしまうことにも繋がりかねません。
  こうしたことからすると,債務不履行による損害賠償請求において,弁護士費用を損害と認めないことも合理的ということができます。
  しかし,訴訟が専門化・技術化していて,一般国民が訴訟提起を余儀なくされた場合に,これを弁護士に依頼しなければならないという背景は,債務不履行による損害賠償請求の場合も同様のはずです。とすれば,債務不履行責任だから一切の例外なく弁護士費用の請求を排除すべきではなく,権利擁護上,訴えを提起することが必要不可欠で,債務不履行の態様やその後の応訴が不法行為にも準じるほど強度の違法性を帯びているような場合には,弁護士費用の請求は認められるべきといえます。

≪最高裁第二小法廷平成24年2月24日判決≫
  この判例は,以下のとおり,安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟で訴訟追行を弁護士に委任した場合,その弁護士費用について,一定の範囲については損害として認めています。
 「労働者が,就労中の事故等につき,使用者に対し,その安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には,不法行為に基づく損害賠償を請求する場合と同様,その労働者において,具体的事案に応じ,損害の発生及びその額のみならず,使用者の安全配慮義務の内容を特定し,かつ,義務違反に該当する事実を主張立証する責任を負うのであって,労働者が主張立証すべき事実は,不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わるところがない。そうすると,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は,労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。

  したがって,労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである。」
  この判例によれば,権利者が当該権利を「訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権」については,弁護士費用も損害と認められることになります。当該権利が,弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に該当するかについては,訴訟において権利者が主張立証すべき事実を検討することになります。
  ご相談の件については,いかなる理由で金銭の支払いを求めるのかによって回答は異なってきますが,ご本人だけで自分のケースはどうだろうかと悩んでいても先には進みませんので,具体的な資料に基づいて弁護士の相談を受けてみることをお勧めします。

【参照法令】

民法
(不法行為による損害賠償)
第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(金銭債務の特則)
第419条第1項
金銭の給付を目的とする債務の不履行については,その損害賠償の額は,法定利率によって定める。ただし,約定利率が法定利率を超えるときは,約定利率による。
第2項 前項の損害賠償については,債権者は,損害の証明をすることを要しない。
第3項 略
(法定利率)
第404条
利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは,その利率は,年五分とする。
商法
(商事法定利率)
第514条
商行為によって生じた債務に関しては,法定利率は,年六分とする。

民事訴訟法
(訴訟費用の負担の原則)
第61条
訴訟費用は,敗訴の当事者の負担とする。

民事訴訟費用等に関する法律
(当事者その他の者が負担すべき民事訴訟等の費用の範囲及び額)
第2条
民事訴訟法 (平成8年法律第109号)その他の民事訴訟等に関する法令の規定により当事者等(当事者又は事件の関係人をいう。第4号及び第5号を除き,以下同じ。)又はその他の者が負担すべき民事訴訟等の費用の範囲は,次の各号に掲げるものとし,その額は,それぞれ当該各号に定めるところによる。
(以下略)

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